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管理人様~工作員対策を~

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2017年 2月15日(水)16時48分48秒
  はよwww
厳正に対処願いまする~www
他の方は荒れないでね~
 

串なら削除www

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2017年 2月15日(水)16時44分25秒
編集済
  不如帰は工作員ですよぉ~www  

順序が違います

 投稿者:不如帰  投稿日:2017年 2月15日(水)16時32分52秒
  再読お願いします。
創価学会から正式に池田先生と長男名でこのように文証が出されています。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/64429

>私のライフワークである小説「新・人間革命」もいよいよ30巻に入り、学会の正義の闘争を綴っていきます。
>法のため、友のため、社会のため、未来のための言論戦を戦う聖教新聞です。
>その共戦の「無冠の友」の皆さまの姿を浮かべる時、私のペンを持つ手には一段と力がこもります。
>2017年「無冠」

>前書き(「はじめに」)には、小説の執筆は「限りある 命の時間との、壮絶な闘争となる」と記されています。
>先生は、『新・人間革命』の執筆こそ、人生で果たすべき使命であると定められていると感じます。
>連載を待ってくれている読者、後継の弟子たちに、何を伝え残していくか。
>そこに、先生の人生を懸けた戦いがあるのだと思います。
>2017 2/1 創価新報 池田 主任副会長へのインタビュー 池田博正主任副会長

信濃町の人びと様達は新・人間革命が代筆である確証を得ていると仰せです。
そして、池田先生を利用した代筆が行われているとも言われています。
創価学会の正式文書と辻褄があわなくなるため、その一点だけ追及すれば
正式文書の改ざんが疑われるのですが、新・人間革命を検証するとは順序が違うでしょう。
もしや確証を得られていないために検証しなければならないのすか?
それならば池田先生の新・人間革命を検証するような愚かなことはおやめなさい。
師匠の書かれている小説を糾弾する弟子は前代未聞です。
宿坊の掲示板を読み返したところ新・人間革命の誤読があるのも事実です。
池田先生の構想と貴殿らの境涯のすれ違いは十分に考えられるでしょう。
そうなれば取り返しはつきません。宿坊の掲示板は師匠を貶めていたことに繋がるのです。

>呆れました! 投稿者:情報係 投稿日:2017年 2月15日(水)08時05分7秒
>本日の新・人間革命、「選挙で大きな喜びに包まれ、この朝を迎えた」???
>選挙は手段であって目的では無いと、何度も指導されていたと思いますがね。誰がこの文章を代筆しているのでしょうか?
>何を考えているのか、さっぱり分かりません。

>情報係さん 投稿者:ロマン 投稿日:2017年 2月15日(水)08時41分4秒
>その箇所は先生も随筆で書かれていたと記憶しています。
>法戦の勝利をもって集った会合が、会長辞任の発表の場となってしまい、暗い会合となったー
>というような内容だったかと。
 

大仏のグリグリ様【新・人間革命30巻 大山の章】について

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月15日(水)15時25分16秒
  新・人間革命の検証ありがとうございます。
今後の検証にもぜひご活用ください。

また、先生の書かれた随筆を読み直してみると、54年問題とは師と弟子の問題であることがはっきりと分かります。

正義の旗様の54年問題についての投稿(プロジェクトX様の再掲)
も併せて読むと、当時の最高幹部が池田先生を追放し保身に走ったことも明確ですね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【随筆 新・人間革命 80 昭和54年5月3日 獅子となりて 我は一人征く】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64487

【随筆 新・人間革命 嵐の「4・24」 (1999年4月27日)】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64486


《大仏のグリグリのとこ》
>>新・人間革命30巻「大山の章」もまだ途中ですが、ここで今までのところまでを山友裁判対策で学会の法務局が作成した「総合経過年表」と比較していきましょう。<<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64319

《正義の旗》
【54年①】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64470

【54年②】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64471

【54年③】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64473

【54年④】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64474
 

役職について

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 2月15日(水)14時47分55秒
編集済
  信行学の実行が伴わない,
上に上がるだけの日本の役職。
300人もいる副会長がその機構を証明していますね。

3人の職員さんの更新ブログ読みました。

役職は、循環させた方が健康的です。
しかし、ここで1番注意しなければならないのは、1番の最高幹部、会長や、各国の理事長なども、
徹底して、1~2年の短期間で循環させることを絶対に例外にしてはいけない事です。
なぜならば、トップを10年も同じ人にさせて、現場のリーダー達を短期間の名目で循環させていると、逆に其のシステムが仇になり、あっという間に国の最高幹部等は理事長の取り巻きで固められます。
任期という大義名分がまかり通っていますから、誰も文句を言う人はいません。
そして、一度この人事ができてしまうと、先生ほどの立場の人が介入しないと、改善はほとんど不可能です。
これが、この国が長年かけて「謗法の国」になる事が可能だった最大の理由です。
その任期制度をたてたのも理事長なら、理事長だけは3期までできる(一期3年)という制度を立てて、現実に9年居座り続けたのも理事長です。
(もちろん、今となっては、SGI本部がその裏にいたのがはっきり見えます。)
ですから、もし今後組織改革をするにしても、二の轍を踏んではいけないと思います。

学会側は6人も弁護士を雇っているとの事。
その費用はどこから出ているのでしょうか???
人のふんどしですもうを取るとは、まさしくこの事でしょうね。

心ある会員をばかにするにも程があります。
自腹をきったらどうですか。
もっとも、その自腹さへも、人のふんどしですね。
 

役職降りる?

 投稿者:通行します  投稿日:2017年 2月15日(水)12時54分41秒
  それって個人の判断でしょ。だからどうしたって感じしますが?

疑うわけではないがアラシの誘い水になりかねないよ。
そんな意味ない投稿はよろしくないね。
 

(無題)

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2017年 2月15日(水)12時49分53秒
  信濃町の人びとさん、随筆の本文掲載、ありがとうございます。  

(無題)

 投稿者:足立区より  投稿日:2017年 2月15日(水)12時35分26秒
  この掲示板を見て地区婦人部長が活動を見直したいと、役職を降りました。勇気ある決断であると思います。また、同じように役職を降りる方が続く気配がします。  

日顕と瓜二つ

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 2月15日(水)12時32分23秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

(# ゜Д゜)小日顕秋谷(# ゜Д゜)頭のカッコが瓜二つ
 

八尋(# ゜Д゜)

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 2月15日(水)12時30分23秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

(# ゜Д゜)法匪(# ゜Д゜)ヤ・ヒ・ロ(# ゜Д゜)
 

ブレイクタイム ! 太ちゃんさんへ

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2017年 2月15日(水)12時30分1秒
  「質問」http://6027.teacup.com/situation/bbs/64428
幽霊というものはいない、という根拠のヒントでも教えて頂けるとありがたいです
僕だけでなく、同類の「不可思議なこと」を他の複数の人で最近だけど体験したのですよ。

「所感」
すでに、寝たきりオジサンさんが自身の体験を通して話してくれていますので
もういいか ? と思いましたが、グリグリも結構好きです。そういう話――。笑

まず「幽霊」という言葉の定義から見ていきましょう。
仏教大辞典によれば、幽霊とは

①幽冥界の精霊のこと
②六道の衆生が見ることも知ることもできないもの
③特に人の死後の「霊魂、諸天、鬼神」なども幽霊という

とあります。霊魂とは

①日本では神霊視されて神霊となり、他方では恐怖の対象として「もののけ」「おにし」などとなった
②哲学上の「我・自我」は別として、一般にいう人だまや人に害をする怨霊等の霊魂は仏法上は認められない
③御書でしばしば使われる「たましい」とは霊魂ではなくて、精神や生命の意味である

とあります。

さらに、御書には「幽霊」という言葉が、2か所出てきます。

「今法蓮上人の送り給える諷誦の状に云く「慈父〝幽霊〟第十三年の忌辰に相当り・・・」(1045㌻)
「御願文の状に云く・・・・同状に云く「伏して惟れば先考の〝幽霊〟生存の時弟子遥に千里の山河を・・・」(1420㌻)

というものです。

おそらく、大聖人御在世当時の日本においては
亡くなった人のことを「幽霊」と表現する文化があったのではないかと思われます。

これらの事例から仏法でいう「幽霊の否定」とは、
一般にいう「人だま」や「人を害する怨霊」等の霊魂の否定です。

これらは仏法上は〝認めていない〟ということです。そして、その根拠は仏法で説く「生命哲学による」です。

特に日蓮仏法で説く「大生命哲学」を真摯に探究していけば、それが容易に理解できます。
たとえば、一念三千論・因果倶時論・三諦論、三世の生命論等々、また、池田先生の大我論(我即宇宙・宇宙即我)などです。

