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 (前回の続きである)
 
 児童への向精神薬の過剰処方に関しては、抗精神病薬やADHD薬だけが懸念されるのではない。抗うつ薬に関しても過剰処方されており、その抗うつ薬は青少年では危険なことが分かってきているのである。
 
 これは大人の臨床場面でよく遭遇するような問題でもあり、正しく認識しておく必要があろう。

 抗うつ薬の青少年への使用に関して最も注意しておかねばならないことは、躁転という問題である。青少年では、抗うつ薬によって大人の場合よりも躁転を誘発しやすいという報告がなされているのである。この躁転という問題は青少年では十分に注意しておかねばならない有害事象であろう。

 もし、その躁転を躁うつ病(双極性障害)が発症したものだと誤診されてしまえば、一生涯にわたって躁うつ病だというレッテルが貼られてしまい、人生が大きく変わってしまうことになりかねないのである(特に、DSM-5を使用して診断されると、双極性障害だと100%診断されてしまうことになる)。
 
 しかも、まだ、よく分かっていないことは、躁状態になったことが、本当に双極性障害を発病した状態となっており、もはや後戻りできなくなってしまっているのか、それとも、抗うつ薬を中止すれば、元の状態に戻り、問題がなくなるのか、はたしてどちらなのだろうかということである。それを判断する方法が現時点ではないのである(MRI検査で白質のFA値を調べれば、ある程度は推測できるのかはしれないが、低レベルな場末のP科病院では到底不可能なことである)。
 
 統合失調症では、脳のグルタミン酸レベルが、ある一定域(閾値)を超えてしまうと、統合失調症として発病してしまうというモデルが想定されている。
 
 このモデルがセロトニンにも当てはまるのであれば、これほど怖いことはない。シナプス間隙のセロトニンがある一定域(閾値)を超えると、双極性障害を発病してしまうことも全くあり得ないとは言えないからである。

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 こういったことが実際に起こり得るのであれば、抗うつ薬を飲んだせいで、双極性障害を発病してしまったとも言えるのである(あくまで仮定の話だが)。しかも、そういった有害事象が大人よりも青少年で圧倒的に起こり易くなっていることが既に分かっているのである。

 この躁転に関しては、大人のうつ病の治療においても度々遭遇する問題であり、大人での事象も踏まえて理解しておいた方が良いであろう。

 まず、成人のケースも含めた抗うつ薬による躁転全般に関する総説を紹介する。

抗うつ薬によるうつから躁への気分の「スイッチ」
“Switching” of Mood From Depression to Mania With Antidepressants

 双極性障害は、しばしば、1つ以上の大うつ病エピソードを最初のエピソードの時に提示し、躁病や軽躁のエピソードが、気分を上昇させる効果を有する抗うつ薬、興奮剤、他の薬剤によって行われる最初の時の治療中に発生する可能性がある(初発のうつ病だと思って抗うつ薬で治療を開始したら、途中で躁・軽躁状態になることが多々ある)。躁への気分の「スイッチング」や、混合状態や精神病への移行は危険である。この切り替えは、抑うつ、不安、注意障害に対して抗うつ薬や刺激剤によって治療されている少年や若年成人の間で特に多く発生する。気分や行動の病理学的なシフトは、薬物による有害事象、あるいは、双極性障害(まだ双極性障害とは診断されていないだけ)の症状を表すもののどちらかであろう。

 DSM-5以前の版では薬剤によって誘発された反応と考えられていたが、DSM-5では、現在、抗うつ薬治療中の気分の高揚は、双極性障害という診断を正当化するものであると考えている。現代のように精神薬理学が発展する以前では、再発性単極性うつ病と、「躁とうつ」を様々な程度で示す双極性障害とを区別することはさほど重要ではなかったかもしれない。しかし、現在では、鑑別診断が、予後や治療を決める上で大きな臨床的意義を有しており、特に、いつから、どのくらいの期間まで抗うつ薬や気分安定剤を使用すべきなのかということも含まれてくるからであろう。

 我々は最近、抗うつ薬に関連した気分のスイッチと、単極型うつ病から双極性障害への診断変更(治療とは関係ない自発的な気分の高揚によって診断の変更が成されたもの)に関するこれまでの研究を体系的にレビューした。さらに我々は、以前に、双極性障害または単極性うつ病の患者における自発的な気分のスイッチと、抗うつ薬に関連した気分のスイッチの発生率を評価した。

 その調査では51の関連する研究報告を特定したが、この中には抗うつ薬で治療されていた躁や軽躁の既往のない大うつ病患者が約10万人含まれている。抗うつ薬治療に関連した気分のスイッチは、2.4年の治療期間の間に8.2%に発生しており、1年間での発生率は3.4%であった。気分スイッチの累積リスクは、抗うつ薬治療の24ヶ月までは増加する傾向があった。さらに、スイッチング率は大人よりも少年では4.3倍も大きかった。他の調査結果では、三環系抗うつ薬の方が最も新しい抗うつ薬よりも高いリスクを示しているものの、スイッチングするリスクは、1968~2012年の観察期間の中では同じような傾向にあった(=三環系もSSRIも同様なスイッチ率である)。

