旅客機へと向かう人たちの「保安検査」の列です。
ハイジャックなどを防止するため危険物がないかをチェックするおなじみの光景ですが、成田空港では、ある異変が起きています。
■保安検査の行列の横に使われていないレーンが
成田空港の保安検査場です。
旅行客で混雑し、長い列が出来ています。
男性客
「30分以上は並んだかと思います」
女性客
「東京オリンピックとかだったらどうなるんだろうねと言っていて」
しかし、行列の横には使われていないレーンが。
検査員が大量に辞めて、人員が限られているのです。
成田では昨年度初めの検査員の数は、複数の会社であわせて900人ほどでした。
ただ検査会社などによりますと、このうち30%あまりが辞めていることがわかりました。
こうした検査員の大量離職は、ここ数年、続いているということです。
■大量離職が続く保安検査員の職場に密着
大量離職が続く検査員。職場に密着しました。
石川美柚さん(19)です。
空港での仕事にあこがれて、2016年に入社しました。
この日は朝7時からの勤務です。
石川さんは、ボディーチェックや荷物の中身を確認する仕事を担当。
合間には、X線モニターで危険物を見分けるための訓練にも取り組んでいます。
出発の便数に応じて、勤務する時間が小刻みに組まれます。
担当以外は休憩時間となり、勤務には含まれません。
ようやく訪れた休憩時間。
シフトを確認しますが、そこに「差し替え出したから、古いの処分して」という指令が。
急な欠勤が出たため、配置が変わっていたのです。
■不規則な勤務、給料は手取りで月15万円
寮に戻ったのは、家を出てから15時間後の午後9時でした。
部屋に戻るとすぐに机に向かいます。
検査員には現場の責任者に就ける「国家資格」があり、日々の勉強が欠かせません。
不規則な勤務で、ほとんど自分の時間がとれないという石川さん。
給料は、手取りで月15万円ほどです。
石川さんは「事故にあったとか、事件に巻き込まれたとかいうニュースがやっていないということは、みんなを守ることができてよかったなと思います」と仕事への使命感を語ったうえで、「こんな生活が続くのかと思うと、いくらやりがいがあっても体力がもつのかなとか、精神的にもけっこうきそうだなって」と、不安をのぞかせています。
■検査会社だけでは待遇改善が難しい実情
こうした待遇の背景には何が。
実は保安検査は、航空会社が民間の検査会社などに委託しています。
この契約料が検査会社の主な収入になり、検査員に給料が支払われます。
契約料の引き上げには、各航空会社のそろった理解が必要です。
検査会社だけで待遇を改善するのは難しいのが実情です。
■大幅な待遇改善が望めず転職を決意した男性
大幅な待遇の改善が望めないとして、去年辞めた人に話を聞きました。
神井裕二さん(30)です。
最も難しい国家資格を取得。現場の責任者も務めていました。
妻と3歳の子どもと、3人で暮らす神井さん。
退職前の給料は、手取りで月およそ22万円。
また不規則な勤務では子どもと過ごす時間もとれないとのではと考え、心残りもありましたが転職を決意したといいます。
神井さん
「拘束時間と給与が見合っていない。なかなか厳しいものがあったと思います。将来を考えるというのは、まず無理でした」
検査会社では、社員寮を新築して生活環境の改善を進めたり、技能が高い検査員を表彰したりして人材の定着を図ってきましたが、離職を食い止められていないといいます。
久保田庄一課長(検査会社)
「空の安全を絶対守らないといけないので、その使命感で何とかもっている。この環境を変えたいところは非常に力を入れているんですけれど、我々だけの部分では何とも動かすことができない」
■国がより関わっていくべきだと専門家は指摘
取材にあたった成田支局の地曳創陽記者です。
(地曳記者)
検査員の大量離職は、決して成田空港だけではないといえます。羽田や関西空港では、24時間運用ということもあり勤務の実態は厳しく、離職率が高いケースもあると関係者は話しています。
ただ、全国の空港の状況はまだ正確に把握されていません。国も調査をしているのですが、航空会社と検査会社の契約に関わるため完全に把握することは難しいと話しています。
航空会社が保安検査に責任を持つことは法律で決まっていることですが、国がより関わっていくべきだとする専門家もいます。
戸崎肇教授(大妻女子大)
「日本は根本的な危機というものを体験したことが、はっきりといえばないので、安全というものは保障するけれども、そこにお金をかけるという発想がなかなかないんだと思います。東京五輪などは、やはり日本は非常に注目されますから、保安検査の重要性を国としてもしっかり認識して、待遇改善、そして人材育成により、努めていくべきだと思います」
(地曳記者)
成田空港では検査員の大量離職でノウハウの継承が進まず、検査の質が低下することも懸念されています。全国の実態も把握しながら、空の安全を守る人材をどう確保していくのか、関係者で考えていくべきだと思いました。