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おてもやんさんへ

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 2月17日(金)17時46分6秒
  >勤行は所詮「化儀」である<<

まず言葉使いですが、「所詮」とはずいぶん見下した印象を受けますが、私は、「所詮」などと言う言い方はしていません。

信、行、学、のうちの;行;の中で、勤行は欠かせない自行の実践です。
特に唱題行がないと、まず、大聖人の仏法が成り立ちません。

なにせ、一番大切な部分なので「勤行」の行為自体は「教義」の一部分です。

私が[化義]と言ったのは、あくまでも「読経の形式の部分」はその意義を踏まえるなら、時代にあった変え方もありではないかという意味です。

まず、誤解を招かない様お願いします。
私の説明が不足だったのなら、お詫び申しあげます。

おてもやんさんは勤行の短縮に関しては賛成の立場で書かれていますが、もしそうならどうして
誰が変更したかなどを知りたいのかな、、と不思議に思いました。
普通は反対の意見の場合に、意義申し立ての感覚から、そういう事も思うと思いますが。
 

十条さん

 投稿者:フラフラ  投稿日:2017年 2月17日(金)17時44分8秒
  めちゃめちゃ嬉しそうじゃないですか~!!
万感の思いがこみ上げ、喜びを爆発させた。というかんじだね。
 

Twitterより。「54年問題を学べ、忘れるな。」と池田先生は仰っていた。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 2月17日(金)17時16分9秒
  2010年5月に先生が倒れる前にずっとおっしゃっていたのは54年問題を学べ  忘れるなだったはず。なぜそのように繰り返しておっしゃったのかが今わかる。  

虹と創価家族様

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 2月17日(金)14時51分41秒
編集済
  写真の再掲ありがとうございます
百聞は一見にしかず
この写真を見ると一目瞭然です

大山37
「(学会員は)新たな決意に燃えた」

大山39
「(会長辞任)この瞬間、誰もが息を飲んだ
耳を疑う人もいた
愕然とした顔で十条を見つめる人もいれば、目に涙を浮かべる人もいた」
会員は新しい決意で出発し、幹部は愕然として、息を飲んでいたということになります

「辞任」を以前から考え、周到に先生が準備されていたならば、普通逆ではないですか?
以前から聞いていた幹部は「新しい決意に燃え」
何も知らなかった会員は、「愕然とする」
なんだか、執筆チームはかなり「迷走」しているように思います
「愕然とした」という言葉を入れないとこれまでの先生の御指導と「整合性」がとれない
何よりも当時の事を鮮明に覚えている会員から疑問の声が上がる
推測すると、そんな状況で不思議な展開になっているのでしょうか?

大山39
「十条も万感の思いが込み上げ、胸が詰まったが、自らを励まし、言葉をついだ」

そんな殊勝な十条さんが、翌日、満面の笑みとは!
そして、十条さんを取り巻く、大学出の、自分達は「特別」と思い、大学を出ていない先生を見下していた幹部の面子が勢揃いしています

先生の大変さ、改めて感じます
「貧乏人と病人の集まり」と馬鹿にされながら、会員を、庶民を守り抜かれる先生
そんな先生の心が分からない大学出の最高幹部達
大学は、大学に行けない人達に尽くす人材を作る為にあります
この師匠の心も分かっていなかったようで…

4.25 付 写真
北条新会長始め最高幹部の皆さんの満面の笑顔に、会員への思いを微塵も感じることが出来ないのは、自分だけでしょうか?

追伸
「新・人間革命」の前書きか、何処に「新・人間革命」執筆を助けてくれている人ということで、数人の名前を先生が載せておられました
先生は「弟子の頑張り」を見逃さない
その時のメンバーが今も担当しているのか、不明ですが…




 

ハイィ~出ました、「錯乱」目的、決定ィ~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月17日(金)14時03分10秒
  おてもやんと申す人が、最近投稿している。この方は「私は元学会員です」と自己紹介しているにも関わらず。

えらく内部情報に詳しく、また興味もあるようだ。 いったいナンのためかな~(大笑)

今現在、学会員ではないのだから、極端に言えば、学会がどうなろうが、教義がどうなろうが、執行部がどうなろうか、

まるで関係ない立場なのだ。その関係ない立場から、いったいこの吾人は、ナニを知り、ナニを論じたいのかさっぱりわからない。

>興味があるのは誰の判断と決定で勤行が短縮されたのか?という点です<

元学会員であるならば、勤行・唱題しているのか? がそもそも疑問である。学会員でないのなら別に論じるものですらない。

>勤行は所詮「化儀」であるならもっと早く短縮形しておくべきだったとも逆に腹が立ちます<

そもそも、学会員でないのなら関係ないでしょ! アナタは学会員ではないのだから、勤行する必要もないし・・・

なんで腹が立つの? アナタは「元学会員」なのだから、関係ないことで腹が立つ理由が分かりませ~ん(笑)

学会員でないアナタ、そのアナタが十四誹謗なんて、アナタの生活に何も関係ないじゃな~い(笑)


そんなアナタが、関係ない掲示板に、いかにもそれらしき投稿をする理由! 錯乱目的じゃないの~(笑)

もし違うのであるならば、「元学会員」という自分をさらしたのだから、そこに至るまでの経緯もさらしたらいかがデスか~(笑)

身分を明かしても、経緯を明かしても、アナタは「学会員」ではないのデスから、査問されることも、処分されることも、ありませ~ん(笑)

自分を明らかにせず、単なる興味本位、あるいは「オレ、こんな内部情報知っているんだぜ」みたいな自慢話をしたいのなら

どうか、他所で勝手にやって下さ~い(笑)学会員でないアナタ!(内得信仰しているなら別ですが)

そんな人が、安易に来るところではありませ~ん(笑)

 

おてもやんさんへ

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2017年 2月17日(金)13時20分44秒
  はじめまして、グリグリと言います。

ちょっと気になったことがあったので、教えてください。


http://6027.teacup.com/situation/bbs/64608
>投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月17日(金)12時48分56秒
>興味があるのは、誰の判断と決定で勤行が短縮されたか?という点です。

とのことですが、なぜそのようなことに興味をもたれるのですか ?

単なる趣味ですか ?

それとも

池田先生憎し・・・ですか ?

というのも、あなたはこう言ってます。↓


http://6027.teacup.com/situation/bbs/64179
>投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月11日(土)12時39分19秒
>初めまして、元学会員だった者です。


元学会員だったとのこと。

元学会員ということは、あなたは創価学会を「脱会した」ということですか ?

あなたはこうも言っています。↓

http://6027.teacup.com/situation/bbs/64214
>投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月11日(土)23時53分8秒   通報
>私としては父も民音の責任者を永年任されてきたので、瑠璃蓮様と同意義で考えていましたが、ここでは別のお話としましょうか。


あなたのお父さんも民音の責任者をして、長年任されていたとのことですから、

あなたのお父さんは学会員であると、グリグリは理解しています。

せっかくお父さんが学会員なのですから、
上記のような質問は、あなたのお父さんに聞いたらいかがでしょうか。

むしろ、あなたのお父さんが「何て答えた」のか、そちらのほうが興味があります。


以上、よろしくお願いします。
 

誰か私を呼んだ?さん

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 2月17日(金)13時04分56秒
  そうなんですね。

>聖教新聞の過去の体験記事を検索して、同じ病に悩む会員に送ってあげたところ、「秘密漏洩」で解雇されたそうです

秘密漏洩????

過去とはいえ既に掲載、公開されている記事を検索し送っても「秘密漏洩」「情報漏洩」で解雇

とは(笑)

会員に奉仕するのが職員の責務であり使命のはず、職員5項にも職員憲章にもきちんと謳ってま

すが?

そもそも現在の職員、全員とは言いませんが、そのくらいしか会員には貢献、奉仕できないでし

ょ?

特に最近の若手の職員は会合等で威勢が良いだけ、敵ともまともに対峙出来ない、戦えない、下

手したら二度の宗門問題や法難の歴史、学会の歴史も、教学も全く勉強しない、もっと言えば、

近年の会則変更、教義変更、御本尊問題等々、まともに解説も説明もましてや会員さんからの疑

問にもまともに答える事が出来ないほどレベルが低下し、劣化し続けている。

これは信濃町界隈首脳部もそうだからそうなっても仕方なし。一番臆病で小心者が首脳部だから

現在の信濃町界隈はじめ地方も含めて危機的状況。

一番迷惑し影響を受けるのは現場の名も無き純粋に信仰に励む会員さん。

会員さんをバカにすると後々後悔することになりますね。

「会員さんだぞ~」(笑)
 

赤胴鈴之助 様

 投稿者:誰か私を呼んだ?  投稿日:2017年 2月17日(金)12時55分27秒
編集済
  ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします。

私も、海人については、安曇氏のような一族だとも考えられるのではないかと気にはなっていたので、くだんの友人に聞いたところ、

海人(あま)については、『日妙聖人御書』(真蹟断片あり)の「海人は魚をとるにたくみなり、山人は鹿をとるにかしこし」(御書1216頁)との表記から、漁民と考えることが素直な解釈だと考える。

といわれ、返す言葉がありませんでした。
にもかかわらず、大聖人がもともと偉い立場の人だという友人の主張は、やっぱり???です。
 

1人のSGI様へ

 投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月17日(金)12時48分56秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/64597

こんにちは。ご丁寧に返信下さりありがとうございます。
興味があるのは、誰の判断と決定で勤行が短縮されたか?という点です。

早い話が長い勤行は面倒くさいですし、在家信徒にとっては朝忙しいのに夜は疲れてるのに短くなって楽チンです。
信者もこれなら楽だろう、化儀だし短くても良いし、と池田名誉会長の判断で短くされたかのでしょうか?
それとも他の会長でしょうか?
勤行は所詮「化儀」であるなもっと早く短縮形 にしておくべきだったとも逆に腹も立ちます。
その辺の過去の指導の反省や謝罪を見たことが無いのですがどこかにありますでしょうか。
 

ダメよダメダメ~様の投稿に思う

 投稿者:誰か私を呼んだ?  投稿日:2017年 2月17日(金)12時30分35秒
編集済
  >>>信濃町界隈、聖教新聞というところはたかだか14年前のグラフの記事とも整合性が取れない事を平気で行っているのですか?

