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セルフ・ネグレクト 知ってください

セルフ・ネグレクト。専門家の間では「客観的に見て、医療や介護などの生活支援が必要な状態にあるのにもかかわらず、それをみずから拒否すること」とされています。そのセルフ・ネグレクトの先には何があるのでしょうか?いつの間にか家が「ごみ屋敷」になってしまう。あるいは、「孤立死」につながってしまう。そんなおそれがあります。
なぜセルフ・ネグレクトになってしまうのか?当事者の思い、地域を挙げて取り組んでいる対策を取材しました。

ある家族の死

去年11月、岐阜市の住宅で70代の夫婦と40代の息子の遺体が見つかりました。死因は病死か餓死と見られています。
この親子は、セルフ・ネグレクトの状態に陥っていた可能性があります。

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3人は極めて不衛生な住環境、いわゆるゴミ屋敷で生活していて、父親には認知症と見られる症状がありました。
支援が必要な親子がいるという周辺の情報から、岐阜市から委託を受けた地域包括支援センターが、介護サービスの利用を促そうと何度も訪問しましたが、会えたのは2回だけで、その際も「今は必要ない」と支援を拒んだということです。

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なぜセルフ・ネグレクトに?

何がきっかけで、セルフ・ネグレクトに陥るのか、かつてセルフ・ネグレクトを経験した60代の女性に話を聞くことができました。
女性は、就職、結婚そして離婚を経験したあと、父親と2人で生活していました。
趣味は映画をみることや喫茶店でコーヒーを飲むなどで、いわゆる“普通”の生活をしていました。

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ところが、認知症を患った父親の介護に追われるうちに周囲との交流が途絶え、10年前に父親を亡くしたショックや持病の糖尿病が悪化して視力が低下したことで、外出を控えるようになりました。
このころから、ゴミ出しや買い物ができなくなり、家はゴミであふれ、近隣の住民からも苦情が出るようになりました。
女性が住んでいた地区の地域包括支援センターの職員が定期的に自宅を訪問して、医療サービスを勧めますが、本人は深刻な状況という自覚がなく「必要ない」と拒み続けました。
とうとう女性は2年前、自宅のなかで倒れてしまいます。
地域包括支援センターの職員が粘り強く毎日のように通い続けていたため異変に気づき、病院に運ばれましたが、発見が遅れれば命を失いかねない状態でした。
今はセルフ・ネグレクトの状態から回復し、東海地方の介護施設で暮らすこの女性は、「生きていることに感謝しています」と話していました。

誰でも起こりうる

女性のように病気になったり大切な家族を失ったりするなど、誰にでも起こりうることがきっかけでセルフ・ネグレクトに陥る可能性があります。
その際の心境も、周囲に迷惑をかけたくないという「遠慮や気兼ね」、人に頼りたくないという「プライド」、生活を見られたくないという「恥ずかしさ」など、人によってさまざまです。

出せないSOS

専門家はセルフ・ネグレクトに陥っている人は、自分はセルフ・ネグレクトだという自覚がなく、みずからSOSを出さないため、多くの事例は埋もれているとしています。

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内閣府が6年前に全国の市町村に調査した結果、セルフ・ネグレクトの状態の人はおよそ1万1000人と推計されています。しかし、当時は4割の市町村が回答せず、しかも、同じような調査はその後行われていないため、専門家は、実際にはもっと多くの人がセルフ・ネグレクトになっている可能性があると指摘しています。

支援態勢も不十分

こうした状況の中、行政側だけで対応するには限界もあります。
取材した、ある地域包括支援センターの例で見ると、生活保護や介護支援など通常の相談だけで、年間3000件の対応に職員8人であたっています。
ほかの地区の地域包括支援センターを見ても態勢に余裕はなく、みずから声をあげないセルフ・ネグレクトの人に対応するのは簡単ではありません。

異変を感じたらすぐ通報 ある自治体では

こうした中、行政と地域が一体となって社会からの孤立を防ぐための取り組みを行っている自治体もあります。

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岐阜県多治見市は2年半前、新聞販売店や保険会社など86の事業所が、市の呼びかけて「孤立死ゼロ虐待死ゼロのまち協力隊」を結成しました。
協力隊は日々の業務の中で、住民の異変を感じたらすぐに市に通報します。

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このうち新聞配達の男性は新聞受けに新聞が何日分もたまっているのに、窓から明かりが見えたことを変に思い、市に通報して、家の中で意識を失っていた男性の命を救ったことがあります。
この協力隊と市との間で結んだ協定書には「もし通報内容に間違いがあっても、協力隊に責任はないものとする」と記されています。
これによって協力隊のメンバーは、ためらうことなく通報することができるということで、結成から2年半の間で3人の命が救われたということです。

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社会全体で支援する仕組みを

今後さらに高齢化が進み、1人暮らしの世帯が増えることが予想される中、セルフ・ネグレクトの人もますます増えるおそれがあります。
行政はまずは詳細に実態を調べることが必要ですし、私たちも身近な問題と捉え、例えば近所のお年寄りに積極的に声かけするなど、社会全体で支援できる仕組みを作っていくことが必要なのではないでしょうか。

小尾洋貴
岐阜放送局
小尾洋貴 記者