上記のことを前提として、グリグリの主観を述べたいと思います。

世の中に、太ちゃんさんのいうように「不思議なるもの」はあるのか、ないのか――。

グリグリは「ある」と思います。
幽霊がいても何ら不思議ではないと思います。

ただ、その幽霊が「見える、見えない」は各人の主観によると思う。

考えてみれば、人が死ねばその生命は宇宙の生命に冥伏するというのも不思議だし、
また、条件がそろえば生まれてくるというのも不思議な話です。

人が睡眠をとっている時、意識はどこにあるのでしょうか。
もしかして宇宙に冥伏しているのでしょうか。

もし仮に、睡眠中に意識は大宇宙に冥伏しているとしたら、
なぜ睡眠をとれば目覚めた時、体の疲労は回復しているのでしょう。

不思議なことだらけです。

我が生命と宇宙の生命を合致させゆくのですから、
我が生命と死んだ人の生命が感応しないわけがないと思うし、
幽霊が見えたとしても不思議ではないし、

見えなくとも、死んだ人の存在や気配を感じたとしても何も不思議ではないと思います。

グリグリもそのような体験はありますし、
死んだ両親や友人とも〝死んだ後〟一緒に題目を唱えたこともあります。

きっと、両親や友人の生命と、我が生命が感応していたのだと理解しています。

その現象が「怖いのか、恐怖に感じるのか」は、各人の主観によると思います。

以上、簡単ですがグリグリの所感を述べました。
 

勃樹(# ゜Д゜)テメーの脳みそはクソか?

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 2月15日(水)12時27分51秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

(# ゜Д゜)ぼっき(# ゜Д゜)
 

原田(# ゜Д゜)何が一番弟子だ笑わせるな(# ゜Д゜)

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 2月15日(水)12時23分59秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

原田(# ゜Д゜)テメーチョーしに乗んな(# ゜Д゜)

 

昭和54年4月・・私は高校1年

 投稿者:匿名メール  投稿日:2017年 2月15日(水)11時02分14秒
  池田先生が第三代会長を退任される・・これは今から振り返っても人生最大の衝撃でした。
当時、行き場を制約された先生は、創立者として学園にも来訪してくださった。先生のお顔を拝見し、涙が流れました。
 私は、数多いる、先生の弟子の中で、最も出来の悪い奴かもしれないけど、決意したことは必ず成就してみせると決意し、死ぬまで、結果を現していきます。
 

役職

 投稿者:フラフラ  投稿日:2017年 2月15日(水)10時54分24秒
  たしかに、総合なんとか、、、なんとか主事とか、、、副なんとかかんとか、、、?
役職おおすぎます。リサイクルしましょう。それでなくとも現場は人手不足で
大変なんですから。ある程度の役職になったら、一ブロック幹部から始めましょう。
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、東京から離れないのは一体ナゼですか~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月15日(水)10時05分57秒
  おはようございます。原田怪鳥様、あいも変わらず都内徘徊、誠に、ご苦労様で~す(笑)

東京都内での会合、または座談会には原田怪鳥様の御尊顔を拝見できるのデスが、どうして海外や地方には出向かれないのデスか~(笑)

都議会公明も自民と袂を分かつ状態、しかし国政においては相変わらずの蜜月関係、政策にしろ選挙にしろ自主投票が目立つ統制の無さ、

お花畑会員はともかく、今まで支援に応じてきた方々の基盤が揺らいでいるんじゃないデスか~(笑)

自民からの票も簡単にはもらえない状況、都議選は間近に迫ってる、東京都内を徘徊する理由は言わずもがなデスか~(笑)


せっかく一面に鳥取豪雪を取り上げているのデスから、さっさと鳥取に行かれたらどうデスか~(笑)

「直弟子」なんだからぁ~、最前線で会員を励ましましょう、

本部人事も???デスね~(笑)総合〇〇とか〇〇主事とか、ワケの分からない役職の名前だけが飛び交うヘンな人事(笑)

なんでこんなに入れ替えがあるんですか~(笑)逆に、こんなに入れ替えなければならない状況って、どんな状況デスか~(笑)

「新・人間革命」もいよいよ佳境に差し掛かってま~す(笑)執筆チームの皆さ~ん、何回でも言いますが、

「世紀の傑作」とするか「世紀の駄作」とするかは、全てアナタ達にかかっていま~す。

師匠を裏切った弟子との汚名を末代まで残さないように、真実を描かれるようにお願い致しま~す(笑)
 

率先垂範

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2017年 2月15日(水)09時47分13秒
  元愛読者様
>直感で申し訳ないですが、当板でなされている論は、本当に弟子の総括だとお思いでしょうか。<

::::::

まず、論と云っても様々であり、価値を生む総括(論)もあれば、マイナスや、どうでもいい総括もあるでしょう。それを一括りにしたところで意味もないし、価値もありません。私も論じている一人として心掛けていることは、価値ある投稿をすることであり、自分の文章には、当然責任をもっています。人もそうですが、大事なことは、一面だけをみて全体を判断しないことです。長所も短所も、善も悪も兼ね備えているのが人間であり組織です。

54年を総括することは、創価学会の宿命転換につながります。宿命転換とは、価値に転換するということです。どこまでいっても価値を創造できるかどうかなのです。私の中ではすでに、54年の総括はできており、どうしたらいいかの道筋(ビジョン)も出来ています。また、日蓮仏法は「活の法門」です。それは、すべてを活かしきる智慧です。いかなる投稿であろうとも、価値へと転換することはできます。

宿坊の掲示板総体として、弟子の総括となっているかの判断は、個々の主観によります。率先垂範こそが弟子の戦いですので、総括に不足を感じるのであれば、自らが投稿し補っていくこと。誰かを頼るのではなく、自分がやる。それが「弟子」の総括でしょう。私は私の信念に従い、今ある自分の力の限りの投稿をしています。

 

ロマン様

 投稿者:元愛読者  投稿日:2017年 2月15日(水)09時31分22秒
  今日夜半に私の投稿を削除されたので、管理人のご教示待ちです。
ご意見ありがとうございます。
 

情報係さん

 投稿者:ロマン  投稿日:2017年 2月15日(水)08時41分4秒
編集済
  その箇所は先生も随筆で書かれていたと記憶しています。
法戦の勝利をもって集った会合が、会長辞任の発表の場となってしまい、暗い会合となったー
というような内容だったかと。

別記:元愛読者さん
釈尊亡き後、弟子達が集って「私はこのように聞いた」「そのとおりだ」との弟子達のやり取りがあったわけですよね。
「私はこのように聞いた」「いや、私は反対にこのように聞いたが」といったやり取りもあったに違いないでしょう。
大事なことは、先生の発言が一部の人にだけ伝わり(先生の意図とは別に)、それが明るみにならず、消えていってしまうことです。
その場にいた人々が「そのとおりだ!」という先生の指導を記憶ベースから紡ぎだすことは、その場にいなかった人々にとっても貴重な情報になります。
スピーチに掲載されない→池田大作全集に載らない→絶版。よって、未来に残らない。
信濃町の人々さんは真実が残らないことを危惧されているのではと思います。
 

呆れました!

 投稿者:情報係  投稿日:2017年 2月15日(水)08時05分7秒
  本日の新・人間革命、「選挙で大きな喜びに包まれ、この朝を迎えた」???

選挙は手段であって目的では無いと、何度も指導されていたと思いますがね。誰がこの文章を代筆しているのでしょうか?