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 一方、我々は、自発的な躁や軽躁が発生したことで双極性障害という診断への変更が必要になった単極型の大うつ病患者に関する12の研究を検討した。このような抗うつ薬が関与しないケースでの診断の変更は、5.4年間に3.3%に発生していた。この数字は、抗うつ薬による気分のスイッチ率に比べれば5.6倍も小さい数字である。もし、新しく双極性障害だと診断される率が低い原因が過小報告によるものではない場合には、抗うつ薬に関連した気分スイッチング率との大きな差は、抗うつ薬による直接的な薬理学的な影響が気分の上昇や気分の切り替えに関与している可能性があり、抗うつ薬は双極性障害だったと「暴く」だけでなく「原因」にもなり得るという仮説を立てることができる。特に懸念されることは、これらの可能性が曖昧なままであることは、抗躁病薬や気分安定薬による長期的な治療の価値も不明確なままになってしまうことである(抗うつ薬に関連した躁転に抗躁病薬や気分安定薬を長期間使用することは意味があるのであろうか。発病ならば意味はあろうが、反応ならば意味はない)。
 
 我々の調査結果は、気分のスイッチは一般的な事象であり珍しいことではないことを示している。気分のスイッチは抗うつ薬による治療を受けている単極型の大うつ病患者の約6%~8%に発生する。スイッチングは大人よりも青少年ではるかに多いのだが、スイッチングは双極性障害を有する大人にばかりで認識されおり、少年だったケースでは除外されてしまっている恐れがある。特に興味深い発見は、抗うつ薬に関連するスイッチングが、双極性障害で報告された自発的な躁転による診断の変化よりもはるかに多いことであった。この所見からは、抗うつ薬に関連した反応の診断、予後、治療については疑問が提起される。

 抗うつ薬で治療中に躁になるうつ病患者は、双極性障害の他の特性を有する可能性が提示されており、抗うつ薬が今後も試されることが考慮されている場合は、厳密にモニターされなければならないという慎重さが要求される。抗うつ薬によって気分のスイッチングが1回発生したたけでDSM-5のように双極性障害だと診断することは支持しかねるのだが、ましてや、気分安定化を目的とした治療を無期限に継続することを支持する根拠は十分なものではない。実際、気分安定化剤は気分のスイッチングに対して保護的に作用すると広く想定されてはいるが、気分安定化剤が抗うつ薬に関連した気分のスイッチングに対して強く保護的に作用するということは未だに証明されていない。さらに、長期間の抗うつ薬治療が双極性うつ病の再発に対して十分に保護的に作用するというエビデンスは非常に限られており、情緒不安定性やラピッドサイクリング(病相の急速交代)を引き起こしてしまう可能性がある。

 我々の調査結果は、うつ病と新たに診断された患者に抗うつ薬治療を開始する際には注意する必要があることを強調している。次のような臨床的因子が、うつ病患者における薬物誘発性スイッチングや自発躁病様反応のリスクの増加を示唆している。すなわち、双極性障害や精神病の家族歴を有する、25歳前の発症、数年間にうつ病の複数回の再発、特定の気質的な特徴を有する(循環気質cyclothymic、発揚気質hyperthymic、易刺激性irritable)、産後精神病の既往、過眠症や食欲増加を伴う精神運動制止型のうつ病、気分上昇薬による過度の賦活の既往、現時点で焦燥と不機嫌さ有する特徴、物質使用障害の併存、三環系抗うつ薬(TCA)やベンラファキシンによる治療である。
(循環気質や発揚気質について)

 双極性障害の患者におけるうつから躁へのスイッチングは、躁病相の前にうつ病相が先立つという経過をたどるという臨床的な意味合があるが(うつ病相の前に躁病相があることに対して)、それは気分安定薬に好ましい反応をしていなかったことに関連している。この経過パターンは、将来のうつ病エピソードの過剰を予測するものであり、さらに薬物乱用、機能障害、自殺による死亡の多さ、後の他の内科的な疾患のリスクを伴うものである。

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(論文終わり)

 青少年では大人に比べて抗うつ薬による躁転が4倍以上もあり、かつ、薬物とは無関係な自然な経過における躁転と比べたら、はるかに高いというこの数字は、抗うつ薬によって青少年の双極性障害が医原性に作り出されていると言っていい程の数字かもしれない。
 
 しかし、これらのことは日本の医学界では無視されており、国からは未だに何の注意喚起もなされていないのが現状である。精神科医であれば、こういった有害事象があることを周知しているのであろうが(周知していない精神科医もいるが)、怖いのは小児科や内科などの精神科以外の他科の医師による青少年への抗うつ薬の処方である。

 こういった懸念は他の論文でも提示されている。
 
若年者のうつ病や不安障害に対する抗うつ薬治療による過度の気分の高揚と行動の活性化:系統的レビュー
Excessive mood elevation and behavioral activation with antidepressant treatment of juvenile depressive and anxiety disorders: a systematic review.

 抗うつ薬で治療さらている特定の疾患を有する小児や青年における過度の覚醒-活性化(excessive arousal-activation)の有病率や特性やその意味合いに関しては系統的に検討されていない。そこで我々は、抗うつ薬の臨床試験(n=6767名)における精神病理学的な気分の高揚や行動の賦活化に対してコンセンサスを得ている少年のうつ病(n=17)と不安障害(n=25)の報告を比較した。

 その結果、抗うつ薬の治療中に「過度の覚醒-活性化」を示した率は、少年では、不安障害(13.8%)やうつ病(9.79%)では非常に高く、プラセーボでは非常に低いものであった(5.22%、1.10%)。そういった反応のペア比較では、抗うつ薬/プラセボのリスク比は、3.50(12.9%/3.69%)であり、メタ解析でプールされた率では1.7であった。「躁または軽躁」の全体的な率は、抗うつ薬ありの場合が8.19%であり、抗うつ薬なしの場合では0.17%であり、薬剤/プラセボリスク比は、うつ病(10.4 %/0.45%)、不安障害(1.98%/0.00%)患者の間では大きい数字であった。

