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誰か私を呼んだ? さんへ。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 2月18日(土)03時26分57秒
  誰か私を呼んだ? さんへ。

日妙聖人御書 P1216
男子女人其の性本より別れたり火はあたたかに水はつめたし海人は魚をとるにたくみなり山人は
鹿をとるにかしこし、女人は物をそねむにかしこしとこそ経文にはあかされて候へ

この御文は、男と女の性分が違うことを教えられて、例として海人と山人(やまかつ)?を引かれ
たところです。
仕事としての海人と、身分としての海人とは、解釈が少し違うと思います。

このブログは、このような、教学を論じる場ではありませんから、これで終わります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
御義口伝講義録より、データは赤鬼氏より・・・氏へ感謝です。
普門品五箇の大事 第四二求両願の事 0777
竜女は愚癡であり、提婆は怨嫉である。竜女の成仏は色法の成仏であり、提婆の成仏は心法の成仏と
いえるのであろう。
 かつて、戸田前会長は「竜女は女のヤキモチ、提婆は男のヤキモチである」と申されたが、まさに
そのとおりである。女の嫉妬は、顔だちや着物や、持ち物等に関することが多い。男の嫉妬は、才能
や智慧、力に関することが大部分である。関心の的の違いともいえる。

 謗法の人は、所詮、竜女であり、提婆である。一見、仲のよい友だち同士も、心の底では、互いに
妬み合い、憎しみ合っている例は、実に多い。五濁悪世の習いともいえよう。

 しかも、それは個人と個人の間にとどまらず、企業間同士においても、国家間においてすら、憎しみ
の炎を燃え上がらせ、激しい闘諍の姿を露呈している。
・・・・・・・・・・
現執行部や北条、山崎、山友等は、先生の才能や智慧に嫉妬して、大学も出ていないと侮辱して54年
会長職より引きずりおろしたことを、決して忘れてはいけません。

五濁悪世です、金 正男氏暗殺、韓国大統領からみで、大企業のトップが逮捕されています。
他人ごとではありません、戦争の危機と私は思っています。

私たちは、ご本尊様を持っていますから、恐れることはありません、火を噴くような祈りで平和な世界を
築きましょう。
祈れば仏国土です、祈れば我此土安穏です。

 

勤行の短縮について

 投稿者:誰か私を呼んだ?  投稿日:2017年 2月18日(土)02時58分56秒
編集済
  ご参考までに
http://www.nichiren.com/nkt/122.html

また、そこに引用されている日寛上人の「報福原式治状」には、仕事に行く日は、方便自我偈でも三唱でも良いと書かれています。
 

再・追加情報有り 【新・人間革命30巻 大山の章】と【先生直筆の随筆】との比較

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月18日(土)02時52分26秒
編集済
  【新・人間革命30巻 大山の章】と先生直筆の随筆との比較

先生の書かれた随筆を読み直してみると、54年問題とは師と弟子の問題であることがはっきりと分かります。

正義の旗様の54年問題についての投稿(プロジェクトX様の再掲)
も併せて読むと、当時の最高幹部が池田先生を追放し保身に走ったことは明確です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【随筆 新・人間革命 80 昭和54年5月3日 獅子となりて 我は一人征く】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64487

【随筆 新・人間革命 嵐の「4・24」 (1999年4月27日)】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64486

【随筆 人間世紀の光2 創立80周年へ創価の上げ潮 (2004年9月3日)】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64591


《大仏のグリグリのとこ》
>>新・人間革命30巻「大山の章」もまだ途中ですが、ここで今までのところまでを山友裁判対策で学会の法務局が作成した「総合経過年表」と比較していきましょう。<<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64319

《正義の旗》
【54年①】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64470

【54年②】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64471

【54年③】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64473

【54年④】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64474

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
*ご参考:虹と創価家族様の投稿より
【今の新・人間革命は54年当時を繰り返しています】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64596

【昭和54年(1979年)4月26日(木)聖教新聞2面、3面より 】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64595


※執行部の罪について
【保存用文証】「五月三日へ私の誓い」会長 秋谷栄之助
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58665

※当時の執行部の実名
【保存用文証】聖教新聞から抜粋した54年問題の真実
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58664

 

寝たきりオジサンさま、愉快な仲間達さま、有難うございます

 投稿者:リボンの騎士  投稿日:2017年 2月18日(土)01時39分13秒
編集済
  唱題会、何があっても継続することに挑戦していきますね!  

再び、おてもやん様へ

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 2月18日(土)00時51分9秒
  おてもやん様

質問をお借りして長々と14誹謗のことを書きまして失礼しました。
先ほどの投稿も口調がきつくなってしまってどうもすみません。
私の説明が足りなかったのでしょう。

勤行の短縮の件は、かなりの数の上層幹部で協議し、全員の署名でもって決議したのを大百でみた
覚えがありますよ。変更した年がわかれば、調べられると思います。謝罪に関しては分かりませんが、、。
もっと早く変えて欲しかったと腹も立つ、とありましたが、僧俗和合の名残りと、長年続いた儀式をそう簡単には変える訳にはいかなかったのだとはと思います。
最も、御観念文をかえたのは、わたしは同意はできませんが。

私が遺憾に思うのは、逆に、変えているもの(基礎教義)を、長い間、変えてないふりをしている事です。
これは、信仰の根幹にかかわる事ですから、メンバーへの考慮という大義名分は立てられないでしょう。

いずれにしても、秘密裏にいろいろ事を運んでいる様ですが、会員の意見を反映する機構がないのが残念です。

 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 2月17日(金)23時45分13秒
  今晩は、皆様
ありがとうございまし
春一番が吹きました
毎日
顔が変わる位、真剣に題目を唱えて行こう
思います
おやすみなさい
 

同盟題目23時より開始します。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月17日(金)22時57分57秒
  よろしくお願い致します。一切を開いていくのは題目をあげることです。  

御本尊の仕事

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2017年 2月17日(金)22時56分33秒
  桜様
>突然で誠に申し訳ありませんが、ジョーカー様に質問があり投稿させて頂きました。

ジョーカー様が仰った「なぜならば、どこまでいっても広宣流布は御本尊の仕事だからです。」と言うところです。
広宣流布は地湧の菩薩の使命かと思っておりました。
御本尊の仕事との意味を教えて頂けますでしょうか。<

::::::

戸田先生
「広宣流布は、どこまでいっても結局は御本尊の仕事である。 ゆえに、いつ、いかなる場合も、透徹した信心が要請されるのだ。 それで、我々の凡夫の眼も、仏眼の一分となることができる」

元々は、戸田先生の指導の中にある言葉です。その上で、「御本尊の仕事」とはいかなることかを、私なりに解釈させていただきます。日蓮仏法は因果?時の法です。それは、原因と結果が同時の、不可思議な法です。即ち、題目を唱えれ(一念を変革)ば、すべてが変わる(結果が変わる)ということです。自身の一念と仏の一念が合致すれば、とてつもない功徳が生じる。信心とは、題目を唱えることであり、題目に始まり題目に終わる。題目の中で決着が着くが故に、御本尊(南無妙法蓮華経)の仕事となります。

仏法は一切法を包含しています。すべての法則は仏法の範疇にあり、南無妙法蓮華経によって動いている。御本尊には、生命が顕されており、日天・月天・明星天等、宇宙も包含されている。つまり、御本尊の中にすべてが収まっています。また、諸々の諸天善神も南無妙法蓮華経を源とするので、題目を唱えることにより機能する。自分の力でやっているようでも、根底にある南無妙法蓮華経(御本尊)の力が働いている。よって、結局のところは御本尊の仕事となる。

御書に、「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」(P1360)とあります。大聖人と同じ一念の人が地涌の菩薩であり、広宣流布を成し遂げる使命の人です。「大地を的とするなるべし」(P1360)とあるように、広宣流布は必ずできると御本仏はお約束です。自分が地涌の菩薩として生きると決めた人が、最高に尊貴な人です。その人が、仏(大聖人)に代わって広宣流布を推進するのです。凡夫が如来の事を行ずるからこそ、大功徳があるのです。その人は広宣流布にとって必要なものはすべてそろい、不求自得します。

仏の使いとして御本尊の仕事を行じる人は仏眼が具わり、見えないものがみえるようになります。人材もいないのではなく凡夫の眼には見えないだけです。仏の一念と合致すれば、広宣流布はできるようになっている。そこにズレ(魔)が生じると、人災となって広宣流布(仏の仕事)を妨げる働きとなる。

戸田先生が75万世帯の折伏を宣言したのも、御本尊と境地冥合させたからこそ出た数字(御本尊の仕事)なのでしょう。凡夫の発想では、ありえない数字です。御本尊に南無すれば、自分にしかできない仏の仕事(使命)が見つかります。それをやるかやらないか、決めるのは自分自身です。

 

北朝鮮撲滅の法戦!