何を考えているのか、さっぱり分かりません。
 

池田先生を都合よく利用する原田執行部

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 2月15日(水)07時42分52秒
編集済
  ※「一番弟子」を「直弟子」に修正させて頂きます。

~~~~~~~

9・19安保法制決議の時も、「池田先生がご発言をされないという事は肯定されている」と言った幹部がいた。
2014年11月8日に発表になった会則改定も同様です。
そして今は、新・人間革命も「池田先生がご執筆されているから正しい」と。

思い出して頂きたい。
2010年5月まで、池田先生が自語相違するご発言をされた事があったであろうか。
本幹同中で過去と違うご発言をされたことがあったでしょうか。

近年では、原田会長の事を「直弟子」というメッセージがありましたね。
もし、原田会長が直弟子なら、2006年11月に原田氏が会長就任された時に、池田先生がご発言されているはずです。
しかし、原田氏が会長就任した11月に、池田先生はこのようにご発言されています。

~~~~~~~
【2006年11月22日全国合同協議会】より

・幹部が役職を笠に着て、威張る。大変なことは人にやらせて、自分は楽をする。そんな権威主義の学会になってしまったら、大変だ。一生懸命に戦ってくださる学会員に申し訳がない。
たとえ、会長であっても、特別な存在ではないのだ。
民衆の真っただ中で広布に戦う人が一番偉い。
広布のため、同志のため、だれよりも真剣に祈り、戦う人が会長なのである。
その意味で、全員が会長の自覚で進んでいけばいい。
(スピーチ全文)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/29864
~~~~~~~

池田先生が明確に「会長であっても特別な存在ではない」とおっしゃっているのに、なぜ原田会長が直弟子なのでしょう。

新・人間革命も同様です。
『随筆 桜の城』に掲載されている、『執行部の罪』に関する以下の内容は、新・人間革命 大山の章には出て来ません。

~~~~~~~
・なんと、ふがいない幹部たちよ。私を引退させておいて、自分の責任まで忘れ去っている臆病な姿に、私は怒りを覚えた。

・また、登壇した最高幹部は、ほんの数日前の会合まで、私を普通に「池田先生」と言っていたのが、宗門を恐れてか、ただの一言も口にできない。
私をどうこうではない。それは、強き三世の絆で結ばれた、会員同志の心への裏切りであった。