多分そうなのでしょう。
ある職員は、聖教新聞の過去の体験記事を検索して、同じ病に悩む会員に送ってあげたところ、「秘密漏洩」で解雇されたそうです。
過去記事は、都合が悪い情報の代表みたいです。
 

今ある大きな危機。これをどのように理解したら・・

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 2月17日(金)12時08分57秒
編集済
  福島第一原発二号機が引き起こしかねない大惨事

ひかりさまも少し書かれています、福島の現状です・・

この事態を立正安国を願う我々は、どのように理解したら良いのでしょう・・・

<抜粋貼り付け >

事故により破損した福島第一原子力発電所の第二号機格納容器内の放射能レベルは最大で530Sv/hにまで達した。

これは2011年3月の事故によって三つのメルトダウンが起こって以来最大の数値であると、

東京電力会部式会社(TEPCO)は語った。

530Sv/hとは、ごくわずかな時間の被ばくによって人が死亡するレベルである。この放射能の数値は、

2011年3月に破損した三つの原子炉すべてを解体する困難の巨大さを示している。

原子炉取り出しの方法を見出さなければならない日本政府とTEPCOは、

まさに困難な現実を突き付けられた格好だ。

国立研究開発法人 放射線医学総合研究所(放医研)の公式見解によると、放射線を取り扱うどんな医療関係者も、

これほどのレベルの放射能を取り扱うことについては、考えることもできないという。

TEPCOはまた、カメラの遠隔操作によって得られた映像を分析したところ、原子炉の第一格納容器の中にある

圧力容器の下には、金属製の格子の中に2メートルの穴があった、とも報告した。

「放射能、3.11以来最大に」
2017年2月3日付 ジャパンタイムス

http://akiomatsumura.com/2017/02/the-potential-catastrophe-of-reactor-2-at-fukushima-daiichi.html

もう一つ・・

<貼り付け>
今回の毎時530シーベルトという値は、2012年に毎時73シーベルトが検出されたほぼ同じ場所で測定されたものだ。

毎時1シーベルトの線量は、放射能疾患と嘔吐を催すのに十分な線量である。

5シーベルトの被曝であれば、1ヵ月以内にそれに晒された人の半分が死亡し、

10シーベルトであれば、数週間のうちに死亡する値である。

http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-4794.html

<貼り付け終わり>

530シーベルトは数秒のうちに即死するレベル・・だそうです。・

日本は・・果たしてこの恐るべき事態を修復できるのか・・

これは総罰なのか?? どう解釈すれば良いのか・・・

http://

 

臨終と誕生・・幽霊論議に関連して

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 2月17日(金)11時45分58秒
編集済
  https://www.youtube.com/watch?v=1llcFT0oNMs
世界的に有名な脳科学者の臨死体験

https://www.youtube.com/watch?v=3MI4IHSDl3g
5歳の子供が語った前世 このテレビ放映を見た方もあると思います・・

https://www.youtube.com/watch?v=gD3q-_2D4T4
カメラがとらえたもの

https://www.youtube.com/watch?v=EEbO_awILtE
東北大震災時にビデオがとらえた白い影・・
<これを見ると私いつも泣けてくるんです・・この亡くなった方の無念さ・・誰が、誰を訪ねて行かれたか・・
知る由もありません>

現在のユーチューブには、それこそ多くのこういった映像がアップされています。

生命も量子論でいうエネルギーを持っているからでしょう。そのエネルギーがカメラに捉えられるんですね。

有名なスポーツ選手が自動車事故で亡くなり。その自動車から・・浮き上がっていく白い影が浮き上がっていく瞬間が

映像にハッキリと捕られていたり(事故は一昨年か、昨年?)。

他にも、病院で亡くなった方の体からの映像。

人に限らず、犬や猫が死んだときにも白い影が屍体から浮き上がっていく様子が映像に捕られられています。

ユーチューブには、そのようなものがたくさんあります。ご存知の方も大勢いらっしゃるでしょう・・

また、会いたくありませんが・・宇宙に冥伏しないで怨念・執着?からか徘徊している、

上の映像のようなXXXXさんも多くいらっしゃいます・・・不慮の死で亡くなった方・・

殺された方・・・・・・・その悔しさからでしょうか・・一念のエネルギーは凄まじいものがあります。

ときおり、古い屋敷なんかに行ったときには感応しそうなときもありますので・・そのようなときにはとっさに題目・・

幽霊というと恐ろしい(私なんか典型的・・・)というイメージですが・・

何れにしても上のようなビデオや医者の体験は生命の永遠性。生まれては死んで、また生まれることを実証しています。

亡くなった方とのコンタクトは題目で繋がるとは先生。

私も、私が死の一歩手前にあったとき枕元に父が出てきて・・誰かと大きな声でしゃべっているんです。

ただ、その父、当時すでにこの世に出てきているはずなんですが・・(不思議です)

他、テレポートする人の不思議な映像

生命と宇宙・世界はまさに不思議の世界・・・妙法です。

・・生と死の探索は続きます・・

http://

 

ジョーカー様に質問です。

 投稿者:  投稿日:2017年 2月17日(金)11時26分16秒
  だいぶ以前に投稿させて頂いた桜と申します。
普段、ここを拝見させて頂き様々な気付きを頂いております。皆様ありがとうございます。

突然で誠に申し訳ありませんが、ジョーカー様に質問があり投稿させて頂きました。

ジョーカー様が仰った「なぜならば、どこまでいっても広宣流布は御本尊の仕事だからです。」と言うところです。
広宣流布は地湧の菩薩の使命かと思っておりました。
御本尊の仕事との意味を教えて頂けますでしょうか。
お忙しい中申し訳ありませんが、お時間が有るときで結構ですので宜しくお願い致します。
 

毎日楽しみ

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 2月17日(金)11時24分8秒
  カンピースさんの政教珍聞、毎日楽しみにしております。
今日も切れ味鋭いご指摘。さすがです。
 

2003年 グラフSGI5月号

 投稿者:ダメよダメダメ~  投稿日:2017年 2月17日(金)11時22分59秒
編集済
  特集 嵐と勝利の5月3日「随筆 新・人間革命」に学ぶ。だったのですが?

信濃町界隈、聖教新聞というところはたかだか14年前のグラフの記事とも整合性が取れない事を

平気で行っているのですか?

現在進行中の新人間革命とは全く違うスタンス。

まだまだまともでしたね~(笑)
 

グリグリのツイッターもどき

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2017年 2月17日(金)10時44分58秒
  【共謀罪の要件】ヤフーニュースより
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64600


グリグリの妄想

まぁ~「宗教的・伽藍」を守ることより、

池田先生(学会精神)の思想を守ろうと決意している人にとっては、

「伽藍」がどうなろうが、知ったことではない・・・・と思っているような気がする。笑

還著於本人も故えあるかなや

法華経の行者を迫害した個人や団体は、必ず滅ぶ――とは、日蓮大聖人の言。
 

【共謀罪の要件】ヤフーニュースより

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2017年 2月17日(金)10時12分56秒
  おはようございます。

国家権力は、創価学会を壊滅させるための準備を、着々と整備しているようにも見える。



【ヤフーニュース】より
犯罪の計画段階で処罰する「共謀罪」の要件を変え、「テロ等準備罪」を新設する法案をめぐり、法務省は16日、
「正当に活動する団体が犯罪を行う団体に一変したと認められる場合は、処罰の対象になる」との見解を明らかにした。

これまで政府は、「一般の市民は対象にならない」としてきたが、

捜査当局の解釈や裁量によっては対象になることが明らかになった。

衆院予算委員会の理事懇談会で、法務省が文書を示した。

法案はまだ国会に提出されておらず、「テロ等準備罪の具体的内容は検討中」と前置きしたうえで、
対象となる「組織的犯罪集団」については「結合の目的が重大な犯罪などを実行する団体」という趣旨で検討していると説明した。

加えて、「もともと正当な活動をしていた団体」も、その目的が
「犯罪を実行することにある団体」に一変したと認められる場合は、組織的犯罪集団に当たり得るとの見解を示した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170217-00000004-asahi-pol
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、一つ質問がありま~す(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月17日(金)10時03分42秒
  本日の政教珍聞1面、日蓮大聖人の御誕生日を慶祝、池田先生は第二別館、原田怪鳥様は広宣会館で勤行・唱題とのコト、おめでとうございま~す。

ところで、なぜ写真が原田怪鳥様なのデスか~? 池田先生の写真をナゼ掲載しないのデスか~? 不思議で~す(笑)

御誕生日を慶祝とのコトですが、「かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」(P919)なのですから、御注意下さ~い(笑)

驚愕部に日蓮本仏論に異論を唱えるアドバイザー様がいらっしゃいますが、イイんですか~(笑)悪しくうやまってないデスか~(笑)

あらためて、怪鳥様にお伺いしたいのデスが、創価三代会長にかこつけて、呼称を「先生」に統一されてますが・・・

池田先生は「名誉会長」を辞任されたんデスか~? 「SGI会長」を辞任されたんデスか~?

