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メアドをハッキングしたやつがいるね

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月19日(日)06時52分50秒
  ▼▼▼▼▼▼
Windows


時刻:  昨日、23:44
場所:  日本, 東京都新宿区
ブラウザ:

Firefox 26.0

IP アドレス:  107.168.70.211
▲▲▲▲▲▲

これってひょっとして掲示板を撹乱してるやつのIPなんですかねぇ?

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

情報係さんへ

 投稿者:eco◆Smw69  投稿日:2017年 2月19日(日)05時58分54秒
編集済
  >>退職後の告白であって学会のスパイでも何でもありません。

そりゃそうでしょうよ 公安サイドも
彼が その調査対象にもなっている 創価学会の信者だというのを承知の上で採用していたわけですから
創価学会のスパイではありません。


よくよく考えてみてください 公安はリストに載せている団体に所属している人物を
平然と 公安職員として採用し調査を行わせるでしょうか?

そんなことをやったら どうなりますか?
報告書一つで 恣意的に対象から外したり 矛先を変えたりすることも可能になり
正確な情報が一つも得られない問題が発生するんじゃないでしょうか?

まさか 公安はその事を想定していなかったほど鈍感な組織なのでしょうか
お人好しだったのでしょうか 素人からみても「危機管理の甘さ」を感じざる負えません。

従って ありえない話なので 文脈として支離滅裂の一面が否めないんですよ
どうしても


あと 地下鉄有楽町線の話でも出てきた話題だったのですが
公務員には守秘義務が課せられていて 退職後も守らないといけないはずで
まして元公安職員となると 問題があるようにも思えますね
 

島袋氏の本をよく読んでから質問して下さい(大汗)

 投稿者:情報係  投稿日:2017年 2月19日(日)05時29分35秒
編集済
  彼の本は、退職後の告白であって学会のスパイでも何でもありません。

我々が注視しなければならない事は、捜査権が警察に委ねられると言う事です。国家権力が変貌する時、その警察は左側の方から言えば「暴力装置」となり、戦前の憲兵隊のような存在になるという事です。

刑事事件として立件出来る、または成立要件があれば共謀罪として被疑者を拘束する、または訊問する権利を行使出来ることになる。共謀か否かの判断も警察権力の行使によるわけです。いくら条文に憲法解釈を挙げてみたところで、冤罪有り、狂言訴訟有り、自白強要有りの世界ですから、どこまで歯止めがこんな文言で効くのか疑わしいところです。

昨今の自白強要問題にも連なる話となり、検挙競争を闇で行う警察官僚体質は、ドラマにもなり本にもなっています。

 

破防法の条文をよく読んで考えてみてください

 投稿者:eco◆Smw69  投稿日:2017年 2月19日(日)05時11分19秒
編集済
  破防法の第一条から第三条までは「但し書き」として
日本国憲法に規定されている、基本的人権を脅かすような支障をきたしてはいけない・・という趣旨が書かれていて
意外ですが ネガティブリストを設定していますね
たしかに破防法も濫用すると日本国憲法を反故してしまう形になってしまいます
何せ セクトにも人権がありますからね

従って、共謀罪も第一条から第三条の条文が適用されるかと 個人的には思われますし
この条文がないまま成立してしまうと、おそらく司法サイドから違憲の判決が出てしまう可能性はありますよ。

参考に 破防法の第一条から第三条を そのまま引用させていただきます。


--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
(この法律の目的)
第一条
この法律は、団体の活動として暴力主義的破壊活動を行つた団体に対する
必要な規制措置を定めるとともに、暴力主義的破壊活動に関する刑罰規定を補整し
もつて、公共の安全の確保に寄与することを目的とする。

(この法律の解釈適用)
第二条
この法律は、国 民 の 基 本 的 人 権 に 重 大 な 関 係 を 有 す る も の であるから
公共の安全の確保のために必要な最小限度においてのみ適用すべきであつて
いやしくもこれを拡張して解釈するようなことがあつてはならない。

(規制の基準)
第三条
この法律による規制及び規制のための調査は、第一条に規定する目的を達成するために必要な最小限度においてのみ行うべきであつて
いやしくも権限を逸脱して思想、信教、集会、結社、表現及び学問の自由並びに勤労者の団結し
及び団体行動をする権利その他日本国憲法 の保障する国民の自由と権利を不当に制限するようなことがあつてはならない。


2  この法律による規制及び規制のための調査については、いやしくもこれを濫用し
  労働組合その他の団体の正当な活動を制限し、又はこれに介入するようなことがあつてはならない。

--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------




情報係さん
デマとまでは断定はしませんが 仮に創価が公安の対象になっている中
公安が目をつけるような団体に、その団体に所属する公安の職員が潜り込んでいる事は
筋として、おかしくないですか?
そんなことをやったら、公安にスパイを送り込む形にもなるわけですから
それこそ公安は鴨がネギしょって「僕を鍋にしてください」・・と懇願しているようなもので
創価としては思うツボだし 公安の危機管理に対する甘さも露呈してしまいます

おそらく そのことによって カンタンに公安が乗っ取られるか
分裂して公安同士の抗争が発生するんじゃないでしょうか?
従って その話には注意すべき点があるようにも思えます。

ちなみに オフレコでしょうけれど 親類等も含め共産党に関わった人物は警察官としては採用されない・・・と
元兵庫県警の警察官で交番の闇を書いた 松本均【まつもとひとし】さんが
まだ辻元清美が議員になる前の頃の対談の中で話していたことを覚えていますか?
もっとも それらの本が出版されたのが 何故か第三書館なので 注意が必要なものの
しかし「危機管理」という側面で考えた場合は必要な事項なので、否定ができず
従って 共産党と同じ道理で 本来ならば 創価学会に所属しているだけで警察官の道は閉ざされてしまう可能性も否定ができませんが
しかし 現実には、共産党とは違い そうはなっておりませんよね

http://

 

おはようございます。

 投稿者:幸せな人  投稿日:2017年 2月19日(日)04時59分55秒
  蘭夢様、そう、先生はもう一度組織を創り直そうとしたかった様な感じの話をされたこと有りましたね。比較的晩年だったと思いますが、もう一度つくるとなると大変なんだよ。と独り言のように仰っていました。
    私はその言葉を聞き今の状態を納得されていないと思いました。

    あらゆる多次元の戦いをしてきたと仰っていたときも、蘭夢様の言うギリギリの戦いを。一番近くにいる悪い人をも救いきりながら大聖人の様に自分の命を狙う敵の生命をも大切に包み込み、善に変革させながら生ききってこられました。ありがたいです。

あっさりと人類の宝のアーカイブを廃棄しようとするのかわかりません、私も本会場に参加されたかたに聞いてみたいと思います。奥さんも何回か参加したことあるみたいですが、今のところ三井婦人部長が壇上からレイを会員さんにかけようとして先生におもいっきり叱られてた位しか覚えてませんでした。(>_<)

なぜ人類の宝のアーカイブを廃棄しようとするのか、事の重大さにきづいていらっしゃらないのでしょうか?

それでは、本日もいざ仕事へ。
 

希望の光

 投稿者:リボンの騎士  投稿日:2017年 2月19日(日)03時33分5秒
  蘭夢さま
思い出してくださって有難うございます!希望の光が見えてきました。今の信濃町がいつか清浄になる日は来る?清浄になって欲しくて、今までいじめられても頑張ってきたんだけれど、でも100年はかかりそう、、、。それだったら、第二創価学会が出てきたら本当に、本当に嬉しいです!とか書いたら、また悪の幹部様がこの板にやってきて荒れそうですけど。今の信濃町に 先生の作られた学会はリボンには感じられません。日興上人が身延から出られた時は、どうだったんだろう?日興上人は現代風に言えば、第二の学会を作られたという言い方もできますよね。
 

第2創価学会、第3創価学会

 投稿者:蘭夢  投稿日:2017年 2月19日(日)02時30分51秒
  信濃町の人びと様の呼びかけで、ある事を思い出しました。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64458

本当にたった、1分~2分、否、もっと短かったかも知れません。

自分自身、夢だったかも知れないと思うほどです。

「第2創価学会、第3創価学会」という事を誰か、記憶している方は、おられるでしょうか。

先生の同中でのスピーチです。

かなり昔です。当時は気になっていましたが、年月も経ち記憶も、かなり薄れています。

でも、確かに先生の言葉として僕は聞いた。
「第2創価学会、第3創価学会」と。


「ともあれ、広宣流布が進んでいくと、第2創価学会、第3創価学会というものが、出てきても、まったくおかしくはない。」

僕は、雷に打たれたように驚いた。今、先生は何といった?
聞き間違い? 否。確かに「第2創価学会、第3創価学会」と言われた。

一呼吸おいて、先生は
周りを見渡しながら
「どうだ、作ってみるか」と

何を言っている? これはジョーク? それとも何か試しているのか?
僕の頭の中は、困惑で思考がグルグルと・・・

先生は、さらに
壇上に語気を強めて「どうだ」、また会場に「どうだ」と、

空気が、時間が一瞬止まったようだった。
会場の誰もがノーリアクションだった。

全てが止まっている、その一瞬、先生は遠くを見つめるように、そして、とても寂しそうに見えた。

そして、先生は原稿のスピーチを続けた。
「戸田先生と、私の二人で作り上げた学会だもの、仏意仏勅の学会だもの」
「二度と作れません、こんな組織は」
「何があっても、びくともしません。尊い仏子の集まりなんだから・・・」
この後、先生は、さらに組織の大切さ、唯一ということを強調されてスピーチをされた。


