命にかかわる薬の記事をめぐってカネが動いていた。
記事がカネで買われていたことにならないのだろうか。
人の命をどう考えるのかーー。広告とは、PRの仕事とは何か。そして、ジャーナリズムとは。
このシリーズを通じ、患者やその家族の皆さんと一緒にこの問いを考えていきたい。
【動画】特集・調査報道ジャーナリズム 「買われた記事」(C)Waseda Chronicle/Makoto Watanabe
私たちは、特集「買われた記事」シリーズの1~3回目を通じ、脳梗塞(のう・こうそく)を予防する抗凝固薬(こう・ぎょうこやく)に関する記事をめぐって、電通側と共同通信側の間でカネが動いていた実態を報告してきた。
4回目では医薬品の記事をめぐる電通側と共同通信側のカネのやりとりがいつから始まったかを報告する予定だった。しかし記事作成中の2017年2月22日、一般社団法人共同通信社(共同通信)から、私たちの質問状に対する「おわび」が届いた。その「おわび」には、一般記事と報酬をめぐるきわめて重大な内容が含まれていた。
そのため今回は、急きょ予定を変更し、その「おわび」に関し検証することにした。
「おわび」が届いたのは、4回目の原稿に取りかかっていた 22日の午後4時4分。共同通信からのメールだった。回答者名は共同通信の河原仁志・総務局長だ。
「あらためて調査した結果」として、「KK共同医療情報センター長(原文は実名)が大学教授らから聞いた話を基に記事スタイルで資料を作成し、社団共同(共同通信)編集局に提供していたことが分かりました。当該記事の実質的な執筆者はKK共同医療情報センター長と判断し、1月31日付の回答を訂正します。当初の回答が結果として誤っていた点はおわびします」
文中にある「1月31日付の回答」とは、私たちが共同通信に出した質問状に対してのもの。その中には、このシリーズの1~3回でとりあげた抗凝固薬とは違う「アダパレンゲル」というニキビ治療薬に関する記事がある。
私たちはこのニキビ治療薬について、「電通側から金銭を受領するKK共同の所属者が共同通信が配信する記事を執筆することについての見解を理由とともにご教示ください」との質問状を出していた。
しかし共同通信はKK共同の人間が記事を書いていたことは否定していた。これまで、私たちの質問に対し、KK共同は別組織のPR会社であると主張してきた。共同通信は報道機関であり、営利活動をするKK共同は配信する記事の取材や執筆には関与しない。そういう「棲み分け」論だ。
しかし電通側からの「カネの窓口」になる会社の人間が、記事を書いていたのである。
共同通信の「おわび」までの主な動き
- 2010年5月12日
- 共同通信が問題の記事を配信
- 2016年12月29日
- KK共同の医療情報センター長が問題の記事を執筆したことを認める。ワセダクロニクルの取材で
- 2017年1月23日
- ワセダクロニクルが共同通信に質問
- 1月31日
- 共同通信が回答。「KK共同の医療情報センター長が取材、執筆したものではない」
- 2月1日
- 特集・第1回が掲載(ワセダクロニクル創刊)
- 2月9日
- 特集・第2回が掲載
- 2月16日
- ワセダクロニクルが共同通信に再質問
- 2月17日
- 共同通信が再質問の回答延期をワセダクロニクルに申し入れ
- 2月21日
- 特集・第3回が掲載
- 2月22日
- 共同通信が回答。「実質的な執筆者は医療情報センター長と判断」。ワセダクロニクルに「おわび」
記事を書いたのは「カネの窓口」
私たちが入手した「アダパレンゲル」というニキビ治療薬を取り上げた記事の出力モニターには、記事の配信時間やタイトルとともに、KK共同の医療情報センター長の署名がある。その当時から同じ役職を務めている。
医療情報センター長は共同通信で科学部記者を務め、その後、KK共同の医療情報センター長になった。両社には人事交流がある。
記事の内容は「アダパレンゲルというニキビ治療薬に保険が適用されるようになった。早い段階から薬で治療すればニキビの慢性化を防げる」というものだ。記事は「2010年05月12日11時34分30秒」に配信された。地方紙7紙に掲載されていたことが確認できた。
電通グループの内部資料には以下のように記されている。
「支払い内容」→「ニキビ疾患啓発記事の配信費」
「経費の日付」→「2010年5月」
「クライアント」→「ガルデルマ」
「支払い先」→「(株)共同通信」
「支払い額」→「60万円」
「経費の種類」→「媒体費」
カネを電通グループから受け取る窓口であるKK共同の人間が記事を書き、それを共同通信の配信システムを使い、地方紙に配信していたのだ。そして配信後、KK共同に電通側からカネが支払われた。
掲載が確認できたのは以下の表の7紙だ。カッコ内は発行新聞の本社所在地。
掲載地方紙 | 掲載日(いずれも2010年) |
