2017.02.23
ある越境逮捕事件をめぐって
――八ヶ岳山麓から(212)――
旧暦大晦日、1月27日の深夜、私服の中国公安(警察)と国家安全部(諜報機関)の数十名が香港の高級ホテル四季酒店に押し入り、滞在中の「明天系」持株会社CEOの蕭建華を拘束し、複数のガードマンとともに中国へ連れ去った。蕭はカナダ国籍を持ち香港永住権もあったが、そんなことはおかまいなし。蕭は連行されるとき抵抗しなかったという(各紙2017・01・31)。
中国情報治安当局が越境して香港住民を逮捕したのは、昨年の銅鑼湾書店事件以来2度目である。香港の「一国二制度」は名ばかりになろうとしているが、香港人は今回の強制連行事件に抗議していない。それは蕭が中国・香港の政財界で暗躍する人物として知られていて、出版言論の自由とか人権などには関係がないと見たからであろう。
蕭建華は1971年生れの45歳。400億元(6600億円相当)の資産を持ち、香港・中国の金融界では「なぞの大鰐」「株式市場の梟雄」といわれ、「明天系」と呼ばれる一連の投資・金融企業の統括者である。
北京大学法律系卒。1989年の学生市民の民主化運動当時は、官製の学生会議長だった。彼ははじめ学生代表として大学当局と対峙したが、のちに解放軍の北京進攻直前には大学当局とともに学生運動を抑え込もうとしたという。
これを評価されたためか、90年の卒業とともに北京大学党委員会学生工作部主任(学生課長)となり、93年大学当局の援助を得てコンピューター販売を始め、その後投資会社「北大明天資源科技有限公司」を設立してビジネス界に入った。これがのちの「明天系」と呼ばれる企業集団の始まりで、わずか数年後には上場企業9つを擁するまでになった。
蕭建華が若くして金融界の大物になれたのは、すぐれた商才があったというよりは、政官界有力者、さらにその家族と特別な関係を結んだからである。彼がとくに近しかったのは、中共政治局常務委員だった曽慶紅の息子曾偉である。曾偉は中国香港の金融界では黒幕として知られた人物である。その父曽慶紅は元国家主席江沢民ひきいる上海閥の大番頭である。上海閥だけを蕭の人脈と見ることはできないが、彼が曽慶紅らと密接な関係にあることは間違いない。
中国の金融ブローカーは一般に社会の表に出ることは少なく、こっそり政官界高官と結び、権力の庇護をうけながら、「銭袋」として株式市場の操作や企業買収、マネーロンダリングなどの裏の仕事をする。たとえば失脚した鉄道部部長劉志軍には石炭商丁書苗が、重慶の支配者薄熙来には大連実徳理事長徐明が、江沢民に近く中国の石油業界を牛耳った周永康には四川商人呉兵が、胡錦濤の懐刀令計画には北大方正集団の李友がついていたように。
「明天系」集団が世間に知られるようになったのは、2006年の「魯能買収事件」からである。大型国有企業「魯能集団」は山東省の資産規模738億元(約1兆2000億円)の、エネルギーを中心とした大総合企業だったが、彼はこれを資産の20分の1の37.3億元で買取ったといわれた。
この取引は極秘裏に行われたはずだったが、なにかの原因で外に漏れた。世間はこれを問題にしたが、彼は一切を語らず、2014年6月に香港の四季酒店に居を移し、奇妙なことに女性ガードマン多数に囲まれるという生活を始めた。
「魯能」買収ののち、蕭は大型の国有企業「中国平安保険」の民営化に手を出した。2012年、この大保険会社の株式買収を2社が争ったとき、彼はその一方の正大集団の背後にいた。
2016年1月香港の映画会社数字王国(Digital Domain)が別な映画企業の「PO朝霆」の株式の85%を買収した時には、その黒幕に車峰という特別な身分の人物がいた。車峰は、さきの天津市市長・中国人民銀行頭取、現在全国社会保障基金会理事長の戴相龍の娘婿で、金融界の有力人物である。この車峰が「銭袋」として使ったのが、高名な政財界ブローカー郭文貴と、もう一人が蕭建華であった。
そこで蕭建華の逮捕は何を意味するか。一般の見方は、これを突破口に紀律検査委員会主任王岐山が腐敗の根源である上海閥を直撃するというものだ。元国家主席江沢民はともかく、曽慶紅逮捕までは行くかもしれない。いや、それを期待する人は多い。