仏意仏勅、唯一のはず、なのに先生は「第2創価学会、第3創価学会」と言われた。
その時、話されたスピーチは、全体的には、組織を宣揚するものだった。
けれど、「第2創価学会、第3創価学会」とおっしゃった、その瞬間だけが、まるで別物のように違う時間だった。

僕は、さらに気になっていることがあった。
「どうだ、作ってみるか」との言葉。

僕には、「どうだ、一緒に、作ってみないか」と聞こえた気がしたからだ。

でも、そんなことを言うはずがない。だから「どうだ、作ってみるか」と書いた。

僕は、「一緒に」と言われたかどうかが気になり、帰りに同席した先輩に聞いたが、まったく覚えていなかった。
そんなこと言われたかなぁ・・・という返答。

日を改めて、僕は確認しようとしたが、「第2創価学会、第3創価学会」と言われた、そのシーンは無かった。
あれ、無い?
もちろん、聖教新聞には、載るはずもない。

夢でも見ていたんだろうと、忘れていた。

だが、色々な事を、知るに至った今、もしかして、あれは、やはり記憶違いでなく、現実だったかも知れない。

だから、僕の記憶違いのガセかも知れないけれど、記憶の断片を信じて、思い出して書いてみました。

もしかしたら、まだまだ、先生の隠された本当の闘いを、我々は、わかっていないのかも知れない。

つい、こんな妄想をしてしまう。
魔の巣窟状態で、素手で、権力と闘い、ぎりぎりの攻防の中、獄中から看守の目を盗むように、激励のスピーチをされていたのではないか。智慧を巡らし、魔王の油断を突き、人間革命がむずかしいなら、随筆に真実を書こう。
そんな、ぎりぎりの闘いをされていたのではないのか

視点を変えて、もう一度、先生のスピーチを読み返えす必要がありそうだ。
 

池田先生の女性に贈ることば365日より

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月19日(日)01時21分53秒
  二月十九日

子どもが起こす問題行動は、何か意味がある。
子どもの心が発するシグナルです。

心のどこかがおかしくても、子どもは、それをうまく
表現できない。また、自分でも
よくわからないのが実際でしょう。

子どもの行動の意味を理解し、対応してあげることが
必要なのです。子どものシグナルに気づくためには、

心が子どもの方を向いていなくてはいけません。
 

師弟不二アーカイブより 【全集未収録スピーチ(聖教新聞 2006.5~2010.4)に思う ②】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2017年 2月19日(日)00時38分49秒
  【投稿者:無冠 投稿日:2016年10月29日(土)00時59分27秒】

全集未収録スピーチ(聖教新聞 2006.5~2010.4)に思う ②


池田先生は、「池田大作全集」が150巻で完了する旨、
全集未収録スピーチ(聖教新聞 2006.5~2010.4)の中でも了解されていらっしゃいます。

従って、当該スピーチ(全集未収録分・聖教新聞 2006.5~2010.4)が
「池田大作全集」に掲載されない事は、先生ご自身がご存じだったと推測されます。

その際、中枢幹部が151巻以降の増巻による当該スピーチ(全集未収録分・聖教新聞 2006.5~2010.4)の全集収録を先生に進言すれば、先生のご了解はあったかもしれません。

私は、池田先生が重要なご指導である当該スピーチ(全集未収録分・聖教新聞 2006.5~2010.4)の全集への掲載を指示されなかった事に着目しています。

ほぼ同時期、聖教新聞に掲載された
『随筆・人間世紀の光(2004.1.6~2009.12.29)』は全章

『池田大作全集(135巻-139巻)』に掲載されている事を考えれば、
当該スピーチ(全集未収録分・聖教新聞 2006.5~2010.4)の未収録は、
相応の深い意義が込められているものと思います。


もし仮に、151巻から当該スピーチ(全集未収録分・聖教新聞 2006.5~2010.4)
の追加収録がされていたとしたら・・・。

私は、当該スピーチ(全集未収録分・聖教新聞 2006.5~2010.4)
の存在自体に気付かず、内容についても熟考しなかったのではなかろうか。


先生は、当該スピーチ(全集未収録分・聖教新聞 2006.5~2010.4)の随所で

『傲慢な最高幹部』の出現を予見し、弟子にその悪と戦うよう命じています。

傍観するなとも明言されています。


『傲慢な最高幹部』自身にとって、
当該スピーチ(全集未収録分・聖教新聞 2006.5~2010.4)の普及は不都合であるが故に、
隠蔽しているのでしょうか。

更には、全集収録済スピーチの普及版なる書籍を重複出版することで、
当該スピーチ(全集未収録分・聖教新聞 2006.5~2010.4)の存在を隠そうとしているのでしょうか?


だとすれば、『傲慢な最高幹部』は、全く知恵のない愚か者ということになります。

隠すのなら、先生の膨大な量のスピーチの中に一緒に収録すればそれで良かったのです。


そうであれば、私の様な者が当該スピーチ(全集未収録分・聖教新聞 2006.5~2010.4)
の存在に気付くことも無かったのです。

未収録であるが故に、クローズアップされ、その指導の重要性に気付き、
指導内容と現実との一致が誰の目にも鮮明に浮かび上がるのです。

師匠池田先生が、『未来の為に明確にしておく(趣意)』とのご指導です。

不二の弟子として戦うべき方途が、当該スピーチには示されています。

池田先生のご指導どおりの実践行動を積み重ねていく事が、
『54年問題の本質』に迫る事にも通じるものと確信いたします。
師匠の大事な当該スピーチ(全集未収録分・聖教新聞 2006.5~2010.4)
を創価の現場で大いに宣揚致しましょう。これが本当の師弟不二であると確信します。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=12109
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 2月18日(土)23時43分22秒
  今晩は
皆様
ありがとうございました
先生、皆様方が健康であります様に
おやすみなさい
 

考えすぎ・・・・かな?

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月18日(土)23時06分59秒
編集済
  審議中の「共謀罪」未だ具体的内容もできていない中、自公はなんとか成立させたい思いに満ち満ちているようだ。

法案成立を望むものではないが、もし、成立したとして、こんなことになったら・・・・

「国民の幸福のため、また民主政治を守るために、自公連立政権が国民に奉仕している中、公明党の支持母体である創価学会の中で一部の教条主義者がインターネットを通じ、創価学会執行部の宗教活動に異論を唱え、反執行部の立場を明確にしている。この一部の連中が誤った教条主義から、国民に多大な迷惑をかける集団に変化する恐れがあるため、ネット上の監視を行い、また、投稿等を行う者には、聴取を行う」


なんてことも平然と行われるコトになるのでは・・・・・?

権力の側に立つ者は、常にその地位を守ろうとする。そのためには、都合の悪い人、団体、集団にはレッテルを貼り付け、印象操作を行い、排除しようとする。歴史の事実である。

こんなことにならないように祈ります。(苦笑)
 

同盟題目23時より開始します!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月18日(土)22時53分27秒
  よろしくお願い致します。
任意参加です。
池田先生のご健康を祈ります。
 

公安警察管理下の集団・結社に関わる件

 投稿者:情報係  投稿日:2017年 2月18日(土)22時45分37秒
編集済
  破防法の適用対象集団・結社については、
日本共産党が今も、その管理下です。

その昔、創価学会も調査対象になっていました。
反共の砦、日本国は米ソ対立の渦中に有り、当然のなりゆきだったのです。

「公安警察スパイ養成所   島袋修著」学会員の彼が書いた当時の公安警察管理下の対象集団を読んでみて下さい。

近年では、オウム真理教と今も残る残存集団。
では、創価学会は?君子豹変する時までは対象でした。
皆さんはどう思いますか?

権力側になっている場合は、この板が「共謀罪」の対象となり、徹底的に調べ上げて叩くというのが本意ですね(苦笑)
 

カンピースさま

 投稿者:eco◆Smw69  投稿日:2017年 2月18日(土)22時12分35秒
編集済
  まだ適用された団体はございませんが 「血のメーデー事件」をきっかけに
治安維持法に準じた「破防法」というのが成立して施行されており 既に、かの悪法が存在しているわけです
また人間革命にも その事件が発生するまで 世論は治安維持法の再来だと思って 反対していた人が多かったものの
血のメーデー事件後 それまで反対していた人たちが モラルパニックになって
賛成に回ってしまい形成が逆転してしまった事などから
血のメーデー事件自体が 政府主導で行ったのではないか?という推測が書かれていましたけれどね

【参考】破壊活動防止法http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S27/S27HO240.html
    血のメーデー事件https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%80%E3%81%AE%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%BC%E4%BA%8B%E4%BB%B6
   eco eco五座三座 第一回記事http://namassaddharma.sokushinbutsu.com/topics/10H1718/0820061213.html
?

http://

 

「共謀罪」について思う

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月18日(土)21時33分41秒
  ツイッター情報、公明漆原氏、テロ等準備罪について、「早く成立することが望ましい」と発言。


小生は法律に関しては素人である。しかし、そんな素人でも、昭和刑法上、最悪の法と言えば「治安維持法」であると思う。
また、この意見には異論をはさまれることもないであろうと思う。

学会員であればなおさらだろう、牧口先生を獄死させた法律である。恩師を偲ぶのであれば、これほどの悪法はない。

現在、審議中のテロ等準備罪(共謀罪)、当初は一般の国民には対応しないとのことであったが、いつの間にか一般国民にも対応できるという
見解をしめしている。明らかに、昭和刑法上最悪の法、治安維持法の再来ではないだろうか?
治安維持法も成立当初は一般国民は対象にしていなかった、しかし戦局が進むにつれ、国民の声を弾圧する悪法に変じている、これが歴史である。

そんな法律に対して、創価三代会長を永遠の指針としているハズの混迷党の漆原議員、一体ナニを考えているのだろう?

