マーガリンはなぜ黄色いのか?

最近やっと落ち着いて来たものの、しばらくバター不足が続いていました。スーパーに立ち寄る度に、空っぽのバター売り場を見て「あぁ、今日もか」と肩を落とし、隣に置いてあるマーガリンに手を伸ばしたことのある人も多いと思います。この時、人は無意識のうちに「マーガリンはバターの代替である」という前提を持っていることになります。。

しかし、今から考えると信じられないことですが、マーガリンは、19世紀初頭に流通し始めてから100年にわたり、バターの代替としては認知されていませんでした。


アメリカでは一般的に流通した食品だったものの、当時のマーガリンはただの白い塊でしかなく、誰もバターと連想して考えたりはしませんでした。一般的な生活者の認知レベルでは、オレンジジュースがワインの代わりにならないのと同じくらい、マーガリンはバターは異なっていました。

マーガリンが、現在のようなバターの代替としての地位を確立するには、20世紀中盤に活躍した、ルイス・チェスキンという優れたデザイナーの登場を待つ必要があります。

ルイス・チェスキン(1907–1981)は、臨床心理学者でありながら、マクドナルドやマルボロ、フォード等のアメリカを代表する企業にマーケティング戦略のアドバイスをしていた人物。 とあるマーガリンメーカーから相談を受けたチェスキンは、味をいかにバターに近づけるか(スペックの向上)、に労力を割いていたその会社と全く異なるアプローチをとり、劇的に製品の売上を向上させます。

彼が早速行ったのは、シンプルにマーガリンを黄色くすること。それだけでした。

「おいおい、そんなことで売上が伸びる訳ないだろう」というクライアントにアプローチの正しを証明するため、チェスキンはとあるランチパーティーを開きます。

このランチ会では、調査のための催しであることは伏せ、講演会と併せて昼食を提供しました。その際、あるグループにはバターの小さな塊を提供し、違うグループには、色を黄色に変え、バターに見せかけたマーガリンの塊を提供する。そうすると、どちらのグループも「あの“バター”は美味しかった」と答え、全く味の評価に差は出ませんでした。さらに、もう一つの実験では、味の変わらない黄色のバターと白いバターの食べ比べを行い、消費者が黄色のバターをより美味しく感じる、ということを証明します。つまり、人は味そのものに反応していたのではなく、色に反応し、騙された味覚に基づいて味を評価していたということを。

チェスキンのアドバイスを受けたマーガリンメーカーは以降、マーガリンの色を黄色にして展開し、結果的に、マーガリンのアメリカにおける市場規模は数年後に、バターのそれを超えることになりました。


ここでチェスキンが行ったことは、味(スペック)の向上ではなく、カラー、シンボル、イメージの操作でした。マーガリンの色を黄色にすることで、「バターと同じように美味しい」というイメージを消費者の頭に植え付ける。

なぜ、チェスキンがこうしたアプローチをとったかと言うと、チェスキンは、「人は、プロダクトやサービスに対する評価を、もの自体ではなく、“ものに結びついた非直接的な感覚へのインプット”を通じて無意識的に行っている」ということを知っていたからです。生活者の頭の中では、そうしたインプットも含めて、プロダクトへのイメージが形作られていきます。

ルイス・チェスキンは、こうしたコンセプトを、Sense transference(感覚転移)と名付ける。すなわち、消費者は、製品の外観やパッケージに対して頂いた印象・感覚を、製品そのものの評価に転移させるということです。少し解釈を加えると、人は、製品そのものとパッケージを区別しないことが多々ある、ということ。

こうした話が示唆するのは、マーケットに対して新しい製品を導入・訴求するには、機能や効用を謳うのだけでは、まったく不十分だということです。ものの作り手は、提供者として「届けたいイメージやシンボル」を定義する必要があり、そして、プロダクトの形や色は、その表出するメッセージと同化している必要があります。

ものを生活者に提示するときに、提示された側の頭にどういう解釈やイメージが出来上がるのか、それが生活者にとってどういう心理的意義を持つのかを“デザイン”するのかが重要になります。

マーガリンの黄色は、まさにメッセージとプロダクト外形の同化のシンボルです。


なお、チェスキンが行ったことは、Frame of Reference(参照フレーム)、Point of Differenceという考え方でも説明できます。

新しいプロダクトを市場に投入すると、消費者は「謎めいたその物体」を、既存のカテゴリーと結びつけ、手がかりを得ながら何とか理解しようとします。例えば、タブレットPCを初めて見た消費者は、それを巨大なスマートフォンと解釈するかも知れず、あるいは、キーボードのないPCと解釈するかも知れない。

消費者は、それぞれのFrame of Reference(参照フレーム)でそのプロダクトを解釈しようとし、自分の生活に意味のあるものかどうかを判断します。ここで問題なのは、提供者が、その参照フレームを全く提示しない場合です。消費者の間で無数の参照フレームが出来上がることとなり、強烈なメッセージをマーケットに対して投げかけることは難しくなってしまいます。

TOO MANY FRAMES..

一方、優れた企業は、うまく参照フレームを定義し、それを製品の形状や名称、パッケージに反映してから市場に投入します。その参照フレームは、「電話」「音楽」「教育」など大きければ大きい方がいい。なるべく大きな参照フレームを使用し、その後、Point of Difference(差別化ポイント)を提示することで、消費者は、その製品がどういった価値を提供してくれるか容易に把握することができます。

LAUNCH WITH A LARGE FRAME
SHOW THE POINTS DIFFERENCES

2007年、iPhoneを発表した際に、Steve Jobsは、その新製品が、電話とインターネット端末、iPodの3つが統合された製品だと高らかに宣言しました。その1/3のバリューしか表さない電話(Phone)を製品名とした選んだのは、iPodやインターネット端末は、当時は世界の一握りしか利用したことのない製品であった一方、電話は世界の大半の人が利用したことのあるデバイスだったから。Appleは、世界の誰もが知っている「電話」が、参照フレームとして最も強力であるということに自覚的であっただろうと思います。

そして、参照フレームを提示した後には、そのフレーム内で、自社製品が他社製品とどう異なるのか、というPoint of Difference(差別化ポイント)を提示する必要があります。再度、2007年のJobsのプレゼンから引用すると、スマート×使いやすさ、という2軸で、他の製品とは全く違うということが大きな差別化ポイントとして提示されていました。こうすることで、生活者側はなぜそう商品が他と違っているか、優れているか、ということを理解することができます。

Frame of Reference → Point of Difference

2007年のSteve JobsのiPhone発表のプレゼンを見ると、見事に上記の流れでプレゼンテーションをしているのが分かります。

市場にこれまでにないような製品を投入する際、生活者側は、それを理解する拠り所がなく、また、それを受容する準備が全く整っていません。生活者が(あるいはターゲットとする層が)知っている大きなフレームを提示し、かつ自分の製品が際立っている点を強調することで、生活者のスムースな認知を促すことが可能となります。

さて、現代のマーガリン。トランス脂肪酸のようなネガティブな印象とともに語られることが多くなってきています。チェスキンが色を黄色くしたような、シンプルだけど大胆なフレームを作り直す必要があるように思います。