星空文庫
魔界京 魔天界編 神々の思惑
夢追人 作
神々の思惑 一
千鶴は小鳥たちに全身をついばまれながら、何度も失神しては目覚め、再び緩やかなエクスタシーから失神するまで刺激されるサイクルを何度も繰り替え返していた。
上半身は既に素っ裸となり豊満な二つの乳房が、いかにも愛撫を待ち詫びているかのように、ツンと上を向いて張り詰めている。
千鶴は小鳥たちに刺激されながら、何度もオカズに使ってきた、学生時代の光景が自然と思い起こされていた。いつまで経ってもあの記憶から逃れられないのは、あの事件が過激過ぎたことと、恋愛期間を含めた夫との性生活があまりにも普通で、淡白で、刺激が無さ過ぎたからかも知れない。許しを懇願するほど夫に激しく責め立てられたことなど千鶴の記憶には全く無かった。
友人の澄子が高野の部屋で全裸にされて、後輩たちの目の前で高野にはめられて喘いでいる情景がいつも想像のスタートだった。
すぐさま澄子と自分を置き換えて、高野にヒップを持ち上げられ、大股を開かれ、あるいは四つん這いにされて後ろから突かれて喘いでいる状況に身を置く。
後輩たちに囲まれて、性欲の溜まりきった彼らの熱い視線にさらされたまま大声を出して喘ぐ。自分の悶える姿に、声に、後輩たちが興奮して自慰を始める。
千鶴はより激しく甘い声を出して、大胆に腰を振りながら淫らな言葉を口にしつつ後輩たちを誘惑する。最後は四つん這いになって高野のモノを口にしながら、後ろから秘部を覗いている後輩たちのために、悩ましげに腰をクネクネとくねらせる。
とうとう、自制心を失ってしまった後輩たちが千鶴の身体にしゃぶり付き、代わる代わるにバックから挿入され、胸を揉まれ、口の中にも放たれてゆく。
そんな想像をしながら、拷問のような鳥族の薄い刺激の愛撫に実を焦がしていた。
時折、千鶴は小さな絶頂を迎えて、
「アアッ!」
と、大声を漏らしてしまうこともあった。その都度、慌てて由梨の方を確認するが、彼女もまた、長い愛撫に苛まれるようなエクスタシーの喘ぎ声を繰り返し放っていた。
由梨が苦しそうに身悶えする様子や、大胆に股を開いて全身を震わせながら喘いでいる姿を見ていると、由梨は自分よりもずっと敏感なのだと千鶴は感じ取った。
「いつまでこんな生活をするんだ?」
ジョージが誰に言うとでもなく零した。
「美沙さんに貰ったエネルギーも底をついてきました」
「そろそろ最後の賭けに出るか」
狩谷がそう言って、胡座を組んだ脚を組替えた。
「賭けとは?」
「残りのエネルギーを全部使って、偽守護氏たちと戦うのさ」
「一時間も戦えないぞ」
ジョージは否定的だ。
「一時間で倒す自信がないのか?」
狩谷が挑発する。
「自信はあるが、もう一度美沙さんの夢に入って、エネルギーを貰ってからの方が安全じゃないか?」
「まだ、あれから三日しか経って無いんですよ。美佐さんはそんなにエッチな夢を見ませんよ」
真樹がジョージに向かって言った。
「やけに詳しいじゃないか。優にチクるぞ」
ジョージがニヤリと笑う。
「だいたい、ジョージさんがエネルギーを使い過ぎなんですよ」
真樹がジョージに食いついた。
「仕方ないだろう、他人の夢に入ってエッチするのは疲れるんだぜ。 しかもこの梨乃とか言う女は、毎晩エッチな想像をして夢まで見やがる」
そう言って、ジョージはみんなが胡坐をかいて座っている床を指差した。彼らが座っている床の下には梨乃の部屋がある。
「しかも、ジョージは彼女のお気に入りだからな」
狩谷が真面目顔で言った。
「真樹の三倍は彼女に尽くしているんだぜ、疲れて当然だろ」
ジョージが正当性を主張した。
「結構楽しんでいるように見えますけど」
「しかし、今夜はどうしてこんな所にいるんだ?」
狩谷が床下を覗きながら言った。