適応範囲の数の問題ではない。成立してしまえば自動的に適応範囲は広がるのだ、治安維持法がそうであったようにである。

他の政治家ならいざ知らす、自らの師匠を獄死させた法律を成立させようとしている漆原議員は師敵対ではないだろうか?

法的にどう、とか、審議の内容的にどう、の次元の問題ではない、性根の問題であると小生は思う。

漆原議員に師弟の想いは無い! ハッキリ分かった発言ではないだろうか?

 

十四誹謗!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 2月18日(土)21時24分22秒
   一人のSGIさん

 まず、誤らなければなりません。「十四謗法」は「十四誹謗」の誤りです。ほかの語句ならともかく、この場合は、「謗法」と「誹謗」では意味が全然ちがいますものね。御免なさい。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64657

 >草創期の頃は、この14誹謗は少し違う方向から提示されていたものです。<
 そうですね。草創期でなくても、「誹謗」「謗法」に対しては、ついこの間まで神経質だったものです。私なんか、町内(田舎でした)の祭りにも参加できませんでしたし、修学旅行では京都、奈良の寺の外で待機していました(笑い)。

 次の点は大切ですね。
 「大聖人の仏法の解釈に正邪はあるか」
 あると思います。それが「法門」だと思います。日興上人の時代から始まっています。

 「大聖人の仏法の解釈に正邪がある派とない派の対話は必要か」
 必要だと思います。まっ、しばらくは無理でしょうが。


 「形式の勤行」。これは、むしろ「勤行の形式」とすべきでしょうか(笑い)。
 おてもやんさんは、きっと、言いたいのだと思います。「基本的な用語はきちんと説明できるようにしなさい」「聞かれてあたふたするようではいけません」「基本を押さえ、その上で自分の意見を述べよ」ってね。一人のSGIさんはまだましだから、直言があったのでは!?私らは、それ以前の問題(笑い)だと。


 

謎の弟子X様

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 2月18日(土)21時21分1秒
  分かりやすい解説、ありがとうございます
「執筆の為」の辞任は、自分も納得いかないです

先生が、辞任される前に、先生の御書講義集が宗門からの指示で「回収」されたと聞いています
「人間革命」も中断していたそうです
その状況で「執筆の為」に辞任というのは、考えにくいです
先生が、辞任された54年から復活宣言されるまでの2年間に執筆された本等は、あったのでしょうか?
また、この時代の先生の御指導は、出版されているのでしょうか?
どなたかご存知の方がいらしたら、ご教示下さい
このままでは、自分的には「執筆の為」の辞任は「???」です
 

池田先生の女性に贈ることば365日より

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月18日(土)21時20分56秒
  二月十八日

年齢ではない。環境でもない。心である。

人生は心ひとつで、いつでも、どこでも、

最高に輝かせることができる。
 

池田先生の女性に贈ることば365日より

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月18日(土)21時15分53秒
  二月十七日

かけがえのない一生である。

大切な、尊き自分自身である。
将来に悔いや、心のかげりを残すような
青春であってもらいたくない。

最後の最後に「私は幸福になった」
「私は本当に満足だ。勝った」

と笑顔で言える人生のための青春時代で
あっていただきたい。
 

脳の90%をなくしても生きられる?

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 2月18日(土)20時33分29秒
  また、また、不可思議な生命のニュースです・・

https://jp.sputniknews.com/science/201702183354576/

54年問題とは関係ありませんので・・あらかじめ

ただ、仏法者として見逃せないトピック・・

仏法対話にも使えます・・(使い方は各々研究です・・)ペンギン
 

カンピースさまのおっしゃる通り

 投稿者:情報係  投稿日:2017年 2月18日(土)18時52分53秒
  創価学会の会長は、三代で終わり。

その後の会長はゴミカスであると言う事です。
これを覆すために、会則前文を設けて、やたらと権威付けをして体制維持を目論んでいる。池田先生無き創価学会を標榜する昭和54年と瓜二つです。

宗門の権威を怖れ、池田先生に嫉妬心を燃やしていた牧口・戸田門下も加担して『池田追放!!』

今は、政権政党の後援者団体と成り果て、毒まんじゅうをたらふく食べさせられてブヨブヨの事務体制護持と社会的名声維持に汲々とする。後戻り出来ない地獄への一本道をひたすら突き進むケダモノの道。会長以下、本部職員・外郭職員、よせば良いのに役職好きで高位に居るために付き随うしか立場が無いアイヒマン地方幹部、みなさん、ごく近い将来にどん底に堕ちていきます。

それは、嘘と保身と虚偽の世界を好んで生活してきた結果です。誰のせいでも無い、あなた方が池田先生を追放し、辱め、その思想を足で踏みにじり投げ捨てて、頂いた揮毫も恩も全て今世の自らの名誉・保身と財力のために捨て去った事に端を発しています。既に手遅れなのです。
 

臨終の時

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 2月18日(土)18時36分44秒
  嫉妬や自分のやった悪事を隠すため真面目な会員さんを虐めたり、ほかしたり・・

解任したり、除名したりすれば・・間違いなく、その幹部は・・・

まさに、臨終を御覧じろです。

 

死後の世界は存在する?・研究結果

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 2月18日(土)18時01分30秒
  世界最大規模で行われた研究・・

<54年問題とは少々外れますので?・興味ない方はどうか飛ばしてくださいませう>

4年間にわたって世界の15の病院、2060の臨死体験者を元に行われた研究結果・・

https://www.sciencedaily.com/releases/2014/10/141007092108.htm

臨死している間に見たものは、蘇生後、記憶からほぼ消えるそうです・・

英文ですが、グーグルの翻訳でほぼ正確に翻訳?・日本語で読めます。

グーグルの人工頭脳翻訳能力、日々磨きがかかっています?・驚き・・

地獄の命?・で逝ってしまえば・・どのくらいの期間、苦しむか計り知れません。

裏切り?・これが、一番酷い・・・

五逆罪?・恐ろしい~

やはり、成仏?・綺麗な命のまま、仏の生命のままで・・・






 

思い出した!

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 2月18日(土)15時58分33秒
編集済
  同時放送で、先生は
「(宗門への謝罪文)あれは私が書いたのではない
私は、知らなかった」
と言われた事がありました

辞任の前年の11月
聖教新聞に先生の顔写真付きで「謝罪文」が掲載されたそうです
しかし、それは「先生が書かれた」 のではなかった
「掲載される」事も知らなかった
と先生は同時放送で言われました
同時放送で話されていたので、たくさんの人が聴いていると思います
(記憶違いでしたら、どなたか訂正お願いします)

先生の「了承なし」で先生の顔写真入りで「謝罪文」が聖教に掲載された
しかし、既に「聖教」に掲載されているので、
先生も、「撤回」出来なかった
と言うこと?

もし、そうだとしたら?
なんだか、似ていますね…笑



 

54年問題から幾星霜・・・そして今!

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月18日(土)15時22分6秒
  54年当時と今がいかに似通っているか、「随筆、新・人間革命」から学んでみたいと思います。

私は思った。
宗門と結託した学会錯乱の悪辣なペテン師達は、これで大成功したと思い上がったにちがいない。
彼らは「これで、計画は着々と準備通りに進んでいる。これでよし!これで完全勝利だ」と計算し、胸を張っていた。

その陰湿さと傲慢さが、私には、よく見えていた。私は狡賢き仮装の連中の実像を、その行動から見破ることができた。

この陰険極まる狡猾な連中には、断固として従ってはならない。いかなる弾圧を受けようが、「忍耐即信心」である。

学会は蓮祖の仰せ通りの信仰をしている。死身弘法の実践である、柔和な忍辱の衣を着るべきである。
学会に敵対する彼らは蓮祖の姿を借りて真実の仏の使いを道具にし、利用し、破壊しているのである。

これが恐ろしき魔性の荒れ狂った現実の実態であった、あまりにも悲しく、あまりにも情けなかった。
本来、宗教は人間の幸福のためにあるものだ。それが坊主の奴隷になり、権威の象徴の寺院・仏閣の下僕になってしまうことは、根本的に間違いである。
(随筆、新・人間革命80、昭和五十四年五月三日、獅子となりて我は一人征くから引用)


「蓮祖」を池田先生、「坊主」を執行部に置き換えて読んでみたらいかがでしょうか?

