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信濃町の人々様、m(._.)m

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 3月 2日(木)19時08分14秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

良くやり方がわからないため何度かメールをお送りしましたが届かなかったので此方に書き込みます。


私が本会場に行かせてもらったときの内容です。

恐らく同時中継で流されるのはここまでだろうと思うところまで終った後、先生が海外からの来賓の方に『少し訓練のために失礼致します』と言ったあと『公明党議員立て』と立たせて
太田元国交大臣と井上久義議員を名指しで『婦人部の方からお前達の事は聞いているぞ皆さんに謝れ!』と大きな声で謝らせておりました。

たしかその太田を怒鳴る少し前に改革同盟 の僧侶と青年改革同盟の僧侶を褒め讃えておりました。

因みに私はその日に栃木の幹部や組織からは(総総県の幹部や組織です)目の敵にきらわれておりましたが、本部から直にブラジルSGI賞を(仏敵との戦いに頑張ったとして)いただきました。全国で4人で本会場で頂いたのは私と板橋の広宣部長の二人です。


先日お伝えいたしました私の後輩と話して来ましたのでお伝え致します。

今日私と話した中では特に記憶に残っているところのみの話になりました。

秋谷元会長に→54年当時は私は会長として絶頂期だった学会の発展も最高潮だった。結局お前達が私を裏切ったんだ!

山本元九州長に→みなさんに謝れ!と大きな声で謝らせた。

原田会長に対して→
男女青年部に→相手が会長だとしても、最高幹部だとしても間違っていることは間違っている。と言っていきなさい。と→参加の男女青年部に『間違っていることは間違っている。』と声を会わせて言わせた。

久保田→以上毎回出ていたようですが、毎回先生が会場から退場されてから口止めされていたと言っておりました。

また記憶が曖昧なところがあるが、思い出した度にメモにでもいいから書き留めておいてくれと頼んで別れました。
 

「随筆新・人間革命」“晴れ渡る岐阜の空”から

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 3月 2日(木)18時31分12秒
  5日付けの随筆「新・人間革命」の“晴れ渡る岐阜の空”は,各地に感動の渦を起
こしている。特に群上の友の感動はどこの地よりも大きい。この喜びを分かち合
おうと,即,当時の列車事故にあった,郡上関係の友が連絡を取り合い,郡上平
和会館に集合。何とその数70人。記念撮影をし,当時を懐かしく語り合った。

当時の列車事故にあったメンバーは90人。中には,その時の登山券を持ってきた
人もいた。あの事故の後,先生からお見舞いとお手紙を石田幸四郎氏が名代とし
て,一軒一軒全員の家を訪問し,激励に回った。その時の手紙を大事に持ってき
た人もいた。さらに,登山会の腕章,登山会の旗を持ってきた人もいた。だれも
があの時のことを大事に宝として,心に秘めてきたという。

それ以上に,先生が,23年間も,あの時のことを心に留めていてくださったのか
と,皆の胸に熱いものが込み上げ,新たな広布の前進を誓い合っていた。感動の
「郡上一揆」で主役を演じた人は,末松義雄さん。現在63歳。壮年部の本部長で
ある。列車事故にも遭い,翌年の記念撮影に参加。そして,さらに翌年の県幹部
会で郡上の青年部が郡上一揆の創作劇を演ずることになり,目の不自由な末松青
年が,主役に抜擢された。

彼は身体障害者の1級である。しかし,2ヵ月間の練習を乗り越え,見事にやり
きった。迫真の演技を終えると泣けて泣けてしようがなかった。舞台の袖にいた
末松青年に,すぐに先生からの伝言が届けられた。「絶妙の演技。学会精神その
ものです。今,我々に必要なのは,これなんです」と。末松青年の心に感動が津
波のように襲ってきたと当時を振り返る。

末松さんは語る。「先生の心に届けとばかりに,演じたのです。無名の私のこと
を,ここまで宣揚してくださることにただただ,感謝の言葉もありません。先生
の真心に包まれ,これ以上の喜びはありません。あの時の弥平の精神,信条は,
私の信条であります。あの日が私の原点となっています。一人でも多くの人を安
心させられる存在に,そういう一生を送りたい」と。

入会(昭和37年)以来,多くの人に支えられて生きてきた。車の運転ができない
末松さんを奥さんが足となり,活動を続けてきた。男子部の総ブロック長,壮年
部の地区部長,支部長,本部長。ハンディはあったが,目が見えないことは不幸
ではない。つらいと思ったことはない。何があっても決して退くことはなかった。

20年前,演じた弥平のように。3人の娘さんも,高校の英語教師,小学校の教
師,看護婦と社会の第一線で活躍している。
 

随筆新・人間革命307

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 3月 2日(木)18時22分8秒
  晴れ渡る岐阜の空


――勝ち進め!民衆の正義の大行進――


昨年、フランスSGIのユゴー文学記念館では、揃って生誕二百年を迎えた
二人の大文豪を紹介する「ユゴーとデュマ展」を開催した。内外に多大な反
響を広げたと伺い、嬉しい限りである。さらに、十一月の末日には、フラン
ス国家の名において、かのデュマの遺骨が、ユゴーやゾラなど偉人の眠る、
パリのパンテオン(偉人廟)に移された。

デュマは『モンテ・クリスト伯』等の多数の傑作を残しながら、"黒人奴隷の
子孫"ゆえに不当に低い評価を受けてきた。それが名誉回復されたのである。
故郷からパリに向かうデュマの棺は青い布で覆われ、そこに、こう記されて
いた。「皆は一人のために。一人は皆のために」代表作の一つ『三銃士』の
なかで、主人公たちが団結を誓う名文句である。

「皆は一人のために」――いわば、一人を大切にする人間主義の心といえよう
か。「一人は皆のために」――友のために一人立ち、献身しゆく責任感であろ
うか。この両方の心が生き生きと脈動する、真正の人間王者の団体が、わが創
価学会だ。この模範の「人間の都」をさらに堅固にし、さらに強めていかねば
ならない。日本の中心たる中部にあって、威武堂々、その民衆大行進の最前線
を進むのが、我らの岐阜の使命である。

五十年前(昭和二十八年)の師走、私は名古屋に続き、岐阜に第一歩を印した。
以来、訪問は二十回にも及ぶが、いつも岐阜の空は澄み渡り、麗しき「飛山濃
水」の国土が最高の装いで迎えてくれていた気がする。岐阜で行った第一回中
部青年平和文化祭(昭和五十七年)も、「曇りのち雨」の予報を覆して、青い
空が不屈の五段円塔を祝福した。高山の友との出会い(昭和四十二年)も、乗
鞍や穂高の秀峰が見守っていた。

今、ここには待望の二十一世紀研修道場が完成し、白川郷の合掌造りを思わせ
る高山文化会館からは、"愛郷"の友の歓声が響いている。また、昭和四十七生
の三月十二日、四千二百人の岐阜の友と記念撮影をした日も、清々しい空の彼
方に、くっきりと雪の伊吹山が見えた。会場の県民体育館(当時)には、開館
したばかりの「岐阜本部」の巨大な絵が、満開の桜に包まれて描かれ、その下
には県花のレンゲ草の花壇が設けられていた。

撮影の合間には、「春の小川」の大合唱となった。私はピアノも弾いた。岐阜
の友が喜んでくださるなら、何でもしたかった。皆、あの「言論問題」で、驕
れる権力の罵倒に激怒しながら、悔し涙を流しながら、必死に耐えてきたから
だ。さらに、私の心に刺さって離れぬ一事があった。前年の暮れ、岐阜駅構内
で起こった、停車中の普通列車に貨物列車が追突し、多数の乗客が負傷した事
故のことである。

普通列車には、登山会帰りの美濃や郡上の同志たちが乗っていたのだ。"こんな
事故で一人も不幸にしてなるものか!"幸い、怪我をした方々も命に別状はなか
ったが、私は、岐阜の同志の「変毒為薬」を懸命に祈り、矢継ぎ早に励ましを
送り続けたのである。この事故は、貨物列車のスビードの出し過ぎ、前方不注
意など、まったく人為的ミスによるものであった。多くの生命を預かる責任は
重い。あまりにも重い。

慣れ、惰性、油断、疲れ……そうした一瞬の隙を、魔は突いてくる。信心とは、
間断なき「魔との戦い」であることを、仏法指導者は絶対に忘れてはならない。
記念撮影会には、列車事故に遭った方々も、多く参加しておられた。皆、お元
気そうであり、私は安心もし、本当に嬉しかった。会場を包む、岐阜の友の笑
顔また笑顔。その満開の笑みとレンゲ草とが、私のなかで重なり、一句が浮か
んだ。

「美濃の路に功徳と咲けや蓮華草」

この記念撮影会の折に再会を約しあったが、それは翌年六月に実現した。県民
体育館に再び岐阜の友が集っての、文化祭と県幹部会である。文化祭の圧巻は、
郡上方面の同志らによる創作劇「一人立つ」であった。江戸時代の宝暦年間に
起こった、有名な「郡上一揆」をモチーフにした劇である。――時は十八世紀
の半ば。郡上金森藩では、財政難の上に藩主が幕府の要職に就いて出費が嵩み、
様々な理由をつけて年貢増を図った。

