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労働力不足でも、サラリーマンの賃上げは見込み薄 - 塚崎公義 (久留米大学商学部教授)

 労働力不足が叫ばれています。アルバイトが集まらないので、各社が競争してアルバイトを集めており、アルバイトの時給は順調に上がっているようです。それにしては、サラリーマンの賃上げは僅かですね。今回は、どうしてアルバイトの時給は上がるのに、サラリーマンの賃上げが僅かなのか、考えてみましょう。

アルバイトの時給は、需要と供給で決まる

 アルバイトの時給は、需要(求人数)と供給(求職数)が一致する所に決まります。需要と供給が一致する時給があまりに低いと、最低賃金を下回ってしまうので、その場合は最低賃金が時給となりますが、そうでない限りは需要と供給で決まります。

 求人が求職より多ければ、「当店は、ライバルより時給が高いから、ライバル店で働くのをやめて当店に移って来ませんか?」といった勧誘がアルバイトの所に来るので、ライバル店としてもアルバイトを引き抜かれないように「当店の時給も高くするから、辞めないでくれ」と言わざるを得ず、結果として、どちらかの店が諦めて需要と供給が一致するまで時給が上がって行くわけです。

 パートや派遣といった非正規労働者の賃金は、アルバイトと同様です。いつでも労働者が他社に引き抜かれる可能性があり、それに対抗するためには賃上げをせざるを得ない、というわけです。

正社員は終身雇用で年功序列だから引き抜かれない

 正社員は、「日本的雇用慣行」ですから、終身雇用が原則です。会社側からの解雇とは異なり、従業員の方から退職する自由はありますが、年功序列賃金なので、退職するインセンティブを従業員が持ちにくいのです。

 年功序列賃金ですから、若い時には会社への貢献よりも低い賃金で我慢しますが、中高年になると会社への貢献よりも高い賃金が受け取れます。途中で転職したとして、会社への貢献と同じ給料しか受け取れないのであれば、転職せずに今の会社に残った方が得なのです。

 現在の賃金でも他社に引き抜かれないということを会社側が熟知しているので、労働力不足になっても正社員の給料を引き上げるインセンティブを会社が持っていないのです。これでは正社員の給料は上がりませんね。

 例外は、新入社員でしょう。労働力不足で採用戦線が売り手市場になっていますから、初任給を引き上げないと、優秀な学生を採用することができません。初任給だけ上げると、2年目と給料が逆転しては困りますから、若手社員の給料も上がるでしょう。加えて、学生が先輩訪問をした時に、「ライバル企業より薄給である」と話されてしまうと困るので、学生が接触しそうな入社数年目までの若手社員はある程度賃上げが行なわれるかもしれません。

会社が従業員の共同体から株主の持ち物へ変質したことが痛かった

 かつて、日本企業は従業員の共同体だと言われていました。株主のことなど考えずに利益が出れば従業員に還元するのが当然でした。上場会社が株式を持ち合っていて、お互いの会社の経営には口出しせず、配当も期待しないという不文律があったから可能だったわけですが、今では「もの言う株主」などが登場していますから、「会社は株主のものだから、利益が出たら配当するのが当然」と考える会社が主となっています。

 バブル崩壊後の長期停滞期に、「グローバル・スタンダード」という言葉が流行りました。米国経済がうまく行っているから、米国の真似をしよう、というわけで、「会社は株主のもの」といった風潮が急速に日本企業にも広まったのです。

 今でも日本企業は従業員の雇用を必死で守りますし、会社は家族といった意識も残っていますし、利益が出ればボーナスに多少の色は付きますが、利益配分の基本的な考え方は大きく変わってしまったと言えるでしょう。

 グローバル・スタンダードという言葉自体は、リーマン・ショックで米国経済が大打撃を受けると共に聞かれなくなりましたが、変わってしまった利益配分の考え方は元には戻っていません。

 余談ですが、これは労働者にとって不幸であるのみならず、景気にとっても不都合です。利益が労働者の賃上げになれば、労働者は受け取った賃金を消費に回しますから、景気が良くなります。しかし、企業が利益を配当に廻すと配当を受け取った富裕層は、それを消費せず、貯蓄するか新たな投資に廻すだけでしょう。まして、企業が「将来の配当のために内部留保する」とすれば、全く何の需要も産み出さないかもしれません。

意図せざる「同一労働・同一賃金」が実現するかも

 政府は、働き方改革を目指していますが、その中の一つに「同じ労働をしている人には同じ賃金を支払おう」という項目があります。非正規労働者が正社員と同じような仕事をしているのに時間当たりの賃金が極端に低いという現状を改めよう、というわけです。

 このまま行けば、政府がかけ声をかけなくても、非正規労働者の待遇が改善していき、若手正社員の待遇も改善していき、中年正社員の待遇は改善せず、結果として皆の賃金水準が近づいていく方向の力が働きます。市場メカニズムは政府の要請よりも強力ですから、これは期待しても良いでしょう。

 中年サラリーマンにとっては、決して愉快な話ではありませんが、恵まれていた自分たちと比べて、恵まれていなかった非正規労働者などの待遇が改善していくとすれば、日本経済にとっては望ましいことなので、我慢していただければ幸いです。

景気が拡大しても賃金が上がらないのは、「世界初の実験」かも

 米国には、終身雇用、年功序列賃金といった「日本的雇用慣行」がありませんから、ある意味で全員が非正規労働者のようなものです。したがって、少しでも給料の高い企業があれば、そちらに移って行きます。そこで、景気が回復して労働力の需給が引き締まって来ると、労働者の賃金は一斉に上昇します。

 かつての日本では、上記のように、景気が拡大して企業の利益が増えると、従業員の給料が上がりました。

 そう考えると、今の日本は、「日本的雇用慣行は守られているが、会社は従業員の共同体ではなく株主の持ち物である」という中途半端な状態にあるが故に、景気の拡大が賃上げに繋がらない、という珍しい状態にあるわけですね。

 理屈はともかく、給料が上がって欲しい、といったサラリーマン読者の嘆きが聞こえて来そうですが(笑)。

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