平気でウソをつくけど、罪悪感ゼロ。

 時には自分が被害者のように振る舞う。

 他人を利用することに長け、人の痛みなどまったく感じない。

 あなたの周りに、こんな人はいませんか? 

 もともとサイコパスとは、連続殺人鬼などの反社会的な人格を説明するために開発された診断上の概念。精神医学では明確なカテゴリーに分類されておらず、誤ったイメージやぼんやりとした印象が広まっていました。ところが近年、脳科学の劇的な進歩により、状況は変わってきました。

 そんなサイコパスの正体を解き明かす話題の書、『サイコパス』(文春新書) の著者・中野信子さんが、あなたの身近にいるサイコパスの対処法を語ります。

サイコパスってどんな人?

 サイコパスと聞くと、一般的にイメージするのは、凶悪な犯罪を犯した人、思いもよらない残酷な犯罪を犯す人でしょう。しかし実は、犯罪を犯さないけれどもサイコパスという人が存在します。

 人格障害のなかには、反社会性人格障害というカテゴリがあり、このうちの一部がサイコパスと呼ばれる人たちです。脳科学では「サイコパシーの度合が高い人」という言い方をしますが、およそ100人に1人くらいの割合でいると言われています。

 職場や身近な生活で「自分は頑張っているのに、あの人だけ不当に高く評価されているんじゃないか」「搾取されているんじゃないか」と思うことがあれば、その相手はサイコパスかも知れません。

サイコパスは企業のCEOに多い?

 サイコパスのなかでも、犯罪を犯して刑罰を受ける「負け組サイコパス」と、社会的成功を収めている「勝ち組サイコパス」がいます。企業のCEOと呼ばれる人たちには、一般よりずっと高い割合でサイコパスが存在すると言われていて、25人に1人から5人に1人いるとも言われます。一般の人の5倍から25倍という調査結果があります。ほかにも外科医、弁護士、変わったところではシェフにも多いとされています。

 サイコパスの特徴として真っ先にあげられるのが、前頭葉にある眼窩前頭皮質という共感性をつかさどる部分の活動が低いことです。それによって、犯罪を犯すときのブレーキが利かないという事態にもなりますが、逆に一般的な人なら同情心が先にたって判断できない問題について冷静で的確に判断を下す役割としても機能します。サイコパスの能力は人が出来ないような怜悧な判断とか、合理性に基づいた行動は得意なのです。


『サイコパス』の著者・中野信子さん ©文藝春秋

サイコパスな上司の対処法

『サイコパス』(文春新書)を読んだ人からは、身近な人がサイコパシーの高い人だと理解できたといったお便りをいくつもいただきます。サイコパスの振るまいが分ると、それから身を守るための方略も見つけやすくなります。不当な搾取や、長らく騙されてしまっている閉塞感のなかから抜け出せないという場合に、一歩前に進む手がかりにしていただけたら、すごくうれしいと思います。

 たとえば会社の上司がサイコパスだった場合には、努力や感情を理解してもらおうと考えるのではなく、いかに自分が有能で上司にとってメリットがある存在かをアピールすることが有効です。その際に、たとえ優秀であっても上司を脅かす存在ではないという印象を与えるようにすると良いでしょう。

 逆に、もし自分がサイコパスかも知れないと思ったとしても、それは社会的に意味があるんだという考察を、多くの文献を引きながら行っています。

ひょっとして私がサイコパス?

 サイコパスは共感性を担う領域の活動が低いために、子どもの頃から違和感を感じていると思います。周りの子どもたちは、小さな生き物に対して「ああ、かわいい〜」といって寄っていったりします。しかし、サイコパスの子どもにはその感覚が分らないわけですね。

 泣いている子どもを見て慰めの声を掛ける人のことを、「なんと無駄なことをしているのだろう」と感じてしまいます。あるいは、いじめられている子どもを見て、「自業自得だ」と思ってしまうこともあります。そのことを周りの子どもから糾弾されることもあり、サイコパシーの高い人は子どもの頃から孤立感を抱えている場合が多いようです。

 そこで、孤立感のなかで身を守るために、共感性があるふりを学びながら育ったりするので、人を騙そうとするというのも、実はサイコパスにとっては自然なことなんですね。周りの人からしたら恐ろしいことに思えるかもしれませんが、サイコパスは自身が生き延びていくための戦略を取っているだけ、ということになります。

 孤独感を深めながら育ってきたサイコパシーの高い人は、その性質を持った人間が自分だけではないのだと長い時間のうちには気づくと思います。壁をつくったりしなくても、自分は合理的判断が出来るタイプで、共感性は低いけれど他の人が出来ない判断を出来ると認識することで、犯罪を起こすことなく、社会と共存することが出来るようになっていきます。

 この本にはサイコパスのセルフチェックリストを掲載しています。簡易なもので完全な診断が出来るものではないのですが、特徴を理解するための一助にしていただければと思います。

トランプ大統領はサイコパス?

 サイコパスが存在しているのは何故なのか。進化心理学的に言うと、その遺伝子を持った人に何らかの適応的な意味があるのだと解釈します。サイコパスがいることで集団全体に何らかのメリットがあったと考えるほうが自然ですね。

 サイコパスは反社会性とカテゴライズされますから、いまある社会を壊す機能を示しますね。ということは、いまある社会が完全に良いものではなかった場合、既存の社会を脱皮して新しい社会を作る必要がある場合、サイコパスの能力を持った人が非常に活躍する時代が現れます。もしかしたら今が、その時代かも知れません。

 サイコパスに希望を寄せすぎる発言に聞こえるかもしれませんが、かっこいいダークヒーローというわけではなく、あくまでそうした能力を持った人々と理解していただくと良いと思います。

 古今東西、歴史上の人物はたくさんいますが、現代であれば、ぱっと思いつくのはトランプ大統領。もちろんきちんとお会いして心理試験を行い、診断を下したというわけではありませんし、他国のトップリーダーに対して失礼なことを申し上げているようですが、アメリカの国民が旧社会を打破する存在として、彼のサイコパス的な側面を高く評価して、一票を投じたのかも知れません。

 それくらい、アメリカ人にとっては閉塞感を強く覚える社会状況があったのでしょうし、トランプ大統領のような形であっても、旧社会を打破してくれそうな強烈な存在が求められる時代なんだなと感じます。

なかの・のぶこ 1975年生まれ。脳科学者。東日本国際大学特任教授、横浜市立大学客員准教授。東京大学工学部卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。著書に『脳内麻薬 人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体』(幻冬舎新書)、『脳はどこまでコントロールできるか?』(ベスト新書)、『脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克』(中野剛志、適菜収との共著・文春新書)ほか。

(「文春オンライン」編集部)