ドキュメンタリーをつくるつもりが、配属先は「のどじまん」。

NHK 『あまちゃん』 演出・ディレクター吉田照幸氏

02脱落入局篇

 テレビ番組を飛び出し、映画化までされた『サラリーマンNEO』を企画・演出し、『あまちゃん』の演出も手がけた吉田照幸氏。それでも「成功は一度ゴミ箱に捨て」「常に変わり続ける」必要があるという吉田氏の、テレビマンとしての原点とは。

人の心に何かを残したくてテレビの世界を志す。
ところが最終面接で某民放に落ちてしまい……。

 僕の就活1年目は、バブル末期の大量採用の時代。よりどりみどりの超売り手市場でした。しかしテレビ局は難関。当時花形職業でしたし採用人数も少ない。
 もともとテレビを作ることにも演劇なんかにも全く興味のない人間でしたので、就活当初はあまりテレビ局に興味がなかった。ですが、そんな折りたまたま2つの番組を見たことで、人生が変わりました。
 1つは『北半球で一番くだらない番組』(フジテレビ系列で深夜に放送された特番)。三木聡さんが手がけたシュールで独創的なコンテンツを連発する番組で、その中のドラえもんが川を流れてくるシーンは、今でもテレビで一番笑ったシーンです。
 もう1つは、『世界で一番過酷なマラソン』(TBSのドキュメンタリー番組)。何日もかけオーストラリアを走破する人々を追っかけたドキュメンタリーです。
 その中で元囚人が登場します。彼の牢屋からランナーたちが走る姿が見えてたんですね。なので彼は出所したら走って、自分が更正するきっかけにしようと思ってたんです。そして走り始める。しかし刑務所に着く前に体はボロボロになってしまうわけです。それでも走り、歩き、這ってでも前に進むんです。そこでボランティアに抱えられ、お風呂に入れられるシーンがあるんですが、そこで野獣のような絶叫がこだまします。足の皮が完全にむけてしまっているわけです。そのシーンは今でも鮮明覚えています。感動というか動揺して涙が出ました。
 この2つの番組を見て、テレビの制作を目指しました。バンドをやっていたりもしたし「人の心に何かを残す」ということに興味があったんですよね。また華やかなところが好きな性分でもあったので。ただそうそう簡単ではなく、じつはNHKには1年就職浪人をして入ってるんです。
 その理由は、1年目に某民放の実質採用を決める最終面接までいっていながら、落とされたからなんです。その面接は、現役ディレクター10名くらいの前で「山瀬まみ派」「森口博子派」を入れ替えながらの1対1でディベートするものでした。
 僕は相手が「負けました」と途中で言うくらい、コテンパンにやっつけたんです。面接もそのくらいの段階になると、みんな顔見知りで、お互いに仲良くなるんですけれど、帰りのエレベーターで「吉田君は絶対に受かったね」と言われながら降りたのを憶えてます。
 僕もこれで受かったと確信していました。ところが、採用者だけに連絡が来る時間になってチクタクチクタク。それを30分過ぎても電話はならない。落ちた現実が受け入れられず人事に電話しました。粘りに粘って、とうとう落ちた理由を教えてくれました。
 それは……「協調性がないから」意味がわからなくて呆然としました。ディベートで競えって言うから競ったのに、負かしたら「協調性がない」って……。たぶんそれまでの面接では人事の人が見ていて、個性があると評価してくれていたんだと思うんです。でも最後は、現役のディレクターだった。自分の下に付く「新入社員」として見ると、あんな生意気な奴が来たらやだなって思ったんでしょうね。

縁あって偶然受けたNHKに内定。
テレビマンとしての将来に胸を膨らませ……。

 もうね、それが納得がいかなくて。親にもう一度挑戦させてくれと頼み込みました。仕送りは半額になりましたけど許してくれました。
 次の年は放送局だけでなく、制作会社も受けました。とにかくテレビの仕事をするという意気込みで他の企業は受けませんでした。これNHKでは珍しいタイプです。まだバブルの残り香があった年だったので、他の業種にもいい就職先がありました。NHKは高学歴の人が多いですからね。
 ただ影響を受けたのが民放の番組だったので、NHKは全く選択肢に入っていませんでした。とにかく民放全盛時代でしたから。NHKに入るくらいなら制作会社に入って民放の番組を作りたいって考えていました。
 ではなぜNHKなのか?それは当時つき合っていた彼女がアナウンス志望でして、NHKのセミナー(就職説明会)を一緒に受けてほしいといわれたからなんです。そのセミナー先着順なので、朝4時とかから並ばなきゃならない。面倒だなあって思いながらついていって、そこで志望書とか書いて、その内容は、ま、NHKだしってことで、筑紫哲也さんとNHKニュースの比較について、論じたような気もします。
 それから3週間位経ったったときに、突然電話がかかってきたんです。NHKに行ってみると報道の若手の人が待っていて1時間位ざっくばらんにしゃべりました。すごく盛り上がりました。するとまたすぐに電話がかかってきて、今度は報道部の偉い人でした。この人とは20分ぐらいで話が終わりました。話は盛り上がりませんでした。
 なのにまた電話がかかってきて今度は人事部の人でした。田舎のこととか聞かれたのですが、別段何ごとも無く話は終わりました。いったいなんなんだって思いながらトイレで小便をしていると、さっきの面接で同席しいた若手の人が横にならんで小便をはじめました。
 そこで言われました。「今、決めてくれたら決めるけど」って言われて。こっちも考える余裕ないので思わず「あああ、はい」って。
 親に連絡したら騙されてるって言うし。ただその後内定を正式にもらって「NHKに入るって言っちゃたけど、でもまだ民放や制作会社を受けてみようと思う」って言ったんです。そうしたら「誰がここまで金だしたと思ってんだ! 頼むからNHKしてくれ!」と怒られながら懇願され、まあ親孝行になるならとNHKに入ったわけです。
 それにNHKならあの「世界で一番過酷なマラソン」のようなドキュメンタリーが作れるぞ!と期待に胸をふくらませ喜んでいたわけですが……。

 最終面接でのまさかの体験を経て、テレビ制作への思いにさらに火が付いた吉田氏。就職浪人を経て念願のテレビマンとしてNHKに入局。ここから吉田氏のテレビマンとしての快進撃が始まるはずだったが……。


  1. 01 謙虚献身篇
  2. 02 脱落入局篇
  3. 03 青春悶々篇
  4. 04 個性胎動篇
  5. 05 苦闘苦楽篇
  6. 06 NEO個性論篇

  • このエントリーをはてなブックマークに追加