人は変えられない。
だけど自分が変われば、人は変わる。
同期といってもほとんど会話したことのない井上から、突然「話があるんだけど飲まない?」ってメールが来ました。何だろうって行ってみると「朝ドラやんない?」って。
伝統ある朝ドラを他部署の人間がやることなど今までNHKの長い歴史の中でなかったことなんです。でも井上は当たり前のように言う。大胆な男です(笑)
ただ迷いました。新しいコント番組も準備してましたし、40歳を超えてのドラマ初挑戦。それに一番の不安は、立場の違いです。井上が当然チーフですから、僕はセカンドディレクター。『サラリーマンNEO』を9年間率いてやってきたわけですから、いまさら人の下でやっていけるのかなって。
だけど同席していた編集マンが言ったんです。「てるさんさあ、視聴率のあるところで勝負しなよ」って。その一言で決めました。
『サラリーマンNEO』は人気があるといってもやっぱりコアな番組です。それに対して朝ドラはとても多くの人が見る番組。一定のイメージが付いた中で、新しいことやるのもおもしろいかもって、思い直したんですよね。井上をはじめみんなそんな心意気だからこそ、僕を誘ってくれたわけですし、よし!と。
それで実際番組を作り始まるわけですが、最初から?の連続でした。コントは1本1本独立してますけど、ドラマには「流れ」がある。そこには感情ラインがある。シーンシーンのつながりなんか考えたこともない。毎日勉強です。でもそれは新鮮でした。
逆に自分が培ってきた笑いは、ドラマでも通用するってこともうれしかった。こうした直接の番組作りに関しては、驚きと喜びですんなり入れたのですが、立場の違いだけは難しかった。頭ではわかっているのですが、心では苦しい。プライドやエゴが邪魔しちゃうんですよね。
『サラリーマンNEO』では、自分が決める立場でなんでも仕切っていました。だけど『あまちゃん』では、何も仕切れないわけです(笑) 自分で仕切ってきた人間というのは、自分と異なる他人の仕切りに、どうしてもイライラしてしまう。
撮影方法だって全く違いました。井上はいろいろ試しながら撮るタイプ。僕はできるだけ決めておいて一発で撮りたいタイプ。真逆なんです。
ドラマは1日の撮影の中で、監督が入れ替わりながら撮影するわけですから、自分のテンポが『サラリーマンNEO』の時のように作りづらい環境でした。ドラマ部の人は、好きにやったらいいって受け入れてくれるのに、僕自身は好きにできないってイライラ。あとから考えれば自分が身構えてただけなんですけど。ま、ともかくその当時の自分は、このままじゃマズイ、ダメだって思ったんです。
じゃあどうしようと試したのが「謙虚」と「献身」。正直言ってそれまでの僕は、謙虚じゃありませんでした。自分がやったことは「はい!自分がやりました!」って言いたいタイプ。もう40歳こえてますし、前々からうすうすは謙虚も身につけなきゃとは思ってたのですが、やっぱり謙虚って憂鬱ですよね。だから避けてた。でもこれはいい機会だと。そこから切り替えました。
現場でも会議でも、とにかく人の話を聞こうと。それまでは人が話している最中から、自分の次の発言が頭の中を駆け巡ってたので。自分のアイデアが他の人のもののように扱われてても、ま、結果がよければいいか、ドラマがおもしろくなればいいかって切り替える努力をしました。
そりゃ簡単じゃないです。だから瞑想もはじめました。変わるって頭で考えてても難しいもんです。だから何か変わるってことを、具体的な行動や習慣に置き換えるようにしています。そこで瞑想です。15分間でわかる瞑想……みたいなとってもライトな本を読んで、就寝前に座禅を組んでました。
そんなことやってたら、いつしか周りの反応が違うことに気づき始めました。出演者やスタッフの人たちが意見やアイデアを言ってくれるようになりましたし、逆に意見を求められることも多くなりました。『サラリーマンNEO』のときとは、同じクリエイティブのやりとりとはいえ違う感触がしました。
その違いは『あまちゃん』は、本当に自分の意見を言ってくれてるけれど、『サラリーマンNEO』のスタッフは僕の反応を気にしながらの発言というか。おそらくNEOのスタッフは、ある種僕を恐れていたんだと思います。当時とんがり気味の僕(笑)でしたから恐いというのがあったでしょうし、何かを言ったらバカだと思われるんじゃないかという恐怖もあったと思います。
