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★高齢者８人を殺した家政婦「早く給料ほしかった」 中国―朝日新聞デジタル ■老いる巨龍――事件で見る中国の少子高齢化:3（マンスリーコラム） 中国南部、広東省広州市にある裁判所、同市中級人民法院。昨年５月、お年寄りの自宅で住み込みで世話をしていた元家政婦の女、何天帯被告（４６）に死刑判決が下され、即日執行された。 何被告は、世話をしていた８人のお年寄りの殺害と、２人に対する殺人未遂を認めた。わずか１年半の間に繰り返された凶行は世間に衝撃を与え、裁判中の被告の様子はテレビニュースでも伝えられた。抵抗できない弱者であるお年寄りを次々に手にかけた被告は、メディアで「毒保母（保母は家政婦の意）」と呼ばれた。 ■７０歳女性、突然の死 一連の事件が明らかになるきっかけとなったのは、何被告が家政婦として世話をしていた７０歳の女性の突然の死だった。 地元紙などの報道によると、何被告は２０１４年１２月、この女性の息子と妻が依頼した家政婦紹介業者の仲介で、女性の世話をすることになった。月給は２６００元（約４万３千円）で、女性の家で同居する。当時、女性は骨粗鬆症（こつそしょうしょう）で体を動かすのが不自由だったが、にわかに命に関わるような病気はなかったという。 何被告は、広東省北部の山地にある鉱山町の出身。中学卒業前に出稼ぎに出て、２００３年から家政婦として働いていた。何被告は、初めて女性の家に来たとき、もし女性が亡くなった場合は、「仕事を始めてから数日でも、１カ月分の給料をもらいたい」と、女性の家族に話したという。 それからわずか４日後の深夜、何被告は、睡眠薬とジクロルボスの入ったスープを、「子どもに飲ませるように」（裁判での被告の証言）、女性に２、３さじを飲ませた。ジクロルボスは、０８年に発覚した「中国製冷凍ギョーザ中毒事件」の時にギョーザの皮や具から検出された有機リン系の殺虫剤だ。 さらに、寝入った女性の体内に、殺虫剤入りスープを注射。その後２時間経ってもまだ息をしていた女性の首を、ナイロンひもで絞めて死に至らしめた。 ■かばんの中に注射器や殺虫剤 夜が明けて、女性が亡くなったことを何被告から伝えられた息子夫婦が駆けつけた。女性の預金通帳や指輪などがなくなっていたことから、被告と息子らは口論となり、通報を受けて来た警察官によって、被告のかばんの中に注射器や殺虫剤などがあるのがみつかった。 取り調べの中で、何被告は２０１４年１２月までの１年半の間に、同様の手口で、家政婦として世話をしていたお年寄り８人を殺害し、２人は未遂に終わったことを認めたという。 裁判で最大の焦点となったのは、何被告が残忍な手口でお年寄りを殺害した動機だった。 しかし、公判の中で被告は、動機について詳しく語りたがらず、お年寄りが亡くなればすぐに給料がもらえるため、「早く給料がほしかったから。ほかの理由はない」と話すだけだったという。 ■介護の専門職が足りない 急激な高齢化がすすむ中国社会にショックを与えたこの「毒保母」事件から、中国の高齢者介護をめぐる深刻な問題が浮かび上がってくる。 中国で通常、高齢者とされる６０歳以上の人口は、２０１５年末で２億２２００万人、総人口の１６．１％を占める。このうち、生活に他人の助けが必要な要介護者は約４千万人。 一部の大都市では介護人材の養成や資格制度の整備が進みつつあるが、全国的な人材不足はいまだ深刻だ。中国紙の報道によると、全国で介護従事者は１００万人足らずで、そのうち介護について専門的な養成課程を経て資格を持った人は１割に満たないという。 介護をまともな職業と見ない人が多かったり、待遇が悪かったりで、介護の仕事につく若者が少ない。介護職のうち１８〜２９歳はわずか６％余り。約８割は４０代以上で、農村からの出稼ぎだったり国有企業をリストラされたりした人たちも多い。一方で、養成を経て介護に従事しても１年以内に辞める人が半分近いという。 ■在宅介護の伝統の陰で 中国政府は「在宅介護を９割にする」という目標を掲げている。家族が自宅で面倒をみよ、という意味だ。その背景には、中間層が利用できる高齢者施設の不足がある。 入所施設には、「福利院」と呼ばれる低所得の高齢者向けの公営施設のほかに、民営施設もある。政府が民間参入を推奨しているため、数は増えているが、日本のような介護保険制度がないため経営が苦しいところも多い。設備や介護の質もばらつきが大きい。優良な施設に入居できるのは経済的に豊かな層に限られる。ヘルパーが自宅を訪問しての介護や、日中、高齢者の面倒をみるデイケアサービスもごく一部の地域での提供にとどまっている。 さらに、中国では、高齢者の世話や介護は家族が担うという伝統が根強い。介護が必要になった老親を施設に入れると周囲から「親不孝」と見られかねないため、在宅介護を選ぶ家庭も多い。 そこで、ニーズが高まるのが、在宅で高齢者の世話をする家政婦たちだ。だが、多くの家庭で「家族の代わり」に家政婦を雇うこともあって、食事の世話や掃除、洗濯、買い物などの仕事にとどまり、介護についての専門的な知識や技能は求められないことが大半だ。 多くの家政婦紹介業者が、簡単な身元確認だけで、家政婦を在宅での高齢者介護に送り出す。最近は、インターネットを通して紹介業者に依頼することも可能だ。 「毒保母」事件を受けて、メディアでは、家政婦紹介のあり方への批判も出た。「現在、家政婦市場は混乱している。業者は、手数料をとって紹介するだけで、家政婦がどのように働いているか関与しない。まるで不動産仲介のようだ」と指摘するコメントもあった。 また、家政婦に資格を求めることの徹底や、政府が仲介業者の管理を厳しくする必要があると訴える論評も出た。もしも家政婦に世話してもらっている高齢者が突然亡くなった場合は、すぐに自然死と判断しないで、医師を呼び死因をはっきりさせるよう家族に忠告する新聞記事もあった。 ■「第２の毒保母」も 何被告の裁判で弁護を担当した弁護士は当初、「こんな事件には初めて出会った。きわめてまれなことだと信じる」と話していた。 しかし、事件発覚からまもなく、事態は不気味な広がりを見せた。同じ広州市で、家政婦の陳宇●（●は草かんむりの下にさんずい、平の斜線が八）被告（４５）が、やはり「給料が早くほしい」という理由で９０代のお年寄りを殺害したことが明らかになったのだ。陳被告について、地元紙は、「第２の毒保母」が現れたと伝えた。 中国で、介護が必要な高齢者の人口は、２０２０年の４２００万人から２０５０年には９７５０万人と倍以上に増え、１億人に近づくとの試算もある。 何被告の死刑執行を受けて、中国紙にはこんな警戒を呼びかける論評もあった。 「死刑執行は、被害をうけた老人にとっては最大の慰めだが、人々が忘れてはいけないのは、毒保母はおそらくこれだけにはとどまらないことだ。危険はまだ続いているのだ」 |
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