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[FT]崩れゆく民主的価値観 漂う独裁への誘惑

2017/2/26 2:00
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 ベルリンの壁崩壊後、「民主化の波」が起きた。政治的自由の伝統的な牙城である西欧と米国から、ポーランドや南アフリカ、インドネシアといった大きく異なる国々が相次ぎ民主化を遂げた。

 ところが、このプロセスが今、逆回転し始めたかに見える。確立された西側民主主義国の外で生まれた独裁主義的な波が、米欧へと広がってきた。

 ロシアやタイ、フィリピンといった民主主義国に転換して間もなかった国々で再び独裁主義的な動きが台頭し、それが西側の政治にまで浸透してきている。ポーランドとハンガリーの現政権は、権威主義的な傾向が強い。最も劇的な展開は、自由なメディアを敵視し、独立した司法制度にもほとんど敬意を払わない米大統領の選出だ。

■民主化遂げた国、汚職まん延許す

 この独裁主義、権威主義の台頭は、これまで皆が納得してきた政治的な仕組みをむしばむ恐れがある。豊かで確立された西側民主主義国の政治は、中南米やアジアのそれとは根本的に異なるという見方は考え直す必要があるかもしれない。中間層と若者は民主主義を常に最も熱烈に支持するという考えも、かなり怪しくなっている。

イラスト James Ferguson /Financial Times
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 西側諸国における民主的価値観の衰退については、昨年大いに議論を呼んだ政治学者のロベルト・フォア、ヤーシャ・ムンク両氏の論文で説明されている。論文はトランプ米大統領の選出前に執筆されたもので、米欧双方で民主主義への反発が高まっていることに焦点を当てている。目を引いた論点の一つが、今や米国人の6人に1人が「軍による統治」を良い考えだと思っており、1995年の16人に1人から大幅に増えた点だ。

 また、30年代生まれの米国人の7割以上が民主主義を「不可欠」と考えている一方で、80年代生まれの米国人でこれに同意するのは3割だけという。これほど深刻ではないものの、欧州でも民主主義という制度に対しては似たような信頼の低下がある。フォア氏とムンク氏は「北米と西欧の民主主義国ではこの30年で、議会や裁判所といった政治機関への信頼が急激に下がった」と結論づけた。

 両氏は西側諸国だけに目を向けているが、「ソフトな独裁主義」の復活は、かつて民主化への動きを見せた象徴的な国々で、いっそう際立つ。86年にマルコス独裁体制を転覆させたフィリピン、91年に共産党による支配が終わったロシア、そして94年にアパルトヘイト(人種隔離政策)を廃止した南アなどだ。これら3カ国は、選挙をはじめとした民主主義の主要な要素を維持している。だが、民主主義の規範の衰退やカリスマ的な存在を大衆が受け入れてしまう余地が見られ、そのことが汚職のまん延を許すことになった。

■強制送還に賛同、南アでも増加

 ロシアは90年代、経済が破綻し、いわば無法状態に陥ったことが、プーチン大統領による独裁体制復活を招く下地となった。プーチン氏はナショナリズムやポピュリズム(大衆迎合主義)を志向し、メディアへの統制を強め、不正に蓄財した新興財閥(オリガルヒ)と緊密な関係を築き、汚職がはびこるソフトな独裁主義のひな型を作った。米国のトランプ大統領とその一派の発言や見解に最も明確に警告を発したのが、チェスの元世界王者ガルリ・カスパロフ氏やジャーナリストのマーシャ・ゲッセン氏といったロシアの反体制派だったのは、偶然ではないかもしれない。

 フィリピンでは、強権的指導者のドゥテルテ大統領がプーチン氏のやり方をまねている。麻薬犯罪を一掃するため容疑者の射殺も辞さない姿勢をとったことは、リベラル派に衝撃を与えたが、犯罪や麻薬におびえる一般市民には受けがいい。同氏は、フィリピンで民主主義が根付くまでの苦難の歴史をほとんど知らない若い世代の有権者からも支持されている。

 同じような懸念すべき事態は南アでも見られる。ズマ氏が大統領になってから汚職が急増し、メディアや独立した政府部門への圧力が強まった。多くのリベラル派は、ズマ政権時代が終われば民主主義が復活すると期待している。だが、状況はさらに悪くなる恐れがある。同国のスタンダード銀行の上級政治エコノミスト、サイモン・フリーマントル氏は「南アでもトランプ氏のような大衆迎合主義者が台頭しつつある」と警告する。そして、世論調査を引き合いに、故ネルソン・マンデラ氏が90年に釈放された後に生まれた南アの「ボーン・フリー」と呼ばれる世代は、アパルトヘイトとの戦いを覚えている世代ほど、民主主義を支持していないと指摘する。トランプ氏が実施しようとしているのと似た不法移民の強制送還を南アでも導入することに賛同する人も増えているのだ。

■有権者にとって目的でなく手段

 ロシア、フィリピン、南ア、果ては米国でまで民主主義への支持がむしばまれつつある共通の背景は何か。それは多くの有権者にとって、民主主義は目的を達成するための手段であり、それ自体が目的ではないということだ。もし、民主主義が南アのように雇用を創出せず、フィリピンのように安全をもたらさず、米国のように生活水準の停滞を招くとしたら、むしろ独裁的な体制に魅力を感じる有権者が出てくることになる。格差が拡大し、経済や政治を支えてきた仕組みが一握りの人にだけ有利に働くよう「でっち上げられている」と感じられれば、独裁的な体制へ傾く可能性はさらに高まるだろう。

 もちろん、政治的な自由はそれ自体価値があり、人間の尊厳にとって欠かせないものだと見なす人は常に存在する。とはいえ、刑務所に入る覚悟で体制批判をする人は今はほとんどいない。冷戦末期を見届けた米国のレーガン大統領は「自由を認めることこそが社会をうまく機能させることになる」とよく豪語した。残念ながら、もし一般市民がそれを信じなくなったら、自由を守ろうという人もいなくなるかもしれない。

By Gideon Rachman

(2017年2月21日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

(c) The Financial Times Limited 2017. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.


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