赤いベンガラの街・吹屋でノスタルジックな旅を楽しむ

2017.03.02

山里にひっそり息づく街、岡山県吹屋(ふきや)地区。江戸時代、赤の顔料「ベンガラ」の産地として栄え、商家たちがつくった“赤い”街並みを今に残します。当時の繁栄ぶりと、時代の移ろいに思いを馳せる、ノスタルジックな時間を過ごしてきました。

▲瓦や壁などベンガラ色で統一された吹屋の赤い街並み(写真提供:岡山県観光連盟)

岡山市の中心部から車で約2時間、山を越えてたどり着く岡山県高梁市成羽町の吹屋地区。元々銅山の開発で形成された鉱山町は、1707(宝永4)年、赤色の顔料「ベンガラ」を国内で初めて開発したとされる、由緒ある地域です。
▲山あいに突如現れる吹屋の街並み

吹屋のベンガラは、焼いても綺麗な赤色が残るクオリティの高さから、全国的に需要が拡大。江戸時代末期、ベンガラ景気に沸く吹屋地区で、ベンガラ商家が話し合い、一から街をつくりました。
▲品質と色合いに優れる吹屋のベンガラは、有田焼(作品奥)や九谷焼の赤絵付け、輪島の赤漆器などに重宝された(撮影協力:ベンガラ館)

ベンガラ色にこだわるため、赤銅色である「石州瓦」(島根県石見地区で作られる粘土瓦)を屋根に敷き詰め、壁には防虫・防腐効果もあるベンガラの漆喰壁を採用。実際に、島根県から瓦職人や宮大工を呼び寄せ、確かな職人の腕によって独特の赤い街並みが形成されていきました。いまで言う「都市デザイン」の走りですね。
▲宮大工の手仕事が建物の細部に

その後、昭和初期まで銅山とベンガラで栄えていましたが、第二次世界大戦後、安価な化学工業製のベンガラが出回るようになり、1972(昭和47)年には銅山も閉山。次々にベンガラ商は廃業し、街の衰退とともに、建物も老朽化していきました。

しかしその後、街並みを保存して観光地にすることが街の再生につながると、有志が動きます。1977(昭和52)年、一帯は国の伝統的建造物群保存地区に指定され、現在も保存会が中心になって補修を重ね、当時の姿を守っています。

吹屋の街並みは立ち寄りスポットが盛りだくさん

では早速、赤い街並みを散策しましょう!
▲現在醤油を醸造している「新長尾家」。地元の良質なお土産も並ぶ
▲「吹屋郵便局」も景観に馴染む赤い装い
▲山手にある「旧吹屋小学校」(1909年竣工)※現在解体中につき、シートで全面が覆われている。2020年に再オープン予定(写真提供:岡山県観光連盟)
▲銅山で働く人のために作られた「本山(もとやま)神社」(通称「山神社」)。地元の人々に「山神様(さんじんさま)」と呼ばれている

ベンガラ商家の典型的な建物を今に残す「旧片山家住宅」

吹屋の街並みの核になる建造物が、国の重要文化財「旧片山家住宅」。当時、片山家は最もベンガラを出荷していた豪商で、1759(宝暦9)年から1971(昭和46)年まで、200年あまり続いたベンガラ製造・販売を担っていた老舗です。
▲2階部分の白いナマコ壁が目印
▲主屋(しゅおく)に入ると、店番をする女性が。入館料はここでお支払い
▲中心にかまどがある土間

建物の配置など、中世ベンガラ商家の典型的な建造物といわれる「旧片山家住宅」。ベンガラ製造に関わる付属屋が約2,000平方メートルある敷地奥まで連なり、各部屋には贅を尽くした意匠が施されています。多くの人が建物内を出入りしていた当時のにぎわいを、遺物たちは静かに伝えてくれます。
▲家紋が入ったガラス笠の電灯もステキ
▲2階から中庭を望む

名物田舎そばで心も胃袋もポッカポカ。藤森食堂

訪れたのは12月。岡山市街地と比べるとめちゃくちゃ寒い!散策でおなかも空いたし、温まりたい。実直なのれんに惹かれ、本山神社のそばにある「藤森食堂」へお邪魔しました。
▲元郵便局を改装した趣ある外観の「藤森食堂」

