村上春樹『騎士団長殺し』の装幀が生まれるまで。

2月24日に発売された、村上春樹の長編小説『騎士団長殺し』。手がけたのは元新潮社装幀室長の髙橋千裕だ。髙橋を中心に、新潮社で30年来、村上春樹を担当する編集者・寺島哲也も交えて、今作の装幀の狙いを聞いた。

村上春樹『騎士団長殺し』の装幀。

「殺」の文字だけがズレた手書き風のタイトルロゴ。表紙から裏表紙へ、大胆に本を貫く二種類の剣。村上春樹の新刊『騎士団長殺し』の装幀は、発売初日までそのデザインが明らかにされなかったこともあり、ファンの注目を集めていた。装幀を手がけたのは元新潮社装幀室長で『ねじまき鳥クロニクル』や『1Q84』など村上の長編作品も担当してきた髙橋千裕。「装幀は、装幀家がひとりでつくるものではない」と話す髙橋。担当編集のひとりである寺島哲也とともに、著者も交えた制作現場を振り返った。

Q 今作の装幀はいつ頃から準備を始めたのでしょうか?

髙橋 原稿を手にしたのは2016年の10月中旬です。発売日の4か月程前ですね。私は2014年に新潮社を定年退職しているのですが、今回もありがたいことに声をかけていただいて、春樹さんの7年ぶりの本格長編を担当することになりました。

Q 原稿を読んだ後、どのように装幀にとりかかるのでしょうか?

髙橋 春樹さんの場合は少し特殊です。私は普段は著者と会うことはせずに装幀を考えるのですが、春樹さんとは直に会って、綿密に打ち合わせをします。なぜ普段は著者に会わないのかというと、引きずられ過ぎてしまうからです。特に新潮社時代はインハウスデザイナーですから、著者の意向を否定して心象を害すようなことはしづらい。なので、まずこちらで装幀を進め、それを著者に判断してもらう、というスタンスで仕事をしていました。でも、春樹さんの場合は本人からファーストサジェッションを受け取ります。というのも、これは私の推測ですが、春樹さんは小説を書きながらぼんやりと装幀を思い描いているのではないかと思うんです。言葉の人なので、映像として具体案が浮かんでいるかはわかりませんが、なんとなく固まっているものがある。これは今まで担当させてもらって感じてきたことです。なので、春樹さんがどう思っているかを聞くことから始めます。

『ねじまき鳥クロニクル』や『1Q84』など、新潮社時代に髙橋が装幀を手がけた村上作品と最新作の『騎士団長殺し』。普段は著者とは会わずに仕事を進める髙橋だが、村上とは顔を突き合わせ、綿密に打ち合わせを重ねるという。

Q では、今作では最初にどのような話をしたのですか?

髙橋 春樹さんは、まず「剣」だろうと。なので、装幀のテーマが「剣」だというのは最初の話で決まりました。そして、1巻と2巻の1冊をデザインするので、ひとつは飛鳥時代の和剣。もうひとつは洋剣にしようとなりました。『騎士団長殺し』というタイトルからも分かるように今作はオペラの『ドン・ジョバンニ』が関係しているので。

Q 『ドン・ジョバンニ』はモーツァルトのオペラですね。次々と女性を誑かす主人公のドン・ジョバンニが、ある夜、ドンナ・アンナという女性を騙そうとして屋敷に忍び込むが、父親に見つかってしまう。そして、騎士団長でもあったその父親をとっさに剣で殺してしまう……という。

髙橋 そうです。それで剣をどうデザインしようかと悩んで、最初は鞘に入った剣と抜き身の剣をクロスさせた案などをつくりました。小説からミステリアスな印象を受けていたので、そんな雰囲気もあったと思います。それを見た春樹さんは「もっとシンプルにしてほしい」とおっしゃいました。

緑の帯の第1巻に洋剣、えんじの帯の第2巻に和剣を描いた。装幀の仕事を数多く手がける、イラストレーター・チカツタケオの仕事。