「さあ。梨乃がまだエッチモードに入っていないからじゃないのか?」
「じゃあ、どうして俺たちが引き寄せられたんだ?」
狩谷が更に突っ込む。
「そんなこと知るかよ。もう半分くらいはモードに入ってるのかも知れないぜ」
「そんなはずはない。お友だちと普通に会話しているぞ」
狩谷が床下の様子を指差しながら反論した。
「しかも、会話の内容からして、梨乃さんの大学生時代の記憶ですよ」
「もしかしたら、彼女はもうこっちの世界に入れるくらいに、魂が色欲に犯されてしまったんじゃないのか?」
狩谷が不安げに言った。
「俺たちのせいか?」
「ジョージさんのせいですよ」
「知るか」
そう言い捨てたジョージは床の上に腹這いになって、部屋の様子を眺めた。
「さて、今夜はどんなエロ劇場が始まることやら」
狩谷も腹這いになった。
「結構、楽しんでませんか?」
「他に楽しみが無いから仕方ない」
狩谷の言葉に苦笑いを浮かべながら、真樹も皆に習った。
三人は、梨乃の部屋の天井の上で腹這いになっている状態だ。彼らからは部屋の様子が丸見えだ。もちろん下の人間社会からは彼らを見ることは出来ない。
「学生時代の梨乃もエロぽいな」
ジョージが感想を漏らす。
梨乃は友人のカップルを部屋に呼んでいる。梨乃の女友だちとその彼氏が遊びに来ている。梨乃の彼氏もいる。彼氏の名前は剛。ひとつ年下だ。
二組のカップルで酒を飲んでいる。居酒屋で飲んでから部屋飲みに移ったから、みんな結構酔払っている。
梨乃は友人の彼氏が少し気に入っている。悪戯心が働いて、部屋に戻ってからブラを外した。厚手でダブダブのシャツなので、はっきりとはわからないが、胸を張ったりすると乳首の形が浮かんで見える。
スカートもデニムのミニに穿き替えた。友人の彼氏は梨乃よりも少し年上だった。一番年下の剛は、お客に気を遣いながらも、少々酒癖の悪いところがある梨乃の行動をヒヤヒヤしながら見ている。
友人の彼氏に対して、あからさまに誘惑的な視線を送ったり、前屈みになって胸の谷間を見せたり、ゆっくりと脚を組み直してパンティをチラつかせたり。
そんな仕草を、ジョークを交えながら叱ったり、なだめたりしながら、梨乃の友人が気を悪くしないように剛は気遣っていた。
だか、梨乃の友人もかなり酔払ってきて、次第に梨乃の行動を気にも止めずに自分の彼氏にしがみ付き、甘くいちゃつき始めた。
そんな様子に、梨乃は益々誘惑的仕草の度を強め、彼氏は自分の彼女を適当にあしらいながら、熱い視線と高まった性欲を梨乃に注いでいる。
剛は場を丸く収める努力がバカバカしくなってきて、もう彼女を放置している。しかし、梨乃の様子を腹立たしく感じながら、いよいよ彼女が大胆な行動に出そうになった時だけ力づくで制止した。
梨乃は友人の彼氏に向かって、二人がどんなセックスをしているのかとか、彼女はどんな声を出すのかとか、立ち入った質問をしつこくした。
逆に、自分の好きな体位や、たまには大人のオモチャで遊んでいることなど、聞かれもしないことを色々話して、彼の性欲をより高ぶらせている。
やがて友人が眠りに落ちてしまったので、梨乃の言葉でみんな眠ることになった。
千鶴は、朦朧とした意識の中で、自分も鳥族になってしまうのだろうかと考えてみた。人間の男には性交渉をされないように神様が守ってくださったようだが、悪霊にまでその力が通じるのか。
また、鳥族の精を受ける時は、どんな風にされるのだろうと想像してみた。最後はペニスを挿入されて、激しく突かれて絶頂に導かれるのだろうか。もしそうなら、まだ望みはある。由梨が言うところのゴジラに変身出来るかも知れない。
今までの刺激は、小さな波を永遠と続けられただけで、まだ一度も大波を迎えていない。ゴジラに変身する時には、いつも絶頂に達していたような気がする。
