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Twitterより。新・人間革命と随筆がかけ離れる理由→54年問題が解決していないから。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 2月24日(金)20時12分20秒
  小説が随筆とかけ離れれば
かけ離れるほど、
54年問題は解決していない事を物語る
 

(無題)

 投稿者:-Q-  投稿日:2017年 2月24日(金)19時49分36秒
  日付の特定できる明瞭なる音声記録、または独特の書体で書かれた直筆の文書。
これらがきちんと残されていない「指導録」は、どれほどまことしやかなものであっても、信憑性に欠けるものと判断せざるを得ない。
利用主義者たちによる、「でっち上げ情報」が横行する今となっては。

どっち側のであっても、原理主義者には関係ない話だろうがね。



 

選挙の闘争こそ宿命転換の直道である。

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月24日(金)19時43分8秒
編集済
  とのご指導がありました。勝って勝って勝ちまくれ!広宣流布の使命ある南無妙法蓮華経如来!猛烈に激励をされましたが、違和感有りまくりでした、正直なところ。  

言いたかった様

 投稿者:賢くなりたい婦人部  投稿日:2017年 2月24日(金)19時10分49秒
  私も深く深く同意します。
私の人生選挙そのもののように生きてきました。
そして、私の人生は広く、深く、大きく先生の境涯にづけけただろうか?答えはノンです。
一昨年の安保問題をきっかけに、自分の頭で考えるために一から先生のご指導を学び直して、改めて自分がロボット人間になっていたことに気がついた現役婦人部の一人です。ホントに現場で生きてきた人間ならあんなきれいごとは言えません。
 

言いたかった様

 投稿者:同志の歌(正義の師子同盟)  投稿日:2017年 2月24日(金)18時54分56秒
編集済
  はじめまして、同志の歌と言います。

自分は現在、組織から、活動停止・
会館出入りの禁止で、組織活動は、
しておりませんが。

言いたかった様の一人を大事に出来る信心こそ、池田先生の言われ続けてきた、事ではないでしょうか。

自分達は富士宮(静岡)で起きた、女子部
員に対する幹部の暴力事件をきっかけに女子部員に対し、暴力を奮った幹部に抗議し、本部にも問い合わせました、その結果、除名・活動停止・会館の出入り禁止等の処分をうけました。



あなた様の言われる、一人を大事にする信心に感銘致しました。


自分達は、現在も、池田門下の一人として胸を張り
戦って居ります。

新入会された御友人と、共に池田先生の弟子として戦い抜いてください。

自分達も、言いたかった様と、共に、一人の同志を護り抜く信心で戦い抜きます。

 

激動の昭和54年4・24~昭和59年1・2

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 2月24日(金)18時32分57秒
編集済
  昭和54年 4月24日 池田先生。 3代会長を辞任し名誉会長となる。

             北條 浩 創価学会第4代会長に就任

4月26日 池田先生。 3月31日の法華講連合会よりの辞任勧告を受け法華講総講頭を辞任し名誉

総講頭となる

5月3日  創価学会第40回本部総会(創価大学体育館)

7月22日  日達法主 遷化

     日顕 第67世法主に

12月1日  4代会長 北条 浩 『北条報告書』の件につき聖教新聞でお詫び記事掲載。



昭和55年 4月2日 池田先生。所感「恩師の23回忌に思う」聖教新聞紙上に掲載。

11月26日  創価学会創立50周年記念幹部登山



昭和56年 7月18日 北条4代会長 逝去

        秋谷栄之助 創価学会第5代会長に就任



昭和59年 1月2日 池田先生、再び法華講総講頭に任命される。
 

ムサシさまが素敵

 投稿者:痴湧の凡夫  投稿日:2017年 2月24日(金)18時30分28秒
  やはり次世代の青年達が
この新・人間革命を読み、心からの(直弟子直結の)闘いの決意!
創価学会(直弟子思想)を断じて守っていこう!
大幹部も一会員も皆、同じだから生涯、この創価学会(直弟子思想)を永遠ならしめんと命をかけて断じて守っていこう!
今後、どんな悪い会長(北條・秋谷・原田・谷川)が現れたとしても、皆で池田先生の教えを守った気分で
永遠に創価学会(直弟子思想)を断じて守っていこう!」
と言うことですね!
新・人間革命をしっかり読んで、何が狂っているのか?誰が魔になっているのか見極めて頑張ります!
 

燎原の火の如くに

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月24日(金)18時23分5秒
  広がるのがこの掲示板の噂。悪質なサイトは見ないように!インターネットは天魔の所為。と幹部が叫べば叫ぶ程にこの掲示板の噂は伝わりますね。メーリングリストにこの掲示板のURLを貼り付けてチェーンメールで拡散します。Twitterも、botも、ブログも取り上げていますね。創価選挙学会。南無公明党仏の信心の世界なのです。閑散とした座談会。疲弊する活動家。3桁のF指令。南無公明党仏。南無公明党仏。南無公明党仏。  

皆さんにちょっと聞いてもいいですか?

 投稿者:五分の魂  投稿日:2017年 2月24日(金)18時22分31秒
  「言いたかった」様の激白は、まさにその通りでして、私の地元でも折角入信された方が、

参加する会合での肩身の狭さから退会される例もあります。私も同じ思いでいますから、

友人を入会させることを激しく躊躇しています。

私も生まれた時から学会の庭で育ち、学生時代には誇りを持って折伏にも取り組んでいました。

しかし、今の私は、その誇りを持てなくなってしまいました。

邪宗はいつしか他宗となり、創価学会がホスト役で創価大学で開催した第74回日本宗教学会

学術大会では、宮田創大教授が、『日蓮大聖人が認められた御本尊を書写した本尊は等しく

「本門の本尊」であり、その本尊に唱える題目は「本門の題目」であり、そしてその題目を

唱えるところが「本門の戒壇」であると、創価学会は認めたので、他宗日蓮宗各派の唱える

題目にも応分の功徳がある』(要旨)と述べました。

かつては、「オンリーワン」だから誇りが持てました。今は、「おせちもいいけど、カレーも

ね」と言う状態です。「他宗日蓮宗でも功徳があるなら、そっちやっててもいいじゃない?」と

なりませんか?元教学部の須田晴夫氏は、この宮田見解を否定し、論破して下さっていますが、

学術大会のホスト役を果たした創価学会からは、なんのコメントもなく、黙認状態です。

こんな状態で、みんな、よく折伏とか出来るなと思うんですよ・・・。

どうしたらいいんだ!(泣)
 

言いたかったさんのを受けて

 投稿者:こんごどう  投稿日:2017年 2月24日(金)18時03分50秒
  いつも学んで啓発を受けてます。

ちょっと一言。
確かに座談会に友人連れて行きたくないな。
って感じになり久しいです。
年間で選挙でない時期って少ないですもんね。

座談会は大船のはず。
それが選挙の為の活動に利用されてる。

頭を冷やして立ち止まり
何の為の信仰かを考えるのが必要だと思うんです。
特に上の幹部はノルマで動かされてるだけ。
なんの疑問も持たないロボットです。

先生の指導とずれてるのに。
軌道修正するときって
もう勘づいている人が増えてる実感があります。

うまく書けなくてすんません。v(^_^v)♪
 

人生の座標から~

 投稿者:うーこメール  投稿日:2017年 2月24日(金)16時30分35秒
  大切なことは、相手に同情する、あわれむということではなくて、わかってあげるということです。理解することです。人間は自分のことをわかってくれる人がいる、それだけで生きる力がわいてくるものです。  

そもそも論、考えるべき時

 投稿者:鉄砲玉  投稿日:2017年 2月24日(金)16時27分15秒
  言いたかった様に激しく同意!

悔しい・・真面目にやってきた人々が、何時とはなしに、感動を失う事が・・
腹立たしい・・世の為、社会の為、立正安国の為と頑張ってきたことの空回りが・・

公明党。結党20周年、1984年で議席数も獲得票数もピーク。あとは横ばい。
支持率は3~4%。これが30年続く。

何かがおかしい。何かが足りない。何かが間違っている・・。
全部を否定する気は勿論ない。が、立党52年。人間に例えれば中高年。今後どうあるべきか考えるべき時だと思う。

一宗教団体が、実際のところ“おんぶに抱っこ“。いつまで続ければいいのだろう?
この状態は、宗教団体にとっても、政党にとってもよろしくないのではないでしょうか?