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月17日(金)22時36分5秒
  異母兄を異国で暗殺して恥ない独裁者のいる国、北朝鮮。閉鎖的で独善で傲慢な日顕宗と全く同じだ。国際社会の仏敵を討伐する法戦は米国との集団的自衛権行使による予防戦争の先制攻撃である。我らは銃後の祈り、丑寅の題目で、仏敵を調伏しませう。  

「六」

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 2月17日(金)22時27分48秒
編集済
   そうですね。6000回目です。少し前に気づきました。

 「六」は「具足」の意味です。「妙」の意味でもあります。(御義口伝講義から)。「六即」にも通じます。
 さてさて、きちんと具足させていただけるのでしょうか。


 

私の御祈念項目

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 2月17日(金)22時19分29秒
編集済
  1. 御本尊様、どうか私の目の前に54年問題の真実を聞いてくれる人を現してください。
2. 名誉会長池田先生を守る為の、勇気と力とスピードを100倍、1000倍にしてください。
3. 明日の6000回目の新・人間革命で、54年4月24日について「真実が正しく」書かれますように。
 

池田名誉会長の〔世界との語らい〕

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月17日(金)22時16分37秒
  【第17回】ブラジル・ロンドリーナ大学リジア・ルミナ・プパト前総長

2006年2月4日

女性は太陽その力は無限!
社会に春の勝鬨を告げる

「春の初の御悦び木に花のさくがごとく・山に草の生出ずるがごとし」(御書1
585ページ)最愛の家族に先立たれ、人生の試練の冬を勝ち越えてきた一家に
贈られた御聖訓である。2004年(平成16年)の春、ブラジルから、一人の
女性教育者が希望の香風を運んでくださった。リジア・ルミナ・プパト氏。名門
の誉れ高きパラナ州立ロンドリーナ大学の総長である。「池田会長の『21世紀
は女性の世紀』との提唱に、私は諸手を挙げて賛成します」

満面の笑みに弾ける勇気。毅然とした瞳に光る鋼のような意志。この人は正義の
ために戦ってこられた方だ。人間の尊厳のために戦ってこられた方だ。風雪に耐
え、戦い抜いてきた生命にのみ脈打つ「春」の歓喜の躍動を、私は感じ取った。
「私の学生時代は、軍事政権の真っただ中でした」1964年に軍政が成立して
以来、ブラジルでは言論・思想統制の嵐が吹き荒れた。ロンドリーナ大学も例外
ではなかった。当局は、学生たちの連帯を恐れ、わざと校舎と校舎を遠く離して
建設した。

講義の休憩時間は15分。次の授業を受けるためには、走って移動せねばならな
い。学生たちが話し合い、意見を交換する時間を奪おうとしたのだ。同じころプ
パト氏も、多くの友と、民主化を求めて敢然と立ち上がった。それに対し、牙を
剥き出しにした権力は、“見せしめ”という暴挙に出る。ある日、仲間の一人が
忽然と姿を消してしまったこともあった。苦難と戦ってこそ恐怖の時代は、実に
20年以上続いた。「池田会長を、理不尽にもブラジルに入国させまいとしたの
も、この政権です。

深い深い憤りを感じています」74年、入国ビザが発給されず、私は訪伯を断念
せざるを得なかった。66年の訪問の際にも、行く先々で政治警察の監視の目が
光っていた。プパト氏も、学生を守るために戦い、大学の講師を解雇されたこと
がある。だが卑劣な圧迫の烈風も、正義と信念の炎を吹き消すことはできなかっ
た。むしろ、いやまして燃え上がらせた。“自由と民主主義と人間の尊厳を守る
ため、生涯を捧げるのだ!”御金言に、「冬と春とのさかひには必ず相違する事
あり」「賢者はよろこび愚者は退く」(同1091ページ)と。人間は、苦難に
鍛えられてこそ光る。

ブラジルの太陽のように晴れやかな氏の笑顔も、困難と戦うなかで輝きを増した
のだ。不正と抑圧に対する戦い――軍事政権から民政に移管した後も、彼女の決
心は微塵も変わらなかった。長く教育労組の活動を続けたが、正義の理想を強力
に具現化していくため、決然と政界に進出された。大学教員を続けながら、パラ
ナ州の州議会議員、ロンドリーナ市の市議会議員を歴任。苦しめられた権力の側
に大胆に分け入って、今度は、その権力を、市民の幸福実現のために正しく行使
させていったのである。

「暴力・差別・偏見――虐げられてきた女性たちを、社会的にも、法律的にも、
精神的にも、あらゆる角度から守りたい」。市議会で女性局の設置を強く訴えた
。熱意が実って、市にブラジル初の「特別女性局」が誕生する。局長には、請わ
れて氏が就任した。はるか歴史を遡れば、古代インドのアソカ大王が、仏教を根
底に福祉政策にも力を入れ、新設したのも、「女性のための奉仕者」と呼ばれる
役職であった。

プパト氏は、常に弱者の視点に立ち、現場を歩きに歩いて、生の声を聞くことか
ら出発した。ドメスティック・バイオレンス(家庭内暴力)に関する法整備や心
のケア。低所得にあえぐ女性のための職業訓練コースの設置等々――。女性なら
ではの、きめこまやかな思いやりと誠実な行動が、放っておけば動脈硬化してし
まう政治に、柔軟さと活力を生んだ。優しさと清潔さを脈動させた。「議員の半
分は女性に!」とは、恩師・戸田城聖先生の先見であった。

真っすぐな正義感と献身性を兼ね備えた女性たちの声を、強く大きく反映させて
いくことこそ、真の民主政治を取り戻す大直道であろう。ともあれ、社会に希望
の春を告げゆく太陽は、女性である。40年ほど前、ブラジルの婦人部の同志に、
私は申し上げた。時代を変えていく真の原動力は、女性の祈りである。生活に根
差した女性の活動である。女性の力は、大地の力である。大地が動けば、すべて
は変わる。権威の王城など簡単に崩れ、不動のように見えた山をも動かしてしま
う。その力は無限だ。そこに不可能はない――と。

母は言動で模範を

平和と文化と教育、そして環境の保護を、促進するための源泉は、いったい何か
――。私に名誉博士号を授与してくださった式典で、プパト総長は明快に指摘さ
れた。それは「多様性の尊重」である、と。文明、信条、民族、性別などの違い
を尊重することから、寛容の精神と友好的な対話が生まれ、精神の武装が解き放
たれると言われるのである。さらに「そのための鍵は、仏法の人間主義にある」
との深い共感を語ってくださった。

こうした多様性の尊重を、父母の姿から学んだとも、感銘深く伺った。人種デモ
クラシーの先進国ブラジルでも、不当な差別が残っていた時代、ご両親は進んで
肌の色の異なる子を養子にされ、他の兄妹と何一つ変わりない愛情を注いで育て
られた。総長は、世界の女性たちへ、エールを贈る。「今、必要なことは、母親
自身が、自分は未来の世界市民、すなわち人間主義に立った市民を育てていると
いう自覚をもつことではないでしょうか。

言葉だけではなく行動で、自分が模範となって人間主義を示していくことです。
私も、そういう決心で娘を育ててきました」世界市民の育成、人間主義の実践―
―その最先端を走り進んでいるのが創価の女性であると、私は誇り高く明言した
い。

胸中に力と智慧が

プパト総長は、私の宝である関西創価学園にも訪問し、学園生と語り合ってくだ
さった。「冬の植物を見ると、花もありませんし、葉もありません。まるで生き
ていないように思いますが、そうではありません。自分が花を咲かせる時を待っ
ているのです。自分にとって一番いい時期を待っているのです」高名な植物生理
学者ならではの洞察だ。日蓮仏法にも「木中の花」の譬えがある。

冬枯れの木に、花の気配はない。しかし、春が巡り来れば、万朶と花を咲かす。
それと同様に、目には見えねども、いかなる人にも、宿命の冬を越えて、自他共
に幸福の花を咲かせゆく、仏性という尊極の生命が具わっているのだ。総長は続
けて、学園生に語りかけた。「私たちも、このような植物の生き方を手本にして
いきたい。自分自身の中にある力と智慧を信じ、発揮して、どんな困難をも乗り
越えていくことです」私たちも、晴れ晴れと確信する。

人間が秘めた無窮の可能性を!

胸中に宿る自在の力と智慧を!

生命に漲る勝利の春の律動を!

きょう、日本は「立春」。暦の上で「春が立つ」日である。冬の闇将軍に向かっ
て、春の旭日のスクラムが快活に反転攻勢を開始する日だ。ゆえに私たちは、出
会いの時のプパト総長との約束を思い起こし、心新たに出発したい。
「さあ、魂から湧き出ずる歓喜の前進を!民衆の勝鬨が轟く世紀の春に向かって
!」


プロフィール
リジア・ルミナ・プパト(1954年~)
ブラジル・パラナ州の科学技術高等教育長官。パラナ州立ロンドリーナ大学前総
長。サンパウロ州生まれ。79年、ロンドリーナ大学教員に。同大学動植物生物
学科長などを歴任し、2002年、初の女性総長に就任。大学の教員を続けなが
ら、92年にパラナ州議会議員、翌93年にはロンドリーナ市議会議員に。20
01年、ブラジル初の市の特別女性局長に就任する。
2004年4月、ロンドリーナ大学総長として池田名誉会長に、東洋人初となる
同大学の名誉博士号を授与した。



 

池田名誉会長スピーチ

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月17日(金)21時57分18秒
  聖教新聞2006年3月3日


男性幹部は婦人部女子部を大事にしたい、そうでない者を許してはいけない
また大聖人は仰せである。

「法華経を受持する女性は、他の一切の女性にすぐれるだけでなく、一切の男性にも超えている」<注>

<注> 此の経を持つ女人は一切の女人に・すぎたるのみならず一切の男子に・こえたりとみえて候(御書1134頁・四条金吾殿女房御返事)

真剣で聡明な女性の声が、「新しい時代」を築くのである。幹部はもっともっと、婦人部、女子部を大事にし、女性の皆さんが持てる力を自由に発揮できるようにしていかねばならない。

もしも男性の幹部のなかに、女性を下に見たり、アゴでさしずをするような態度の者がいれば、とんでもないことだ。絶対に許してはいけない。

女性の目は鋭い。悪を許さない純粋さがある。女性の声が「権力悪の歯止め」になるのだ。女性の声を最大に尊重し、その声に謙虚に学んでいこうという心を持てるかどうか。ここに学会の「万代の勝利」の道がある。この点を男性幹部は強く自覚していただきたい。

大事なのは、女子部を増やし、育てていくことである。婦人部、壮年部など各部が、「女子部を育てよう」という気概をもってもらいたいのだ。

女子部が健在であれば、学会は微動だにしない。希望の未来が洋々と開けていく。私はそう確信している。
 

中国方面と池田先生(中国長・熊谷信孝)

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月17日(金)21時51分6秒
  聖教新聞2006年4月26日


昨年、「21世紀への対話――トインビー・池田大作展」を広島で開催した。この展示には10万人の来場者があった。政界をはじめ、中国方面のあらゆる分野の方々から、先生の足跡に讃嘆の声がやまなかった。