 抗うつ薬治療中の過度の気分上昇(躁-軽躁を含む)のリスクは、若年者の不安障害やうつ病性障害ではプラセーボよりもはるかに大きく、双方の疾患とも類似していた。うつ病性障害同様に不安障害への抗うつ薬の治療は、小児や青年に過度の覚醒-活性化を生じさせ、双極性障害になる潜在的な危険性を高めてしまうため、特別な注意やモニターリングが必要となる。

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(論文終わり)

 上の論文では、少年時代は単なる不安障害だったはずが、抗うつ薬によって知らない間に双極性障害に変化してしまう危険性があるとも言えよう。さらに、過度の覚醒-活性化が激しければ統合失調症などの精神病と診断されてしまうかもしれない。そうなると、その少年の一生が変わってしまうことになる。抗うつ薬が処方されたことによって。これは、非常に怖いことである。
 
 さらに、同様な報告は他の研究者からも成されている。

抗うつ薬は、うつ病や不安を有する子供や青少年の行動症状のリスクを高める
Antidepressants increase risk of behavioural symptoms in children and adolescents with depression or anxiety.

 質問: 気分障害や不安障害の小児や青年における抗うつ薬の使用は過度の感情的な覚醒(excessive emotional arousal)や行動活性化(behavioural activation)の症状と関連しているのか?

 結論: 躁-軽躁に加えて過度の感情的な覚醒や行動活性化という症状が観察された(ただし、スケールと方法の詳細はまだ提供できる段階ではない)。

 研究デザイン:メタ分析と系統的レビュー。

 データソース: 2012年3月に、MEDLINE、PsycINFO、CINAHL、PubMed、コクラン・ライブラリ、Web of Scienceを検索して参考文献リストを補完した

 分析: うつ病や不安障害と診断されたケースのRCT、レトロプロスペクティブ研究、子供や青年の抗うつ薬使用のレビューやメタアナリシス(未満18歳)の中から、新たに行動症状を発症したという報告を識別した。連続した測定値は、分散解析法、ペア化したt検定、ランダムエフェクトメタ分析を用いて比較検討した。

 結果: 42の研究(n=6767)が選択基準を満たした。子供/青年のうつ病に関する17の研究(6件のRCTを含む)があり(平均年齢12.5歳、54.3%が男子)、うつ病障害を有するケースはn=2637であり、2083名が抗うつ薬、554名がプラセーボを服用していた。抗うつ薬への曝露期間は、6~40週間の範囲であった。子供/青年のうつ病で抗うつ薬の使用はプラセーボと比較して行動症状の増加と関連していた(0.86±0.82%vs16.8±14.6%)。曝露された時間を調整した場合は、1週間につき抗うつ薬が1.16%(±1.25%)、プラセーボが0.084% (±0.091%)であった。対照試験のデータのみを用いた場合では、抗うつ薬の使用は、プラセーボ比較して行動症状の発生率は3倍であった (3.95%vs1.08%)。さらに、抗うつ薬は躁・軽躁を増加させることが観察された(抗うつ薬10.4%vsプラセーボ0.45%)。
 
 一方、子供/青年の不安障害に関しては25の研究(16RCTを含む)があり(平均年齢12歳、57.5%が男子)、不安障害を有するn=4130のうち、3211名が抗うつ薬を、919名がプラセーボを服用していた。抗うつ薬への平均暴露期間は17.6週(8~104週)であった。不安障害を有する小児/青年では、プラセボと比較して、抗うつ薬は行動症状の増加と関連していた(抗うつ薬22.6±20.3%、プラセーボ7.23±7.45%)。曝露された時間を調整した場合は、1週間につき抗うつ薬が2.10%(±2.22%)、プラセーボが0.714% (±00.820%)であった。さらに、抗うつ薬は躁・軽躁を増加させることが観察された(抗うつ薬1.98%vsプラセーボ0.00%)。
 
 抗うつ薬を使用しているメタアナリシス(19の比較試験)からも、抗うつ薬は、プラセボと比較して行動症状のリスクを増加させたことを明らかにした(RR 1.66)。うつ病と不安障害を分離したメタ解析でも、行動症状のリスクを増加させることが見出された(うつ病ではRR 3.61、不安障害ではRR 1.49)。
 
 結論: うつ病や不安障害を有する子供や青年抗うつ薬の使用は、過度の感情的な覚醒行動の活性化躁・軽躁のリスクを増大させる。

(medscapeによる解説)
 この研究は、うつ病や不安障害を有する青少年への抗うつ薬のトライアル試験で「活性化」や「躁・軽躁」の危険性を検討したものである。「活性化」には、不眠覚醒易刺激性怒りが含まれている。うつ病や不安障害における抗うつ薬とプラセーボを比較した時の「活性化」の割合は、うつ病では3.95%vs1.08% 不安障害では11.7%vs5.22%であり、平均発症期間は5週間であった。躁・軽躁に関しては、それぞれ10.4%vs0.45%、1.98%vs0%であった。著者らが認めたこの研究の弱点は、標準の欠如、結果の信頼性が含まれてはいる。未発表のデータや抗うつ薬、刺激剤、抗うつ薬と気分安定化剤との併用といったデータを解析しているため、この結果には異質性やバイアスが存在する可能性はある。