・学会を死守しようという闘魂も、いかなる時代になっても、私とともに戦おうという気概も感じられなかった。

・「第三代会長を守れ! 絶対に一生涯守れ! そうすれば、必ず広宣流布できる」と。
この恩師の精神を、学会幹部は忘れてしまったのか。なんと哀れな敗北者の姿よ。
~~~~~~~

池田先生は自語相違していません。
原田執行部が、池田先生を都合よく利用しているのです。

池田先生に恩を感じるなら「随筆 桜の城」を一読して頂きたい。
池田先生を見失わない慧眼を持って頂きたい。

自分の気持ちは、この句に帰結する。
師の悔しさを我が悔しさとして、声を上げ続けるのみです。

『あまりにも 悔しき この日を 忘れまじ
  夕闇せまりて 一人 歩むを』



※執行部の罪について
【保存用文証】「五月三日へ私の誓い」会長 秋谷栄之助
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58665

※当時の執行部の実名
【保存用文証】聖教新聞から抜粋した54年問題の真実
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58664
 

池田先生の随筆に学ぶ【随筆 新・人間革命 80 昭和54年5月3日 獅子となりて 我は一人征く】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月15日(水)07時32分58秒
  随筆 新・人間革命 80
昭和54年5月3日 獅子となりて 我は一人征く


 その日は、雲一つない”五月晴れ”であった。
 武蔵野の丘は、生命と青春を飾りゆくように、ツツジの花に包まれていた。

 その花々の彼方は、大きな真実の沈黙を漂わせた、新緑に輝いていた。

 妻が、まぶしそうに言った。
「まるで、十九年前と同じ天気ですね……」



 たしかに一九六〇年(昭和三十五年)、私が第三代会長に就任した日も、快晴であった。
 その日の夜、大田区の小さな貧しい家で、二人して夜空を仰ぎ、「あの星は、ホタルが輝いているように見える」と語り合ったことを思い出す。
 この十九年間、絶望の闇を切り開き、無限の平和の大帝国を建設するために、わが死闘は続いた。



 一九七九年、すなわち昭和五十四年の五月三日――。

 間もなく、創価大学の体育館で、〃七つの鐘〃の総仕上げを記念する、第四十回の本部総会が行われることになっていた。
 本来ならば、その日は、私は、偉大なる広宣流布のメッセージを携えて、創価の栄光を祝賀する日であった。

 すべての同志が熱意に燃えて、楽しき次の目標をもち、至高の光を胸に抱きながら迎えゆく、歓喜の日であった。

 尊い広布の英雄たちが微笑をたたえ、共々に、珠玉の杯を交わしながら祝うべき日であり、大勝利の鐘を自由に打ち鳴らす日であった。
 しかし、嫉妬に狂った宗門をはじめ、邪悪な退転者等の闇の阿修羅が、この祝賀の集いを奪い去っていったのである。



 午後二時から始まる総会の開会前であった。

 妬みと滅びゆく瞋恚の魂をもつた坊主を乗せたバスが、大学に到着すると私は、ドアの前に立ち、礼儀を尽くして、彼らに挨拶した。

 ところが、坊主たちは、挨拶一つ、会釈一つ返すわけでもなく・冷酷な無表情で、傲然と通り過ぎていった。

 学会伝統の総会も、いつものように、学会らしい弾けるような喜びも、勢いもなく、宗門の〃衣の権威〃の監視下、管理下に置かれたような、異様な雰囲気であった。

 ある幹部が後で言っていた。

 「冷たい墓石の上に座らされたような会合であった」激怒した声が多々あった。

 会場からの私への拍手も、遠慮がちであった。
 また、登壇した最高幹部は、ほんの数日前の会合まで、私を普通に「池田先生」と言っていたのが、宗門を恐れてか、ただの一言も口にできない。

 私をどうこうではない。

 それは、強き三世の絆で結ばれた、会員同志の心への裏切りであった。

 婦人部の方が怒っていた。
 「どうして、堂々と、『今日の広宣流布の大発展は、池田先生のおかげです』と言えないのでしょうか!」と。

 私が退場する時も、戸惑いがちの拍手。

 「宗門がうるさいから、今日は、あまり拍手をするな。特に、先生の時は、拍手は絶対にするな」と、ある青年部の最高幹部が言っていたと、私は耳にした。

 恐ろしき宗門の魔性に毒されてしまったのである。言うなれば、修羅に怯えた臆病者になってしまったのである。

 しかし、私を見つめる同志の目は真剣であった。声に出して叫びたい思いさえ、抑えに抑えた心が、痛いほど感じられた。体育館を出た直後、渡り廊下を歩いている私のもとに駆け寄って来られた、けなげな婦人部の皆様との出会いは、今も、私の胸に深く、くい込んで離れない。



 会合が終わり、特別の控室にいた高僧や坊主どもに、丁重に挨拶をしたが、フンとした態度であった。これが人間かという、そのぶざまな姿は、一生、自分自身の生命に厳存する閻魔法王に、断罪されることは、絶対に間違いないだろう。

 仏法は、厳しき、「因果の理法」であるからだ。

 私は思った。
 宗門と結託した、学会攪乱の悪辣なペテン師たちは、これで大成功したと思い上がったにちがいない。彼らは、「これで、計画は着々と準備通りに進んでいる。これでよし! これで完全勝利だ」と計算し、胸を張っていた。

 その陰湿さと傲慢さが、私には、よく見えていた。

 私は、ずる賢き仮装の連中の実像を、その行動から見破ることができた。

 この陰険極まる、狡猾な連中には、断固として、従ってはならない。いかなる弾圧を受けようが、「忍耐即信心」である。

 学会は、蓮祖の仰せ通りの信仰をしている。死身弘法の実践である。柔和な忍辱の衣を着るべきである。

 学会に敵対する彼らは、蓮祖の姿を借りて、真実の仏の使いを道具にし、利用し、破壊しているのである。

 これが、恐ろしき魔性の荒れ狂った、現実の実態であった。あまりにも悲しく、あまりにも情けなかった。

 本来、宗教は、人間の幸福のためにあるものだ。

 それが坊主の奴隷になり、権威の象徴の寺院・仏閣の下僕のになってしまうことは、根本的に間違いである。



 私は、重荷を、また一層、背負った気持ちで、皆と別れ、自宅には帰らず、神奈川文化会館に走った。

 「今朝の新聞に・先生のお名前が出ていました」

 神奈川文化会館で、側近の幹部が教えてくれた。
    この三日付の読売新聞には、日米国民の「生活意識」調査の結果が掲載されていた。
 その中に、日本人が「尊敬する人物」に挙げた上位二十人の第六位に、私の名前が出ているというのであった。

 上から、吉田茂、野口英世、ニ宮尊徳、福沢諭吉、そして、昭和天皇と続き、その次が私である。

 「会長勇退」直後の五月三日に、このような記事が出たことに、私は不思議なものを感じた。
 また、同志の皆さまが懸命に私を応援してくださっているようにも思われた。

 数日後、ある識者の方からいただいたお手紙は、この調査のことを非常に驚かれ、こう結んであった。

 「現存する人物では、民間人の第一位です。
 そして、日本の宗教界では、貴方、お一人だけです。まさに宗教界の王者です。どんなに、戸田会長がお喜びになるでしょうか!」



 「大事には小瑞なし、大悪を(起)これば大善きたる、すでに大謗法・国にあり大正法必ずひろまるべし」(御書一三〇〇㌻)とは、日蓮大聖人の絶対の御確信であられる。

 誰が何と言おうが、私は私の信念で勝つことを決心した。

 そして、ただ一人、今まで以上の多次元の構想をもちながら、戦闘を開始した。

 「獅子は伴侶を求めず」とは、よく戸田先生が、私に言われた言葉である。

 一人、孤独になった私は、無言のうちに、必ずや、真実の伴侶はついてくるであろうと信じていた。

 師弟の両者が一つの姿で、無限に戦い、舞い、走り、勝利しゆく。私は、その新しき時代の、新しき伴侶を待っていた。

 神奈川の地は、世界に通じる港である。
 ここから、私は「一閻浮提 広宣流布」との大聖人の御遺言を遂行する決意を新たにした。そして、「正義」という二字を書き記した。

 この意義を深く留めて後世に伝えてほしいと、側にいた数人の弟子に託した。
 五月五日のことである。



 いったん帰京した私は、東京の開拓の新天地、第二東京の拠点の立川文化会館に向かった。すでに、夕方近かった。

 別な世界を見る思いで、まさに沈みゆかんとする夕日の光景を、しばし呼吸した。

 夕暮れの立川に着くと、その清楚な頬に頬ずりしたいような、憧れの月天子が顔を見せてくれた。

 私は一詩を詠んだ。

  西に 満々たる夕日
  東に 満月 煌々たり
  天空は 薄暮 爽やか
  この一瞬の静寂
  元初の生命の一幅の絵画
  我が境涯も又
  自在無礙に相似たり

 この日、五月十一日の日記に記したものである。

 世界の創価学会は、太陽と同じく、太陽の生命で、永遠に転教を休むことなく、進みゆくことであろう!
 また、断固、勝っていくことであろう!

聖教新聞 1999.5.1 付 随筆 新・人間革命 80
 

池田先生の随筆に学ぶ【随筆 新・人間革命 嵐の「4・24」 (1999年4月27日)】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月15日(水)07時25分5秒
編集済
  随筆 新・人間革命
嵐の「4・24」 (1999年4月27日)


    先日、ある著名な学者から、伝言をいただいた。それは、私を励ましてくれる好意的な内容であった。

「これだけ壮大なる創価学会になったからには、苦労も苦難も多いでしょう。
日本を動かす原動力の一つになったことは、まことに偉大なことであります。

    若い時に、身体が弱かった貴方だから、健康のことを心配しておりましたが、この何十年もの間に、いよいよ大偉業を完遂してゆく姿に、心から感嘆し、頭が下がる思いです」

    また、ある高名な方からも、励ましのお手紙をいただいた。

   「これほどまでに、平和勢力を築き上げた大事業に、喝采を送ります。

    戦前戦後を通じて、これほどの業績は、誰も成し遂げることができませんでした。政治家でもない、著名人でもない、一民間人が、戸田会長という偉大な師匠があったことは事実としても、これほどの大業は、とうていできないものです。

    しかも、悪意の中傷を数多く受け、さらにまた、反対勢力の策略と陰謀を撥ね返してこられた。日本狭しと見下ろしながら、全世界を志向してのご活躍、そして、巨視眼と先手を打ちながらの平和活動は、それはそれは、歴史に残ることは絶対に間違いないでしょう」

    また、長年、おつきあいした文化人からは、「奇跡という他ない。誰からも誉められず、嫉妬され、けなされながらも、現実に未だかつてない偉業を創り上げた大芸術は、ナポレオンもユゴーも、きっと賛嘆するであろう」と。