東京都議選。かつては東京都が宗教法人「創価学会」への許認可権を持っていた。宗教法人法の改正で現在は、文部科学省に権限は委譲されたはず。
この地方選挙の支援のために、北は北海道、南は九州、沖縄まで、組織的に「海を渡れ!?」
の大号令。いかにも行き過ぎであろう・・。(世間的には変。光と影の両面を見るべき・)

折伏精神、これは素晴らしい。しかし、客観的に見れば単なる政治活動。“法戦”ではありません。これをごちゃまぜにしてはならないと思います。

創価学会は宗教団体。信心の団体です。会員個々の政党支持は自由なはずです。
やりたい人はやればいいだけのお話です。
全員を一括りに、MUSTの活動にすることは、本来あってはならないことだと思います。

“行学の二道”の原点に帰るべきと、強く思います。
先生のご指導、精神を学ぶべき、喧々諤々、皆で議論すべきと心から思います。
そもそも論に帰って、宗教と政治、理想形を考え直すべき局面だと痛感しています。
 

横からすいません

 投稿者:白王獅子  投稿日:2017年 2月24日(金)14時41分44秒
  言いたかった様     横からすいません。はじめまして創価学会員です。あなた様の言いたいことはよくわかりますよ。現実にそうですからね。でも、教学もお題目も時間がなければ仕事の通勤時間に自分の胸中の中でも心の中で唱えられるし、御書も1日わずかな時間の中でも拝読したりして学べます。私は仕事に行くときもカバンの中に入れて持ち歩いていました。複数仕事を掛け持ちしていましたから。我見をはさまないように御書講義の本を買いいつも電車に座れた時やお昼休みの10分くらいにも学びました。本当に前とは変わってきてしまいましたが、役職ではないと思います。私は役職で信心とか人を見ないですからね。時代も違ってきているけれども同志でもいろんな悩みを持ち、宿命転換のために一生懸命、信心をしていますよね。今、生きるか死ぬかわらおもすがる思いの生活がひっぱくしてる人なら、必死に題目もあげるしね。変わりたいからね。 自分が常に功徳の体験を私はしてきています。確かに選挙になれば選挙の戦いになります。選挙の戦いでも私は対話も変わらずにしてきています。池田先生は御存知のように本幹同中でも、いろんな幹部や同志もいるけどと指導してくださいましたよね。ただ、新聞を減らしたいと言っただけで除名になるのはひどいと思います。自分がどういう信心をしていくのか、地区の中で、自分が歓喜できる信心とは、ともう一度ご自分で点検して、挑戦して同志の方を大切にしていってください。期待を込めて。                                                                                                                                                                            

言いたかったさま

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月24日(金)14時39分12秒
  横レス失礼いたします。貴兄の投稿を読んで涙がでました、貴兄の真摯な思いには感動します。

たしかに仰るとおりなのです。今の「会合」とやらが、いかに魅力的でないか! 新入信の方にはむごすぎます。

座談会にしても、ほとんどが選挙のハナシ、そうでなければ財務、幹部とやらのハナシは「〇〇に友人はいませんか?」と虚しく空を切る。

一口発言とやらも、選挙のハナシが多く、「Fが〇○できた」「Fの目標は〇〇です」「〇〇までFを取りにいきました」等々

まるで選挙以外の話はしてはいけない的な雰囲気は大変息苦しい限りです。

折伏した友人を一人前の活動家にするまでが折伏の戦い、まったくそのとおりです。そんな思いで活動されている貴兄を尊敬します。

現実に参加させる会合がない、それもそのとおりと思います。

小生の老婆心からのアドバイスですが・・・

友人と二人での、唱題会、御書勉強会をもってはいかがですか? なにも会合に縛られることはないと思います。

二人で話し合って、唱題の目標を決め、また、講義録とにらめっこして、どの御書でもいいですから、全編を通して勉強したらどうでしょう?

その上で、貴兄が本当に信頼できる方(役職は関係ありません)にアドバイスを求めたらいかがでしょうか?

貴兄が持つ、「違和感」に同感できる方が望ましいのですが、もし、誰もいなければ、この掲示板には様々な論客諸兄がいらっしゃいます。

きっと、貴兄の疑問に答えてくれるであろうと信じます、健闘を祈ります。

 

夢サシは滅多斬りされてますね

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 2月24日(金)13時55分53秒
  ムサシといえば、天下の武蔵・・

しかし、ここにくるムサシは夢サシ?

夢の中で空を切っているのを見事に見透かされ・・さあ、どうする?

相手は女剣士様達ですぞ・・・(カッカッカッカ・・笑)

もう、空虚な言葉には騙されません・・



 

変わったトピックを二つ・・

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 2月24日(金)13時45分49秒
   本日の大紀元から・・

 <抜粋記事貼り付け>

 さて、世界で一番長生きした人物はだれでしょうか?・・・正解は李清雲さんです!

 なんと、256歳まで長生きしたのです!

 これは神話でもなく、作り話でもありません。

 成都大学教授・胡忠謙さんが発見した、1930年発刊のニューヨーク・タイムズ紙に

「1827年、清朝政府は李清雲さんの150歳の誕生日をお祝いし、さらに1877年には、200歳の誕生日をお祝いした」

 との記事がありました。

 また、その2年前(1928年)に、同紙記者が、李清雲さんの近所に住んでいる人たちに取材をしていて、

「少年時代、祖父から李清雲さんの話を聞いて育ちましたので、よく知っていますよ。李清雲さんは子どもの頃から大人でした」

 との取材記録もあるといいます。

 李清雲さんは10歳から漢方を学び、甘粛省、陝西省、チベット、安南、西安、満州などの山林の中へ薬草を採取して、

 寿命を延ばし長生きする為の薬草を研究しました。約40年間、霊芝、クコ、オタネニンジン、ツルドクダミ、ツボクサ、

 米酒だけの食べ物で生き延びました。

 1749年、李清雲さんは71歳のとき、武術老師の地位で軍隊に入隊。隊内でも人気がありましたが、私生活では結婚を23回、

 子供を200人以上もうけました。

 <続きは> http://www.epochtimes.jp/2017/02/26833.html

(驚き、桃の木・山椒の木・・です)希望が湧いてきますね・・

 私の知り合いによると、彼は140歳と160歳の現在も生きている二人の老人とあったそうですよ)



 もう一つ・・ さらに、科学が随分と仏法に近づいてきました・・もう一歩です・・

 <貼り付け開始>

 人はどこから来るのか。なぜ思考するのか。この意識はどこから来るのか。

 こうした疑問への回答を模索しているのは、心理学や生理学、哲学といった心の分野の専門家だけではない。

 物理学の立場から、生命の謎を明らかにしようとしている研究者もいる。

  中略

 自然科学から精神世界まで、幅広い記事を掲載しているウェブサイト「コレクティブ・エボリューション」が報じたところによると、

 人類はその長い歴史の間、死後の世界についても様々な探求を行ってきた。その中でも一番の難題は

「人が死ぬと、その意識はどこへいくのか?」というテーマだ。

「私にとって、『意識』の模索は最も根源的なテーマ。 全ての物質は意識の産物に過ぎません。

 私たちは意識の根源を探求することはできない。認識できる万物の存在は、すべて意識に基づいているから」

 大脳や人体を超越する意識

 同ウェブサイトはさらに、心理学や医学分野で行われてきた臨死体験の研究結果も、生物学的観点から、

 人の意識は大脳の機能だなどと安易に定義できるものではなく、意識とは大脳や人体といった物質的な存在を超越していることを示している。

 米国の医師、ジェフリー・ロング博士はその著書『God and the Afterlife(邦題:臨死体験 9つの証拠)』で、4000例の臨死体験によって、

 大脳が全く機能していない状態でも、人は見たり聞いたり、時には実際の情景を認知することができることまで裏付けられていると論じている。

 そして、無神論者を含む大勢の人が臨死体験中に神の啓示を受け、蘇生した後にその時に見たこと、考えたこと、聞いたこと、

 感じたことを思い出し、生き返ってからの生活や世界観が一変していることも挙げている。

 <続きは>
 http://www.epochtimes.jp/2017/02/26796.html

 面白いですね、生命の不可思議・・
 

腐敗は「接待」から始まった?

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月24日(金)13時26分41秒
  活動というより豪遊というもんだね
これじゃ~信心も腐るわなf--;
信心する必要なくおもしろおかしく生きられるんだから

しかし、そんな生活してるもんが「信心指導」なんてできるわけないわな
んで、池田先生の権威を利用して豪遊してきた人生だったと ・・・ なるほど
そら金銭感覚が麻痺してしまうほどやめられんわな(笑)
あげく、人権感覚まで麻痺してしまったか

(イケディアンの住人さんがいろいろとそれらしきものをしょっちゅう言ってたのはそういうことなんかな)

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

言いたかった

 投稿者:言いたかった  投稿日:2017年 2月24日(金)13時14分36秒
  夢鎖獅様へ




夢鎖獅様へどうしても発言したくて投稿致しました。




私は2世で子供の頃から今に至るまで、ずっと、いわゆる活動家であり、まじめな会員です。

首都圏で子供の頃から活動家であるので、今まで様々な形で、たくさんの地元、また

中央の人材育成グループにも入れて頂き、訓練を受けさせて頂きました。




私自身、目の前の戦いに全力をつくすことが、自分の挑戦であり、境涯革命

また、広布流布との思いで戦ってきました。 また正役職である時は

常に、部員さんにやらせるのではなく、まずは率先垂範をモットーとしてきました。




ですので、今回も年末からの支援カードの戦いも、一人で20枚以上をやりきりました。

(こちらでは、支援の戦いも賛同されていない方も多いので、冷ややかな目で見られ

そうですが・・・)