「もう我慢ならぬ!」

農民たちは増税撤回を求めて立ち上がる。一度は要求は認められるが、藩側の
狡猾な切り崩しと弾圧により、脱落する者も出始めた。だが「立者」とも「立
百姓」とも呼ばれた、不屈の農民たちは、江戸に出て、死罪も覚悟で幕府への
直訴を敢行していく……。創作劇は、こうした史実を踏まえ、迫害に屈せぬ魂
を描き出していった。堂々たる体躯の、主役の青年の叫びが会場に響いた。彼

は、目が不自由ななか、男子部の幹部としても、必死に奮闘してきた青年であ
った。「俺は決めたんだ。死ぬ気になって事にあたれば、何も怖いことはない
!」「たとえ両手を取られようが、足をもぎ取られようが、この命の続く限り、
俺の命の続く限り戦い抜くんだ!」迫害の嵐に向かい、人生の苦難に向かい、
断じて恐れることなく一人立つ精神!これこそ学会魂だ。

世間の風向き次第で、たやすく信念が揺らぎ、逃げ去る臆病者は必要ない。御
聖訓に仰せである。「願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる
事なかれ、過去遠遠劫より己来日蓮がごとく身命をすてて強敵の科を顕せ」(
御書一五八九ページ)学会は師子だ。邪悪とは、断固と戦い、勝つのだ!私は、
この日、偉大な岐阜の同志の胸に、創価の正義の炎が、赤々と燃え上がったこ
とを知ったのである。

――昨年、「郡上一揆」の舞台となった地域にも、民衆勝利の宝城たる郡上平
和会館が誕生し、わが同志が生き生きと乱舞しておられる。本当に嬉しい。実
は中国の周恩来総理も、三十八年前(一九六五年)の五月、日本の訪中劇団が
演ずる、郡上一揆を題材にした演劇「郡上の立百姓」を観られた一人であった。
岐阜に脈打つ、戦う正義の民衆の心は、偉大なる人民の指導者と、深き共鳴の
調べを奏でていたのである。

周総理は言われた。「勝利を望むのなら、消極的に抗戦するのではなく、積極
的に抗戦することである」(日本語版《周恩来選集》翻訳室訳)悪と戦わずし
て、善の勝利はない。善の拡大なくして、幸福の拡大もない。勇気をもって戦
う生命こそ、人間としての栄冠なのだ!これは、中部の同志と共に半世紀、来
る日も来る日も、広宣流布の戦場を勝ち越えてきた私の結論である。

わが岐阜の同志よ!正義と幸福の炎を燃やしながら、人生の凱旋門へと続く「
この道」を、夫婦と共に、親子と共に、そして同志と共に、朗らかに、堂々と、
勝ち進んでくれたまえ!

2003.2.5(水)掲載

 

共謀罪の肝は日本共産党の非合法化である

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 3月 2日(木)18時20分3秒
  と、地区部長が演説。過日のとある地区の会合にて。  

告知 !!

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2017年 3月 2日(木)18時18分58秒
  近日中に久しぶりの論考を発表します。

テーマは【人の言葉と一念三千について】です。

何分、仕事が非常に忙しく
原稿(A4、12頁)は、仕上がりましたが、さらなる推敲が残っています。

もうしばらくお待ちください。

えっ、別に待っていない ??  あっそう・・・・。笑
 

露払い!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 3月 2日(木)18時14分1秒
  誠実一路さん

 わざわざのレスポンス、ありがとうございます。
 大仏のグリグリさんが、久々に論考を投稿してくださるっていうので、その露払い、露払いです!

 「幾人もの強者が揃ってる」っていうのは本当ですね。うかつなことは書けません(笑い)


 

SOKAオンラインストアから

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 3月 2日(木)16時21分9秒
編集済
  心ある新聞社員が、宣伝してくれていると思います。
感謝します。

━━━━━━━━━━━━━━━
新聞連載中 関連書籍のご案内
新・人間革命「大山」の章
━━━━━━━━━━━━━━━
現在、聖教新聞に連載中の「新・人間革命」大山の章の中で描かれている、
『嵐の「4・24」 断じて忘るな! 学会精神を』
『昭和54年5月3日 獅子となりて 我は一人征く』が収録されています。
――・――・――・――・
≪関連書籍≫
――・――・――・――・
◆随筆 桜の城
2000年6月6日発売(1,337円・税込)

1998年1月から聖教新聞に連載されている「随筆 新・人間革命」のうち、“師弟不二の真実”を伝える10編と、全国の同志との忘れ得ぬ“共戦譜”を描いた25編を単行本化したもの。
更に、若き創価の友に贈った長編詩2編を収録している。
 

re:古本屋

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 3月 2日(木)16時17分26秒
編集済
  聖教関連の書籍は、古本屋さんではほとんど売れないそうです。売れない本は店頭に置かれません。
皆さんもあまり古本屋さんで買われた記憶ないですよね。新刊の時に買ったきりではないでしょうか。
なので、買取もほとんどしてくれません。

PS.新人間革命は、地区の割当数を超えて買っているので、各巻5~10冊ずつ、うちの倉庫にあります。だから、市場では余ってると推測されます。
 

古本屋

 投稿者:たまご  投稿日:2017年 3月 2日(木)15時56分51秒
  私はブックオフによく行くのですが,私もここ2年くらいの間にあんなに大量に同じ本が何冊も置いてあったりした学会系の書籍が数冊ほどしか見かけなくなりました。
みかけるたび,買うようにしています。
何か作為的なものでないことを願います。
なんとなく,不自然ですよね。。。
 

若者の息吹は何処へ

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 3月 2日(木)15時50分48秒
  螺髪様

>「偶像」のその奥にある「実仏」を見るのは、「智慧の領域」であるということです。「迹仏」と「本仏」の違いも、形の上の「仏」のことではなく、それを観る凡夫(=人間)の中にある「智慧」ということにならないでしょうか。<

そうだと思います。
総じて言えば、洪水の様に流れる両極端の情報や、中身のない虚栄に身を飾った形だけのタイトルに惑わされない「智慧」を確立することが今ほど急務な時はないのではないでしょうか。
仏界の一念の別名「智慧」ですね。

謎の弟子X 様
赤胴鈴之助様

つらい体験、又、大変な状況の中で頑張っていらっしゃるのですね。
信心で乗り越えようとするところに、又、境涯も深まっていくのだと思いますが、
その様な気概をお二方から感じます。
素晴らしいです。


生涯&広布一筋兄弟様

>イスラム教徒の数は今世紀末までにキリスト教徒の数を上回ると予測している。
こうした状況の理由としてピュー・リサーチ・センターはイスラム教徒の間の出生率の高さおよび
現在のイスラム教徒の大半が若年である事実を指摘している。<

「イスラム教徒の大半が若年」。
これに対して、今の学会は?
信仰の喜びがない所は若者には魅力がないんでは、、。
以前の学会は若者の息吹であふれていた。
信心の基本に戻る時が来ているのでしょうね。
 

mission様

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 3月 2日(木)15時45分39秒
  レスありがとうございます!


現場の状態を悲惨なまま放置して、見当違いな方向に躍起になってる、頭が悪い執行部、

さっさと消えてもらいたいですね。

消える前に、楽しい現場の会話を聞かせて差し上げたいです。

滑稽滑稽。 毎日がコメディですね。 mission様がおっしゃる通りです!



国会、民進・共産各議員そして本日の山本議員の質問、かっこいいじゃありませんか。

あれが公明党の本来のあるべき姿じゃないんですか。

応援し甲斐がゼロの 無残な与太党になり果てました。



査問・除名・処分・解任、やってます、やってます。 事実です。

かくいう私めも、されていまして。

周囲の会員多数に「解任」言って歩いているバカ幹部複数あり。

こういうことがすぐに広がって、結局 組織不信に直行することがわかってない。

名前を言うと、また大騒ぎですね。 裏に悪党議員・副会長がいますからね。

負~けるか アホ!

何度持って来たってムダムダ。


そしたら今度は何回も郵便で来た。

家人や、事情を分かってる郵便局スタッフ(あのね、知られてるからね、執行部諸君)が、

封を開けないで送り返しているようですけどね。

差出人「創価学会」で来るんだよ。 これがバカだっちゅーの。

迷惑なのに、勝手にけしかけられているんですから、

人権問題として しかるべき所へ訴えたっていいんです。

(証拠として、今度は差出人に送り返さず、持ってようかしら♪)



御注目

『何かされても「池田先生にご迷惑をかけてはイケナイ」と、言うことを聞くはず』

会員なら、そういう心理バイアスがかかって動けまいくらいに考えてる、そういうヤツラです。


信じる者たちをどう動かすか、そういう策を考え出して言葉で縛る、本物の悪党なんです。



査問・除名・処分・解任?

