家系探し本舗

家系図などから自分のルーツなんか判ると良いと思いませんか!
 

2013年09月25日

清和源氏満政流の浦野氏の一族@

葦敷氏(アシキ)は尾張葦敷より起こる。

尊卑分脈に

満政五世孫浦野重遠---重頼(葦敷二郎)---重高---重行、及び重高の子重能とある。

和田系図には

満正三世孫重遠---重實---重頼(葦敷太郎)---重高(葦敷太郎)---重行(佐渡太郎)、
重高の弟重助(次郎)、重能(三郎)、重正(四郎)とある。

源平盛衰記に

葦敷次郎重頼、其の子太郎重助、同三郎重隆及び葦敷太郎重澄とある。

又東鑑には

三郎重能を重義としている。


生津氏(ナマヅ)は美濃國本巣郡生津邑より起こる。

浦野葦敷氏の族である。

清和源氏系図に

経基---満政---忠重---宗重---定宗---重宗---重實---重遠---重頼---重助
とあり、重助・この氏の祖である。

尊卑分脈もこれに同じで、

満政七世孫重頼---重助(生津二郎)とある。

又新撰志生津村條に

生津二郎重助は、分脈系譜に、治部少輔満政(満仲の弟)の子孫・多く尾張美濃に住み、其の六代の裔孫浦野四郎重遠の二男葦敷二郎重頼の長男重助・生津二郎とある。

重助の祖父重遠は、佐渡源太重實の子で、生國美乃國、住國は尾張國浦野也と、同系譜に見られる。

彦坂氏は美濃國山縣郡彦坂邑より起こる。

尊卑分脈に
満政七世孫(河邊)山田先生重直---重親(彦坂冠者)---承聖(延暦寺、少僧都)---重源(寺、辨房)、其の弟親民(宜陽門院蔵人)とある。

又中興系図に

彦坂・清和、浦野太郎重直の男冠者重親・之を称すとある。

子孫は寛政呈譜に

蔵人重親・山縣郡彦坂邑に住し家号とする。

重親三代辨房重源の男左衛門尉重光より三代左衛門宗重・親鸞上人の弟子となり、是より代々下間を称し、重清に至って彦坂に復すとある。

高田氏は尾張発祥

尊卑分脈に

満政六世の孫河邊冠者重直(尾張國河邊庄)---重宗(高田三郎)---重慶(大和房)---重定(高田掃部助)、其の弟重行(法名蓮生)とある。

又和田系図に

重直---重定(高田冠者)とある。

平野氏

尊卑分脈に

満政八世孫高田三郎重宗---柏合冠者重朝(承久云々)---重季(平野冠者、或るに重秀)とある。

中興系図には

平野・清和、浦野太郎重直四代冠者重秀・之を称すとある。

白川氏は美濃尾張源氏で、

尊卑分脈に

満政六世孫・河邊冠者重直の子重義(白河四郎)---重廣(同二郎)とある。

中興系図には

白川、清和、本國山城、浦野太郎重直の男・鏡冠者四郎重義・之を称す。

鏡氏

武家系図に

鏡、清和、白川孫太郎冠者重直男、四郎冠者、重義称之とある。

加茂氏

和田系図に

佐渡源太重實---山田先生重直---重茂(加茂六郎)とあり、満政の流である。

分脈には

重實---浦野四郎重遠---山田先生重直---右兵衛重長(賀茂六郎、平家の為に討たれ了る)---重秀(足助冠者)---重朝とある。

和田系図には

重長・加賀見冠者とある。
posted by 五郎右衛門 at 18:52| あ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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