人間の思考をコンピュータにトレースしようとした科学者たちの失敗を具体的に見てみましょう。
たとえば画像を見て、その画像に何が写っているかを評価することは、昔のコンピュータにとって恐ろしく難しい問題でした(この「評価」は、「判断」とするのが国語的に正しいのでしょうが、第3回の説明にのっとり「評価」という表現を使います)。
画像にコップが写っているかどうかを評価するプログラムを考えてみましょう。コンピュータの記憶力がどれほどよくても、世のなかに無数にあり、今後も無限に生み出されるコップの形状をすべて把握しておくことはできません。
それにコップのアングルや光の状況によって、同じコップでもまったく異なる写り方になることもしばしばです。
しかし人間は、見たものがコップかどうかを楽々と評価できるのです。同じような形のバケツやお茶碗とまちがえることはほぼありません。
図1−6 人間がどのようにコップを判別しているかはブラックボックス
人間がどうやってコップをコップと評価しているのか、それを解明しようと科学者たちは努力を重ねてきました。しかし結局、人間がどのようにコップを評価しているかという「プロセス」を解明することはできませんでした。
そこで科学者たちはプロセスの解明を諦め、ある種の方向転換をします。 人間の知能をブラックボックスのままにしておくことにしたのです。これはつまり、必死に値を調整することで、コンピュータが人間のように正しく評価(判断)できるようにしようとしていたのを止めるということです。
将棋に戻して説明しましょう。
10年前までの将棋プログラムでは、人間が飛車の値を適切なものにしようと何年も苦闘していました。
でも将棋というゲームを表現するには、すでにお話ししたように1000個程度の値の調整では足りません。少なくとも10万以上の値が必要だと私は考えています。ポナンザに至っては1億を超える値の調整をしています。
そのすべての値を調整することは人間にはできません。こういった大量の作業は、やはりコンピュータにやってもらうのがいいですよね。
このような、「値の調整をコンピュータに自動的に調整してもらおうという試み」から、機械学習という手法が生まれました(といってもどのようにコンピュータに値を調整させればいいかわかりませんよね。それはおいおい説明していきます)。
とにかくポイントは、機械学習という手法によって、機械自身が評価の値を調整するようになることで、従来の人間には不可能だった大量の値を調整することが可能になったということです。
図1−7 人工知能は人間の模倣をやめたことでブレークスルーが起きた
もちろん、現在の機械学習の技術では、人間のすべての判断(評価)を学習できるわけでありません。たとえば言語間の翻訳の精度はまだまだ低いですし、完全自動運転の車が市場を席巻するのはもう少し時間がかかりそうです。
しかし、画像認識、つまり画像を見て何が写っているか判断するたぐいの問題への対応は、すでに非常に洗練されてきています。この画像の判定に使われている技術は、機械学習の一種で深層学習(ディープラーニング)と呼ばれ、従来の技術の性能をはるかに超える性能を叩き出しているのです。
図1−8 人工知能と機械学習、ディープラーニング人工知能の概念のなかに機械学習があって、機械学習の一手法にディープラーニングがある。
この機械学習と深層学習(ディープラーニング)という技術の進歩により、人工知能の「冬の時代」は終わりを告げたのです。
ディープラーニングを使った技術は、すでに人間と並ぶどころではなく、応用される分野によっては、一般の人間のレベルを超えようとしているケースも多数あります。
たとえば医療の分野では、ディープラーニングが積極的に使われようとしています。
レントゲン写真から病巣を発見することが世界一上手な医師がいたとしましょう。もしこの医師の能力をディープラーニングが学習できれば、世界中の医師が世界一の能力を使いこなすことができるのです。
コンピュータは休みなく、安定して、学習した結果を利用することができます。場所に制限されることもありません。世界中のどこであれ、レントゲン写真を取れば(医師がいなくても)適切に病巣を発見できる。そういったことがもうすぐ実現するようになるでしょう。
なぜ、コンピュータ将棋はコンピュータチェスに20年遅れたのか?
話はここで、チェスに移ります。
1997年に、IBMのスーパコンピュータ「ディープブルー」がロシアの偉大なチェス世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフを破りました。
チェスは西欧では知性の象徴とされていただけに、ディープブルーの躍進は世界に衝撃とともに報道されました。
ディープブルーはトップクラスのチェスプレイヤーを含むチームで開発され、1秒間に2億もの局面を調べることができる、当時としては途方もない性能を持つコンピュータでした。
当時のコンピュータの実力で2億局面読めたというのは、本当にすごいことです。IBMがどれほどディープブルーに賭けていたかが、よくわかります。
それから20年が経ちました。コンピュータ将棋の実力もついに人間の名人のレベルを超えようとしています。
おや、不思議ですね? チェスも将棋も似たようなゲームなのに、いったいなぜ、コンピュータチェスとコンピュータ将棋のあいだに、人間のトッププロとの比較において20年もの差がついたのでしょうか?
しかも今のほうが、当時のIBMのコンピュータよりも性能のよいコンピュータを、遥かに安価で簡単に用意できるようになっているにもかかわらず……