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ユリオにとっての優ちゃんの意味について

全体公開 2017-02-13 22:32:07 1061views

勇利は運命の人、優ちゃんは運命の女神


1.ユリオにとっての優ちゃんとは?

 12話の演技開始前のモノローグでユリオが呼んだのは、ヤコフ・リリア・じいちゃん・優子たち・勝生勇利、です。

 この中で優ちゃんのポジションだけが謎でした。

 作中の描写から、ユリオは彼女に異性的魅力や母性を感じているのか?とも言われてきましたが、この場面のモノローグに含まれるということは、ユリオにとって優ちゃんがなんらかの大事な存在であることは確かです。

 しかし気になるのは「優子"たち"」となっている点。複数形、つまり優子+aで、その代表として優ちゃんを挙げてる。これが分からなかった。
 しかし、一つひらめきました。

ユリオにとって
>ファン+サポートスタッフ=選手ではないけれど、スケートを愛し、ユリオ(選手)の勝利を願い支えてくれる人たち

 彼ら/彼女らの象徴が優ちゃんなのではないだろうか?

2.優ちゃんと長谷津の日々からユリオが得たもの

 10話でユリオの熱狂的なファンたちが紹介されましたが、正直いって…彼女ら、あまりマナーがよろしくない。そんな彼女らでも、嫌々ながらもファンサをし、JJの彼女から庇うユリオの姿に「ほんとツンデレだな」と微笑ましく思ってました。

 しかし、この着想が正しいなら、これはたぶん逆です。優ちゃんに出会ったから、ユリオは彼女らに優しくなったのです。

 3話の初対面時、ユリオは優ちゃんに対して明らかに悪感情を示しました。しかし、そのすぐ後に何かハッとしたような表情をして、彼女を見つめています。その後は、当初の悪感情はどこへやら、明らかに彼女に心を許している。

 これは異性(母性)への慕情に基づくものなのか?最終回でも回収されなかった、この表現の謎について。3話と10話の因果関係を逆転させたなら、コレに一つの解が生まれる。

彼女の純粋なスケート愛に、ユリオは感銘を受けたのだ。

 それまでマナーの悪いミーハーなファンしか知らなかっただろうユリオにとって、選手への礼節を守り、演技そのものへの純粋な感動を示す「本当のスケートファン」の優ちゃんは衝撃だったろう。

 さらに、彼女は温泉onICEに臨むユリオを献身的にサポートしてくれた。

 ヴィや勇利とユリオの最大の相違は、彼にとってスケートは「手段」であるということだ。スケートが人生の歓びである二人に対し、ユリオは家族を養うためのいわば「仕事」としてスケートをしている。
 そんなユリオにしてみれば、コーチであるヤコフを筆頭としたスタッフ、応援する人々、後援する国は「取引相手」だ。生活援助(金)と引き換えにメダル(勝利・名誉)を献上する、利害関係のつながり。

 しかし、優ちゃん―長谷津の人々が違った。
 ユリオを助けることは、彼らにとって一銭の得にもならない。むしろ彼らの身内である勇利の対戦相手なのだから敵意を向けてもいいくらいだ。
 けれど、彼らはそんなことはしなかった。ただ、ユリオが心地よく過ごせるように、全力で試合に臨めるようにしてくれた。
 血の繋がりも、金の繋がりも、国(民族)の繋がりも、何もない。全く無関係のアウェイの中だからこそ、ユリオはその「完全なる無償の愛」を知覚した。

 それは、ユリオ個人への「人から人への愛」も含むだろう。
しかし、とりわけ温泉onICEに臨む中で彼がもっとも強く感じたのは、観戦を待ち望む「選手でない人々」から発せられる当日をワクワクしながら待つ気配=地元のスケートリンクでトップスケーターのスケートが観られることへの期待と興奮ではなかっただろうか?

 つまり、ここでユリオははじめて
賞金やメダルの名誉など"あらゆる世俗の利益・しがらみ”を超越した
>「スケートそのものに向けられる愛」の存在を実感したのではないだろうか?

(なおユリオがそれを知覚できたのは、彼自身が勝生勇利から「成果(理屈)を超越した"美への感動"」を得ていたことはきっと無関係ではないだろう)

 その知覚を得たユリオにとっての「選手じゃないからこそ、ある意味で選手以上に純粋にスケートを愛してる人々」=「全てのファンと全てのサポート・スタッフ」の象徴、それが優ちゃんなのだ。

 そして、この知覚を得たからこそ、後のヤコフやリリアの指導、国と国民の期待、ファンからの応援を、ユリオは受け入れられたのだ。

 家族(私/血縁)との愛(小さな世界)しか持たなかった子どもが、より大きな世界(公/他人)へ踏み出す、大人への第一歩。
 それを与えてくれたのが、あの長谷津の日々であり、その象徴が優ちゃんだった。

3.バルセロナFSのユリオ
 
 ここで、12話モノローグに戻る。

 つまり、あそこでユリオが呼んだ人たちは
>スケーター:ユーリ・プリセッキーに「愛」を与えてくれた「全ての人たち」なのだ。
 彼らの「愛」に応えるために―全霊の感謝を示すために、ユリオは彼らに"見てくれ"と呼びかけた。
 同時に、その己の姿を"見ろ"と勝生勇利に呼びかけた。
ヴィクトルという「唯一神への愛」のために殉教(引退)しようとする勇利に、「全ての人への愛」を示そうとする自分の演技を見ろと叫んだ。

 何故なら、ユリオが背負うソレは、彼個人のものであると同時に、ユーリ・プリセッキーという一選手を通して、全てのスケーターが背負っているものだからだ。

・金メダル獲れたらやめんのか
・ヴィクトルの点越えられたら他はどうでもいいのか
・ふざけんな!俺をがっかりさせんな!

 ユリオが勇利に向けた「怒り」は、勇利がヴィクトルしか見ていないことだ。
 それは「ユリオを見ない」ことへの個人的な苛立ちも含まれるだろう。
 しかし、それ以上に「スケーター・勝生勇利」に注がれる「ヴィクトル以外からの愛」を勇利がないがしろにしようとすることだったのではないだろうか。
 あの長谷津の日々で、ユリオが見たその「愛」を―ユリオが勝生勇利を通して得ることができた「大事な宝」を、他でもない勇利が捨てようとする―無価値なガラクタのように扱うことこそ、ユリオが許せないことだったのではないか。

4.むすび

 YOIにおいて「運命の女」は勇利なのだが、「運命の女神」は優ちゃんだよなあとつくづく思う。

 勝生勇利が、ヴィクトルという神+彼のもつ究極の女性性(魔性)を得るのも
 ヴィクトルが、神から唯人(生身の人間の男)に生まれ変わるための、彼の運命の伴侶である勝生勇利を得るのも
 さらにユリオが、少年から大人の男性・一人前の戦士(選手)へと、彼の運命の人である勝生勇利を死から救うための成長すらも

 すべて優ちゃんがきっかけなのである。

 つまり優ちゃんは運命の女神。

…なるほど、あの空前絶後の魔性と運命力をもつ勝生勇利が、優ちゃんへの初恋を成就できなかったのは。彼女が、「運命の女」という勇利の属性の上位互換である、「運命の女神」という属性もちだったからか…。

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HC@WTとYOI推し中
腐ってはいるがどっちかってとメタ解釈のが好き。ネタバレは公式発売日までは配慮しますが絶対ではないので注意。 小説・漫画・アニメ・ラノベと何でもみるけど、逆CP・他CPは受け付けない、雑食性の偏食生物。基本、巣穴に引きこもってでてこない生態なのでアカ数が月放置とかザラにある。
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