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【コラム】

筆洗

 歴史上の人物についてリポートを書きなさいという課題が出た。文才に恵まれ、大学進学を考えていた黒人青年はナポレオンに関するリポートを丹念にまとめた▼見事な内容に歴史担当の教師は褒めたか。褒めなかった。黒人嫌いの教師は代作を疑い、自分で書いたことを証明するよう求めた。青年はそのまま学校を退学した▼米劇作家、オーガスト・ウィルソン(一九四五〜二〇〇五年)の若き日の逸話である。桑原文子さんの著作に詳しい▼その劇作家の名を、ある俳優が挙げた。昨日の米アカデミー賞授賞式。「普通の人びとを掘り起こし、光を当てた、その人に感謝する」。ウィルソン作品を映画化した「フェンシズ」(デンゼル・ワシントン監督)で助演女優賞を射止めたビオラ・デイビスである▼差別と貧困の中、ウィルソンは酒やギャンブルに溺れる黒人を大勢、見てきたが、やがて、どんなに荒(すさ)んだ生活でも、生きる価値のない人生などないという考えにたどり着いたそうだ。「生きるための苦悩。それさえ、美しく崇高に思えてきた」▼その俳優はスピーチでこうも語っていた。「ある場所に可能性のある人たちが集まっている。墓地よ」。すべての人生には語られるべき価値がある。そんな意味でウィルソンの思いにもつながる。すべての人間の価値。それをかみしめれば、分断の時代は少しは変わるかもしれぬ。

 

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