   一九七九年(昭和五十四年)の四月二十四日――。

    この日、私は、十九年間にわたって務めた、創価学会第三代会長を退き、名誉会長となった。

    全国の、いや、全世界の同志は、その発表に、愕然として声をのんだ。

    その背後には、悪辣なる宗門の権力があり、その宗門と結託した反逆の退転者たちの、ありとあらゆる学会攻撃があった。

    なかんずく、私を破壊させようとした、言語に絶する謀略と弾圧であった。

    正義から転落した、その敗北者たちは、今でも、その逆恨みをはらさんと、卑劣な策略を続けている。これは、ご存じの通りである。

  御聖訓には、随所に説かれている。

「法華経の行者は諸々の無智の人のために必ず悪口罵詈等の迫害を受ける」と(御書140ページ等、趣旨)。

    広宣流布の闘争のゆえに、悪口罵詈されるのが、真の法華経の行者といえるのである。

    さらに「佐渡御書」には、「賢人・聖人は罵詈して試みるものである」(御書958ページ、通解)と。<「賢聖は罵詈して試みるなるべし」>

    真実の信仰者は、罵詈され、讒言され、嘲笑されて、初めてわかる。

   畜生のごとき坊主らの暴圧による、わが友たちの苦悩を、悲鳴を、激怒の声を聞くたびに、私の心は血の涙に濡れた。心痛に、夜も眠れなかった。

   私は、けなげな創価の同志を守るため、一心不乱に、僧俗の和合の道を探り続けた。しかし、後に退転した、ある最高幹部の不用意な発言から、その努力が、いっさい水泡に帰しかねない状況になってしまったのである。

  それは、最初から、学会破壊を狙っていた仮面の陰謀家どもの好餌となった。

   坊主らは、狂ったように「責任をとれ」と騒ぎ立てた。

   私は苦悩した。

――これ以上、学会員が苦しみ、坊主に苛(いじ)められることだけは、防がねばならない。

   戸田先生が「命よりも大事な組織」といわれた学会である。民衆の幸福のため、広宣流布のため、世界の平和のための、仏意仏勅の組織である。

    私の心中では、一身に泥をかぶり、会長を辞める気持ちで固まっていった。
また、いずれ後進に道を譲ることは、何年も前から考えてきたことであった。

   ある日、最高幹部たちに、私は聞いた。
「私が辞めれば、事態は収まるんだな」。

   沈痛な空気が流れた。

やがて、誰かが口を開いた。
「時の流れは逆らえません」

    沈黙が凍りついた。
わが胸に、痛みが走った。

――たとえ皆が反対しても、自分が頭を下げて混乱が収まるのなら、それでいい。実際、私の会長辞任は、避けられないことかもしれない。

   また、激しい攻防戦のなかで、皆が神経をすり減らして、必死に戦ってきたこともわかっている。

   しかし、時流とはなんだ! 問題は、その奥底の微妙な一念ではないか。

   そこには、学会を死守しようという闘魂も、いかなる時代になっても、私とともに戦おうという気概も感じられなかった。

   宗門は、学会の宗教法人を解散させるという魂胆をもって、戦いを挑んできた。それを推進したのは、あの悪名高き弁護士たちである。

  それを知ってか知らずか、幹部たちは、宗門と退転・反逆者の策略に、完全に虜になってしまったのである。

   情けなく、また、私はあきれ果てた。

戸田会長は、遺言された。

「第三代会長を守れ! 絶対に一生涯守れ!
そうすれば、必ず広宣流布できる」と。

   この恩師の精神を、学会幹部は忘れてしまったのか。なんと哀れな敗北者の姿よ。
   ただ状況に押し流されてしまうのなら、一体、学会精神は、どこにあるのか!

   そんな渦中の、四月十二日、私は、中国の周恩来総理の夫人であるとう鄧穎超女史と、迎賓館でお会いした。その別れ際に、私は、会長を辞める意向をお伝えした。

「いけません!」
″人民の母″は笑みを消し、真剣な顔で言われた。

「まだまだ若すぎます。何より、あなたには人民の支持があります。人民の支持のあるかぎり、やめてはいけません。一歩も引いてはいけません!」

    生死の境を越え、断崖絶壁を歩み抜いてこられた方の、毅然たる言葉であった。

   やがて、暗き四月二十四日を迎えた。火曜日であった。全国の代表幹部が、元気に、新宿文化会館に集って来た。

   しかし、新たな″七つの鐘″を打ち鳴らす再出発となるべき、意義ある会合は、私の「会長勇退」と、新会長の誕生の発表の場となってしまったのである。

   大半の幹部にとって、まったく寝耳に水の衝撃であった。

私は途中から会場に入った。

「先生、辞めないでください!」
「先生、また会長になってください!」
「多くの同志が、先生をお待ちしております!」などの声があがった。

皆、不安な顔であった。

「あんなに暗く、希望のない会合はなかった」と、後に、当時の参加者は、皆、怒り狂っていた。

私は、厳然として言った。

「私は何も変わらない。恐れるな!
   私は戸田先生の直弟子である!
   正義は必ず勝つ!」と。


    あまりにも 悔しき この日を 忘れまじ
   夕闇せまりて 一人 歩むを


これは、四月二十四日に記された日記帳の一首である。

   わが家に帰り、妻に、会長を辞めたことを伝えると、妻は、何も聞かずに「ああ、そうですか……。ご苦労様でした」
と、いつもと変わらず、微笑みながら、迎えてくれた。
 

わが友に贈る 2017年2月15日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 2月15日(水)07時23分43秒
  勝利の知恵は
組織の最前線にあり。
リーダーは喜び勇んで
同志の輪に飛び込み
現場の声を生かせ!
 

その意図は

 投稿者:目線  投稿日:2017年 2月15日(水)07時10分17秒
  寝たきりオジサン様

あなた様の投稿の端々(ほとんど気づかれない程の巧妙さ)に見られる、組織誘導の意図や財務、選挙活動への奨励

そして、なぜ今、「池田先生の女性に贈る言葉」なのでしょうか。
おまけに今日の言葉は地域友好奨励

婦人部は言わずと知れた選挙の最大戦力

選挙が近いですね
 

管理人さま

 投稿者:元愛読者  投稿日:2017年 2月15日(水)06時43分11秒
  おはようございます。
今日1時過ぎの私の投稿を削除された理由を教えていただけますでしょうか?
 

2002年5月1日の本部幹部会

 投稿者:ただ一言  投稿日:2017年 2月15日(水)06時09分45秒
  再度投稿します。男子部時代に参加しました。
今から15年ほど前のこと。

※敬称略、多少の記憶違いはご了承ください。同中でカットされた部分を中心に。

2002年5月1日。
八王子の創価大学池田記念講堂での第16回本部幹部会。
創立72周年記念の5月3日を祝賀する本部幹部会。天井が高い講堂内は第三層まで埋めつくされていた。
二部形式の会合。
うす暗い静寂の中。第一部がはじまる。世界で一流のSGIメンバーの音楽の祭典。まるでコンサート会場のようだった。
ジャス風にアレンジされた「母」
ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ネスター・トーレス、ラリー・コリエル、そして日本のシュンゾウ・オオノの夢の競演。まったく門外漢の私でも、華麗な演奏に感動して身動きがとれなかった。そのなかでも病を克服されて舞台に立ったパスカル・オリベア夫妻の舞うような「勝利のダンス」ボレロ。その波のように繰り返す伴奏。度重なる苦難を勝ち取った執念を物語り、圧巻だった。

一転し会場が明るくなった。
池田先生が入場され、スピーチがはじまる。

5.3を記念する祝賀する会合。先生はいつも以上にご機嫌のご様子だったと記憶する。

「今日は、おまつりだから…」

後継の未来部を激励する。
青年部の戦いに期待する。
婦人部を讃えて「創価学会の7割は婦人部でもっている」と。壮年部にも言葉をかける。
5.3記念の会合にあたり、戸田二代会長の遺言「第三代会長がいれば、必ず広宣流布はできる。第三代会長を皆で守れ」も紹介された。

この頃なんども言われていたが…
「ここにいる一人一人が、自分が会長の自覚で…」と。外に向けて堂々と勝利の姿を見せていきなさいとのご期待の言葉も。

スピーチの途中。
壇上の一人に目を移す。当時の佐藤全国男子部長その人。

「佐藤、いくつになった。」
「42?です」(43?不明)
「50才まで青年部をやりなさい」
手続き上すぐには無理だかと前置きされ
「会長は青年部から出す」と。


(この会合からしばらくして、谷川青年部長と佐藤男子部長は青年部在籍のままで、突然に副会長に就任)

またスピーチに戻りしばらくして。

それは、晴天の日の突然の雷のような出来事だった。

先生のすぐ隣。
振り向きざまに。
天を切り裂くような一言。

「秋谷、お前は私を守ると言って守らなかった」

膝に手を置いたまま身動きできない。もちろん返す言葉もない。

その返す刀で…


「野崎、お前も私を守ると言って守らなかった」と。
同じく身動きひとつできない。

先ほどまで、あんなにご機嫌だった先生の叱責に講堂は驚き、時間が止まったように静まりかえった。

正直に思った。
「先生は今だに許していないのだ」
会長を辞めさせられた昭和54年から二十数年経っていても先生はあの日のことを…

今でもひとつ、心残りがある。

先生のスピーチが終わり、先生が退場される。
普通の本幹なら先生の退場と共に、参加者のどこからか先生を慕い声があがる。「先生」「先生」と…

しかし、池田講堂には数千人もいたはずなのに私を含めて、誰一人声をあげなかった。拍手はあった。先生が寂しく退場して行った。会場の荘厳な雰囲気はあったのだか…なぜ「先生」と声が出なかったのかと。

そして、ふと思った。54年もこんなだったのか…と。




創価大学の池田記念講堂。100人はいただろうか?壇上の最高幹部と創価大学の職員。
数千人の当時の参加者が証人です。







 

誰が執筆者か

 投稿者:クリスタル  投稿日:2017年 2月15日(水)02時57分51秒
  ご存知の通り、日蓮大聖人の御書には真偽未決のものが沢山あります。
真筆が残っているもの、確実に証明できるものだけを信頼するならば、開目抄、報恩抄アウトです。生死一大事血脈抄、諸法実相抄、問題外になります。そもそも論で法華経の成立過程を云々することになるでしょう。
多くの遺文は、日蓮の志、思想性に合致するからこそ用いられてきた。
力と価値があったのです。
それらを日蓮の権威を利用した偽書、自己の権威付のための日蓮借りと一緒にするのか。
日蓮名義だから出家功徳御書を用いるのか。
