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Fate/Resurrection of Satan 作者:茄子凛
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魔王が復活した日

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公――」

 人々が寝静まった夜。誰も寄り付かなくなった廃寺で黙々と呪文を唱える。

「――閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 顔が半分となった仏像の目の前で魔術師は弧を描くようにして歩く。

「――Anfang(セット)

 東洋式の建築物の中でドイツ語を口にするのもおかしな話である。しかし、魔術師はそんなことは気にもかけていなかった。
 魔術師には名を上げたいという一心しか心に無いのだ。自分を馬鹿にした魔術師たちを見返すためだけに極東の地で英霊の召喚を行おうとしているのだ。いや、召喚と違う。降霊術と言った方が近いかもしれない。

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 呼び出すのは唯の英霊ではない。この極東の島国で最大の知名度を誇る英霊だ。魔術師を除いて知らない人間はいないだろう。
 無論、この地に聖杯は顕現していない。
 だが、魔術師は考えた。奇跡としか言いようのない数々の偉業を成し遂げたこの英霊は、それに近い何かの加護を受けていたのではないかと。
 すなわち、その英霊を一時的に召喚することで聖杯、もしくはそれに近い何かを手にすることが出来るのではないかと。

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
 ガランとした堂に自分の声が響く。

 詠唱呪文は間違っていない。伝わっている方法通りにやった。後は向こうが召喚に応じてくれるかどうかだが……。

「……?」

 何も起きない。荒れた堂には肩を落とした魔術師とそれを見つめる半面の仏像。
 魔術師は落胆したのと同時に少し安心していた。
 やはり自分は落ちこぼれた魔術師だったのだ。
 そもそも自分如きの魔術師がここで名を上げたところで協会内の腐った競争に勝てるわけもない。
 魔術師の世界は徹底した実力主義だ。この先は実力のない人間が踏み込んではいけない世界だったのだ。それにこの英霊を呼び出したところで自分には扱いきれなかったかもしれない。
 魔術師はとある博物館から盗み出した聖遺物を拾う。
 全てが骨折り損だと思うと、ため息が出てしまう。

「……!?」

 落胆するのもそこそこに廃寺から出ようとした瞬間、堂を暴れ狂った風が駆け抜けていく。
 魔術師は暴風に立っていることが出来ず、板張りの床に叩きつけられる。

「いってぇ……」

 叩きつけられた背中が痛いのは当然だが、それよりも右手の甲がズキズキと痛みを発していることに気が付く。手の甲には図形のようなモノを組み合わせた文様が浮かび上がっていた。魔術師はこれが何か知っている。

「やった……! これで俺もあいつらに……」

 欣喜雀躍する魔術師。これが自分の手に浮かび上がったという事は成功したという事だ。
 しかし、周りを見渡しても英霊らしき人物の姿は見えない。どのクラスで呼び出されたかは知らないが、アサシンということは無いだろうに……。

 魔術師は何度か首を振ると、波が引くように喜びが覚める感覚を覚えた。背筋に冷たい視線を感じる。
 振り返ってはいけない。直感でそう思えた。だが、呼び出した人間の責任として目を背けてはならない。それに、主導権はこちらにある。主は俺なのだ。いざとなれば、令呪で行動を抑制してしまえばいい。

「儂を起こしたのは貴様か……」
 不機嫌なのがハッキリと伝わってくる。だが、誰しも睡眠を邪魔されれば不機嫌になるといいうものだ。
それに何百年も眠っておいて寝不足も何もないだろう。
 恐れることはない、と魔術師は自身の内で何度も暗示を繰り返す。

「そ、そうだ。俺がお前のマスターだ。お前は俺のサーヴァントとしてこの世に再び現界した。さぁ、お前のクラスを教えて貰おうか」

 体を起こし、自身のサーヴァントと対面する。背丈は自分より数センチ高く、日本のこの時代特有の装飾過多な鎧を身に付けているのは分かる。しかし、その他の特徴は暗さからよく分からない。

 呼び出される英霊は七つのクラスに分類される。セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士。この三つのクラスは比較的優秀な能力を持っていることが多い。残りの四つはライダー、アサシン、キャスター、バーサーカー。この四つのクラスは三騎士に比べ、特殊な能力を有している。
 俺の見立てでは呼び出した英霊はアーチャーが適正だと思うが……。

「ふむ。魔術師か……」

 英霊は気位が高いのか、顎のあたりの擦っただけで魔術師の質問に答えようとしない。
 そうして何分か経っただろうか。難くない一つの質問にすら答えようとしない英霊に、魔術師は苛立ちを感じ始めた。
 馬鹿にされている。魔術師は漠然と感じた。無論、この英霊にそんな気は無かっただろう。これは全て魔術師の卑屈な性格がそうさせているのであるが。
 苛立ちから、いつの間にか魔術師は先ほどまで感じていた恐怖を忘れてしまっていた。

「おい! 質問に答えろよ! これが見えるか。令呪だ。これが俺に出ているってことは、俺がお前の主で、お前はしもべだ。そこの所、分かっているよな?」

 半分は脅しで、半分は本気だ。
 俺はいつでもお前を隷属させることが出来るんだ、これはお前と俺を繋ぐ絶対の鎖だ。
 そう認識させることで、いくら気位の高い英霊だろうと渋々従ってくれるはずだろう。魔術師はそう踏んだのだ。
 だが、英霊は動じる様子を見せない。それどころか、