もちろん自分では、人の意見を聞こうと実践していたつもりですけれど、実際には聞く態度になってなかったんじゃないかなって。
『あまちゃん』が終わって、正月に実家に帰ったときのことです。妹は美容師で毎年髪を切ってもらいながら、ああだ、こうだしゃべります。
そこで今年、妹に言われました。「兄ちゃん、笑うとき口元に皮肉な感じがあったのがなくなった。それにすぐ答えを言わなくなった。すごくしゃべりやすくなった。いやあ変わったわ」って。『あまちゃん』の経験で一つ努力が実ったのかなって思いました。確かにいつもよりすごく長くしゃべっていて、おかげで髪の毛が想定よりもかなり短く仕上がってました(笑)
そもそも『サラリーマンNEO』の手腕をかわれて誘われたわけです。ならばと自分の力を見せてやるぞーと『あまちゃん』にNEOのやり方を持ち込もうとしたら、結局自分は成長してなかったと思います。
意識しようがいまいが、自分がこれまでやってきたことって出ちゃうもんです。実際アキとユイが友達になったという瞬間、後ろの噴水が噴出すシーンや、1回しか登場してないのに強烈な印象を残した「前髪クネ男」の演出なんかは、コント出身という経歴が出ちゃってますしね。ほんと『あまちゃん』に出会えて幸せでした。
宮藤さん、小泉さん、トップを張っている人は、
ここまで自分を捨てられるのかって思いました。
『あまちゃん』の出演者やスタッフは一流の人達ばかりでした。朝ドラに誘われたときは、まさかこんな人々と仕事できるなんて思いもしませんでした。望外の幸運でした。とくにお二人に僕は影響を受けました。小泉今日子さんと宮藤官九郎さんです。
小泉今日子さんがドラマ終了後に「あんた、もうあまちゃんのことは忘れなさい」って、能年玲奈さんに声をかけられました。その言葉は『あまちゃん』の制作に関わったみんなが言われたことだと思ってるんです。あれだけヒットするとそれをどうしても引きずってしまうもの。それをスパっと捨てなさいと。ずっと第一線で活躍している人の言葉だけに重いです。
それに小泉さんは、あれだけのスターなのにまったく偉ぶるところがない。ほんとにただただ作品がおもしろくなることだけを考えている人でした。台本の解釈や演技の方向性がしっくりいかなところは、一切妥協せず演出家とやりとりをしながら色々試す人でした。女優さんだったら、自分が映えるかどうかを気にしがちです。小泉さんは一切ない。男前な人なんですよ、本当に。
宮藤さんにも驚かされました。あれだけ民放で活躍している人だし、書いてるものもぶっ飛んだものが多い。だから勝手にアーティスティックなイメージを作り上げちゃってたんですけど、全く逆。とっても紳士な人です。たぶん民放よりも、『あまちゃん』では、かなり長い打ち合わせだったと思うんですけど、どんなに疲れてても宮藤さんは、早く済ませようとする素振りをしない。
あれだけの実績の人ですから意見が合わないときに、自分の成功例をだして説き伏せようとするかと思いきや、絶対に過去の作品のことなど引き合いに出さない。書き直しをお願いすると、お願いした真意を汲み取り、さらにおもしろくしてくる。しかも早い。そして大変だった素振りは一切ない。あの飄々とした感じには、しびれました。
長きにわたりトップを走っている人の自然体にうちのめされました。サラリーマンNEOを作ったという自負が、いかばかりのものかと。作ったプライドは必要です。でもそれにこだわってはいけない。意識しなくても血や肉になっているのだから。
小泉さんや宮藤さんが自分を捨てて作品に身を捧げてる姿を見ると、心底そう感じました。本物のプロに、また一緒に仕事をしたいと言われるようになりたいですね。
そのためには自分を更新し続けなければって、日々頑張ってます。出不精な自分をひっぺがして、誘われた飲み会は面倒でも(吉田氏は飲めない)行く。気になったお店は、たとえそれが小さな私鉄沿線にあって、行きづらいお店でも行ってみる。
頭で考えるよりも行動して考える。これが今年のテーマです。んー、かなり身近な内容ですけど。
これだけの実績がありながら、常に自分が変わらなくてはと考えている吉田氏。成功体験の積み重ねで今があるのだと思いながら話を聞き始めると、驚くことばかりだ。
吉田氏はなぜ「常に変わり続ける」ことが必要だと考え実践するようになったのか。その原点と足跡はドラマ以上にドラマチックだった。