池田大作名義なら何でもよいのか。
 

春様昨日のお休み投稿なく

 投稿者:  投稿日:2017年 2月15日(水)01時40分0秒
  心配しております。
あなたの投稿でいつも、安心して、
眠りに入れます。風邪でもひかれましたか
お身体ご自愛くださいませ。
 

「暴虐の限りを尽くしてきた歴史がある。」

 投稿者:感性  投稿日:2017年 2月15日(水)01時09分50秒
  >従軍慰安婦を汚らわしい商売女と罵る婦人部本部長  投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月14日(火)19時36分7秒

その婦人部本部長による慰安婦罵倒はにわかには信じられないぐらい池田思想の真逆です。先生のスピーチに加害暴虐については全て含まれています。特定語句の使用・未使用は関係ありません。


>投稿者:信濃町の人びと   投稿日:2015年 4月22日(水)21時53分48秒
>池田大作全集75巻より
>第二回全国男子青年部幹部会 (1990年9月30日)

>■権力と戦った詩人・ 尹東柱ユン・ドンジユされたものである。
詳細は
http://sgi-shiteifuni.com/?p=5692

 

池田先生の女性に贈ることば365日より

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月15日(水)00時24分45秒
  二月十五日

世界の人びととの友好も大事であるが、

隣近所との友好はもっと大事である。

友好・友情こそ、人生の宝である。
 

信濃町の人々様、m(._.)m

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 2月14日(火)23時41分47秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

信濃町の人々様のお呼掛けに深く賛同し尊敬します。

私の回りにも本会場に何度も参加してきた後輩がおりますので話を詳しく聞き投稿したいと思います。

秋谷も原田もテメー等なめてんのか?先生のご指導を消してるなんて許されることじゃねーぞ(# ゜Д゜)

何てクズどもだ(# ゜Д゜)クズの中のクズだな(*`Д´)ノ!!!この大ばか野郎(*`Д´)ノ!!!


一流の人物の書かれた文章は文章からでも力強い生命力の様なものが出ている。池田先生の書籍がどれ程多くの人を救って来たのだろうか?

世界の大文豪と呼ばれてきた鉄人達の文章も世界の多くの人を救って来たここと思います。

一部であっても文豪と呼ばれる書き手の本を読んで来た中でその時々に自分が感じてきた書き手の境涯も池田先生の文章から感じる境涯からしてみれば、比べ物に成らないもので著名な大文豪以上で有ることは皆様も感じて来たと思います。

池田先生の御境涯、大聖人の御境涯、その文章が人の命をも変えてしまう大慈悲の力、

それに比べ秋谷や原田の駄文は恥ずかしい限りだ!

勃樹~オメーもだ(# ゜Д゜)

財務が大善だとぬかしたバカ原田(# ゜Д゜)

金属探知機に反応すんのは頭の中の鉛か?腹の中のヘドロか?

はたまた勃樹の生殖器の毒キノコか?

無間地獄行きが決まっているとはいえ、これ以上悪業積むのはやめろや

池田先生の思想から離れてしまえば、何を書いても駄文になり、永遠に残っちゃうぞヽ(^○^)ノ

馬鹿者どもヽ(^○^)ノ


 

あまりにも 悔しきこの日を忘れまじ 夕闇せまりて一人歩むを

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月14日(火)23時29分16秒
  さんざん串投稿を行い、論客諸兄に文句を垂れるバカ共も、まさかこの言葉が師匠の言葉ではないとは言わないだろう、
この一句に込められた師匠の想いをバカ共はどう解釈しているのであろうか?

「あまりにも悔しき」と師匠は言う、では何が「悔しい」のか? 宗門の暗躍、宗門と組んだ裏切者の策略、弟子の情けなさ、

会員を守る事ができなくなる悔しさ、様々な「悔しさ」が師匠の頭を交錯したに違いない。

小生が思うのは、何よりも、師匠が手塩に掛けて育てた弟子が、じつは「育てたつもり」に過ぎなかったことを思い知らされたからではなかろうか?

誰も師匠を守らなかった、庇わなかった。師匠の代わりに責任を取る者は誰もいなかった。師匠は全身全霊で弟子を育てた。

しかし、その弟子は「時流には逆らえない」と師匠の想いを裏切った。師匠は何と思っただろう。

師匠の頭の中は一瞬真っ暗になったのではなかろうか?その様々な思いが込められた「悔しきこの日」なのではなかろうか?


そして「忘れまじ」。絶対この日、この事は忘れないという師匠の決意とも思える。


「夕闇せまりて」はその日の夕刻ということもあるだろう、

しかし師匠の心の中には、自分が指揮をとらなければ学会自体にも夕闇が迫るのではないか?といった想いが読み取れる。

今の弟子は権力の魔に負けた、そんな弟子が、師匠を守れなかった弟子が会員を守れるのか?会員を幸福にできるのか?

まさに、学会自体に夕闇が迫り、何もしなければ、漆黒の闇に包まれるのではないか?こんな師匠の想いが読み取れる。


だから「一人」歩もうと師匠は決意された。宗門にも、今の弟子にも裏切られた師匠が、会員を守るのは自分しかいないとの決意。

師匠一人からもう一度始めようとの悲壮な決意が感じられる一言ではないだろうか?

だから師匠は、会合で話せなくても、執務室がなくても、パイプ椅子でも、ボイラー室でも、そんな事は関係なく「一人」立ったのであろう。


今「新・人間革命」はこの師匠の想いとは真逆なストーリーを描き続けている。そして宿板を混乱させようとしているバカ共が必死で投稿をしている。

師匠のこの想いがなぜわからないのだろう? なぜ幻想に縛られているのだろう? 生活のため? 自身のプライドのため?

ハナから混乱が目的の輩には、小生の声は届かないだろう、貴様等のくだらない策略がいつまで続けられるかやってみろ!
 

師弟不二アーカイブより 【54年④】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2017年 2月14日(火)23時28分43秒
  【投稿者:正義の旗  投稿日:2014年11月 5日(水)12時46分3秒】

【2006年秋 第三の総括が始まる】


 今度は執行部の名前を出した。
あれは勇退ではない。辞任だ。
 お前たちに勇退にさせられたんだ、お前たちが辞任に追い込んだんだ。

 今、真実を語っておかなければ、真実を知っているものがいなくなってしまう。


 弟子が師匠を裏切った。
闇へ葬り去ろうとした。

 お前たちが隠したんだ。
お前たちがそうしたんだ。


 戸田先生は第三代を一生護れと言われた。
お前たちも聞いただろ!どうするんだ!


 牧口先生も戸田先生も一生会長だった。
でも私は辞めさせられたんだ。


 東京執行部はそれも出来ないほど撹乱したんだ。
どのような立場になっても同志、学会を護る。


 当時は
「木箱や段ボール箱を持ってこられたんだ」

 弟子は役職にはない!

 最前線にある。聖教啓蒙、折伏、脱講の中にある。
その人が真の弟子なんだ。


最近の本幹では最高幹部を立たせて対合衆として、師弟を教えている。


 これは先生の大慈悲。

 一対一で指導しても命は破れない。
まわりに都合よく言う。だからあえて皆の前で言うんだ。


 自分では立たずいつまでも師匠の後ろでずるいんだ。


 執行部、最高幹部には真の弟子はおらず。


 師匠が杖を打たれれば、その打たれている杖を変わって打たれる。
しかしその杖を受けず、同じく杖で師匠を打ったんだ。


 それでもその執行部をPは護った。20年も。

 今きらなければ!と叱責をされている。


 当時乗せていただけなかった明字の言を1月11日に載せてもらえた。
嬉しい時となった。

叱責は自分を試されている。


もういいじゃないか、可哀相は大間違い。


 師の声、心を受け止めていく。
正しくわかる、受けることが大事なんだ。



以上です。参加された方は200名ほどおりましたのでご記憶の方も多いのでは?

http://sgi-shiteifuni.com/?p=3203
 

師弟不二アーカイブより 【54年③】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2017年 2月14日(火)23時24分4秒
  【投稿者:正義の旗  投稿日:2014年11月 5日(水)12時42分49秒】


【昭和55年5月 関西指導】


 関西文化会館へ押しかけて大激励。
しかし新聞にも載らず。碑の除幕式も北条会長を中心に勤行、Pの姿なし。

 Pはそのとき別館へ行かれていた。
入場券のないメンバーも別館に集められていた。
非常階段にいてる役員にも激励。皆の歓喜は狂気となってほとばしった。

 動きまくってそれぞれの場所で大激励を続けられた。

 Pは不思議な行動に。

 まずはサブ会場(別館)に行かれた。
入り口がいっぱいのため非常階段で上がっていくP。

 急いで追いかける幹部たち。

 結局除幕式には出ることは無かった。廊下で待っていた。
どんな思いだったのか。

 除幕式には出ずに外で立って待っていた。
終了後に中に入っていった。


第一線で戦っているのは券のあたらなかったメンバーたち。
広宣流布をしているのはこの人たちなんだ。真の弟子は最前線にいるんだ。


聖教記者に


「このままでは会員がかわいそうだ。人間革命の連載を再開する」


聖教記者は「大丈夫でしょうか」と。


「厳しいのはわかっている。
しかし誰が出来るんだ!私一人が責任をとればいいんだろう」

と執筆を開始される。


平成元年10月 Pからお歌が届く

「忘れまじ 君らの真心 三世まで」  7勇士に


Pは滋賀研修道場へ 執行部を呼び厳しく指導される。
これがはじめての東京への鉄槌、執行部への鉄槌になる。


【平成3年 第二次宗門問題】

総講頭罷免。また同じ手をつけてきた。
追いやるときがきた!

 このときは東京の執行部も立った。
戦った。知っている通り裏切り者は死んでいった。

 10年前1999年。第二の総括が始まった。

 随筆に書かれる。


 この20年間、謀略、非難中傷がさまざまあった。

 命をかけて学会を護ってきた、
奥様は一日もかかさず丑寅勤行を続けてこられた。


 学会は一度つぶれた。宗門に屈した。
奴隷となった。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=3200
 

