多くの人々が行き交うクアラルンプール空港で、なぜ命を奪われたのか。北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)・朝鮮労働党委員長の異母兄で、故・金正日(キムジョンイル)総書記の長男である金正男(キムジョンナム)氏が殺害されてから10日がすぎた。

 真相は今もなぞに包まれている。だが、現地警察の捜査で、事件の背景に北朝鮮の犯行グループがいることが判明した。

 特に在マレーシア北朝鮮大使館の2等書記官が重要参考人にあげられたことで、国家組織が関与した可能性が強まった。

 ところが北朝鮮政府は、これらを陰謀だとしてマレーシアや韓国を非難している。捜査に協力するどころか、なんとか妨害しようという姿勢だ。改めて、北朝鮮の異様さが際立つ。

 北朝鮮はこれまで、韓国大統領一行を狙ったラングーン爆弾テロ(1983年)や、大韓航空機爆破事件(87年)など、残忍な犯行を繰り返してきた。

 いずれも最高指導者が指揮したとされるが、いまだに事件への関与を認めていない。

 今回の殺害も北朝鮮工作員らのしわざであれば、正恩氏のあずかり知らないところで企てられたとは考えにくい。正男氏は権力を親子で継承してきた金一族の一人だからだ。

 さまざまな臆測が飛び交っている。正男氏が正恩氏から権力を奪おうとしたとの見方や、韓国への亡命を企てたとの説、米国関与説などだ。

 ただ、韓国を発信源とする不確かな情報が目立ち、実像は見えにくい。

 当面は、主権が侵された疑いが強いマレーシア政府の対応を見守りたい。また、一部容疑者の出身国であるインドネシアやベトナムを含め、関係各国が捜査の連携を進め、できる限り真相を解明してもらいたい。

 同時に国際社会は、北朝鮮によるさまざまな人権の侵害を追及し、改善へ向けて圧力を強めるべきである。

 日本人拉致の被害者は、政府に認定されただけでも17人にのぼる。韓国人ら、その他の拉致被害者は相当な規模になる。

 北朝鮮の国民に対しての侵害も甚だしい。過酷な政治犯収容所の存在が知られるほか、多くの国民が自由を奪われ、困窮の中に放置されている。

 国連総会の第3委員会は、北朝鮮での「人道に対する罪」を指摘し、国際刑事裁判所への付託を安保理に促している。

 日本を含む国際社会は、あらゆる多国間会合の場で北朝鮮の人道無視の問題を取りあげ、北朝鮮が動かざるをえないような環境づくりを急ぐべきだ。