先生の名前を使い、改竄しまくったものを発表する。先生の名前を利用して、会員を真実の仏の使いから、
単なる集票マシン、集金マシンに仕立て上げている、まさに破壊そのもの。
大誓堂詣でを推奨し、執行部の権威の象徴の下僕にしようとする。まさに当時のままではないでしょうか?
 

先生のスピーチ(2008年)②

 投稿者:匿名希望  投稿日:2017年 2月18日(土)15時13分13秒
  【創立78周年記念最高協議会でのスピーチ 2008-11-14】

 牧口先生は、よく語っておられたという。

 「人生には、何回か、必ず試練の時がある。その時が一番、大事である。そういう時にも、生きて、生きて、生き抜くのだ。
 弱気を出してはいけない。そうすれば、必ず、人生の春が来る」

----------------

 山岡荘八氏は小説『徳川家康』の中で綴っている。
 「人間は、健康でありすぎたり、得意すぎたりする時にも警戒を要するのだが、疲れたおりの消極性もまた厳に戒めなければならない」

 もちろん、疲れた時に休養を取ることは大切だ。しかし、心まで退いてはしまってはいけない。

----------------

 私は戸田先生の指導を大事に記録し、残してきた。
 まだ、カセットテープさえない時代である。学会本部にも、十分な機材はなかった。

 私は自分で録音用の機材を手配して、後世のために、先生の教えを記録した。そういう弟子だった。妻も戸田先生の指導を筆記して残した。

 一つ一つの戦いが、どれほど大変だったか。何もないところから、すべてをつくりあげていったのである。
 こうした苦労も知らないで、できあがった組織のうえに乗っかって、威張る。自分は特別だとカン違いして、ふんぞり返る。そんなことは絶対にあってはならない。

【創立78周年記念最高協議会でのスピーチ 2008-11-14】
 

Twitterより。あれ?やっぱり「新・人革」「大山」の章の書きぶりは変。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 2月18日(土)14時46分27秒
    「当時、学会は隆々たる発展を遂げていた。いわば「絶頂期」である、これからが本当の総仕上げという大事な時期であった。
 その時に、非道な迫害の嵐の中で、第3代会長を辞めざるを得なくなったのである。」
2009-4-14【全国代表者協議会】
池田先生の発言から
 

螺髪さんへ

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 2月18日(土)14時35分22秒
編集済
  お久しぶりです。
しばらく姿が見えなかったので、どうしているのかと思って居たところです。
元気になられた様でよかったですね!

私の投稿へのレスありがとうございました。

 >この「あまり、神経質になってもいけない」という点がこの後の池田先生の指導にあったように記憶しています。
この十四謗法についての留意点ではないでしょうか。「浅深あるべし」「上中下雑の謗法あり」を踏まえてを、
むしろ重点に考えるべきだと思います。<

螺髪さんはいつの入信がわかりませんが、草創期の頃は、この14誹謗は少し違う方向から提示されていたものです。

まず、1~10の「法」に対する誹り、つまり、「謗法」とは全く他宗(邪宗)の事であり、学会教学には全信頼を置いていたので
時代が過ぎていく中で、何かがおかしくなっていると気づいても、それを心の中で打ち消す作業を続けてきたのです。
つまり、学会教学が「謗法」に陥ることは永久にない、だから、疑問をもつことは許されない、、という事です。

次に11~14は、別しては大聖人への誹謗への戒めですが、総じては正法を信じ修行している会員に対する誹謗つまり、「謗人」
でありますが、問題はこれはあくまでも学会教学が正しいとした上での、その信心活動をしている人達に対する誹謗に気をつけなさい
という警戒です。
これが、典型的な14誹謗の解釈でしたし、
たぶん今でも基本的に日本の多くの会員はそう思っていると思います。

しかし、逆に学会教学が「謗法」に陥っていた場合は、その教学に執着する人達に警戒を促すのは、「謗人」には当たらなく、
まさしく「建設的な意見による問題提起」です。
ですから、逆に、それを怠る事が、与同罪に当たる事になります。

しかし、ここまできてしまった学会の現状を見るに、この問題はかなり複雑化しています。

一つは、まず「大聖人の仏法の解釈に正邪はあるか」という問題です。
これはこの国では「正邪はない」というのが公式の結論であり、前理事長は、彼が行う講義の中で、その事を
10年近くもちらつかせてきました。
「正邪はない」「どういう風に解釈してもいい」となると、14誹謗というのは最初からなりたたなくなります。
(しかし、現実には彼らなりの、ある形での信仰はあり、裏ではそれを教えているのですが、、)
教学の勉強を長い間阻害されてきたメンバーは、もう麻痺してしまった状態ですから、そう考えたほうが友好活動をやる上
で気楽です。

2つ目は、では、意見が分かれている(大聖人の仏法の解釈に正邪がある派とない派)の対話は必要か、という点です。
もちろん、私は「必要派」であり理事長以下全員は「必要なし派」です。
私はこれは深刻な、謗法の罪に相当するかもしれないので一刻の猶予もできない、というのに対して、彼らはどうせ「謗法」の罪
というのはないという考えです。
これも、もう勝負は決まって居ます。
彼らのバックには、日本の学会幹部が控えているからです。
前理事長が私にいったことは、自分の考えは、日本からのお墨付きだ、です。

そして、それが本当だったことは、その後の私の多くの体験が物語っています。
「14誹謗に関してあまり神経質になってはいけない」から一人歩きを始め、100歩進んでしまったら、
「14誹謗というものは存在しない」に変貌したのです。
しかもみなさんには知られない内に。


 >「形式の勤行」――むしろ、こちらの方に留意すべきだと思います。<

そうですね。
「信」とは「信頼」の信でもありますから、御本尊を信頼する心をおしえるのが先決でしょう。
御本尊が罰を与える訳でもないのですから(笑)

>おてもやんさんは、拝見していると、自問自答の多い方だと思いますよ。惑わされてはいけません。「問題提起」です。<

話の内容から、きっと真面目な方だと見受けました。
もうメンバーではないとしたら、基本的には、私と同じ立場です。
しかし、信心は続けていこうと思われているのでしょう。
 

大石寺の歴史

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 2月18日(土)12時31分55秒
  誰か私を呼んだ?様

勤行の短縮について   投稿者:誰か私を呼んだ?  投稿日:2017年 2月18日(土)02時58分56秒 http://6027.teacup.com/situation/bbs/64637

勤行の短縮ー大石寺の歴史の資料、ありがとうございました。

歴史を正しく知る中で、物事の本質、又は枝葉が分析できる事はよくあることですね。
コピペして資料として残しておきたいと思っています。

>そこに引用されている日寛上人の「報福原式治状」には、仕事に行く日は、方便自我偈でも三唱でも良いと書かれています。<

この言葉には、日寛上人の在家の信者への理解が伺え、その言葉の裏には、在家の信者に「信心の確立」を指向させたいという深い思いが読み取れると思います。

>「御文に云く此の経を持ち申して後退転なく十如是自我偈を読み奉り題目を唱
へ申し候なり」(「松野殿御返事」)<

初めて読みました。
やはり、時代に即して変化は必要、、だといっても、御書に照らして間違いはないか、というのが基準ですよね。
でなければ、いくら化義だといっても、やはり「我見」の謗法の入り口に立つことになるのでしょう。
 

検索機能を使おう!

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2017年 2月18日(土)11時39分54秒
  ★★師弟不二ARCHIVE★★
http://sgi-shiteifuni.com/

検索機能があります♪

→「54年」 または 「漢字で五十四年」 「4.24」

のキーワードを入力して検索してみてね。
 

お礼-蘭夢様

 投稿者:  投稿日:2017年 2月18日(土)11時27分31秒
  生命論からの考察ありがとうございました。
私も体感できるまで、唱題し対話して参ります。
今後とも宜しくお願い致します。
 

随筆 新・人間革命147 先駆の港・横浜

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 2月18日(土)11時05分2秒
  進め!波越え 希望の海へ
師弟の心は いかなる嵐にも不動

 一九七九年(昭和五十四年)の五月三日、木曜日であった。
 私は、会長の”辞任式”となった、創価大学の中央体育館での本部総会を終えて、まっすぐに、横浜の神奈川文化会館に走った。
 そして、この訪問では、文化会館の八階より、海を見つめたり、山下公園を見つめながら、さまざまなことを思索した。
 彼方の静かな青い海には、白波をあげながら、何隻かの船舶が行き来していた。
 空は、五月の太陽が眩しいほど輝いていた。
 何人かの同志が、笑顔で、私を迎えてくれた。気さくに、いろいろなことを語り合った。
 皆、大切な私の同志である。いな、弟子であるといってよいだろう。
 記念に一緒に写真を撮ろうと言って、文化会館の脇の階段を使って、笑いながら撮影したことも、思い出の一つである。
 この折り、開港百二十周年の横浜では、”みなと祭り”の大パレードなどが、文化会館前の大通りで行われた。
 妻が、「あなたの歓迎をしてくれているわ。すばらしい行事ね。お祝いになったわね」と笑って言ったことも、懐かしい。
 ともあれ、私の胸中は、一段と深い決意を刻み、高鳴っていた。それは、誰もわからなかったにちがいない。
 毛筆で「正義」と認め、わが魂魄をとどめたのも、この時の訪問であった。
 戸田先生が、「君は、世界に行くんだ! 狭い日本でなくして、世界に大いに羽ばたいて、一生を終われ!」と言われた、世界広布の使命への厳命の言葉が、耳朶から離れない。
 恩師は、二十五歳の私に、こう詠んでくださった。
 大鵬の  空をぞ かける  姿して
       千代の命を  くらしてぞあれ