 しかし、この研究は、うつや不安を有する青少年における、薬理学的に誘発される覚醒・活性化の有病率や発症までの予想時間を推定する上で役に立つ。さらに、躁・軽躁がうつ病の治療においてより一般的であるのに対し、焦燥(agitation)が不安の治療においてより一般的であることを示唆している。この研究を補完する別の研究者による調査では、抗うつ薬で処理されていた若者の大規模なデータベースにおける躁・軽躁のリスクでは5.4%という発生率が見出されている。さらに、双極性障害の親を持つうつ病の若者への研究では、抗うつ薬で処置された57%に、興奮性、攻撃性,多動が生じた。これらの2つの研究では若い患者ほどリスクが高いことが判明している。
 
 要約すると、これらの知見は、活性化や躁・軽躁に対して信頼できる一貫性がある測定をする必要があることを支持している。さらに、活性化や躁を予測できるバイオマーカーや薬物動態学的研究(例えば、遅れて生じてくる代謝産物を同定するなど)の必要性、躁のリスクがある若者には心理療法を選択することや、臨床的に適切な使用用量を考慮する必要性があることを意味している。

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(論文終わり)

 これらの一連の論文からは、青少年に対する抗うつ薬の使用は、大人と異なり、躁を生じさせたり、行動を変化させてしまう危険性を強く有するものだと言えよう。青少年に対して抗うつ薬を使用する場合には、躁転行動の変化に常に注意しておかねばならないであろう。

(関連ブログ 2013年10月23日 うつ病の治療に関するここ10年間のまとめ 1) 
 
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 一方、抗うつ薬によるこの行動の変化という事象は、青少年では自殺に結びついてしまうことがある。

 さすがに、この自殺という事象に関しては、我が国でも既に注意喚起が成されており、23歳以下の青少年に処方する場合は、どの精神科医でも慎重に抗うつ薬を使用し、自殺念慮が生じないかをモニターしているものと思える(他の科の医師ではどうなのかは分からないが)。

 しかし、実際の臨床場面では、うつ病となり自殺企図をする青少年もおり、逆説的な結果を招くおそれはあるのだが、うつ病を治療するためには抗うつ薬を使用せねばならない時も多々あろう。
 
 問題は、そういった危険性に対して、現時点で分かってるリスクを予め正しく家族や本人に情報提供をしてから抗うつ薬を使用しているのかということである。
 
 情報提供がいつでもできるように、準備しておかねばならないことは言うまでもない。このためには、それなりに論文を読んでいないとダメである。

この青少年への抗うつ薬による自殺に関する論文をいつか紹介しておく。

ブラックボックスの外側:小児への抗うつ薬の処方を再評価する
Outside the Black Box: Re-assessing Pediatric Antidepressant Prescription

 このレビューの目的は、小児への抗うつ薬の使用がリスク/ベネフィットのプロファイルから好ましいものであるかを支持しているか、そして、ブラックボックスとしての使用を再考すべきかどうかについて評価することにある。

 このレビューでは、小児への抗うつ薬の使用が減少したため若者の自殺が上昇しているという提示をしているポストブラックボックスだと装うような研究を検証し、小児への抗うつ薬の有効性と安全性に関するエビデンスを要約し、若者へのフルオキセチンに関する最近のメタアナリシスの不規則性について議論する。

 分析した結果、小児への抗うつ薬の処方が有意に減少している訳ではなく、さらに、若者の自殺は近年増加していることが分かった。最近行われたメタ解析からは、抗うつ薬が青少年における自殺のリスクの増加と関連しているという証拠を弱体化させる結論にはならない(=未だに抗うつ薬によって若者の自殺は増加していると言える)

 青少年へ最初から抗うつ薬を処方することは勧められない。小児への抗うつ薬の使用に関してはブラックボックスであることと、国際的な警告が保証されていることを理解しておくべきである。うつになっている青少年に対しては心理社会的なオプション(心理療法)を積極的に使用することが推奨される。

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(本文の一部を追加して以下に紹介する)
小児への抗うつ薬使用に対するFDAの規制の影響と自殺傾向
Impact of FDA Regulations on Pediatric Antidepressant Use and Suicidality

 SSRIによる若者の自殺率の増加が指摘され、FDAから警告というアクションがあったため、抗うつ薬に関する警告をめぐる論争は2007年にピークに達した。しかし、警告によって小児へのSSRIの処方が大幅に減少したということは実証されていない。
 
 2004年以前の5年間で米国の若者に対する抗うつ薬の処方は急増し、最も顕著ものはSSRIであったことは十分に立証されている。予想されたことではあるが、FDAの警告の影響を評価する研究では、ブラックボックス化された以後も、予測された処方率と実際の処方率との間に著しい差が見出された。これらの調査では、処方率の有意な減少が見出せず、処方がこれ以上増加していくことに歯止めがかかっただけであった(=処方率が一定化しただけであった)。

 実際の処方率については、Gibbonsら(2007年)の調査では、IMS薬局データからランダムに選択されたサンプルを使用し、小児への処方は、2003年の処方率とのパーセンテージとして表現され、2005年では、年齢15~19歳では、約10%減少し、年齢11~14歳では14%減少し、10歳以下では20%減少していた。この研究は表ではなくグラフィカルにレートを提示しているだけであり、統計的に比較することは不可能である。
 
 これとは対照的に、実際の処方率を調べた他の全ての調査では、処方率は一定であり低下していないことを発見した。Libbyら(2007年)の調査では、FDAの勧告前後における処方率は統計的に有意な変化は認められなかった。さらに、Olfsonら(2008)は、ブラックボックス試験期間中の年齢6~17歳における抗うつ薬の使用率は有意に低下していないことを見出した。

