否定派の主張

日本軍が南京に入城してから治安が回復し、市民が安堵した表情で食糧を受け取っている写真は多数ある。これに反し、虐殺を示すと検証された写真は1枚もない。
虐殺そのものを収めた記録フィルムもまったく存在しない。専門家によって唯一本物と認められているフィルムは、マギー牧師によるもの。その中にも虐殺を思わせるシーンはまったく存在せず、多くは戦傷者の治療風景である。 (東中野修道「南京事件『証拠写真』を検証する」)

反論

まず、大虐殺があれば証拠写真が残っているだろうと思っているのが大きな間違いである。ルアンダ大虐殺、カンボジア大虐殺、カチンの虐殺の実行写真というものは存在しないが、だからといって虐殺がなかったと言い出す人間はいないだろう。

南京において虐殺が最も頻繁に行なわれたのは揚子江岸の下関や草鞋峡であるが、そこに外国人記者は立ち入りを拒否された。また日本人記者も撮影を拒否された。カメラマン佐藤振寿氏は虐殺現場にいて「もし写真を撮っていれば私も殺されただろう」という言葉を残している。

後で仲間にこの時のことを話すと、カメラマンとしてどうして写真を撮らなかったかと反問された。「写真を撮っていたら、おそらくこっちも殺されていたよ」と答えることしかできなかった。
このような事件を見たのは筆者だけではなかったようだ。東京から第百一師固に従軍するだめ、大阪から同じ軍用船で上梅へ渡った記者伸間に「東京朝日」の足立和雄君がいた。(従軍とは歩くこと 南京戦史資料集II p610)

多くの死体などの写真、斬首などの写真はあるが、場所・日時などが特定できないものが多い。しかし、これらが華南一帯で日本兵によって撮影されたものが多いことは写真の出現事情に照らして明らかであり、南京での虐殺をしのばせる資料とはなる。
場所や日時が特定されるのは、虐殺という性質上、日本人記者・カメラマンによるものしかない。それが不動健治氏、村瀬守保氏の写真である。また、マギー師は日本軍の暴行の被害者たちの16mmフィルムを撮っており、大量虐殺から危うく逃れた被害者の証言も記録している。これも貴重な資料である。

南京占領後も日本軍の食糧は現地調達とされ、日本軍はむしろ国際安全区委員会の市民に対する食糧配布計画を妨害していた。市民に食糧を配布している写真は日本軍と報道各社によるプロパガンダ写真であって、写真を撮るためだけのパフォーマンスであった。

資料
「マギーフィルムの解説書」に映像シーンを当てはめてみる
http://www.geocities.jp/pipopipo555jp/mg_images/ma...
『不動健治写真』熊猫
http://t-t-japan.com/bbs2/c-board.cgi?cmd=ntr;tree...
不動氏撮影写真(n-133-5)
http://www.geocities.jp/pipopipo555jp/143photos/nu...
「プロパガンダ写真研究家」松尾一郎の目の節穴度
写真判定の杜撰−村瀬守保撮影写真編
http://www.nextftp.com/tarari/Matsuo/murase.htm
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