統一されたのは、「呼んではいけない」ということデスか~? 54年とかぶってませんか~? 怪鳥様の生命もまるで変ってませんね~(笑)


さて、本日の「新・人間革命」・・・・いや、「珍・人間革命」デスね~(笑)

なんとか、先生を「勇退」にしたい。そのためには「随筆、新・人間革命」を捻じ曲げてでも「珍・人間革命」を強引に嘘と真実を織り交ぜて作成する。

ゲスな思いが見え見えで~す(笑)

>十条も万感の思いが込み上げ、胸が詰まったたが、自らを励まし、言葉をついだ<
(新・人間革命、大山三十九より引用)

まったく「?・?・?」デスよ~(笑)会長就任時のあの満面の笑みはなんデスか~(笑)虚実織り交ぜるとはこのことで~す(笑)

これだけ当時の資料が残っているのに、「小説」だからと、ナニを書いてもいいというものではありませ~ん(笑)

ドンドン真実からはなれる「珍・人間革命」を明日も楽しく拝見させていただきま~す(笑)

 

賢人

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2017年 2月17日(金)09時59分12秒
  虹と創価家族様

>自分は54年問題に対し、初期の頃は「秋谷、原田、憎し!」という感情が先に立っておりました。
しかし今はその憎悪に振り回される事は御座いません。<

人には感情モードと理性モードがあります。憎悪や怒りは感情モードなので、それを基にした言動では、人の心を動かすことは難しい。実に対話というものは、理性モードと理性モードの間よって成り立つものです。感情モードは感情モードを誘発し、時にそれは不毛な戦争を巻き起こす。意識すべきは、どちらのモードになっているかです。感情モードは眉間に皺がより余裕がない。理性モードは笑顔で余裕がある。人は、眉間に皺が寄っている人の話は聞かないものです。

仏法は、感情に左右されない確固たる自身を確立するためにあります。御書に「賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり」(P1151)とあるように、八風(感情)に左右されない人が賢人なのです。理性モードの賢人でなければ、いかに正しい戦いを展開しても、足元をすくわれる。魔というものは、感情に入りこんでくるものだからです。

創価学会の宿命転換は、眉間に皺ではなく、ゲラゲラ笑いながらやっていくことが重要です。憎悪は悲壮感を生み、笑顔と余裕がなくなる。それでは人の心は動かない。実に創価学会改革というのは、感情モードではなく、理性モード(賢人)によってなされることを知らなければならない。獅子は前三後一であり、これもまた一歩引いて落ち着く理性モードを意味します。

>今の創価学会に足りないものは、師匠を守りきる一念です。
戸田先生の御遺言である、「第三代会長を守れ! 絶対に一生涯守れ!そうすれば、必ず広宣流布できる」という言葉の継承こそ、三代会長を永遠の師匠と確立し、正しい信心の継承となります。<

創価三代の精神を受け継いでいくことが、広宣流布の要ですね。そのためには土台(体質)がしっかりしていなくてはなりません。官僚的な土台では、良き人材はつぶれてしまう。54年の土台の上では、創価三代の精神は枯渇し、滅んでしまう。今まさに、54年の土台変革の転換点。この大事な時に、感情向きだしの愚かであってはならない。一人ひとりが賢人となっていくことが、土台変革の力となる。

無血革命(会員を苦しめない)は、理性モードによって成し遂げられる。感情モードは戦争を巻き起こし、疲弊させる。理性モードの対話による無血革命こそが、創価学会変革の道です。そして無血革命は、法華経の兵法を用いることであり、そこには絶対、御仏智が湧きます。なぜならば、どこまでいっても広宣流布は御本尊の仕事だからです。その確信があればこそ、ゲラゲラ笑っていられるのです。無血革命を成し遂げようという一念の中に、勝利の因があるのです。
 

十四誹謗と勤行について

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 2月17日(金)09時16分9秒
編集済
  おてもやん様
勤行の形式と懈怠の謗法について、私の思うところ内で書きます。

まずその前に14誹謗については主に教義そのものと、その教義に対する姿勢が基本になるものと
解釈しています。
そのうえで、更に其の人の環境、境遇、能力、などがそれぞれの人によって違う事、
又、それらの誹謗を犯すその人の行動によって、どれだけの人達が被害をこうむるか、
によって、罪業のレベルにも重軽浅深があります。

「謗法は多種なり」p428
「謗法に至って浅深あるべし」p1307
「謗法に上中下雑の謗法あり」p458

ですから、あまり、神経質になってもいけないのです。
すなおで謙虚な信心があれば、普通は大丈夫です。

謗法の者にも浅深・軽重の異あり、法華経を持ち信ずれども誠に色心相応の信者・ 能持此経(のうじしきょう)の行者はまれなり、 此等の人は介爾(けに)ばかりの謗法はあれども深重の罪を受くる事はなし、 信心はつよく謗法はよはき故なり、
大水を以て小火をけすが如し、
阿仏房尼御前御返事 p1307

しかし、そこを押さえた上で、それでもやはり「教義」を勉強しようとしないのはやはり「懈怠」の謗法にはいります。
なぜなら、謗法が育っていく温床を、自ら許していくことにつながるからです。

1番最悪なのは、人の考えや行動を決定する権力の立場にいながら、正法を破壊し、
姑息にも、意図的に、メンバーの信心を破壊しながら自分達の我見の方向へ先導する行動です。
しかも、メンバーには知られない様に、、。
地獄の沙汰もこれ以上の罪はないでしょう。

それでもそういう人達に慈悲をかけるなら、そういう人達に騙されない、確固たる信心を各人が確立し、そういう悪に
騙されない事によって、その悪が顕在化するのを未然にふせぐしかありません。
ですから、教学を学ぶことは、自分を守ることでもありますが、又、悪を守ることでもあります。
仏法には無駄はないのです。

此の度大願を立て後生を願はせ給へ・少しも謗法不信のとが候はば無間大城疑いなかるべし、 譬ば海上を船にのるに船おろそかにあらざれども・あか入りぬれば必ず船中の人人一時に死するなり、 なはて堅固なれども蟻の穴あれば必ず終に湛へたる水のたまらざるが如し、 謗法不信のあかをとり・信心のなはてを・かたむべきなり、浅き罪ならば我よりゆるして功徳を得さすべし、 重きあやまちならば信心をはげまして消滅さすべし、 尼御前の御身として謗法の罪の浅深軽重の義をとはせ給う事・まことに・ありがたき女人にておはすなり、 竜女にあにをとるべきや、 「我大乗の教を闡いて苦の衆生を度脱せん」とは是なり、「 其の義趣を問うは是れ則ち難しと為す」と云つて法華経の義理を問う人は・かたしと説かれて候、 相構えて相構えて力あらん程は謗法をばせめさせ給うべし、
日蓮が義を助け給う事・不思議に覚え候ぞ不思議に覚え候ぞ、穴賢穴賢。
       九月三日                        日蓮花押
     阿仏房尼御前御返事 p1308
-----―
 此の度、大願を立て後生を願っていきなさい。少しでも謗法や不信の失があるならば、無間大城に堕ちることは
疑いないであろう。譬えば海上を船に乗って行くのに、船は粗悪でなくても、水が入ったならば必ず船は沈み、船中の人々は一時に死ぬのである。また、畷は堅固であっても、蟻の穴があれば必ず最後には湛えた水が溜らないようなものである。したがって、謗法不信の水を取り除き、信心の畷を固めるべきである。
 浅い罪であるならばこちらからゆるして功徳を得させるべきである。重い過失であるならば信心を励まして、
その重罪を消滅させるべきである。

 尼御前のお立場で謗法の罪の浅深・軽重の意味を問われた事は、実に希有な女性であられる。竜女にどうして劣るであろうか。法華経提婆品に「我れ大乗の教を闡いて苦の衆生を度脱せん」と説かれてあるのはこのことである。
また「その義趣を問うことは、是れ則ち難しいことである」といって、法華経の義理を問う人はなかなか現れがたいと説かれている。心して、力のあるかぎりは、謗法を責めていきなさい。日蓮の義を助けられることは、実に不思議に感じられてなりません。穴賢穴賢。
  九月三日              日 蓮  花 押
   阿仏房尼御前御返事

さて、勤行の形式の事ですが、これに関しては教義そのものではなく、「化義」の部分だと思います。
ですから、私はこれは「十四誹謗」の範囲でする論議ではないと思います。

勤行で方便品と寿量品を読む事の意義について、戸田先生の「方便品.寿量品講義」にはこうあります。

方便品を読みますのは、所破(しょは)借文(しゃくもん)の為であります。
所破といいますのは、釈尊の仏法は、末法の仏法ではありませんから、全然役に立たないという意味で破折して読むのであります。

借文といいますのは、この方便品の文を借りまして、日蓮大聖人の悟りの境涯、南無妙法蓮華経の御本尊の功徳をあらわすのであります。

同じく、寿量品を読みますのは、 所破と所有(しょゆう)という意味からであります。
寿量品の文底には、南無妙法蓮華経が秘し沈められておりますから、それを用いるのが所有であります。

以上引用終わり

以前正宗では五座全部で長行(かつての二座の様な長文)を読んでいたと聞いたことがあります。
勤行の形式も、ある程度、戸田先生のおっしゃっている意義をおさえた上でなら、時代の変化に合わせる事も必要だと思って居ます。
題目が主であり、読経は客であるなら、この忙しい社会で読経にかなりの時間を取られて、題目をあげる時間が
ないというのでは、主客転倒になってしまいます。

私がこちらの人達を折伏するのに大変なのは、やはり勤行を教える事です。
ローマ字でふられた文字をよむのですが、慣れない発音をするだけでも大変です。
28年前に主人を折伏し、あの長い勤行を教えて居た時は、主人は時々爆発していました。(笑)
いわんや外人の子供達が、あの様な形式の勤行をできる子がどれだけいるか、、。
これが、広布の足止めになってもいけないかな、、と私は思って居ます。    
 

今の新・人間革命は54年当時を繰り返しています

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 2月17日(金)08時04分3秒
  おはようございます。
当時の聖教新聞の一部をアップしました。
内容を読めば一目瞭然ですね。今の新・人間革命の内容そのままです。

