ベル・エポック−十九世紀の花の都の“良き時代”。二十世紀、省エネ日本の“良き時代”は過ぎ去って、今再び時代はパリへ。パリ協定の時代です。
ノルウェー政府年金基金(GPFG)は四年前、石炭関連事業者からのダイベストメントを開始しました。
ダイベストメントとは、投資資金を引き揚げる、すなわち、株式を売り払う、その会社の応援はもうしないということです。
物語は石炭ではなく、石油から始まります。一九六九年の北海油田の発見で、ノルウェーは一躍、世界有数の産油国になりました。
とはいえ、日本と同様水の豊富なお国柄、国内の電力の95%以上が水力で賄われ、石油はもっぱら、輸出に回しています。
◆責任と倫理のもとに
GPFGは昨年第三・四半期の時価総額で、約九十六兆円を運用しています。世界最大級の公的投資ファンドです。
投資先は六十六カ国・地域約九千社、世界の上場企業の1・3%に及んでいます。このうち日本企業は千四百社、数では三位、時価総額は五兆円に上ります。
ノルウェーでは、天然資源はすべて国民の財産で、将来世代に引き継がれるべきものだと考えられています。
石油事業には高い税率がかけられる。その税収や、国営石油会社の利益、石油関連事業のライセンス収益は、一般の国家財政からは切り分けて、年金基金に繰り入れる。投資先は責任と倫理に基づいて、客観的に判断される。
一昨年暮れのパリ協定では、地球上のすべての国が、ともに手を携えて産業革命前からの気温上昇を二度未満、できれば一・五度に抑えることに合意した。
そして二酸化炭素(CO2)を排出し、温暖化のもとになる化石燃料離れが加速した。
◆今世紀後半排出ゼロ
CO2の「削減」では追いつかない。今世紀後半に、CO2など温室効果ガスの排出を実質ゼロにする−。低炭素ではなく脱炭素。石炭、石油、天然ガス依存のビジネスを卒業しなければなりません。
「私たちは、責任を果たさなければなりません」と、ノルウェー国会議員のトーステン・ゾルバーグさんは言う。石炭ダイベストメントを主唱した一人です。
石油で富を得ることの“罪滅ぼし”でもあるのでしょうか。
除外の基準は、石炭事業の売上高が三割以上を占めること。この基準に基づいて、これまでに五十九社が投資先から除かれました。
除外された企業の中には、日本の大手電力会社が五社、監視リストにも二社が含まれます。
世界では、ドイツのアリアンツやフランスのアクサといった巨大投資ファンド(保険会社)が、ノルウェーに続いています。アイルランドでは、政府系ファンドの運用資金をすべての化石燃料事業から引き揚げる世界初の法案が、先月下院を通過しました。
パリ協定は、世界をめぐる大河の流れを変えました。投資資金という大河です。
世界のビジネスは、パリ協定を大前提にすでに動きだしています。米トランプ政権独りが、いかに温暖化を否定しようと、この奔流にあらがうことはできません。
温暖化ビジネスに特に力を入れているのが、中国です。
資金の用途を環境分野に限るグリーンボンド(環境債)の昨年の発行額は、前年の二倍近くに急増しましたが、その三分の一を中国が占めています。
またこの夏、中国は、全国統一の排出量取引制度を導入します。
温室効果ガスの排出限度を企業に割り当てて、超過分や足りない分を企業間で売り買いしながら削減義務の達成をめざします。
かえる跳びで前へ進んでいるのが中国で、後戻りの気配があるのが米国ならば、立ち止まって逡巡(しゅんじゅん)を続けているのが日本です。
温暖化対策の切り札と喧伝(けんでん)してきた原発が、福島の事故で座礁したショックから抜け出せず、足踏み状態を続けています。
3・11後、原発の安全対策費は急騰し、新設は進みません。一方で再生可能エネルギーのコストはどんどん安くなる。原発は経済合理性を急速に失いつつあるのです。目先の再稼働にいつまでもこだわり続けていると、彼我の差は開くばかりです。
◆風が吹き、時代が変わる
経済協力開発機構(OECD)の玉木林太郎事務次長は、きっぱりと。欧州から見ると、そうなります。温暖化に対する危機感を共有できていないのです。
日本が先頭を走っていたのはかつての省エネ時代。今はもう、パリ協定の時代です。
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