故金正日氏の孫、叔父・正恩氏や父・正男氏について語る インタビュー
2012年10月19日 21:07 発信地:ソウル/韓国
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【10月19日 AFP】北朝鮮の故・金正日(キム・ジョンイル、Kim Jong-Il)総書記の孫の1人で、ボスニア・ヘルツェゴビナの学校に通うキム・ハンソル(Kim Han-Sol)さん(17)が、北朝鮮の新指導者となったおじの金正恩(キム・ジョンウン、Kim Jong-Un)第1書記について「彼は独裁者だ」とテレビインタビューで発言した。
■ユーチューブにも投稿されたインタビュー
キム・ハンソルさんは1995年、平壌(Pyongyang)生まれ。故・金総書記の長男、金正男(キム・ジョンナム、Kim Jong-Nam)氏の息子にあたる。インタビューにはさっぱりとした髪型に黒縁の大きなめがね、左耳には2個のピアスといったいでたちで登場し、韓国や米国の同級生とも仲が良いこと、朝鮮半島の再統一を願っていることなどを語っている。
このインタビューは、元国連(UN)事務次長で、ボスニア・ヘルツェゴビナの人権特別報告官も務めたエリザベス・レーン(Elisabeth Rehn)氏が聞き役となり、ハンソルさんが通うボスニアの学校にて英語で行われた。15日にフィンランドのテレビ局が放映し、動画サイト「ユーチューブ(YouTube)」にも投稿された。
番組ではハンソルさんの誕生年の紹介とともに「1995年、北朝鮮の歴史にとって暗い年だった。何百万人という人びとが飢え、死んでいった」と字幕が入り、そこに「北朝鮮で育った間、あそこで何が起きているか全然、分かっていなかった」と、ハンソルさん自身の言葉が重なった。「いつの日か戻って、人びとにとって良い事をしたいといつも夢見ています」
■「なぜ正恩氏が独裁者になったのか分からない」
幼少時代を回想した際には、素直に「寂しかった」と語るハンソルさん。大半の時間を母方の家族と過ごし、前年12月に死亡した祖父の金正日氏には会ったことがないと述べた。「どういう人なのかただ知りたくて、いつも会いたいと思っていました。亡くなる(日)までずっと祖父のことを待っていました。いつかきっと会ってくれるんじゃないかと思って。僕が存在していることすら知っていたのかどうか、まったく分かりませんでした」
ハンソルさんの父親の正男氏は、2001年に日本のディズニーランドを訪れるために偽造旅券で入国を図り、強制退去処分を受けたとされる。それ以降、金正日総書記から後継候補とはみなされなくなった正男氏は、マカオを中心に実質的には亡命状態の中、家族と共に暮らしてきた。
体制の後継者が長男の正男氏ではなく、三男の正恩氏となったことについて質問されたハンソルさんは、「私の父は政治にあまり関心がありませんでした」と答え、さらに「彼(正恩氏)がなぜ独裁者になったのか、僕には分かりません。それはおじと祖父との間の話ですから」と続けた。ただ正恩氏が率いる北朝鮮の現体制と、自分の家族との現在の関係について直接語ることはなかった。
■卒業後は「世界平和」構築に尽力したい
ハンソルさんは前年、ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタル(Mostar)にある全寮制のインターナショナル・スクール、ユナイテッド・ワールド・カレッジ(United World College、UWC) に入学しメディアの注目を集めたが、本人としてはこの学校への入学がメディアを避ける最善の方法だったようだ。
マカオとボスニアといった外国での学校生活では、韓国や米国からの生徒とも会うため、最初は「気まずい感じ」がしたと話す。「けれど、だんだんお互いを分かり合うようになって、今ではとても仲がいい友達です。一緒に旅行もするし、素晴らしい気分です」。また韓国については「反対側(韓国)に自分は行くことができないのが悲しい」と述べたが、「けれど少しずつ努力を重ねていけば、いつか結論に達し、僕たちは一つになることができるでしょう」と希望も語った。
また学校の寮ではリビア人のルームメートと部屋を共有していると語った。このルームメートは2011年に殺害された故ムアマル・カダフィ(Moamer Kadhafi)大佐の独裁政権に対し蜂起したリビアの反体制派を支持していたと述べ、「あの時、この友人はとても夢中になって僕に色んな話をしてくれました。国に帰ってまったく違うリビアを見たと。とても興味深いと思いました」と語った。
また卒業後については、ボランティアや人道支援活動に関わり、「世界の平和」を築くために尽力したいと述べインタビューを締めくくった。
今回のインタビューについてはなぜ引き受けたのか、また家族や北朝鮮政府に許可を受けているかどうかといった点について話すことはなかった。(c)AFP/Giles Hewitt