今の新・人間革命は、言葉は辞任でも、池田先生が勇退したという内容で書かれています。
すなわち、今の創価学会は、原田執行部の手により、54年当時を繰り返しているのです。

原田執行部は、当時と何も変わらない。いや、変わる事ができませんでした。
その姿は「哀れな敗北者」であり「会員同志の心への裏切り」です。

※執行部の罪について
【保存用文証】「五月三日へ私の誓い」会長 秋谷栄之助
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58665

※当時の執行部の実名
【保存用文証】聖教新聞から抜粋した54年問題の真実
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58664


 

昭和54年(1979年)4月26日(木)聖教新聞2面、3面より

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 2月17日(金)07時46分34秒
編集済
  【2面】
■新体制について 森田理事長
・・・さて、私からは、新しい体制について、ごく簡単に申し上げたいと思います。
今回、宗教法人法に基づく規則の改正を行い、新しい会則を制定いたしました。詳しくは、すでに聖教新聞に掲載されておりますので、それをよく読んでいただきたいと思います。
この会則は、いわば会の憲法のようなものであり、会の運営は、一切これに基づいて進められます。
その趣旨は、皆で合議し、納得しあって進め、会員の皆さんが安心して、さわやかに活動できるためのものであります。・・・

〈※中央に会合参加者の写真〉
新会長誕生に決意みなぎる四月度本部幹部会(25日広宣会館で)


■参加者の声
・身近に感じる新会長 台東区 小黒康吉さん
いやあ、正直いってこんなに明るい幹部会になるとは思ってもいませんでした。きのう、会長勇退のニュースを聞いた時は、全くビックリしましたけど、本当によかった。北条新会長には、我が浅草橋支部結成式に出席していただいたこともあり、支部員一同、新会長を身近に感じてきっと立ち上がってくれると思います。しっかり激励していきます。(50歳)

・独り立ちの信心で 多摩川圏 中山美津子さん
テレビのニュースで今回のことを見て、驚きました。一日中仕事が手につきませんでしたが、きょうその経緯を聞いて安心しました。広布未来に向かう私達の信心が、よりしやすくするための新体制だと知りました。考えてみれば、池田先生には、守られっ放しで、甘えていたと思います。北条新会長のもとで、いよいよ独り立ちの信心をしなければ、と決意しました。心機一転、頑張ります。(49歳)・・・・・


【3面】
四月度本部幹部会から
スクラム組み新たな旅立ち

〈※右上に北条新会長の写真(写真添付)〉
第四代に就任した北条会長
第四代会長の重責を担って立った北条会長。これまでの数々の薫陶を生かしながら、新体制のもと、ともども安定した恒久的な流れをつくっていきたいと新任の抱負を述べた。(25日、広宣会館で)

〈※右下、北条新会長と最高幹部の写真(写真添付)〉
ともどもに健闘を誓う
幹部会終了、参加した各地の友とあいさつを交わす北条会長。
力を合わせて広布の推進を誓う光景だった。
 

感応妙 三諦論 輪廻 幽霊について 飛翔こそ蘇生さん、ありがとうございます。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 2月17日(金)07時42分59秒
  飛翔こそ蘇生さん、ありがとうございます。
素晴らしい詩と激励の言葉、有難くてうれしくて、がんばって、御義口伝講義録の
平仮名化と音声化を綴っていきます、現在法師品まで来ました。
この歌は私の宝物として、大事にさせてもらいます。( ..)φメモメモ

感応妙 三諦論 輪廻 幽霊について

幽霊とは、日蓮大聖人は、亡くなった人の事ですか・・・。
大ちゃんさん、科学では説明できないことが有ると言う事ですが、わたしの、拙い体験
を記しますね。
私が10歳の時母が、9月23日(秋分の日)亡くなりました、夕方の食事の時は、元気だった
のですが、朝起きて、休みだったから、川へ釣りの餌でゴカイを取りに行き、昼前に帰って
見たら、隣のおばさんに、「どこ行ってたん、お母さん亡くなってるのよ」、みんなで探し
ていたらしい・・・叱られました。
しかし、昨夜は、夜中に母親が、枕元に座って、何も言わずに居るのを、知っていたのでびっ
くりしました。
しかし、死んだのは夜中の12時頃だったと言う事です。
死因は、酒を飲んで階段から、落ちて、のどに、ご飯を詰まらせて死んだそうです。
私が知る限り、母親が酒を飲んでいるのを見たことが有りませんし、記憶にありません。

だったら、父親(義父)はなぜ、朝出ていく時に、教えてくれなかったのか・・・不審ですよね。
それから、叔父の所に引き取られて、2年余り、祖母の所に引き取られて、中学を出ました。
夜中に、枕元に座っていたのは、誰だったのでしょう。
夢かもしれませんが、私は夢を見ることは、ほとんどありません。
勿論、夢は見ているのでしょうが、記憶している夢は、年に数回しかありません。

私は幽霊は居ないと思っています。

人間は、幻を見ると言う事が有りますよね、脳の幻覚と言う事も言われています。
グリグリのとこさんも、死んだ人と感応すると言われています。

私も感応妙は信じますが、それが、幽霊とは=しないのです。
幽霊は、物理的な力が有るのでしょうか、なければ、太ちゃんさんの言う、仏壇から位牌が
落ちたと言
うのは、成立しないですよね。
物理的力が有る、幽霊を怨霊と平安時代の人たちは考えたのではないでしょうか。
ゆえに、諸天善神も物理的力で、交通事故者を救うという体験も、納得できます、ガッテン
ガッテンですよ。

>2016年11月2日
>投稿者:大仏のグリグリのとこさんは・・・
>生は仮諦、死は空諦、生死ともに貫く生命の本質は中諦(中道)になります。

つまり、
例えば幽霊の存在を三諦論で考えれば、肉体は仮諦ですから、焼き場で無になります。
では、空諦は、智慧とか記憶とかですから、焼けば脳は無くなるので、無です。
中道は生命の根源です。

>大仏のグリグリのとこさん ?2017年 2月15日(水) の投稿では・・・
>我が生命と死んだ人の生命が感応しないわけがないと思うし、
>幽霊が見えたとしても不思議ではないし、
>見えなくとも、死んだ人の存在や気配を感じたとしても何も不思議ではないと思います。

霊魂、諸天、鬼神は空諦ですよね。
日蓮大聖人は、神天上の法門を説かれています、なぜ、竜口の法難のとき、鎌倉八幡宮で
八幡を諌暁されたのは、誰に向かって叱咤されたのでしょうね。
不思議がいっぱいあります。


法華経の智慧より
死は、だれびとも避けられない。だからこそ、「瞬間瞬間を全力で生きよう」、「人間らしく、
「自分らしく”今”を輝いていこう」と決める時、人間は、計り知れない力を出せる。
また、そこから他者へのいたわりの、心も持てるのです。
ここに、生命の”妙”がある。
”中道”がある。仏法は、この凝縮した生き方を教えた哲理なのです。
 

良かったですね(苦笑)

 投稿者:情報係  投稿日:2017年 2月17日(金)07時25分36秒
  なんとか、今年は忘れずに勤行してました。

答えは「A」

でも、『全国の各会館・恩師記念室などで厳粛に営まれた』は余計でした。各地の行事予定表には記載されておらず、各県圏区の幹部の方に確認したところ『初耳だ』と言われました(大汗)
 

わが友に贈る 2017年2月17日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 2月17日(金)07時11分52秒
  会場提供のご家族に
心からの感謝の言葉を!
時間厳守や節電・節水
近隣への配慮を忘れず
地域の宝城を皆で守れ!
 

池田先生の随筆に学ぶ【随筆 人間世紀の光2 創立80周年へ創価の上げ潮 (2004年9月3日)】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月17日(金)06時55分13秒
  随筆 人間世紀の光2
創立80周年へ創価の上げ潮 (2004年9月3日)

◆一人を大切に! だから学会は発展

    私も幾たびとなく親しくお会いした、ヨーロッパ統合の父クーデンホーフ・カレルギー伯爵の響きある声が、忘れることができない。

「人生は闘争であり、また、いつまでも闘争であるべきである」(「物質主義からの離脱」鹿島守之助訳、『クーデンホーフ・カレルギー全集』4所収、鹿島研究所出版会)

    創立八十周年へ! 西暦二〇一〇年へ! 今、新出発の号砲は、高らかに鳴り響いた!

「八」とは「開く義」である。創立八十周年を刻む二○一〇年の尾根を堂々と勝ち越えた時、広宣流布の眺望は、一段と限りなく開けゆくであろう。

    時の流れほど、大きな力はない。二十世紀は、一九一○年代に世界大戦が勃発し、「戦争の世紀」となった。二十一世紀も、最初の十年が勝負だ。「人間主義の世紀」を築けるか、否か。その分水嶺が二〇一〇年である。

    今、各地で、新進気鋭の人材が続々と登用されている。いずれの人事も、創立八十周年への大切な布陣である。学会は、命令や肩書で人を動かしていく組織ではない。

    幹部であればあるほど、最前線の会員に奉仕していく、尊き組織である。徹底して「一人」を大切にしてきたから、学会は未曾有の大発展を遂げてきたのだ。


◆私は、昭和五十四年四月に会長を辞任した直後から、功労者の家々を訪ねていった。第一に、会員へ「感謝」の意を伝えたかったのである。

    会長を退く直前、お会いした中国の鄧穎超先生は、私の辞任に異を唱えられた。

  「人民の支持がある限り、辞めてはいけません」

    強く心に残る言葉だった。若くして第三代の会長になった私を、全国、全世界の同志が、心から強く強く支えてくださった。新しき、道なき道を開いた功労者の苦労は、並大抵ではなかった。折伏に歩いても、罵詈雑言を浴びた。言葉の飛礫だけでなく、水や塩も襲ってきた。水道の元栓を止められ、村の共同の水道が使えない目にあった人もいる。

    だが、御聖訓通りの、ありとあらゆる中傷非難、そして迫害のなか、わが同志は、決して広宣流布の旗を下ろさなかった。この方々を護らずして、誰を護るのか! この方々を讃えずして、誰を讃えるのか!