与党のキーマン。「池田先生は、44歳でトインビーと対談されてから、今日まで1600回を超す対話! すごいですね。それも世界的に有名な方々ばかり」

野党の有名政治家。「名誉会長は、ノーベル賞をもらってもおかしくない人です。これだけ世界的に通ずる人は少ない。日本人では、いない」。池田先生の海外からの名誉称号の一覧の前に立って、感慨深げだった。

1956年に、池田先生が中国方面の開拓闘争を展開されてから、今年で半世紀になる。当時、山口の会員は、わずか四百数十世帯にすぎない。ほとんどが、家族が反対の中で続々と信心していた。しかも新入信者ばかり。

その中に先生は飛び込まれた。皆といっしょに勤行し、御書を教え、弘教に励み、歴史を刻んでくださった。上下など全くなかった。その結果、会員数は、短時日で四千数十世帯へ。何と10倍に飛躍したのである。歓喜は中国各県へと波及し、戸田先生の願業であった75万世帯達成への原動力となった。

維新回天の揺籃となった山口県は、明治政府に長州閥を築いた。同県の7人を筆頭に、中国各県は日本の宰相となった政治家を多く輩出してきた。日本の政治風土の原型をつくった地ともいえる。

不思議なことに、創価の三代会長は、中国方面の歴代首相らと親交を深めてこられた。岡山出身の犬養毅氏。創価教育学会の初期の支援者として牧口先生と親しかった。山口の岸信介氏。戸田先生の友人だった。

池田先生がお会いになった政治家も多い。池田勇人氏(広島)、佐藤栄作氏(山口)。そして現官房長官の父親・安倍晋太郎氏(山口)……。

池田先生は指導されている。

「民衆が根本である。民衆が主人である。民衆の幸福が目的である。そのために民衆が立ち上がれ!」。この哲学を先生は徹底的に打ち込んでくださった。
 

インフルエンザ!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 2月17日(金)21時44分10秒
   “流行”(時流ではありません、笑い)に遅れては、と今月初めにもう何十年ぶりかのインフルエンザとなり、一週間以上、寝込みました。
 大丈夫です。ネットではうつりません。この機会に今月いっぱいぐらいは“ロム専”を決め込むかとも思っていましたが、孤軍奮闘の方も見えますし……。ロムしていると、また違ったものが見えてきますね。


 一人のSGIさん

>……によって、罪業のレベルにも重軽浅深があります。
「謗法は多種なり」p428
「謗法に至って浅深あるべし」p1307
「謗法に上中下雑の謗法あり」p458
ですから、あまり、神経質になってもいけないのです。(投稿者:一人のSGI    投稿日:2017年 2月17日(金)09時16分9秒   編集済
)<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64597

 この「あまり、神経質になってもいけない」という点がこの後の池田先生の指導にあったように記憶しています。この十四謗法についての留意点ではないでしょうか。「浅深あるべし」「上中下雑の謗法あり」を踏まえてを、むしろ重点に考えるべきだと思います。

>私がこちらの人達を折伏するのに大変なのは、やはり勤行を教える事です。
ローマ字でふられた文字をよむのですが、慣れない発音をするだけでも大変です。
28年前に主人を折伏し、あの長い勤行を教えて居た時は、主人は時々爆発していました。(笑)
いわんや外人の子供達が、あの様な形式の勤行をできる子がどれだけいるか、、。<

 「形式の勤行」――むしろ、こちらの方に留意すべきだと思います。「勤行」は、「行」ではありますが、むしろ「信」と捉えた方がいいというのが最近の私の実感です。「勤行」によって、実際には自身の胸中に「信」を打ち立てているのではないでしょうか。

 おてもやんさんは、拝見していると、自問自答の多い方だと思いますよ。惑わされてはいけません。「問題提起」です。


 

リボンの騎士様

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 2月17日(金)21時10分46秒
編集済
  素晴らしい!
大福運が開けますね
おめでとうございます!

2010.5.3
先生は「大福運開く年」と言われました
8は開く義という事だからと思っていました
しかし、先日のジョーカー様の投稿を読み、目から鱗がポロリと落ちました
「三世永遠に消えない大功徳を頂戴する、ビックチャンス到来の今世なのです
その事に感謝出来れば、組織はガラッと変わります」
先生が公式会合を欠席され、組織が不思議な方向に進んでいる今
この時に
「先生直結の学会に
   会員が先生直結の信心が出来るように」
祈り、奮闘できる事の「大福運」
歓喜の中の大歓喜です
あゝ今のこの時の為に、先生がたくさん教えて下さっていたのか!
今なのか!

平成2.4月 先生のスピーチ
「この10年で誰人も想像しなかった勝利の春を勝ちとった
全部、広布の為、同志の為との一念であった」
この10年とは?
54.4.24からの10年である

また、先生は
「多くの門下は大聖人が赫赫たる栄誉の立場になられると期待していた面があったようだ
所が実際には、難また難の連続である
日本からの悪口と嘲笑、圧迫が息をつぐひまもなく襲ってくる
自分も偉くなれると思った目算が外れて、退転、反逆の徒となるものも現れる
彼等は権力者の手先となって、かつての師匠と同志を虐める為に暗躍する…
(尼の夫は)どんなにか大聖人の凱旋のお姿を夢見ていた事であろう
また、裏切りの徒の卑しい心根を、どんなにか、悔しく思っていたことであろう
大聖人は、そうした門下の心を、全て汲みとっておられた
一切を知っておられた
その上で、いささかも悪と妥協することなく、敢えて大難の中へと進まれた」

「いささかも悪と妥協することなく」そして「勝利する」
これが大聖人の精神であり、池田先生の精神であると思う
悪と妥協し、難を避け、「勝利!勝利!」と宣伝して、何なろう!

「勝利とは世間的な外見とか表面的な名誉ではない
一人の人間として、信仰者として、我が人生の使命を晴れ晴れと、堂々と総仕上げしていった、その無冠にして偉大なる境涯の実像こそ、真実の勝利なのである」
そんな人生を歩んで行く事を選んだのが、宿坊の皆さんだと心から敬服しています
そして、自分も、これから先ず10年、そんな人生を歩んで行きます

 

聖教新聞"自爆"啓蒙

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月17日(金)21時07分1秒
  と云う訳で3か月で、10部購読を申し込みました。何しろ伝統の2月です。地区部長は30部、支部長は50部の"自爆"啓蒙です!ブロック長の私は10部なのです。自爆テロを行わずして、如何に目標を達成できようか、と云うことです。婦人部には、100部、200部の猛者が山のやうにいます。北朝鮮撲滅の法戦、伝統の2月は成果主義なのです~!  

Twitterより。何の為にやるの?数ありき?なんかおかしくない?上がだめだと現場にも影響する例かも。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 2月17日(金)20時47分20秒
  毎年のことながら、2月は聖教新聞の大啓蒙月間。
「目標達成まで、あと○○部!」と婦人部が躍起になっている。
ただ、外部啓蒙も、多くが贈呈。
内部も、未活動の会員の名前で、活動家が負担している。
 

リボンの騎士さま

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月17日(金)20時12分41秒
  すごいですね!大きな第一歩ですね!心を動かされました!素晴らしい!  

元気出てきました!

 投稿者:リボンの騎士  投稿日:2017年 2月17日(金)20時09分24秒
  宿坊見て、真実の情報をに触れ、とても勇気づけられました。自宅で友人と毎週一回正義の唱題会を始めることにしました!  

本日の聖教新聞第一面記事について

 投稿者:情報係  投稿日:2017年 2月17日(金)19時54分58秒
  宗祖御聖誕勤行会の写真について、或る方から連絡が有り『あの写真は使い回しで、実際は会合自体も無かったのでは?』との話が入りました。

さも有りなんの執行部ですから、何でも出来ます(苦笑)
写真の使い回しは、聖教新聞紙面で何度も有ったそうで、時差海外報道は特に顕著だとの事です。

確かに、日本人なら他国の方々は、皆さん外国人。
どこの国の方かさっぱり分かりません。何とでも写真は流用できますね(苦笑)
 

語学出版社の白水社から

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月17日(金)19時34分23秒
編集済
  フランス語で読むレミゼラブルがいよいよ発売になります。2月21日。対訳版入門書のようですね。一度フランス語を学んで挫折した方、是非に再挑戦しませう。主人公ジャン バル ジャンの人間性の勝利を歌い上げた怪作、レミゼラブルを原語で是非に味わひませう!  

おてもやんさんへ

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 2月17日(金)17時46分6秒
  >勤行は所詮「化儀」である<<

まず言葉使いですが、「所詮」とはずいぶん見下した印象を受けますが、私は、「所詮」などと言う言い方はしていません。

信、行、学、のうちの;行;の中で、勤行は欠かせない自行の実践です。
特に唱題行がないと、まず、大聖人の仏法が成り立ちません。

なにせ、一番大切な部分なので「勤行」の行為自体は「教義」の一部分です。

私が[化義]と言ったのは、あくまでも「読経の形式の部分」はその意義を踏まえるなら、時代にあった変え方もありではないかという意味です。

まず、誤解を招かない様お願いします。
私の説明が不足だったのなら、お詫び申しあげます。

おてもやんさんは勤行の短縮に関しては賛成の立場で書かれていますが、もしそうならどうして
誰が変更したかなどを知りたいのかな、、と不思議に思いました。
普通は反対の意見の場合に、意義申し立ての感覚から、そういう事も思うと思いますが。
 

十条さん

 投稿者:フラフラ  投稿日:2017年 2月17日(金)17時44分8秒
  めちゃめちゃ嬉しそうじゃないですか~!!
万感の思いがこみ上げ、喜びを爆発させた。というかんじだね。
 

Twitterより。「54年問題を学べ、忘れるな。」と池田先生は仰っていた。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 2月17日(金)17時16分9秒
  2010年5月に先生が倒れる前にずっとおっしゃっていたのは54年問題を学べ  忘れるなだったはず。なぜそのように繰り返しておっしゃったのかが今わかる。  

虹と創価家族様

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 2月17日(金)14時51分41秒
編集済
  写真の再掲ありがとうございます
百聞は一見にしかず
この写真を見ると一目瞭然です

大山37
「(学会員は)新たな決意に燃えた」

大山39
「(会長辞任)この瞬間、誰もが息を飲んだ
耳を疑う人もいた
愕然とした顔で十条を見つめる人もいれば、目に涙を浮かべる人もいた」
会員は新しい決意で出発し、幹部は愕然として、息を飲んでいたということになります

「辞任」を以前から考え、周到に先生が準備されていたならば、普通逆ではないですか?
以前から聞いていた幹部は「新しい決意に燃え」
何も知らなかった会員は、「愕然とする」
なんだか、執筆チームはかなり「迷走」しているように思います
「愕然とした」という言葉を入れないとこれまでの先生の御指導と「整合性」がとれない
何よりも当時の事を鮮明に覚えている会員から疑問の声が上がる
推測すると、そんな状況で不思議な展開になっているのでしょうか?

