あなたは、自分が大学に進学した時、どのような基準で大学を選んだだろうか。また、自分の子供を行かせたい大学をどのような基準で選んだ(選ぼうとしている)だろうか。
日経ビジネス2月20日号の特集「行きたい大学がない」では、日本の大学が直面している研究や人材育成、経営にまつわる課題を詳報した。大学が自ら変わらなければならないことはもちろんだが、一方で大学に進学しようとする受験生やその親が、どのような目的意識や知識を持って大学を選ぶべきかも重要になっている。
大学を選ぶ判断材料は様々だ。入学金・授業料などの金銭面、強みとする研究の特徴、卒業生の就職や国家資格取得の実績、キャンパスの立地など。親戚が卒業した大学についての「口コミ」や、スポーツの分野で活躍する選手を多数輩出しているというのもその一つ。だが、これまで日本で最も大きな判断材料となってきのは偏差値だ。
単なる「物差し」が最大の判断基準に
現在、日本に国公私立大学は約780校あり、大学・学部ごとに偏差値が割り振られている。これはベネッセコーポレーションや河合塾など教育ビジネスの大手各社がそれぞれ独自に算出している入学試験の難易度の指標。各社は模擬試験やアンケートなど各種の膨大なデータを基に統計的に算出しているもので、最も分かりやすい入りやすさの「物差し」である。
偏差値が高い、すなわち難易度が高い大学には優秀な学生が多数集まり、社会的にも「高学歴」として認められやすい。そのため、入試の競争は激しく、それだけ人気がある大学ともいえる。こうした理屈から、日本においては長きにわたり偏差値が大学の格付けの指標として大きな影響力を持ってきた。偏差値の高い大学と言えば、東京大学、京都大学などの「旧帝大」や一橋大学といった国立大学、私立では慶應大学、早稲田大学などが思い浮かぶだろう。これは大学のブランドイメージにも結び付いてきた。
「大学からは『偏差値を少しでもあげてくれないか』といった電話がよくかかってくる。もちろんそんなことは出来るわけがないですけどね」。ある教育産業の関係者はこう苦笑する。逆に、受験業界では過去に、企業側の担当者が大学側に偏差値操作を「餌」にした営業をかけるケースがあったという噂も根強い。偏差値の序列に支配される高等教育の実態は長年問題視されながら、改善が進んでこなかったこともまた現実である。
しかし、こうした「常識」が変わる可能性が出てきている。その大きな要因が日本でも普及が見込まれる世界的な大学ランキング。特集でも取り上げたのが、最も代表的な世界大学ランキングの一つである「THE世界大学ランキング」だ。実は、このランキングを細かく見ていくと、従前のような偏差値の高い大学とランキング上位に入る大学にはズレもあることが分かった。多面的なデータを基に大学の真の実力を図るランキングの存在感の高まりを前に、多くの大学が変革を迫られている。
THE世界大学ランキングは、英国の老舗教育情報誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)」が2004年から発表している。「教育力」「研究力」「研究の影響力」「国際性」「産業界からの収入」の5分野に大別され、さらに全13項目の指標が評価対象とされている。例えば、「教育力」であればアンケートによる評判調査、教員数と全学生数の比率など、「研究の影響力」は1論文あたりの引用数、「国際性」は留学生数と国内学生数の比率などが対象になる。
13指標はそれぞれ0~100のスコアで評価され、定められた割合に応じて足し合わせた総合点が高い順にランク付けされる。割合が大きいのは「教育力」「研究力」「研究の影響力」の3分野だが、いずれにせよバランス良く点数を積み上げられる大学の総合力が高く評価される格好だ。
トップ200にわずか2校
さて、それでは日本勢の競争力をTHE世界大学ランキングを基にみるとどうか。今回の特集を参照いただきたいが、結果は決して芳しくない。昨秋に発表された2016-2017年のランキングでは、日本でトップの東京大学も39位にとどまっている。さらに、世界のトップ大学とされる上位200位のうち、2016-2017年は東大と京大の2校しか入らなかった(2010-2011年は5校)
日本の大学の全体的な競争力の低下は国家レベルでの課題だが、ランキングには別の見え方もある。私大のブランド力では群を抜く慶應大と早稲田大はともに順位が601-800位と、知名度ほど順位が高いわけではない印象だ。一方、トヨタ自動車の社会貢献活動の一環として1981年に設立された豊田工業大学は351-400位。産業界や研究の影響力といった部分での高い評価が私大の双璧を上回る順位につながった。