 私には、情けない宗門の見苦しい嫉妬も、反逆者たちの陰険な悪口罵詈も、そして、あらゆる非難も覚悟の上であったがゆえに、永き未来に対して、いささかも動揺などなかった。
 妻も、いつもと少しも変わらぬ笑顔であった。会長辞任という重大な事件に対しても、まったく眼中にないように、春風そのものの微笑みであった。
 私のことを、一番、知悉している妻は、今回の事件がいかなる暗い策謀であったかは、十分に知っていたのである。
 共に海を見つめながら、将来への世界広布を展望した。
 恩師から最も可愛がられた二人、最も信頼された二人、最も頼りにされた夫婦であったことを、最大の自負としていたのである。その事実は、十方の仏菩薩が照覧のことである。
 これが仏法の法理だ。
 二人して、にこやかに、大いに広宣流布のために、学会のために働こうと、目と目で合図し合っていた。
 「いつも変わらぬ心、いつも変わらぬ使命、いつも変わらぬ決心、いつも変わらぬ人生。これほど尊く、偉大なものはない」。これは、ある哲学者の言葉である。

 文化会館の八階から、山下公園の全体がよく見える。
 若い人が動いている。若いカップルが、楽しそうに歩いている。
 老いたる人も、ベンチに座って思索している。そして、中年の紳士たちも、タバコを吸いながら、何かを考え、語り合っていた。
 賢そうな人も、寂しそうな人も、悲しそうな人も、質素な身なりの人も、親子連れも、少年少女たちも、皆、それぞれの魂をもって、動いていた。
 人生は、さまざまである。だから楽しい。
 窓辺に立っていた私たち二人を見つけたのであろう。
 山下公園から、婦人の方々が手を振ってくれた。七、八人の婦人は、ハンカチを振っていた。
 あちらにも、こちらにも、学会員の姿があったのである。
 私と妻は、手を挙げて合図をした。それを、とても喜んでくださっている笑顔が、まばゆく見えた。
 妻が何を思い出したのか、「小学校時代の先生の名前を覚えていますか?」と突然、聞いてきた。
 それは、自分の小学校時代の先生に似た人を、山下公園で見かけた衝動からの反応であったようだ。
 私は、即座に答えた。
 「一年生は手島先生、二年生は日置先生。どちらも女性の先生だった。
 三年生、四年生は、竹内欽吾先生、そして五年生、六年生は、檜山浩平先生だよ」
 「よく覚えてますね」と、妻は感心していた。
 妻は、学校の成績が大変に良かったようで、私の成績を追及するのかと思ったが、その質問ではなかった。

 五月五日の午後、地元の学会員の方が、自分の船で湾を一周してくれるというので、三十分ほど、乗せていただいた。
 その「二十一世紀号」という船で、種々、雑談をしながら、海から見た神奈川文化会館のすばらしさに、皆が感動した。私は嬉しかった。
 案内してくださった、この親子の方も、今もお元気で活躍されている。

 私が初めて横浜での会合に出席したのは、一九四九年(昭和二十四年)であった。
 鶴見区内で行われた座談会に、確か、新来の友も五人来ておられ、全員が入会を決意されたと記憶している。
 以来五十余年。私は、幾度となく、この進取の気性と活気に満ちた港・横浜に走った。
 一回また一回の小さな会合が、そして一軒また一軒の地道な家庭指導が、いかに広宣流布に確実につながっていくかを、思い知らされた修行であった。
 ここに一切がある。これが同志の幸福の道であり、世界に広がりゆく広布の道だ。
 華やかな大会合や、賑やかな大結集の姿の前で、偉そうに指導していることが、真実の広宣流布の深い一歩といえない場合もある。
 人気取りの幹部の挨拶など、口のうまい政治家の話と同じで、御仏智にかなっていないこともあるからだ。
 思い起こせば、戸田先生が、私たち青年門下に対して、不滅の「原水爆禁止宣言」を叫ばれたのも、横浜・神奈川区にある三ツ沢の競技場であった。
 あの時、先生は、「いやしくも私の弟子であるならば、私のきょうの声明を継いで、全世界にこの意味を浸透させてもらいたい!」と鋭く叫ばれた。絶対に忘れることのできない、厳しき遺訓である。
 その遺言の通り、私は、先生の平和思想を、堂々と全世界に訴え続けてきた。
 師の教えを必ず実行する――それが、真の弟子の道であるからだ。
 戸田先生が打ち込んでくださった平和の熱き信念は、二十一世紀という新時代を迎えて、いよいよ偉大なる光を放ち始めたと、私は確信する。

 会長を辞任する直前の四月二十日、私は、旭区にお住まいの功労者のお宅を訪問した。ご主人が病床に伏しておられると耳にしたからであった。
 若き日に、私が、師匠の命により、文京の支部長代理として派遣された時、その方は、保土ヶ谷地区の、栄えある初代地区部長であった。
 「東海道五十三次」の宿場で有名な、この保土ヶ谷の地名もまた、私には懐かしき思いが多い。
 一九五四年(昭和二十九年)の七月、私は保土ヶ谷地区に走った。
 地区拠点は金沢文庫に移っていたが、意気高く二百人の友が参加し、大賑わいの座談会であった。
 ――そんな思い出を胸に抱きながら、私は、そのお宅にお見舞いに伺ったのである。
 私は、心に誓っていた。
 ”何があろうと、いかなる立場になろうと、私は尊き学会員を励まし続ける! 庶民と共にどこまでも歩み続ける!”

 神奈川の同志は、大場好孝副会長を中心に、二十余年の激しき波濤を乗り越え、勝ち越えてきた。
 正義に立て! 横浜よ!
 獅子と立て! 神奈川よ!
 と、私は今再び、叫びたい。
 もう大神奈川は、「日本一」といってよいほどの、広宣流布の大陣地になっていることを、私たちは誉め讃えたい。

2000年5月5日(金)掲載
 

おてもやんさんへ

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2017年 2月18日(土)10時58分30秒
  投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月18日(土)05時55分52秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64640


おはようございます。 回答ありがとうございました。

まず、勤行の短縮についてですが、創価学会の公式発表によれば

「池田第三代会長の就任以来、世界広宣流布が大きく進展し、
現在、世界190カ国・地域にSGIの同志が活躍している。
広宣流布のために真剣に戦う各国の同志からは、各国の弘教を更に進展
させていくために必要な措置として、五座三座よりも簡潔な勤行形式の
正式な採用を要望する声が多く寄せられてきた。

そこでSGIでは、従来から会館等で用いられていた『方便品・自我偈の読誦と唱題』
による勤行を海外における入会基準としていくことを認めるなどの暫定的な措置を
とった後、昨年9月には、SGI常任理事会並びに理事会での検討・決定に基づき、
『方便品・自我偈の読誦と唱題』による勤行を海外における勤行として認定した。
この一年間、SGI各国の同志からは多くの喜びの声が寄せられてきている。

この間、日本においても、本格的な世界広宣流布の時代の到来という『時』のうえから、
『方便品・自我偈の読誦と唱題』による勤行について正式な制定を要望する声が
強く寄せられた。そこで、師範会議、総務会で慎重に審議したうえで、『方便品・自我偈
の読誦と唱題』による勤行を創価学会の正式な勤行として制定することになった」
(2004年(平成16年)9月10日付聖教新聞)

とあります。さらに

「勤行・唱題の意義ですが、御書やさまざまな文献資料を見ると、
大聖人も日興も御在世中、方便品・寿量品を読誦され、勤行していたことが
記録に残っています。

在家門下の修行の中心は唱題行であったようですが、大聖人は場合によっては
方便品と寿量品の読誦による勤行を勧められています。

ただし、方便品と寿量品の読誦といっても、大聖人の在世には、当然ですが、
まだ五座三座の形式はなく、また、どこからどこまでを読誦すべきかを定めた
定型があったわけではありません。

御書によれば、ある時は門下に方便品の長行と寿量品の長行の読誦を勧め、
ある時は方便品の十如是までと寿量品の自我偈の読誦を勧めるなど、

相手と時と場合に応じた種々の例を拝することができます。

御書には
「自我偈少少よみ奉り」(915㌻)
「正行には唯南無妙法蓮華経なり」(1367㌻)

とあるように、根本は題目にあることは言うまでもありません。

だから、題目だけでも、五座三座の勤行も、短縮した勤行も
大聖人の仏法における勤行の本義と目的が欠けるところなく具わっている。

これらを踏まえたうえで、創価学会は
「方便品・自我偈の読誦と唱題」をもって、正式の勤行として実践していく
ことを定めたのです。

なお、参考までに
五座三座の勤行形式は、上記にもありますが、大聖人・日興の時代にはありません。
後世に大石寺で伽藍が整うにつれて、本堂・御影堂・天壇・客殿・六壺といった
堂をめぐりながら、僧侶が勤行を行うようになっていきました。