大山39
「十条も万感の思いが込み上げ、胸が詰まったが、自らを励まし、言葉をついだ」

そんな殊勝な十条さんが、翌日、満面の笑みとは!
そして、十条さんを取り巻く、大学出の、自分達は「特別」と思い、大学を出ていない先生を見下していた幹部の面子が勢揃いしています

先生の大変さ、改めて感じます
「貧乏人と病人の集まり」と馬鹿にされながら、会員を、庶民を守り抜かれる先生
そんな先生の心が分からない大学出の最高幹部達
大学は、大学に行けない人達に尽くす人材を作る為にあります
この師匠の心も分かっていなかったようで…

4.25 付 写真
北条新会長始め最高幹部の皆さんの満面の笑顔に、会員への思いを微塵も感じることが出来ないのは、自分だけでしょうか?

追伸
「新・人間革命」の前書きか、何処に「新・人間革命」執筆を助けてくれている人ということで、数人の名前を先生が載せておられました
先生は「弟子の頑張り」を見逃さない
その時のメンバーが今も担当しているのか、不明ですが…




 

ハイィ~出ました、「錯乱」目的、決定ィ~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月17日(金)14時03分10秒
  おてもやんと申す人が、最近投稿している。この方は「私は元学会員です」と自己紹介しているにも関わらず。

えらく内部情報に詳しく、また興味もあるようだ。 いったいナンのためかな~(大笑)

今現在、学会員ではないのだから、極端に言えば、学会がどうなろうが、教義がどうなろうが、執行部がどうなろうか、

まるで関係ない立場なのだ。その関係ない立場から、いったいこの吾人は、ナニを知り、ナニを論じたいのかさっぱりわからない。

>興味があるのは誰の判断と決定で勤行が短縮されたのか?という点です<

元学会員であるならば、勤行・唱題しているのか? がそもそも疑問である。学会員でないのなら別に論じるものですらない。

>勤行は所詮「化儀」であるならもっと早く短縮形しておくべきだったとも逆に腹が立ちます<

そもそも、学会員でないのなら関係ないでしょ! アナタは学会員ではないのだから、勤行する必要もないし・・・

なんで腹が立つの? アナタは「元学会員」なのだから、関係ないことで腹が立つ理由が分かりませ~ん(笑)

学会員でないアナタ、そのアナタが十四誹謗なんて、アナタの生活に何も関係ないじゃな~い(笑)


そんなアナタが、関係ない掲示板に、いかにもそれらしき投稿をする理由! 錯乱目的じゃないの~(笑)

もし違うのであるならば、「元学会員」という自分をさらしたのだから、そこに至るまでの経緯もさらしたらいかがデスか~(笑)

身分を明かしても、経緯を明かしても、アナタは「学会員」ではないのデスから、査問されることも、処分されることも、ありませ~ん(笑)

自分を明らかにせず、単なる興味本位、あるいは「オレ、こんな内部情報知っているんだぜ」みたいな自慢話をしたいのなら

どうか、他所で勝手にやって下さ~い(笑)学会員でないアナタ!(内得信仰しているなら別ですが)

そんな人が、安易に来るところではありませ~ん(笑)

 

おてもやんさんへ

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2017年 2月17日(金)13時20分44秒
  はじめまして、グリグリと言います。

ちょっと気になったことがあったので、教えてください。


http://6027.teacup.com/situation/bbs/64608
>投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月17日(金)12時48分56秒
>興味があるのは、誰の判断と決定で勤行が短縮されたか?という点です。

とのことですが、なぜそのようなことに興味をもたれるのですか ?

単なる趣味ですか ?

それとも

池田先生憎し・・・ですか ?

というのも、あなたはこう言ってます。↓


http://6027.teacup.com/situation/bbs/64179
>投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月11日(土)12時39分19秒
>初めまして、元学会員だった者です。


元学会員だったとのこと。

元学会員ということは、あなたは創価学会を「脱会した」ということですか ?

あなたはこうも言っています。↓

http://6027.teacup.com/situation/bbs/64214
>投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月11日(土)23時53分8秒   通報
>私としては父も民音の責任者を永年任されてきたので、瑠璃蓮様と同意義で考えていましたが、ここでは別のお話としましょうか。


あなたのお父さんも民音の責任者をして、長年任されていたとのことですから、

あなたのお父さんは学会員であると、グリグリは理解しています。

せっかくお父さんが学会員なのですから、
上記のような質問は、あなたのお父さんに聞いたらいかがでしょうか。

むしろ、あなたのお父さんが「何て答えた」のか、そちらのほうが興味があります。


以上、よろしくお願いします。
 

誰か私を呼んだ?さん

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 2月17日(金)13時04分56秒
  そうなんですね。

>聖教新聞の過去の体験記事を検索して、同じ病に悩む会員に送ってあげたところ、「秘密漏洩」で解雇されたそうです

秘密漏洩????

過去とはいえ既に掲載、公開されている記事を検索し送っても「秘密漏洩」「情報漏洩」で解雇

とは(笑)

会員に奉仕するのが職員の責務であり使命のはず、職員5項にも職員憲章にもきちんと謳ってま

すが?

そもそも現在の職員、全員とは言いませんが、そのくらいしか会員には貢献、奉仕できないでし

ょ?

特に最近の若手の職員は会合等で威勢が良いだけ、敵ともまともに対峙出来ない、戦えない、下

手したら二度の宗門問題や法難の歴史、学会の歴史も、教学も全く勉強しない、もっと言えば、

近年の会則変更、教義変更、御本尊問題等々、まともに解説も説明もましてや会員さんからの疑

問にもまともに答える事が出来ないほどレベルが低下し、劣化し続けている。

これは信濃町界隈首脳部もそうだからそうなっても仕方なし。一番臆病で小心者が首脳部だから

現在の信濃町界隈はじめ地方も含めて危機的状況。

一番迷惑し影響を受けるのは現場の名も無き純粋に信仰に励む会員さん。

会員さんをバカにすると後々後悔することになりますね。

「会員さんだぞ~」(笑)
 

赤胴鈴之助 様

 投稿者:誰か私を呼んだ?  投稿日:2017年 2月17日(金)12時55分27秒
編集済
  ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします。

私も、海人については、安曇氏のような一族だとも考えられるのではないかと気にはなっていたので、くだんの友人に聞いたところ、

海人(あま)については、『日妙聖人御書』(真蹟断片あり)の「海人は魚をとるにたくみなり、山人は鹿をとるにかしこし」(御書1216頁)との表記から、漁民と考えることが素直な解釈だと考える。

といわれ、返す言葉がありませんでした。
にもかかわらず、大聖人がもともと偉い立場の人だという友人の主張は、やっぱり???です。
 

1人のSGI様へ

 投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月17日(金)12時48分56秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/64597

こんにちは。ご丁寧に返信下さりありがとうございます。
興味があるのは、誰の判断と決定で勤行が短縮されたか?という点です。

早い話が長い勤行は面倒くさいですし、在家信徒にとっては朝忙しいのに夜は疲れてるのに短くなって楽チンです。
信者もこれなら楽だろう、化儀だし短くても良いし、と池田名誉会長の判断で短くされたかのでしょうか?
それとも他の会長でしょうか?
勤行は所詮「化儀」であるなもっと早く短縮形 にしておくべきだったとも逆に腹も立ちます。
その辺の過去の指導の反省や謝罪を見たことが無いのですがどこかにありますでしょうか。
 

ダメよダメダメ~様の投稿に思う

 投稿者:誰か私を呼んだ?  投稿日:2017年 2月17日(金)12時30分35秒
編集済
  >>>信濃町界隈、聖教新聞というところはたかだか14年前のグラフの記事とも整合性が取れない事を平気で行っているのですか?

多分そうなのでしょう。
ある職員は、聖教新聞の過去の体験記事を検索して、同じ病に悩む会員に送ってあげたところ、「秘密漏洩」で解雇されたそうです。
過去記事は、都合が悪い情報の代表みたいです。
 

今ある大きな危機。これをどのように理解したら・・

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 2月17日(金)12時08分57秒
編集済
  福島第一原発二号機が引き起こしかねない大惨事

ひかりさまも少し書かれています、福島の現状です・・

この事態を立正安国を願う我々は、どのように理解したら良いのでしょう・・・

<抜粋貼り付け >

事故により破損した福島第一原子力発電所の第二号機格納容器内の放射能レベルは最大で530Sv/hにまで達した。

これは2011年3月の事故によって三つのメルトダウンが起こって以来最大の数値であると、

東京電力会部式会社(TEPCO)は語った。

530Sv/hとは、ごくわずかな時間の被ばくによって人が死亡するレベルである。この放射能の数値は、

2011年3月に破損した三つの原子炉すべてを解体する困難の巨大さを示している。

原子炉取り出しの方法を見出さなければならない日本政府とTEPCOは、

まさに困難な現実を突き付けられた格好だ。

国立研究開発法人 放射線医学総合研究所(放医研)の公式見解によると、放射線を取り扱うどんな医療関係者も、

これほどのレベルの放射能を取り扱うことについては、考えることもできないという。

TEPCOはまた、カメラの遠隔操作によって得られた映像を分析したところ、原子炉の第一格納容器の中にある

圧力容器の下には、金属製の格子の中に2メートルの穴があった、とも報告した。

「放射能、3.11以来最大に」
2017年2月3日付 ジャパンタイムス

http://akiomatsumura.com/2017/02/the-potential-catastrophe-of-reactor-2-at-fukushima-daiichi.html

