コラム

イギリスで進む「脱」民営化

2017年02月17日(金)19時30分
イギリスで進む「脱」民営化

民営化は理屈上、道理にかなっているように見えるが REUTERS

<サッチャーが経済効率のために導入した公営事業の民営化だが、今や公営企業の方がサービスが充実してしっかり顧客ニーズに対応しているケースは多い>

民営化といえばイギリスが思い浮かぶぐらい、イギリスと民営化は縁が深い。マーガレット・サッチャーの政権は30年以上前、「公的」経済政策として民営化の道を切り開いた(それ以前にもいくつかの国で個々の公企業が民営化した例はたくさんあったが)。

民営化の理屈は、道理にかなっているようにみえる。競争と利益追求によって、企業はイノベーションと顧客サービスの改善を図り、できるかぎり価格を引き下げようとする。巨大な国営企業の独占体制ではそのような力が働かず、強気の実業家よりも「官僚的な」管理職が中心になる。

だが30年たって、理論どおりにうまくいってきたかどうかは疑問視されている。その点、政府が以前よりもある意味、市場に介入するようになってきたのが興味深い。これは「再国有化」とは違う。むしろ、自由市場がうまく機能していなそうな領域に、政府が時おり踏み込んでいる、というケースだ。

僕がまさにそれを実感したのは、これまで契約していた電力会社のお得な初年度契約が終わりそうなので、乗り換えのためにまたお得な新規の電力会社をネット検索していたときのこと。魅力的なプランを打ち出している会社はいくつかあったが、そのうち3社が地方自治体の運営する会社だという点に興味をそそられた。

最初は、その地方自治体の地域住民限定のプランなのかと思ったが、そうではないらしい。たとえば、居住地でも何でもないノッティンガム議会の非営利企業から、僕が電気を買うこともできるのだ。

今のところ、年間当たり30ポンド安いプランを売り出している民間企業が1社あって、僕は(しぶしぶながら)その会社を選ぶつもりだ。でも、もしも政府運営のとある非営利企業がもっと顧客を増やし、スケールメリットを達成するようになったら、数年後には状況も変わるかもしれないなと思う。

その非営利企業の社名はロビン・フッド。これは金持ちから奪った富を貧民に与えた、ノッティンガムの伝説のヒーローに便乗してブランド認知を図っているだけではない。大手電力会社の強欲なやり口にうんざりした多くの人々にアピールする賢いやり方だ。

【参考記事】トランプ「異例の招待」に英国民猛反発でエリザベス女王の戸惑い

公営企業のほうが消費者優先

もうひとつの例は年金だ。僕は個人年金保険への加入を何年も遅らせている。年金資金への投資については国が気前よく控除をしてくれるが、利益は結局のところ、年金運用マネジャーに(運用成績が良かろうと悪かろうと)支払われる高額な年間手数料に吸い取られている(市場を上回るほどの運用成績を一貫して上げ続けている年金ファンドマネジャーなどほとんどいないことは、周知の事実だ)。

だが今は、イギリス政府が立ち上げたNESTというファンドがある。このファンドの年間手数料は民間の年金ファンドよりずっと安い。単純に市場平均をめざす「トラッカー」ファンドに資金を投資する仕組みなので、高給のマネジャーを必要としないからだ。

新規登録料は比較的高くつくものの、しばらくたてばなくなる。新規登録料はあくまで、政府の初期費用を賄うためのものだから。だから、僕は今、少額の年金基金を始めたところだ。これで多少の不安は解消される。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『新「ニッポン社会」入門――英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『「ニッポン社会」入門』(NHK生活人新書)、『「イギリス社会」入門』(NHK出版新書)など。
アドレスはjhbqd702@yahoo.co.jp >さらに読む

ニュース速報

ワールド

アングル:大荒れのトランプ大統領単独会見、記者から

ビジネス

米国株はダウ7日連続で最高値更新、クラフト急伸しエ

ビジネス

円全面高、仏大統領選やトランプ氏の経済政策めぐる懸

ビジネス

トランプ氏、ボーイング工場訪問 製造業復活と雇用維

MAGAZINE

特集:トランプを操る男

2017-2・21号(2/14発売)

トランプとホワイトハウスを裏で仕切る男──。首席戦略官スティーブ・バノンの恐るべき世界観

人気ランキング

  • 1

    金正男氏を死に追いやった韓国誌「暴露スクープ」の中身

  • 2

    一般市民まで脅し合う、不信に満ちた中国の脅迫社会

  • 3

    トランプ初の単独会見は大荒れ けんか腰の大統領に記者から反撃も

  • 4

    海上自衛隊、18年度から4年間で新型護衛艦8隻建造へ

  • 5

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 6

    金正男の暗殺事件で北朝鮮の男を逮捕 謎の男の正体…

  • 7

    金正男クアラルンプール暗殺 北朝鮮は5年前から機…

  • 8

    開発に10年かけた、シャンパン級のスパークリング日…

  • 9

    フィリピン麻薬戦争、韓国人殺害でドゥテルテ大統領…

  • 10

    北朝鮮軍「処刑幹部」連行の生々しい場面

  • 1

    金正男氏を死に追いやった韓国誌「暴露スクープ」の中身

  • 2

    金正男クアラルンプール暗殺 北朝鮮は5年前から機会を狙っていた

  • 3

    北朝鮮独裁者、「身内殺し」の系譜

  • 4

    「線路立ち入りで書類送検」が他人事でなくなる侵入…

  • 5

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 6

    南シナ海、米中戦争を起こさず中国を封じ込める法

  • 7

    部下を潰しながら出世する「クラッシャー上司」の実態

  • 8

    金正男の遺体は北朝鮮引き渡しへ 真相は迷宮入りと…

  • 9

    炊飯器に保温機能は不要――異色の日本メーカーが辿り…

  • 10

    サードは無力? 北朝鮮の新型ミサイルは米韓の戦略…

  • 1

    金正男氏を死に追いやった韓国誌「暴露スクープ」の中身

  • 2

    トランプを追い出す4つの選択肢──弾劾や軍事クーデターもあり

  • 3

    日本でもAmazon Echo年内発売?既に業界は戦々恐々

  • 4

    東芝が事実上の解体へ、なぜこうなったのか?

  • 5

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 6

    ドナルド・トランプ第45代米国大統領、就任演説全文…

  • 7

    マティス国防長官日韓訪問に中国衝撃!――「狂犬」の…

  • 8

    トランプ、入国制限に反対の司法長官代行を1時間後…

  • 9

    アパホテル炎上事件は謝罪しなければ終わらない

  • 10

    トランプの人種差別政策が日本に向けられる日

グローバル人材を目指す

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

日本再発見 「日本の新しいモノづくり」
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 臨時増刊

世界がわかる国際情勢入門

絶賛発売中!