そのような私から一言です。

私は、常に友人との仏法対話を心掛けており、昨年は友人に折伏ができました。

もちろん友人は、深い悩みがあり、この仏法を実践するなかで、自分の人生を拓いて

行きたいとの思いで、入信致しました。また当然、初めての折伏ではなく、

この仏法は、受くるはやすく、保つはかたし、ですので、一人前の活動家にするまでが、

折伏の戦いと思っております。 ですが、今回友人が入会し、とても痛感した

ことがあります。 それは、友人を参加させる会合がありません。

なぜかというと、会合に参加してもほとんどが、選挙の話ばかりだからです。

選挙に際しましても、昔は新入信者・新有権者には、なぜ支援の戦いをしていくのか

などの会合も持たれていましたが(これは事実です。私が長の時は自分中心でも

開催しておりました)そのようなきめ細かい対応はなく、いきなり会合という

会合ほとんどが支援の話です。 活動体験もほとんどが、折伏体験とか、病を克服

したとかではなく、支援カード何枚できました!! と、支援カードをやると

功徳があるかのような話ばかり。 その上、そんな活動体験に対して、

鳴り物を持って盛り上げるようでは、参加した新入会の私の友人のような方々の目

には異様な光景異様な話にしかうつりません。 彼女は真摯に仏法を求めたのであった、党員に

なったわけではないですから・・・

今更ながら、知らないうちに選挙一色になっている活動を思い知らされました。

彼女は新人間革命の勉強会のみ参加してますが、それは月に1,2回程度です。




また、数年前まで、週一回ベースで午前中、1時間の唱題会を持っていました。

普段はなかなか唱題に挑戦できない方も、参加したら、自分に負けずに唱題があげれると

喜んで参加してくださる方も多かったです。 ですが数年前に上の幹部に、今は大勢で集って、

個人宅で唱題をする時代ではない、近隣迷惑にもなるし、1時間もあげている地区はない。

集って、少し唱題して、あとは1日の動きを確認して、戦いに出かけるのだと。

かくして唱題会もなくなりました。(これは地域差はあるかもしれませんが、こちらの

地区ではそうなってます)。




また、御書講義の担当をしておりますが、それに際しても、やはり講義で間違ったことを

皆さんに教えては大変と思い、教義変更等にもしっかり目を通しました。

その時には、本当にびっくりしました。 あまりの変わりように・・・

ですので、今、弘安2年10月12日は、言ってはいけないのかな? 等、講義にはとても

気を使います(これは、私が教義変更に同意しているとの意味ではありません)。




何が言いたいかというと、私のようにただただ、先生と共に広宣流布の為に戦いたい、

また、真摯に仏法を求めたいと思っている会員であればあるほど、今の学会の状況に

大いなる違和感を感じています。




夢鎖獅様の下記の発言




つまらない憶測に惑わされて、先生の深い想いを汲む事のもできない人々は、
永遠に愚痴を吐き続け、その暗い恨み節に結局は自身が苛まれる事でしょう。
我らは広布の最前線である地区で、今日も皆と手を携えて
朗らかに楽しくも、崇高なる闘いを続けていくのみ!




あなたの”広布の最前線である地区で、今日も皆と手を携えて
朗らかに楽しくも、崇高なる闘いを”の意味するところは何ですか?

言葉は素敵ですが、あまりに抽象的すぎて。

手を携えてとは、部員さんに家庭訪問して、未活動の部員さんを会合に出すことですか?

でも、部員さんと活動はじめたところで、活動とは支援の戦いばかりですよ。

崇高なる戦いとはなんですが、折伏ですか? でも折伏した友人も

信心できても、今は教学に詳しい方はごくわずかですし、真摯に仏法を学ぶ機会は

殆どなく、やはり支援の戦いに否応なく巻き込まれていくのですよ?

理解していますか?




こういう事を言う人に限って、平日は仕事で会合参加できません、協議会、間に合いません、

支援のカード?? その地域に友人いないです。 折伏? 私、友人少ないんですよね~

と言い、でも偉そうに難しい本を読んで、夢のような理想論ばかりを言ってきます。

名は体を表す。 そういえばお名前も 夢・・・ ですね。




変な執行部のあおりを受けて、歓喜のない戦いを強いられている犠牲者は

実践者である婦人部です。 あなたのようなただの評論家ではありません。

実践者であればあるほど、今の新聞掲載の新人間革命にも違和感満載です。




最後に一言、先日の御書担当者会では、二月に一回の御書学j範囲も

とうとう見開き2ページ分の勉強だけになり、あまりの短さにびっくりしました。

森中教学部長が、「”学会の永遠性を確立するときは今”と、池田先生はご指導されました。」

と講義の最後に発言してました。 そんなご指導はありましたか?
 

Re昭和55年4月2日 恩師の二十三回忌に思う→当時、先生の権威を利用した最高幹部ww→今、先生の権威を利用する現執行部の原田会長www

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2017年 2月24日(金)12時32分42秒
編集済
  >昭和55年4月2日
この日は第2代戸田先生の二十三回忌。

この昭和55年(1980年)4月2日付の聖教新聞紙上に1年前に会長を辞任した池田先生の名誉会長名
で「恩師の二十三回忌に思う」と題した所感が突如掲載された。<

>池田先生が3代会長を辞任した後も宗門問題は収まるどころか益々熾烈を極めていた時期であり会内外ともに相変わらず騒々しい1年だった。<

>※後に山崎正友、他、退転・反逆者そして後の正信会となる坊主、反学会勢力と一部信濃町界隈の職員幹部が裏で画策していた事が判明するのであるが。。。。。<


>結局、現在の信濃町界隈と同じく<

>1年前に先生を宗門に差し出しながら収拾がつかないとみる
とまたまた先生を利用するのである。<

>後に先生ご自身も、この所感は私が書いたものではないとのご趣旨のご発言をされている。<

>今も昔も信濃町界隈は組織を護るという大義名分で実際はご自分達の保身の為に師匠を利用する<


今の新人革も同じ構図だね~
わかる?   この、先生の権威利用がwww
アンポンタンには理解しがたい?
 

ムサシ様

 投稿者:地湧の凡夫  投稿日:2017年 2月24日(金)12時23分46秒
  「やはり次世代の青年達が
この新・人間革命を読み、心からの(師弟不二の)闘いの決意!
創価学会(池田先生の思想)を断じて守っていこう!
大幹部も一会員も皆で生涯、この創価学会(池田先生の思想)を永遠ならしめんと命をかけて断じて守っていこう!
今後、どんな悪い会長(秋谷・原田)が現れたとしても、皆で池田先生の教えを守り
永遠に創価学会(池田先生の思想)を断じて守っていこう!」
と言うことですね!
新・人間革命をしっかり読んで頑張ります!
 

昭和55年4月2日

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 2月24日(金)11時48分8秒
編集済
  この日は第2代戸田先生の二十三回忌。

この昭和55年(1980年)4月2日付の聖教新聞紙上に1年前に3代会長を辞任された池田先生の名誉

会長名で「恩師の二十三回忌に思う」と題した所感が突如掲載された。

池田先生が3代会長を辞任した後も宗門問題は収まるどころか益々熾烈を極めていた時期であり

会内外ともに相変わらず騒々しい1年だった。

※後に山崎正友、他、退転・反逆者そして後の正信会となる坊主、反学会勢力と一部信濃町界隈
の職員幹部が裏で画策していた事が判明するのであるが。。。。。

結局、現在の信濃町界隈と同じく、1年前に先生を宗門に差し出しながら収拾がつかないとみる

とまたまた先生を利用するのである。

後に先生ご自身も、この所感は私が書いたものではないとのご趣旨のご発言をされている。

下記引用の所感を見て頂ければ一目瞭然。全て名誉会長の先生御一身に責任を負わせ問題を収め

うとする魂胆がみえみえの文書であります。

今も昔も信濃町界隈は組織を護るという大義名分で実際はご自分達の保身の為に師匠を利用する

のです。



少々長いですが。下記、引用。


「恩師の二十三回忌に思う」


創価学会名誉会長 池田大作




 恩師戸田城聖先生が逝(ゆ)いて22年-桜花薫る総本山大石寺において、第67世日顕上人の大導師を賜り、23回忌法要を営むことができえますことを、戸田門下生を代表して、心より御礼申し上げるものでございます。

 恩師戸田先生は、生涯、初代会長牧口常三郎先生と深い師弟の契りを結ばれておりました。牧口先生は私をして牢獄にまで連れていってくださった、と感涙にむせぶ戸田先生の深い心情は、余人には推し量り難いものであります。壮絶な殉教の生涯を閉じられた恩師の跡をうけて、戸田先生は出獄後、ただ1人、戦後の荒廃した大地に立たれて、日蓮大聖人の御遣命たる広宣流布への戦いを、敢然と繰り広げられました。

 私どもが一閻浮提総与の大御本尊を知り、民衆救済、広宣流布の大目的と使命を自覚し、一生成仏への大道を歩むことができたことも、ひとえに恩師戸囲先生に巡り会い、その大確信を通して、峻厳なる信心を教えられたからにほかなりません。

 戸田先生の出獄後の10余年間は、まさに御本仏・日蓮大聖人の御遺命達成にすべてを賭(か)けられた激闘の日々であったと申せましょう。それはまた、日蓮正宗を厳護し、忠誠を貫かれた死身弘法の日々でもありました。とともに、日夜の行動のなかで心から庶民をいとおしむ慈愛の、尊い歴史でもありました。

 思い起こしますれば、昭和26年5月3日-全会員の心からの推戴をうけて、先生は第2代創価学会会長に就任なされました。その推戴式の席上、だれびとも夢想だにしなかった75万世帯の折伏を成し遂げ、正法を興隆せんことを宣言されたのであります。あの日から、厳しくも慈愛こもる戸田先生の指揮のもとに、創価学会の広布一筋に進む、急速な回転が始められたのであります。