それはね、歴史上は勲章なんですよ、広宣流布の勇者のね。

こんなに腐った幹部組織なんです。

それなのに、なんと勲章をくれるなんて、やはり、有り難い組織だなーと思います。

 

STB事件は

 投稿者:STB事件  投稿日:2017年 3月 2日(木)15時11分6秒
  某銀行員が、わざわざ倒産しそうな
沼津のSTB開発会社までいき
その会社に緊急融資をしたそうです。

全てバックマージンを目的とした
宗教ビジネスです。

 

崩壊の序曲?国会より

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 3月 2日(木)14時52分44秒
  〈 鈴蘭会 〉: 森友学園塚本幼稚園の教科書は、鈴蘭会が作成していた。
         鈴蘭会は平成21年6月に立ち上げられた。安倍昭恵(名誉会長)氏らに          よって。

先日、安倍ちゃんは前言をオモテから裏にヒラリと翻し、籠池理事長がシツコクて、と発言。

ところがどうです、出るわ出るわ、まあいろいろと・・。

昨日の鴻池氏のリークに引き続き、本日の国会でもボロボロ。

あげくに今度は、夫人の昭恵氏が関わる「鈴蘭会」ですよ~。

ネットで大騒ぎのようです。よろしかったら、見るといいです。 鈴蘭会、ね。



これでテコでも動かず、質問する野党の向こう側で、またまた せせら笑っているようなら、

日本は、オワリですね。

公明党もほんとにバカだね。大バカだね。 執行部も どうしようもない連中だけど。

なーにが与党だ、与太党の分際で~。

手弁当支援を、苦労無しで「動員」のように扱うくせに~。

執行部なんてその最たるモンだぞ~。

いーつまでも、フーザケてんじゃね~ぞ~。



「この世に悪は多けれど 一善に勝つことなし」


P.S.
安倍ちゃんが答弁にたつたび、背景の石井クンが気になったのだが、鼻クソをほじってる時が。



 

大山47

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 3月 2日(木)14時50分50秒
編集済
  先生が、書かれていると言われている
「新・人間革命」
読んでいくとこれまで、先生から直接伺っていた話とあまりに違うので、驚くばかり
そして、ふと大聖人を思う
大聖人は、4度の大難に遭われ、身延に入山される
身延では、静かな隠遁生活をされていたのだと思っていたが、そうに有らず
5度目の流罪の話しが出るほど戦っておられた

大山47
「私がどんな状況に追い込まれようが、青年が本気になれば、未来は開かれていく
弟子が本当に勝負すべきは、日々、師匠に指導を受けながら戦っている時ではない
それは、いわば訓練期間だ
師が直接、指揮をとらなくなった時こそが勝負だ
しかし、師が身を引くと、それをいいことに、わがまま放題になり、学会精神を忘れ去る人もいる
戸田先生が理事長を辞められた時もそうだった
君達は、断じてそうなってはならない
私にかわって、颯爽と立ち上がるんだ!
皆が伸一になるんだ」

執行部が、わがまま放題になり、学会精神を忘れているのか?
宿坊が、わがまま放題になり、学会精神を忘れ、執行部批判をしているのか?
皆さんは、どちらだと思いますか?

戸田先生が、理事長を辞めた時
わがまま放題になり、学会精神を忘れたのは、最高幹部の皆さんでしたよね?
先生は、戸田先生の御指導をレコードにして拝聴したり、指導集を出版して、戸田先生の精神が絶える事が、ないように尽力されました

今、執行部が「伸一」ならば、2006年以降の御指導を出版することを最優先で着手するはずです
「新・人間革命」もここまで、随筆と解離する事も無かったのではないでしょうか?

「私がどんな状況に追い込まれようが」
この一言に「辞任させられた」という事実が伝わってきます
「頭隠して尻隠さず」という場面が随所に見られる「新・人間革命」です

大山44
「電話口で泣き出す人もいた
  交換台は大わらわであった」

この記述を読んで、先生が、本当に書かれたのか?
との疑問が大きくなりました
こういう状況をこんなに「官僚的」「事務的」に、先生は、書かれるでしょうか?

電話をかけている会員も「泣きながら」ならば、電話を受けている交換台の人も「泣きながら」受けていたのではないでしょうか?

「大わらわであった」
あまりに官僚的で事務的で他人ごとな書き方に思えます
先生、ご本人が書かれたならば…
泣きながら、電話をかけてきた人への感謝がこもる表現になるのではないか?
と自分は思います

以前、先生は、同時放送で言われました
(記憶ですので、正確ではありませんが…)
「勇退じゃない
  お前達に辞めさせられたんだ!
あの時、私は絶頂期だった」
壇上幹部が凍りついたように記憶しています

そんな状況でも54年当時は、宗門の圧力、弟子が魔に侵され、先生を「辞任させた」事実が分かると会員が自信を失い、執行部不信が拡がり、会が分裂すると思われ「勇退」として下さったのではないか?

それでは、何故、今も先生ご自身の発言と解離した「新・人間革命」になっているのか?
事実を書くと執行部不信が起き、会が分裂するから?

もし、そうならば…
自分は、逆だと思う
事実をキチンと書き、改めるべき事はキチンと改めていかなければ、学会の未来はないと思う
これまで先生から直接聞いている話と「新・人間革命」の内容が解離すれば、するほど、執行部不信は大きくなると思います

54年から40年弱
創価学会は、あまりに一握りの最高幹部が、牛耳りすぎていると思う
世代交代し、新陳代謝を良くしていかなければ
「動脈硬化」を起こす
イヤ、もう既に、起こしているのでは?

 

有難うございます!

 投稿者:リボンの騎士  投稿日:2017年 3月 2日(木)14時47分17秒
  謎の弟子Xさま  お返事有難うございます。そうなんです、宿坊って座談会みたいです!それにしてもXさまは何十年も前から戦ってこられたのですね。リボンはまだ数年。ヒヨッコだけど、もっともっと賢く、迫害の構図を見抜いていきたいです。

生涯&広布一筋兄弟さま  リボンについてコメント有難うございます。職場の人にも、「あなたと一緒に仕事すると楽しい!」って言われます。

寝たきりオジサンさま の投稿にいつも励まされています。有難うございます。

ひかりさま、MISSIONさま、案外おばちゃんさま、言いたかったさま、婦人部の皆さまはなんて鋭いんでしょう!メチャ感動しています。
 

法華経の智慧231

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 3月 2日(木)13時44分4秒
  法華経の智慧231  投稿者:まなこ  投稿日:2015年 9月 9日(水)11時22分14秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/30929

■ 「日に新たに」リ-ダ-は成長を!

>名誉会長: 「進まざるは退転」です。特に、組織の上のほうが成長を止めたら、こんな不幸はない。皆が、かわいそうです。
だからこそ、「人間革命」です。
 「日に新たに、日に日に、また新たなり」だ。自分が止まったら、周囲も後輩も止まってしまう。自分が止まってしまったリーダーにかぎって、威張るし、感情的に人を叱る。威張ったり、怒ったりするのは畜生界、餓鬼界です。ほめたたえるのが菩薩界です。

人をたたえることです。学会員は宝の人です。尊敬し、一緒に「いい人生を生きていこう」と励まし合っていくのです。
そのために組織がある。今こそ幹部自身が境涯革命する時です。その総立ちの「うねり」が、一念三千の理法で、社会をも変えていくにちがいない。

>遠藤: 対症療法じゃダメだ、根底から治療しなければ、ということですね。教育改革を、といっても、その根底となる哲学、
人間観、人生観を問わずしては、小手先の技術論になってしまいます。


■ 「心の不思議を」を知る人が仏

>名誉会長: 日蓮大聖人は「病の起こりを知らざる人の病を治せば弥よ病は倍増すべし」(御書 p921)と仰せだ。
 境涯革命 ---- そのポイントは「心の革命」にある。「一念の革命」です。「心こそ大切」なのです。その大切な心が、
どっちの方向を向いているのか。

 もっと健康になって、広宣流布に活躍していこうという心なのか、一歩引いて、病気になってしまう心の動きか。
もっと成長し、皆さんに喜んでいただこうという心なのか、組織や立場を利用して、威張っていこうという心なのか。

タッチの差だが、結果は百八十度、違ってくる。
 この「心の微妙さ」が十界論の真髄であり、十界互具論の真髄でもある。大聖人は、こう仰せだ。
「心の不思議を以て経論の詮要と為すなり、此の心を悟り知るを名けて如来と云う」(御書 p564)。

斉藤:  仏とは「心の不思議」を知り究めた人のことである ---- ということですね。

名誉会長: そうです。それを体得するには修行しかない。ある有名な柔道家がいた。師匠に投げられて、投げられ抜いて、くたくたになって、どうしようもなくなった時に、ふっと心に宿るものがあった。そのとき、心技一体になって、勝つことができたと。
そういう話がある。 本も、よくわからなくても、一生懸命に読んでいくうちに、何となく、わかるようになってくる。
パッと、わかるときがくる。何でも「心」なんです。

 仏道修行も、学んで、戦って、それで仏になる。境涯革命と何回、口で言っても、何も変わらない。組織の上に乗かって、人に苦労させ、自分は楽をしている。それでは堕落です。仏になど、なれるわけがない。一番、大変な思いをした人が仏になるのです。


まなこ様、感動した部分、再掲させていただきました。
お元気ですか?
 

