自分の知らない言葉を当然のように使われるとゾクゾクする。ほとんど性的興奮の域に達している。自分が聞いたこともない言葉を当然のように使われて、「もちろん知ってますよね?」という態度を取られること。これがたまらない。
だから私は電車の中で女性誌の吊り広告を見るのが好きである。自分と無関係な言葉、無関係な表現、無関係な欲望があふれているからだ。たとえば数年前に見かけて、いまだに覚えている女性誌のコピー。
今年こそ、パンツスタイルを極めたい!
これだけでゾクゾクする。私はパンツスタイルを極めたいと思ったことがない。人生で一度もない。しかしこのフレーズには「何年も挫折してきた」というニュアンスさえ読み取れる。「今年こそ」である。世の中にはパンツスタイルを極めようと何年も努力している人間がいる。ゾクゾクする。
昔、ふとした拍子に、知らない女の喋っているラジオをきく機会があった。メインは女なんだが、聞き役のような男もいる。二人でやっているようだった。私は偶然聴いただけだから、関係性も何も知らない。しかし女は「みなさんご存知のアタシです」というトーンで喋り続けていた。それが極まったのがこの発言だった。
あたしチャレンジザトリプルのチャンスを逃してるけど、いま雪だるま大作戦やってるじゃないですか?
あとから話の流れで理解したのは、これがサーティーワン・アイスのキャンペーン用語だということだった。しかしその瞬間、私は「チャレンジザトリプル」も「雪だるま大作戦」も知らず、この一文を頭に叩きこまれた。ひとりでゾクゾクしていた。何も分からない。この女の発言の意味が本当に分からない。
私はこの女がチャレンジザトリプルのチャンスを逃していることを知らない。いま雪だるま大作戦をやっていることも知らない。そもそもチャレンジザトリプルや雪だるま大作戦が何なのかすら知らない。何ひとつ知らない!
話法も素晴らしかった。「あたし~じゃないですか?」という構文を採用していること。これが「みなさんご存知のアタシです」という印象を強調する。そこに謎の言葉が二つも詰め込まれる。絶頂に達する。たぶんこういう女が、パンツスタイルを極めたがっている。私の知らないところで、私の知らない欲望にもとづいて。