image credit:easpongecompany
化学繊維のなかった時代、古代ギリシャでは、海底から採取した海綿動物をスポンジとして利用し体を洗うのに役立てていた。
モクヨクカイメンという極上の海綿は体中に孔のあいたクラゲのような生き物で、地中海南東の温かい海に生息している。スポンジは兜のパッキングや、水のフィルターとしても利用することができた。
ギリシャの海綿産業の中心は、エーゲ海のドデカネス諸島だ。何世紀にもわたって、若い男たち、その父親、そして祖父たちが、海綿を採りに海にも潜って生計をたてていた。
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海綿スポンジ産業を支えるスポンジダイバー
海綿漁は昔から、潜水服も酸素ボンベもつけないスキンダイビング、素潜りで行われた。スポンジダイバーは、15キロまでの平石の錘をつけて、たった一回深呼吸しただけで海底へと潜る。より重たい石だと、体が速く海底まで引っ張られる。
ダイビングポイントに海綿がいるかどうかは、海上の船の上にいるクルーが底がガラスになっているシリンダーを使ってすでに確認している。
ダイバーは海底に到着すると、できるだけ多くのスポンジを鎌でざっくりカットして、網の袋に入れる。熟練ダイバーだと、30メートルの深さまで、3〜5分も潜っていることができるという。
ギリシャ、カリムノス島で売られている天然の海綿スポンジ
image credit:Tom Oates
潜水服の発明で産業が活性化
19世紀半ば、スポンジダイビングは、ギリシャ語でスカファンドロと呼ばれる潜水服の発明によって、飛躍的に変わった。
ダイバーはゴムでできたスーツを着て、海上にいる船からホースで供給される酸素を吸うことができた。このおかげで、ダイバーはより深く長い時間潜ることができ、よりたくさんのスポンジを採取することができるようになった。生産量は100倍も増え、島民に莫大な富をもたらした。
この潜水服は、ダイビングに生理学的にも劇的な変化をもたらした。ダイバーは一回深呼吸して息を止めて潜るのではなく、水中にいながらにして圧縮された空気を吸うことができるようになったのだ。
潜水服の欠陥で死傷者が多発
しかし、海の底では水圧が増加するため、酸素は血中により速く溶ける。ダイバーが海底から急に上昇したりすると、溶けた気体が体内で気化して気泡になり、血管を閉塞して痛みを引き起こす、いわゆる減圧症(潜水病)がよく起こる。
軽い場合は、関節痛や頭痛などで済むが、重篤な場合は、全身が麻痺して倒れ、死に至ることもある。
潜水病や潜水表または減圧表(安全な潜水を行うのに必要な計算式とその結果)の知識がない時代は、潜水による死傷者は急速に増えた。
1866年から1895年の間に、カリムノス島だけで800人の若者が死に、200人が再起不能になった。こうした事故はカリムノス島の家庭を崩壊させた。島の全世帯のうち少なくともひとりは、潜水によってなんらかの受難者となったからだ。
採取網、錘、係留ロープをつけた、素潜りのダイバー(1937年)
19世紀後半、減圧表の登場でようやく事故率が低下
悲しみにうちひしがれたカリムノス島の女性たちの訴えによって、1882年、ついにオスマン帝国はこの潜水服の使用を禁止した。
ダイバーたちは再び素潜りに戻らなくてはならず、収益の落ち込みに男たちは不安を覚えた。数年後、潜水服が復活し、潜水事故もまた起こり始めた。
減圧症に関する知識が発達したのは、19世紀後半だった。初の使える減圧表は1910年に登場したが、この知識が遠く離れたギリシャの島々に伝わるのにはさらに数年かかった。とはいえ、減圧表がすべての潜水事故を防ぐことができたわけではない。
最初の減圧表は、スポンジダイバーのように一日に何度も潜るような、反復潜水に関してはカバーできていなかった。彼らはすぐに、潜水時間が事故を防ぐのに重要であることに気づき、海の上にいる誰かが潜っている時間を測るようになった。
赤潮により壊滅的被害をうけ、現在は衰退しつつある海綿産業
20世紀になるころには、東地中海の海綿が病気によって大規模に死滅してしまったせいで、海綿産業は大打撃を受けた。海綿の繁殖地は激減し、カリムノス島、ハルキ島、シミ島の多くのダイバーたちは海綿が採れる別の土地に移住していった。
アメリカ、フロリダ州のターポン・スプリングスでは、移住した者たちが地元に専門技術を伝え、海綿産業はフロリダでの一大海洋産業のひとつになった。
ターポン・スプリングスは重要なビジネス拠点となり、莫大な収益を生み出した。だが20世紀半ば、フロリダの海綿産業は、50年前の地中海と同じ運命をたどった。メキシコ湾の海綿繁殖地で、赤潮が大発生して壊滅的な被害を受けたのだ。
それ以来、周期的な赤潮の大発生に、地中海もメキシコ湾も海綿産業を復活させることができないままだ。さらに人造スポンジの開発で、海綿産業は徐々に衰退しつつある。