人生の座標から~

 投稿者:うーこメール  投稿日:2017年 3月 2日(木)13時08分26秒
  人をうらやんでも、自分がみじめになるだけで進歩はない。そういう感情に負けてはいけない。縛られてはいけない。要するに人を妬むより人に妬まれるほうが、ずっといいのではないだろうか。  

ひかり様

 投稿者:mission  投稿日:2017年 3月 2日(木)12時52分55秒
  いつも投稿されるコミカルな会話は、手に取る様に映像が頭に浮かびます(笑)

いつからか…私の回りでも、ホント滑稽な会話になっちゃうんですょね。
上の人達は、果たして気付いて無いのか?
気付いてても、知らんふりしてんのか?
(ひかり様の会話に出てきた幹部の ような…)
昨日も友達が『頭ん中 カチ割って見てみたいょ!』と言ってました。

国会中継も然りです。
「共謀罪」や、今 盛んにやってる「森友学園」の国有地取得をめぐる問題?
公明党の中から「働きかけ」や「陳情」を受けた議員が出るかも…
って、自民党ベッタリの現状を考えると、安心なんかしてられない昨今です。

本来ならば、日本会議の謀略に立ち塞がらなあかんのは公明党なのに。何だ!?
執行部は池田先生の後ろに隠れ、公明党は自民党の後ろに隠れ、長年 生温~い湯に浸かってるから、事の重大ささえも理解不能なのだろう。

公明党が野党の中で頑張ってる時代は、問題を明らかにする為に堂々と質疑している姿から、勇気を貰い支援に走ったんですけどね。
なんか、遠~い昔に感じてしまいます。
「平和」と「福祉」の看板を放棄した今の公明党には、魅力や期待も消え失せました。
 

古本屋から消えている学会出版物?

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 3月 2日(木)12時51分46秒
  ある、お二人の話です・・ 古本屋に行ったけれど

過去の出版物(本)のほとんどが消えているという話・・(東京方面)

どこの古本屋を探しても、過去の出版物が消えていると・・誰が、買っているのでしょうか?

それとも、どこかが買い占めているのでしょうか?

・・どなたか、他にも確認されている方がいらっしゃいますか・・

もし、古本屋で見かけたら・・欲しいものであれば・・すぐさま、手に入れておいた方が良さそうですね・・
 

螺髪さま

 投稿者:誠実一路  投稿日:2017年 3月 2日(木)12時45分32秒
  はじめまして!
「諸精霊と偶像の考察!(上・下)」読まさせて頂きました。
ありがとうございますm(_ _)m

この掲示板って本当に凄いですね!
幾人もの強者が揃ってる事に対し圧倒されます(>_<)

「己心の法」を持つ自身の取り巻く環境や世界の中で、切磋琢磨しながら「智慧」の開発をしていく。
そうする事によって「大悪」をも「大善」に転換していけるという事でしょうか??

現在連載中の「新・人間革命」も、「随筆  桜の城」など、表面上では整合性が取れなくても、比較しながら繙けば、どの様に先生が取り組んでこられたのかがうっすらと浮かび上がり、先生がどの様な人材を求められてこられたのも何となくですが分かります。

いろいろと考えさせてもらいました!
ありがとうございますm(_ _)m
 

寝たきりおじさん様 / 虹と創価家族様 / 太ちゃん様

 投稿者:言いたかった  投稿日:2017年 3月 2日(木)12時32分55秒
  寝たきりおじさん様 / 虹と創価家族様 / 太ちゃん様


桜の城のご紹介ありがとうございます。

早速購入致します。


先日、思い余って初めて投稿いたしましたが、よく調べもしないで

本にはなってないとか(寝たきりおじさんのご配慮で、どなたかがになっていましたが)

無責任に書いてしまい、申し訳ないです。


あの後、自分の書いた文章を読み直し、客観視すると、なんだか傲慢ぽく、

感じ悪い部分もあったりで、こちらに投稿される皆様は本当に博学で、

よく勉強されていらっしゃるので、皆さんのレベルには全然至らず、なんだか反省してしまいました。


かねてより、イケディアンの住人様のレミゼラブルを読み直、は大好きで、本として欲しいくらいでした。

また、遅ればせながら、カンピース様、またMISSION様もアドバイスありがとうございました。


これからも学ばせていただきます(またしばらく学び専門で)。
 

アメリカ国防省の新聞が驚いています・・

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 3月 2日(木)12時07分32秒
  ひかり様が、昨日書いておられましたように調べてみると大変なスキャンダルですね・・

<記事貼り付け>

日本会議の後押しを受けながら「軍国小学校」のモデルケースを成功させて、全国に拡大することを計画していたんだろうね。

でなければ、「六本木」がここまで取り上げないだろう。

グローバル勢にとっては、「軍国主義」とは制御できない独裁国家と同義なんだよ。

米国は、安倍の面従腹背を精神異常者レベルと本気で警戒し始めた。

米国と英国のメディアは、「ロッキード事件を超える大スキャンダル」だという

「スターズ・アンド・ストライプス」の記事を日本語に直すと優しい表現になるが、ニュアンスは「不正な安倍夫婦」と、

もっとストレートな表現だ。

・・貼り付け終わり・・

<詳しくは>
http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-4813.html
 

天真爛漫・・の素晴らしい人材なのに・・!

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 3月 2日(木)11時56分0秒
編集済
  リボンの騎士様って、ホ~ント・・書き方がおんもしろい・・(いい意味で・・)

こういう人が同じ組織にいたれば、楽しくって仕方ないでしょう~ね。

学会の新しいキャラクターです。

患部(カンブ)様は、これがわからない・・もったいない・・


謎の弟子X様

が書かれていた、毎日が座談会のよう・・には、驚きました。 そういう、見方もあるんだと・・

(次々と菩薩が現れる虚空会の儀式のようだとも思っています。)  凄い形容の仕方で感心しました・・

最近、ひかり様、案外おばちゃま様、ラカニアンヌ様に続く力強いご婦人方達の投稿・・際立ってます・・



ペンギン
 

リボンの騎士さま

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 3月 2日(木)11時50分51秒
  >でも、負けないもんね!宿坊があるんだもんね!!<

なんだか心にじ~んと来ました。私も同じ思いです^^
 

Twitterより。堕落劇か w。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 3月 2日(木)11時15分41秒
  小説より面白い創価執行部と公明党の堕落劇。  

Yさんと対話

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 3月 2日(木)10時26分10秒
  久しぶりにYさんと対話しました。Yさんはマスクしてます。



Yさん「あ~しんどいです」

ひかり「花粉症?」

Yさん「あ~その通り」(マスクはずしてチーンとはなかむ)

ひかり「薬飲んだんでしょ?」

Yさん「へえ。どみまじだ」

ひかり「ひ、ひどいですね」

Yさん「へへへ。 かぷんちょーじゃなかった?」

ひかり「私も飲んでますよ、薬」

Yさん「あ~駄目だぁ、薬効かないよお~」(マスクはずしてチーン)

ひかり「何の話でしたっけ?」

Yさん「そうそう、人間革命ですよ」

ひかり「新聞掲載中のやつ?」

Yさん「はい。 あそこまで徹底して事実と違うとねえ」

ひかり「うーん」

Yさん「ダメでしょ、あれじゃ」

ひかり「ご家族はどう言われてますか?」

Yさん「なんだこりゃって、毎度毎度さかんに言ってますね」

ひかり「やっぱり」

Yさん「こないだ、うちの協議会では、みんなが言ってましたよ」

ひかり「へええー」

Yさん「言わないのは読んでない人だけ」

ひかり「へええ。 幹部は?」

Yさん「読んでないんじゃないですか。言わないところをみると」





 

ウ~ム・・しかし・・

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 3月 2日(木)09時54分45秒
編集済
  <本日のSputnik記事より>

抜粋、貼り付け

イスラム教は21世紀末までにキリスト教信者の数を抜いて、世界で最も多くの信者を集める宗教となる。

こうした予測を米ピュー・リサーチ・センターが発表。

同センターの調査では、2010年世界の宗教人口ではイスラム教徒の数は16億人。

これは地球全体の人口の23%を占める数。センターは現在の人口動態状況がキープされた場合、

イスラム教徒の数は今世紀末までにキリスト教徒の数を上回ると予測している。

こうした状況の理由としてピュー・リサーチ・センターはイスラム教徒の間の出生率の高さおよび

現在のイスラム教徒の大半が若年である事実を指摘している。

https://jp.sputniknews.com/life/201703023390331/

貼り付け終わり

イスラムの男性は他宗教の女性と結婚可

しかし、イスラムの女性は(基本的に)絶対に他宗教の男性と結婚できない。

これが、イスラム教が増える方式となっているのも確か・・

イスラムの女性と結婚したければ・基本的にイスラム教に改宗するしかない・・

女性は偉大ですね・・

欧州の50年後は・・・・・・・・
 

諸精霊と偶像への考察!<下>

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 3月 2日(木)09時49分34秒
  「生命論」の視角からの「諸精霊」「偶像」への考察 <下>

  「偶像」もまたしかりです。見る「偶像」もありますし、見られる「偶像」もあります。偶像は仮想ですから、この娑婆は、「仮想」と「仮想」が織りなす「世界」なのかも知れません。
 私たち一人ひとりも、この娑婆に自身の「偶像」をつくりにきている側面がありはしないでしょうか。“人生は劇”という視点がそれです。本当の自分は「十界本有」なのに、「菩薩」の衣を羽織ったり、「声聞」の装いを着込んだり、時に、惰性に流されて三毒・四悪に陥ったり、六道輪廻を繰り返していたりすることは、あんがい多くはないでしょうか。

