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プロローグ
遠野で始まる聖杯戦争。
アサシンのマスターとなった八咫 器絵『やたのうつえ』は山林に身を置く狂戦士と相対する。
圧倒的だ。
個体あるものはすべて壊される。どんな強度を誇ろうとも無様に噛み砕かれる。普段意識の外に置いてあるような理屈を、今一度理解することになるとは思いもよらなかった。
オオカミの如き気高きさ姿。オオカミの如き獰猛さ。赤錆びた大剣を持ちそれらを分厚い肉体に有し、現界した英霊。
狂戦士の階位に君臨した英霊だ。
狂戦士が繰り出す凄絶な一撃が、再び地面に衝突痕を造る。
巻き上げた砂煙がサーヴァントを雲隠れする。
見えない。しかし戦闘は続いている。打ち合っている。
狂戦士の赤錆びた大剣と、自分のサーヴァントの剣が。
狂戦士の高速の横薙ぎが邪魔な視界を吹き飛ばし相対するサーヴァントの影ごと浮き飛ばした。影はそのまま風塵とともに流されていった。
左胸が動悸する。熱くも感じた。
やられた?いや、自分のサーヴァントはやれてない。
まだあの狂戦士の戦闘意識が自分に向けらてないのであれば、自分のサーヴァントはやらていない。負けていない。信じるんだ。自分のサーヴァントは強く、カッコ良く、そして仲間として。
あと少しだ。あと少しで_______
狂戦士は空を見上げた。
高層雲に覆われた夜の帷。その隙間から細い弓形の月がひそかに照らして。
気高き孤高のオオカミが吠える。
そしてーーー
再び獲物を視界に捉えた。
大きく掲げた刀身。刃は月の光を目一杯吸わせて狂戦士の頭上に叩き込む。
赤錆びた大剣を盾のように構え落下による加重されたアサシンの一撃を防ぎ、地面に沈み込む両足に気をとられることなく上半身だけでアサシンを押し飛ばした。
その反動から弧を描くように空中で翻し、着地と同時に大きく踏み込んだ。既に狂戦士の間合いに踏み入り横一文字に切り抜けた。
「浅いか」
手応え薄。
刃は布越しに隠された鎧に弾かれ、アサシンは一旦狂戦士から大きく距離をあけた。
アサシンは遠くを見上げて息をつく。
『マスター。どうやらだ潮時だ』
アサシンに繋げられた魔術を辿ってマスターに念話。
念話するほどの距離ではないのだが、彼らはこの場にいない第三者がいる、という想定で念話を選んだ。
『わかった。撤退しよう』
有言実行。
アサシンとそのマスターは背後に鬱蒼と茂る暗い森に向かって全力で駆けた。斜面になっているゆえ、どんどんどん速度が上がっていき戦闘現場からみるみる離れて行く。
このままの速さで行けばものの数分で街に着くだろう。狂戦士からの追撃の気配もなし。第三者からの監視の気配も
「マスター先に進め。サーヴァントの気配だ」
「位置は?」
アサシンは刀の柄で場所を差した。
「こちらに気づいている?」
「ああ。気づいてはいるがこちらに向かってる気配はないようだ」
自分は息をつく。とりあえず安心ということだ。
サーヴァントの気配が遠のくにつれ、アサシンの警戒も徐々に緩めていく。
推察すればなんのクラスかまでとはわからないが、向かった先は狂戦士のいるところ。
弓兵、槍兵、剣士の階位に君臨した英霊の一人と考えるところが妥当だ。
三大騎士クラスと称されるうちの一人であるならば、あの狂戦士と渡り合い勝ち星を挙げてくる力を有している。どちらか勝ち残ったとしてもそのサーヴァントは大きな痛手を負う。つけ狙うとしたら弱った瞬間だ。
なら引き返すか?引き返して狂戦士と戦うXのサーヴァントに追い打ちをかけ、早くも二体のサーヴァントを脱落させるか?
いや、こちらから仕掛けるメリットはもう無くなった。なら次はマスター、それを従えるサーヴァントをゆっくりと調べあげ対策を練るのが良いだろうな。
明日の昼にまたここに来て戦場痕を調べよう。
狂戦士以外のサーヴァントを探り上げることが出来るかも知らない。
「マスターッ!!」
アサシンが咄嗟に自分の襟首を掴み地面へ倒す。
「頼むぞ」
冷静な声音で囁くと、目の前に巨大な壁が立ちはだかる。どこから取り出したわけでもなく、最初からそこにあったかのように佇んでいた。
「あいよ大将」
ドスのきいた低い声がその壁から聞こえた。
次の瞬間。山頂で轟音が響いた。
土が弾み、岩が砕け、根をはる木々すらもいとも容易く吹き飛んだ。
一発の轟音に続き、空から筒笛のような音が徐々に大きくなって。再び地面が大きく弾んだ。
ーーーー砲撃。自分はそう理解した。
あれは大砲から放たれる砲弾が山頂へと。先ほどまでアサシンと狂戦士が戦っていた戦場に豪雨の如く砲弾が降り注いでいる。
「おっと」
砲弾は白く大きな壁にも直撃した。壁から耐え凌ぐ声を漏らすものの、その場から一歩も押されることなくマスターとアサシンを守る。
アサシンの誇る防御力一級の壁。弱点さえ突かれなければその防御力は英霊として与えられた補正として十分に発揮できる。既に白い壁が受けた砲弾は数十発も超えた。幾度となくしじまの山林に響く轟音にもそこそこ慣れてきた。
「ありがとう。助かったよ」
自分は白い壁に礼を伝えた。
「なにを言うか。其方は我等の仲間なのですから守るのは当然。礼など不要でごわす」
「そうだぜマスターよ。俺たちに礼など必要ない」
アサシンはそういうと、何処からともなく取り出した盃に酒を注ぐ。こんな状況すらですら一切の焦りも同様も感じなかった。
寧ろ、いかなる状況下の中でもそういった心境を用いたこともない。そんな余裕すら伺えた。
「なあマスターよ。一つだけ良いことを教えてやる」
アサシンは持ってる盃をグッと飲み干すと
「急ぐと焦るは違う。こういう状況下だからこそいつ如何なる時でも雑念なく澄み渡った心構えが重要なのだよ」
気を遣ってくれたのか。夜の闇を射貫く紫の瞳を片目だけ閉じてニコッとはにかんだ笑顔を見せた。
「が、まだマスターにはこの言葉は早いな」
アサシンはそうは言ってるが。自分には、その言葉の意味が深く心に突き刺さった。
「さて。俺も長らく居座る気は無い一気にこの山を駆け下りるぞ」
「ならこの拙も場を借り申す」
白く大きな壁は音も立てずこの場から消えていった。
「走れるかマスター?」
手を伸ばすアサシン手を掴み立ち上がる。
「よし。そんじゃ行こうか」
アサシンはグッと手を引っ張り一人のマスターを背負うと、針葉樹林帯の山を一気に駆け下りた。
短い文ですが、ここまで読んでくださいましてありがとうございます。
夏コミに当選次第こちらのノベルが出展されます。ページ数は124pを予定しています。
是非足を運んでください!
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