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海の危機を救うか 白化しないサンゴ

去年、サンゴの死滅につながる大規模な白化現象が世界各地で起きました。世界最大のサンゴ礁として知られるオーストラリアのグレートバリアリーフ、インド洋のモルディブ、太平洋のフィジーやニューカレドニアなどでも報告されています。背景にあるのは、地球温暖化による海水温の上昇です。
異変は日本の沖縄でも起きています。1月、環境省は国内最大のサンゴ礁の石西礁湖で、「サンゴの91%が白化、70%が死滅した」という衝撃的な調査結果を発表しました。
海の生き物に住みかや産卵場所を提供するサンゴ礁は、いわば海の“命のゆりかご”です。サンゴ礁が無くなると、海の生き物のうち4分の1の種類が生きていけなくなると言われています。
WWF=世界自然保護基金は「温暖化の影響で、ほとんどのサンゴ礁は2050年までに消失するおそれがある」と警告しています。
そんな中、沖縄のサンゴ養殖場で、高い海水温でも白化しないサンゴが生み出され、研究者たちから注目を集めています。

白化から半年 沖縄の海は今

2月上旬、私たちは石垣島と西表島の間にある国内最大のサンゴ礁、石西礁湖に向かいました。石西礁湖では去年の夏以降、大規模な白化現象が問題になっていて、去年8月に取材したときには、一面に白化したサンゴが広がっていました。
半年後、石西礁湖の海はどうなっているのか、再び潜水し現状を見てみることにしました。
水深およそ5m。見渡すかぎり茶色に染まったサンゴ礁が目に飛び込んできました。サンゴの表面を指で触ってみると、覆っていたのは海藻でした。サンゴが死んでびっしりと海藻が付着していたのです。

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かつて、石西礁湖は色とりどりのサンゴに、たくさんの魚たちが集う楽園でしたが、今は周囲を見渡しても、生き物の姿はまばらです。サンゴ礁は命の輝きを失い、茶色い光景がどこまでも広がっていました。

白化現象の原因は?

サンゴはイソギンチャクやクラゲなどと同じ刺胞動物の一種です。サンゴが生きていくうえで欠かせないのが、体内にいる褐虫藻と呼ばれる植物プランクトンです。サンゴはこの褐虫藻が光合成をして作った栄養をもらって生きているのです。

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しかし、海水温の上昇や、強い太陽光などのストレスを受けると、褐虫藻はサンゴの体内からなくなったり、色素を失ったりします。これが白化現象です。
この状態が2~3週間続くと、サンゴは死に至ります。

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去年夏、沖縄県の石垣島周辺の海では、平年を1度から2度上回る異常な高水温が約2か月にわたって続きました。9月以降、水温は下がりましたが、白化に耐えられなかった多くのサンゴは死滅して、海藻に覆われてしまったのです。

白化しないサンゴ 誕生秘話

多くのサンゴが白化し死滅する中、白化しないサンゴを作り出すことに成功したという情報が寄せられました。
向かったのは、沖縄本島中部の読谷村です。
特殊なサンゴがあるという海へ潜ってみると、白く変色したサンゴの横で、本来の鮮やかな緑色をとどめている健全なサンゴがありました。

(動画 約20秒)

このサンゴを作ったのは、サンゴ養殖の第一人者として知られる金城浩二さんです。金城さんは20年近く前から、サンゴが失われた海への移植事業に取り組んでいます。
白化しないサンゴは、沖縄の海に広く分布するウスエダミドリイシという、ごく普通の種類の株でした。
作り出すきっかけになったのは、7年前のサンゴの産卵観察会。子どもたちにより近くで産卵を見てもらおうと、金城さんは、水槽の深い場所にあったサンゴを、浅い場所へ移動させました。すると、多くのサンゴが太陽光の影響を受けて白化し、弱ってしまう中、生き残るサンゴがありました。この生き残ったサンゴを選抜して増やし、さらに浅いところへ移動させることで、少しずつ環境に適応させていきました。
作業を繰り返すこと4年。強い太陽光が降り注ぐ水面近くでも、白化しないサンゴを育てることに成功したのです。その後、金城さんはこのサンゴを海に移植してみました。