 「偶像」も、「己心の法」に造り上げる個人のイメージの積算と言えなくはありません。そう見ると、諸精霊と偶像は、同じ類いのものであると言えるかも知れません。誰かの「偶像」は、受け取る人のイメージの積算のなせるものですし、自身のイメージも多数や一人の他者がこしらえる偶像です。

 問題は、個々人の偶像も、他者の偶像も、あるいはまた諸精霊といっても、それを保つ側が自由に造り上げたイメージの積算であるということです。「八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり」(563㌻)というわけです。
 餓鬼や畜生のような人、あるいは菩薩や仏のような人……といっても、それは、自・他ともに、本体から垂れ出た“垂迹”だということです。仏法は「十全の智慧」、つまり「十界」を説きますから、その一部、あるいは部分が強調されているに過ぎません。「本体」は「十全の智慧」であるはずです。

 「夫」や「妻」が、「私の描いていたイメージと違います」っていうのはよくあることです。どこかで“妥協”するより仕方がありません。あっ、違った、「調和」するよりありません(笑い)。

 「追善」とは、個人や故人に「善の意味」を追加することではないでしょうか。(そういう表現しかいまのところ浮かびません)。いまある私が「在る」のも、父・母のおかげです。家族のおかげです。先輩・同輩のおかげです。師匠のおかげです。同士のおかげです。国家、先人の智者のおかげです。つまり、「四恩」のおかげです、と。

 前出の御書のすぐあとで大聖人はこう仰せです。
 「目連尊者が法華経を信じまいらせし大善は我が身仏になるのみならず父母仏になり給う、上七代・下七代・上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給う、乃至子息・夫妻・所従・檀那・無量の衆生・三悪道をはなるるのみならず皆初住・妙覚の仏となりぬ」(御書1430㌻)。

 「恩」を感じるのは、「善知識」に対してですから、その究極が、
 「相模守殿こそ善知識よ平左衛門こそ提婆達多よ念仏者は瞿伽利尊者・持斎等は善星比丘なり、在世は今にあり今は在世なり」(916㌻)
 なのでしょうが、いかんせん、私は、そこまでの境涯にまでにはなっていません(笑い)。

 “田舎”育ちの私なんかは、近所の干渉が入りやすい処に育ちました。しかも両親が核家族化の走りの世代で、干渉がないことの方がのびのびと煩わしくもないとずっと思ってきたものでした。だが、どうもそうではないようです。
 係(かか)わりが無ければ、その人のことをあれこれ考えずに済みますが、係わりがあることによって、その人を“敵視”しなくてもすむということが厳然とあるようです。“敵視”しない、つまり、「憤り」や「瞋」の心を出すことがないということです。「瞋り」が、ほかならぬ、自身の心を傷つけることは前述したとおりです。

 人に「善」為すものは「利他行」です。「思い」とか、「口先」だけでは意味をなしません。「行」が一番です。
 「施(ほどこ)せ」ということなのではないでしょうか。「我欲」を乗り越えるには、「他に施す」自身の骨格をつくるよりない、ということなのではないでしょうか。「利他」とも表現できます。放っておけば「我欲」に走ってしまうこの“畜身”とその「心」を一仏乗に向けるには、「施す」という骨格をつくるよりないということのようです。「仏道」というは、その道筋であるはずです。

  どなたかに、「もう広宣流布はなった」という趣旨の投稿がありましたが、以下の点で賛同いたします。
 創価学会の歴史は、社会の中にもう一つの“社会”をつくる「屋上屋」ならぬ、「屋内屋」をつくった一面があります。それは、既成の権威・権力に囲まれて虐げられていた民衆の解放、旧習からの脱皮へのチャレンジだったと言えなくはありませんか。
 “貧乏人と病人の集まり”とも揶揄された(決してそうではありませんでしたが)、その「屋内屋」でも人が育ち、逸材が生まれ、その人材層も、むしろ社会を凌駕するほどの厚みになってきました。

 そうなると、どうなるか。
 社会と屋内屋との「垣根」がどんどんなくなります。
 広宣流布が、妙法の流布だとするなら、妙法という「法」の社会への浸透がそのまま、広宣流布の完成だといってもいいはずです。屋内屋に社会の専門職が通途するようになれば、それはそのまま「広宣流布の形」ということもできるはずです。そうして現実的にも、そうなりつつあります。いや、なっているのかも知れません。

 社会の専門職となるには、それはそれは「力」のいるものです。ライバルも一杯です。信念も、努力ももちろん不可欠です。その中で、一流の人物はつくられていきます。社会の中にも、自身の限界に挑戦して、その専門職の中で“金字塔”を建てた人は一杯います。間違えていけないのは、社会からの屋内屋への浸透ではなくて、屋内屋からの社会への浸透ということです。妙法の流布なくして、広宣流布とは呼ばないということです。「妙法」とは生命至上主義、人間主義です。

 では、「実像」とは一体、どこにあるのかということです。「事実」の像とでもいうのでしょうか。違います。事実の像も、それを見るのは、“イメージ”であることに変わりがないからです。「垂迹」です。
 ちょうど、人間革命を虚偽とみるのか、真実と見るのかというのと、よく似ています。いつかあった「事実と真実」の違いです。現象としての「事実」の奥の「真意」までを汲み取るから、人間革命の戸田先生の「真実」が明らかになります。それを虚偽とは言いません。「迹仏」と「本仏」の違いと置き換えてもいいかもしれません。

 「偶像」と「実仏」の違いも、実はそんな“処”にありはしないのか、ということです。「偶像」のその奥にある「実仏」を見るのは、「智慧の領域」であるということです。「迹仏」と「本仏」の違いも、形の上の「仏」のことではなく、それを観る凡夫(=人間)の中にある「智慧」ということにならないでしょうか。
 そして、偶像としての「師匠」の認識を乗り越えるところに、“自身の発迹顕本”はありはしないのでしょうか……。
                                                                               (おわり)

 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、「師子王の心」って、お判りデスか~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 3月 2日(木)09時40分45秒
  おはようございます。2週間以上先の彼岸勤行会を本日告知する意味が果たしてあるのか? ないのか? 不思議な珍聞デスね~(笑)

まあ、個々人のお考えがあるコトですから、別にイイんですが(笑)本日の「御書と歩む」を何より原田怪鳥様、心肝に染めてマスか~(笑)

「師子王の心」って「師弟不二の心」デスよ~、原田怪鳥様、判ってますか~? 「境」は役職に託された使命なんデスから~、

一番役職が高いアナタ、そう、アナタがその身でもって、証明して下さ~い(笑)しっかり観察させていただきま~す(笑)


さて、本日の「新・人間革命」大山五十デスが・・・

虹と創価家族さま、御指摘のとおり、ホントに万歳三唱したんデスか~? とてもそんな雰囲気ではないような気がしますが・・・

この会合については、長谷川理事長(現)が証言されてま~す。椅子の有る無しで、言い合いになってますが、カットされてま~す(笑)

会長辞任後に宗門から4項目の要求が出てます。
①全ての会合において、出席し、指導してはならない
②聖教新聞に名誉会長の記事をのせてはいけない
③信徒団体で師弟という考えはない
④名誉会長を会員に先生と呼ばせない

以上の項目を、当時の魔に負けた弟子は、師匠に強要したことになりま~す、これはカットするのデスか~?

背景をすべてカットして、上っ面のきれいごとで進める「珍・人間革命」(呆)それとも30巻で終了と銘打ったので、

何が何でも終わらそうとしているんデスか~(笑)そもそも、「人間革命」も「新・人間革命」も、いままでは、山本伸一の心情と共に、

回りの登場人物の背景や心情も残さず描かれていたもので~す、読者は「これって、〇〇さんだ」とか「〇〇さんのことだよ」と

小説というかたちをとりながら、より一層、先生や自分の身近な人を思い浮かべ、日々の糧にしていたもので~す。

ところが、大山の章には、背景や回りの人物描写が一切ありませ~ん(笑)ナゼでしょ~う?

まあ、それを描き出すと、とても一巻では収まりませんし(笑)、何より「勇退」にしたい執行部の考えに沿ったものになりませ~ん。

今後も偽りの歴史に注意してまいりたいで~す(笑)
 

北風と太陽

 投稿者:mission  投稿日:2017年 3月 2日(木)09時38分30秒
編集済
  これは、イソップ寓話にある物語なのですが、婦人部で役職を戴いた時から、組織での行動にも繋がると思い心掛けてきました。

『冷たく厳しい態度で人を動かそうとしても、返って人は頑なになるが、暖かく優しい言葉を掛けたり、態度を示す事によって初めて人は自分から行動してくれる』また、
『手っ取り早く乱暴に物事を片付けてしまうよりも、ゆっくり着実に行う方が最終的に大きな効果を得る事ができる』

相手に行動してもらう為には《北風》の様に無理矢理に押し付けをしても駄目なんですょね。
強引に動かす事で、余計に動いてもらえなくなる。

でも《太陽》の様に相手の気持ちを考えて、暖かく優しく照らし続ける事で、相手は心を開き自分自身の意思で動き始めて貰える。
日蓮大聖人 池田先生が、されてこられた行動に通じるものを感じます。


《折伏・啓蒙・選挙》活動に於いても、厳しい打ち出しや、追われる様な成果を求める事は【大聖人の哲学で広宣流布に繋げていく】と言う本筋から大きく外れてしまい、本末転倒な結果しか出ません。