---|---|
下野新聞(宇都宮市) | 5月22日 |
静岡新聞(静岡市) | 5月31日 |
四国新聞(高松市) | 5月21日 |
佐賀新聞(佐賀市) | 5月25日 |
熊本日日新聞(熊本市) | 5月22日 |
宮崎日日新聞(宮崎市) | 6月8日 |
沖縄タイムス(那覇市) | 5月18日 |
KK共同の医療情報センター長が執筆し、共同通信から配信された記事が掲載された熊本日日新聞(写真左)と沖縄タイムス
「共同通信の記者が独自取材」と回答
関係者への最初の取材は2016年12月29日だった。私たちは電通グループの内部資料を手に、KK共同の医療情報センター長を訪ねた。
――このニキビ治療薬の記事は、あなたが書いた記事でしょうか。
医療情報センター長自身が執筆者であることを認め、配信された記事の出力モニターにもそのことが記載されていた。私たちはこれを踏まえ、年が明けた2017年の1月23日に共同通信とKK共同に質問状を出した。
「KK共同の所属者が、共同通信が配信する記事を執筆することの見解を教えてください」
2017年1月31日、共同通信とKK共同から回答があった。
共同通信。
「医療情報センター長(原文は実名)が取材、執筆したものではありません」「(医療情報センター長は)KK共同のPR事業として資料を作成し、社団共同(共同通信)の担当記者に提供し紹介したと理解しています」「社団共同(共同通信)記者は医療情報センター長(原文は実名)より提供された資料を、他のプレスリリース等の広報資料と同様に取り扱い、ニュース価値等を厳選に検討し、改めて独自に取材しデスクに提稿、配信しました」
KK共同。
「医療情報センター長(原文は実名)は電通PRからの情報に基づき、PR活動に資する資料を作成し、社団共同(共同通信)の担当記者に紹介したものであり、医療情報センター長(原文は実名)が記事を自ら執筆した事実はありません」
明確な否定だった。
しかし私たちは、医療情報センター長の名前が記載された記事の出力モニターを入手している。大体、本人もそれを認めている。それをなぜ否定するのか。
再確認で一転「おわび」
私たちは2017年2月16日、共同通信に念押しをした。
――KK共同の医療情報センター長は「取材、執筆していない」という回答で本当によろしいのでしょうか。事実の再確認をお願いします。
回答期限は翌日の17日正午とした。一度回答しているものだ。単なる念押しのはずだった。執筆者を確認するのにも時間はかからないと考えた。しかし共同通信の総務局次長が回答指定日の17日に電話で「責任ある回答をしなければならないと思っている」「関係者に聞いているので、簡単なものではないことをわかっていただきたい」と延期を申し入れてきた。そして22日、出てきた回答が冒頭のものだ。もう一度紹介する。
「KK共同医療情報センター長(原文は実名)が大学教授らから聞いた話を基に記事スタイルで資料を作成し、社団共同(共同通信)編集局に提供していたことが分かりました。当該記事の実質的な執筆者はKK共同医療情報センター長と判断し、1月31日付の回答を訂正します。当初の回答が結果として誤っていた点はおわびします」
編集局も「了承」
共同通信の回答には続きがある。
「かつて科学部記者であったKK共同医療情報センター長(原文は実名)は、『医療ニュースとして新規性があり面白い』と考え、あらかじめ編集局に口頭で内容を紹介して了承を得た上で記事スタイルの『資料』を作成、提供しました。編集局のデスクは『資料』の内容を吟味し『報ずる価値がある』と判断、事実関係をチェックした上で手直しし、記事として配信しました」
この回答には、重大な問題が二つある。
一つは、共同通信の編集局が了承していることだ。共同通信が、100%子会社のKK共同の人間に共同通信の記事を書かせることを、組織として認めていることになる。
もう一つは、2017年1月31日付の回答で存在していた「独自に取材しデスクに提稿」した記者が、今回はいなくなってしまっていることだ。
その31日付の回答では「社団共同(共同通信)記者は医療情報センター長(原文は実名)より提供された資料を、独自に取材しデスクに提稿、配信しました」とあった。「独自に取材しデスクに提稿」した共同通信の記者が存在していたはずなのに、今回の2017年2月22日付の回答では消えてしまった。
共同通信はなぜ当初、医療情報センター長が「記事を執筆した事実はない」という回答をしたのか。記事の署名は社内のデータベースを調べればわかるはずだ。
共同通信は回答を変えたことについて「医療情報センター長(原文は実名)の証言が主たる根拠です」と答えた。つまり前回は、共同通信の説明を信じるならば、当人の説明を裏付けも取らずそのまま回答してきたことになる。
KK共同の記事執筆が常態化か?
