最近では、票を勝ち取る一番簡単な方法は「過去を売り込む」ことだ。本紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の同僚ギデオン・ラックマンが書いているように、ブレグジット(英国の欧州連合=EU=離脱)の「支配権を取り戻せ(Take Back Control)」や、ドナルド・トランプ米大統領の「米国を再び偉大にする(Make America Great Again)」、そしてウラジーミル・プーチン大統領の言う「ロシア復権」は「懐古趣味ナショナリズム」の要素を併せ持っている。
懐古趣味ナショナリズムに対し、実行可能な戦略が一つだけある。「未来を売り込む」のだ。フランスの大統領候補、エマニュエル・マクロン氏が今春の選挙でそれを試しているところだ。
昨今、敗北が確実な戦略は「現在を売り込む」ことだ。ヒラリー・クリントン氏とブレグジットに反対する英国のEU残留派は、現状を守ろうとして敗れた。現状を売り込むことが奏功するのは恐らく、ドイツだけだ。その歴史のため、ナショナリズムと空想的な理想主義に対して同国は免疫がある。だからアンゲラ・メルケル首相は今秋、想像できる限り、最も心強く変わらない人物として出馬する。「Mutti(ムティー、ドイツ語でお母さんの意)」として、だ。
過去を売り込むことは、昔からある政治戦略だ。古典学者のメアリー・ビアード氏は英文芸書評誌ザ・タイムズ・リテラリー・サプリメントの中で、古代ギリシャでさえ、急進的な人々は決まって黄金時代への回帰を約束したと書いている。
懐古趣味ナショナリズムは常に歴史をゆがめるが、その魅力は直感的なものだ。我々大人はおぞましい老化の過程を巻き戻すことを切に願うからだ。懐古趣味ナショナリズムは楽観にも満ちている。トランプ氏の選挙運動は決して、悲観論に陥らなかった。現在をひどいと言った同氏は、古き良き時代への痛みのない回帰を保証した。
過去を売り込むことは、英国で一番効果がある。1660年以来、革命や内戦、独裁、侵略を一度も経験していない英国人は、比類がないほど、自国の過去との関係がすっきりしている。米国は国内で奴隷制を敷いたのに対し、英国人は植民地支配の残虐行為を国内の目から遠く離れたところで行った。65歳以上の英国人は、植民地支配の征服とヒトラーのブリッツ(独による1940年のロンドン大空襲)に関する教科書や漫画、映画で育った。この層の64%はブレグジットを支持した。
■優れた過去が語られる国
だが、懐古趣味ナショナリズムはフランスでも、ほとんど同じくらいしっくりくる。フランスでは、英国と同じように、現在というものは往々にしてピンの先端ほどのサイズに縮小する。
大方のフランスの政治談議は、優れた過去を軸に繰り広げられる。失われた超大国の地位、半ば神話化された小規模農家のこと、1945年以降の輝かしい30年間とされる回復期「trente glorieuses(トロント・グロリウーズ、フランス語で栄光の30年の意)」への執着といったものだ。一言でいうと、右翼政党「国民戦線(FN)」の衰退主義的な見方は、超党派の標準となっているのだ。マリーヌ・ルペン党首は今、フランスの通貨フランを復活させたいと考えており、対抗勢力は同氏から共和国を「守る」ことについて語っている。