これは、聖教紙面にも通じると思います。
「啓蒙して下さい」「読んで下さい」と、言い続けているのが《北風》
読み手側の為になる事を、先に与える気持ちを持つのが《太陽》なんでは?
《太陽》の気持ちで、人の心を動かす文章を書き構成する事で、啓蒙する側は自分の意思で「読んで貰いたい」と行動すると思います。
一昔前は皆そうでし、啓蒙先の講読者も読んでくれてました。


…昨日の朝そんな事を考えてると悶々としてきたので、聖教新聞社に電話しました。
以前 東京本社に掛けて愛想の無い受け答えに嫌な思いをしたので、今回は支社に。

・長期購読者が止めた理由(先週の投稿)
『友達の言葉そのままを伝えますね』と全て話す。
→始終「はい」で終わる。

・先生のメッセージは(中略)無しで載せて貰いたい。
→「はい」

・先生の お歳を考えると「新*人間革命」や御指導の執筆にも疑念を感じてる人が多い…貴方は どう思いますか?
→ 「新*人間革命は先生が書かれています」

・「新*人間革命」大山の章は小節として拝読してるが、何故 ハラダ会長が真実の歴史について載せないのか?
→ 「…」無言だったので『必ず伝えて下さい』と話す。

・組織の上からは常に啓蒙を強いられ、多部数も要求される…その様な実態を貴方は ご存知ですか?
→「はい」→『えッ はい?』→「知ってます……」

苦情が出ない様に大人しい若い子が、電話対応として置かれているみたいでした。
多分 私との会話も録音され、問題発言として上がってるかも知れませんが…まぁ良いです。
電話を切ってから『ところで貴方は何部とってるの?』と聞けば良かった…と今になって後悔してます。
 

わが友に贈る 2017年3月2日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 3月 2日(木)07時11分36秒
  「継続」こそ力なり。
三日坊主も10回やれば
1ヶ月やったことに。
諦めの心に打ち勝ち
朗らかに歩み続けよう!
 

4.25 再掲2回目

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 3月 2日(木)07時02分48秒
  投稿者:正義の旗  投稿日:2014年11月 5日(水)12時37分39秒

4・25 本幹が行われる。
そのときに花束が2つ用意されていた。女性役員が持っていくとPは拒否された。御礼とお別れを込めた花束を受け取らない。私が会長を辞めても同じじゃないか。
最近になって新事実が出てきた。実は花束のもうひとつは北条会長に用意されていた。その花束をとめたんだ。新任会長の喜びの花束とはなんだ。創価学会の会長とはそんなものじゃない。
当時の執行部が先生の辞任と北条会長の就任をどれほど喜んでいたか。
(このときに高田FKから一枚の写真をみせていただく。ここには北条会長に駆け寄る最高幹部の姿が写っていた。皆喜びの顔で握手をしていた。その写真の右隅には原島の顔が写っている)
本幹の朝 女性役員がPのもとへ配席表をもってきた。執行部は左上手、Pは右手でみなと同じ椅子。
奥様から「あなたはこれを見てどう思いますか?」と聞いた。女性役員は「私は持って行けと言われて持ってきただけです」と答える。奥様の顔が凍りついた。
その当時のことを女性役員が振り返り、なぜあのとき「おかしい」と言えなかったのか・・・と猛省していた。そんな中、女子学生部に先生は語りかける。「私がやめてどう思う?」と。
女子学生部は「お母さんが絶対におかしいと言っていた。だから絶対におかしいです」
P「そうか、そうだよな」と言われた。
どちらが本当の弟子なのか!師弟に役職なぞ関係ない。年数なんて関係ない!Pと自分のみ
Pが好きなのかどうか。師弟は実践の中にしかない。
5月3日4日 西口総関が現流寺に呼びつけられる。「人は変われど我は変わらじ」と言ったそうだな。いま理想な僧俗和合を作り時なのに取り下げろ。取り下げない。詫び状を書け!書かない!のやり取りがある。このときの坊主が学会本部にチクリを入れる。執行部からは詫び状を書くように言われるも西口総関は「書きません。書いたら関西の会員は黙っていない」と言った。この言葉は宗門に言ったように語られていたがこれは当時の執行部にむかって言ったことだった。

正義の旗さん、ありがとうございます。
 

Re:リボンの騎士さん

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 3月 2日(木)06時58分34秒
  コメントありがとうございます。人生を生きている中で、今のところ、これ以上辛いことは無かったです。
だから私にとってカンブ様の嫌がらせは「そよ風」程度です。とは言っても、実際に信頼していたカンブに裏切られた時には、全身から力が抜けて、立ち上がれない程ショックでしたが。

54年問題について、私は何十年も誰にも話が出来ず、いつか仇討ちすると誓って時を待っていました。
宿坊の皆様の投稿は、毎日が座談会のようです。私にとっては、指導をもらい、元気をもらい、悩み、決意し、唱題して、現場で戦うサイクルのための活力になっています。
(次々と菩薩が現れる虚空会の儀式のようだとも思っています。)

私にとってカンブ様達は、討つべき仇であると同時に、「こうなっていけない姿」の善知識です。
師匠を守れない不甲斐ない弟子を、池田先生は、どこまでも仏性を信じ、近くに置いているのだろうと思っています。
仏法の因果は、絶対に逃れられません。法華経の行者を苦しめた罪は必ず現れます。
私の周りですら、首から上の病気やケガや亡くなったりで何人も現象が出ています。出ていない人は、今世で転重軽受できないからだと思います。
リボンさんの周りの人も、ああ可哀想にと(笑)。仏界から、畜生界修羅界の相手を祈れる境涯で、負けずに戦いましょう。これからもよろしくお願いします。
 

悪しき権力とは、戦え!

 投稿者:平和の砦  投稿日:2017年 3月 2日(木)06時57分42秒
  池田先生は、これまで
悪しき権力とは、戦うことが大切だと
教えてきてくださいました。

共謀罪を、それも閣議決定しようとする今の権力は、悪しき権力でしょう。

責めて!叩く!

これが大切です。
 

本当に「万歳三唱」したのでしょうか?

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 3月 2日(木)06時52分50秒
  〈小説「新・人間革命」〉 大山 五十

この日、午後一時半から、信濃町の広宣会館(創価文化会館内)で、「七つの鐘」総仕上げを記念する四月度本部幹部会が開催された。いつもなら参加者は喜々として集って来る。しかし、皆の表情は硬かった。
 “これから、山本先生はどうなってしまうのか”“学会はどうなってしまうのか”
 そんな思いが、心に不安の影を投げかけ、皆の顔から笑みを奪っていたのだ。
 参加者が会場に入ると、普段とどこか違っているように感じられた。いつも会長のスピーチのために、前方に向かって左側に用意してあるテーブルとイスがなかった。そんなことも、寂しさを募らせるのである。
 やがて伸一が入場した。歓声があがった。
 伸一は、悠然と微笑みながら言った。
 「さあ、万歳を三唱しよう。学会の新しい出発だもの。威風堂々と進むのが学会だ。師子は、いつも師子じゃないか!」
 力強い声に勇気が湧いた。一人の闘魂が、皆の闘魂を呼び覚ます。御聖訓には「一の師子王吼れば百子力を得て」(御書一三一六ページ)と。元気な「万歳!」の声が響いた。

 

随筆 桜の城

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 3月 2日(木)06時35分1秒
編集済
  寝たきりオジサン様、太ちゃん、『随筆 桜の城』をご紹介頂きまして誠にありがとうございました。

仰るように、『随筆 桜の城』には、54年問題に関する池田先生の大切なお言葉が掲載されています。
一般会員でも読みやすく、他の随筆も、池田先生のお心や創価学会の歴史を学ぶには最高の一書です。

自分は『随筆 桜の城』を啓蒙しています。
54年問題を知らない方、最近入会された方にも池田先生を深く知って頂くためです。
『随筆 桜の城』を基準にすると、新・人間革命だけでなく近年のメッセージにも違和感を覚えるようになります。

その原因は、池田先生が表に出られなくなってからは、本部は学会機関紙に掲載する文章を検疫しているからです。
意図的に、池田先生の破邪顕正のお心や、民衆を賢明にし、力と誇りを与え、権力の奴隷とさせない指導を削除しています。
民衆に「おかしい」と、声を上げさせないようにするためです。
これまでありました数々の、本幹でのスピーチ改ざんが証拠です。

無知ほど怖いものはない。
愚かであっては権力者の奴隷となってしまいます。
そのためにも、広宣流布の戦人としての池田先生を、心に取り戻して頂きたい。

『随筆 桜の城』については絶版になっていないようです。
信濃町付近の博文栄光堂で販売されていましたし、各種オンラインショップでも購入可能です。

自分は『随筆 桜の城』は、そのうち絶版になると思います。
悪しき権力者の手によって。




 

あるがままで

 投稿者:リボンの騎士  投稿日:2017年 3月 2日(木)03時48分38秒
  太ちゃんさまの「怒り・嫌悪」から始まる祈りについて、すごくわかりやすかったです。有難うございます。自分の体験もシェアして良いですか?
リボンがカンブ様から突然イビられ始めたときは、ショックで、辛くて、?12kgsの激痩せ。御本尊様に向かうときは、悔しくて号泣しながらの題目でした。「このヤロー、理不尽だ!許せない!」って祈りました。御本尊に素直に、怒りの気持ちや悲痛な心を聞いてもらっているうちに、すうっって心が澄み切ってくる瞬間があったり、また苦しい気持ちが込み上げてきたりして。そこを通り抜けると、ものすごい歓喜が湧き上がってきました。今、先生と一緒に居られる大歓喜!相手のことを、どんなに憎んで祈り始めたとしても相手が不幸になることはない。ネガティブな祈りは叶わない御本尊さまですから、安心して「このヤロー!」と祈って大丈夫。あるがままで、自分の嫌な見たくない部分もさらけ出して祈っているうちに自分自身が変わっていけるのが、この信心のスゴイところだと思います。4・24の先生のご指導ががなかったら、私は学会の中でいつも誉められて、優等生気分でいい気になってたと思います。だから、今はイジメてくれたカンブ様には大感謝!カンブ様は相変わらず同じことをやっていますし、リボンを孤立させてこっちが元気なくなるのをひたすら待ってます。でも、負けないもんね!宿坊があるんだもんね!!
 