企業と同様、大学も「ヒト・モノ・カネ」が競争力にとって必要なことは言うまでもない。重要なのは、THE世界大学ランキングがこれらに大きな影響力を持っていることだ。例えば、優秀な各国の若者らが留学先を選んだり、企業が産学連携を進めようとする上で組む大学を選んだりするにあたり、このランキングが判断を左右するとされている。
ランキングが下がった大学は競争力が落ちているとみなされ、さらに言えばランキング圏外の大学はそもそも留学先・提携先の候補にも入らないという事態さえあり得るということになる。加えて、政府も2013年に閣議決定した「日本再興戦略」で、今後10年でトップ100に10校が入ることを国の目標とするなど、高等教育に関わる政策や施策において無視できない評価基準となっているのだ。
こうした日本政府の方針は、国際的に見ればむしろ遅れているともいえる。アジアでも中国や東南アジア各国は国家の施策として高等教育の水準を高め、海外から優秀な人材を獲得しようと力を入れているからだ。
代表的なのがシンガポール。シンガポール国立大学、南洋工科大学といった国立大学はシンガポール政府が多大な予算を費やし、手厚い報酬などで世界中から優秀な研究者を集めている。一方、研究者には国際的に評価される論文を多数発表し、経営陣には優秀な留学生を多数獲得できる大学経営を強く求める。KPI(重要業績評価指標)による数値管理も徹底する。
KPIを達成すれば研究予算や報奨金などで遇する一方、達成できなければ学内に居場所はなくなるほど厳しい環境。ただ、それがランキングの順位を引き上げ、国際的な地位を高めることにも繋がってきた。シンガポール経営大学ビジネススクールの好川透教授は「国として、高等教育に関する哲学がはっきりしている」と表現する。
広島大学は独自のKPI
一方で、こんな疑問や反論も当然出てくるだろう。「大学の研究や人材育成の価値はそんな点数の積み上げだけで決まるものではない」「人脈を広げたり、スポーツに打ち込むことも学生にとっては貴重な経験ではないのか」
もちろん、こうした意見にも一理ある。実際、日本の大学関係者には「ランキングを政策に反映させるのはいかがなものか」といった反発の声は強いという。加えて、大学ランキングは評価基準が変わればランキングも変動しやすく、欧米系の大学が上位に入りやすいといった面も指摘されている。また、THEなどは大学向けのコンサルティング事業を強化しており、ランキング自体の中立性が十分に担保されるのかという問題もある。
ただ、種々の問題点を考慮に入れるとしても、普及が進む大学ランキングを日本の大学が無視できないことは明らかだ。学生にどのような高等教育を授けて活躍できる人材を育てられるか、短期・中長期に限らず画期的な研究成果をどれだけ生み出せるかーー。大学が本来担うべき高等教育機関としての役割を可視化する利点は、ランキングには間違いなくある。
首都大学東京 | 大学教育センターでの教育改革や総合研究推進機構の設置 |
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広島大学 | 世界大学ランキングの評価指標を分析し、独自のKPIを導入 |
東京理科大学 | 起業家を組織的に育成するための「起業推進センター」を発足 |
関西学院大学 | 全学生が学部や主専攻以外のプログラムを経験できる制度を導入 |
こうした状況を受け、いち早く大学の競争力を高めるための手段として、大学ランキングを活用しようと動き出している大学も増えている。特集でも紹介した広島大学では、2023年に世界ランキングトップ100入りを目指して、独自のKPIを取り入れた。首都大学東京や関西学院大学なども取り組みを進めている。
シンガポール経営大の好川教授は「日本の大学は長い間、経営も研究者も『ぬるま湯』に浸かりすぎてきた。本当の大学の競争力とは何かを、真剣に考えなければならない」と指摘する。従来の偏差値序列や曖昧な「ブランド力」の上にあぐらをかき、中長期のビジョンを明確にしてコアコンピタンス(中核となる強み)を磨き込めない大学に未来はないだろう。それは同時に学生やその親が、主体性を持って大学を選ぶべき時代になっていることも意味している。