今日、カリムノス島では、現代的なダイビング装備でのスポンジダイビングをまだ見ることができる。カリムノス島の中心地ポティアには、天然スポンジを売る作業場もまだたくさんある。スポンジダイビングの昔の潜水服など、懐かしい展示が見られる博物館もある。
フロリダ州ターポン・スプリングスのスポンジダイバー(1907年頃)
image credit:Stratis Liadellis
image credit:Stratis Liadellis
image credit:Stratis Liadellis
ギリシャ、ロードス島の店で売られているスポンジ
image credit:Joe Ross/Flickr
フロリダ州ターポン・スプリングスの輪っかにつなげられたスポンジ
image credit: psyberartist/Flickr
フロリダ州ターポン・スプリングスの荷揚げされたスポンジ
image credit:Walter/Flickr
フロリダ州ターポン・スプリングス スポンジダイバーの記念像
image credit:Daniel Oines/Flickr
GREEK SPONGE MEN-ΟΙ ΣΦΟΥΓΓΑΡΑΔΕΣ
via:wikipedia・divingheritage・The Sponge Divers of Greeceなど/ translated konohazuku / edited by parumo
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コメント
1. 匿名処理班
スポンジボブのシーズン3までの面白さは神がかってる
今まで見たあらゆるコメディ作品の中で間違いなく一番面白い
シーズン4以降はスタッフ総入れ替えで内容も地に落ちたけど
2. 匿名処理班
ちょっと
しんみりしてしまった・・・
3. 匿名処理班
こんな職業があったとは知らなかったわ
面白い
4. 匿名処理班
スポンジって元々生き物から作られていたなんて今まで知らなかったよ。
5. 匿名処理班
海産物って毎日すごい量を消費してるけど無くならないのかな?
海は広いから大丈夫なのかな
6. 匿名処理班
ダディ・・・
7. 匿名処理班
ロードス島というとファンタジーのイメージなんだが、スポンジねぇ・・・
8. 匿名処理班
養殖するのは難しかったんかね?
9. 匿名処理班
体洗ってみたい
10. 匿名処理班
古代ローマではスポンジは用を足した後、お尻を拭くのにもつかわれた。
11. 匿名処理班
海綿(ウミワタ)で漫画のトリトンを思い出したおじさんです。
12. 匿名処理班
海綿は植物じゃなくて動物って知った時の衝撃
13. 匿名処理班
中身は意外とハードだったのね・・・
14. 匿名処理班
スポンジダイバーの像、ちょっとイケメンすぎやしませんかね…(*ノωノ)
15. 匿名処理班
銅像がハンサムすぎ
写真のオッサンたちと落差ありすぎだろ
16. 匿名処理班
紀元前より続く産業が続いてることに驚き
ああ〜いいっすねぇ〜
ロマンがある
でもやはり時代の流れには取り残されそうなのが残念
17. 匿名処理班
何故かプラネテスを思い出した
海も宇宙も人が住むには遠すぎるな〜
18. 匿名処理班
海綿スポンジ、ホムセンとかにも普通に売ってるから使ってみそ
19. めしねこ
店頭に並ぶあのスポンジは模倣だったんか
スポンジが海から取れるとは知らなんだ。
本物の感触が知りたい・・もふもふ。
20. 匿名処理班
※1
突然のポンジボブに笑った
21. 匿名処理班
半田ごてのコテ先の掃除みたいに高温の物を掃除するには
いくら水含ませても石油系のスポンジじゃ溶けて使い物にならないんだよね
今は天然パルプが原料のセルローススポンジがこういう分野のシェアを占めてるけど
セルローススポンジが大きく普及するまでは、特殊な用途ではやはり海綿スポンジが重宝された
多くの先人たちの犠牲があって今の豊かな暮らしがあるんだなと思うと感慨深いもんだね
22. 匿名処理班
なお、あの歯車で有名な、アンティキテラ島の古代ローマの沈没船からの、遺物引き上げにも従事していた模様
23. 匿名処理班
今でも文房具のスッポンジ指濡らすのに使ってるね
24. 匿名処理班
ああそうかボブは海綿か・・・
25. 匿名処理班
※4
現代の一般的なスポンジの原材料はウレタン。
26. 匿名処理班
スポンジボブアンデッド説
ヘチマさえ育てれば犠牲者は少なかったかもしれない
27. 匿名処理班
ギリシャ神話に 神々が散らかした宴会のテーブルをお小姓たちが水を含ませた海綿で拭いて片づける描写があるから かなり古くから利用されてきたものだと思う
28. 匿名処理班
これの化石が軽石ですねわかります
29. 匿名処理班
スポンジボブってなんで海にいるんだろう
って思ってたけどこういうことか
30.
31. 匿名処理班
なんとなく立像がキャプテン・フューチャーを連想させますねぇ