 実際には、パロキセチンを除き、SSRIの使用は2004年までは増加し、ブラックボックス化された翌年でも抗うつ薬の新たな使用は有意に減少しなかった。同様に、Pamerら(2010年)は、2004年2月後から2006年の平均使用率は、2002年~2004年2月の期間との有意な差は認められなかったことを報告した。最後に、ChenとToh(2011年)は、1998年から2007年までの米国における外来の処方データを検討し、大うつ病性障害を有する子供への抗うつ薬の処方は、FDAの勧告後にも上昇したことを報告した。要約すると、ブラックボックス化以後に抗うつ薬の処方が有意に減少したという報告は支持されない。

 第2の根拠は、ブラックボックス化後のSSRIの処方の減少と若者の自殺(自殺率を含む)減少との間にリンクがあることである。

 適正に公表された1つの研究では、若者の自殺と処方の減少との間のリンクを位置づけたにも係らず、処方率の低下が仮定される前の2003~2004年に若者の自殺が増加したことがグラフにて描かれている。また、2003-2004年の疾病対策センター(CDC)の自殺データは、ブラックボックスによって若者の自殺が増加しているという主張と矛盾する。CDCによると、年齢6-17歳の自殺率は、2003~2004年にわずかに上昇し、その後は2007年まで減少た。

 Olfsonら(2008)の警告前の2004年までを調べた調査では、6-17歳への若者の処方率が上昇していることを見出した。ブラックボックスの期間では、全ての抗うつ薬の使用率には有意な減少はなかった。これらのデータとCDCのデータを接続すると、処方率と増加と協調するように若者の自殺が上昇しており、処方率が一定化した時に自殺率が減少したことが分かる(下図)。

 従って、小児への抗うつ薬の使用率の低下は若者の自殺の増加と相関しているという主張は実際に不正確なものである。

 2007年~2010年における利用可能なデータでは、若者の自殺(年齢6~17)は、100,000人あたり1.68から2.02というように増加傾向にある。より最近の処方レポートと一緒に分析したところ、2007~2008年では、抗うつ薬は、12~19歳の青年では第3位の最も頻繁に使用される薬剤でああった。2009~2010の1年間で、小児への抗うつ薬の処方率は、2004年以来最高レベルにまで再び増加していることが見出されている。これらのデータは、最近の若者の自殺の増加は2003年のレベルにまで再上昇したことで生じており、抗うつ薬の処方の少なさが若者を増加させるという主張を再び否定する所見である。

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(論文終わり)

 上の論文では、FDAから青少年への抗うつ薬への警告が出された後に、いったん処方率は一定となり(低下はしなかったが)、しかし、それによって自殺率はいったん低下したが、最近、再び抗うつ薬の処方率が増加し、それに伴い再び若者の自殺率が増加してきていることになる。

 さらに、中国での調査では、パロキセチン(パキシル)によって青少年における自殺が有意に増加しているという結論を出している報告が最近発表されている。

 はたして、うつ病の青少年へのSSRIを処方することは自殺を増やしてしまうのであろうか。
 
 しかし、それに異を唱える意見も当然ある。抗うつ薬は自殺を増やすことはない。むしろ、抗うつ薬を処方しない方が自殺を増やしてしまうという意見である。

FDAからの警告やメディア報道の後の若者への抗うつ薬使用の変化と自殺行動:準実験研究
Changes in antidepressant use by young people and suicidal behavior after FDA warnings and media coverage: quasi-experimental study

 若者における抗うつ薬使用と自殺の可能性リスクの増加について、米国食品医薬品局(FDA)から2003年に広く公衆に対して警告がなされたが、その警告が若者への抗うつ薬の使用率の変化や自殺企図や完遂自殺の変化と関連していたかどうかを調査した。

 米国メンタルヘルスネットワークにおける11の保健計画のデータウェアハウスによる医療請求データ(2000-2010年)を使用した。研究コホートには、青少年(110万前後)、若年成人(140万前後)、成人(500万程度)が含まれている。主なアウトカム評価抗うつ薬調剤率、向精神薬中毒(自殺企図のための妥当性があるプロキシ)、完遂自殺を測定した。

 (注; この論文では、自殺企図の評価に問題がある。服薬自殺はうつ病の自殺企図によるものではなく、ただの逃避反応かもしれないし、何を服薬したのかを調べないといけない。ODしたのは睡眠薬かもしれないし)。

 その結果、抗うつ薬の使用の低下薬物中毒の発生件数は警告後に急激に変化していた。FDAの警告の後2年目では、抗うつ薬使用の相対的変化は、青少年では-31.0%(-33.0%~-29.0%)、若年成人では-24.3%(-25.4%~-23.2%)、成人では-14.5%(-16.0%~-12.9%)と低下していた。この数字には、青少年では100 000あたり696の抗うつ薬の調剤低下、若年成人では1216の調剤低下、成人では1621の調剤低下が反映されている。しかし、同時に、青少年における向精神薬中毒の21.7%(4.9%~38.5%)の増加、若年成人では33.7%(26.9%~40.4%)の増加が認められた。なお、成人では5.2%(-16.9%~6.5%)であり、増加傾向はなかった。これの数字には、青少年では100 000あたり2の中毒の増加、若年成人では4の増加が反映されている。(我々250万のコホートの中には約77件の中毒が含まれている)。完遂自殺は、あらゆる年齢層で変化はなかった。
 
(注; 抗うつ薬の処方は減ったが、他の薬剤、例えば抗不安や睡眠剤やリタリンなどの処方が増え、それをODしているようなこともあり得よう。)

 この所見は、抗うつ薬の安全性への警告と大々的なメディア報道後に抗うつ薬の使用が減少し、同時に若年層の自殺未遂の増加があったことを意味する。

(最近出されたこの論文も同様な意見である)

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(論文終わり)

