だいたいの科学者は統計学を分かっていない

科学者は、統計教育を受けてこなかった

研究者たちに人々を欺こうという意図がなくとも、統計の知識をある程度身につけていたとしても、研究者たちにはよりメジャーな論文に投稿できるような成果を生み出すプレッシャーが常につきまとう。統計手法は多岐にわたるために、「データが吐くまで拷問する」ことは容易なのだという。自らの仮説に都合の良いデータをいくらでも用意できるのであれば、その結果はどの程度信頼に値するものになるだろうか。

正しい統計との付き合い方を教えてくれる

『ダメな統計学: 悲惨なほど完全なる手引書』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

この『ダメな統計学』では、科学者たちですら陥ってしまう統計の罠を多くの事例とともに紹介しながら、正しい統計との付き合い方を教えてくれる。科学者でも間違える統計学なんて難しすぎるのでは、と身構えるかもしれない。確かに、統計学の内容は直感的に捉えにくいものも多いが、本書ではほとんど数式も出てこないので、頭を捻りながらじっくりと著者の説明を追っていけば、統計に対する前提知識がない読者でも存分にその内容を楽しめるはずだ。また、非常に丁寧に訳注が添えられているので、統計に限らない幅広い科学知識を補強しながら、飽きることなく読み進めることができる。

統計の誤りは人命にも関わる。アメリカでは赤信号でも車の右折は可能(アメリカは右側通行のため、日本での左折にあたる)なのだが、これは1973年の石油危機時の燃料節約方法としてスタートしたものである。赤信号での右折全面解禁前にそのリスクを計測するため、コンサルタントが20箇所の交差点で解禁前後の違いを調査し、同じ期間の長さで比較すると解禁前の事故は308回、解禁後の事故は337回であり、この差は統計的に有意ではないと結論づけた。その後の追加調査でも同様の結果を得たため、アメリカ全土で赤信号の右折が許可されることとなった。

ところが、80年代に行われたより大規模な調査が衝撃的な事実を明らかにした。赤信号での右折許可は、「衝突が20%増加し、歩行者が轢かれることが60%増加し、自転車に乗っている人がぶつけられることが2倍に」していたのだ。当初の研究が犯した最も大きな誤りは、「統計的に有意ではない」ことを「現実的に意味がない」という解釈に転換してしまったこと、研究の検定力が不足していたことである。検定力とは統計的に有意な結果を得る確率のことであり、常に意識すべきものであるはずだが、『サイエンス』や『ネイチャー』のような超一流雑誌においても研究前に検定力を計算しているのは3%未満だという。検定力のなんたるかをしっかりと解説してくれるこの本を読み終わる頃には、あなたもさまざまな研究にこんなツッコミを入れられるようになっているはずだ。

“ うわっ……この研究の検定力、低すぎ…… ”

 

一般のニュースでも見聞きするようになったp値や「統計的に有意である」という言葉が、本当は何を意味するのか、というところから始めてくれる本書は、絶好の統計入門書である。統計学はいまやあらゆる科学の土台となっている。訳者による本書の紹介にもあるように、科学に携わる人、科学の道を目指す人、さらには科学を楽しむ人には、ぜひ本書で統計の世界を楽しんで欲しい。

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