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考える訓練と感じる訓練、その兼ね合いが大事だ。
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ダーラナ・ディアーナ・サマディ。集中・統一・三昧。 その「統一」というのは「同化」ということ。対象と自分に隔たりが無くなるということ。
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合気道は、形から生まれたダイナミックな気の流れという訓練法である。
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一日七、八時間、年間二千四、五百時間、それくらいは独り稽古をしなければならない。
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命の力を高める事こそ、技の上達はもちろん、人間の全ての行動を高める基本であるが、その成否は、宇宙の知恵と力を受け入れる方法の習熟度にかかっている。
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安定打坐。静座。黙想。坐禅。気持ちを透明にする。 音のしない音と同化する気持ちでやる。 聞こう聞こうと思ってはいけない。「ふっ」と触覚的に同化する。 耳で聞こうとすると分からない。身体の内的な感覚で「ふっ」と音のしない音を捕まえる。
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力まないでエネルギーに満ちた稽古ができるかというのが大問題だ。 そして一番早くそういう状態を作っていくのにはこの「響きの呼吸」が有効。
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呼吸法がだんだん慣れてくると、 「気」が入った体、力まなくても相当な技が使えるような体ができあがる。
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我々はなんでこの現代で合気道をやるかというと、命の力の高め方と、高めた力の使い方の法則を得るためです。
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「集中状態」というのは自分の心の中に敵を作らないということだ。敵を作らないから自分の心は『動かざる心』になれるのだ。
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呼吸法でエネルギーを豊富にしていくということは、自分で感覚をコントロールするための訓練として重要。
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「集中状態」は考えてなれるのであれば楽だが、考えてもなれない。まず、呼吸法でよく氣を錬って、エネルギーを豊富にすることが必要。
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自分が常に「集中状態」であることが大切。対象をよく観察しているけれど、それに囚われない状態。つまり、自分で自分をコントロールできる状態であること。
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稽古で特に重要なのは、呼吸法=プラナヤマによる調気である。
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心の状態はすぐ体に現れる。このことを剣の伝書は数百年の昔から伝え続けている。
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人生で起こる諸問題を解決するのも、合気道の稽古も、同じ道の上にある。
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合気道の稽古を通してみても、この集中と傾注の違いという問題が一番多く目に付くことである。およそ稽古で生じる問題のほぼ9割以上は、人、技に囚われるという心から生じている。
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日常の生活でも憎む、恐れる、悲しむ、嫉む、迷う、悩む、等は、心が、人、事に囚われることによって生じるマイナスで消極的な念であり、武道ではスキである。これを改めるには、「心法の道=気の錬磨」を実行して、心の働きを積極的プラス方向に向けることが大切である。
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「武道は技術ではない。武道は生き方なのだ」 大先生のこのお言葉を聞けば、合気道の稽古は、日常の心の持ち方、生き方を大切にする稽古を行うのだということがすぐに分かる。
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合気道の稽古で、いつも注意しなければならない教えがある。 全て稽古は丁寧に行うこと。指導の言葉は丁重であること。明瞭に行動し、動作は悠々と大きく行うこと等である。このことは、日本武道の根本である「心学の道」「心法の道」を学ぶ者にとっての、基礎を築くことになるからである。
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