そして大聖人滅後、400年ほど経た江戸時代(17世紀から18世紀初め頃)に、
それまで五つの場所を回って行われていた朝の勤行(丑寅勤行)を一括して
一か所で行うようになり、やがて五座三座の形式として整備され、当初は
僧侶の修行として、やがては儀式として形式化されて行われてきたのです。

それを戸田先生の時代に、単なる儀式としてではなく、一生成仏と広宣流布
という先に述べた勤行の本義の上から仏道修行として捉え、実践してきたのです(趣意)」(同)

とあります。これが創価学会の公式見解です。

あなたのいう「池田先生がそのことに関与してたか否か」などは、枝葉の議論です。

ここ(宿坊板)は、学校ではありません。
あとは、あなたが池田先生の思想を学び、御書を学び抜いて

上記の公式見解が「正しいか、正しくないのか」自身で答えを出すべきではないでしょうか。

次に

>民音など数々のノルマ主義の指導に私に私の父がどう答えたかというグリグリ様の興味についてお答えします

あなたとご両親の会話を読んでいて、二つの感想があります。

一つは「あなたのご両親は、なんて素直で健気なのだろうか、すばらしい」です。
もう一つは「あなたのご両親はなんて無智な人なのだろう。かわいそう・・・・」です。

>成果主義、ノルマ主義の学会の末端の現場はこんな感じでした

どこの地域でもそうだと思います。グリグリの地域でもそうです。

しかし、成果主義・ノルマ主義などという仏道修行は、三代会長や日蓮大聖人の「思想・指導」にはありません。

それは、あなたが真剣に学べは分かることです。
自分で努力して自分で学んで「答え」を出してください。

そうやって努力してつかんだモノには、確信が持てるものです。

親のせいでもなければ、学会のせいでもありません。

ところで、あなたは

「学会に籍はあるが、活動や信心はしていない」ということですか ?

それとも「学会自体を退会した」ということですか ?

よろしくお願いします。
 

広宣流布は、どこまでいっても結局は御本尊の仕事である

 投稿者:蘭夢  投稿日:2017年 2月18日(土)10時42分37秒
  広宣流布は、どこまでいっても結局は御本尊の仕事である

この戸田先生の言葉について
少しだけ生命論の観点から考えてみたい。

まず、御本尊とは何であろうか
各家庭の仏壇に御安置している曼荼羅。

それは仏界の生命を顕したと説明されている

また、御書や先生の指導を学んでいけば
御本尊とは、外にあるものではなく、我々凡夫の胸中にあり
これを開けば元品の法性となって仏となり
これに迷って、わからないのが凡夫であり、その智慧なきを無明という
つまり元品の無明。

さて、禅問答のような話であるが紐解く鍵を考えてみよう。


「広宣流布は、いつするのかな」

聞かれた彼は、しばし考えて答えた
「広宣流布は、学会の100周年には、頑張ります」

再度聞く
「広宣流布は、いつするのかな」

彼は、うーんと唸りながら、はっと気づき
「広宣流布は、先生の師匠の生きているうちに・・・」

言葉をさえぎって再度聞く
「広宣流布は、いつするのかな」

追い詰められた彼は
「広宣流布は、いっ、今、します」

「ほほぅ、今、なんだ。それは、君がするのかい」

さらに追い詰められた彼は

「あの、その、みんなで、僕ひとりでは、その」

「よくわからないな、広宣流布は誰がするのかい」

彼の額に汗が噴き出してきた
「せっ先生がぁ、じゃなくて、あの、その、ぼ、僕が、します」

「声が小さくて、よく聞こえなかった。誰がすると言ったのかね」

酸欠の金魚のようにパクパクしながら、彼は答えた

「僕がします」

「できるのかい」

彼は石のように硬直した

「どっ努力します」

「努力したら、できるものなのかい、それは、努力したら、いつかできるものなのかい」


さて、何を求められているんだろうか、どういう答えが正解なのだろうか

ここで改めて
「広宣流布は、どこまでいっても結局は御本尊の仕事である」
と言われた真意を考えてみよう。
たぶん、少し捉え方が変わったんではなかろうか、何か気づくものはないか

広宣流布とは地涌の菩薩の仕事でもあるという。

では、地涌の菩薩の広宣流布の仕事は、いつ終わるのか、終わりがないのか

菩薩と仏。

菩薩は、簡単に言えば、苦しんでいる人を救いたいという生命だ。
であるが故に、菩薩の悩みとは、人を救おうとして悩む。

その悩みは、実に尽きることはない。境涯が上がれば上がるほど、見える世界は果てしなく広がり
果ては、時間を超え、過去の苦しむ人々、未来の苦しむ人々を感じ、それを救いたいと願い
その悩みは、無限に深く広がり、それは永久に仏にはなれないことを示唆する。

それは、言葉を変えれば、「広宣流布は永久にできない」ということを示唆する

だから、「広宣流布とは、いつするのか」
その答えは、
「広宣流布とは、いつするのか、ではなく、すでに、その瞬間、すでに広宣流布はされていたんだと気づくこと」

言葉だと、さらりと言えるが、これって悟りなので難しいのかも。
考えるのではなく、感得するものだから

御本尊と境智冥合して、仏界を開く。菩薩ではなく仏界を
人々を救う悩みを抱える菩薩の生命、その悩みを解決してこその仏
つまり、仏とは、「広宣流布しきったとかんじられなければ、仏になれない、菩薩のままだということ」

だから、生命の実相に迫り、
既に、広宣流布はされていたんだと生命で感じた、その瞬間が仏ともいえる。

何も変わらないありのまま、そのままで仏とは、そういうこと。

何かが変わるというものではない、凡夫そのままで、ただ、気づくだけ
されど、その違いこそが、すべてでもある。

何かの気づきなればと、少し生命論の観点から、投稿させていただきました。
 

Re:賢人  ジョーカー様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 2月18日(土)10時15分58秒
  >憎悪や怒りは感情モードなので、それを基にした言動では、人の心を動かすことは難しい。実に対話というものは、理性モードと理性モードの間よって成り立つものです。<

ご返信頂きまして、誠にありがとうございました。
まさに仰るとおりです。

54年問題を知らない会員に語る時の注意点が御座います。
それは、54年問題を知らない会員は、執行部に対し憎しみも怒りも持っていないという事です。
そのため、語る側が憎しみと怒りの感情を前面に出しても、かえって拒否反応を起こしてしまいます。

そのため、ジョーカー様の仰るように「理性的」に対話をしています。
54年問題の事実を正しく知る事が大切です。
「随筆 桜の城」や、秋谷氏の「五月三日へ私の誓い」などを読んで頂いています。
事実を知った会員は、今の新・人間革命を読むと「内容が変です」「内容がおかしい」と言ってくるようになるのです。

>無血革命(会員を苦しめない)は、理性モードによって成し遂げられる。感情モードは戦争を巻き起こし、疲弊させる。理性モードの対話による無血革命こそが、創価学会変革の道です。<

仰るように「会員を苦しめない」事が大切です。
会員は守るべき人だからです。この点を踏み外せば、執行部と同じになってしまいます。

創価三代の精神を受け継いでゆけるよう、現場会員の再折伏をしています。
目的は、池田先生を永遠の師匠とした、正しい信心を継承するためです。
正しい信心を継承できなければ、最終的に会員が不幸になってしまうからです。
どこまでも、池田先生を守りきり、会員の幸福のために対話を続けてまいります。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/64598
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、「新・人間革命」6000回の掲載、おめでとうございま~す

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月18日(土)09時47分31秒
  おはようございます。原田怪鳥様、あいも変わらず、都内の座談会への御出席、誠にご苦労様で~す(笑)

少しは都内を離れ、地方の座談会へ、御出席されたらいかがですか~(笑)都内に範囲を絞る理由は何でしょうか~(笑)

地方においても、座談会は毎月開催されていま~す、ゼヒ怪鳥様の御尊顔を仰げば、皆喜んで、東京に飛んでいくんじゃないデスか~(笑)


それはともあれ、「新・人間革命」6000回、おめでとうございま~す。

反面、非常に残念で~す。
>広布を永遠ならしめるために、真実の師弟の道を示す<
(2月18日政教珍聞3面より引用)

確かに、師匠が御健在の時は、この想いで、師匠は綴られていたと思います。しかし、印象操作にひた走る今の「人革」にはガッカリで~す。

>皆”山本先生は宗門の学会攻撃を収めるために、一切の責任を背負って辞任された”と思った<
(新・人間革命、大山四十より引用)

皆、そんなこと思ってませ~ん。「勇退」ではないとか、「納得しかねるのだ」どころではありませ~ん。それ以前の問題で~す。

小生も当時のことを思い出しても、「何故、先生が辞めねばならないんだ」という怒りの声が満載でしたよ~。

怒りの声と同時に、辞任が決定された今となっては、一会員である自分には覆す力が無い、師匠を守れなかった自分はなんて非力なんだ

という、あちらこちらで怒りと後悔と慚愧の想いが感じられた記憶がありま~す。

「小説」だからナニを書いてもいいというものではありませ~ん(怒)

もう一点、「真実の師弟の道を示す」ならば「難」を示さねばなりませんが、それがナニもない・・・

表面だけの上っ面で、印象操作にひた走る「珍・人間革命」・・記念すべき6000回の掲載がこんな印象操作となったのは残念で~す。(呆)
 