 上の論文は、結論の根拠となるデータに問題があり、適切な結論だとは言えような論文なのだが、自殺の評価や調査は難しいということはよく分かる。

 そもそも、若者の自殺について正しい調査が実施できるのかという疑問がある。この観点から、NIMHでは、抗うつ薬が若者の自殺を増やすとも、減らすとも、どちらの立場を支持することはせず、中立的な立場を取っている。ただし、抗うつ薬を処方する場合は、自殺のリスクを必ず念頭に置いて、症状の変化を厳重にモニターしておくことが重要であり(特に最初の4週間が重要である)、変化があればただちに医療機関に受診することを勧めている(NIMHの調査データでは、SSRIを内服した青少年の4%に自殺念慮や自殺企図が生じ、その率はプラセーボを内服した青少年よりも2倍の率であったと記載されている。ただし、自殺を完遂したケースはなかった)。

 なお、FDAによるSSRIによる青少年の自殺率(ただし自殺して本当に死んだ数字ではない)のデータはプラセーボとの比較でRRが1.66(1.02~2.68)である。この数字は大きいのか、小さいのか。平均して1.6倍ということになるのだが・・・・。

 しかし、当然、有意差はなく、SSRIが自殺を増やすとは言えず、ベネフィットがリスクをはるかに上回っているという報告も多数ある。
http://www.psychiatrictimes.com/special-reports/relationship-between-antidepressant-initiation-and-suicide-risk/page/0/1 
http://www.cps.ca/documents/position/use-of-SSRIs-for-child-adolescent-mental-illness

 さらに、SSRIを処方されながら自殺した青少年における調査では、自殺したケースではSSRIが服薬されていないケースが多く見られたという報告も成されている。

 だが、自殺してしまったケースに、もし、SSRIを内服していたら自殺をせずに済んでいたという証明ができる調査でもしない限り自殺予防における真のベネフィットを評価することはできない。従って、青少年の自殺を予防する上で、抗うつ薬のベネフィットを正しく評価することも困難であると言えよう。
 
 従って、NIMHのように、SSRIの自殺予防に関するベネフィット/リスクに対しては何とも言えないという結論が妥当なように思える。このあたりの決着はまだまだ着かないようである。

 しかし、実際に、精神症状や自殺や自傷行為といった問題行動を示す児童が存在し、様々な医療機関に対応が求められていることも確かなことであろう。では、児童ではどのように対応したらいいのであろうか。

 それは薬物療法ばかりに頼るのではなく、CBTや支持療法などの心理療法や行動療法をもっと活用すべきなのだということである。
 
 青少年における精神疾患では、薬物療法は心理療法を補うものであるにしか過ぎないことを理解しておくべきである。小児や青少年においては薬物療法は精神科治療の中心ではない。こういった基本的な理念が、特に、児童では大切なのではなかろうか。
 
 そういった観点からは、国は、早急に臨床心理士を正式に制度化して、精神科医療の中に、特に、児童精神医学の中に組み込んでいき、臨床心理士の積極的な参加を促していかなければならないと言えよう。
 
 なお、NIMHでは、青少年のうつ病に対しては、心理療法と抗うつ薬を組み合わせた時に一番効果が高かった(自殺念慮の消退度合も一番高かった)ことから、抗うつ薬単独での治療よりも(心理療法単独よりも効果は高かったが)、CBTなどの心理療法と抗うつ薬を組み合わせることを推奨している。自殺念慮が消退していくスピードに関しては、抗うつ薬、CBT、抗うつ薬+CBTでは特に差はなかったようだ。当然のことながら、SSRIでは急激に中止しないこともNIMHでは警告されている(SSRIの中止時症候群も青少年では大人よりも出易い可能性があろう)。しかし、ダラダラと投与を続けていてもいけない。6か月目までには中止するように漸減すべきである。以後は、心理療法によるフォローアップを受けていくべきであろう。

 一般的に言えることは、軽度(~中等度)では、心理療法(CBT、支持療法、対人関係療法、環境調整など)が、中程度~重度では抗うつ薬と心理療法(CBT)の併用が望ましいとされている。このあたりは成人のうつ病の時と同じである。なお、いじめや虐待を受けていて心理的に追い込まれているためにうつ病のようになっていないかを見逃していけないことは言うまでもない。抗うつ薬ばかりに頼ろうとするようなやり方ではいじめや虐待を受けていたことを見逃してしまい失敗することであろう。

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 さらに、NIMHでは、青少年では最初に投与されたSSRIに反応する率は60%しかなく、残りの40%はSSRI-Resistant Depression in Adolescents (TORDIA)に移行してしまうだろうという警鐘が促されている。もし、最初に投与した抗うつ薬に反応しなかった場合は、他の抗うつ薬に変更するだけではダメであり、同時に心理療法(CBT)を必ず組み合わせることが大切であると述べられている。ただし、抗うつ薬に反応したか反応しないかは、6~8週間は観察せねばならないとされている。

 今のところ言えることは、SSRIにて平均してプラセーボを内服した時よりも1.6倍くらいの危険率として自殺念慮が生じてくるが(もちろん内服していなくてもうつ病では自殺念慮が生じるのだが)、完遂に至ることは少なく、安全だとも有効だとも明確なことは何も言えない。ただし、うつ病自体を改善する効果は十分に保証されており、特に、重度のうつ病には抗うつ薬は有効である。ということになろう。

 青少年への抗うつ薬の投与は(中程度~)重度のケースに限定すべきなのである。特に、軽症のうつ病にSSRIを処方して、自殺念慮を生じさせてしまうといった帰結を招くことは、愚の骨頂であり、最低の医療行為となろう。