    本当ならば、尊い仏子である全学会員のお宅を、私は一軒一軒、訪問したかった。せめて、その代表として、私は功労者のお宅を訪ねていったのである。ご高齢な方も多い。お元気なうちに自宅を訪ね、ゆっくりと懇談することが、私の夢であった。

    第二に、学会の「再生」である。
私の会長辞任の背景には、私と会員の間を裂く、陰険なる離間工作があった。これこそ、浅ましき卑怯な反逆者と坊主どもの結託であり、黒い卑しき学会乗っ取りの陰謀であったのである。

    頼るべき我が最高幹部の連中も動揺が激しく、我が本陣は、怪物たちの行動によって変えられようとしていった。

    しかし、最前線の会員と私の心の絆は、厳然と結ばれていた。私は、「第一線に行こう!」と、強い決心をした。組織の最先端こそ、広宣流布を最大に強固な陣列にせしむる、最も重要な城塞であると、私は心深く決意していたのである。

    うろたえた最高幹部よりも、第一線の戦場で戦い抜いている、あの強靱な魂の勇士たちとの語らいが最も大切であると、私は心ひそかに思っていた。

    御聖訓には、「魔をば奪功徳者といふ」と仰せである。また、「魔の習いは善を障えて悪を造らしむるをば悦ぶ」とも説かれている。すなわち、魔とは、功徳を奪い、仏にならんとする正しい人をば、苦しめ、傷つけ、善を打ち倒さんとする。

    だからこそ、私は、この邪悪にして、強力なる悪業の者たちと、真正面から戦う決心をした。

「各各我が弟子となのらん人人は一人も
をく(臆)しをもはるべからず」と、日蓮大聖人が断言なされている通りだ。

    これが、真実の広宣流布の未来を開く正義の行動であり、大道であるからだ。断固として、私は立ち上がった。そして戦った。美事に正義と勇気の大使命の本陣を、私は護ったのだ。傷も多かった。あらゆる中傷批判を浴びた。しかし、私は、尊き創価学会を護ったのだ。

    この誇り高き魂は、広布の大功績を、諸天善神が、十方の仏菩薩が永遠に讃歎してくれることを、深く確信している。

   いかなる卑劣な魔の大攻撃にも絶対に揺るがぬ、大善の連帯を! 尊き民衆の正義のスクラムを! そして、使命と使命の鉄の団結を、私は新しく創り始めた。

   そのために私は、最も基本である家庭訪問に走った。最も根本である個人指導に奔走した。いわゆる目に見えぬ土台の部分から、創価学会が使命とする「広宣流布」の重要な組織を、再び命の限り築き上げていったのである。

   さらに第三に、わが正義の魂を燃やした、真剣勝負の「反撃」であった。

    当時、学会の首脳たちは、坊主どもの攪乱に怯え、常に宗門に監視されているような空気となってしまった。私も、自由に会合に出られない状況となった。そして、私に対する宗門の攻撃も一段と卑劣になってきた。聖教新聞には、ほとんど行動を報道されることもなくなっていた。私の記事が載らず、会員の方々は本当に寂しがっていた。多くの電話があった。多くの手紙が来た。

    ただ黙ったまま、動きもしないで、情勢が変わるわけもない。まことの時は、いつになっても来ないであろう。増上慢の限りを尽くす宗門に対し、ふぬけになった幹部らの不甲斐なさにあきれて、私は一人、強い決心で、反撃に出た。会合に出られないなら、一軒一軒の家を回るのだ! 一度に大勢と会えないなら、一人一人との出会いを積み重ねていくのだ!

    これが、私の断固たる決意であった。闘魂の炎であった。

    長野県に在住する、古くからの功労者宅を訪問した時のことである。ちょうど今から二十五年前の、一九七九年(昭和五十四年)の八月二十五日であった。

    当時も、あの地この地で、忘恩冷酷な坊主どもは、健気な学会員を苦しめ抜いていた。

   この指導のために訪問した、家は、江戸初期から続く旧家であるという。小雨が降る午後、番傘を手に、表で待ってくださっていたご主人に案内され、重厚な門をくぐった。母屋には、およそ三百五十年の歴史がある。簡素な座敷は、質実な江戸の暮らしを偲ばせるものがあった。黒光りする柱や、牡丹が彫られた欄間に風格があった。この母屋を舞台にした民話を教えていただいた。

    ある冬の夜――。溜め池に落ちて凍えるキツネを、庄屋の彦左衛門が親切に救い、山へ返した。翌朝、立派なキジが庄屋の家の縁側に。雪の上に残る足跡で、庄屋はキツネが恩返しに来たことを知った。「キツネの恩返し」という民話である。
庄屋の彦左衛門が、このお宅の先祖に当たるそうだ。素朴な筋書きだが、身振り手振りを交えて懸命に語るご主人の声には、切々と胸に迫るものがあった。

   「恩」の大切さを伝え抜く心は、「忘恩」を許さぬ心でもあった。たとえ動物とはいえ、「恩」を忘れなかった行動は、幾百年も、親から子へ、子から孫へと伝承されてきた。報恩の行動こそ、民衆に必ず支持されるのである。

    スペインの作家セルバンテスは、
「忘恩は傲慢の産物にして、世に知られたる大罪の一つなり」(『ドン・キホーテ』後篇3、牛島信明訳、岩波文庫)と綴っている。

    会長辞任の前後から、人間の裏切りや二面性を嫌というほど、私は見てきた。平気で大恩ある学会を裏切る不知恩な輩を、私はどれだけ目の当たりにしてきたことであろうか。

   「才能ある畜生」は、まさに畜生にも劣る存在であった。

   シェークスピア劇の、ある登場人物は憤った。

「ああ、恩知らずの形をとって現われるときの人間ほど恐ろしい化け物はない!」(『アテネのタイモン』小田島雄志訳、『シェイクスピア全集』7所収、白水社)

   人間の偉さとは、地位や学歴ではない。
いかに「恩」の大切さを感じて行動するかで決まる。

   報恩こそ、人間の生き方の根本である。深き意義ある、その恩を説いているのが、仏法である。

   「恩」の重さを知る人ほど、恩知らずの悪を許せるはずがない。ゆえに、真の報恩の人とは、不知恩の悪を打倒する闘争の人となるのだ。

   私にとっての会員への恩返しとは、学会を裏切った輩から、健気な会員を断固守り抜く闘争であった。その戦いによって、「善の中の善」である創価学会の正しさは、明確に証明されるにちがいないと信じた。

    我らの信仰による、真の報恩の物語こそ、人間性の真髄として、永遠に民衆の模範となり、軌道となり、感謝をもって語り継がれていくことは間違いないと確信していた。

    私の功労者宅への訪問は続いた。その家の後継者や、小さいお孫さんとも親しく語り合った。
一家一族を永遠に幸福の軌道に乗せることが、私の願いであり、祈りであったからだ。母親の信心が立派な家庭は、どこも後継者がしっかりと育ち、栄えていた。

   全国を転戦しながら、移動の途中に、会員の家や店があれば、寄らせていただいた。山口県では、離島にも足を運んだ。兵庫県の中堅幹部のお宅では、関西の幹部に「3・16」の意義を後世に留める話をした。大分空巻に降り、坊主たちの苛めと戦い、苦しんできた方がいると知って、直ちにその場に向かったこともある。

    二百軒目は、文京支部で共に戦った田中正一さんのお宅であった。三百軒目は、神奈川の功労者で、ご一家のお母さんが病に伏したことを知り、お見舞いに伺った。

    五百軒目は、坊主の迫害に耐え抜いた愛媛の勇者の家であった。昭和六十年の寒い二月のことである。

    その後も、全国各地、また世界を回るなかで、寸暇を惜しんで、広宣流布の尊き同志のお宅を訪問させていただいている。一軒また一軒と数が増えるにつれ、自分の家族も増えるような思いであった。

   苦労して個人指導、家庭指導に歩けば、その分だけ、人間としての厚みがまし、豊かな境涯になれるものだ。やはり、一軒また一軒と家庭まで足を運び、語り合わなければ、その人の苦しみも、その人の本当の悩みもわからない。すなわち、その人の人生と使命と未来への希望を与えることができない。

「信心即生活」である。
その人の生活がわからなければ、信心もわからない。人前では明るく振る舞っても、人知れぬ悩みを抱えた会員も多くいた。いや、悩みのない人などいない。きめ細かい生活指導こそ、不屈の信心の確立につながることを痛感する一日一日であった。

   会長辞任の直後、地道な家庭訪問から闘争を開始し、今や学会の民衆のスクラムは、世界をも結ぶまでになった。一人を味方にできない人は、世界を味方にできない。一つの家庭の幸福に尽くせない人は、人類の幸福に貢献できない。

   「良き交友ほど優れた味方はない」(『ティルックラル――古代タミル箴言集』高橋孝信訳注、平凡社)と、古代インドの大詩人ティルバッルバルは言った。

    本当に、その通りだ。桂冠詩人である私には、胸を赫々と光らせてくれる名言であった。

    我らは、断じて一生涯、いな永久に、善と正義の連帯を広げ抜いていくのだ。戦うのだ。生き抜くのだ。一対一の対話
――これこそ最も確かで崩れぬ、平和と幸福の人間の連帯を築く方途であるからだ。ここに、学会が永遠に栄え伸びゆく生命線があることを決して忘れてはならない。

   「第三代を護りに護れ!
そうすれば、学会は盤石であり、広宣流布への道は永遠に大きく開ける」

   これが、戸田第二代会長の最終的な遺言の重要な一つであった。

   フランスの大文豪ユゴーは言った。
「理想に向かって進めばよい。正義と真理に向かって進めばよい」
「宜しく前方へ突進すべきである」(『追放』中、神津道一訳、『ユーゴー全集』9所収、ユーゴー全集刊行会)と。

   そして、ユゴーは叫んだ。
「反逆者を倒せ!」(同前)
 

大山39

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 2月17日(金)06時52分25秒
  合議がなんなんだよ。
会議をたくさん作って、議長を増やしただけじゃない。

先生は登場してないよ。
十条が泣くわけないよ。
 

いまの一瞬に無限の生命を生きることができる

 投稿者:飛翔こそ蘇生  投稿日:2017年 2月17日(金)05時34分27秒
  例えば紙媒体の文章を
文字データに起こす。

その作業としては
一タッチ一タッチの連続です。

次にどのキーをタッチしていくかによって
あらゆる可能性が開かれていきますが

その瞬間には
「そのキーを押している」が
あるだけです。

その瞬間に自分を発見できるでしょうか?