6000回目の言い訳

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 2月18日(土)08時06分21秒
  第一の理由 19年という長い在任期間のため、体の限界も感じている。
→ 私は、八王子の創価大学で『会長辞任の本部総会』を終えた後、学会本部へは戻らずに、そのまま神奈川文化会館へと向かった。
 当時、学会は隆々たる発展を遂げていた。
 いわば「絶頂期」である、これからが本当の総仕上げという大事な時期であった。
 その時に、非道な迫害の嵐の中で、第3代会長を辞めざるを得なくなったのである。(2009-4-14 【全国代表者協議会】幹のご発言)

第二の理由 機構改革 → 和泉覚総務会議長、秋谷栄之助中央会議議長、辻武寿師範会議議長、小泉隆参事会議長(議長職を増やしただけ)

第三の理由 多くの執筆活動も進めていきたい → 宗門に指導は禁止されたのではないですか。
(引用)それは、会長を退任して一年余りが過ぎた、昭和55年の夏のことである。
私は、小説「人間革命」の第11巻の執筆を再開した。一生涯、どういう立場であれ、学会の正義を書いて、書いて、書きまくって、会員の方々に学会の仏法と正義を知っていただきたかったからである。(2004年3月12日人間世紀の光より)
 

お礼-ジョーカー様

 投稿者:  投稿日:2017年 2月18日(土)08時02分18秒
  お忙しい中ご返事を頂きまして、ありがとうございました。
全てが理解できておりませんが、お題目をあげ対話を重ねつつ思索して参ります。
また、新たなる気付きを頂きました。ありがとうございます。
今後とも宜しくお願い致します。
 

わが友に贈る 2017年2月18日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 2月18日(土)07時15分42秒
  今日の課題に勝て!
今日の自分に勝て!
この信心即生活の
たゆみなき挑戦の中に
偉大な未来は築かれる!
 

六難九易の客観的原理

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 2月18日(土)06時53分52秒
   おはようございます。
 ちょっと、ハードタッチになのかも知れませが……。
 かつて池田先生は、学生部の代表に「六難九易(ろくなん くい)の客観的原理」という話をされたことがあります。
 原田会長なんかは、この講義を直接聞いた人ではないのでしょうか。私は、先輩から聞きました。確か、小冊子にもなりました。

 「六難九易」とは、法華経見宝塔品大十一に説かれる六つの難しいことと、九つの易(やさ)しいことです。
 細かく言うと、それこそ難しくなりますから、簡潔にいきましょう。

 「六難」は、仏滅後の悪世に、法華経を説くことが難しい「広説此経難」、法華経を書き、あるいは人に書かせることが難しい「書持此経難」、法華経を少しでも読むことが難しい「暫読此経難」、法華経を一人のために説くことが難しい「少説此経難」、法華経を聴き受けることが難しい「聴受此経難」、法華経を受持することが難しい「受持此経難」――六つです。
 どれも、比較的容易であるように見受けられるところがポイントです。

 そして、「九易」とは、法華経以外の無数の経を説くことが易しいとする①「余経説法易」、須弥山をとって他方の無数の仏土に擲(な)げ置く②「須弥擲置(やくち)易」、足の指で大千世界を遠くに擲(な)げる③「世界足擲易」、有頂天に立って無量の余経を説法する④「有頂説法易」、手に虚空を把(と)って遊行する⑤「把空遊行易」、大地を足の爪の甲に置いて梵天に昇る⑥「足地昇天易」、枯れ草を背負って大火に入っても焼けない⑦「大火不焼易」、八万四千の法門を演説して聴者に六通を得させる⑧「広説得通易」、無数の衆生に六神通備える阿羅漢位得させる⑨「大衆羅漢易」――の九つです。
 こちらは逆に、どれも常人にはとても出来そうもないことで、それを「易」としているところがミソです。

 この「客観的原理」ですから、この娑婆は「万人成仏」を説く法華経を弘めさせまい、聞かせまいとする邪悪な“原理”が働いている、常時ある、ということになります。

 簡潔にいきましょう。嫉妬です。邪念です。上慢・我慢・無慚の「三失心」です。内・外に“渦巻く”この三失心、突き詰めれば他を自分の思い通りに動かそうとする“第六天の魔王”こそ、その“客観的原理”の正体なのではないでしょうか。

 なるほど、小樽問答では、確信の司会により身延の邪念をそぎ取りました。しかし、手を変え、品を変え、正面から戦うことを避け、既存の勢力と手を組み、「もの言う」創価学会を亡き者にしようというのが、現下の状況だと俯瞰できます。欧州でカルト教団とのレッテルを張られてしまったのも、そうした“創価学会包囲網”のなせるわざだと観ることもできます。既存勢力が、目障りなものを排除しようと、手ぐすねを引いているのに、呑気に構えているからそうなるわけです。

 根本的にその戦略を間違えた、といっていいのではないでしょうか。いや、戦略ではなく、大聖人仏法の精神、池田思想の放棄だといえます。権力になびいて、いっときは、いいように見えても、根こそぎにやられてしまうのは、もう目に見えています。

 「日蓮は諸経の勝劣をしること華厳の澄観・三論の嘉祥・法相の慈恩・真言の弘法にすぐれたり、天台・伝教の跡をしのぶゆへなり、彼の人人は天台・伝教に帰せさせ給はずば謗法の失脱れさせ給うべしや、当世・日本国に第一に富める者は日蓮なるべし命は法華経にたてまつり名をば後代に留べし、大海の主となれば諸の河神・皆したがう須弥山の王に諸の山神したがはざるべしや、法華経の六難九易を弁うれば一切経よまざるにしたがうべし」(御書223㌻)
 と仰せです。


 

勤行が化儀で短くなった件

 投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月18日(土)06時37分5秒
  ★螺髪様
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64624
はじめまして、そしてありがとございます!
14誹謗には、「浅深あるべし」「上中下雑の謗法あり」という池田先生の指導があったわけですね。
私も古い書籍をわずかですが持っているので、自分でも探してみなくては。(反省)
ただ、螺髪 様の
"「勤行」は、「行」ではありますが、むしろ「信」と捉えた方がいいというのが最近の私の実感です。"
という感想は螺髪様個人の感想という事で解釈いたします。


★一人のSGI 様
重ね重ね恐縮です。それからこちらこそこんな板に出入りできる身ではないのに、誠実に対応していただいて恐縮しています。ありがとうございます。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/64616
>私が[化義]と言ったのは、あくまでも「読経の形式の部分」はその意義を踏まえるなら、
>時代にあった変え方もありではないかという意味です。

「時代にあって変わる程度の形式」が五座三座の勤行だったという認識で間違っていませんでしょうか。

>おてもやんさんは勤行の短縮に関しては賛成の立場で書かれていますが、もしそうならどうして
>誰が変更したかなどを知りたいのかな、、と不思議に思いました。

もちろんあんな苦行は短いに越したことはないのですが、なにしろ在家だろうが私は出家したのと同じくらいの信心をしようと思っていたので、勤行が短くなって素直に「やったーー!」と喜ぶことはむしろ恥ずかしいことだと感じていました。
ところがこちらで伺うとどうやら、「時代にあわせて変えても良い形式的なもの」であった・・・
じゃあ、風邪で寝ていても布団の中で勤行をしたり、修学旅行に行く前に三日分の勤行をさせられたのはなんだったのか?と。正直なところ「おいおいおいおい、今までの私の30年間の苦行は、やらんでもよかったことをさせられてきたのか?」というのが感想です。でも、ただの感想なので笑って流してください。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/64634

>勤行の短縮の件は、かなりの数の上層幹部で協議し、全員の署名でもって決議したのを大百でみた覚えがありますよ。

その上層幹部の協議の席には池田名誉会長はいらっしゃったのでしょうか。
ここからは、単純な事実確認です。
というのも、この掲示板を見ていると、54年問題やら現本部体制への疑心暗鬼や批判が多い。
どこからどこまで学会が打ち出した教義変更で池田名誉会長の本意に沿っていたのかいなかったのかの線引きがわからないのです。
私がここまで教義の変更が気になるのは学会指導の賜物でして、何百年も続いた宗教は、一滴の汚れが混ざってもいけない!と教わってきたからです。
池田名誉会長も、本尊や教義がコロコロ変わる他の新興宗教を指して「宗教的誠実さがない」と批判していました。
その指導をそのまま新興宗教を信心していた友人らにぶつけてきてしまったので、正直言うと私の立場がありません。

>僧俗和合の名残りと、長年続いた儀式をそう簡単には変える訳にはいかなかったのだとはと思います。

思うに、そもそも日蓮正宗創価学会という形が良くなかったのではないでしょうか。
「時代にあわせて変わる教義もある」それが価値創造であるから「創価学会」という名前だと思いますから、日蓮正宗の看板は掲げず、1つの新興宗教として立ち上げておけばよろしかったかもしれませんね。
当時は、「創価学会は750年も続いた信仰だ、そこらの新興宗教とは違う」と言って折伏せよと言われてました。
こういう事実もあるので、創価は日蓮正宗の750年続いた既成仏教という看板を利用したと言われても仕方がないような。