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 では、思春期に抗うつ薬が投与されることで、どのような生物学的な変化が脳内で生じているのであろうか。この点に関してもいくつかの論文を紹介しておく。

思春期の雄ラットにおけるフルオキセチン曝露による短期的、長期的な機能変化
Short- and Long-Term Functional Consequences of Fluoxetine Exposure During Adolescence in Male Rats

 フルオキセチン(FLX)は選択的セロトニン再取り込み阻害剤であるが、若い集団の大うつ病性障害の治療のために処方されている。この研究では、感情を誘発する刺激に対する行動反応性に関する思春期におけるFLX曝露による短期的および長期的な影響を調査した。

 思春期の雄ラット(生後日35~49P)に15日間連続して1日2回のFLX(10mg/kg)を投与した。報酬と嫌悪刺激に対する行動反応性に対するFLXの影響を、24時間(短期)あるいは3週間FLXで処置(長期)した後に評価した。一方、成体ラット(生後65-79P)の別の群をFLXで処理し、強制水泳試験での反応性を思春期のグループと同じ時間間隔で評価した。

 その結果、思春期におけるフルオキセチン曝露は、大人になってからも長期間持続するような、強制水泳ストレスへの行動反応性の減少や、ショ糖や不安惹起状況に対する感受性の亢進をもたらした。FLXによって誘発される不安様行動は、大人になってからのFLXの再曝露によって緩和された。さらに、思春期におけるフルオキセチン処置は、大人になってからの性的交尾行動を損なわせた。フルオキセチンで処置された成体ラットでは、青年期に処理されたラットで観察されたような強制水泳ストレスに対する行動反応性の変化を示さなかった。

 思春期のラットにおけるFLX投与は、環境などの刺激に対する感情機能やそれに関わる脳回路に対して長期間持続する複雑な変化をきたす。今回の知見は、思春期における向精神薬への曝露は、神経系の発達に影響を与えてしまい、その結果、大人時代にまで持続するような変化を誘導する可能性があることを示しており、さらなる調査が必要であろう。

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(論文終わり)

 上の論文は、青少年時代にSSRIに曝露されると、大人になってからうつ的となり、不安を招くような環境刺激に対して敏感となり、性行為にも支障をきたす恐れがあることを意味している。しかし、そういった変化は再びSSRIを飲むと回復するようである。このような変化が生じるのであれば、大人になってからもSSRIを手放せなくなってしまうことであろう。

 なお、SSRI依存症のような状態になることは大人でも報告されている現象である。

 さらに、下の論文では、不安や感情処理に大きく関わっている扁桃体にも持続的な影響が及ぼされてしまうことを報告している。

フルオキセチンはラットにおける行動と扁桃体の神経可塑性に対して年齢に依存した影響を生じる
Fluoxetine Exerts Age-Dependent Effects on Behavior and Amygdala Neuroplasticity in the Rat

 選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)であるProzacR(フルオキセチン)は小児や青年のうつ病を治療する上で唯一の承認されている抗うつ薬である(アメリカでの話)。SSRIの安全性は成人においては十分に確立されているが、セロトニンは発達途上の脳における神経栄養作用に関わっているため、発達途上にある青少年では有害な作用を生じうる。

 この研究では、思春期と大人のラット(生後日25~46P、67~88)にフルオキセチン(12mg/kg)で慢性処理した後に(21日間投与)、フルオキセチン(または担体のみ)の最後の注射後の7~14日目にテストをした。ただし、最後の注射時にHPLCにて血漿中のフルオキセチンはウォッシュアウトされていることを確認している。さらに、血漿のフルオキセチンレベルは、最後のフルオキセチンの注射後の5時間後に測定し、臨床的レベルを一致させた。
 
 その結果、思春期のラットでは、フルオキセチンで処置された大人のラットでは見られなかった強制水泳試験における行動上の絶望の増加を示した。さらに、大人のラットの脳波によって確認された覚醒おけるフルオキセチンの有益な効果は、思春期のラットでは認められず、音響驚愕反応やプレパルス抑制における年齢に依存した影響がが観察された。
 
 一方、思春期のラットでは、フルオキセチンの食欲抑制効果に対する抵抗力を示した。そして、オープンフィールド試験における探索行動では、フルオキセチン処理による影響を受けなかったが、思春期と大人の双方のラット伴に高架式十字迷路試験における不安レベルはフルオキセチン処置によって増加した。最終的に、扁桃体におけるPSA-NCAM(シナプスのリモデリングのマーカー)免疫反応性ニューロンの数は、思春期のラットでは増加しており、背側縫線核や前頭皮質中膜では増加していなかった。逆に、大人のラットでは、慢性フルオキセチン処置によって減少していた。5-HT1A受容体にはフルオキセチンによる免疫反応性の変化は観察されなかった。
 
 結論として、フルオキセチンは、抑うつ行動、体重、覚醒、それらに部分的に関連する扁桃体における神経可塑性に対して、年齢に依存した有害な影響と有益な効果の効果を発揮することを示している。

(論文終わり)

 どうやら、SSRIの慢性投与を受けると思春期では扁桃体の可塑性を誘導し、扁桃体の活性を高めてしまう方向に作用するようだ。もし、この変化がが永続的なものであれば、大人になってからの不安障害やうつ病の原因となろう(ただし、この論文は思春期の投与による大人時代の影響を見た研究ではない)。

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 こういった懸念は次の論文でも報告されている。

思春期におけるフルオキセチン曝露が大人になってからの嫌悪刺激の反応性を変化させる
Fluoxetine Exposure during Adolescence Alters Responses to Aversive Stimuli in Adulthood