出力モニターにKK共同の医療情報センター長の署名がある記事は、60万円が電通側から支払われたニキビ治療薬の記事だけではない。まだ多数あり、常態化していた可能性がある。それを次に記す。医薬品以外の記事も含まれている。日時は共同通信の記事配信時間。ただしこれらすべての記事について、カネが動いていたかどうかは現時点では把握していない。
- 2009年8月26日13時54分00秒
- 医療ネット「ピロリ菌除去に乳酸菌併用 抗生物質効かぬ菌に有効」
- 2009年9月24日12時03分37秒
- 医学の広場「移植推進行事を開催」
- 2009年10月14日11時08分03秒
- 医療ネット「新技術で薬のトラブル解消 注目集めるOD錠」
- 2009年10月21日10時36分18秒
- 医学の広場「乳酸菌が風邪予防に効く?」
- 2009年10月28日12時56分31秒
- 医療ネット「脳を活性化、メタボも予防 解明進む、そしゃくの効用」
- 2009年12月9日10時52分14秒
- 医療ネット「働き盛りの8割が未病状態 男性も冷えにご注意」
- 2010年1月6日10時56分51秒
- 医学の広場「糖尿病で精神的負担」
- 2010年1月20日10時54分18秒
- 医学の広場「会社員の7割がやせたい」
- 2010年3月24日12時14分09秒
- 医療ネット「意外と多い月経不順 約3割に悩んだ経験」
- 2010年6月30日12時01分20秒
- 健康まっぷ「高齢者に優しい介護食 軟らかく、事故防止」
- 2011年2月24日16時54分49秒
- 医療新世紀「がん治療解説冊子を進呈」
- 2011年11月24日14時47分53秒
- 医療新世紀「臓器提供で意思伝達3割」
- 2012年2月23日12時47分46秒
- 医療新世紀「顔面神経まひの本」
- 2012年6月21日12時43分02秒
- 医療新世紀「カレーでストレス抑制」
- 2012年9月20日13時19分48秒
- 医療新世紀「口の健康、8割が自信なし」
- 2012年10月4日11時22分06秒
- 医療新世紀「がんを生き抜く」
- 2012年10月11日13時38分14秒
- 医療新世紀「65歳以上の4割が聴力低下」
- 2012年10月25日10時39分15秒
- 医療新世紀「乳酸菌の秘密を解説」
- 2013年2月28日14時17分38秒
- 医療新世紀「難病少女が啓発行事参加」
- 2014年7月10日11時10分14秒
- 医療新世紀「腸内環境最良は長野県?」
共同通信社長は取材断る
医薬品に関する記事は、他の記事に比べ熱心に読まれる。患者が藁(わら)にもすがる思いで情報を探すからだ。
この点が電通側の宣伝戦略に利用されていることは、1~3回目で報じた通りだ。電通グループの元社員は「人の命に関することは紙面に載りやすい」と話し、電通PRの社内リポートは「健康関連の調査結果は、昔から変わらない不変のPRコンテンツ」と記載していた。
宣伝戦略に組み込まれる形で、記事が配信されると子会社がカネをもらうことを、報道機関の共同通信はどう考えるのだろうかーー。
共同通信の元編集主幹で、KK共同の社長も務めたジャーナリストの原寿雄さんは私たちの取材にこういっていた。
「(記事をめぐってカネが動いていることを)自覚しなけりゃおかしいし、自覚してやっているなら犯罪じゃないか。反倫理を超えて、犯罪的じゃないか、薬の問題は」
「当然、ジャーナリズムとして書いちゃいけないことだよ」
「おカネがある(おカネが絡む)なんてもってのほかだよ。それは買収されてるっていうことだよ」
原さんは「社団(共同通信)の社長に会って、共同通信の子会社がこんなことやってていいのか、突きつけるべきことだよ」といった。
【動画】原寿雄さんインタビュー(元共同通信編集主幹・元KK共同社長) (C)Waseda Chronicle/Makoto Watanabe
私たちはこの件について2017年1月26日、共同通信の福山正喜社長に取材を申し込んでいた。だが、これに対して共同通信の河原総務局長は1月30日、以下のように断ってきた。
「当社はこれまで貴殿の取材に対し、誠心誠意お答えしてきたと考えており、今後もその姿勢は変わりません。それは取材・編集を業とする報道機関として当然のことだと思っております」
私たちは2017年3月1日、再び福山社長への取材を申し込んでいる。
今回の共同通信からの「おわび」でわかったことがある。それは、共同通信とKK共同の両社は「棲み分けている別会社」などではなく、記事作成に関してまで密接な関係があったということだ。電通グループからの「カネの窓口」である子会社の人間が、報道機関が配信する記事を作成していたことを、共同通信自身が認めたのである。
=つづく
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