 先生は就任後の初の秋季総会のさいにも、この御遣命実現への創価学会の根本精神を、よりいっそう明確に宣言なされました。「第一に、日蓮大聖人の命をうけて一閻浮提総与の大御本尊を、日本に流布せんことを警う。第二に、日蓮大聖人の予言を果たす仏の弟子として、東洋への広宣流布を誓う。第三に、荒れ果てなんとしている総本山の興隆を図り【日蓮正宗、日本にあり】と仏教界に示すことを誓う。

 この三大目標を高らかに掲げ、しかも先生は、その陣頭に立ち、当時、貧困と病気に苦悩する庶民群の真っただ中に飛び込まれ、一身をなげうって、大御本尊の偉大なる攻力を教えつづけたのであります。

 以来、わずか7年間で、75万世帯の折伏を達成され、日本全国津々浦々に、大御本尊に唱題し、功徳に浴する人々をみるにいたったのであります。

 第二の東洋広布についても、その松明(たいまつ)は青年隊の胸中に赤々と点火されていきました。

 すでに恩師と生前中に、妙法を奉持せる若き同志が、1人、2人と海外各国へ渡航し、今日の発展の端緒が開かれていったのであります。
 第三の御宗門の興隆については、代々の御法主上人に赤誠の御奉公を申し上げ、厳然と外護の使命を果たされました。五重の塔の修復をはじめとして、塔中各坊の修復、登山会発展にともなう、奉安殿の建立、寄進など、恩師の外護の任に尽くしゆかれた、その姿は、我ら正宗信徒の模範でありました。

 そして、最大の念願とされた法華本門大講堂の建立、寄進を実現して、その慶祝総登山の指揮を執られ、従容(しょうよう)として、偉大なる人生の幕を閉じられたのであります。
 恩師はまた、広宣流布の戦いには、剣豪の修行を思わせるがごとき、峻厳なる教学の研さんが不可欠であるとして、これに厳格に取り組まれました。さらに「組織は戸田の生命よりも大事である」として、広布の組織を強固に確立されたのであります。

 一方、恩師は、広布の前途にかならずや三類の強敵が出来(しゅったい)するものであり、それがいかに壮絶なものであるかを、御聖訓に照らし、ご自身の体験に照らして、予見されておりました。

 そこで、昭和26年末「本山を守護し、諸難を会長の一身にうける覚悟にほかならないこと、二つには将来の折伏活動の便宜のうえから、宗教法人でなければならない」との二つの理由から、総本山に創価学会を宗教法人にすること願い出たのでありました。

 このとき、御宗門におかれては、後の第65世日淳上人ならびに後の第66世日達上人が創価学会の使命を深く理解してくださり、かつ広宣流布の未来を洞察あそばされ、なみなみならぬ大英断のもとに設立をご承認してくださったのであります。

 この強き信頼の絆(きずな)によって「宮中府中一体」の僧俗和合を現じ、従来の体制にあっては、とうてい成しえなかった広宣流布の戦いが、世界に広がりゆく、大きな発展を遂げることになったのであります。ここに、私どもはご尽力を賜った御先師方の鴻恩(こうおん)に対して、深甚の感謝を捧げるとともに、深く深く御報恩を誓ってやみません。

 恩師逝いて後、不肖、若輩の私が第3代会長の重責を担うことになりました。凡愚の私としては、ひたすら恩師の示された原理を、時代に、社会に開き、世界に証明することに遭進(まいしん)したのであります。当時、私の胸奥にあったものは、広宣流布への恩師の残された展望でした。それは、創価学会が不思議にも7年ごとに大きな節を刻みながら前進してきたという「七つの鐘」のビジョンであります。

 昭和33年5月の学会本部総会でも、私は呆然自央(ぼうぜんじしつ)の全会員に勇気と希望を与えるべく、これを訴えました。そして、「第七の鐘」の鳴り終わる昭和54年までに、恩師の構想でもあった、広宣流布の基盤はすべて達成しようと、心中深く期したのであります。

 未熟な私を中心にして、先生の一遺弟らが団結し、また全国会員の諸氏が温かく支えてくださり、広宣流布の新しい回転が、ふたたび大きく始められたのであります。その結果、折伏累計も今日、789万世帯を数え、未曾有の発展もなされるにいたっております。また、東洋、世界への広宣流布も、海外各地に40万を超える人々が正宗の信仰に励むまでになりました。

 広宣流布は御仏意のしからしむるところであり、これらの発展も、ひとえに大御本尊の御威光、歴代御法主上人の御威徳によるところであることは申すまでもありません。とともに、具体的には、社会のなかで、幾百万の同志が恩師の示された折伏・弘教の原理を実践に移し、御宗門の温かな支援と協力を得て、今日まで走りつづけてきたたまものであると信ずるのであります。
 この間、総本山への忠誠を尽くされた恩師の大精神を継承し、会員の皆さまとどもに、大客殿、正本堂の建立寄進、その他、241か寺の末寺の建立御供養をさせていただきましたことは、身にあまる光栄であり、大御本尊に、そして御法主上人に感謝し奉るものであります。

 しかしながら、創価学会が急速に拡大し、膨大化した結果、とくに近年、現実社会の対応に目を向けるあまり、信徒として、もっとも大切な御宗門との間に、さまざまな不協和を生じてしまったことは、まことに残念なことであります。

 この間の問題について、当時、その責任の立場にあった私として、懺悔すべきは懺悔し、真情は真情として述べさせていただきたいと思うのであります。
そのことが、私どもを慈しみくださった代々の御法主上人への御報恩であり、第67世日顕上人猊下への変わらぬ赤誠の御奉公を、お誓い申し上げることになると信ずるのであります。

 近年の宗門との問題が、昭和47年、正本堂建立以降の、学会の広布第二章の進み方の基調と、そのうえで、私が展開した昭和52年の一連の指導に、発端の因があったことは事実であります。
 ここで若千の経過にふれれば、私は35年5月3日の会長就任以来、学会の使命たる宗門外譲の大任については、最優先の信心の務めとして、文字通り挺身(ていしん)し、日達上人にお仕えしてきたつもりであります。

 その結果、47年10月12日、本門事の戒壇堂たる正本堂を、一全国信徒の喜びとともに、建立、荘厳申し上げることができました。それが、世界に日蓮正宗の存在を証明する一大象徴となったことは事実であります。
 しかし、末法万年への広宣流布の流れからみれば、まだ一段階の成就をみたにすぎません。
 御書にいわく「月月・日日につよ(強)り給ヘ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」と。また二祖日興上人の仰せにいわく「未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事」と-。
 一方、学会内を見渡すと、当時はあらゆる面で不備が目立ちました。1000万会員を思うとき、皆が安心して信心の向上を図り、活動に励みゆくためには、組織体制、人材、建物等の急速な整備が必要である。
 そこで、私は、日達上人猊下に、その趣旨を願いいで、猊下からも温かい励ましのお言葉とともに、ご了解をいただき、それに全力を尽くす決意を固めたのであります。

私としては「第七の鐘」の終了たる昭和54年までに、学会内の一大整備を終わりたい。それは、学会50年史の総仕上げでもある。さらに21世紀へ向けての一歩前進と、外護団体しての強固な基盤を確立して、次代の広宣流布の更なる発展に備えようと考えたのであります。
 この時期、私の念頭にあったのは、広宣流布の拠点として、会員の要望に応える会館の整備でありました。第二には、在家団体としての基盤確立であり、新しい布教活動のために、社会と時代に開いた教学の展開でありました。第三に、21世紀のために、文化、平和に責献する基礎をつくることでありました。

 いわば、広宣流布に向かう在家の社会における宗教的役割と理念を、明確にして進んだのであります。それは、現代の宗教に対する期待に応えたかったからでもあり、それがひいては、より大勢の宗教に無知な人々を、日蓮正宗に誘引できる方途と信じたからにほかなりません。
 とくに52年においては、現実社会のなかで、仏法を弘通する在家としての使命と自覚を、仏法史に照らし、御書に照らして強調したのであります。この一連の指導を通して広宣流布を推進するためにも、かつ、社会のなかで主体性をもつ創価学会の在家団体の側面を理念化したのであります。

 とともに、その当時の私のもう一つの思いは、今日まで、広布一筋に使命のままに行き、苦闘の連続のなかに亡くなっていった草創以来の無名の学会庶民の労苦に何か報いてあげたい。もちろん、学会員一人一人の頭上には今日までの尊き実践に、大御本尊の無量無辺の大功徳が燦然(さんぜん)と降り注いでいることは、厳然たる事実であります。そのうえで、私は会の最高責任者として、同じ信仰者としても冥福を祈ってあげたい。人間的、同志的心情のうえからも、その功績を顕影してあげたいとの思いがつのっていました。

 それだけに、御宗門に対しては、これだけ広布に挺身してきた会員を見下したり、隷属(れいぞく)させるのではなく、温かく慈悲をもって見守ってほしいと、厳しく直言させていただいたこともあります。

 しかし、そのなかには、たしかに創価学会中心主義的な独善性もあり「学会が主、宗門が従」というような状況もありました。その結果、宗門の一部御僧侶に、この方向が、学会が独立を企図しているのではないかとの疑念を生ぜしめ、また、会内にいわゆる「北條文書」などのような感情的な議論のあったことは、まことに申し訳なく思っております。
 もとより日蓮正宗総本山を離れて、創価学会は、永久にありえないのであります。信仰の根本は、本門戒壇の大御本尊であり、創価学会は、それを民衆に知らしめる折伏の団体であるからであります。