ところが、蕭建華事件は派閥闘争とは直接関係なく、取締機関の現場が王岐山などの指令をまたず勝手にやったものだという見方がある。そうだとすれば取締機関が独自に行動しはじめ、上の統制が効かなくなったことを意味する。王岐山はコケにされたのである。
それどころではなく、さらに蕭建華の「明天系」企業をつぶして、その財産を没収し、誰か国家安全部系統の有力者がふところに入れるためだという人がいる。いくらなんでも21世紀の今日、公的機関がむかしの匪賊のように金持を襲撃して財産をものすることなど思いもよらないことである。だがありえないことではない。それは取り締まる側の腐敗である。
国家安全部次官の馬建は長年治安情報系統を握ってきたが、昨年1月、中国でいう「重大な紀律違反」すなわち汚職を理由に逮捕された。国家安全部は外国情報の収集と、国内の反体制派の監視をおこなう機関とされているが、主な仕事は国内にあって、その権限は超法規的ともいえるものである。
馬建は金融ブローカー郭文貴と密接な関係を結び、郭は国家安全部の強大な権限を背景に数々の黒い経済活動を展開した。北京市副市長だった劉志華(2006年失脚)も交えて、北京モルガン投資公司を通じて巨額の利益を得たこともある。また馬は腐敗を理由に失脚した令計画との密接な関係も取りざたされている。馬建逮捕と同時に、郭文貴はアメリカに逃亡した。いまアメリカから中共上層のスキャンダルに関する、思わせぶりの情報を発信している。
馬建だけでなく、取締機関の汚職腐敗は深刻なものになっている。習近平指導部が発足した2012年秋以降、党の紀律検査機関や行政監察部門の職員のうち、汚職などを理由に処分を受けたものは約7900人に上る。
このため、昨年の中央紀律検査委員会では、習近平自らが「反腐敗闘争の一層の深化」「聖域なき反腐敗の堅持」を強調しなければならなかった。しかも汚職摘発にあたる検査機関を監督し、腐敗を防ぐための「監督規則(試行)」が採択された。あまりに多く刑事がどろぼうに変るので、検査機関の検査が必要になったのである。
この秋の中共第19回大会は習近平政権5年間の総括であり、次期中央委員会政治局、さらには常務委員会メンバーを決定する重大な会議である。ここで習近平派が多数を制すれば、あとの5年ほしいままの治政ができ、習近平の地位も権力も望み通りの高みに登ることができる。このためにはライバルとの闘争は避けようにも避けられない。
2016年に不正を摘発され処分を受けた党員は41万5000人である。省トップや閣僚などの「省部級官僚」では76人に上り、2012年の習指導部発足後最多となった。一般官僚はともかく政府高官の汚職が多いのは、見方によっては好都合である。腐敗を口実に対抗派閥の有力メンバーを失脚させることができるからである。
蕭建華逮捕の当局の狙いについては、この戦略にのっとった上海閥殲滅作戦の前哨戦なのか、匪賊略奪の現代版なのか、いまのところ憶測の域を出ない。
以上示すところは、権勢ある政府高官が特定業者とむすんで暴利をむさぼればこうなるという見本である。「中国の特徴ある社会主義」すなわち「権貴資本主義」の否定しがたい姿である。
2017.02.23 ■「短信」■
フランス核実験 被害者はいま―汚された太平洋の楽園―
3・1ビキニ記念のつどい
今年の「3・1ビキニ記念のつどい」は、南太平洋の楽園で行なわれたフランス核実験について取り上げます。核保有数第3位のフランスは、南半球の仏領ポリネシアの2つの環礁で200回余の核実験を行いながら、被害や環境汚染を否定し、反対運動や被害者の声を無視してきました。しかし、近年、被ばく者たちが声を上げ、変化の兆しがあります。仏核実験の実相と今を学びます。
日時:2017年2月25日(土)午後2時—4時30分
会場:BumB東京スポーツ文化館 研修室B
(夢の島公園内、新木場駅徒歩12分。第五福竜丸展示館より徒歩5分)
報告:真下俊樹(フランス核政策研究者、埼玉大学講師)
豊崎博光(フォト・ジャーナリスト、第五福竜丸展示館専門委員)
資料代:500円
主催:公益財団法人第五福竜丸平和協会
〒136-0081 東京都江東区夢の島2-1-1 TEL 03-3521-8494 (岩)
阿部治平(もと高校教師)
