ウェブの時代に、編集者と組んでマンガをつくる意味

発売からわずか1ヶ月で重版4刷、累計5万部を突破し話題となっている『うつヌケ』の作者、田中圭一さんインタビュー。最終回のテーマは「マンガ家が食えない時代、どうしたら食えるようになるか」。田中圭一さんが成功をおさめた画期的なビジネスモデルや、編集者と組んでマンガをつくる意味について詳しくうかがいます。(聞き手:加藤貞顕)

「話売り」で、マンガ家が“食える”未来

— これまで雑誌への連載の原稿料や単行本で収益を上げてきた田中先生ですが、マンガをnoteに連載し、1話ごと販売するというのに躊躇はありませんでしたか。

田中圭一(以下、田中) 正直、マンガはアシスタント代や経費などでお金がかかるじゃないですか。出版業界の全盛期には単行本印税で制作費をまかなえましたが、出版不況で初版部数が減りつつある今は、いつ赤字になってもおかしくない状況です。だから、ウェブを使った新しいビジネスモデルには挑戦したい気持ちがありました。結果的に、この連載の第1回で話した通り、noteでの売上が好調で、単行本発売を待たずして、黒字を達成できました。

— 毎回数千人の固定ファンが買ってくれていたというお話でしたね。

田中 全21話で1話100円なので、充分な額ではありました。

— 固定ファンからの売上に加えて、SNSなどで特定の話が話題となってファン以外の人も購入してくれれば、「マンガで食っている」水準の収入といえるのではないでしょうか。

田中 それこそ、「話売り」というスタイルの魅力ですね。実は単行本が出るとき、もしかしたら1万部こえないんじゃないかと思っていたんです。

— というと?

田中 「田中圭一の本なら絶対買う!」というファンが1万人いて、そのうちの数千人がnoteですでに買っているわけだから、単行本を買ってくれるのは残りの7000〜8000人くらいだろうと。そもそもいつもの僕のギャグ漫画の作風とは異なるから、買わないファンの存在も考えると、1万部いけばいいほうかもしれない、と思っていました。

— でも、蓋を開けてみれば発売日に増刷がかかるような大ヒット。

田中 嬉しい誤算でしたね。実は今、面白い作品を描く実力のある中堅マンガ家さんでも、出版社側が売り方がわからず、本来売れるはずのマンガが売れなくてくすぶっていたりするんです。なかには、企業から発注を受けてPRマンガを描いて収入を得ているマンガ家もいますが、彼らだって読者に向けて表現したいことがあるはずなんです。だから、今回『うつヌケ』で僕がやった手法をぜひ広げていきたいですね。


『うつヌケ』の作者・田中圭一さん

ウェブの時代に、編集者は不要か?

— 出版社を介さずにマンガ家がウェブで作品を発表できる時代になり、「マンガを作るのに編集者は必要なのか」という議論をされることがあります。そんな中で、出版社の編集者と組んだ上で、同時にnoteというウェブサービスを活用した『うつヌケ』は、画期的な成功事例といえるのではないでしょうか。

田中 編集者はいらないと考える人は僕の周りにもいますが、僕自身は、今回の『うつヌケ』を出版して、「編集者によるプロデュースの重要性」を改めて感じました。 本日は欠席していますが、『うつヌケ』にも折晴子として登場する、担当編集者の金子さんの存在は大きかったです。

— 「文芸カドカワ」連載時の担当が金子さんで、書籍化した時の担当が菊地さんですね。連載のときと書籍化するときで担当が異なるのは、大きな出版社ではよくあることです。連載時に金子さんと組んだことは『うつヌケ』にどう影響しているのでしょうか?

田中 金子さんはマンガの編集歴が長く、その上、今は小説の編集者で、取材相手のストーリーを読解することに長けていました。だから、『うつヌケ』のセリフ部分は金子さんの力が大きいです。『うつヌケ』を読んだ方から、「テキストが心に刺さる」という感想をよくもらったのですが、それもすべて金子さんのおかげ!


