この話の続きです。
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シゲさんがウソを言っているのではないか?
確証はありませんが、みんなそう感じているようでした。

しかし、責任者会議の中で誰ひとりとして
「真実をハッキリさせよう!」
と口にした者はいませんでした。
もちろん、
シゲさんの本当の年齢や学歴をハッキリさせる事なんて
とても簡単な事なのですが・・・・。

私が思うに、
このクソブラック企業の数少ない良い所をあげるとすれば、
「どんな人間でも快く受け入れる」ところです。

例えば私のように「警察官をクビ」になった男を
快く受け入れてくれる会社が他にあるでしょうか?

無いとは言いませんが、極少数でしょう。
だから私も全てを受け入れるだけなのです。
シゲさんが
「どんな人間だとしても」
「何を隠していても」
そのすべて受け入れるだけなのです。

みんな同じ気持ちだったと思います。
自分達がそうしてもらったのと同じように・・・。

だから結果的に、
シゲさんの素性が偽りで、
昔地元で起きた「凶悪犯罪の共犯者」だった事が知れた時も
私たちの考えは全く変わる事がありませんでした。

社内の噂話
シゲさんが入社して2ヶ月程たった頃、
ケイくんが同僚社員とコソコソと何か話をしているのを見つけました。

問題発見!
「何が問題なの?」と思われるかもしれませんが、
実はこの会社は「一般社員だけで会話させてはいけない。」
と社長から責任者へと指示されているのです。

一般社員同士は、連絡先の交換さえも禁止されていました。

なぜなら、
「この会社給料安いな?」
「ほんとキツイよ~」
「やめちまうか?」
「そうだなー」
というような、マイナスな会話をさせないためです。
つまり、少しでも社員が辞めるリスクを減らすためのルールなのです。
なので責任者である私は、常に社内の会話に聞き耳を立てて続けています。

そして社内に不穏な動きがあれば、
「なんの話してるの?」とササッとその会話に入り込みます。

ケイくんがシゲさんの話をしていた事がわかった時は、
急いでケイくんの直属の上司であるマサさんに伝え、
2人で会社の外へ連れ出しました。

この一連の流れは驚くほど早い。(怖いと思います。)
呼び出したケイくんに話を聞くと、
ケイくんはシゲさんの素性を調べてきたようでした。

(バカなことを・・・・。)
目を輝かせながら
「シゲさんヤバイ人っすよ!」と話すケイくんの話を
「ハイ」
「ハイ」
「ハイ」
「ハイ」
と私とマサさんは極力興味無さそうに聞き流します。

東大じゃなーい
年齢がちがーう
ケイくんが妙に深刻そうな表情を作りながら
楽しそうにシゲさんの事を
「ヤバイ奴!」と非難しはじめたところで、
マサさんに
「それはテメエが特別だと思われたくて言ってるだけだろうが!」
と言われてケイくんは黙ってしまいました。

ケイくんは賢い子です。
それだけで十分伝わったようです。
マサさんだけじゃない、みんなケイくんが
シゲさんの素性を暴こうと躍起になっている理由を察していました。

それは「東大という華やかな経歴のあるシゲさんへの嫉妬心」ではなく。
「ウソはいけない!」という正義感からでもありません。

(みんなは騙されているけど自分は違う・・。)
ケイくんは「自分は特別な人間」だとみんなに認めて欲しいから
シゲさんを執拗に問い詰めて、素性を調べ上げていたのです。
そして認められたいがために、
それを同僚に言いふらそうとした・・・。

ケイくんも唐突に核心を突かれて、
自分の浅ましさに気づき、反省しているようでした。

単純にマサさんが怖かっただけなのかもしれませんが・・・。
ケイくんは・・・シゲさんと入社時期も変わらないので、
この会社の事をわかっていないのです。
シゲさんが「凶悪犯罪の共犯者」だったと言っても、
目の前にいる上司のマサさんの方が、よっぽど重犯罪者だったという事。

シゲさんが犯した罪よりも重い罪を犯して、
刑務所から出てきたばかりのメンバーがこの会社には何人もいたのです。

どうせ、みんな真っ黒だ。

私もいずれ・・・・。
そして、そんな犯罪者達がなんでこのクソブラック企業にいるのか?
それはみんな「人生をやり直したいから」なのです。
ただ、真っ当な道に戻りたいからなのです。

その足がかりとして、
このクソブラック企業に入社してきているのです。
シゲさんが今一生懸命がんばっているのであれば、
それを邪魔してほしくはありませんでした・・。

でも結局・・・・・・
この会社の社長が、面接の時にみんなに言う
「この会社に入れば立派な人材になれる!」
「どこの会社にいっても通用する人材になれる!」
「お金を沢山稼げるようになる!」
なーんていう話は全部デタラメなので、
結局だれも真っ当な道に戻れるハズもなく、
誰一人として救われる事は無かったのですが・・・・。

お別れ
ある日、夜の20時になり飛び込み営業を終えると
集合場所にダッシュで向かいました。

とは言え、飛び込み営業の最中に山から落ちて
左足を痛めてから、私は全然走れなくなっていたのですが・・・。笑
責任者である私は、一般社員同士の会話を防ぐために
集合場所には一番に向かわなければいけないのです。

しかし集合場所の公園では、
すでにシゲさんがベンチに座っていました。
シゲさんを見た瞬間
(あっ飛び込みしてないな・・・・)と思いました。
私はもう3年近くこの仕事をしていたので、
そういう事にだけは敏感でした。
「お疲れ様です!」とシゲさんの横に座ります。

シゲさんも「お疲れ様です・・・」と返事をします。
飛び込み営業をしていると、
お客さんから暴言を吐かれたり、
何かしらの理由で心が折れてしまう事があるものです。

心がポッキリ。
こういう時、なんと声をかけたらいいものか?
いつも悩んでいました。

あと10分ほどで他の従業員が戻ってきてしまいます。
(今聞かなきゃ・・・・・)
社長から「部下を注意したければ、間違いを起こしたその時に言え!」
と何度も教えられていました。

シゲさんは部下ですが、私よりずっと年長者だ、
(こちらから下手に出なければ・・・・・)
そう考えて、急いで自販機へ行き、
なけなしのお金でコーヒーを買ってきました。

笑顔でコーヒーを差し出すと、
シゲさんは何となく私の気持ちを察してくれたようでした。

シゲさんの心を折った悩みは、
これまで辞めていった他の社員達と同じ理由でした。
ぜんぜんお金が稼げない。(月収5万程度)
カラダがキツイ。
お客さんから迷惑そうにされるのがツライ。
などなど・・・。
そう言いながらシゲさんが、
くやしそう涙を流したので、
・・・・・・私も一緒に泣くことにしました。

彼のこれまでの苦労と、これからの人生の事を思うと、
私の安い励ましの言葉など言うべきではないと思ったからです。
こうしてシゲさんは、次の日には退職していきました。
ちなみにケイくんもその後すぐに会社を去りました。

そしてまた新しい社員が入ってきます。

どんな経歴、学歴の者であろうと、
私たちはその全てを受け入れます・・・・。

この話を聞いて、
「こんな会社あるハズが無い。」
「あったとしても珍しい会社でしょう?」
そう思ってしまう幸せな人生を送ってきた方も多いかと思います。
私が在籍した頃より、形は少し変化しているかもしれませんが、
残念ながら、この会社と同じモデルの最悪のブラック企業が
今の日本にも数百社あるハズです。
あなたの住んでいる街にも必ず・・・・・。
おわり
