速報:「東芝も俺が買う!」
吠える鴻海テリー・ゴウ会長。中国から実況生中継!
虫の知らせ、というやつだろう。
何かいいことがありそうな気がして、3月1日、はるばる中国・広州までやってきた。
台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業の子会社、堺ディスプレープロダクト(SDP)が広州市政府と共同で、10.5世代の巨大液晶パネル工場を建設する。その鍬入れ式が3月1日、現地で行われた。
式にはホンハイの郭台銘(テリー・ゴウ)会長も臨席するという。シャープ買収の時には、路上でいきなり記者会見を始めたり、記者会見を開くと言っておいて台湾に帰ってしまったり、とメディアを散々振り回した「嵐を呼ぶ男」である。
「これはきっと何かある」
そう睨んで、新潮社さんに出張費を出してもらい、広州まで追っかけることにした。
「きっとサムスンに勝てる」
広州市の中心部からホンハイが用意したバスに揺られること小一時間。会場には「8K見るならSDP」の青いノボリがはためく。赤い提灯も飾られ、お祭り気分である。市政府の要人が集まるとあって、警備は物々しい。
市政府要人のスピーチの後、テリー・ゴウ会長が演台に上がった。
い、いかん。最初から最後まで中国語じゃないか。
レシーバーはどこ?
同時通訳はないの?
今日はあくまで中国人向けのセレモニーらしい。中国語を解さない人間には高揚感は伝わってくるが、何をおっしゃっているのか皆目分からない。
まあきっと「広州市政府と手に手を取って、8Kテレビで世界市場を征服しましょう」的な景気のいい話をしているのだろう。2012年から足掛け5年。恋い焦がれたシャープを手中に収め、州政府と共同で1兆円を投じる巨大プロジェクトである。高揚するなと言う方が無理である。
会場には新工場の模型が飾ってあった。隣接したサッカー場が10面以上は入りそうな巨大さだ。ここに世界最先端となる10.5世代の液晶パネルラインを2つ作る。
「シャープとホンハイが組めば、きっとサムスンに勝てる」
常々、そう言ってきたテリー会長である。ジュニアが逮捕され動くに動けない韓国・サムスン電子を、圧倒的な投資で突き放そうとしているようだ。
スピーチが終わるとやんやの喝采。でも何を言っていたかは分からないので、お伝えしようがない。あとで新聞を読んでください。
ここだ!
次は鍬入れ式である。演台の前に円形の砂場が作られ、スコップが何本も突き刺してある。要人たちが1本ずつスコップを手に取り、周辺の砂を掬って真ん中に投げ入れる。日本の鍬入れ式は固められた砂山を2、3回崩せば終わりだが、中国では皆が大真面目に砂をかける。それも1度や2度ではなく、何度も何度も、これでもかというほどだ。
鍬入れが終わると、テリー会長は広州政府の要人達とにこやかに話しながら、会場を去っていった。
って、これで終わり?
Q&Aは?
ぶら下がりは?
胃から酸っぱいものがこみ上げる。わざわざ広州まで来て、これか。嵐どころかそよ風も吹いとらんではないか。これでは記事にならない。
焦る。
意味もなく広大な会場を歩き回る。みんな「いやーよかったね」的な感じで談笑しているが、中国語なのでよく分からない。ちっともよくないよ。これじゃ日本に帰れない。
狼狽して会場をうろつくこと十数分。遠くのテントに人だかりを発見!
なんかいい匂いがする。
近づいていくと、「こっから先はだめ」と、お揃いの黒いポロシャツを着た警備員に行く手を遮られる。間違いない、ここだ!