もう一つ・・

<貼り付け>
今回の毎時530シーベルトという値は、2012年に毎時73シーベルトが検出されたほぼ同じ場所で測定されたものだ。

毎時1シーベルトの線量は、放射能疾患と嘔吐を催すのに十分な線量である。

5シーベルトの被曝であれば、1ヵ月以内にそれに晒された人の半分が死亡し、

10シーベルトであれば、数週間のうちに死亡する値である。

http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-4794.html

<貼り付け終わり>

530シーベルトは数秒のうちに即死するレベル・・だそうです。・

日本は・・果たしてこの恐るべき事態を修復できるのか・・

これは総罰なのか?? どう解釈すれば良いのか・・・

http://

 

臨終と誕生・・幽霊論議に関連して

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 2月17日(金)11時45分58秒
編集済
  https://www.youtube.com/watch?v=1llcFT0oNMs
世界的に有名な脳科学者の臨死体験

https://www.youtube.com/watch?v=3MI4IHSDl3g
5歳の子供が語った前世 このテレビ放映を見た方もあると思います・・

https://www.youtube.com/watch?v=gD3q-_2D4T4
カメラがとらえたもの

https://www.youtube.com/watch?v=EEbO_awILtE
東北大震災時にビデオがとらえた白い影・・
<これを見ると私いつも泣けてくるんです・・この亡くなった方の無念さ・・誰が、誰を訪ねて行かれたか・・
知る由もありません>

現在のユーチューブには、それこそ多くのこういった映像がアップされています。

生命も量子論でいうエネルギーを持っているからでしょう。そのエネルギーがカメラに捉えられるんですね。

有名なスポーツ選手が自動車事故で亡くなり。その自動車から・・浮き上がっていく白い影が浮き上がっていく瞬間が

映像にハッキリと捕られていたり(事故は一昨年か、昨年?)。

他にも、病院で亡くなった方の体からの映像。

人に限らず、犬や猫が死んだときにも白い影が屍体から浮き上がっていく様子が映像に捕られられています。

ユーチューブには、そのようなものがたくさんあります。ご存知の方も大勢いらっしゃるでしょう・・

また、会いたくありませんが・・宇宙に冥伏しないで怨念・執着?からか徘徊している、

上の映像のようなXXXXさんも多くいらっしゃいます・・・不慮の死で亡くなった方・・

殺された方・・・・・・・その悔しさからでしょうか・・一念のエネルギーは凄まじいものがあります。

ときおり、古い屋敷なんかに行ったときには感応しそうなときもありますので・・そのようなときにはとっさに題目・・

幽霊というと恐ろしい(私なんか典型的・・・)というイメージですが・・

何れにしても上のようなビデオや医者の体験は生命の永遠性。生まれては死んで、また生まれることを実証しています。

亡くなった方とのコンタクトは題目で繋がるとは先生。

私も、私が死の一歩手前にあったとき枕元に父が出てきて・・誰かと大きな声でしゃべっているんです。

ただ、その父、当時すでにこの世に出てきているはずなんですが・・(不思議です)

他、テレポートする人の不思議な映像

生命と宇宙・世界はまさに不思議の世界・・・妙法です。

・・生と死の探索は続きます・・

http://

 

ジョーカー様に質問です。

 投稿者:  投稿日:2017年 2月17日(金)11時26分16秒
  だいぶ以前に投稿させて頂いた桜と申します。
普段、ここを拝見させて頂き様々な気付きを頂いております。皆様ありがとうございます。

突然で誠に申し訳ありませんが、ジョーカー様に質問があり投稿させて頂きました。

ジョーカー様が仰った「なぜならば、どこまでいっても広宣流布は御本尊の仕事だからです。」と言うところです。
広宣流布は地湧の菩薩の使命かと思っておりました。
御本尊の仕事との意味を教えて頂けますでしょうか。
お忙しい中申し訳ありませんが、お時間が有るときで結構ですので宜しくお願い致します。
 

毎日楽しみ

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 2月17日(金)11時24分8秒
  カンピースさんの政教珍聞、毎日楽しみにしております。
今日も切れ味鋭いご指摘。さすがです。
 

2003年 グラフSGI5月号

 投稿者:ダメよダメダメ~  投稿日:2017年 2月17日(金)11時22分59秒
編集済
  特集 嵐と勝利の5月3日「随筆 新・人間革命」に学ぶ。だったのですが?

信濃町界隈、聖教新聞というところはたかだか14年前のグラフの記事とも整合性が取れない事を

平気で行っているのですか?

現在進行中の新人間革命とは全く違うスタンス。

まだまだまともでしたね~(笑)
 

グリグリのツイッターもどき

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2017年 2月17日(金)10時44分58秒
  【共謀罪の要件】ヤフーニュースより
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64600


グリグリの妄想

まぁ~「宗教的・伽藍」を守ることより、

池田先生(学会精神)の思想を守ろうと決意している人にとっては、

「伽藍」がどうなろうが、知ったことではない・・・・と思っているような気がする。笑

還著於本人も故えあるかなや

法華経の行者を迫害した個人や団体は、必ず滅ぶ――とは、日蓮大聖人の言。
 

【共謀罪の要件】ヤフーニュースより

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2017年 2月17日(金)10時12分56秒
  おはようございます。

国家権力は、創価学会を壊滅させるための準備を、着々と整備しているようにも見える。



【ヤフーニュース】より
犯罪の計画段階で処罰する「共謀罪」の要件を変え、「テロ等準備罪」を新設する法案をめぐり、法務省は16日、
「正当に活動する団体が犯罪を行う団体に一変したと認められる場合は、処罰の対象になる」との見解を明らかにした。

これまで政府は、「一般の市民は対象にならない」としてきたが、

捜査当局の解釈や裁量によっては対象になることが明らかになった。

衆院予算委員会の理事懇談会で、法務省が文書を示した。

法案はまだ国会に提出されておらず、「テロ等準備罪の具体的内容は検討中」と前置きしたうえで、
対象となる「組織的犯罪集団」については「結合の目的が重大な犯罪などを実行する団体」という趣旨で検討していると説明した。

加えて、「もともと正当な活動をしていた団体」も、その目的が
「犯罪を実行することにある団体」に一変したと認められる場合は、組織的犯罪集団に当たり得るとの見解を示した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170217-00000004-asahi-pol
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、一つ質問がありま~す(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月17日(金)10時03分42秒
  本日の政教珍聞1面、日蓮大聖人の御誕生日を慶祝、池田先生は第二別館、原田怪鳥様は広宣会館で勤行・唱題とのコト、おめでとうございま~す。

ところで、なぜ写真が原田怪鳥様なのデスか~? 池田先生の写真をナゼ掲載しないのデスか~? 不思議で~す(笑)

御誕生日を慶祝とのコトですが、「かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」(P919)なのですから、御注意下さ~い(笑)

驚愕部に日蓮本仏論に異論を唱えるアドバイザー様がいらっしゃいますが、イイんですか~(笑)悪しくうやまってないデスか~(笑)

あらためて、怪鳥様にお伺いしたいのデスが、創価三代会長にかこつけて、呼称を「先生」に統一されてますが・・・

池田先生は「名誉会長」を辞任されたんデスか~? 「SGI会長」を辞任されたんデスか~?

統一されたのは、「呼んではいけない」ということデスか~? 54年とかぶってませんか~? 怪鳥様の生命もまるで変ってませんね~(笑)


さて、本日の「新・人間革命」・・・・いや、「珍・人間革命」デスね~(笑)

なんとか、先生を「勇退」にしたい。そのためには「随筆、新・人間革命」を捻じ曲げてでも「珍・人間革命」を強引に嘘と真実を織り交ぜて作成する。

ゲスな思いが見え見えで~す(笑)

>十条も万感の思いが込み上げ、胸が詰まったたが、自らを励まし、言葉をついだ<
(新・人間革命、大山三十九より引用)

まったく「?・?・?」デスよ~(笑)会長就任時のあの満面の笑みはなんデスか~(笑)虚実織り交ぜるとはこのことで~す(笑)

これだけ当時の資料が残っているのに、「小説」だからと、ナニを書いてもいいというものではありませ~ん(笑)

ドンドン真実からはなれる「珍・人間革命」を明日も楽しく拝見させていただきま~す(笑)

 

賢人

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2017年 2月17日(金)09時59分12秒
  虹と創価家族様

>自分は54年問題に対し、初期の頃は「秋谷、原田、憎し!」という感情が先に立っておりました。
しかし今はその憎悪に振り回される事は御座いません。<

人には感情モードと理性モードがあります。憎悪や怒りは感情モードなので、それを基にした言動では、人の心を動かすことは難しい。実に対話というものは、理性モードと理性モードの間よって成り立つものです。感情モードは感情モードを誘発し、時にそれは不毛な戦争を巻き起こす。意識すべきは、どちらのモードになっているかです。感情モードは眉間に皺がより余裕がない。理性モードは笑顔で余裕がある。人は、眉間に皺が寄っている人の話は聞かないものです。

仏法は、感情に左右されない確固たる自身を確立するためにあります。御書に「賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり」(P1151)とあるように、八風(感情)に左右されない人が賢人なのです。理性モードの賢人でなければ、いかに正しい戦いを展開しても、足元をすくわれる。魔というものは、感情に入りこんでくるものだからです。

創価学会の宿命転換は、眉間に皺ではなく、ゲラゲラ笑いながらやっていくことが重要です。憎悪は悲壮感を生み、笑顔と余裕がなくなる。それでは人の心は動かない。実に創価学会改革というのは、感情モードではなく、理性モード(賢人)によってなされることを知らなければならない。獅子は前三後一であり、これもまた一歩引いて落ち着く理性モードを意味します。

>今の創価学会に足りないものは、師匠を守りきる一念です。
戸田先生の御遺言である、「第三代会長を守れ! 絶対に一生涯守れ!そうすれば、必ず広宣流布できる」という言葉の継承こそ、三代会長を永遠の師匠と確立し、正しい信心の継承となります。<

