音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。
そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフォーカスしインタビュー形式で紹介するエンタメ異人伝。
記念すべき第1回は、日本のパソコンゲームの黎明期から現在に至るビデオゲームのパイオニア的存在である、株式会社日本ファルコム 創業会長 加藤正幸氏です。コンピューターを愛し、サラリーマン時代を経て、ソフト販売のショップを開店、ソフト開発を行い、日本におけるパソコンゲームの市場を開拓してきました。今まであまり語られることのなかった加藤氏の半生を追いしました。
※本記事は3回にわたってお届けするインタビューの最終回です。第1回(上)、第2回(中)はこちら
インタビュー取材・文 / 黒川文雄
新海誠さんなど、有能なファルコム・チルドレンを多数輩出してきた理由
確かにそうですよね。それにしても、会長のところからは多くの才能がファルコム・チルドレンとして旅立たれていますね。
加藤 たった50人くらいしかいないのにね。有名人がいっぱいでてくる(笑)。
すごいですよね。サウンドでいえば古代祐三さんもそうですし。
加藤 古代くんはウチのご近所さんで、今でもハンバーガーショップとかで会うことがあります。とても礼儀正しく、わざわざこっちに来て「ああ、こんにちは」って。
古代祐三
2013年2月13日発売
アニメーション作家の新海誠さんもそうですよね。どんな方でしたか?
加藤 彼は現社長の近藤の先輩なんですよね。近藤が入社した頃のゲーム会社は、ちゃんとした大学を出た人が入ろうとすると親がみんな反対したんですよ。だから、近藤が入社希望で関西の方から来たとき、彼(新海氏)にどうやって親を口説けばいいのか教えてやれと言ったんです。そうしたら「分かりました」と言って、じゃあ一緒にメシ食って来いって。
新海誠 (著者)
KADOKAWA / メディアファクトリー
ハハハハハ、面白いですね。
加藤 新海君は文学部の出で、確か一般職みたいな形で入ったんです。僕はデザインをやるとき、常に誰か1人くらい自分の側に置いて一緒にやるんですけど彼もそういう役割でした。『ブランディッシュ』のロゴを作る仕事をやったのはよく覚えていますね。最終的には上手くいかなかったですけど、墨で英字を書こうみたいな話になりまして紙をいっぱい置いて2人で座ってああだこうだと。
当時はまだ絵を描けなかったのですか?
加藤 今みたいなキャラクターだとかそういうものは描けなかったので、背景画を描かせたりしていました。だから、彼のああいう美しい背景のルーツは『イース』ですよ。あれはCGじゃないですから。
そういう過去もあったのですか。
加藤 不思議にキャラクターの上手い人はデッサンがおかしかったりするんですよね。でも、デッサンが上手くても魅力的な絵が描けないっていう人も多くて、なかなか難しいですよねこの世界は。
分かります。そういうところはありますよね。
加藤 音楽もそうですよね。ある程度自分たちでやっていると、基本的な音楽理論みたいなことを身につけるべきじゃないかという話が出てくるわけですよ。そんなことやっても意味はないと僕は思っていたのですが、みんなが言うんだったらとアレンジをやってもらっていた芸大出の先生に頼んで毎週来てレクチャーしてもらったんです。絶対みんなすぐに閉口するぞって思っていましたが案の定でした。
音楽理論と作曲は別物であると。
加藤 そもそも音楽理論なんて、そんな簡単なものじゃないですから。これはこれでまた別の難しさがあるんです。そこへ突っ込んでいっちゃうと。でも、芸大に行っても曲が書けない、絵が描けないという人もたくさんいますからね。「僕らは素人だからいい曲が書けるんだぜ」と思っていればいいんですよ。
説得力のあるお言葉ですよね。