豊洲市場問題は、石原慎太郎元都知事が都議会特別委員会での参考人招致に応じることになり、今後ますます「過去の話」に焦点が当たるようになってきた。しかし、それは都民にとって望ましいことだろうか? 過去の経緯を明らかにしてほしいという気持ちはもちろん私も持っているが、そのために都議会議員を始めとする人々が費やすエネルギーを考えると、そのエネルギーを未来に向けた議論に振り向けるべきだと思わずにはいられない。
豊洲市場の問題は、日本の漁業問題と密接にリンクしている。そういう議論が都庁や都議会からまったく聞こえてこない。豊洲市場がずっと「政争の具」であったことは否めないが、現在の小池百合子知事のやり方は政治利用の度が過ぎはしないか。移転の決断をずるずると先送りにすれば、補償金という目に見える負担だけでなく、移転を機に世界に打って出ようとしていた漁業関係者のやる気をそぐという目に見えないマイナスが出てくる。いや、すでに出ている。都議たちには、グローバルな視点から移転論議をしてほしいと切に願う。
築地の再整備が頓挫して移転計画へ
豊洲市場移転は、築地での再整備が工事費がかかりすぎるという理由で頓挫したことから検討され始め、2001年暮れに石原都知事が移転計画を決めた。東京ガスの工場跡だったため、当初から安全性への懸念があった。2007年の都知事選では、立候補した浅野史郎・前宮城県知事、建築家の黒川紀章氏、前足立区長の吉田万三氏、発明家のドクター・中松氏がいずれも移転反対を表明。石原氏は弁明に追われる一方だったが、得票率51%で圧勝した。
2009年7月の都議選で民主党が圧勝すると、民主党都議団は「強引な移転に反対」と石原都知事をゆさぶった。そして、同年9月に民主党政権が誕生、鳩山内閣が発足すると、赤松農水相が「安全を確認しない限り、認可することはありえない」とにらみをきかせた。
この間の東京都の対応は、お世辞にもほめられたものではなかった。専門家会議が2008年に全体の土壌入れ替えを求めたあと、都が必要な情報を専門家会議に報告せず、会議終了4カ月後にメールで報告したという事態が発覚。翌年2月に汚染除去計画が発表されたが、盛り土の汚染調査が不十分など、問題点が指摘されるたびに取り繕うような対応に終始した。移転を支持する都議会自民党さえ「情報をすべて出して説明を尽くしておけば、移転議論は早く進められた」と苦言を呈したほどだった。
2012年夏に民主党が下野すると、都議会民主党は移転容認に変わる。こうして2014年2月に豊洲新市場の起工式が行われ、ここで舛添都知事は「十分安全」と安全宣言をした。
日本の漁業改革につながる議論を
小池都知事が登場し、「安全性への懸念」を理由に豊洲移転延期を発表したのは当選間もない昨年8月だった。以来、人々の関心は「豊洲の安全性」に集中した。地下水から基準を超える汚染が見つかったと聞けば、当然の反応だと思う。
残念ながら、地下水の検査は土壌汚染の程度を見るために行われているのであって、市場では地下水を利用しないという事実は人々に伝わらなかった。都の専門家会議のメンバーが記者会見で「飲むわけではなく人体に影響はない」と話したことなどが新聞には載ったが、読者の多くは読み飛ばすか、「安心させようとして言っている」と信用しなかったのだろう。
しかし、ここは冷静に豊洲と築地を比べてみるべきだと思う。公益財団法人「食の安全・安心財団」理事長の唐木英明氏は、WEBRONZA『「都民ファースト」とは程遠い豊洲移転延期』で1935年に設置された築地市場は衛生面でも防災面でも大きな問題があると指摘。リスク論の専門家である中西準子さんは同じサイトに『豊洲への早期移転が望ましい理由』を寄稿、環境対策にお金と時間をかけすぎてはいけないと訴えた。漁業ジャーナリストの片野歩さんは、『「お魚ファースト」で豊洲問題を考えると』で、日本では水揚げが減る一方なのに管理型漁業をしている欧米やオセアニアでは水揚げが増えていると示し、国際的視野から豊洲問題を議論するように求めている。
魚をとりすぎなければ、海の恵みをいただき続けることはできる。漁業先進国は、とりすぎないルールを作り、漁業がもうかるような仕組みを作っている。そのルール作りが日本は遅れている。魚を輸出しようという発想も乏しい。しかし、日本が遠く北欧からサーモンをたくさん輸入しているのだから、日本から遠い海外へ魚の輸出もできるはずだ。そのためには屋根しかない築地市場ではダメで、空調管理や衛生管理の行き届いた豊洲市場が必要になる。
海に囲まれた日本が漁業を輸出産業にしないでどうするんだ、と私は思う。都議会特別委員会のメンバーには、漁業と食品流通の現実を踏まえ、未来をみすえる議論をぜひしてほしい。
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