旧暦大晦日、1月27日の深夜、私服の中国公安(警察)と国家安全部(諜報機関)の数十名が香港の高級ホテル四季酒店に押し入り、滞在中の「明天系」持株会社CEOの蕭建華を拘束し、複数のガードマンとともに中国へ連れ去った。蕭はカナダ国籍を持ち香港永住権もあったが、そんなことはおかまいなし。蕭は連行されるとき抵抗しなかったという(各紙2017・01・31)。
中国情報治安当局が越境して香港住民を逮捕したのは、昨年の銅鑼湾書店事件以来2度目である。香港の「一国二制度」は名ばかりになろうとしているが、香港人は今回の強制連行事件に抗議していない。それは蕭が中国・香港の政財界で暗躍する人物として知られていて、出版言論の自由とか人権などには関係がないと見たからであろう。
蕭建華は1971年生れの45歳。400億元(6600億円相当)の資産を持ち、香港・中国の金融界では「なぞの大鰐」「株式市場の梟雄」といわれ、「明天系」と呼ばれる一連の投資・金融企業の統括者である。
北京大学法律系卒。1989年の学生市民の民主化運動当時は、官製の学生会議長だった。彼ははじめ学生代表として大学当局と対峙したが、のちに解放軍の北京進攻直前には大学当局とともに学生運動を抑え込もうとしたという。
これを評価されたためか、90年の卒業とともに北京大学党委員会学生工作部主任(学生課長)となり、93年大学当局の援助を得てコンピューター販売を始め、その後投資会社「北大明天資源科技有限公司」を設立してビジネス界に入った。これがのちの「明天系」と呼ばれる企業集団の始まりで、わずか数年後には上場企業9つを擁するまでになった。
蕭建華が若くして金融界の大物になれたのは、すぐれた商才があったというよりは、政官界有力者、さらにその家族と特別な関係を結んだからである。彼がとくに近しかったのは、中共政治局常務委員だった曽慶紅の息子曾偉である。曾偉は中国香港の金融界では黒幕として知られた人物である。その父曽慶紅は元国家主席江沢民ひきいる上海閥の大番頭である。上海閥だけを蕭の人脈と見ることはできないが、彼が曽慶紅らと密接な関係にあることは間違いない。
中国の金融ブローカーは一般に社会の表に出ることは少なく、こっそり政官界高官と結び、権力の庇護をうけながら、「銭袋」として株式市場の操作や企業買収、マネーロンダリングなどの裏の仕事をする。たとえば失脚した鉄道部部長劉志軍には石炭商丁書苗が、重慶の支配者薄熙来には大連実徳理事長徐明が、江沢民に近く中国の石油業界を牛耳った周永康には四川商人呉兵が、胡錦濤の懐刀令計画には北大方正集団の李友がついていたように。
「明天系」集団が世間に知られるようになったのは、2006年の「魯能買収事件」からである。大型国有企業「魯能集団」は山東省の資産規模738億元(約1兆2000億円)の、エネルギーを中心とした大総合企業だったが、彼はこれを資産の20分の1の37.3億元で買取ったといわれた。
この取引は極秘裏に行われたはずだったが、なにかの原因で外に漏れた。世間はこれを問題にしたが、彼は一切を語らず、2014年6月に香港の四季酒店に居を移し、奇妙なことに女性ガードマン多数に囲まれるという生活を始めた。
「魯能」買収ののち、蕭は大型の国有企業「中国平安保険」の民営化に手を出した。2012年、この大保険会社の株式買収を2社が争ったとき、彼はその一方の正大集団の背後にいた。
2016年1月香港の映画会社数字王国(Digital Domain)が別な映画企業の「PO朝霆」の株式の85%を買収した時には、その黒幕に車峰という特別な身分の人物がいた。車峰は、さきの天津市市長・中国人民銀行頭取、現在全国社会保障基金会理事長の戴相龍の娘婿で、金融界の有力人物である。この車峰が「銭袋」として使ったのが、高名な政財界ブローカー郭文貴と、もう一人が蕭建華であった。
そこで蕭建華の逮捕は何を意味するか。一般の見方は、これを突破口に紀律検査委員会主任王岐山が腐敗の根源である上海閥を直撃するというものだ。元国家主席江沢民はともかく、曽慶紅逮捕までは行くかもしれない。いや、それを期待する人は多い。