創価三代の精神を受け継いでいくことが、広宣流布の要ですね。そのためには土台(体質)がしっかりしていなくてはなりません。官僚的な土台では、良き人材はつぶれてしまう。54年の土台の上では、創価三代の精神は枯渇し、滅んでしまう。今まさに、54年の土台変革の転換点。この大事な時に、感情向きだしの愚かであってはならない。一人ひとりが賢人となっていくことが、土台変革の力となる。

無血革命(会員を苦しめない)は、理性モードによって成し遂げられる。感情モードは戦争を巻き起こし、疲弊させる。理性モードの対話による無血革命こそが、創価学会変革の道です。そして無血革命は、法華経の兵法を用いることであり、そこには絶対、御仏智が湧きます。なぜならば、どこまでいっても広宣流布は御本尊の仕事だからです。その確信があればこそ、ゲラゲラ笑っていられるのです。無血革命を成し遂げようという一念の中に、勝利の因があるのです。
 

十四誹謗と勤行について

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 2月17日(金)09時16分9秒
編集済
  おてもやん様
勤行の形式と懈怠の謗法について、私の思うところ内で書きます。

まずその前に14誹謗については主に教義そのものと、その教義に対する姿勢が基本になるものと
解釈しています。
そのうえで、更に其の人の環境、境遇、能力、などがそれぞれの人によって違う事、
又、それらの誹謗を犯すその人の行動によって、どれだけの人達が被害をこうむるか、
によって、罪業のレベルにも重軽浅深があります。

「謗法は多種なり」p428
「謗法に至って浅深あるべし」p1307
「謗法に上中下雑の謗法あり」p458

ですから、あまり、神経質になってもいけないのです。
すなおで謙虚な信心があれば、普通は大丈夫です。

謗法の者にも浅深・軽重の異あり、法華経を持ち信ずれども誠に色心相応の信者・ 能持此経(のうじしきょう)の行者はまれなり、 此等の人は介爾(けに)ばかりの謗法はあれども深重の罪を受くる事はなし、 信心はつよく謗法はよはき故なり、
大水を以て小火をけすが如し、
阿仏房尼御前御返事 p1307

しかし、そこを押さえた上で、それでもやはり「教義」を勉強しようとしないのはやはり「懈怠」の謗法にはいります。
なぜなら、謗法が育っていく温床を、自ら許していくことにつながるからです。

1番最悪なのは、人の考えや行動を決定する権力の立場にいながら、正法を破壊し、
姑息にも、意図的に、メンバーの信心を破壊しながら自分達の我見の方向へ先導する行動です。
しかも、メンバーには知られない様に、、。
地獄の沙汰もこれ以上の罪はないでしょう。

それでもそういう人達に慈悲をかけるなら、そういう人達に騙されない、確固たる信心を各人が確立し、そういう悪に
騙されない事によって、その悪が顕在化するのを未然にふせぐしかありません。
ですから、教学を学ぶことは、自分を守ることでもありますが、又、悪を守ることでもあります。
仏法には無駄はないのです。

此の度大願を立て後生を願はせ給へ・少しも謗法不信のとが候はば無間大城疑いなかるべし、 譬ば海上を船にのるに船おろそかにあらざれども・あか入りぬれば必ず船中の人人一時に死するなり、 なはて堅固なれども蟻の穴あれば必ず終に湛へたる水のたまらざるが如し、 謗法不信のあかをとり・信心のなはてを・かたむべきなり、浅き罪ならば我よりゆるして功徳を得さすべし、 重きあやまちならば信心をはげまして消滅さすべし、 尼御前の御身として謗法の罪の浅深軽重の義をとはせ給う事・まことに・ありがたき女人にておはすなり、 竜女にあにをとるべきや、 「我大乗の教を闡いて苦の衆生を度脱せん」とは是なり、「 其の義趣を問うは是れ則ち難しと為す」と云つて法華経の義理を問う人は・かたしと説かれて候、 相構えて相構えて力あらん程は謗法をばせめさせ給うべし、
日蓮が義を助け給う事・不思議に覚え候ぞ不思議に覚え候ぞ、穴賢穴賢。
       九月三日                        日蓮花押
     阿仏房尼御前御返事 p1308
-----―
 此の度、大願を立て後生を願っていきなさい。少しでも謗法や不信の失があるならば、無間大城に堕ちることは
疑いないであろう。譬えば海上を船に乗って行くのに、船は粗悪でなくても、水が入ったならば必ず船は沈み、船中の人々は一時に死ぬのである。また、畷は堅固であっても、蟻の穴があれば必ず最後には湛えた水が溜らないようなものである。したがって、謗法不信の水を取り除き、信心の畷を固めるべきである。
 浅い罪であるならばこちらからゆるして功徳を得させるべきである。重い過失であるならば信心を励まして、
その重罪を消滅させるべきである。

 尼御前のお立場で謗法の罪の浅深・軽重の意味を問われた事は、実に希有な女性であられる。竜女にどうして劣るであろうか。法華経提婆品に「我れ大乗の教を闡いて苦の衆生を度脱せん」と説かれてあるのはこのことである。
また「その義趣を問うことは、是れ則ち難しいことである」といって、法華経の義理を問う人はなかなか現れがたいと説かれている。心して、力のあるかぎりは、謗法を責めていきなさい。日蓮の義を助けられることは、実に不思議に感じられてなりません。穴賢穴賢。
  九月三日              日 蓮  花 押
   阿仏房尼御前御返事

さて、勤行の形式の事ですが、これに関しては教義そのものではなく、「化義」の部分だと思います。
ですから、私はこれは「十四誹謗」の範囲でする論議ではないと思います。

勤行で方便品と寿量品を読む事の意義について、戸田先生の「方便品.寿量品講義」にはこうあります。

方便品を読みますのは、所破(しょは)借文(しゃくもん)の為であります。
所破といいますのは、釈尊の仏法は、末法の仏法ではありませんから、全然役に立たないという意味で破折して読むのであります。

借文といいますのは、この方便品の文を借りまして、日蓮大聖人の悟りの境涯、南無妙法蓮華経の御本尊の功徳をあらわすのであります。

同じく、寿量品を読みますのは、 所破と所有(しょゆう)という意味からであります。
寿量品の文底には、南無妙法蓮華経が秘し沈められておりますから、それを用いるのが所有であります。

以上引用終わり

以前正宗では五座全部で長行(かつての二座の様な長文)を読んでいたと聞いたことがあります。
勤行の形式も、ある程度、戸田先生のおっしゃっている意義をおさえた上でなら、時代の変化に合わせる事も必要だと思って居ます。
題目が主であり、読経は客であるなら、この忙しい社会で読経にかなりの時間を取られて、題目をあげる時間が
ないというのでは、主客転倒になってしまいます。

私がこちらの人達を折伏するのに大変なのは、やはり勤行を教える事です。
ローマ字でふられた文字をよむのですが、慣れない発音をするだけでも大変です。
28年前に主人を折伏し、あの長い勤行を教えて居た時は、主人は時々爆発していました。(笑)
いわんや外人の子供達が、あの様な形式の勤行をできる子がどれだけいるか、、。
これが、広布の足止めになってもいけないかな、、と私は思って居ます。    
 

今の新・人間革命は54年当時を繰り返しています

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 2月17日(金)08時04分3秒
  おはようございます。
当時の聖教新聞の一部をアップしました。
内容を読めば一目瞭然ですね。今の新・人間革命の内容そのままです。

今の新・人間革命は、言葉は辞任でも、池田先生が勇退したという内容で書かれています。
すなわち、今の創価学会は、原田執行部の手により、54年当時を繰り返しているのです。

原田執行部は、当時と何も変わらない。いや、変わる事ができませんでした。
その姿は「哀れな敗北者」であり「会員同志の心への裏切り」です。

※執行部の罪について
【保存用文証】「五月三日へ私の誓い」会長 秋谷栄之助
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58665

※当時の執行部の実名
【保存用文証】聖教新聞から抜粋した54年問題の真実
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58664


 

昭和54年(1979年)4月26日(木)聖教新聞2面、3面より

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 2月17日(金)07時46分34秒
編集済
  【2面】
■新体制について 森田理事長
・・・さて、私からは、新しい体制について、ごく簡単に申し上げたいと思います。
今回、宗教法人法に基づく規則の改正を行い、新しい会則を制定いたしました。詳しくは、すでに聖教新聞に掲載されておりますので、それをよく読んでいただきたいと思います。
この会則は、いわば会の憲法のようなものであり、会の運営は、一切これに基づいて進められます。
その趣旨は、皆で合議し、納得しあって進め、会員の皆さんが安心して、さわやかに活動できるためのものであります。・・・

〈※中央に会合参加者の写真〉
新会長誕生に決意みなぎる四月度本部幹部会(25日広宣会館で)


■参加者の声
・身近に感じる新会長 台東区 小黒康吉さん
いやあ、正直いってこんなに明るい幹部会になるとは思ってもいませんでした。きのう、会長勇退のニュースを聞いた時は、全くビックリしましたけど、本当によかった。北条新会長には、我が浅草橋支部結成式に出席していただいたこともあり、支部員一同、新会長を身近に感じてきっと立ち上がってくれると思います。しっかり激励していきます。(50歳)

・独り立ちの信心で 多摩川圏 中山美津子さん
テレビのニュースで今回のことを見て、驚きました。一日中仕事が手につきませんでしたが、きょうその経緯を聞いて安心しました。広布未来に向かう私達の信心が、よりしやすくするための新体制だと知りました。考えてみれば、池田先生には、守られっ放しで、甘えていたと思います。北条新会長のもとで、いよいよ独り立ちの信心をしなければ、と決意しました。心機一転、頑張ります。(49歳)・・・・・


【3面】
四月度本部幹部会から
スクラム組み新たな旅立ち

〈※右上に北条新会長の写真(写真添付)〉
第四代に就任した北条会長
第四代会長の重責を担って立った北条会長。これまでの数々の薫陶を生かしながら、新体制のもと、ともども安定した恒久的な流れをつくっていきたいと新任の抱負を述べた。(25日、広宣会館で)