「貴様が魔術師というのなら、一つ、儂を楽しませてみよ」

 と言うものだから、ますます魔術師は苛立ちを募らせる。

「いいからクラス名を言えよ! こんな下らないことに令呪を使いたくないけど仕方ない。ここは主従関係をハッキリさせておかないとな!」

 魔術師は右手の甲を英霊へと向ける。彼の右手の甲に刻まれた文様が不気味に赤く光り始める。

「令呪を持って命じる! 俺の命令に――」

 従え! と力強く命じようとした瞬間、目の前を何かが裂いた。

「え……?」

 魔術師は目の端で黒い液体が飛沫するのを捉えた。いや、それは黒い液体ではないと直感では分かっていた。魔術師は自分の身に起こったことを信じたくなかったのだ。しかし、ボトリと嫌な音を立てながら落ちた何かがそれが現実であると嫌でも認識させた。

「あ、あ……。腕が……。俺の腕があああああ……!」

 魔術師は激痛にその場でうずくまる。

「儂に指図するなど笑止千万。身の程をわきまえよ」

 英霊は自身を呼び出すために使われた触媒である刀をいつの間にか手にしていた。刀を一度だけ振り払い、鷹揚な動きでそれを鞘へと納めると玲瓏な音が廃寺に響く。

「俺は……俺は……」

 魔術師の言葉は涙声交じりで意味を成していない。目には涙を溜めていた。それは激痛によるものなのか、自身の情けなさ、悔しさによるものなのかは判然としない。

「儂は誰かに使われるのは好きでない。儂は自由気ままに野を駆けるのが――」

 英霊は廃寺の外に広がる景色を見つめる。眼下に広がるのは鮮やかに彩られ、光り輝く京都の街。
 英霊はこの街を見て何を想うのか。
 彼が目指した日本と現在の日本。
 眼下に広がる景色が自身の目指していたものと違えど、そこに住む人々が笑って暮らせているのなら――。
 しかし、英霊はこの光景を目にし、言いようのない不満を覚えた。
 自分が理想を成し遂げていたのならこうはならなかった。自分があそこで死ぬことがなければ今の日本はもっと――。自分が――。

「ハハハハハハハハハ! そうではないか。そうではないか」

 英霊はここで気づいた。今の日本が気に入らぬのなら自分で作り直せばいい。幸い、自分には聖杯の加護がまだある。自分はまだやれる。もう一度、理想を追い求めることが出来る。

「何を馬鹿みたいに笑っているんだよ……」

 魔術師は英霊を睨み見る。
 魔術師はようやく気が付いた。
 こいつは俺に従うことは無い。器が違うのだ。予め人の上に立つことを定められた人間なのだ。そんな英霊が凡庸な魔術師の手駒に落ち着くはずがないのだ。

「ッ……!」

 魔術師は切り落とされた自身の腕を抱えて廃寺から蹌踉な足取りで逃げる。魔術師としての功績などどうでもいい。自分はまだ死にたくない。こんなよく分からない国で死にたくない。今、魔術師にはその一心しかなかった。

「何処へ行くというのだ、魔術師よ」

 背後からの問いかけを無視して必死で逃げる。こいつと対話することは無意味だ。こいつは俺を見ていない。こいつが見ているのは――。

「がぁっ!」

 ふくらはぎを切りつけられその場に転倒する。

「貴様を逃がすわけにはいかんのだ。悪いが、ここで死んでもらう」

 英霊は刀を振り掲げる。廃寺を照らす唯一の光源である皓皓とした月明かりが白刃を不気味に光らせる。

「ふ、ふざけるな……!」

 魔術師は残った左腕を英霊へと向け、魔力を振り絞って障壁魔術を展開する。

「ほう……」 

 振り下ろされた刀は見えない壁に衝突し、その動きが止まる。
 いくら自分が落ちこぼれた魔術師と雖も、それなりの魔術を行使することは出来る。これでしばらくは時間を稼ぐことが出来るはずだ。魔術師はそう思った、いや、油断した付け加えた方が正確かもしれない。
 魔術師は肝心なことを忘れていた。
 魔術師は呼び出された英霊、サーヴァントに太刀打ち出来ないという事を。

「ふんっ!」

 見えない壁に亀裂が入る。その亀裂は瞬く間に障壁全体に広がっていき、そして、壊れた。

「あ……」

 白刃が自分の脳天へと突き刺さるのを感じた。そこから先はどうなったか覚えていない。白刃が頭を真っ二つにして――。

「下らぬな……」

 英霊は魔術師を障壁ごと「圧し切った」
 魔術師はもう動くことなく、無様に真っ赤な血を垂れ流しながら死んでいる。
 人の一生というのはかくも儚いのだ。立ち止まってはいられぬ。英霊はそれを再認識した。

「さて……」

 粘性のある赤い血を拭い、刀を鞘へと納める。

「先ずは、そうだな……」

 英霊は常人では考えつかぬ遥か遠くを見つめたまま、京都の街へと降りていった。

 ――この時、京都が再び戦乱の炎に包まれることをまだ誰も知らなかった――
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