 私白身、この信仰の根本を一度たりともはずしたことは断じてないことを、大御本尊に警って申し上げるものであります。

 ただ、私が、恩師の「創価学会の歴史と確信」の理念、方向性を実践した延長とはいえ、その深き意志も解せず、僧侶、寺院の役割を軽視し、その結果、御宗門に対し、主客転倒の風潮を生んだことは、我が身の信心未熟ゆえの慢と、大御本尊に心より懺悔申し上げるものであります。

 次に、学会の教学は、御書を根本に、日寛上人の文段を釈として、信心のうえから、また実践のうえからの研さんを重ねてきた伝統に貫かれております。戸田先生も御書の拝読にあたって「いずれも信の一字をもって、一切をつらぬいていることを、知らなくてはならない。かつまた、民衆救済の大確信と、燃ゆるがごとき大聖人の惰熱が、その根底をなしていることを、読みとらなくては、また無意味になることを知らなくてはならない」と、信心の教学、実践の教学であるとの原理を残されております。

 そのうえで、この深遠な仏法哲理を、宗教に無知で無理解な現代人の心にいかに説いていくかの展開があったのであります。

 私自身も、この展開については、幾度となく御指南を仰ぎ、日達上人からも、学会の教学は「活釈」としてお認(みと)めいただいてきたのであります。
 しかし、この難解な仏法をだれにでも分かりやすく説くために、いつのまにか、そのなかに安易な適用が行われたり、元意から遊離して勝手な展開が行われる等、いわゆる摧尊入卑のそしりを免れない恐れがあることは確かであります。

この点、御書の拡大解釈や逸脱については、すでに「6・30」(教学上の基本問題について)に指摘されております。ここで反省し、確認された事項は、今後とも絶対に踏み違えてはならない重要な規範であります。したがって、この徹底を怠ってはならないし、また、正宗の正法正義を正しく学んでいくことは、世々末代にわたる肝要と深く自覚しなければなりません。とともに、広宜流布のいっそうの推進のために、この正宗の法義、伝統を正しく踏まえたうえで、生活に、社会に、世界にと、碓信をもって、教学を展聞しゆくことは、私ども創価学会の使命であることを銘記して、進んでまいりたいのであります。

 なおここで、いわゆる、“会長本仏論”について、重ねて申し上げておきたい。
 申すまでもなく、末法の御本仏は日蓮大聖人ただお一人であらせられ、また、代々の御法主上人は、唯授一人、その遣使還告のお立場であらせられると拝し、尊崇申し上げるものであります。

 私どもは、瞬時たりとも、この原点を忘れては信心の筋道を違えることになってしまいます。しからば、創価学会の会長とは何か。牧口常三郎先生ご戸田城聖先生は、広宣流布の仏法実践の指導者なのであります。いかなる団体であれ、いかなる国であれ、一つの組織が存在すれば、そこにはおのずと、指導者が必要になるものでありましょう。
 創価学会の代々の会長ならびに幹部は、その意味からも、いわゆる仏法実践展開の指導者であるとともに、文化、平和、社会へ仏法を展開しゆく指導者であるといえるのであります。
 いうまでもありませんが、指導者と仏とは別であり、そこには、いささかたりとも混同があってはなりません。

 このことについては、かつて私も「創価学会には、教祖も、唯一至上の絶対者などもいない。私も会員諸氏も、共に広宣流布をめざして進む同志である。(中略)すなわち日蓮正宗創価学会員にとって、唯一至上、絶対の尊厳は三大秘法の御本尊であり、他はすべて創価学会会長といえども、平等に末法の衆生であり、凡夫である」と述べたとおりであり、同じことは、今までも数多くの会合で話してまいりました。

 したがって、代々の会長を神格化などしてはなりません。とくに私は若くして第3代会長の任に就きましたが私などを絶対視してはならないし、かりそめにも、主師親の三徳とか、本門弘通の大導師といった表現を用いることは誤りであり、絶対にあってはならないことです。

 私自身、罪業深き、過ち多き身であることをよく知っております。「大荘厳懺梅」とあるごとく、日々、大御本尊に対し奉り強き信を持ち、三業(さんごう)を三徳に転しゆく修行であり、人生であらねばならないと肝に銘じ、深く謗法罪障消滅を御祈念し奉る日々であります。
 また、今日の種々の問題も、私の指導性の不徳のいたすところであり、多くの会員信徒に多大なご迷惑をおかけし、ご心労をわずらわしたことについても、御本尊に深くお詫びの合掌をさせていただいている日々でもあります。

 ともあれ、学会は、絶対尊崇の本源たる本門下種人法一箇の御本尊、宗祖大聖人に対し奉る信仰を根本とし、永遠に代々の御法主上人視下を仏法の師と仰ぎ奉り、強き広宣流布の戦士たる誇りも高く、さらに、日蓮正宗の信徒として、いっそうの外護の任を全うしてまいる決意であります。
 一つの歴史の終わりは、新たな歴史の始まりでもあり、どこまでも、前へ前へと進んでいかなければならないのであります。広宣流布の長征のために、いかなる慈愛ある教訓を汲(く)み取るかが、私どもの信心ともいえましょう。
 今一度、学会の存立基盤に立ち戻り、あくまでも外護と布教という根本の宗教活動を主体とし、そのうえで、社会的存在としての文化活動を推進してまいるようお願いしたい。
 その意味から、僧俗の和合をあくまでも根本とし、学会の使命遂行には、いささかも揺るぐことなき信心の大確信を堅持し、社会との融合を図りながら、広宣流布を進めていかねばなりません。

 さらに、一生成仏と広宣流布という、個の全体の目的の調和をとり、一人一人が自身の信仰をいよいよ深めることが、全体の安定と調和につながるとの原理を再確認したいのであります。
 昨年4月24日、私が会長を勇退し、合議と強調を基調とした新会則を制定し、規則の改正を図り、そのもとに、北條第4代会長の体制が誕生したのも、安定路線を具体化するためのあらわれの一つでありました。いわば、80年代以降の学会の新展開の助走といえましょう。

 ともあれ、いたずらに時を過ごし、改俊(かいしゅん)のみにどどまり、広宣流布の前進を忘失したならぱ、宗開両祖の御精神に背くことになるのを深く恐れるのであります。
 私どもは、以上を踏まえつつ、ふたたび、勇んで広宣流布のため、民衆救済の前進を開始してまいろうではありませんか。

 昭和33年4月2日。桜花咲き驚るなか、恩師は逝かれました。以来22年間、私は「七つの鐘」の総仕上げを願って走りに走りつづけてまいりました。この間、恩師のあの岩をも抜く大確信、あの五体から逆(ほとばし)りいずる大情熱、そして、あの秋霜にして烈日の指導-そうした恩師の言々句々が、私を勇気づけ、私をして疾走に向かわしめずにはおきませんでした。私にとっては、今日までの長い星霜の一日一日が「4月2日」であったと申せましょう。今は「七つの鐘」の総仕上げを終え、創立50周年の住節(かせつ)を刻むことができ、不肖の弟子なれども、その喜ぴと誇りと満足は、なにものにも代えがたいものであります。ともに尽力してくださった会員諸兄に対し、厚く厚く感謝申し上げるのみであります。

 しかし、私の胸には、今もなお恩師が生きつづけております。広宣流布に尊い生涯を捧げ尽くされたその勇姿が、瞼(まぶた)から離れません。恩師がそうであったように、私もまた一個の信仰者として、広宣流布に遭進して、この一生を終わるのだとの責任が、つのるばかりであります。

 信仰とは、生涯にわたる課題であり、いな三世にわたる追求でなくてはなりません。
「詮(せん)ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期(ご)とせん」私の会長就任時に、かたじけなくも、日達上人が贈ってくださった御聖訓であります。立場は異なったとはいえ、広宣流布、へ向かう信仰は変わるものではありません。いやまして月々年々に高まらなくてはなりません。大聖人の仏法の実践は、後退を許さぬ生涯の旅路であるからです。

 ゆえに、私は名誉会長として、また、インタナショナル会長として、固志のために、一段と激励と応援をしてあげねばと自覚しております。さらに、緒についたばかりの平和と文化の次元での責献も、信仰者の使命として、私としてできるかぎりしてまいりたいと考えております。
 恩師23回忌にあたり、懐かしくも尊い恩師の教えを胸に、33回忌を目指して、私なりの立場から、広布に身を捧げ、御宗門の外護に尽忠させていただくことを、ここに、大御本尊にお誓いするものであります。それはまた、長い年月、風雪に耐え、血と汗を流しながら、私とともに学会を築き、広布へ挺身してこられた会貫諸兄に応えうる、ただ一つの誠実であり、人間の道であるからであります。

 御聖訓にいわく「異体同心なれば万事を成(じょう)じ同体異心なれば諸事叶う事なし」と。またいわく「総じて日蓬が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思(おもい)を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり」と。この御金言に明らかなごとく、どうか会員の皆さまにおかれては、北條第4代会長を中心に、異体同心の回結をもって、世界への前進を開始されんことを願ってやみません。

 皆さまのご健康と、ご一家のご隆盛を心よりお祈り申し上げ、恩師戸日先生の23回忌を迎えての所感とさせていただきます。

―『聖教新聞』昭和55年4月2日1面から引用。転載―
 

【定期案内】「教学部レポート」「遠藤文書」のご案内!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月24日(金)11時28分45秒
編集済
  師敵対の執行部が目の敵としている「教学部レポート」「遠藤文書」をお読みください。

■独自性と独善性を勘違いしている執行部の狂い。その元を知る為におすすめしています。

■詳しくは下記をご覧ください。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64792
 

九州男児

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 2月24日(金)11時00分6秒
  元職員のブログが更新されています。
⑱【前篇】2・26(日)「九州・熊本座談会」まであと3日!
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-78.html
⑰【後篇】2・26(日)「九州・熊本座談会」まであと3日!
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-77.html

https://www.youtube.com/watch?v=29D-fKXpA0g

eco◆Smw69様 重要な指摘をありがとうございます。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64894
ただ一点、元職員はその当時、池田先生はご健康だと思っていたとのことです。ご病気であることを知っていたらその選択はしなかったとのことです。
『実名告発 創価学会』、ブログにもありますが、彼らが池田先生の健康問題に気づいたのは安保法制がらみの2015年夏以降でした。私も同じく2015年夏以降、宿坊に辿り着いてから以降でした。ノンキですよねぇ~。笑ってやって下さい。
しかし、自称ジャーナリストは早々とキャッチしていた! さっすがぁ~!

