才能は、どんな集中力を持っているかで決まる
落合陽一(以下、落合) かっぴーさんは、才能ってなんだと思いますか?
かっぴー 『左ききのエレン』にも書いたのですが、僕は才能は「集中力」だと思っています(19話)。
落合 ああ! あの話、とてもおもしろかったです。「才能とは集中力の質」というのは納得でした。集中に入るのが早いっていうのは重要だなと。
かっぴー 集中力は、「深さ」と「長さ」と「早さ」のかけ合わせでその質が決まる、と考えているんです。「深さ」とは、集中力の強度。LINEの通知が来ても気づかないくらい深く集中できている、とかそういうことです。長さというのは、持続力ですね。早さは、「やるぞ」となったらパッと集中モードに入れること。
落合 登場人物であるコピーライターのみっちゃんは「浅い」×「長い」×「早い」でしたよね。
かっぴー そう、集中力が「浅い」というとよくないように見えますが、このタイプは企業に勤めるクリエイターとしてとても優秀です。一つの作業に入り込みすぎず、要領よく複数のことを同時にこなせるので。マネジメントにも向いています。
落合 僕は「深い」×「長い」×「早い」かなあ。作品をつくるのにはいいのですが、仕事のことを考え出すとほかのことがまったくできなくなるので、日常生活を送るのは困難なタイプ(笑)。
かっぴー その組み合わせだと、そうなりますね。エレンもそのタイプなので、マネージャーのさゆりに支えられながらニューヨークのアトリエにこもっているわけです(笑)。
落合 僕は才能って、「眼がいいこと」だと思ってるんですよ。言い換えると、なにが「エモい」かわかっていること。実際に手を動かす能力よりも、「もっとこうしたらいい」とわかる能力のほうが、コンピュータ時代のクリエイターにとって重要だと思います。
かっぴー 自分で手を動かさなくても、その人は才能があると認められるのでしょうか?
落合 なんらかの形でその形式を実装できれば認められます。コンピュータに書いてもらうなり、誰かに手伝ってもらうなり。だって、制作現場で一人だけ進むべき方向がわかっていて、「この部分をもっとこうして!」と言えるんですよ。天才がひとりだけいる、という状況になる。まわりは「ぽかーん」ですよね。
手を動かせるかどうかは、修練の問題。でも、見えるか見えないかは才能、だと思います。修練によって向上できる部分も、なくはないですけどね。
「見る目」を養う方法とは
かっぴー 作品のなかでも「エレンの才能は集中力を帯びた眼」というシーンがあります(21話)。眼といっても、着眼点がいいとか、先見性があるとか、表面的な審美眼とかいろいろありますが、「見る目がある」というのは才能の条件かなと。落合さんが言ってるのは、「見る目」のことですよね。
落合 そう。才能ではありますが、少しは鍛えられると思います。学生のとき、僕がやっていたのは、美術展に行ったときに見た絵を全部覚えて帰ってくる、ということ。会場を出て喫茶店に入ったら、見た絵について一つずつ構図とエモかったポイントを書き出していくんです。それを、大学生のときによくやってましたね。
かっぴー へええ! それはすごいですね。全部覚えてるんですか!
落合 会場を出てすぐやるのがポイントですよ。あまりエモくなかった作品は、1週間もしたら忘れてしまう。でも印象の薄い作品も、出た直後なら覚えていられます。その間に書き留めておくんです。
かっぴー そうやって自覚的に能力を磨こうとしているだけで、希少性が高いですよね。そんなことやってる人、ほかに知りません。
落合 「見る目」を養う教育って、学校でほとんどやらないんですよね。図工はやるじゃないですか。だから日本人は、定規で線を引いたり、はさみでまっすぐ切ったりする能力は多少みんなある。「作業機械」としては、まあまあ優秀。
一方で、絵画鑑賞能力はほとんどないんです。作業機械としての能力はCADとか使えればなんとかなるんですよ。でも、何がエモいかわかってない人は、何を作っても、どれだけ時間をかけてもエモくならないです。
かっぴー なるほどなあ。絵画鑑賞能力はたしかに低いかもしれない。でも、日本人は漫画を見る目がある人は、多いですよね。
落合 たしかにそうですね。誰でも、「このストーリーをネームにして」っていったら、初めてでもなんとなくコマ割りできますもん。
かっぴー それは、日本人がたくさん漫画を読んでいるからですよね。やっぱりどれだけたくさん読んだか、見たか、で見る目が養われてくるんでしょうね。
ハードワーク、してもいいけどさせちゃダメ
落合 『左ききのエレン』には、広告代理店でのハードワークについての描写もありますが、あれはリアルだなと思うんですよ。
かっぴー 落合さんは、Twitterなどを見てるとかなり睡眠時間削って仕事してますよね。
落合 基本1日19時間は働いていますね。人間性を捧げまくっている。でも正直、ハードワークしないと修練のその先には行けないですよ。
かっぴー 最近、ハードワークがタブーになってますよね。その風潮が「なんだかなあ」と思うのですが、そう言うとすぐ「これだから広告代理店出身は……」みたいに言われちゃって。
落合 ハードワークは、無理やりさせちゃだめだけど、するのはいいんですよ。
かっぴー ああ、その通りですね! 服を脱がせるのはだめだけど、脱ぐのはいいみたいな。
落合 脱ぐのも人前でやると捕まりますけどね(笑)。まあでも、時間かけるしかないですよ、ほんとに。1日8時間しかやらない人と、19時間やる人だと、感覚的に1日あたり3倍の差がついていきます。
クリエイティブってやればやるほど、頭の回路がだんだんできてくる。シナプスがつながる感覚です。生産性も上がるし。ただ、疲労が極限だと生産性は落ちるので、そうなる前に休む必要はありますけどね。
かっぴー あと広告代理店にいたときは、「働くのが好きな人が多い」と感じていました。
落合 「つくったもので評価してもらわないとダメ。クリエイティブだけじゃなくて、営業も、広告代理店は全員そうだ。だってオレ達は、サラリーマンだけど、夢があるサラリーマンだろ…!?」ですよね(10話)。
落合 このシーン、いいなあ、と思って。かっぴーさんは、「夢があるサラリーマン」になろうと思って、広告代理店に入社したんでしょう?
かっぴー そう思って入社しました(笑)。
落合 でも、だんだん「この仕事は夢があるサラリーマン、ではない」と気がついた人たちから独立しちゃうんですよね。作品内でも、クリエイティブディレクターの神谷さんは独立してしまう。
かっぴー ああー……育つとみんな独立していっちゃう問題って、あるんですよね。
落合 でも、広告のクリエイティブで大成している人って、かならず一度は代理店に勤めてるなという印象です。最初から制作事務所とか個人でやってたという人より、長く食えてる人は代理店出身だなと。広告においては、尖った天才的なクリエイティブ能力よりも、マネジメントができてかつクリエイティブという能力が役立つからでしょうね。
かっぴー この作品には、社会的に天才と言われる人も出てくるし、社会的には一見ダメだと思われている人も出てくる。いろいろな才能を持っている人を、意識的に登場させるようにしています。みんな違うけれど向いていることがあるはずだと思っていて、それぞれの輝き方を描きたいんです。
落合 うんうん、だからおもしろいですよね。僕は人間サンプル図鑑みたいな楽しみ方をしています。
text:崎谷実穂
(次回は3月8日公開予定。後編「キャッチコピーのような名台詞を生み出し、言葉を磨く方法とは」へ続く)