〈※右下、北条新会長と最高幹部の写真(写真添付)〉
ともどもに健闘を誓う
幹部会終了、参加した各地の友とあいさつを交わす北条会長。
力を合わせて広布の推進を誓う光景だった。
 

感応妙 三諦論 輪廻 幽霊について 飛翔こそ蘇生さん、ありがとうございます。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 2月17日(金)07時42分59秒
  飛翔こそ蘇生さん、ありがとうございます。
素晴らしい詩と激励の言葉、有難くてうれしくて、がんばって、御義口伝講義録の
平仮名化と音声化を綴っていきます、現在法師品まで来ました。
この歌は私の宝物として、大事にさせてもらいます。( ..)φメモメモ

感応妙 三諦論 輪廻 幽霊について

幽霊とは、日蓮大聖人は、亡くなった人の事ですか・・・。
大ちゃんさん、科学では説明できないことが有ると言う事ですが、わたしの、拙い体験
を記しますね。
私が10歳の時母が、9月23日(秋分の日)亡くなりました、夕方の食事の時は、元気だった
のですが、朝起きて、休みだったから、川へ釣りの餌でゴカイを取りに行き、昼前に帰って
見たら、隣のおばさんに、「どこ行ってたん、お母さん亡くなってるのよ」、みんなで探し
ていたらしい・・・叱られました。
しかし、昨夜は、夜中に母親が、枕元に座って、何も言わずに居るのを、知っていたのでびっ
くりしました。
しかし、死んだのは夜中の12時頃だったと言う事です。
死因は、酒を飲んで階段から、落ちて、のどに、ご飯を詰まらせて死んだそうです。
私が知る限り、母親が酒を飲んでいるのを見たことが有りませんし、記憶にありません。

だったら、父親(義父)はなぜ、朝出ていく時に、教えてくれなかったのか・・・不審ですよね。
それから、叔父の所に引き取られて、2年余り、祖母の所に引き取られて、中学を出ました。
夜中に、枕元に座っていたのは、誰だったのでしょう。
夢かもしれませんが、私は夢を見ることは、ほとんどありません。
勿論、夢は見ているのでしょうが、記憶している夢は、年に数回しかありません。

私は幽霊は居ないと思っています。

人間は、幻を見ると言う事が有りますよね、脳の幻覚と言う事も言われています。
グリグリのとこさんも、死んだ人と感応すると言われています。

私も感応妙は信じますが、それが、幽霊とは=しないのです。
幽霊は、物理的な力が有るのでしょうか、なければ、太ちゃんさんの言う、仏壇から位牌が
落ちたと言
うのは、成立しないですよね。
物理的力が有る、幽霊を怨霊と平安時代の人たちは考えたのではないでしょうか。
ゆえに、諸天善神も物理的力で、交通事故者を救うという体験も、納得できます、ガッテン
ガッテンですよ。

>2016年11月2日
>投稿者:大仏のグリグリのとこさんは・・・
>生は仮諦、死は空諦、生死ともに貫く生命の本質は中諦(中道)になります。

つまり、
例えば幽霊の存在を三諦論で考えれば、肉体は仮諦ですから、焼き場で無になります。
では、空諦は、智慧とか記憶とかですから、焼けば脳は無くなるので、無です。
中道は生命の根源です。

>大仏のグリグリのとこさん ?2017年 2月15日(水) の投稿では・・・
>我が生命と死んだ人の生命が感応しないわけがないと思うし、
>幽霊が見えたとしても不思議ではないし、
>見えなくとも、死んだ人の存在や気配を感じたとしても何も不思議ではないと思います。

霊魂、諸天、鬼神は空諦ですよね。
日蓮大聖人は、神天上の法門を説かれています、なぜ、竜口の法難のとき、鎌倉八幡宮で
八幡を諌暁されたのは、誰に向かって叱咤されたのでしょうね。
不思議がいっぱいあります。


法華経の智慧より
死は、だれびとも避けられない。だからこそ、「瞬間瞬間を全力で生きよう」、「人間らしく、
「自分らしく”今”を輝いていこう」と決める時、人間は、計り知れない力を出せる。
また、そこから他者へのいたわりの、心も持てるのです。
ここに、生命の”妙”がある。
”中道”がある。仏法は、この凝縮した生き方を教えた哲理なのです。
 

良かったですね(苦笑)

 投稿者:情報係  投稿日:2017年 2月17日(金)07時25分36秒
  なんとか、今年は忘れずに勤行してました。

答えは「A」

でも、『全国の各会館・恩師記念室などで厳粛に営まれた』は余計でした。各地の行事予定表には記載されておらず、各県圏区の幹部の方に確認したところ『初耳だ』と言われました(大汗)
 

わが友に贈る 2017年2月17日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 2月17日(金)07時11分52秒
  会場提供のご家族に
心からの感謝の言葉を!
時間厳守や節電・節水
近隣への配慮を忘れず
地域の宝城を皆で守れ!
 

池田先生の随筆に学ぶ【随筆 人間世紀の光2 創立80周年へ創価の上げ潮 (2004年9月3日)】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月17日(金)06時55分13秒
  随筆 人間世紀の光2
創立80周年へ創価の上げ潮 (2004年9月3日)

◆一人を大切に! だから学会は発展

    私も幾たびとなく親しくお会いした、ヨーロッパ統合の父クーデンホーフ・カレルギー伯爵の響きある声が、忘れることができない。

「人生は闘争であり、また、いつまでも闘争であるべきである」(「物質主義からの離脱」鹿島守之助訳、『クーデンホーフ・カレルギー全集』4所収、鹿島研究所出版会)

    創立八十周年へ! 西暦二〇一〇年へ! 今、新出発の号砲は、高らかに鳴り響いた!

「八」とは「開く義」である。創立八十周年を刻む二○一〇年の尾根を堂々と勝ち越えた時、広宣流布の眺望は、一段と限りなく開けゆくであろう。

    時の流れほど、大きな力はない。二十世紀は、一九一○年代に世界大戦が勃発し、「戦争の世紀」となった。二十一世紀も、最初の十年が勝負だ。「人間主義の世紀」を築けるか、否か。その分水嶺が二〇一〇年である。

    今、各地で、新進気鋭の人材が続々と登用されている。いずれの人事も、創立八十周年への大切な布陣である。学会は、命令や肩書で人を動かしていく組織ではない。

    幹部であればあるほど、最前線の会員に奉仕していく、尊き組織である。徹底して「一人」を大切にしてきたから、学会は未曾有の大発展を遂げてきたのだ。


◆私は、昭和五十四年四月に会長を辞任した直後から、功労者の家々を訪ねていった。第一に、会員へ「感謝」の意を伝えたかったのである。

    会長を退く直前、お会いした中国の鄧穎超先生は、私の辞任に異を唱えられた。

  「人民の支持がある限り、辞めてはいけません」

    強く心に残る言葉だった。若くして第三代の会長になった私を、全国、全世界の同志が、心から強く強く支えてくださった。新しき、道なき道を開いた功労者の苦労は、並大抵ではなかった。折伏に歩いても、罵詈雑言を浴びた。言葉の飛礫だけでなく、水や塩も襲ってきた。水道の元栓を止められ、村の共同の水道が使えない目にあった人もいる。

    だが、御聖訓通りの、ありとあらゆる中傷非難、そして迫害のなか、わが同志は、決して広宣流布の旗を下ろさなかった。この方々を護らずして、誰を護るのか! この方々を讃えずして、誰を讃えるのか!

    本当ならば、尊い仏子である全学会員のお宅を、私は一軒一軒、訪問したかった。せめて、その代表として、私は功労者のお宅を訪ねていったのである。ご高齢な方も多い。お元気なうちに自宅を訪ね、ゆっくりと懇談することが、私の夢であった。

    第二に、学会の「再生」である。
私の会長辞任の背景には、私と会員の間を裂く、陰険なる離間工作があった。これこそ、浅ましき卑怯な反逆者と坊主どもの結託であり、黒い卑しき学会乗っ取りの陰謀であったのである。

    頼るべき我が最高幹部の連中も動揺が激しく、我が本陣は、怪物たちの行動によって変えられようとしていった。

    しかし、最前線の会員と私の心の絆は、厳然と結ばれていた。私は、「第一線に行こう!」と、強い決心をした。組織の最先端こそ、広宣流布を最大に強固な陣列にせしむる、最も重要な城塞であると、私は心深く決意していたのである。

    うろたえた最高幹部よりも、第一線の戦場で戦い抜いている、あの強靱な魂の勇士たちとの語らいが最も大切であると、私は心ひそかに思っていた。

    御聖訓には、「魔をば奪功徳者といふ」と仰せである。また、「魔の習いは善を障えて悪を造らしむるをば悦ぶ」とも説かれている。すなわち、魔とは、功徳を奪い、仏にならんとする正しい人をば、苦しめ、傷つけ、善を打ち倒さんとする。

    だからこそ、私は、この邪悪にして、強力なる悪業の者たちと、真正面から戦う決心をした。

「各各我が弟子となのらん人人は一人も
をく(臆)しをもはるべからず」と、日蓮大聖人が断言なされている通りだ。

    これが、真実の広宣流布の未来を開く正義の行動であり、大道であるからだ。断固として、私は立ち上がった。そして戦った。美事に正義と勇気の大使命の本陣を、私は護ったのだ。傷も多かった。あらゆる中傷批判を浴びた。しかし、私は、尊き創価学会を護ったのだ。

    この誇り高き魂は、広布の大功績を、諸天善神が、十方の仏菩薩が永遠に讃歎してくれることを、深く確信している。

   いかなる卑劣な魔の大攻撃にも絶対に揺るがぬ、大善の連帯を! 尊き民衆の正義のスクラムを! そして、使命と使命の鉄の団結を、私は新しく創り始めた。

   そのために私は、最も基本である家庭訪問に走った。最も根本である個人指導に奔走した。いわゆる目に見えぬ土台の部分から、創価学会が使命とする「広宣流布」の重要な組織を、再び命の限り築き上げていったのである。

   さらに第三に、わが正義の魂を燃やした、真剣勝負の「反撃」であった。

    当時、学会の首脳たちは、坊主どもの攪乱に怯え、常に宗門に監視されているような空気となってしまった。私も、自由に会合に出られない状況となった。そして、私に対する宗門の攻撃も一段と卑劣になってきた。聖教新聞には、ほとんど行動を報道されることもなくなっていた。私の記事が載らず、会員の方々は本当に寂しがっていた。多くの電話があった。多くの手紙が来た。

    ただ黙ったまま、動きもしないで、情勢が変わるわけもない。まことの時は、いつになっても来ないであろう。増上慢の限りを尽くす宗門に対し、ふぬけになった幹部らの不甲斐なさにあきれて、私は一人、強い決心で、反撃に出た。会合に出られないなら、一軒一軒の家を回るのだ! 一度に大勢と会えないなら、一人一人との出会いを積み重ねていくのだ!