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://amzn.to/2fxRlFX
 

分身!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 2月24日(金)10時49分17秒
編集済
   大聖人の仏法は、「生命論」の立場から見ると、非常に興(おもし)ろい。というより、仏法そのものが実は「生命論」なのでしょう。これから、どんどんそんな考察が始まるのではないのでしょうか。なんてたって、戦後の創価学会は、戸田先生の獄中の開眼、「仏とは生命なり」から格段の発展が始まりました。

 こんな御文があります。
 「妙法蓮華の見なれば十界の衆生・三千の群類・皆自身の塔婆を見るなり、十界の不同なれども己が身を見るは三千具足の塔を見るなり己の心を見るは三千具足の仏を見るなり、分身とは父母より相続する分身の意なり、迷う時は流転の分身なり悟る時は果中の分身なり、さて分身の起る処を習うには地獄を習うなり、かかる宝塔も妙法蓮華経の五字より外は之れ無きなり」(御義口伝797㌻)

 宝塔品第十一の御義口伝です。
 二十八品悉(ことごと)く「南無妙法蓮華経」というお立ち場から述べられています。

 「妙法蓮華の見」、つまり「妙法蓮華経」の知見からと読めます。
 「十界の衆生」「三千の群類」とは、私たちです。その私たちは、「皆自身の塔婆」を見ているに過ぎないと開けます。「自身」とは自身の根源の本体、つまり「妙法蓮華経」です。「塔婆」とは、墓場などに立てる木片の故人の墓標です。“なりの果て”と言っては誤解も生みますから、生命論的には、その最終形、あるいは変化相といっていいでしょうか。根源の本体は「妙法蓮華経」ですから、最終形とはいっても、いつでも元の妙法蓮華経に変わり得る最終形です。それは、この段の一番最後にもあります。

 すべて生命の根源は「妙法蓮華(経)」です。人間も、動物も、植物も、鉱物も、自然もそうです。宇宙論になじみのある方は、物質を素粒子レベルから考えると、それは、すんなりと理解できるのではないでしょうか。あまり、幅を広げ過ぎても、かえって解り辛くなってしまいますから、人間に焦点を当てます。

 「十界の衆生」「三千の群類」は、「妙法蓮華経」の根源から成り立っているということです。何が違うのか。周囲の「環境」だけが違うというのです。「時」もきっとあるでしょう。周知の通り、主体は「正報」、環境は「依報」です。その主体と環境、つまり正報と依報で紡(つむ)ぎ上げているものがまた、「生命」でもあるというのです。その正報と依報で紡ぎ上げたものも「妙法蓮華経」だという捉え方です。
 「生命」はだから、変化の実体です。この正報と依報という読み方も、あとで出てくる十界、十如是、十界互具、さらに三世間(つまり三千)という読み方も、刻々と変化する妙法蓮華経、つまり生命を顕すために説かれた“表現”だと言っていいかもしれません。

 その妙法蓮華経は、十の異なり(区別)があり、その「身」を見るというのは変化相である「三千」が具足する「塔」を見るようなものであり、その「心」を見るというのは「三千」が具足する「仏」を見るようなものだと仰せです。

 興(おもし)ろいではないですか。妙法蓮華経を「身」と「心」の「身心」に立て分けてご覧になっておられます。「身」は三千が具わる「塔」となり、「心」は三千が具わる「仏」となっているというのです。「塔」と「仏」は、同じようで同じでない、その存在の仕方があることを伺わせてくれます。

 この一節に、
 「円とは諸法実相なり、円とは釈に云く円を円融円満に名くと円融は迹門円満は本門なり又は止観の二法なり又は我等が色心の二法なり」(御義口伝714㌻)
 を重ね合わせると、「塔」は円融、「仏」は円満と拝することも、あるいは可能です。身体を築き上げる「DNA」は両親のものが入り混じって(円融)いますが、心は満つる(円満)ことはあっても決して入り混じることはない、との知見でもありますでしょうか。

 「分身とは父母より相続する……」から、また角度が変わります。
 御義口伝は、こんな文脈の変化が数多くみられます。まるで「経文」を読むかのようです。ここに、むしろ読む側の姿勢が入り込みます。「智慧」を溜めこまないと読み切れないということでしょうか。

 「父母」とは分身が起こる母体です。族、属、社会、国家、地球、宇宙といってもいいでしょう。より近接な言葉としては「妙法蓮華経」です。その妙法蓮華経から生じてきた「分身」です。それを「相続」と表現されて見えます。「迷う時」は、流転の分身、つまり六道流転の分身となり、「悟る時」は、果中、つまり実りのある「仏性」を抱え込んだ分身となる、と拝せます。

 さて、その「分身、が起こる処を習うには、「地獄を習うなり」と仰せです。さまざまな視点からとらえられますが、要は「苦労せよ」「悩め」「苦しめ」ということではないでしょうか。そこに、新たな何かが見えて(分身)くると。
 そして、そうして生まれれてきた「分身」(宝塔)も、「妙法蓮華経」に変わることはない、との御断言です。出発も妙法蓮華経、帰着も妙法蓮華経。どこまでも、大聖人仏法は「本因」の仏法だということと拝せます。

 

空虚な言葉と正論の女性騎士

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 2月24日(金)10時42分6秒
編集済
  生命に響かない教科書的な空虚な言葉の羅列

http://6027.teacup.com/situation/bbs/64939

      が

リボンの騎士様の正論で一刀のもとに・・小気味よく切り捨てられましたね。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/64948

文章は書く人の生命をあらわす・・
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、今日も御尊顔を拝見出来ませんデスた~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月24日(金)09時30分36秒
  おはようございます。原田怪鳥様、3月本部幹部会が全国壮年部幹部会になったとのコト、誠に、おめでとうございま~す(笑)

それにしても、原田怪鳥様の御尊顔が政教珍聞に掲載されませんね~、ナニしてるんですか~?(笑)

「境」は役職に託された使命なんデスから~、休んでるヒマはないデスよ~、水面下の選挙活動にもっと励まれたらいかがデスか~(笑)


いつも通りの印象操作にひた走る「新・人間革命」にも辟易してま~す(笑)

虹と創価家族さまの御指摘のとおり、師匠の辞任は自らの意思ではありませ~ん、総務会が辞任に追い込んだので~す。

>学会が未曾有の大発展を遂げたのは、常に未来を見すえて、先手、先手と、素早く手を打って前進してきたことにこそある。<
(新・人間革命、大山四十五から引用)

先手、先手と、素早く手を打ってこられたのは師匠デスよ~、決して学会という「組織」ではありませ~ん(笑)

「師匠」を「組織」にスリ替えて、印象操作しようとしてないですか~?

いつのまにか「組織」のトップこそが、「絶対」であると思わせようとしてないですか~?

なにかきな臭いデスね~(笑)ここまで、真実からかけ離れた「珍・人間革命」では、いくら「先生が書かれている」とか

「書かれていると信じて先生に応えよう」なんて言っても、求心力は無いデスね~(笑)


追伸、リボンの騎士さま、
小生は貴兄に同意いたしますよ~(キモいなんて思わないでくださいね~)(笑)
異なる価値観を持つ者だからこそ、対話が必要だと思います(リアルだろうが、ネットだろうが)
「文は人なり」という言葉がありますが、何回も文面を見ると、だんだん「人となり」が分かってくるんですね~。
その上で、「善の連帯」を築けていければいいと思っています。
 

Twitterより。先生はご存知、先生の意志なんだ。と全てを師匠の責任になすりつける執行部。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 2月24日(金)09時21分49秒
  教義改正も会則改正も右傾化する自民と手を組み続けるのもその他の学会の理不尽な事も、そして今日の新人間革命も、全てが先生はご存知なんだと先生のご意思なんだと、全てを師匠のせいにする執行部、職員、幹部、そして会員達。頭にきて仕方がない。  

寝たきりオジサン様

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 2月24日(金)08時59分38秒
  ネット開通おめでとうございます!


えっと、あのー、、、こう見えても一応は、ね。

田舎者ですが、レデーなんですよ私ね。

でも、おっしゃるとおりかもですね(笑)

こんな風でいいのか、人生の疑問その1ですね。

学会の庭で育てて頂いたと思うんですけど(笑)



 

おはようございます!