「東芝? 買うとも」
テントの中から聞き覚えのある哄笑が漏れてきた。テリー会長だ。
匂いを嗅ぎつけた同業者たちがぞろぞろと集まってくる。そうだよね。みんなこれじゃ帰れないよね。あっという間に、テントの入り口にカメラの放列ができた。
ジリジリとテントに近づく報道陣。押し返す黒シャツ軍団。こういう攻防は世界共通だ。少しでも被写体に近づきたいのはメディアの本能である。
待つこと20分。テントの中からVIPたちがぞろぞろ出てきた。テリー会長の姿もある。囲もうとする報道陣。それを遮る黒シャツ軍団。くんずほぐれつを尻目にVIPたちはバスに乗り込む。市政府の要人たちに手を振り、お辞儀をするテリー会長。黒シャツ軍団のガードが固く、テリー会長を囲める雰囲気ではない。
「ああダメか」と、くじけそうになる自分。
「いや、お前はなんのためにここにいるんだ」と自分を励ます自分。
いつしか、私は大声を出していた。
「サー、ワン・クエッション!(会長、1つだけいいですか!)」
「なんだ」と訝しげにこちらを見るテリー会長。だが振り向いてくれたらこちらのものだ。
「東芝の半導体事業、買うんですか!」
下手くそな英語で聞くと、テリー会長はつかつかとこちらに向かってきた。
「なんだって?」
こちらを睨みつけ英語で答えるテリー会長。
「東芝の半導体事業、買うんですか」
原発事業で1兆円を超す赤字を計上した東芝は、債務超過を回避するため虎の子の半導体事業を売却しようとしている。100%買収なら、お値段は2兆円を超えるとされる。そんなお金が出せる会社は世界に数えるほどしかないが、ホンハイはその中の1つである。
「東芝?」
なおも険しい顔で睨むテリー会長。
「はい東芝です」
ここで怯んでなるものか。
突然、にっこり笑うテリー会長。
「ああ、買うよ。買うとも」
「ほ、本当ですか」
「私は真剣だ。本気で東芝の半導体事業を買いたいと思っている」
「買収金額は2兆円を超えると言われていますが」
「細かいことはワシは知らん。現場に任せてあるからな。でもワシは本気だ」
「シャープに続き、巨額の買収になりますが」
「理由か。簡単だ。これからはビッグ・データの時代になる。メモリーはいくらあっても足らんだろう。HDDでは間に合わん。SSDの時代になる。だから東芝のフラッシュ・メモリーが必要だ。HDDはモーターが入っているから小型化や低価格化が難しいが、SSDならまだまだ安く、小さくできる。分かったか」
「はい。わかりました」
「いい質問だった。ありがとう」
そう言うと、テリー会長は握手を求めてきた。
みなさん、お聞きになりましたか。テリー会長は本気だそうです。
これはスクープです!
ホンハイのアドバンテージ
もちろん「これで決まり」というわけではない。
東芝の半導体事業買収には米半導体大手のウエスタン・デジタルなど数社が名乗りを上げており、東芝は「最も条件の良い会社に売却する」としている。値段の釣り上げ合いになれば、現実主義者のテリー会長が途中で降りる可能性もある。
だがホンハイにはアドバンテージがある。
ウエスタン・デジタルなどの半導体大手が東芝半導体事業を買う場合、独禁法に触れる恐れがあるため、各国の当局の認可を待たねばならない。しかし2016年12月末時点で債務超過に陥った東芝には時間がない。認可が遅れ、債務超過の状態が長引くと、今は支援を約束している銀行団の結束が崩れたり、取引先や顧客が逃げたりで、不測の事態が起きる可能性がある。
その点、半導体をやっていないホンハイなら問題ない。シャープの時には政府が難色を示し、官製ファンドの産業革新機構が対抗馬として立ちはだかったが、粉飾決算に端を発した東芝の救済には動けないだろう。何よりホンハイには「瀕死のシャープを黒字化させた」という実績がある。
2012年にテリー会長はこう言った。
「私はシャープを買いたい」
日本では当時「大ボラ」と言われたが、テリー会長は本気だった。
5年後の今、ホンハイはシャープを傘下に収め、ここ広州で1兆円の巨大液晶工場を建てようとしている。時々ハッタリはかますが、やると言ったらやるのがこの男。東芝半導体のディールでもかなり強力な札を入れてくるのは間違いない。
シャープの次は東芝。
テリー劇場第2幕の始まりである。