ところが、蕭建華事件は派閥闘争とは直接関係なく、取締機関の現場が王岐山などの指令をまたず勝手にやったものだという見方がある。そうだとすれば取締機関が独自に行動しはじめ、上の統制が効かなくなったことを意味する。王岐山はコケにされたのである。
それどころではなく、さらに蕭建華の「明天系」企業をつぶして、その財産を没収し、誰か国家安全部系統の有力者がふところに入れるためだという人がいる。いくらなんでも21世紀の今日、公的機関がむかしの匪賊のように金持を襲撃して財産をものすることなど思いもよらないことである。だがありえないことではない。それは取り締まる側の腐敗である。
国家安全部次官の馬建は長年治安情報系統を握ってきたが、昨年1月、中国でいう「重大な紀律違反」すなわち汚職を理由に逮捕された。国家安全部は外国情報の収集と、国内の反体制派の監視をおこなう機関とされているが、主な仕事は国内にあって、その権限は超法規的ともいえるものである。
馬建は金融ブローカー郭文貴と密接な関係を結び、郭は国家安全部の強大な権限を背景に数々の黒い経済活動を展開した。北京市副市長だった劉志華(2006年失脚)も交えて、北京モルガン投資公司を通じて巨額の利益を得たこともある。また馬は腐敗を理由に失脚した令計画との密接な関係も取りざたされている。馬建逮捕と同時に、郭文貴はアメリカに逃亡した。いまアメリカから中共上層のスキャンダルに関する、思わせぶりの情報を発信している。
馬建だけでなく、取締機関の汚職腐敗は深刻なものになっている。習近平指導部が発足した2012年秋以降、党の紀律検査機関や行政監察部門の職員のうち、汚職などを理由に処分を受けたものは約7900人に上る。
このため、昨年の中央紀律検査委員会では、習近平自らが「反腐敗闘争の一層の深化」「聖域なき反腐敗の堅持」を強調しなければならなかった。しかも汚職摘発にあたる検査機関を監督し、腐敗を防ぐための「監督規則(試行)」が採択された。あまりに多く刑事がどろぼうに変るので、検査機関の検査が必要になったのである。
この秋の中共第19回大会は習近平政権5年間の総括であり、次期中央委員会政治局、さらには常務委員会メンバーを決定する重大な会議である。ここで習近平派が多数を制すれば、あとの5年ほしいままの治政ができ、習近平の地位も権力も望み通りの高みに登ることができる。このためにはライバルとの闘争は避けようにも避けられない。
2016年に不正を摘発され処分を受けた党員は41万5000人である。省トップや閣僚などの「省部級官僚」では76人に上り、2012年の習指導部発足後最多となった。一般官僚はともかく政府高官の汚職が多いのは、見方によっては好都合である。腐敗を口実に対抗派閥の有力メンバーを失脚させることができるからである。
蕭建華逮捕の当局の狙いについては、この戦略にのっとった上海閥殲滅作戦の前哨戦なのか、匪賊略奪の現代版なのか、いまのところ憶測の域を出ない。
以上示すところは、権勢ある政府高官が特定業者とむすんで暴利をむさぼればこうなるという見本である。「中国の特徴ある社会主義」すなわち「権貴資本主義」の否定しがたい姿である。
2017.02.23 ■「短信」■
フランス核実験 被害者はいま―汚された太平洋の楽園―
3・1ビキニ記念のつどい
今年の「3・1ビキニ記念のつどい」は、南太平洋の楽園で行なわれたフランス核実験について取り上げます。核保有数第3位のフランスは、南半球の仏領ポリネシアの2つの環礁で200回余の核実験を行いながら、被害や環境汚染を否定し、反対運動や被害者の声を無視してきました。しかし、近年、被ばく者たちが声を上げ、変化の兆しがあります。仏核実験の実相と今を学びます。
日時:2017年2月25日(土)午後2時—4時30分
会場:BumB東京スポーツ文化館 研修室B
(夢の島公園内、新木場駅徒歩12分。第五福竜丸展示館より徒歩5分)
報告:真下俊樹(フランス核政策研究者、埼玉大学講師)
豊崎博光(フォト・ジャーナリスト、第五福竜丸展示館専門委員)
資料代:500円
主催:公益財団法人第五福竜丸平和協会
〒136-0081 東京都江東区夢の島2-1-1 TEL 03-3521-8494 (岩)
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