 思春期に抗うつ薬に曝露されることで生じる永続的な神経生物学的変化のメカニズムはよく理解されていない。この研究では、思春期に選択的セロトニン再取り込み阻害剤であるフルオキセチン(FLX)に曝露されることで生じる感情誘発刺激に対する行動反応性における長期的な影響を調べた。
 
 我々は、生後日P35~P49の雄の思春期のマウスに、FLX(10 mg/kg)を15日間、毎日投与した。投与3週間後(P70)に、嫌悪刺激(すなわち、社会的敗北ストレス、強制水泳、高架プラス迷路)への反応性を評価した。さらに、思春期のマウスやラットの腹側被蓋野(VTA)内の細胞外シグナル制御キナーゼ(ERK)、1/2関連シグナル伝達の発現に対するFLXの効果を調べた。
 
 その結果、思春期のFLX曝露は、大人になってから、社会的相互作用や強制水泳テストによって判定できるうつ病様動作を抑制したが、成人期における高架式十字迷路における不安様応答を増強した。
 
 この複雑な行動プロファイルは、VTAにおけるERK2のmRNAの減少やERK2タンパク質のリン酸化の減少を伴っていたが、ストレス単独では反対方向の神経生物効果をもたらした。薬理学的ERK阻害剤は(U0126、すなわち、VTA内のERKをウイルス媒介性にダウンレギュレーションする作用を有する)、思春期におけるFLX処置後に観察された抗うつ様プロファイルを模倣した。逆に、FLXの曝露と関係なく、ERK2の過剰発現は、うつ病様反応を誘導した。これらの知見は、思春期におけるFLXの曝露は、大人になってからの感情誘発刺激に対する反応性を変化させ、その一部はVTAにおけるERK関連シグナル伝達の長期間持続する変化を介するものであることを提示している。
 
(論文終わり)

 この論文では、強制水泳試験の結果が異なるのだが(おそらくSSRIの投与期間の差やテストした年齢の差によるものであろうが)、思春期におけるSSRIの曝露によって大人になってから不安が強まるといった同じような結果が示されている。どうやら子供時代にSSRIに曝露されてしまうと、大人になってから不安障害を惹起させてしまう恐れがあると言えよう。

 青少年の不安障害にもSSRIがよく処方されるのだが、不安が一時的は緩和したとしても、後に、そのSSRIのせいで大人になってからの不安が増し、生涯にわたってSSRIを飲み続けなければならなくなることであろう。なんという皮肉な結末なのであろうか。

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 これまでは齧歯類での所見であったが、では、霊長類ではどうなのであろうか。思春期におけるSSRIに曝露される影響を霊長類で調べた論文があったので紹介する。

少年の猿に投与されたフルオキセチン:セロトニントランスポーターや行動に及ぼす影響
Fluoxetine Administered to Juvenile Monkeys: Effects on the Serotonin Transporter and Behavior

 この研究は、思春期におけるアカゲザルのフルオキセチンによる長期的な影響を検証した。研究では、陽電子放射断層撮影法を用いて、セロトニントランスポーター(SERT)やセロトニン1A(5-HT1A)受容体を画像化した。また、同数のアカゲザルを用いて、生後の時から母親と分離された影響(=人間の子供時代のストレスモデル)についてもSERTや5-HT1A受容体を画像化して検証した。

 出生時、32匹の雄のアカゲザルは、ランダムに母親から分離されたか、通常の飼育条件のいずれかに割り付けた。2歳の時、各群の半分(N = 8)はランダムに1年間のフルオキセチン(3mg/ kg)またはプラセーボが割り当てられた。脳内の残留薬物の影響を排除するために、サルは、少なくとも1.5年薬物が中止された後にスキャンした。社会的相互作用は、薬剤投与中および投与後の双方で評価した。

 その結果、フルオキセチンは、新皮質海馬の双方にて永続的なSERTのアップレギュレーションを引き起こしたが、5-HT1A受容体にはそういった変化は認められなかった。全脳のボクセルワイズ分析では、フルオキセチンは外側側頭葉や帯状皮質においても有意な効果を有することが明らかになった。これとは対照的に、母体からの分離では、SERTや5-HT1A受容体に対する有意な変化はなかた。また、フルオキセチンは行動測定では有意な影響を及ぼさなかった。

 少年のサルに投与されたフルオキセチンは、成年早期におけるSERTをアップレギュレートする。この研究は、患者におけるSSRIの有効性や潜在的な悪影響について調べた研究ではない。今回の目的は、ランダムにSSRIまたはプラセボを割り当てた実験的アプローチを用いて、非ヒト霊長類における脳の発達におけるSSRIの影響を調べることであった。

(論文終わり)

 この研究ではSSRIの使用量が3mg/kgであり低いようにも思われるが、どうやら、SSRIによってセロトニントランスポーターが増えたままになり、それがSSRIの内服を中止しても大人時代まで続くようである。セロトニントランスポーターが増えるということは、どのような影響を及ぼすことになるのであろうか。
 
 有利な方向に作用すれば、SSREであるチアネプチンを内服しているのと同じような状態となろう。不利な方向に作用すれば、シナプス間隙におけるセロトニンの低下という状態となろう。
 
 はたして、どうなるのであろうか。
 
(関連ブログ 2013年2月2日 SSRE)
  
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 3回にわたって、青少年への向精神薬使用による懸念事項について述べたが、まだまだ論文はたくさんあり、紹介できたのはほんのごく一部に過ぎない。
 
 このブログが青少年への向精神薬の過剰使用の防止について少しでも役に立てれば幸いである。

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