私が勤めていた最悪のブラック企業に、
東大卒のエリートが面接に来ました。

もちろん即採用しました。
でも採用したのは「東大卒だから」ではありません。
うちは採用率100%のブラック企業なのです。

これまで、
元詐欺師だろうと
元強盗犯だろうと
元麻薬密売人だろうと
誰でも過去の経歴は問わず採用してきました。
東大卒の彼の名前はシゲさん。
年齢は50歳とチョット。

私が忘れられない男の一人だ・・・。
ブラック企業に迷い込んでくる高学歴者
田舎のクソブラック企業にも、
たまにこういう高学歴者が迷い込んできますが・・・・。

だいたい共通して50歳前後の初老の男性でした。
・・・・まぁ色々事情があるのでしょう。
シゲさんは、とにかくやる気に満ちあふれていました。
課長として1次面接を担当した私は、
シゲさんに我が社の唯一の営業手法である
「飛び込み営業」の実演を見せたのですが・・・。

シゲさんはそれを見て、
「ぼくは若い頃ね、ミソを飛び込みで売ってたんですよ!」
「ミソですよ?ミソ!」
と意気込みをアピールしてきました。

(ミソ・・・・?)
遠い昔、
飛び込み営業が主流だった時代があったらしいですね。
ちなみに私達の売っていたのは「健康食品」です。
シゲさんは「ミソの方が売るのが大変だろう!」と思ったようです。

それはどうかわかりませんが・・・・。
なんにせよ、やる気があるのは良い事だ。
形だけの社長との最終面接を終えたシゲさんは、
その場で即入社が決まり、

「がんばりましょう!」と
私とガッチリ握手をしました。
握ったシゲさんの手は、
やせ細り、
その手触りは、
なぜか農家を経営している親戚の手にそっくりでした。

シゲさんの研修
1週間は研修として私について
一緒に飛び込み営業をして回るのですが・・・。
試しに何度かシゲさんにやってもらうと、
特に問題なく営業が出来るように見えました。

ただ賢い人にありがちな、
「説明をしすぎる」という欠点はありました・・。
「この商品は、こういう成分が入っていて、
こういう病気に効果があると言われていて・・。」
なーんて長い説明、誰も興味が無いのです。
「効率よく売る」のであれば、
この商品は「スゴイです!」位の説明で十分なのです。

あとシゲさんは体力的にもキツそうで・・
飛び込み営業で1日10時間余り歩き続けるのは・・
チョット辛そうに見えました。

季節は真夏。
熱がジリジリと私達の体力を奪っていきます。
しかし飛び込み営業で回る途中、
「シゲさん大丈夫ですか?休みましょうか?」
と私が声をかけても、
シゲさんは息をゼーゼー吐きながら
「大丈夫!大丈夫!」
とガッツを見せていました。

筋肉痛で足をプルプル震わせながら歩くシゲさんを見ると
(シゲさんは、なぜこんな会社に・・・。)
と私は何度も思いましたが・・・
それは口に出してはいけない事です。

彼が「ここで頑張ろう」と思う限り、
上長である私は、それを応援するだけなのです。
がんばり屋のシゲさんは
社長からも許可をもらい、
1週間後には一人で飛び込み営業を行うようになっていました。

会社で浮くシゲさん
社内の平均年齢は25歳前後でしたから、
50代のシゲさんはチョット・・
いやだいぶ社内で浮いていました。

しかし彼を社内で孤立させるワケにはいきません。
彼の特徴である「東大卒」というキャラ付けをみんなに広めて、
周囲から関心を持ってもらえるように、私なりに努力しました。

しかし・・・・これが裏目に出てしまいました。
社内では珍しい、どこかの大卒のケイくんが、
「本当に東大卒なんすか?」とシゲさんに絡み始めたからです。

言い方もナゼか嫌味っぽい。
シゲさんはオドオドとするばかりです。
うちの会社は冗談で言うワケでなく、
小学校すらまともに通っていない人も多い。

だから、みんな学歴に何の興味も無いのです。
話すのはせいぜい前科自慢位。笑
しかしケイくんは、「東大卒」がよほど気に障るのか、
毎日シゲさんに小難しい質問を投げかけて困らせます。

シゲさんを試しているのだろう・・・。
ケイくんに、それとなく止めるように言っても、
彼は「いや・・・だっておかしいっすよ?」と聞き入れません。
(これは困った・・・・。)

それに釣られて、
他の社員までコソコソと何か噂をはじめます。

(シゲさん・・・・。)
これは社内で問題になり、
会議でも話し合われる事になりました。
が・・・・・。
そもそも、このブラック企業が
シゲさんが「東大卒かどうか?」
なんて裏をとっているハズがありません。

その理由を社長は
「うちは学歴や過去の経歴は問わないから!」
と言っていましたが・・・・・。

しかし学歴の裏をとらない本当の理由は、
どうせみんなスグ辞めてしまうからです。
それにみんな完全歩合制度の個人事業主扱いですから、
しばらくの間、会社にお金を落としてくれればそれで良いのです。
「誰を雇おうが、誰が辞めようが」
会社にダメージは全く無いのですから・・・。

「それよりさぁ・・・・・・」
課長の一人が口を開きます。

「シゲさんって・・・何歳?」
そう・・・・彼が東大卒かどうか?という問題よりも、
私達にはもっと気になる問題がありました。
履歴書には50代そこそこと書かれていたそうなのですが・・・・。
(履歴書は社長しか見る事ができません。)
シゲさんは
どう見ても60代か・・70歳近くにしか見えなかったのです。

つづく