山菜や根菜がたっぷり入った名物「田舎そば」(税込650円)を注文しました。イリコや昆布などでとった優しい出汁に、ほんのり香るユズ。見た目の期待を大幅に上回る、感激の美味しさでした。心からの、ごちそうさま!
▲噛みごたえのある麺も美味

銅山とベンガラの関係を探りに吉岡銅山「笹畝坑道」へ

日本三大銅山のひとつとも言われている「吉岡銅山」を有する吹屋地区。鉱山の起源を平安初期とする説があるほど、古くから銅を基幹産業に発展してきました。そんな銅の街にとって、「酸化第2鉄」を主成分とするベンガラは、銅を採掘する過程で得た副産物でした。

その現場を見るべく、まずは、吹屋一帯の案内をしてくれる観光ガイドさんと一緒に、吹屋中心部から車で約5分のところにある「笹畝(ささうね)坑道」へと向かいました。

江戸時代から大正時代まで鉱物を採掘していた「笹畝坑道」は、1977(昭和52)年に坑道の一部(250m)を復元し、内部を見学できるようになっています。
▲笹畝坑道の入口。案内してくれたのは、「吹屋ふるさと村」6代目村長を務めている戸田誠さん

吹屋の主要なスポットを巡るには、名所を案内してくれる「観光ガイド」(標準所要時間は2時間、一律税込3,000円)を利用するのがオススメ。銅山や街の歴史をとっても丁寧に教えてくれるんです。希望する場合は、高梁市成羽町観光協会吹屋支部(0866-29-2222)まで事前予約が必要です。
▲頭がぶつからないように気をつけながら狭い通路を進む

戸田さんいわく、「銅を採掘する過程で出る、捨石だった磁流化鉄鉱石(じりゅうかてっこうせき)を軒先に置いていたら、地面が赤くなっていることをどなたかが偶然発見したと言い伝えられています。その後、外部から研究者を招き、『ローハ』(後述)由来のベンガラ顔料を生み出しました」。
▲銅とベンガラの材料になる鉱石が別々に存在する。見た目でその違いは分かるとか

手間ひまかかる吹屋のベンガラづくりを勉強「ベンガラ館」

ではどうやって、鉱石から赤いベンガラができるの?次に、戸田さんが案内してくれたのが、笹畝坑道のそばにある「ベンガラ館」です。
▲1974(昭和49)年まで操業していたベンガラ工場の跡地を復元

吹屋のベンガラは、まず磁流化鉄鉱石を焼成、煮沸するなどして主原料になる黄緑色をしたローハを生産。このローハをもとにベンガラを製造します。

ベンガラの製造過程は以下の通り。
1.ローハを天日で乾燥させる
2.熱でローハを無水状態にする
3.水を加えてよく練り一晩置く
4.土窯で焼く
5.槌(つち)で砕く
6.素焼きの土器の焙烙(ほうろく)に朴葉(ほうば)を敷いてローハを盛り大きな土窯に積み上げて本焼成
7.赤く変色したものを石臼でひく
8.攪拌(かくはん)
9.再び石臼で挽く
10.酸を抜く…(まだまだ続く)

途方もない工程を経て、赤いベンガラがつくられるのですね。
▲作業別に建物が分かれている
▲ローハを焼く「窯場室」。真ん中の丸い筒状の土窯でローハを焼いた

窯の上には大きな換気口が。「本焼成する際、大量の亜硫酸ガスが出ていたため一帯の山がはげていたんです。ベンガラでこの街は繁栄しましたが、一方で、環境汚染があったこともきちんと伝えたい」と戸田さん。

そもそも、なぜ吹屋のベンガラは重宝されたのか。その答えは、ベンガラに含まれる酸を抜く手間にあり!
▲ここが酸を抜く「脱酸水槽室」

どんな技があるのかと思いきや、とっても単純。水でかき混ぜてベンガラを沈殿させ、酸が溶けた上澄みの水を捨てる。この作業を50~60回ぐらい繰り返すのだそう。約2m四方の水槽の水を50、60回も交換!?しかもすべてひとの手で!?想像するだけで、めまいがする…。