その瞬間に無我を見れば
「キーが押されている宇宙」が
あるだけです。

その瞬間が無我の宇宙なら
自分の意思があってやったのではなく
起こるべくして起こり
起こすべきことを起こすために
起こっている瞬間であり
無限の過去も無限の未来も
どの方向に対しての無限さも
その瞬間に納まっています。

平仮名として文字起こしするための
キーを押している瞬間を見ても
その瞬間には音声は発生していないけど
その瞬間にすでに音声につながっているから
ひらがなプロジェクトが成り立つのです。

また、人類の英知
仏法の連綿の結晶の御書があって
そのキーを押すことが出来るし

その押されているキーも
人類の技術の結晶のパソコンであり

人類にしたって
宇宙の歴史、地球の歴史が
連綿と起こって存在している。

そして押されたキーの先
ひらがなプロジェクトの音声の先に
どんな感動が起こるかも
無限の可能性があるのです。

さらにキーを押している瞬間を
もっともっと瞬間の
ゼロの瞬間を見ると

例えばブラックホールに
落ちていくものを観測すると
表面に張り付いて止まると
言うけれども

その止まっているところは
発される情報の密度がゼロになるので
観測できないはずです。

ゼロの瞬間には
何も観測できないんだけど
無限がある。

そのゼロ=無限の瞬間の連続が
赤胴鈴之助さんという個性を
起こすべくして起こしている。

自然に起こっている。

縁がある限り自然に起こり続ける。

常にその今だけが起こっている。

創価教学研究室(赤鬼のブログ)
御義口伝 寿量品廿七箇の大事 第三 我実成仏已来無量無辺等の事
http://blog.livedoor.jp/inae_sokagakkai/archives/1428587.html

難しいですよね。

《テヘラニアン博士との対話 「二十一世紀への選択」
の投稿を読んで

ただただ有難いな
有難うございます

頭が下がりますという思いです。

何も特別な事じゃなくて
「今を生きる素晴らしさ」に
信仰を捧げる歓喜。

その中に全部入っている。

臆病にならずに安心して
苦楽思い合わせて
南無妙法蓮華経。

スッキリするために
探求しているだけであって
探求が終わったら
自然です。
 

炉心溶融と執行部のしでかしたことが似てるではないか

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 2月17日(金)04時49分49秒
  福一の原発事故、廃炉作業の困難さは想像を絶することがわかってきた。

予想は最初からそうだった。

つまり、予想通りだと、分かっただけである。


執行部がしでかしたことが、この福一の原発事故の収拾がつかない現状とダブって見える。

「で、どうするの?」


 

ライブ

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 2月17日(金)04時23分29秒
  間違っていることを間違っているといえば、この組織ではおかしなことが起きるようになった。

その上、正義を訴える人を圧力でこらしめ、正義を封じ込め、

そんな非道をやった事実をウソで隠蔽するようになった。

解任・除名などと、ばかげた処分をえらそーに申しつけて、

いくらでも排除して、隠そうとするのだが、

いかんせん人数が多くなりすぎ、こうして宿坊などネット告発が盛況となっていくわけだ。

思うに、ネットを「見てはいけない」=「新聞に出てはいけない」と同格だ。

しかし、執行部って何様? このネット時代に。笑える。「見てはいけない」笑える。

除名・解任と、処分の領域は短期間に拡大、やがて教団内で、世界規模でやるようになった。

その淵源をさかのぼれば、54年に行き着く。

54年に池田先生を守れなかったばかりか、

当時「先生と呼んではいけない」「聖教新聞に出てはいけない」

などとバカ丸出しの狼藉をはたらいたあげく、無礼な本質は相変わらずのまま、

結局その後も長く、表向き讃えながら名誉会長として師匠を利用した、無能で愚かな人間たち。

今では池田先生の物理的な限界をも利用し続けながら、おられないことをいいことに、

コソコソと教義や会則というガワを変え(今も大抵の人は知らない)、

いつしか池田先生の御指導を守って生きてきた最前線の弟子達を迫害するようになったのだ。

師匠と弟子たちの二代に渡って迫害するとは、エンエン続くダイバダッタの道である。

まあ、分かりやすい姿である。

しかし、そんなに嫉妬して師匠と同志を利用と攻撃のダイバ人生の、何がいいのだろう。

何がおもしろいのだろう。

何か、やりがいでもあるのだろうか。

迫害した者の末路は哀れだと、考えなくとも分かるではないか。

既に必定で、これからその哀れな末路を、大勢の証人の前で見られてしまうのだ。

そんなことが想像できない人間たちなのだろうか。

だとしたら、その鈍感さ、無思慮さが、シンジラレナイ。

その程度のことは、この仏法に生きる者なら、常識というものだ。

今まで実例を見てきたはずではないか。

自分だけは例外だと思っているのか。

そのようである。

自分に対して盲目だからできる仕業をしている。

これを「魔」が入った姿というものだと理解できたし、

しっかりこの目で見させてもらって、いろいろ勉強できて、私は良かった。

なかなか見られない歴史的事実を、現在進行形で見ているのだ。

国家の行く末とのからみで、なかなかワールドワイドな展開だ。

価値あるライブである。

自分の人生にとっては、得難い糧である。

今後、これを生かしていくつもりだ。

いわば、財産である。

それを思えば、ありがたい。








 

片海の海人が子なり

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 2月17日(金)03時23分16秒
  誰か私を呼んだ?さん、はじめましてどうぞよろしく。

>関西の友人は時々、訳の分からないことを言う
そうですか、日蓮大聖人は、仏法の上で言えば、無上の高貴な方です。
しかし、出自は、海人の子供です、それは、全ての衆生が成仏できるという、法理を説くために、
下層の民として誕生されたのです。
誰か私を呼んだ?さんの申されることは、正しいと思います。(*^^)v
文証を出しますね・・・・(*^^)v

四信五品抄 P0342
天子の襁褓(むつき)に纒れ大竜の始めて生ずるが如し蔑如(べつじょ)すること勿れ蔑如すること勿れ、

我々、大聖人の弟子なので、天子のおむつに包まれて大竜が生まれたようで有り、さげすみなどすることは
いけません。

本尊問答抄 ?P0370
安房の国長狭の郡東条の郷片海の海人が子なり、

日蓮は、安房の国、長狭の郡、東条の郷、片海の、海人の子供です。
海人の身分を、漁師ととらえる人も居ますが、私見では、船でもって交易をする人と考えています。
海に潜る海女さんと思わないほうがいいと思います。

私は武士が身分が高いとは、思いません。
鎌倉時代は、殺人集団です、暴力で、政権を奪取したのですから・・・。
 

ありがとうございます!

 投稿者:リボンの騎士  投稿日:2017年 2月17日(金)03時22分6秒
  たくさんの 4・24にまつわる投稿、本当に有難うございます!
あの時の先生のご様子がひしひしと伝わってまいります。
リボンは幼い子供だったので、当時なぜ先生が辞任されたのかよくわかっていませんでした。
拠点に日達と先生の写真が掲げられていたのですが、4・24以降、先生の写真だけが外されて、、、。ものすごく寂しかった、、、、。当時は幹部が家庭訪問して、先生のお写真を飾らないように指導していました。
今、思い出したら悔しくて悔しくて、泣きそうです。

 

大聖人のお誕生日

 投稿者:誰か私を呼んだ?  投稿日:2017年 2月17日(金)02時05分9秒
  関西の友人は時々、訳の分からないことを言う。
彼曰く、大聖人は本当は高貴な身分の方なのだと。その理由として、弟子旦那の身分が思いのほか高いからだという。
私は、彼に反論することはできないけど、先生の弟子には、大臣もいればたくさんの学者もいるけど、先生は庶民でしょうと言いたい。
まかり間違っても、「公達」の上に君臨する王様ではない。先生が、大聖人の指向された庶民の仏法を広められたのだと。だから、学会こそが、大聖人の意を帯した仏意仏勅の仏の団体なのだと。
 

池田名誉会長の〔世界との語らい〕

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月17日(金)01時05分33秒
  【第10回】ケニア作家協会インダンガシ会長2006-9-20

「良き教師」の条件は「良き人間」
──“わが子の如く”愛情を注げ

世界に開かれた、わが創価大学には、これまで14力国217人の交換教員の方
々が来学されている。交換教員の皆さまは、その国の未来を担う「英知の宝」で
ある。この方々を大事にすることは、その国の未来を大事にすることである。こ
の方々と友情を結ぶことは、その国との未来の友情を育てることである。友情の
スクラムは、崩れることなき平和の土台となる。この信念のもと、私は創立者と
して、最大の尊敬と誠実の心をもって、皆さまをお迎えしてきた。どの方も、豊
かな知識と経験をもって、大いに学生や教職員を啓発してくださった。