池田先生が語る、昭和54年会長辞任問題(1999年)

 投稿者:平和の砦  投稿日:2017年 2月14日(火)23時21分14秒
       二十年前、私は会長をやめた。その本質も、「民衆勢力の拡大」に対する、黒き嫉妬であった。

    師匠を売る下劣な人間もいた。いつもは、聞こえのいいことを言いながら、いざという時には、何もできない、情けない人間もいた。

    その時、「池田先生、フランスに来てください。先生に指揮をとっていただきたく城を用意しています」。そう言ってくださったのが、今のユゴー文学記念館のモワンヌ館長夫妻である。

    私は、その真心がうれしかった。海外にはこんなに強く、ロマンある心をもった人間がいる。しかし、城をいただくわけにはいかない。お気持ちに感謝しつつ、私は丁重に辞退申し上げた。

    ともあれ、嫉妬に狂った日本に見切りをつけて、外国へ行ったほうがいいのでは  ー   そういう声もあった。

    しかし、妻は言った。

    「日本には、学園生がいるではありませんか。創立者がいなければ、学園生がかわいそうです」

    事実をありのままに語り残しておきたい。



平成11年5月1日、「5・3」記念第三十三回本部幹部会、さあ新世紀!民衆の勝鬨を全世界へ、池田大作全集90巻 P275
 

師弟不二アーカイブより 【54年②】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2017年 2月14日(火)23時18分58秒
  【4・25 本幹が行われる。】

 そのときに花束が2つ用意されていた。
女性役員が持っていくとPは拒否された。

 御礼とお別れを込めた花束を受け取らない。私が会長を辞めても同じじゃないか。


 最近になって新事実が出てきた。
実は花束のもうひとつは北条会長に用意されていた。

その花束をとめたんだ。

新任会長の喜びの花束とはなんだ。創価学会の会長とはそんなものじゃない。


当時の執行部が先生の辞任と北条会長の就任をどれほど喜んでいたか。


(このときに高田FKから一枚の写真をみせていただく。
ここには北条会長に駆け寄る最高幹部の姿が写っていた。
皆喜びの顔で握手をしていた。
その写真の右隅には原島の顔が写っている)


 本幹の朝 女性役員がPのもとへ配席表をもってきた。
執行部は左上手、Pは右手でみなと同じ椅子。


 奥様から
「あなたはこれを見てどう思いますか?」と聞いた。

女性役員は「私は持って行けと言われて持ってきただけです」と答える。


奥様の顔が凍りついた。


 その当時のことを女性役員が振り返り、なぜあのとき
「おかしい」と言えなかったのか・・・と猛省していた。

 そんな中、女子学生部に先生は語りかける。

「私がやめてどう思う?」と。

女子学生部は
「お母さんが絶対におかしいと言っていた。だから絶対におかしいです」

P「そうか、そうだよな」と言われた。

 どちらが本当の弟子なのか!

師弟に役職なぞ関係ない。年数なんて関係ない!Pと自分のみ


 Pが好きなのかどうか。師弟は実践の中にしかない。


【5月3日4日】

西口総関が現流寺に呼びつけられる。


 「人は変われど我は変わらじ」と言ったそうだな。

いま理想な僧俗和合を作り時なのに取り下げろ。
取り下げない。詫び状を書け!書かない!のやり取りがある。

 このときの坊主が学会本部にチクリを入れる。
執行部からは詫び状を書くように言われるも西口総関は

「書きません。書いたら関西の会員は黙っていない」と言った。

この言葉は宗門に言ったように語られていたが
これは当時の執行部にむかって言ったことだった。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=3197
 

師弟不二アーカイブより 【54年①】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2017年 2月14日(火)23時13分29秒
  【投稿者:正義の旗  投稿日:2014年11月 5日(水)12時35分23秒】


 関西で行われた教学大学校という会合にて平成21年髙田副会長が語られた54年の事実。
聞かれた方も多いはず。私もその1人です。

当時、必死に書き留めたものを掲載します。無断で書き留めたとかではなく、髙田副会長が
後世に語るように、書くなり、レコーダーで録音するなりして聞いてほしいと始まった会合です。
多いので何回かに分けます。


■勇退or辞任


勇んで退くを勇退という 勇退ではない10年前に辞任に変えた

随筆「新・人間革命」では辞任になっている。

何が勇退だ。弟子が罪の意識を消す「魔法」みたいなものだ。
弟子が師を護れなかっただけ。


第三の人生を語る中に、奥様のこんな言葉がある。

人生の中で一番大変だったのは二回ある。


   一回目は会長就任のとき。
   二回目は会長辞任のときだった。


誠心誠意つくした宗門と弟子に裏切られた。


あまりにもつらい日。ここに当時の思いがこもっている。


昭和52年3年 坊主の批判が入る。
若い坊主を押さえ込めるだけの力は日達にはなかった。

 その裏では悪名高い山友が暗躍していた。

直接の辞任の引き金になったのは九州での福嶋副会長の指導。その責任を取れといってくる。


 執行部は権力に屈した。会員を護るためPにやめてくれと迫った。


 この随筆は20年たって初めて書いた。
奥さんと話をする中で実名を出そうかと相談した。
一週間悩み、奥様が出さないほうが良いのではと言われ書かないことにした。


『一番悪いのは宗門、山友、最高幹部たち。』


 このとき、婦人部の一人も声に出してくれなかった。だから私は一から作る決意をした。

そのときの執行部は内心では私たちで広宣流布は出来ると思っていた。
執行部のおごりがあった。


「われらは柔らかくいこう。師は強すぎる。厳しすぎる」


4・24勇退のニュースは夕方に流れた。
全国の会員はそこで始めて知ることになる。

当時の読売新聞のみ辞任と報じた。

その後当時の守口門真文化会館で支部長会。

「人は変われどわれは変わじ」

 関西はぶれてはいなかった。そぐに2人は電車で、残りの五人は車で東京へ。
先生を護るために一睡もせずに。

 大事なことは東京へ行ったという「些細な行動」
他は動くことが出来なかった。


『Pの悩み、悲しみは深かった。』


わずか7人の青年だったが何よりも喜んでくれた。
関西は離れていない。青年は離れていない。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=3194
 

同盟題目23時より開始します。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月14日(火)22時58分45秒
  任意参加です。よろしくお願いします。

 

実名告発 創価学会

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 2月14日(火)22時55分6秒
  元職員のブログが更新されています。
② 1・31「譴責・配転裁判期日」の大勝利報告と、2・26「熊本座談会」への決意
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-75.html

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://amzn.to/2fxRlFX
 

帰ってきたヒトラーはテレビのメルケルを見て...

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月14日(火)22時38分21秒
  あの豚女め!と罵った。映画"帰ってきたヒトラー"の一場面。ことほど左様に、ドイツ本国でも、メルケル評価は多様である。左派系評論誌のツァイトなどもメルケルの定見の無い難民政策を批判している。CDUことキリスト教民主同盟は戦後西独を米国に靡かせた偽善的な保守政権でもある。ドイツを理想化して、日本の現場、なかんずく公明党を貶めるのは如何なものか?まぁ、私もアンチ公明党ではあるが。ドイツ語を勉強して、ツァイトやシュピーゲルを原文で読んでみませう!

http://www.zeit.de/

 

(無題)

 投稿者:2017  投稿日:2017年 2月14日(火)22時30分7秒
  証拠隠滅作業を進める一方で、相手には証拠を出せと迫る・・・

卑劣の極みですな。
 

最近のお弟子さん(代筆者)は先生が選んだの?

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2017年 2月14日(火)22時26分52秒
編集済
  >広宣流布に巨大な組織は必要でしょうか?投稿者:瑠璃蓮

>私は常々考えるのですが
>広宣流布に今のような巨大な組織が必要なのだろうか?
>もっとコンパクトな組織で良いのではないだろうかと思うのです。

>そもそも本部職員という学会活動で給料を貰うような人が必要なのか?
>一般会員は社会人として働いて給料を貰って、その中で時間を割いて活動しており、
> 財務、書籍、チケット、新聞代、移動費、活動にかかる費用の全てが自腹ですよね。

>先生は、強力な中央本部組織を構築して
>そこで専属職員として働く「創価エリート」達によって
>正しく民衆を導いてあげる組織を目指したのでしょうか?
>まるで社会主義の前衛・後衛のようですね。

>その中央の創価エリート達が一般会員のことを考えずに
>自分たちの都合の良い打ち出しばかりするようになったらどうするのでしょうか?
>こうなると宗門の僧侶と同じですね。
>「僧侶が上、信徒は下」
>「本部職員が上、一般会員は下」
>”先生の作られた本部だから間違いは無い”という”性善説”に頼りきるとこうなります。

>私はそもそも論として、先生の構想自体に問題があったのではないか?、という見解です。
>本部専用の職員など一人も必要ないと思います。給料など与える必要はありません。
>会長も副会長も本部役職は全て名誉職として無給でやれば良いのです。
>本部組織所属の人もボランティアでやれば良いのです。
>自分の仕事が終わってから空いてる時間でやれば良いのです。
>もっと組織をコンパクトにすべきです。今のような巨大で肥大化した組織を維持する為に
>末端の活動家の方々への負担を強いるべきではありません。
>そうは思いませんか?

人が減っていき、小さい組織になるでしょう。
先生に関して述べている所は、それは違うだろうと思います。