鳥族が由梨よりも先に自分を犯してくれることを千鶴は祈った。しかし普通に考えたら、千鶴よりも敏感に反応している由梨の方から最後の仕上げに取り掛かるのが順序のような気もしてきた。
そう考えた千鶴は、もう一度全身の官能を研ぎ澄ませて、由梨よりも早く鳥族を迎え入れる状態になろうとした。
しかし、そんな千鶴の考えは既に機を逸していて、由梨の身体をついばんでいた小鳥たちがどんどん増加して群れになり、その群れが更に大きく膨らんでいったかと思うと、やがて大きなひとつの黒い塊となるや様々な姿に変化を始め、やがては黒焦げになった人間のような姿を形作った。
「誰?あなた」
由梨が大声で叫ぶ。千鶴も黒い人影を凝視した。
「鳥族の長だ。お前たちにはわしの表情など見えないだろう。しかし、すぐに見せてやる。わしがお前たちの中に精を放てば、その瞬間からお前たちは鳥族になる。そうすれば、わしの表情や鳥族たちの姿が眼に映るようになる」
長が静かな声で言った。
「別に見たくはないけど」
由梨が喘ぎの混じった声で答える。
「そうか。しかし、こっちの口は欲しがっているみたいだぞ」
長はそう言って、穴だらけになっている由梨のホットパンツを引きちぎり、パンティの股間部分の湿った部分を片手で搾った。すると、ボロ布となっているパンティから液が滴り落ちた。
「やめてよ、レディに失礼でしょう」
「口の減らない女だ」
長はパンティを引きちぎり、中途半端な役目しか果たしていないシャツとブラも一気に引き裂いた。
「やめて!」
由梨の豊満な乳房が現れて、乳首がツンと上を向いている。股間からは粘質の液体が滴り落ちて行った。
「美味そうな身体だ。良い子孫を産んでくれ」
長はそう言って、太く膨張したペニスの形をした黒い影を由梨の秘部に差し込んだ。
「アアアアア!ダメダエ、もうイクイク!」
長が挿入するなり自ら腰を振り始める由梨。彼女はすぐさま胸を反らせて震え始める。白い乳房から汗が滲み、長の腰に動きを合わせて乳房がゆさゆさと大きく揺れ動いた。その乳房に挟まれた地蔵からクリスタルな輝きが放たれている。
そんな様子を、絶望的な気持ちで見つめている千鶴の脳裏にある場面が蘇ってきた。それは、土の神様に由梨と二人で面会した時の場面だった。
「その地蔵は善エネルギーを蓄積する能力がある。この神の国にいるだけで、その地蔵は善エネルギーを吸収して既に満たされておる」
「それって、天界パワーと同じエネルギー?」
「無論、そうじゃ」
神様は大様に頷いてから、
「しかも、美しい山を探して、その山の間に地蔵を置いてエネルギー放射を念じれば、何倍ものパワーに増幅して放射してくれるのじゃ。そのパワーは全てのオアシスに届くに十分じゃ」
と言った。
「その美しい山はどこにあるのですか?」
千鶴が即座に質問した。
「知らぬ」
千鶴の記憶がそこまで辿り着くと、更に別の記憶が蘇ってきた。千鶴は目を閉じて自然のままに記憶を呼び起こしてみる。
千鶴と由梨が土の神様の勧めに従って、神様の前に敷かれた座布団に正座した時、
「ほほ。何ともきわどい服を着ておられる」
と、神様の顔がニヤリと崩れて、由梨のチャイナドレスからはみ出している太腿を舐めるように見つめた。
「さすがは念信の神様ね、話し方までエロいわ」
由梨がそう言って、太腿の間からパンティが見えないように、両手でスカート部分を隠した。
「それに美しい谷間もお持ちじゃ」
今度は、丸く開いているドレスの胸の辺りをじっと見つめてからもう一度ニヤリと笑った。
と、その場面が蘇った瞬間、千鶴ははっと目を見開いてから大声で叫んだ。
「由梨ちゃん!しっかりして!念じるのよ!胸のお地蔵様に念じるの!パワーを放てと念じるのよ!」
しかし、由梨は絶頂寸前で大きく喘いでいるために千鶴の声が届かないのか、全く反応しない。長も発射間際なのだろう、息が詰まっている。