インダンガシ会長も、その一人である。ナイロビ大学教授として、2000年に
来日。半年という短い赴任期間であったが、輝かしい歴史を残されている。「教
師としての献身的な姿から“学生第一”の姿勢を学びました」多くの教職員から、
こうした共感の声を聞いた。会長の講義には、「教えてやろう」などという偉ぶ
った素振りは微塵もなかったという。「常に学生の表情を見ながら語りかけてく
れたので、一方的な講義というより対話をしながら講義が進んでいるような感じ
でした」ある学生の感想である。

「学生と一緒に学んでいこう!」との謙虚な姿勢を貫かれていたのだ。キャンパ
スですれ違って、あいさつすると、いつも、にこやかに応えてくれた。離日する
際も、「記念に」と、たくさんの心尽くしの品をプレゼントしてくれ、かえって
学生たちが恐縮したそうだ。

◆美しき教育の連帯

日本滞在中、私は会長に「良き教育者」の条件を伺った。会長は即答された。「
『良き教師』になるには、『良き人間』でなければなりません」その通りである
。誠実で、思いやりに富んでいて、いつも親身になって接してくれる──こうし
た人間性豊かな人物こそ、「良き教育者」になれるのだ。「インダンガシ先生は、
まるで、お母さんやおばあちゃんが、自分の子や孫に語りかけるように、教えて
くれました」講義に参加して感動したこの学生は、自ら教師になる決意を固め、
後にその夢を実現したという。

「わが子の如く」愛情を注いだ分、学生は教師を慕い、成長していく。会長は、
この人間教育の勝利の法則を厳然と証明されたのである。次代を担う青少年へ
の愛情は、父母や教師だけが抱くべきものではなかろう。会長から、こんなエ
ピソードを伺ったことがある。会長の家は生活が苦しく、高校の学費を払う余
裕がなかった。見かねた一族の人々が、経済的に余裕のある会長の叔父さんに、
学費を肩代わりしてくれるよう頼んでくれた。

「いいかね、この子はあなたの甥だよ。姓も同じだよ。この子は国家試験に合格
し、いい高等学校に入るように選ばれたのだよ」それを聞いて、叔父さんは、快
く引き受けてくれた。麗(うるわ)しい一族の絆に、私は感動した。もちろん、
大家族主義が根づいたアフリカならではの話である。だが、「未来の宝である子
どもたちを、みんなで協力して育てていこう」。この美しき教育の連帯の心を、
社会全体が共有すれば、子どもたちの可能性は、ますます開けゆくにちがいない。

家庭、学校、地域が一体となって「わが子の如く」愛情を注げば、その土地の未
来は必ず輝いていく。私が創価学会に未来部をつくった大きな意義も、ここにあ
る。「創価学会の中には、.アフリカと同じ、家族的な一体感がある」会長は日
本滞在中、一つの出会いを通して、それを実感したという。ある日、会長は創価
大学の校門近くの停留所で、バスを待っていた。すると、一人の婦人が4人の娘
さんを連れてやってきた。

◆SGIは人間家族

バスを待つ間、しばし語らいの花が咲く。お母さんの日本語を、長女が英語に翻
訳。残りの3人の娘さんも、通訳を手伝った。話の内容から会長は、その家族が
創価学会のメンバーであることを知った。自分がケニアから来た創価大学の交換
教員であることを告げると、一家は大喜び。「頑張ってください」と何度も励ま
された。「出会いの記念に」と、帽子までプレゼントされた。会長は、何だか自
分も、この家族の一員になったような気がして、とても心が温かくなった──。

「地球一体化」が叫ばれる今日、経済や科学技術、情報や通信の分野の発展は著
しい。だが、何より必要なのは、人類の「心」の一体化であろう。私は、戸田先
生の唱えた「地球民族主義」を思い出す。国家や民族、イデオロギーなどの差異
を超えて、人類は「ひとつの民族」であり、「家族」である!この共同体意識が
あって、初めて平和の文明は花咲く。恩師の信条を受け継ぎ、私が創立したSG
I(創価学会インタナショナル)──それは、地球一体化時代の先駆けなのだ。

2000年5月のこと。ナイジェリアの北部19州の代表団一行が創価大学を訪
れた。記念講堂での歓迎式典。私はそのスピーチを、ナイジェリアに関するクイ
ズで始めた。「ナイジェリアの人口は?」「代表的な川は?」「世界に誇るスポ
ーツは?」──等々。ナイジェリアといっても、日本人には、なじみが薄いので
はないか。何とか身近に感じられるようにしたい。そう願って素朴な質問を即興
で投げかけてみたのである。幸い、私の心配は杞憂(きゆう)に終わった。会場
からは多くの手が挙がり、次々と正解が返ってきた。

スピーチでは、ナイジェリアの諺(ことわざ)も幾つか紹介した。諺は、その国
の文化を映す鏡だ。人々が古(いにしえ)から育(はぐく)んできた、生活の知
恵や人生の真理、ウイットに富んだ警句などが、簡潔に表現されている。何より、
わかりやすい。その国を知るには、絶好の材料である。インダンガシ会長も、こ
の式典に出席されていた。後日、伺ったところ、私のスピーチを聞いて、祖国の
「口承(こうしょう)文学」を想起されたという。口承文学は、アフリカの偉大
な文学の伝統である。

民族の歴史や文化、そして先人の英知などを、世代から世代へ、口づてに語り継
いでいく。そこには、やはり、わかりやすい諺や「なぞなぞ」が、数多く見られ
る。

◆皆に、わかりやすく

「わかりやすい」ということは、決して内容が薄いということではない。かつて
会長も言われた。「『親しみやすさ』『受け入れやすさ』というのは、『高尚さ
を欠く』ことと同義ではありません」むしろ、反対である。より本源的であり、
根本的ということである。一見、単純な中に、より多くの内容が凝縮され、充実
しているのだ。釈尊も難解な仏法哲理を、巧みな譬喩(ひゆ)を用いて法を説い
た。日蓮大聖人も、ひらがなを交じえて御書を認(したた)められた。どうすれ
ば民衆にわかりやすく教えを伝えられるか。この一点に心を砕かれたのである。
どんなに素晴らしい教えであっても、難しい言葉で語られては、伝わるべきこと
も伝わらない。それでは自己満足である。傲慢である。無慈悲である。聴いても
らう人に無礼である。

誰にでも「わかりやすく」!これが仏法の根本精神である。創価学会も、この精
神を受け継ぎ、現代の人々に、大聖人の仏法を「よりわかりやすく」「より平明
に」説こうと努力を重ねてきた。人々の胸に入っていくよう工夫する──ここに、
慈悲の発露があり、智慧の結晶がある。温かい人間性の光があるのだ。

【注】ヘンリー・インダンガシ(1947年~)

ケニア作家協会会長。ケニア口承文学協会会長。ナイロビ大学文学部教授。ケニ
ア生まれ。同国で最も優秀な高校の一つフレンズ・カムシガー高校を経て、ナイ
ロビ大学文学コースへ進学。同大学を首席で卒業後、米カリフォルニア大学サン
タクルーズ校で文学修士・博士号を取得。その後、1983年からナイロビ大学
文学部学科長を5期にわたり務めた。2000年4月から、交換教員として創価
大学に赴任。同年7月には池田SGI会長と「アフリカ文学の魅力」などをめぐ
り語らい、対談集『世界の文学を語る』(潮出版社)に収録された。2001年、
研究書『池田大作とアフリカ──ケニア作家たちの一考察』を発刊。ナイロビ大
学で、SGI会長の著作を学ぶ特別授業も担当している。
 

女性に贈る100文字の幸福抄

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月17日(金)00時35分27秒
編集済
  清々しい声の人でありたい。
声には、その人の真の姿がそのまま表れる。
私がお会いしてきた一流の人物は
例外なくりっぱな声をされていた。
声は人格である。
声は心である。
ゆえに、心を磨き、心を大切にしてほしい。
 

赤胴鈴之助さま

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月17日(金)00時31分18秒
  お声掛けありがとうございます^^

大変励みになります。

よりいっそう頑張ります。無理はしませんけど(笑)
 

シチズンフォー

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 2月17日(金)00時11分50秒
編集済
  事後相違をキーワードに、一本の補助線を引いて、三角形(三色旗?)の合同
(不二?)証明に挑戦してみたいと思います。

その前に前提として、聖教掲載、池田先生名義の『小説 新・人間革命』と『随
筆 新・人間革命』は「同列」で扱うべきであると考えます。『嵐の4・24』は
『随筆 新・人間革命』として書かれたもので、『小説 新・人間革命』がフィ
クションの宣言をされているのに対して、随筆は心のままに綴られており、より
ストレートに池田先生のお心を感じ取ることが出来ることでしょう。

池田先生の随筆はタイトルを変えて現在も『随筆 新・人間革命』の延長線上で
綴られています。その延長線上にある補助線が、2015年9月16日に聖教掲
載された『随筆 民衆凱歌の大行進27 御書根本の勝利道を』です。
http://plaza.rakuten.co.jp/anboclub/diary/201512200003/

ここで、池田先生は、観心本尊抄のことを「法本尊を“開顕された”重書中の重
書」と言われています。

そうです。前年2014年11月の教義変更で、「六大秘法は用いない」と宣言
されていたにも関わらず、です。

さあ、ここで冷静に考えよう。

【A】この随筆『御書根本』は池田先生ご自身が書かれたのか?
【B】あるいは代筆なのか?

