香川県の小さな島のおばあちゃんが言ってくれた
「あっ、会ったことあるね?」に、胸が熱くなりました。
最近、ある旅番組で香川県の小さな島に行ったときのこと。現地のおばあちゃんに「あっ、会ったことあるね?」って声をかけられたんです。最初は「人違いしてるのかな」って思ったんですけど、おばあちゃんが続けて「松岡先生(『梅ちゃん先生での役名』)やろ?」って言ったんです。
なんとも言えない、胸が熱くなるような喜びがこみ上げてきました。おばあちゃんは、毎朝半年にわたって『梅ちゃん先生』を見てくださっていたそうです。「会ったことがある」という感覚は、それだけドラマや登場人物に感情移入をしてくれたからだと思うんです。香川県の小さな島に住むおばあちゃんが、放送が終了して2年近く経っても自分のことを憶えていてくれる。日本全国に視聴者がいる「朝ドラ」ならではだと思いましたし、自分が『梅ちゃん先生』でやってきたことの大きな成果なのかなって。
『梅ちゃん先生』には、もともと僕なりのいろいろな思い入れがあったんです。僕が以前出演した『花ざかりの君たちへ〜イケメン♂パラダイス〜』で主役を演じていた堀北真希ちゃんが主役。2006年に僕が初めて主演した『轟轟戦隊ボウケンジャー』の3年後に『侍戦隊シンケンジャー』で主演。今はもう第一線で活躍している松坂桃李くんもいる。そして、僕の俳優デビュー作である『ウォーターボーイズ2005夏スペシャル』で主役を演じていた小出恵介くんもいる。
そんな自分に縁があって、僕よりも俳優として格上だと思っていた人たちがいるドラマ。彼らの演技から少しでも何か盗もうと思いながら、一方で「負けたくない」って思いもあったり(笑)。でも、いざ撮影に入ってみると、そんな勝ち負けなんて気持ちはなくなりましたね。みんなでひとつのドラマを作り上げていくことと、高橋光臣というより、「松岡敏夫」を視聴者の方の心に残すことに夢中になりました。
目標地点を振り切ったその先まで、全力疾走してみる。
その先を経験して、目標地点に戻るくらいがちょうどいい
最初に『梅ちゃん先生』のオーディションの話がきたときに、「どんな役のオーディションですか?」って聞いたら、主演の堀北真希ちゃんの「恋人役」だと。自分くらいのランクの俳優が、堀北さんの恋人役ってことはないだろうと思って、主人公に近いところにいる医学生くらいをイメージしてたんです。
それが、いざオーディションを受けに行ってみたら、本当に「恋人」役で。同じドラマに出たことがあって、いつか面と向かって芝居をしてみたいと思っていた女優さんと本当に芝居ができることに驚くと同時に、自分の持つ最大以上の力を発揮しなくてはと思いましたね。とにかくガムシャラに台本を読み始めました。
そのときから、台本の読み方が変わりました。具体的には、まず台本を読み込む時間が変わりましたね。1日に8時間、9時間と、それまでの2倍、3倍の時間をかけて、じっくりと台本を読み込むようになりました。また、セリフが入った後も変わりました。それまでは、情景を頭の中に描きながら、どういうふうに動くか、自分の動きをシミュレーションすることがメインになっていたんです。
例えば、セリフをじっくりと繰り返し繰り返し読み込むことで、情景に対する想像を広げ、しゃべり方の間だったり、演じる役とそれ以外の役のキャラクターに対する洞察、自分以外の役との兼ね合いをシミュレーションをしてみたり……。
そうやって、持っている力と考えられることをすべて詰め込んで、初リハーサルに臨んだんです。ところが、僕が持って行った「松岡敏夫」というキャラクターが、制作側が求めていたものと全然違う方向に振り切ってしまっていて。
プロデューサーと監督(ディレクター)全員の前に、僕だけ呼ばれました。「高橋君、違うんだよ」って。「僕たちは、そういうことを求めているんじゃなくて、高橋君そのままでやってほしいんです」ということを言われました。次の日の本番でOKにならないと、スタッフの方だけでなく、他の出演者の皆さんにもすごく迷惑がかかってしまうので、落ち込む余裕もありませんでした。
だから、それまで毎日8時間、9時間かけて詰め込んだものを、いったん全部捨てることにしたんです。「真っ白な状態で本番に臨もう」って。それがいい方向に働いて、本番では「松岡敏夫」の演技が決まりました。
この経験で、それまで感覚的に実践していたことが、はっきりと自覚できたんです。何か目標を達成しようというときは、その目標地点で止まるんではなく、一度振り切ったあちら側まで全力疾走してみる。目標地点の方向の極北(極限に達したところ)まで行ってから、ちょうどいい場所に戻るという方が、その場所に確信を持てるんだと思うんです。もちろん、その過程はたいへんだと思いますけれど……。
これは、『梅ちゃん先生』に出演することで、僕が学んだ大切なことのひとつで、ずっと大切にしていきたいと思っています。
キャリアを積み重ねてきた今もなお、全力疾走するかのように俳優という仕事に取り組む高橋さん。俳優を目指すことになった経緯と、それまでの人生を聞くと、なるほどと納得がいくことばかりだ。俳優・高橋光臣の骨格を形成した、高橋光臣さんの人生とは。