それを除くと、まさに先生が喜ぶ提案じゃないですか。この提案(瑠璃蓮さんだけでなく、少なからずいますよ、ネット上で同じ意見の人、私も良いと思うし)を広めることが出来たらいいんじゃないですか。ただ、それには先生も望んでいるとゆう確証が必要でしょう。なぜなら簡単に騙されるから学会員は。騙す奴がいるから学会内に。

先生も、まさかここまで利用されるとは思っていなかったでしょうね。そのうち、「戦争には、良い戦争と悪い戦争があります。池田大作」とか書かれるよ。昔の聖教新聞では先生のスピーチの最後に(文責 兵頭)ってありましたよね。その当時私は、先生のスピーチを兵頭さんが文章にしたんだな、と思ってました。この掲示板で初めて見たのか、よそで見たのか忘れたけど、

――――――――――――――
http://6027.teacup.com/situation/bbs/9855

池田先生のスピーチが始まり、3分も経たない時・・・・、突然、先生は会場にいる私たちに原稿を見せ
「これは私が書いた原稿じゃないよ」と、厳しい表情で言われ、秋谷(当時)会長の方を向かれて、「権威主義じゃないか」と怒鳴られた。
――――――――――――――

これを見て、なるほど、(文責 兵頭)は兵頭さんが先生のスピーチを書いていたのか、と理解しました。間違ってます?

お弟子さんはきちんと名前を出すべきですね。そうすれば座談会でも「私、このお弟子さんいいと思うわ」とか、「だめだめこのお弟子さん、電話して文句言ってやったわ」とかなるでしょう。

もう少し昔の聖教新聞の話しをすると、男子部で訓練を受けさせてもらうと、まずは新聞を読むこと、ですよね。読み方があって、最初に名字の言、(伯)が先生の書かれたもの、最後を見ないように読み進めて、「これは先生だと思うと、間違いなく(伯)とあるんだよ」と、嬉しそうに教えてくれました。

先生の著作、膨大ですよね。私などほんとにわずかしか読んでません。読み込んでいる方が、これは先生でないと言うものは、先生でないと言うことです。

昔、友人が、「先生が仮に自分の考えを通そうとすると、独裁者になってしまうので、自分の考えを押し通すことは絶対にあり得ない」旨のことを言っていて、それもそうだなと思った。おまけに一切の権限がないんですからね。

――――――――――――――
2001年9月25日毎日新聞に掲載された
池田大作・創価学会名誉会長インタビュー
師弟不二ARCHIVE
http://sgi-shiteifuni.com/?p=7148
http://sgi-shiteifuni.com/?p=7150
――――――――――――――

先生ご自身でも独裁について話されているし。この重要なメッセージ、師弟不二ARCHIVEは全文ではないんですね、この掲示板で全文の投稿ありましたか?

ところで、最近のお弟子さん(代筆者)は先生が選んだの?違うだろきっと。
知ってる奴は、代筆者の名前を列挙しろよ!

追記(書き忘れ)
先生たまに匿名で書かれますよね。公明新聞には匿名で書かれますよね?「あれは先生が書かれてるので読んでおけ」とか。新聞製作者からの連絡があってのことか、先輩が読んでそう感じたのか。最近もその様なことあるんですか?現場で。
 

雑談

 投稿者:のび太  投稿日:2017年 2月14日(火)22時24分29秒
編集済
  今日、仲間から電話が入った。
なかなか忙しくて会えないせいか話したい事が溜まっているみたいだった。
創価学会の多様性の一角としこの板を評価していた。
ただ今回のSGI提言の評価はここでコメントしている方とは違って、私と友人は一致していた。トランプ大統領就任の好機を捉えての国主諫暁とも言える内容であった。若手も育っている。(笑)
劣化という言葉を使うなら公明党はカジノ法案の自主投票?などナンセンス!
日本で唯一の宗教政党の自覚がない。キリスト教民主同盟のメルケル首相の移民政策に対する堂々としたメッセージを多くの心あるひとびとは賞賛している。
さらに友人との会話はSTBのコンテンツに及んだ。
「伸びゆく力を育てる大人のかかわり」心理学博士で創価大学教職大学院教授の田村修一氏が講演をしている。内容は子育ての考え方(ひとつの尊厳な人格)と仏法の視点を結論に据えた内容であった。友人は「嫌われる勇気」がここ数年ベストセラーになったりしているから
アドラー心理学の共感性、励まし、などのエッセンスを日蓮仏法の隠し味に使っているのではと…私も会員への先生のご指導の引用の仕方がアドラー色になってきた?と感じていた。
「大山」の章はもう少し吟味することになった。
 

言動が葡萄畑に似てきたなぁ(笑)

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月14日(火)22時16分1秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/64461

タイトル通り、そういう琴です(笑)

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

結集要員に為らぬ者(ひとりを参加させると手間がかかる)は、会員に非ず。

 投稿者:情報係  投稿日:2017年 2月14日(火)22時00分27秒
  手間のかかる障害者、高齢者は活動家の車に乗せるにもスペースが必要であったり、介助・介護が必要であり、手間がかかる。
私の知り合いの障害者の方は、幹部に電話してお願いしても、会合参加を断られました。理由は「他の会員の方も多数参加されるので外出を控えて下さい」とのことでした。
このようなところが今の創価学会です。『ひとりも漏れなく』などと会長が紙面で載せているような実態ではありません。会合参加の方にお話を聞いたら『たいした話ではなかった、行かなくて良かったよ』と歓喜も感動もない、つまらない会合だったとおっしゃっていましたが、いつからこんな人集めみたいな組織になったのか疑問でこの板を拝見しています。
 

(無題)

 投稿者:元愛読者  投稿日:2017年 2月14日(火)21時53分2秒
編集済
  信濃町さまがご指摘なされた私の誤読、考えましたがよくわかりません。
アルベア氏の貼り付けが反証とのくだりでしょうか?
そのことであれば、かなりの言葉足らずで申し訳ございませんでした。

あと、いちいち噛みつくから工作員扱いされるのかもしれませんが、如是我聞の呼びかけについてです。
まだ見聞きできていない御指導は、ぜひ学ばせて頂きたい気持ちもありますが、先生の御指導を「多少曖昧な内容でも大丈夫」「断片でも結構」とは、何様のつもりなのでしょうか?
ものっすごく正義の味方ぶった理由を述べていますが、曖昧で断片的な、つまり不確実な如是我聞で、先生を利用されるおつもりでしょうか?

こういうことをとっても、本当に先生を大事にされているのか、甚だ疑問に思ってしまいます。
 

シンガポールでの出来事―かいま見た池田先生への絶大な信頼

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月14日(火)21時32分42秒
  東京都・児玉さん 男性31研究員

聖教新聞2006年4月23日

先日、シンガポール国立・南洋理工大学で、共同研究を行っている関係者と種々打合せました。終了後、先方の責任者である中国国籍の学部長と助教授の方二人と食事をともにしました。

その折、仕事の話が終わると、学部長が、「話は変わるが、児玉君は日中の歴史問題、靖国問題についてどう思うか」と聞かれました。

突然の質問でしたが、私は池田先生の著書、提言、スピーチなどから学んだ歴史認識と文化論について、率直に話しました。すると、「完全に正しい。しかし、君は若いのになぜそう思えるのか」と尋ねられました。

そこで、「私は池田SGI(創価学会インタナショナル)会長を人生の師匠と仰いでいます」と言うと、「池田先生は中国ではとても著名な方であり、面識はないが、われわれも尊敬している。先生が率いる団体の一員なら君も信頼できる」と、緊張した雰囲気はがらりと変わりました。

お互いにうち解けて、「今後もぜひ強く研究上のコラボレーション(協力・協同)を希望する」と。アジア諸国にあっても、先生への絶大な信頼をかいま見た思いでした。
 

信濃町の人びとさんへ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月14日(火)20時36分3秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/64458
【超:重要】如是我聞の情報求む!!   投稿者:信濃町の人びと   投稿日:2017年 2月14日(火)20時15分32秒

上記コメントですが、僕のやってるブログでも呼びかけてよろしいでしょうか?
コメント文面をそのまま出そうと思いますが。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

【超:重要】如是我聞の情報求む!!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月14日(火)20時15分32秒
  本部幹部会の本会場に参加、または着任するなど、池田先生の指導・ご発言等を直接聞いてる方にお願いです。

学会本部は先生の編集前の映像記録を廃棄しています。それは現執行部に都合が悪いからです。

会員にわからないように少しづつ廃棄を進めています。

掲示板に投稿はしずらいが、実際には今の組織の異常性、池田先生の指導性とは違う。と感じて悶々とされている方々が多数います。

実際に、私のところにメールでそのような意見を寄せてくださる方もいます。

信濃町の五老僧の思い通りにさせない為に、本会場に参加された方、記憶にある範囲で下記メアドまで情報をお送りください。

また、本会場以外の場で先生の発言などもぜひお寄せください、

こちらで、多くの証言を照らし合わせて精度を上げて記録として残し、掲示板に証言を掲載していきたいのです。

すぐに掲示板に出すわけではないが準備を進めていきたいのです。

多少曖昧な内容でも大丈夫です。

その情報がいまの組織の異常さに気づきながらも悩んでいる方の励ましになります

情報提供いただいた方の秘密は守ります。
本当に少しだけでも、断片でも結構です。

掲示板では、各論客の皆さんが、本部幹部会の編集映像が、カットしたスピーチで切り貼りし、内容を改竄している多数の事実を立証しています。

これ以上の暴走を防ぐ為にも、ぜひご協力ください。

●メアド
sgi.shiteifuni(a)gmail.com

『※「(a)」を「@」に置換してお送りください。』
 

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