THE ZERO/ONEが文春新書に!『闇ウェブ(ダークウェブ)』発売中
発刊:2016年7月21日(文藝春秋)
麻薬、児童ポルノ、偽造パスポート、偽札、個人情報、サイバー攻撃、殺人請負、武器……「秘匿通信技術」と「ビットコイン」が生みだしたサイバー空間の深海にうごめく「無法地帯」の驚愕の実態! 自分の家族や会社を守るための必読書。
February 23, 2017 08:00
by 牧野武文
しかし、なにもしないわけにはいかないので、好きな機械いじり三昧をしている間に、共焦点顕微鏡のアイディアを思いついた。これは顕微鏡にピンホール(小さな穴)を使うというアイディアだった。
レンズを組み合わせて構成されている一般の光学顕微鏡では、試料を観察するときに焦点を合わせてやる必要がある。厚みのある、たとえば玉ねぎの皮部分の細胞を観察するときなどは、焦点を変えるにつれて、観察できる場所が変わっていき、観察したい場所に焦点を合わせてやる必要がある。小学校で使うレベルの光学顕微鏡では、厚みのある試料のうち、焦点距離にある部分だけが見え、その他の部分は見えなくなってしまうので都合がいい。
しかし、精密な顕微鏡をつくろうとすると、このレンズによる方式では限界があるのだ。なぜなら、焦点があわずに見えなくなっているような部分も、散乱光として接眼レンズに入ってきているので、それがノイズとなって解像度があげられないのだ。この問題は、レンズの原理的な問題だから、レンズをたくさん組み合わせたところで根本的には解決しない。
一方で、ピンホールカメラというものがある。レンズを使わずに、小さな針穴だけで撮影してしまうカメラだ。このピンホールカメラは、焦点距離という考え方がなく、近くから遠くまで焦点がきれいにあう。理想的に小さな穴であれば、対象物が反射する光と、感光フィルム上で受ける光が1対1に対応するので、ボケるということがない(厳密に言うと、穴が大きければ、近いものや遠いものはボケる。また、極限まで穴を小さくすると、今度は光の回折現象が起こるようになり、やはりボケる)。
では、レンズを使った顕微鏡とピンホールを組み合わせたらどうなるだろうか。これがミンスキーの共焦点顕微鏡の発想だ。
レンズとピンホールを組み合わせると、レンズが集めた光の内、焦点が合っていないボケ部分の光が、ピンホールによって遮断され、焦点が合っている光のみが針穴を通り抜けるようになる。これで、試料の一定の距離の部分だけの映像が得られ、その前後の部分の乱反射してボケとなる光がカットされる。非常に高い解像度が得られるのだ。
ミンスキーは自分でレンズまで磨いて、共焦点顕微鏡を制作したが、結果は思ったよりうまくいかなかった。ピンホールを可能な限り小さくし、光の波長と比較できるほどの小ささになると、今度は光の回折現象が起きて、解像度があがらなくなってしまうからだ。
しかし、ミンスキーのアイディアは有効で、後に波長をきれいにそろえられるレーザー光が簡単に扱えるようになってから、レーザー共焦点顕微鏡として実用化され、さまざまな分野で今日も使われている。
そんな寄り道の日々を送っていたミンスキーに、ミンスキーの一生だけでなく、科学界、あるいは大げさではなく私たち人類社会の未来を決定するイベントの知らせが舞いこんだ。
ミンスキーは以前から、SNARCのような人間の思考や記憶などを、機械やコンピューターでシミュレートする研究を「人工知能」と呼んでいたが、そのような学問領域がないため、研究者は数学科や物理学科、情報科学学科、心理学科などに分散していた。これをまとめて組織化する必要があると感じたミンスキーは、ダートマス大学の数学科教授ジョン・マッカーシーに相談をしていた。すると、その話にクロード・シャノンなども加わって、このグループはロックフェラー財団に資金支援の交渉を始めた。
1956年の夏に、ロックフェラー財団が7500ドルの支援を決定してくれて、夏の2ヵ月間、ダートマス大学で人工知能カンファレンスを開催できることになった。これが世に言うダートマス会議だ。
と言っても、大がかりなものではなく、集まったのは10人だけで、カンファレンスというよりも夏合宿に近いイメージだった。しかし、ミンスキーを含めた10人の人工知能研究者は、議論三昧の1ヵ月半をすごし、現在の人工知能に関する問題のほとんどすべてがこのダートマス会議で議論されている。
とくに重要だったのが、機械やコンピューターでシミュレートした知性を、それまでは人造脳、人造知性などとさまざまな呼び方がされていたが、「人工知能=AI」に統一されることになった。人工知能という名前が与えられたことにより、人工知能学という学問分野が成立し、人工知能研究者という言葉が生まれた。さまざまな学科を放浪していたミンスキーも、これからは人工知能研究者なのだ。
それでも、まだ人工知能学科という講座を置く大学は存在しなかった。1958年になって、ミンスキーはマサチューセッツ工科大学(MIT)の数学科講師の職につくことができた。ダートマス会議を主催したマッカーシーがMITの数学科教授に就任したからだ。MITの数学科には、シャノンなどもいて、後に人工知能研究の拠点となっていく。
この頃、大学内の鉄道模型クラブを中心にハッカーと呼ばれる学生が集まり始めていた。電話会社のウェスタン・エレクトリック社がMITの鉄道模型クラブに、交換機などのさまざまな電気、電子機材を寄付すると、鉄道模型クラブのメンバーはそれを使って、鉄道模型を制御する仕組みをつくり始めた。さらに、リンカーン研究所がコンピューターを新しいものに交換すると、古いコンピューターを寄付してもらい、そのコンピューターを使って、さらに複雑な鉄道模型の制御に利用した。
そのうち、鉄道模型よりもコンピューターそのものに惹きつけられ、奇想天外なプログラムをつくっては喜ぶような連中が集まり始めた。
しかし、彼らがMITにいる期間はさほど長くなかったという。ミンスキーと同じように、ハッカーを満足させる学科というのがまだなかったため、ハッカーたちは他の大学の情報科学系に移っていってしまうのだ。マッカーシーとミンスキーは、このようなハッカーたちを、研究予算がつくたびに雇用していった。MITの数学科には、しだいにハッカーの拠点ができ始めていた。
(その6に続く)
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