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すると、この夏の高い海水温にも耐えられることがわかりました。 こうして、世界でも類を見ない白化しないサンゴが誕生したのです。 金城さんは「サンゴの養殖を初めて18年になるけど初めて、奇跡が起こった」と興奮気味に話しました。

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研究者に協力呼びかけ

「自分が作ったサンゴはなぜ白化しないのか?」
去年12月、金城さんはサンゴの専門家が集まる日本サンゴ礁学会に参加し、メカニズムの解明に向けて、協力を呼びかけました。
金城さんの報告を聞いた研究者からは「世界でもそのような例は報告されていないので、日本が真っ先にその研究をやっていくことに重要な意義がある」とか、「私たちの研究と連携することで、将来的にはサンゴの白化を、ある程度遅らせたり、防いだりすることができる」などといった期待の声が上がりました。

白化に関与? バクテリアに注目

12月の学会での呼びかけから2か月がたち、今、白化しないメカニズムに迫る研究が進んでいます。
サンゴ礁保全の研究者、琉球大学の中野義勝さんらの研究チームは、金城さんが生み出した白化しないサンゴと、同じ種類の白化してしまったサンゴを、さまざまな角度から比較・分析しました。

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すると、白化の原因に関わっていると考えられていた体内の褐虫藻は、同じタイプのものであることがわかりました。
そこで注目したのは、サンゴの体内にいるバクテリアです。
「Endozoicomonas(エンドゾイコモナス)」というバクテリアが、白化しなかったサンゴの体内に、多いことがわかったのです。

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中野さんは「バクテリアに何かが起こっている。それが白化の強さ弱さに関係がありそうだ、ということが今回分かってきました。白化しないメカニズムには分からないことが多い中で、小さいですけれども貴重な一歩だと考えます。このバクテリアの働きをさらに調べることで、白化対策に応用できるかもしれない」と話しています。

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サンゴ礁再生へ

白化しないサンゴの生みの親、金城さんは、今後このようなサンゴの数をさらに増やすことで、ふるさとのサンゴ礁を再生させたいと意気込んでいます。
「僕が子どものころ潜っていた沖縄の海は、今で言えばフルカラーハイビジョン。でも最近潜ったらモノクロになっているんだ。でもね、海の生き物をしっかり観察して大事にしていると、生き物は応えてくれると確信できた。夢だけど、温暖化に勝っちゃいたいよね」金城さんは笑顔で話しました。

サンゴの白化を食い止める有効な手だてが無い中で、白化しないサンゴの誕生と、さらにそのサンゴから白化のメカニズムに関係があると見られるバクテリアが見つかったことは、これまでに無い研究成果だと言えます。
今後、研究を進めることによって、世界中に約800種類あるとも言われるサンゴの多くに、白化しないサンゴの研究成果が応用できるかもしれません。

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一方で懸念もあります。人の手で作り出した特異な能力を持つサンゴを、海へ移植することでの自然への影響はないのでしょうか。
国立環境研究所の山野博哉さんは「その場所にもともといない種類のサンゴを移植すると、生態系を壊すことにつながるので、移植場所や種類を選ぶ際には、慎重に判断しなければならない」と指摘する一方、「強い個体が生き残るのは、自然界でも当然起こっていることなので、本質的な問題はない。
温暖化が急速に進む今、白化対策は時間との戦いで、高水温でも白化しないサンゴを増やしていくことは大きな意味がある」と話しました。

“希望の光”となるのか?

白化現象については、まだ研究が始まったばかりで、わかっていないことが多いのが現状です。
白化現象という待ったなしの課題に立ち向かうためには、私たち一人一人が、地球温暖化など環境問題への対策に取り組むことが前提です。そのうえで、より詳細なメカニズムの研究と同時に、養殖技術を確立するための体制を整えていくことも欠かせません。国や自治体、研究機関などが広く連携することで、サンゴ礁の再生や保全につなげていく必要があります。

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    Cameraman’s Eye 白化しないサンゴ

横山真也
沖縄放送局
横山真也 カメラマン