“He that will thrive must rise at five.”成功したいなら、睡眠時間を削って5時に起きなければならない――。童謡『マザー・グース』でも語り継がれている「成功の掟」は、日本よりはるかに残業や過労が少ない米国でも、企業幹部やウォール街のトレーダー、エリート弁護士層などの間で信奉されてきた。成功への階段の傾斜が険しさを増すなか、睡眠もままならず、体を壊したり、うつ病になったりする人は世界規模で増えている。成功のためには睡眠を犠牲にすべきだという「成功の掟」は必要悪なのか、「集団的妄想」なのか――。米ハフィントン・ポスト創業者で、昨年『スリープ・レボリューション 最高の結果を残すための 「睡眠革命」』(邦訳版は2016年11月発売)を上梓したアリアナ・ハフィントン氏に、睡眠の大切さについて語ってもらった。過労で倒れた自身の経験を踏まえ、世界一睡眠時間が短い働きすぎの東京人に送るメッセージとは――。(肥田美佐子=NY在住ジャーナリスト)
睡眠危機に直面する現代人
現代人と睡眠との関係は危機的状況にある。睡眠不足は、世界的に蔓延する大規模な公衆衛生上の疫病だ。睡眠不足は経済に巨額の損失をもたらしている。睡眠不足が「アブセンティーイズム(常習的欠勤)」や「プレゼンティーイズム(出勤していても生産性が上がらない状態)」というかたちで米国経済に与えている生産性の損失額は実に年間630億ドルを超える(Sleep.2011 Sep 1;34(9):1161-71.doi:10.5665/SLEEP.1230)。心身の健康や全般的な幸福感に照らすと、睡眠不足のツケは、さらに大きくなる。
十分に眠らないと、最悪の場合、どんな弊害が起こりうるのか。長期的な睡眠不足は、死に直接つながりかねないだけでなく、癌や糖尿病、心臓病、うつ病など、非常に多くの病気と深く関連している。
最近の最も重要な発見の一つは、睡眠中に脳の掃除が行われているということだろう。
言ってみれば、睡眠は脳に夜間清掃スタッフを送り込んでいて、彼らが、日中に脳細胞の間にたまった有害なタンパク質(アルツハイマー病にも関連がある)を除去してくれるが、睡眠不足の人は除去が不十分になりかねない。ロチェスター大学トランスレーショナル神経医学センターの共同責任者マイケン・ネーデルガードがこの清掃機能のメカニズムを研究している。
また、オーストラリアの研究によれば17~19時間眠らずにいると(多くの人にとって日常のことに違いない)、認知能力は血中アルコール濃度が0.05%(米国の多くの州の酒気帯び運転基準よりわずかに低い値)のときと同程度まで低下するという。さらにあと2~3時間起きていると、0.1%、つまり酒気帯び運転と同程度に達する。もちろん、飲酒運転については路上で検査が行われるが、睡眠不足運転にそのような検査はない。