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 2月24日(金)08時52分9秒
  きょうも、自身の反転攻勢の歩を1ミリでも進める、

きょうも、巌をうがつ水滴を1個でも落とす、

きょうも、尽未来際のための眼で生きる、

そうやって、除名だの解任だの愚かな事をやめない顚倒の者たちを遙かに見下ろして、

池田先生が命がけで指揮され、父母が血と汗で拓いた、人類のための道を死守していくのだ。

 

わが友に贈る 2017年2月24日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 2月24日(金)08時02分1秒
  広布とは「声」の戦いだ。
真実を叫ぶのも声。
人を励ますのも声だ。
「心の思いを響かして」
誠実に朗らかに語れ!
 

池田先生の待ち望まれる『真実の伴侶』とは

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 2月24日(金)07時39分27秒
  ■随筆、新・人間革命80 昭和54年5月3日 獅子となりて我は一人征く

一人、孤独になった私は、無言のうちに必ずや、真実の伴侶はついてくるであろうと信じていた。
師弟の両者が一つの姿で、無間に戦い、舞い、走り、勝利しゆく、
私は、その新しき時代の新しき伴侶を待っていた。

~~~~~~~

54年問題を学ぶ事により、師匠を見失わない力をつける事ができます。
魔は師匠と弟子を分断します。
魔を見破る事が出来れば、池田先生を永遠の師匠と確立し、正しい信心を継承できます。
会員一人ひとりが、幸福の実証を掴むためにも、54年問題を学ぶ事は大切なのです。

さて、随筆にある伴侶とは弟子を指します。
すなわち、『真実の伴侶』とは『真実の弟子』であり、『新しき時代の新しき伴侶』とは『新しき時代の新しき弟子』と言えます。
まず、弟子を伴侶とまで言われた池田先生のお気持ちを察して頂きたい。

54年当時、事実として池田先生は、文章からも孤独であった事がご理解いただけます。
なぜ、池田先生が『一人、孤独になった私は』とご発言されたのか、事実を知らなければ永遠に池田先生のお気持ちを知る事は出来ません。

さて、池田先生の仰る『真実の伴侶』とは、どのような人物なのでしょう。

自分は、孤独な状況になった池田先生のお心に同意できる人物だと思います。
すなわち、54年当時の池田先生のご心労を知り、我が痛みとできる弟子が現れるのを待ち望んでいられたのではないでしょうか。

師匠と同意の弟子。
その人物こそが『新しき時代の新しき伴侶』だと思います。

しかし現実的に、多くの青年や平成入会の会員は54年問題を知りません。
知らない事が罪ではない。知っていながら教えない幹部に罪がある。
事実を教えなければ、永遠に『真実の伴侶』に成長出来ないからです。

教えてくれないなら、自ら学べばいい。
当時の池田先生の孤独なお心を知ろうとする事で、必ず『真実の伴侶』と変わる事ができるからです。

発迹顕本です。
本来あるべき弟子の姿に変わるのです。

心ある方は、以下の参考文証より、池田先生のご心労を学んで下さい。

【参考文証】

池田先生の随筆に学ぶ【随筆 新・人間革命 嵐の「4・24」 (1999年4月27日)】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64486

池田先生の随筆に学ぶ【随筆 新・人間革命 80 昭和54年5月3日 獅子となりて 我は一人征く】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64487

【長編詩】大空を見つめて 愛する学園の わが子に贈る
http://sgi-shiteifuni.com/?p=6467

S54年 本幹スピーチ指導より(無冠様、誠にありがとうございます)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64877

■【54年問題の事実】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/15185
http://6027.teacup.com/situation/bbs/15186
http://6027.teacup.com/situation/bbs/15187
http://6027.teacup.com/situation/bbs/15188

■4・24を前に【正義の揮毫】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/43124

■4・24を前に【共戦の揮毫】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/42675
 

なぜ池田先生が名誉会長になったのか?

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 2月24日(金)06時46分35秒
  〈小説「新・人間革命」〉 大山 四十五

記者会見では、秋月が、本日の総務会で会長・山本伸一の勇退の意向が受理されて辞任し、名誉会長となったと報告。

~~~~~~~

この文章では、まるで池田先生が自ら名誉会長になったと勘違いしてしまいます。
池田先生が名誉会長になったのは、池田先生のご意志では御座いません。
北条会長は『全総務の総意で名誉会長になっていただきました。』と聖教新聞で発表しています。

新・人間革命で言うならば、秋月英介を始めとする全総務が、山本会長を辞任に追い込み名誉会長にしたのです。


【保存用文証】聖教新聞から抜粋した54年問題の真実
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58664

 

女性に贈る100文字の幸福抄

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月24日(金)06時04分24秒
  自分の個性を鍛え上げた人は美しい。
すぐ消えてしまう「一時の美」ではなく
ずっと続く「一生涯の美」である。
その人は他人をうらやまない。
人を妬まない。
その人自身の心が
夏の高原の青空のように晴れ晴れとしている。
 

師弟不二アーカイブより 【増上慢】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2017年 2月24日(金)05時27分55秒
  【投稿者:ジョーカー 投稿日:2014年11月24日(月)10時59分22秒】

日蓮仏法とは「人の振る舞い」であり「心こそ大切なれ」です。
教学部レポートにあるような、執行部の振る舞いは増上慢であり、断じて許されるものではありません。

仏法を破壊するのは、増上慢になった仏弟子だからです。
幹部の話を聞かない一方的な姿勢そのものが、増上慢であり会員を苦しめるのです。

学会は、幹部が上、会員が下ではないのです。
幹部になればなるほど、影響力も増し、一人の増上慢の幹部は多くの会員に嫌な思いをさせ、不信感を植え付けます。

そのような増上慢の幹部が出現したら一体どうするのか
池田先生は「戦え」と指導されています。
「まあまあ、内部の人間なんだから大目にみなさい」とは言われていない。

間違っているものを間違っていると言えなくなってしまったら、それは死んだ宗教です。

寸善尺魔という言葉があるように、魔は善の10倍勢力です。
寸(約3㎝)、尺(約30㎝)

魔に勝つことがどれほど難しいか
第六天の魔王が本気を出したら、善を葬りさることはそんなに難しいことではないのです。

善が連帯し、一人ひとりが悪との戦いについて学び、意識することが大事になると思います。
くれぐれも善を見殺しにする側に立たないように

教学部レポートは悪との戦いを意識するきっかけ
現実に会長や幹部が狂ったらどうするのか

それがシミュレーションの段階ではなく、現実化してきているという事実
魔王は虎視眈眈と隙を狙っているものです。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=879
 

【54年問題を知る資料シリーズ】師弟不二アーカイブより 【54年の記事より】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2017年 2月24日(金)05時25分48秒
  【投稿者:ジョーカー 投稿日:2014年11月20日(木)22時35分53秒】

昭和54年4月当時の聖教新聞の切り抜きを所有しています
会長辞任に対して、「全国の皆様へ」という池田名誉会長のメッセージを少々紹介します

辞任した理由について

(略)

上記が聖教新聞で発表された表向きの辞任理由です。

本当の情報は隠されています
それは現代も同じであります

http://sgi-shiteifuni.com/?p=874
 

おはようございます。

 投稿者:幸せな人  投稿日:2017年 2月24日(金)05時06分41秒
  仮に池田先生は批判されて、どうこうされるかたではないかと。でなければ裏切りの輩の宿命転換を信じて会長はさせないのでは?ただ、わたしも週刊誌の中吊り広告に先生が晒される度、新潮や現代に抗議の怒りの電話をいれていたので、気持ちはわかります。
    ただ、ここで皆さんが仰りたいのは、先生を利用しようとする人々が学会本部内に暗躍しているのが許せないのではないでしょうか?
仕事いってきます。
    
 

異なる価値観と多様性万歳!

 投稿者:リボンの騎士  投稿日:2017年 2月24日(金)05時02分48秒
  フッと、頭に浮かんだので一言。
ご夫婦でも価値観の違いで、苦労されるカップルが多いのに、ネット上の見知らぬ方々と100パーセント同じ価値観が共有できたら、かえってキモいです。もしも、私はあなたと同じ価値観ですよ~って近づいてくる人がいたら、ソイツはインチキだわ、きっと。異なる価値観があって、ぶつかりあっても良いのではないでしょうか。
そもそも異なる価値観を話して共有する、場合によっては自分の意見も深まっていくかもしれない。それが対話ではないでしょうか。相手の意見と自分の意見が同じにならなくても当然なんじゃないかな。理解できないところは、とりあえず保留で時間をかけて考えてみるのもいいと思います。
週末に向かって、少し思索と心豊かな散策、自然との対話の時間を持ちたいなと思っています。それには、今日もかたづけなきゃーの仕事がいっぱい!頑張りまーす!
 

矢野というのは腐敗を知ってるようなんですねぇ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月24日(金)02時27分53秒
  驚いたね

矢野ってのはとっくの昔に「秋谷」だの「八尋」だのいろいろ暴露してきてんじゃん
知らんかった

なるほど

矢野に暴露されると「都合の悪い」ダレかさんは、矢野と和解して黙らせるしかなかったわけね

その『和解』したのだ~れだ?(笑)

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

悪魔のささやき

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月24日(金)01時33分29秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/64939

夢鎖獅とやらは池田先生を言うワリには、肝心な「池田先生の思想」をな~~んも知らんのだね
信心は「義務」でやることなのか?
やらされた信心は信心じゃないから功徳はない、と河合師範は断言してるけどね?