手間をかけて酸を徹底的に抜くため、焼いても鮮やかな赤に発色する良質なベンガラができたわけです。

山深く、物成りの乏しい地で、地域資源で独自の製法を編み出した吹屋のベンガラ。生きるための、先人の知恵と情熱を感じました。
今回巡った「旧片山家住宅」「笹畝坑道」「ベンガラ館」以外に、「郷土館」(旧片山家住宅そば)「広兼邸」(笹畝坑道から車で約10分)の見学も合わせた、お得な周遊チケット(大人850円、小人400円※ともに税込)もあります。時間がある方はぜひ5カ所巡ってみてくださいね。
▲斜面にそびえる「広兼邸」(写真提供:岡山県観光連盟)

歴史的文化遺産の「西江邸」でベンガラ染め体験

さてさて、吹屋の旅もクライマックス。最後に向かったのが、吹屋の街並みから車で10分ほどの「西江(にしえ)邸」です。江戸時代に、このあたりにある幕府御用山の「本山(もとやま)銅山」を経営していた「西江家」。良質なローハを開発・製造したものを、吹屋のベンガラ窯元に提供していました。
▲駐車場から山道を3分ほど歩くと、視界の先にドドーンと現れる見事な建物群(建築は1704~1715年頃)。内部も見学できる

自らベンガラの生産もしていた西江家。そのベンガラは、「本山紅柄(もとやまべんがら)」のブランド名を持ち、「赤の中の赤」と評されました。その繁栄ぶりが色濃く残る「西江邸」は、代々西江家が受け継ぎ、現在も居住。建物は国の登録有形文化財に指定されています。
▲存在感が際立つ「櫓(やぐら)門」

じつは現在、吹屋一帯で販売しているベンガラは化学工業製。でも西江邸には唯一、江戸期につくられた天然のローハが残っているんです。

18代当主の西江晃治さんが、そのローハを使い、環境に優しい次世代の製法を開発。2008年に、より粒子の細かい天然ベンガラを再興しました。その貴重な“蔵出しローハベンガラ”を使ってできる、ベンガラ染体験にトライしました!
▲指導してくれるのは、西江邸の西江薫子さん(左)

肌触りがなめらかでフワフワな絹100%のシフォンを染めます。「ベンガラ染体験(ストール・大)」と西江邸見学を合わせて所要時間は2時間ほど(税込3,000円)。
▲ベンガラ染めに使う材料。小瓶に入ったものがベンガラの顔料で、皿に載っているものがローハ。写真右が呉汁(ごじる)で、写真奥は呉汁の原料になる大豆

まずは、ボウルにベンガラ顔料を入れて呉汁で溶いて染色液を作ります。呉汁は、水に浸して柔らかくした大豆をすり潰したもの。手に優しい材料で安心ですね。

染色液に、蛇腹に折りたたんだストールを入れて染色液を揉み込みます。
▲手に力を込めてギュッギュッと揉みこむと、大豆のいい香りがフワっと広がる

その後、水洗いして自然乾燥。この作業を3回繰り返します。
▲自然の風でゆっくり乾燥させる

風合いの柔らかい春色ストールが完成しました。貴重なベンガラを使って自分の手で丁寧に仕上げたストールは、とっておきの一枚になること間違いナシ!
▲きれいな桜色に大満足
▲西江邸の「郷蔵(ごうぐら)」に掛けられた褐色ののれん(麻100%)もベンガラ染め。濃度や染めの回数で色が変わる
▲当主の西江晃治さん(右)、薫子さん(左)ご夫妻と一緒に記念撮影

ベンガラ愛が尽きない西江ご夫妻とのおしゃべりも、学びがたくさんでした!
山奥にひっそりと息づく吹屋で、往年の残像を味わいながら、いまと昔、変わったもの、変わらないものにじっくり心を向ける時間を過ごしました。
歴史をじっくり学びながら吹屋ノスタルジーを満喫してくださいね。

撮影:松本紀子
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