    これが、私の断固たる決意であった。闘魂の炎であった。

    長野県に在住する、古くからの功労者宅を訪問した時のことである。ちょうど今から二十五年前の、一九七九年(昭和五十四年)の八月二十五日であった。

    当時も、あの地この地で、忘恩冷酷な坊主どもは、健気な学会員を苦しめ抜いていた。

   この指導のために訪問した、家は、江戸初期から続く旧家であるという。小雨が降る午後、番傘を手に、表で待ってくださっていたご主人に案内され、重厚な門をくぐった。母屋には、およそ三百五十年の歴史がある。簡素な座敷は、質実な江戸の暮らしを偲ばせるものがあった。黒光りする柱や、牡丹が彫られた欄間に風格があった。この母屋を舞台にした民話を教えていただいた。

    ある冬の夜――。溜め池に落ちて凍えるキツネを、庄屋の彦左衛門が親切に救い、山へ返した。翌朝、立派なキジが庄屋の家の縁側に。雪の上に残る足跡で、庄屋はキツネが恩返しに来たことを知った。「キツネの恩返し」という民話である。
庄屋の彦左衛門が、このお宅の先祖に当たるそうだ。素朴な筋書きだが、身振り手振りを交えて懸命に語るご主人の声には、切々と胸に迫るものがあった。

   「恩」の大切さを伝え抜く心は、「忘恩」を許さぬ心でもあった。たとえ動物とはいえ、「恩」を忘れなかった行動は、幾百年も、親から子へ、子から孫へと伝承されてきた。報恩の行動こそ、民衆に必ず支持されるのである。

    スペインの作家セルバンテスは、
「忘恩は傲慢の産物にして、世に知られたる大罪の一つなり」(『ドン・キホーテ』後篇3、牛島信明訳、岩波文庫)と綴っている。

    会長辞任の前後から、人間の裏切りや二面性を嫌というほど、私は見てきた。平気で大恩ある学会を裏切る不知恩な輩を、私はどれだけ目の当たりにしてきたことであろうか。

   「才能ある畜生」は、まさに畜生にも劣る存在であった。

   シェークスピア劇の、ある登場人物は憤った。

「ああ、恩知らずの形をとって現われるときの人間ほど恐ろしい化け物はない!」(『アテネのタイモン』小田島雄志訳、『シェイクスピア全集』7所収、白水社)

   人間の偉さとは、地位や学歴ではない。
いかに「恩」の大切さを感じて行動するかで決まる。

   報恩こそ、人間の生き方の根本である。深き意義ある、その恩を説いているのが、仏法である。

   「恩」の重さを知る人ほど、恩知らずの悪を許せるはずがない。ゆえに、真の報恩の人とは、不知恩の悪を打倒する闘争の人となるのだ。

   私にとっての会員への恩返しとは、学会を裏切った輩から、健気な会員を断固守り抜く闘争であった。その戦いによって、「善の中の善」である創価学会の正しさは、明確に証明されるにちがいないと信じた。

    我らの信仰による、真の報恩の物語こそ、人間性の真髄として、永遠に民衆の模範となり、軌道となり、感謝をもって語り継がれていくことは間違いないと確信していた。

    私の功労者宅への訪問は続いた。その家の後継者や、小さいお孫さんとも親しく語り合った。
一家一族を永遠に幸福の軌道に乗せることが、私の願いであり、祈りであったからだ。母親の信心が立派な家庭は、どこも後継者がしっかりと育ち、栄えていた。

   全国を転戦しながら、移動の途中に、会員の家や店があれば、寄らせていただいた。山口県では、離島にも足を運んだ。兵庫県の中堅幹部のお宅では、関西の幹部に「3・16」の意義を後世に留める話をした。大分空巻に降り、坊主たちの苛めと戦い、苦しんできた方がいると知って、直ちにその場に向かったこともある。

    二百軒目は、文京支部で共に戦った田中正一さんのお宅であった。三百軒目は、神奈川の功労者で、ご一家のお母さんが病に伏したことを知り、お見舞いに伺った。

    五百軒目は、坊主の迫害に耐え抜いた愛媛の勇者の家であった。昭和六十年の寒い二月のことである。

    その後も、全国各地、また世界を回るなかで、寸暇を惜しんで、広宣流布の尊き同志のお宅を訪問させていただいている。一軒また一軒と数が増えるにつれ、自分の家族も増えるような思いであった。

   苦労して個人指導、家庭指導に歩けば、その分だけ、人間としての厚みがまし、豊かな境涯になれるものだ。やはり、一軒また一軒と家庭まで足を運び、語り合わなければ、その人の苦しみも、その人の本当の悩みもわからない。すなわち、その人の人生と使命と未来への希望を与えることができない。

「信心即生活」である。
その人の生活がわからなければ、信心もわからない。人前では明るく振る舞っても、人知れぬ悩みを抱えた会員も多くいた。いや、悩みのない人などいない。きめ細かい生活指導こそ、不屈の信心の確立につながることを痛感する一日一日であった。

   会長辞任の直後、地道な家庭訪問から闘争を開始し、今や学会の民衆のスクラムは、世界をも結ぶまでになった。一人を味方にできない人は、世界を味方にできない。一つの家庭の幸福に尽くせない人は、人類の幸福に貢献できない。

   「良き交友ほど優れた味方はない」(『ティルックラル――古代タミル箴言集』高橋孝信訳注、平凡社)と、古代インドの大詩人ティルバッルバルは言った。

    本当に、その通りだ。桂冠詩人である私には、胸を赫々と光らせてくれる名言であった。

    我らは、断じて一生涯、いな永久に、善と正義の連帯を広げ抜いていくのだ。戦うのだ。生き抜くのだ。一対一の対話
――これこそ最も確かで崩れぬ、平和と幸福の人間の連帯を築く方途であるからだ。ここに、学会が永遠に栄え伸びゆく生命線があることを決して忘れてはならない。

   「第三代を護りに護れ!
そうすれば、学会は盤石であり、広宣流布への道は永遠に大きく開ける」

   これが、戸田第二代会長の最終的な遺言の重要な一つであった。

   フランスの大文豪ユゴーは言った。
「理想に向かって進めばよい。正義と真理に向かって進めばよい」
「宜しく前方へ突進すべきである」(『追放』中、神津道一訳、『ユーゴー全集』9所収、ユーゴー全集刊行会)と。

   そして、ユゴーは叫んだ。
「反逆者を倒せ!」(同前)
 

大山39

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 2月17日(金)06時52分25秒
  合議がなんなんだよ。
会議をたくさん作って、議長を増やしただけじゃない。

先生は登場してないよ。
十条が泣くわけないよ。
 

いまの一瞬に無限の生命を生きることができる

 投稿者:飛翔こそ蘇生  投稿日:2017年 2月17日(金)05時34分27秒
  例えば紙媒体の文章を
文字データに起こす。

その作業としては
一タッチ一タッチの連続です。

次にどのキーをタッチしていくかによって
あらゆる可能性が開かれていきますが

その瞬間には
「そのキーを押している」が
あるだけです。

その瞬間に自分を発見できるでしょうか?

その瞬間に無我を見れば
「キーが押されている宇宙」が
あるだけです。

その瞬間が無我の宇宙なら
自分の意思があってやったのではなく
起こるべくして起こり
起こすべきことを起こすために
起こっている瞬間であり
無限の過去も無限の未来も
どの方向に対しての無限さも
その瞬間に納まっています。

平仮名として文字起こしするための
キーを押している瞬間を見ても
その瞬間には音声は発生していないけど
その瞬間にすでに音声につながっているから
ひらがなプロジェクトが成り立つのです。

また、人類の英知
仏法の連綿の結晶の御書があって
そのキーを押すことが出来るし

その押されているキーも
人類の技術の結晶のパソコンであり

人類にしたって
宇宙の歴史、地球の歴史が
連綿と起こって存在している。

そして押されたキーの先
ひらがなプロジェクトの音声の先に
どんな感動が起こるかも
無限の可能性があるのです。

さらにキーを押している瞬間を
もっともっと瞬間の
ゼロの瞬間を見ると

例えばブラックホールに
落ちていくものを観測すると
表面に張り付いて止まると
言うけれども

その止まっているところは
発される情報の密度がゼロになるので
観測できないはずです。

ゼロの瞬間には
何も観測できないんだけど
無限がある。

そのゼロ=無限の瞬間の連続が
赤胴鈴之助さんという個性を
起こすべくして起こしている。

自然に起こっている。

縁がある限り自然に起こり続ける。

常にその今だけが起こっている。

創価教学研究室(赤鬼のブログ)
御義口伝 寿量品廿七箇の大事 第三 我実成仏已来無量無辺等の事
http://blog.livedoor.jp/inae_sokagakkai/archives/1428587.html

難しいですよね。

《テヘラニアン博士との対話 「二十一世紀への選択」
の投稿を読んで

ただただ有難いな
有難うございます

頭が下がりますという思いです。

何も特別な事じゃなくて
「今を生きる素晴らしさ」に
信仰を捧げる歓喜。

その中に全部入っている。

臆病にならずに安心して
苦楽思い合わせて
南無妙法蓮華経。

スッキリするために
探求しているだけであって
探求が終わったら
自然です。
 

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