【A】の場合、池田先生は教義変更を認めていないことになります。『教学部レ
ポート』&『遠藤文書』を裏付けることになります。執行部が言う「全て池田先
生のご指導通り」は真っ赤な嘘であることが明らかになります。
そもそも、戸田先生と池田先生があんなに大切にしていた、学会教学の基礎とし
ていた日寛教学を簡単に捨てて、池田先生が何も説明されないなんて、あり得ない。
それだけ重要なことを、池田先生がうっかり忘れていた、などということもあり
得ない。
だから、【A】の場合、池田先生を蔑ろにした執行部の陰謀が明らかになりま
す。池田先生には何度か「内も外も敵だらけ」と言われていましたが、池田先生
は裏切りの弟子に囲まれて独りで闘っていらっしゃるのです。そのサインがこの
随筆『御書根本』だったということです。

【B】の場合、代筆はこの随筆だけだとは考えられない。「同列」である『小説 新・人間革命』にも代筆部分が含まれるものと考えるのが当然のことでしょう。
なぜなら、【A】の場合で述べたように、この随筆『御書根本』は執行部の真っ赤な嘘を明らかにしてしまいます。池田先生の名代として書かれているのであれば、やはり執行部の行動は池田先生の意に反しているということです。わざわざ執行部が不利になる代筆だけをするわけがありません。
もし、そうだとしたら、代筆担当者の中に『教学部レポート』&『遠藤文書』を流出させたような人物がサインを送ってくれたのでしょうか? 創価のスノーデンがいるのでしょうか?
『シチズンフォー』
 

予想以上に腐ってる

 投稿者:勝てば笑顔 負ければ悲惨  投稿日:2017年 2月17日(金)00時03分36秒
  職員とおぼしき人間は先生の批判ばっかやなぁ。
職員さん、予想以上に腐ってるわぁ。
 

こんばんは!

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月16日(木)23時59分13秒
  無事引っ越しました、同盟題目も根性で今日もやりぬきました!
すみません、女性に贈ることばしばらくお休みします。本がどこに
行ったか捜索中です(笑)代わりの投稿をまた後でします。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 2月16日(木)23時49分6秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
大聖人の晴れやかな誕生日に
先生、皆様方、世界中の生命の健康を
楽しい気持ちで題目があげられました
ありがとうございました
おやすみなさい
 

十四誹謗について疑問です

 投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月16日(木)23時45分33秒
  十四誹謗について疑問です。
勤行は5座三座でしたが、今は時間短縮されました。
これは懈怠になりませんか?

懈怠(けたい)=自分の楽しみや世間の浅いことには時間を惜しまず、労を厭(いと)わず、せっせと精を出すが、勤行や唱題、参詣や登山、折伏などの大切な仏道修行を怠けること、またなすべき行を怠ることをいう。

昔はどんなに体調が悪くても勤行という修行を怠らなかったものです。
時間短縮のためでしょうか?
そもそも創価学会本部のどなたが「勤行を短くしよう」と言い始めたのでしょうか。経緯をご存知の方はいませんか?
 

議員は・・・

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 2月16日(木)23時41分29秒
  公明国会議員は自民党、それもデージンに物申したら、次回の選挙で落選ですからね。
学会員の監視なんか気にしてませんて。
人数減れば助成金も減りますし。

市議会議員さん曰く、「確かにそうなんですが・・・」



 

学生部結成記念日大会を2月・3月にやるのですから(苦笑)

 投稿者:情報係  投稿日:2017年 2月16日(木)23時35分46秒
  6・30を何の疑問もなく、2・3月に記念大会をやるバカの壁に囲まれたところですから、当たり前ですね(苦笑)

英知の学生部が、隷属状態で何も考えずに付き随う姿が哀れです。どうなってしまったのか?
あの浅見学生部長の時代から崩壊が始まったのでしょう。記録を見る限りでは、バブル前の平成元年から平成6年代の団塊高校卒業生からの大学進学率が、創価学会未来部の場合は著しく低下しています。

これは何を物語っているのか?皆さんは分かりますか?第二次宗門問題があったからとかの原因ではありません。

この時代の青年部長・男子部長・女子部長・学生部長・女子学生部長の全国幹部に問題がありました。これが第二次の極悪人認定されるべき者です。と草葉の陰で空家さんが述べていました(苦笑)まだ、死んでませんでしたか(大汗)
 

(無題)

 投稿者:匿名希望  投稿日:2017年 2月16日(木)23時17分35秒
  先生の2008年のスピーチです。全文ではなく、抜粋ですみません。

今、読むと本当に大事なご指導だと感じました。何回かに分けて、掲載したいと思います。

---------------------
【創立78周年記念最高協議会でのスピーチ 2008-11-14】

 大事なのは「信力」であり「行力」だ。
 信力、行力があってこそ、偉大なる「仏力」「法力」を出していけることができる。これこそが勝利への最高の力だ。口がうまいとか、格好がいいとか、そういったことは本物の力とはいえない。

 大事なのは広宣流布へ戦う「魂」だ。不惜身命の精神だ。自分が犠牲になってでも、皆のために尽くす――これが真実の仏法の指導者だ。

 だれかが何とかしてくれる。だれかがやってくれるだろう。そうした甘えは捨てることだ。

 幹部が、もっと真剣になれば、今の十倍、百倍の力が出せる。
 「不惜身命」と「師弟不二」。この大精神を失ってはならない。

---------------------------------

 正義に背く悪を見て、見ぬふりをすれば、結局、悪に加担することになる。与同罪になってしまう。
 悪とは断じて戦い抜く。言論で勝利していく。これが真実の仏法の精神である。

 ロシアの文豪トルストイは綴った。
 「何が善であり、何が悪であるかを知らなければ、生きて行く事も不可能なのである」

 善悪の判断ができなければ、真に価値ある人生は生きられない。それを教えるのが宗教なのである。

【創立78周年記念最高協議会でのスピーチ 2008-11-14】
 

同盟題目23時!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月16日(木)22時58分30秒
  任意参加です。よろしくお願い致します。
池田先生のご健康を祈ります。
 

師弟不二ARCHIVE

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2017年 2月16日(木)22時57分25秒
  ★★師弟不二ARCHIVE★★
http://sgi-shiteifuni.com/

検索の機能を使い
54年 と入力すると 色々な投稿、資料が読めますよ♪
 

漆原議員に驚きです

 投稿者:白圭メール  投稿日:2017年 2月16日(木)22時05分12秒
編集済
  ご苦労様です。
○○と申します。
先程、NHKのニュースを見ていて驚きました。
「金田大臣、稲田大臣に問題がない」との発言に、ものに狂うをみよ、と思わず口に出ました。
どうして諌めないのか?
安部総理に何で苦言を言わないのか。
権力と闘ってきた歴史はいったいどこへいってしまったんだ?
今からでも遅くはない!
浜四さんが防衛庁長官の首を取ったように、金田、稲田両氏の首をとらないと、次の大型選挙は勝てませんよ。
そろそろ目を覚まして、自民を、安部総理を相克してあげましょうよ。
学会執行部に尾っぽを振ることなんぞ有りません。
多くの末端学会員の事をお考えください。
頑張って下さい。
 

記念日

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 2月16日(木)21時41分32秒
   昔は毎日が何かのどこかの記念日で、毎日毎日が大歓喜の学会だったのに、いつから記念日を大切にしなくなったんでしょうね。

例えば、自分の誕生日を3ヶ月後に祝われても、全然うれしくないですよ。

子供が幼稚園で、毎月まとめてやられるお誕生会なんか、子供からしたら、お誕生会の日までは自分の誕生日をお祝いしちゃいけないの?って聞かれて困ったことがありました。

結婚記念日を忘れたら、嫁からどんな仕打ちが待っているか,,,。それはさておき。

日蓮大聖人様のお誕生日も、お祝いと感謝の気持ちも表さない新聞&団体になってしまったのですね。

 

気付き

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 2月16日(木)20時41分18秒
  「新・人間革命」の掲載は、多くの人に「気付き」をもたらしています

大山37
伸一のこの所感「7つの鐘終了にあたって」
が掲載された「聖教新聞」を見た学会員は、同志に対する伸一の深い感謝の心と新出発の気概を感じ、新たなる決意に燃えた

随筆新人間革命 嵐の4.24
(先生の辞任を知り)
全国のいや、全世界の同志は、その発表に「愕然」として声をのんだ


大山38
冒頭、理事長の十条潔が登壇した
5月3日を前にした新出発の県長会である
しかし、彼の顔には、笑みも精彩もなかった

以前、板に投稿されていた
北条会長誕生での満面の笑顔の写真は、この時の写真だと記憶していましたが、記憶違いですか?
再掲して頂けると有難いです


大山38
(北条理事長の挨拶)
「運営面での民主的な下意上達の組織作りをされ」

民主的な下意上達?
先生の理想の組織は「ピラミッド型」ではなく
「同心円型」
北条理事長は、理解していなかったのか?
もし、この挨拶が事実ならば、北条理事長は先生の真意(同心円型)を正しく理解していなかったことになります
最高幹部でも理解することが出来ない、師匠の真意
故に「提婆達多」に騙されて、先生を辞任させてしまうという事態になったのではないか

今「新・人間革命」を読むと、これまで20年余り、先生のスピーチを聞かせて頂き、その真意をどこまで理解しているのか?
真の弟子か、どうか試されているように思う

先生ご自身がスピーチされた内容とこれだけ乖離しているにも関わらず、何も感じないで付き従う弟子
おかしいじゃないか?と不思議に思う弟子
どこまで本当に理解しているのか?
先生から、テストを受けている気さえしています

54年の弟子の不甲斐なさに落胆された先生
先生が期待された15年後の青年達
そして、また、その15年後に「共戦」の揮毫の披露
青年に期待され続けた先生
先生の御指導をどこまで、血肉化しているのか?
どこまで、身読しているのか?

最高幹部が決めた「池田先生の辞任」のおかしさに「気づく」事もなく「声を上げる」事もなかった54年の弟子達
同じ過ちを「2度と犯してはならない!」と思いながら…

信濃町の人々様
先生の御指導の件
素晴らしいです!






 

正木は

 投稿者:正木は  投稿日:2017年 2月16日(木)20時39分28秒
  正木理事長は、元気よく第三文明に勤務  

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