「文芸カドカワ」編集・金子さん。本日はおやすみだったため、イラストでの登場です。

— 確かに、「風邪なんてなまやさしいもんじゃない うつは心のガン!」や「うつヌケの要点は、いかに『健康的なナルシシズムを取り戻すか』」や「気分が落ちた時…それは「人生の自習時間」なんだ」など、『うつヌケ』には“うつ格言”が満載ですよね。

田中 金子さんは取材にも同席して、毎回インタビューが終わると「今日の取材の核はここですね」と、的確なまとめをしてくれる。彼女がチョイスしてくれたキーワードを参考に、ネームを描くことが多かったです。

— マンガと文芸という2つの専門領域があった、と。まさに『うつヌケ』の担当に、うってつけですね。

田中 そうですね。両面から支えてもらえてとてもやりやすかった。『うつヌケ』は、僕にとって初めてのシリアスな作風の作品。新人マンガ家に戻った気持ちで積極的にアドバイスを求めると、鋭い指摘をたくさんしてくれました。

— たとえばどんなことでしょうか?

田中 『うつヌケ』にはインタビュワーとしての僕と、うつとは無縁の人としてアシスタント・カネコというキャラが登場するのですが、そうしたのは金子さんが「うつの気持ちが分からない人を相方にした方が、読者が感情移入できる」と、アドバイスしてくれたからなんです。実力のある編集者さんと組むことは、作品のクオリティに直結すると、実感しましたね。

中身が見えない書籍は表紙にこだわれ

— 連載時の編集が中身のクオリティに関わるものだとすると、書籍化時の編集のメインは、本のデザインと本の売り方を考えることですよね。表紙を何の絵にするか、どんな色合いにするか、帯にどんな文章を載せるか。

田中 そうなんです。菊地さんがディレクションした『うつヌケ』の表紙のクオリティには舌を巻きました。

— ぱっと目を引くし、ひと目で本の内容がわかるし、「うつ」というシリアスなテーマなのに手にとりやすくて、まさに完璧な表紙です。


うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち

菊地(KADOKAWA書籍担当編集) うつヌケした時の絵を使いたいというのは、田中先生の希望だったので、それをできるだけ大きくして載せました。今は多くの人がAmazonなどのウェブでも表紙を見るので、小さいサムネイル画像でも、何が描かれているのかが判断できることが重要です。色は黄色やオレンジという案もあったのですが、「内容との関連性」と「手にとりやすさ」からピンクにしました。


KADOKAWA書籍担当編集・菊地さん

— ウェブで一度見ただけで、表紙を覚えてもらう。そうすれば、書店でたまたま見かけた時に、「あの本だ!」と思ってもらえますね。

田中 帯もすごくいいんですよね。「うつ病を克服した体験記である」という内容がわかる文章と、大槻ケンジさんや内田樹さんなど、登場してくださった有名人の方々の名前が列挙されています。そして、意外に大事なのが「コミック」という文字。表紙に絵が描かれていても、中身がマンガかどうかは、本を開かないと分からないですから。
つまり、表紙と帯で、「内容」「有名人が出ていること」「マンガであること」のすべてが伝わっているんです。完成した見本を見せてもらった時に、一目で「この担当者……ただ者ではない!」と思いましたね。

菊池 書籍の編集者として、今までノンフィクションを数多く担当してきました。新書やビジネス書、ドキュメンタリーなどのノンフィクションは、1冊1冊が異なる著者とテーマで書かれるものなので、「発売前から心待ちにしている読者がいない、もしくは少ない商品のジャンル」とも言えます。そこで培ったノウハウが活きたのかもしれませんね。

田中 今回、連載時も書籍化時も、実力のある編集者と組めて幸運でした。

— 今日のお話をまとめると、マンガ家さんは自分のファンに対して、ネットで直接「話売り」をすれば、2000部ほどでも“マンガで食う”生活ができる。その上で、出版社で実力のある編集者と共に本を作れば、たくさん売ることだってできる。『うつヌケ』製作・販売秘話は、本当に明るい話題ばかりですね。

田中 マンガ家のみなさん! 僕を踏み台に、どんどんいい作品を描いて、売ってください!


構成:山本隆太郎


田中圭一さんのnote『うつヌケ 〜うつトンネルを抜けた人たち〜』は、こちら


この連載について

初回を読む
うつヌケ』著者・田中圭一さんに聞く、新しいマンガの作りかた

田中圭一

発売からわずか1ヶ月で重版4刷、累計5万部を突破し話題となっている『うつヌケ』。自身のうつ病脱出体験をベースに、うつ病からの脱出に成功した人たちを描いたドキュメンタリーコミックで、多くの人の共感と感動を呼んでいます。内容もさることなが...もっと読む

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minoguchi _φ(・_・ 後で。 38分前 replyretweetfavorite

PIeeeRRooT 面白い。 https://t.co/rw3hVNORgc 約1時間前 replyretweetfavorite

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