方程式を知りながら

 投稿者:感性  投稿日:2017年 3月 2日(木)03時04分12秒
  <共謀罪>3月10日閣議決定 公明、容認の方針
毎日新聞 2/28(火) 14:00配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170228-00000060-mai-pol


受難の方程式  投稿者:感性  投稿日:2017年 2月19日(日)18時56分30秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64709
 

私も頑張る!

 投稿者:リボンの騎士  投稿日:2017年 3月 2日(木)01時45分9秒
  謎の弟子Xさま、子供さんを亡くされていたのですね。Xさまの言葉を読んで、私も仇討ち頑張る!  

疑惑あり!⑤理事長招致反対の不思議

 投稿者:感性  投稿日:2017年 3月 2日(木)01時02分58秒
編集済
  2015年9月19日直前の出来事  投稿者:ひかり  投稿日:2017年 3月 1日(水)15時02分15秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/65327


このことですね。

>テレビで安保法制の「ポジティブキャンペーン」をした後は、故冬柴鉄三公明党幹事長
>次男らと会食 ここで何が…?(画面中ほど)
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/365372

安倍は故冬柴鉄三公明党幹事長の次男、秘書官らと食事をしたとも報道されていますが、
このタイミングで一体何のための民間人との会食だったのでしょうか。
公明党が首相との会食に関与していことは甚だ考えにくいことではないでしょうか。

いずれにせよ党は関与の有無そして関与の場合の理由を国民に説明しなければ内外部にかかわらず疑心暗鬼は深まるばかりでしょう。
今後の都議選等にもいい影響をあたえるはずがありません。

そもそも、この会食自体、記事が事実であるならうさんくさいこと限りないのではないでしょうか?
様々な見方があろうかとは思いますが、少なくとも支援団体構成員の手弁当支援で成り立っている公明党や
その関連に関しては利害など魑魅魍魎なるものについてはたとえ匂わせるようなことであってもあってはならない思えてなりません。

また籠池理事長(日本会議運営役員)の国会への招致を公明党が反対したことも気になります。
招致反対は、その後籠池理事長夫妻の鴻池氏への封筒アプローチの失敗
http://www.asahi.com/articles/ASK316S7VK31ULZU015.html
など様々なことが明るみになったこの期に及んでは撤回すべきでしょう。
それとも籠池を招致したら何か都合の悪いことでも出てくるのでしょうか?


疑惑あり! ④案の定・・  投稿者:感性  投稿日:2017年 2月24日(金)00時17分26秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64947
 

太ちゃん様

 投稿者:月明かり  投稿日:2017年 3月 2日(木)00時53分16秒
  深い教学を教えて下さり、大変にありがとうございました。
なかなかこういう指導をしてもらえる事がないので、とても有難いです。

素直に、ありのままの感情でご本尊に向かい、自己の内なる悪(怒り・嫌悪)と戦い乗り越えて、「一人ももれなく」という一切衆生の幸福を心から祈れる自身に変わっていくということでしょうか。
理解が、まだまだ浅いと思いますが。
祈り方が、明快になりました。
私に対する様々な理不尽な行為に対し、教えて頂いた祈り方で題目を上げまくり乗り越えていく勇気が湧きました。
今いる場所で、逃げずに勝利していきます。
本当に、ありがとうございました。
 

随筆桜の城 嵐の4・24

 投稿者:太ちゃん@平らかなるは人編  投稿日:2017年 3月 2日(木)00時37分5秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/25395
新参者様、はじめまして。   投稿者:虹と創価家族   投稿日:2015年 5月29日(金)13時02分37秒
より
▼▼▼▼▼▼
何も知らない現場会員にとって、54年問題や幹部腐敗の導入へのきっかけを作れますのでご参考にして頂ければ幸いです。
また上位幹部に対し、54年問題や幹部腐敗の追撃を認めさせる文証として使用しています。

【随筆 桜の城】
池田先生が54年問題に対し明確にご発言されています。
特に嵐の4・24では『「第3代会長を守れ! 絶対に一生涯守れ! そうすれば、必ず広宣流布できる」と。この恩師の精神を、学会幹部は忘れてしまったのか。なんと哀れな敗北者の姿よ。』と、当時の最高幹部が先生を守れなかった事実がここにある。
昭和54年4月25日・29日の聖教新聞バックナンバーを調べれば、「先生を守れない当時の幹部の実名」が判明します。
▲▲▲▲▲▲


http://6027.teacup.com/situation/bbs/26687
54年問題を知る第一歩   投稿者:虹と創価家族   投稿日:2015年 6月24日(水)19時51分22秒
より
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「随筆 桜の城」

・嵐の4・24 断じて忘るな!学会精神を

戸田会長は、遺言された。「第三代会長を守れ! 絶対に一生涯守れ! そうすれば、必ず広宣流布できる」と。
この恩師の精神を、学会幹部は忘れてしまったのか。なんと哀れな敗北者の姿よ。ただ状況に押し流されてしまうのなら、一体、学会精神は、どこにあるのか!(P.59)
▲▲▲▲▲▲

他にも度々紹介されてきてます。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/38608
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63090
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63218
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64295


http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

池田先生の女性に贈ることば365日より

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 3月 2日(木)00時29分26秒
  三月二日

母は、わが家の太陽である。いな、世界の太陽である。

いかに暗く厳しい状況になっても、母がいれば、

笑顔満開の光が消えることはない。
 

嵐の「4・24」は随筆桜の城に収録されています。

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 3月 1日(水)23時49分43秒
  ちょっと思い出したので・・どなたかが嵐の4・24は本に収録されてない
とおっしゃっていましたが、(「随筆桜の城」2000年6月6日発行)に
収録されています。

以前、虹と創価家族さまが紹介されていました、念のため。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 3月 1日(水)23時36分13秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

「怒り・嫌悪」から「一切衆生の幸福」の祈りへ

 投稿者:太ちゃん@平らかなるは人編  投稿日:2017年 3月 1日(水)23時01分41秒
編集済
  このコメントよりハンドルネームを少し変えました。
@マーク以下の「歓喜の中の大歓喜編」より「平らかなるは人編」にしました。

自然と今のような感じになったのだけど。
徹底的に「素直」な気持ちを弾圧してる組織の様子をずっと感じています。
詭弁か変な感情誘導にて騙してる実態が感じられすっかり慢性化してるように感じます(それでもダメならパワハラまでも使ってですねぇf--;)。

そのため、人によっては希望を失い結果的に念仏や浄土の害毒が出てしまっていたり、あるいはそれに抗おうとするあまり教条主義に陥っていたり。
非常に悪循環に陥っております。

念仏や浄土の害毒についてわかりやすい記事を紹介させて頂きます。
http://blogs.yahoo.co.jp/nonviolencedevelop/22623601.html?__ysp=5b%2B15LuPIOa1hOWcnyDlrrPmr5I%3D
邪宗の害毒 念仏篇 ( 宗教 ) - 心の薬 - Yahoo!ブログ


念仏・浄土の害毒や教条主義状態のどちらでも「緊急避難」の効果があるのが『人界』をテーマにした日常なんです。
「精神の病の人へは無理に活動させない」というのも、こういうことでしょうね。
そこまででない人でも、昔の学会に比べあまりにも元気がなさすぎています。
これでは自分のことで手一杯になってしまうのも無理からぬことです。

いろんな意味の「素直」が緊急で必要に感じられるのです。
いろんなものを「素直」にあるがまま感じ、「素直」にあるがまま自分を見れて、「素直」に状況を見れるようになるのが先決に感じます。
それも「蘇生」への第一歩です。

「緊急避難」した後、改めて「仏界」を目指すほうが無理が少ないです。
またそれは「素直」なまま「素直」に御本尊に気持ちが向かうことで、「素直」に仏界を目指す好循環へ流れるからです。


追伸:月明かりさんへ
http://6027.teacup.com/situation/bbs/65200

「素直」に御本尊に気持ちが向かっていれば、悪に対しても「素直」に怒りや嫌悪するのが自然なんです。
むしろそういうプロセスがあったからこそ、虹と創価家族さんは

http://6027.teacup.com/situation/bbs/62604
http://6027.teacup.com/situation/bbs/62628
http://6027.teacup.com/situation/bbs/62647