>御観念文をかえたのは、わたしは同意はできませんが。

私は今の御観念文がどう変化したのかを知りませんが、「創価学会仏」とかいう言葉を耳にします。
何か新しい本尊を作られたのでしょうか?
小樽問答では散々身延派を「大御本尊がない」ということでボコボコに叩きのめしていた創価学会なので、いくら時代に合わせて・・・でも、「創価学会仏」とかどうなんだろう?と思っているところです。

長くなりましたが、こちらこそ淡々と書いていて、論調が冷たくなってないか気にしています。
(^_^)実際はこんな顔でにこやかに書いておりますので、どうぞご容赦ください・・・

 

おはようございます。

 投稿者:幸せな人  投稿日:2017年 2月18日(土)06時14分46秒
  一人のSGI様、赤胴様ありがとうございます。  

大仏のグリグリのとこ様

 投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月18日(土)05時55分52秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/64611

おはようございます!そして初めまして!大仏のグリグリのとこ様(^_^)
最初こちらでとても誠実な対応をしていただいのでついつい長居をしていますおてもやんです。

「誰の判断と決定で勤行が短縮されたか?という点」
ここ(宿坊掲示板)では、なにやら聖教新聞が池田大作名誉会長の意と反しているとか、原田怪鳥が~・・・とか、人間革命が誰かの代筆だという話になっているようなので、もしかして「勤行が短くなったのも池田名誉会長の意と反していたのかな?」と素朴な疑問を持ったのです。
それで池田大作名誉会長も大賛成で勤行は化儀だから短くしても良いだろうとしたと認識を確かにするにも、「想像」ではなく「事実確認」がしたいのです。歴史が想像で作り上げれては学問にはなりませんからね。

次に民音など数々のノルマ主義の指導に私に私の父がどう答えたかというグリグリ様の興味についてお答えします(^_^;)
言っていいのかな。

私「なんで聖教新聞5部もとるの?」
父「わしの稼いだ金だ、どうしようと勝手じゃ!」

私「えー?この民音のクラシックチケット2万もするの?」
父「誰も買わんから、わしが買った」
私「ラッキー」(当時の私はクラシックファンだったので喜んではいた)
父「民音も統監も、誰もなり手がおらん・・・・はぁあ・・・(ため息)」
私「・・・・・。ねえ母さん、民音って誰も買わないとうちが買うことになってるの?」
母「・・・そうだよ・・」(悲しげでした)


父「金が無いんじゃ、貸してくれんかの?」
私「貸してあげてもいいけど・・・・」
父「貸して‥・・くれるんかの?」
私「あげるんじゃなくて、あとで返してよ????」
父「な~んだ・・」
私「信心でなんとかしなさいよ」
父「はぁ・・母さんが財務にみ~んなつぎ込んじゃってしまったからのぉ・・・」
私「衣食住に困らん信心って言ってたじゃん」

成果主義、ノルマ主義の学会の末端の現場はこんな感じでした(^_^)

 

さすが大聖人様というべきか

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月18日(土)05時54分55秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/64601

>法華経の行者を迫害した個人や団体は、必ず滅ぶ――とは、日蓮大聖人の言。<

さすが大聖人様というか、僕のリアルでは見事にその状況が起こってます。
普段から福運を食い潰して、その場所に留まれぬほど福運をなくして「自分で自分を流罪」してしまってる人が過去にたくさんいたし、中にはウチから他へ移った後に命まで失った人まで複数人いますよ。

実をいうと、今も起こってます。
僕へだけでなく、他にもたくさんの人を利己目的に利用しようとしてきた人が、「頭破作七分」というのか、支離滅裂な態度と言動となっていて、おそらく他へ移動しそうな感じ。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

誰か私を呼んだ? さんへ。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 2月18日(土)03時26分57秒
  誰か私を呼んだ? さんへ。

日妙聖人御書 P1216
男子女人其の性本より別れたり火はあたたかに水はつめたし海人は魚をとるにたくみなり山人は
鹿をとるにかしこし、女人は物をそねむにかしこしとこそ経文にはあかされて候へ

この御文は、男と女の性分が違うことを教えられて、例として海人と山人(やまかつ)?を引かれ
たところです。
仕事としての海人と、身分としての海人とは、解釈が少し違うと思います。

このブログは、このような、教学を論じる場ではありませんから、これで終わります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
御義口伝講義録より、データは赤鬼氏より・・・氏へ感謝です。
普門品五箇の大事 第四二求両願の事 0777
竜女は愚癡であり、提婆は怨嫉である。竜女の成仏は色法の成仏であり、提婆の成仏は心法の成仏と
いえるのであろう。
 かつて、戸田前会長は「竜女は女のヤキモチ、提婆は男のヤキモチである」と申されたが、まさに
そのとおりである。女の嫉妬は、顔だちや着物や、持ち物等に関することが多い。男の嫉妬は、才能
や智慧、力に関することが大部分である。関心の的の違いともいえる。

 謗法の人は、所詮、竜女であり、提婆である。一見、仲のよい友だち同士も、心の底では、互いに
妬み合い、憎しみ合っている例は、実に多い。五濁悪世の習いともいえよう。

 しかも、それは個人と個人の間にとどまらず、企業間同士においても、国家間においてすら、憎しみ
の炎を燃え上がらせ、激しい闘諍の姿を露呈している。
・・・・・・・・・・
現執行部や北条、山崎、山友等は、先生の才能や智慧に嫉妬して、大学も出ていないと侮辱して54年
会長職より引きずりおろしたことを、決して忘れてはいけません。

五濁悪世です、金 正男氏暗殺、韓国大統領からみで、大企業のトップが逮捕されています。
他人ごとではありません、戦争の危機と私は思っています。

私たちは、ご本尊様を持っていますから、恐れることはありません、火を噴くような祈りで平和な世界を
築きましょう。
祈れば仏国土です、祈れば我此土安穏です。

 

勤行の短縮について

 投稿者:誰か私を呼んだ?  投稿日:2017年 2月18日(土)02時58分56秒
編集済
  ご参考までに
http://www.nichiren.com/nkt/122.html

また、そこに引用されている日寛上人の「報福原式治状」には、仕事に行く日は、方便自我偈でも三唱でも良いと書かれています。
 

再・追加情報有り 【新・人間革命30巻 大山の章】と【先生直筆の随筆】との比較

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月18日(土)02時52分26秒
編集済
  【新・人間革命30巻 大山の章】と先生直筆の随筆との比較

先生の書かれた随筆を読み直してみると、54年問題とは師と弟子の問題であることがはっきりと分かります。

正義の旗様の54年問題についての投稿(プロジェクトX様の再掲)
も併せて読むと、当時の最高幹部が池田先生を追放し保身に走ったことは明確です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【随筆 新・人間革命 80 昭和54年5月3日 獅子となりて 我は一人征く】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64487

【随筆 新・人間革命 嵐の「4・24」 (1999年4月27日)】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64486

【随筆 人間世紀の光2 創立80周年へ創価の上げ潮 (2004年9月3日)】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64591


《大仏のグリグリのとこ》
>>新・人間革命30巻「大山の章」もまだ途中ですが、ここで今までのところまでを山友裁判対策で学会の法務局が作成した「総合経過年表」と比較していきましょう。<<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64319

《正義の旗》
【54年①】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64470

【54年②】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64471

【54年③】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64473

【54年④】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64474

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
*ご参考:虹と創価家族様の投稿より
【今の新・人間革命は54年当時を繰り返しています】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64596

【昭和54年(1979年)4月26日(木)聖教新聞2面、3面より 】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64595


※執行部の罪について
【保存用文証】「五月三日へ私の誓い」会長 秋谷栄之助
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58665

※当時の執行部の実名
【保存用文証】聖教新聞から抜粋した54年問題の真実
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58664

 

寝たきりオジサンさま、愉快な仲間達さま、有難うございます

 投稿者:リボンの騎士  投稿日:2017年 2月18日(土)01時39分13秒
編集済
  唱題会、何があっても継続することに挑戦していきますね!  

再び、おてもやん様へ

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 2月18日(土)00時51分9秒
  おてもやん様

質問をお借りして長々と14誹謗のことを書きまして失礼しました。
先ほどの投稿も口調がきつくなってしまってどうもすみません。
私の説明が足りなかったのでしょう。

勤行の短縮の件は、かなりの数の上層幹部で協議し、全員の署名でもって決議したのを大百でみた
覚えがありますよ。変更した年がわかれば、調べられると思います。謝罪に関しては分かりませんが、、。
もっと早く変えて欲しかったと腹も立つ、とありましたが、僧俗和合の名残りと、長年続いた儀式をそう簡単には変える訳にはいかなかったのだとはと思います。
最も、御観念文をかえたのは、わたしは同意はできませんが。

私が遺憾に思うのは、逆に、変えているもの(基礎教義)を、長い間、変えてないふりをしている事です。
これは、信仰の根幹にかかわる事ですから、メンバーへの考慮という大義名分は立てられないでしょう。

いずれにしても、秘密裏にいろいろ事を運んでいる様ですが、会員の意見を反映する機構がないのが残念です。

 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 2月17日(金)23時45分13秒
  今晩は、皆様
ありがとうございまし
春一番が吹きました
毎日
顔が変わる位、真剣に題目を唱えて行こう
思います
おやすみなさい
 

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