彼が大勝利氏を持ち上げたが総スカン、琴の弦も総スカン

そして今は男子部リーダーさんを総スカンにしながら撹乱に利用しちまおうってか?
それを『漁夫の利』というね
わかりやすい(笑)

再度いうが、こんなわかりやすい詭弁にさえ騙されるほど鈍いのでは、いったんは地獄をみるしかない
厳しいことだけどそれが実際なんですよ

しかし、幾人かが地獄を経由せずになるよう「配慮」しようとしてる
そういう優しい人がいる間にちゃんと池田先生の思想を理解したほうがいいね
理解できなきゃ地獄が待ってるばかりであるから

僕を嫌いでも池田先生なら信じられるなら、しっかり池田先生の思想を身読して実感の積み重ねをすることです。
そうすることで、池田先生の思想が具体的にどう「正しい」のか理解できるから。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

原稿は無かった

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 2月24日(金)01時12分51秒
  ◆サンダーバードさん、ご確認ありがとうございます。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64925

>じゃああなたは、先生が書かれた原稿用紙を見たのかと聞くと、「見ていない」と。(2回電話して2名と話をして2名とも「見ていない」と言っていた)

素晴らしい実行力です。やっぱり「見てないんですね」

◆私の証拠についての一般論を、もし参考にしていただけていたら幸いです。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64908

◆太ちゃんさん 原稿
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64935

>「新・人間革命」が池田先生の執筆してるものか?という根拠に『原稿』があるようですね(とある情報筋より)
>
>聖教新聞にて原稿そのものを出してみては?
>(そもそもないものを出しようがないだろうけどね)

私も激しく同意します。特に、6000回記念の「直筆原稿」があったら、是非とも拝見したいです。
(そもそもないものは、出しようがないでしょうけどね)

ちなみに、署名が一筆ある程度では「証拠」ではありません。印刷できちゃいますからね。もちろんダメですよ。

「特定の人による署名」は、を監修や校閲した証跡のチェックマーク等があり、
万年筆のインクなのか、筆ペンの墨なのか鑑定できるものをお願いします。
 

石井啓一の功労(笑)

 投稿者:感性  投稿日:2017年 2月24日(金)00時36分34秒
編集済
  石井啓一は天下り復活の功労者との見方もあるようですね。

> 国土交通省OB「天下り」完全復活と公明・石井啓一国交相
http://www.yellow-journal.jp/politics/yj-00000295/

>UR理事長に国交省出身者 「天下り」が4年ぶり復活

>石井啓一国交相は閣議後会見で「実績、経験、能力を高く評価した」と述べた。
http://www.asahi.com/articles/ASJ7D46D8J7DULFA00M.html

天下り是認の開き直りの定番言葉ですね。高級官僚出身議員としての面目躍如
ですか?

官界に顔が効くこの手の議員に対しては現在の利権構図の有無のみならず、議員引退後の所属や動向にも注目しましょう。
はたして党是どおり「大衆の中に死んでいく」のか?それとも議員時代に培ったコネクションを見事に活用し、
どこぞの官庁ひも付き財団、大学あるいは胡散臭いNGO等立ち上げなどで悠々自適か?


沖縄の苦しみや悲しみを平然と土足で蹴り散らす指令者   投稿者:感性   投稿日:2016年 8月 5日(金)13時24分25秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/53494
疑惑あり! ④案の定・・  投稿者:感性  投稿日:2017年 2月24日(金)00時17分26秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64947
 

池田先生の女性に贈ることば365日より

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月24日(金)00時34分15秒
  二月二十四日

なんでも聞こう、学ぼう。友人を広げよう

こういう姿勢の人は、自身の可能性を大きく

伸ばすことができる。
 

鋭い感性を持った青年と女性は騙されませんよ

 投稿者:リボンの騎士  投稿日:2017年 2月24日(金)00時18分3秒
  夢鎖獅さん
批判を一切すべきでない、というあなたの論調には賛同できません。
批判精神を失った個人には、将来はありません。日々の生活と活動に追われ、組織の奴隷になるだけです。
批判を受け入れられない組織はすでに硬直化しています。
たとえ会長であってもおかしな幹部が出てきたら追い出せ、というのが先生のご指導です。
 

疑惑あり! ④案の定・・

 投稿者:感性  投稿日:2017年 2月24日(金)00時17分26秒
編集済
  >国有地安価売却 民進、理事長招致を要求 与党は難色示す

>公明党の石田祝稔政調会長は会見で「手続きにのっとって売却されたと
承知している」と語り、理解を示した。売却額の根拠について「当局からしっかりと
説明してもらわなければならない。>説明責任は当然ある」とも指摘した。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201702/CK2017022302000123.html

その手続きに広範な国民が納得していないからの理事長招致要求でしょうが。
当局の説明も全然説明になっていませんよ。
閣内責任者でもある石井啓一国交大臣ごときを守るより国益を守る
のがはるかに先決でしょうに。

>大阪の国有地売却問題
http://www.asahi.com/topics/word/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E3%81%AE%E5%9B%BD%E6%9C%89%E5%9C%B0%E5%A3%B2%E5%8D%B4%E5%95%8F%E9%A1%8C.html


疑惑あり! ③  投稿者:感性  投稿日:2017年 2月20日(月)23時46分44秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64760

以下は後編集です。

石井啓一の功労(笑)  投稿者:感性  投稿日:2017年 2月24日(金)00時36分34秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/64950
 

「新・人間革命」は平和への闘争宣言

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2017年 2月24日(金)00時13分33秒
編集済
  夢鎖獅さんへ

夢鎖獅さんの意見の全てが違うとは思わないけれども、

>新・人間革命の最大の課題である「54年の問題」を単なる犯人探しのようなお粗末な表現にされる筈がありません。

「54年の問題」など先生にとっては屁の河童でしょう。

今現在の「新・人間革命」って平和への闘争宣言になってるんですか?読んでないのでわからなくてすみません。

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1998.2.8掲載の「随筆 新・人間革命」から一部(ネット上から拝借)

現在の「新・人間革命」もまた、先生の薫陶を受けた弟子が、いかなる人生を歩んだか――その事実をもって「師の偉大さ」を証明したいと思い、あえて筆をとった私。

93年(平成5年)8月6日。あの「原爆の日」の午後であった。

私は、軽井沢の長野研修道場で、インドのガンジー記念館館長のラダクリシュナン博士とお会いした。

博士は、「魂の力は原子爆弾より強い」とのガンジーの信念に触れ、一人ひとりの「魂の力」を引き出していくことが、平和を生み出していく、根本的運動であると語っておられた。

そして、創価学会は、世界稀なる未来を志向した偉大なる存在であると称賛してくださった。

人類の生存の権利を脅かす核兵器は、人間の生命に潜む、権力の魔性の権化といえる。この魔性を打ち破る「魂の力」、仏の生命を涌現する戦いこそ、「人間革命」である。

この日の朝。法悟空は、「新・人間革命」の執筆を開始。

「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない・・・・・」

あえていえば、それは、「原爆の日」に、自ら下した、平和への闘争宣言であった。

戦争の世紀の、傲慢無知な権力の魔性を断ち、人類の悲劇を、二度と繰り返さないために。
------------------------------------------------------

「新・人間革命」執筆チームのメンバーの公表を望みます。
資料集めから、とにかくかかわった人全ての。
始まりから現在に至るまでの。
退職した人もいるかもね。ばらしちゃえよ。
 

信濃町界隈の論調そのもの

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 2月24日(金)00時05分22秒
  >新・人間革命を批判するのは、イコール先生批判であり、奥様批判になります。

この様な表現、信濃町界隈の論調そのものです。

現在の信濃町界隈は創価学会の信心は「御本尊様と池田先生」だけではダメだと言う邪義が蔓延り。

信濃町の執行部を批判したり指摘したりする事は即学会批判、組織批判、ひいては池田先生批判だと拡大解釈、強弁をしています。

24年前の宗門問題勃発時の日蓮正宗大石寺いわゆる日顕宗の論調と似かよった事を言い、やる事成す事かつての宗門と同じ行為を行っている。

まさしく池田先生が仰られていた「仏敵と戦わないと自らが仏敵となる」との御指導通り、真剣に日顕宗はじめ仏敵と戦って来なかった故、自らが仏敵と成り果ててしまったのが現在の信濃町執行部の姿であると断ずるものです。
 

Twitterより。聖教新聞はここまで事実を曲げるのか。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 2月23日(木)23時59分34秒
  今日の新人間革命も違和感ありあり。あの当時の先生はメンバーへの個人指導も家庭訪問も出来なかったのに。神奈川文化で揮毫を書いたり、ピアノを弾くことしか出来なかったのに。聖教新聞はここまで事実を捻じ曲げるか。  

Twitterより。「書き手の視線は師匠の心と全くズレとるやないか」

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 2月23日(木)23時58分1秒
  創作 新・人間革命としか言いようのない表現 書き手の視線は師匠の心と全くズレとるやないか  

Twitterより。内容がすでに先生の本来の意志から外れている。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 2月23日(木)23時53分22秒
  新・人間革命。
内容がすでに池田先生の本来の意志から外れていると読めました。

本当の会長勇退劇の裏は、すでに既存の書籍で明らかです。

昭和54年(1979年)4月24日、先生は日記に記されます。... fb
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 2月23日(木)23時50分57秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

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