ということになれたんです。
虹と創価家族さんはその経験をされて今になることができたんですね。
怒りや嫌悪というのも、実は必要なプロセスなんですね。

怒りや嫌悪は宿業が現われてくれた状態なんです。
御本尊は「変わるキッカケ」を現わして頂けます。
これは幸福軌道へ繋げられる功徳というものなんでしょうね。
そして宿業を変える効果的なものが『唱題』になるんです。
そしてそれは「冥益」となっていきます。

御本尊はちゃんと「変わるキッカケ」を現わしていても、唱題をしてるかしてないか、ここで差が出てしまうんです。
また当然ながら「祈り方」を知らなければ功徳を得られないのは河合師範の指導の通りです。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58089

昔はこういう話を活動家さんがよくしていたけど。
最初は怒りの唱題だったのが、いつのまにか相手の幸福を祈る唱題になっていた、なんてね。
昔は活動家さんが普通に話されていたものなんですよね。

と、僕の話だけではなんですから、ひとつ紹介して終わります。

素晴らしき婦人部に人生勝利を!

http://6027.teacup.com/situation/bbs/61126
法華経の智慧・如来寿量品第十六より飾らず「ありのまま」ひたぶるに生きる   投稿者:臥子龍

ソースをそのままどうぞ(^^)
臥子龍さん大切な話をありがとうございますm(_ _)m

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

同盟題目!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 3月 1日(水)22時49分49秒
  23時より開始です。よろしくお願いします。

人間革命の執筆チームにお題目を送ります。
 

某職場について

 投稿者:事情通  投稿日:2017年 3月 1日(水)22時18分28秒
編集済
  都内、信濃町にある某職場で言論封殺が行われている。
一部の職員がSNS禁止にされているのは周知のこと。
そういえば、元職のブログに
話を聞いて欲しいと電話で直訴した回数の多さが、余りに異常だと解雇裁判の中で取り上げられたらしいが、その証拠が捏造だという。

捏造した証拠をつくったのが小倉という副会長。聖教新聞の社員であるという。この小倉なる副会長は神奈川県の総県長クラスだとか。
 

世界は生きるのに危険

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 3月 1日(水)21時30分58秒
編集済
  Albert Einstein : アインシュタインの含蓄ある言葉を見つけました・

”The world is a dangerous place to live ; not because of the people who are evil, but because of the people who don't do anything about it”.

天才はこう言っています・・

世界は生きるのに危険な場所。いや違う、悪人にとっては、しかし、何もしない人々にとってはそうだ・・

これを我らの創価学会に当てはめてみませんか。

破和合僧、怨嫉・幹部批判は師敵対と言う言葉で脅し、口を封じ・・

官僚主義・冷血・人権無視・傲慢・横暴し放題で・・

アッチもコッチも悪戯している幹部が周りにいませんか?
 

諸精霊と偶像への考察!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 3月 1日(水)21時10分35秒
   「生命論」の視角からの「諸精霊」と「偶像」への考察 <上>


 生命論の視角から、「諸精霊」や「偶像」という言葉に迫ってみたいと思います。

 「諸精霊」とほぼ同一線上にあるのが「回向(えこう)」です。「回向(えこう)」は、「自らが仏道修行で得た功徳を回し転じて衆生に振り向ける作業」――そう、何回も教わってきたはずです。なのに、儀式としての「葬儀」や、「追善勤行会」がいまなお仰々しく行われたりするのは、一体、どういうことなのでしょう。「追善勤行会」は、ご供養の“金集め”が目的なのでしょうか(笑い)。

 「生」と「死」は、どんな人間にとっても重要な命題ですから、人の一生を締めくくる「葬儀」を大切にすることは、それはそれで大事なことだとは思います。だが、「葬儀」や「追善勤行」を組織で重要行事であるかのように扱うことには、ずっと違和感を覚え続けていました。「これじゃ、“葬式仏教”への“先祖帰り”ではないのか」と。
 もちろん、一緒に闘った同士や、身内に「追善」の祈りを捧げる行為は、決して否定されるべきものではないと思います。一方で、国家から宗教法人としての認定を受けた創価学会が、「礼拝室」を持ち、行事としての「追善の行事」を持つことは、“資格”を維持するという点で、欠くべからざるものであるということも認めます。

 だが、この「部分」の必要性をあまり強調し過ぎると、幾多の宗教団体が陥ったように、伽藍(がらん)を護るだけの宗教になったり、偶像崇拝の宗教になっていってしまうのではないか、という危惧があります。現に、このところの創価学会もその色彩をどんどん強めていってしまっています。

 「回向」(=延向)は、回転(えてん)趣向の意味です。菩薩五十二位に「十回向」というのもあります。それによって、自他ともの仏果を得るというのが、その本義です。
 回向でよく引き合いに出されるのが目連(目犍蓮)です。釈迦十大弟子の一人で、神通第一と言われ、盂蘭盆経で「亡母が餓鬼道に墜ちたのを知り、神通力では救おうとしたが救えず、釈迦の教えに従って盂蘭盆供養<百種の飲食を衆僧に供養>によって救った」という説話(御書1428㌻)があります。今日の盂蘭盆会の起源だとされます。

 生命論的にこれは、一体、何を意味するのかということです。
 言葉を変えれば、諸々の精霊、つまり諸精霊とは一体、“何もの”なのだろうということです。
 どこかの空間に浮かんでいるものなのでしょうか。

 もし、それがどこかの空間に浮かんでいるものであるとするなら、それは、人を神秘の世界に招き寄せるだけのものになりかねません。基本的に、耳、眼、鼻、口、身体の五感で感じ取れるものしか、人は「在る」と認識できないからです。
 最近の宇宙論を参考に、原子、あるいは素粒子の世界にまで思考が踏み込むと、五感で感じ取れるものだけが「すべて」だというにはわけにはいけなくなります。私たち人間の知覚をはるかに超える「存在」がこの宇宙には蔓延しているようだからです。エネルギーという「存在」ですら、通常、人間の知覚を超えます。しかし、だからといって、“神秘の世界”だけに頼るのは「人間の智慧」の放棄です。

  「追善」という言葉に留意したいと思います。
 精霊が故人を対象としたものであるとするなら、それは個人の、故人に対する認識や、イメージだといえないでしょうか。
 別に、故人でなくとも、イメージは誰人にも抱くものです。個々人や、故人がイメージとして、その人の中にあるということです。そしてイメージが他の人にも行き渡った集合が「諸精霊」と称されているに過ぎない、と捉えたらどうなのでしょうか。それは、宇宙をどう見るか、あるいは社会をどう見るか、押し並べて自身の「外界」をどう見るかということと、さして変わりはありません。
  すべて、「己心の法」というわけです。いかなる人間も五陰(色・受・想・行・識)を持ちますから、認識としての「想」や、意志という意味での「行」、そしてその全体の「識」だとも言えます。

  詳細は省きますが、宇宙といっても、地球といっても、あるいは国家、社会といっても、科学や社会、国家、人類の大多数の集合のものの見方、つまり「知見」であることに変わりはありません。その「知見」を「己心」が取り入れているだけ、と言ったら言い過ぎでしょうか。言ってみれば、「己心」や、「己心の集合」が描く「外界」の姿です。

  精霊の話に戻ります。
  人それぞれに、他者のイメージ、意志、認識があります。自分の中にあるのです。個々人のそれぞれが全然、別のイメージであるかも知れません。思い思いの認識でその他者を観ます。回向もします。その認識と回向が、諸精霊追善の実像といっていいのではないでしょうか。
 人を憎めば、憎むその人の心が荒れます。憎しみは「愼り」ですから、内に向かえば「地獄」でしょうか。
 ある人は、地獄の知見で他者を覗き込み、ある人は貪りの知見で覗き込み、ある人は菩薩の知見で覗き込む。何かを見る「知見」というのは、その意味で「意味付け」と同じものです。その「意味付け」も、人類が外界を見る「知見」もまた、“十界本有”だと言えます。
  ということは、もしかすると、諸精霊追善というのは、故人に「いい意味」を与えることではないのか、と思ってみたりもしてみるのです。つまり、「追善」です。「菩薩の知見」によっていい意味で「外界」を見る、「仏の知見」でいい意味で「外界」を見る、ということと同じなのでしょう。あくまでも、「観る」側の主観です。大体、諸精霊が「喜ぶ」なんてことは、現実には確認がとれないことなのですから。
 「追善」は、それによって、ほかならぬ、追善する側の人に「安穏」がもたらされることが、大きな特徴なのではないでしょうか。追善した人が安穏になると信じて追善することが、同時に、追善する側の安穏ともなる――ここに「追善」の大きな意味がある、つまり、「追善」は「善」の意味の「意味付け」の追加と観ることができるわけです。

 池田先生は、94年3月20日の第76回本部幹部会で「回向」について、こう語っていて下さっています。
 「広宣流布に生き抜く人生――『生の仏』、すなわち『現世の成仏』は、ここにしかない。その功徳を無量の先祖、無量の子孫、眷属(けんぞく)に回(まわ)し向けていく。自身が仏道修行得た功徳を、力を、勤行・唱題の金色(こんじき)の光を回し向けていく。これが回向の本義である」と。

                                            (つづく)

 

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