
2. デジタルホーリックの概念の検討
前稿では、デジタルホーリックについて、情報中毒という邦訳を付けた。しかし、これを修正する必要性が出てきた。第一に、デジタルホーリックは、パソコンやゲーム、さらに、最近の携帯電話のような指先を主に使うデジタル機器を用いる行為に関する中毒であると、定義できる。似た概念に、「ゲーム脳」(森,2002)がある。「ゲーム脳」とは、子どもがテレビゲームに没頭していると、やがて痴呆症状の脳波と同じようになってしまう」という状況を指摘している。これは、脳波のβ波がまったく消滅している状態と説明されている。この状況は、情報産業におけるプログラマーにも見られることから、一大センセーショナルになっている。事実、長崎市で起きた「幼児誘拐殺人事件」は、犯人が中学一年生であり、ゲーム感覚で引き起こしたリアリティのない心理構造を反映している。
これを受けてか文部科学省は、2003年、7月10日、長時間テレビにかじりついたりゲームを続けたりする子どもが、ひきこもりやキレやすい性格になると指摘されていることから、千人を対象とした大規模な調査に取り組む方針を固めたと言う(読売新聞,2003年7月11日総合版)。
しかしコンピュータが登場して何十年かの歳月を経て、これらの病理現象は指摘されてこなかったのであろうか。実は、1984年10月、臨床心理学者Craig Brod(クレイグ・ブロード)による『テクノストレス』が、わが国で翻訳されている。それによれば、「テクノストレス」には「テクノ不安症」と「テクノ依存症」がある。「テクノ不安症」とは、パソコンになかなかなじめない人が無理に使いこなそうと悪戦苦闘するうち、肩凝りやめまい、動悸、息切れなど自律神経失調の症状や、うつ気分などが現れるようになると言われる(http://www.2.health.ne.jp)。さらに、テクノ不安症は、現代のテクノロジーに適応しきれない不安、焦り、モニター画面の凝視などがストレスになったものと解釈される。
対して、現在社会問題化しているのは、「テクノ依存症」であり、パソコンに没頭するあまり、パソコンなしでは不安を感じたり、人との付き合いが下手になったりする。1984年当時、シリコンバレーでは、早産、月経異常、アルコール依存症や薬物依存、うつ病、自律神経失調症などが多発し、その背景にテクノ不安症とテクノ依存症があると分析された。
ブロードによれば、テクノ依存症の症状として
(1)自分の限界が分からなくなる
(2)時間の感覚がなくなる
(3)邪魔されるのが我慢出来なくなる
(4)あいまいさを受け入れられなくなる
(5)オン・オフ式の対話しか出来なくなる
(6)人と接することを嫌うようになる
(7)人を見下すようになる
等の要素をあげている。これは、本稿で取り上げた「デジタルホーリック」と近い概念である。また、大学生がもしこの症状を呈するとすれば、対人関係能力、問題解決能力等の低下、さらに歪んだ自己認知が芽生え、就職を伴う社会的活動に著しい困難さが生じる可能性がある。いやそれ以前に大学生活における対人関係にも影響を及ぼし、キャンパス生活不適応を起こし、休学および中途退学に至るケースが多々見られる。
しかし、ここでのテクノ依存症においては、テレビゲームや携帯電話によるメールなどデジタル画面を見ながら、指先で使用する機器までは含まれていない。どちらかと言えばそれは、「ゲーム脳」という問題の指摘が妥当する。
本研究において「デジタルホーリック」という用語を提唱・使用する意図は、「テクノ依存症」と「ゲーム脳」を包括する概念を提唱することにある。よって、テレビゲーム、パソコン、携帯メール等に中毒気味に依存し、日常の生活に支障をきたす態度および症状さらに、その心理的特性を「デジタルホーリック」の概念として捉えるものである。