「こら!エロにしか興味がないバカ娘!夕べもひとりでモゾモゾオナッていたでしょ!エロから覚めなさい!」
千鶴が渾身の力を込めて大声で喚いた。と、隠微な動きを続けていた由梨の身体がピタリと止まって、
「それはあんたでしょ、オバサン!」
と、由梨が目を見開いて叫び返してきた。
「オバサンの命令よ!早くお地蔵様に念じなさい!美しい二つの山は、あなたの乳房のことよ!」
千鶴は更に大声を放って由梨に指示をした。
「え?」
由梨が目を丸くした瞬間、長の動きが止まった。まさに射精する寸前だ。
「ダメ!まだイッチャダメ!」
由梨はそう叫びながら膣に力を込めて、射精出来ないほどに固く締め付けた。
「イ、イタイ!」
長が叫んだ瞬間、クリスタルの地蔵が小さく震え始めたかと思うと、パッと眩しい閃光を放ち、一瞬にして周囲を純白ただ一色に染めてしまった。それは全く静かな衝撃だった。一瞬のうちに白い光の中に鳥たちの影が埋もれてゆく。
そして次に瞬間からは、不気味な叫び声と鳥の鳴き声が響き渡り、嵐のような風が吹き荒れ、木々の揺れ動く音が悲鳴のように木霊した。だが、その割には由梨たちは風に飛ばされることも無く、無重力空間にいるような不思議な体感が続いた。
由梨にはそれなりの時間感覚を感じたが、実施には数秒ほどしか経過していない。思わず止めていた息を吐いた頃には、まるで何ごとも無かったかのように、由梨と千鶴は静かな朝の光景に包まれていた。
「由梨ちゃん、早く下ろしてくれない?」
千鶴はまだ枝に吊るされたままだ。
「オナッてたのはオバサンでしょ!」
由梨が不機嫌に叫んだ。
「まだ怒ってるの?ゴメンね。あなたを目覚めさせるために仕方無かったのよ」
「そもそも、誰のせいで鳥の餌食になったと思ってるの?」
由梨は、千鶴が夢遊病者のようにロッジを出たためにこんな羽目になったことを怒っている。
「でもまあ、結果は良かったでしょ」
仕方なく千鶴は開き直った。由梨もまだ太い幹の上にいる。周囲を見渡すと、鳥族の生き残りなのか木の枝に小鳥たちが呆気に取られた様子で並んでいた。
「あんたたち、私の射撃の的になりたいの?」
由梨はそう叫んで光線銃を手に浮かべた。
「偉そうに」
我に帰った一羽の小鳥が小声で零した。その瞬間、由梨の放った光線がその小鳥を正確に射抜く。他の小鳥たちが一斉に身震いした。
「私は今、すこぶる機嫌が悪いのよ!」
由梨の声が森に響き渡る。
「何でも言うことを聞きますから、許してください!」
「じゃあ、そこのオバサンと、この可愛い由梨様を地面に下ろして頂戴。それから、このオアシスのどこかに守護氏がいるはずだから、私のロッジまで連れて来て!」
「御意!」
鳥たちは二人を地面に下ろした後、逃げるようにして一斉に飛び立っていった。
梨乃は胸の鼓動を押さえながら眠りについている。布団を二組敷いて、梨乃と友人が隣り合うように寝ている。男たちはそれぞれの彼女の外側に横になった。
そんな様子を天井の上に這いつくばって眺めているジョージたちは、
「そろそろエッチな夢の始まりだな」
と誰かが呟いた声に納得しながら辟易した気分に沈んでいった。
梨乃の隣で寝ている剛がいきなり彼女にキスをした。
「ダメよ」
梨乃は唇をずらせて小声で囁く。
「俺じゃダメなのか?」
剛がそう言って、甘えるように彼女の手を握った。
「そうじゃなくて、二人に見られたくないでしょう」
梨乃がそう言った瞬間、剛が彼女の両手首を握り、いきなり頭の上に運んで押さえつけた。
「おお、剛君頑張れ!君が彼女を満足させてくれたら、俺たちはゆっくり休むことが出来るんだ」
ジョージが小声で叫んでいる。
「何?どうする積り?」
両腕を枕元で押さえられた梨乃の胸が少し反り返る状態となって、乳房と乳首の形がシャツに現れている。電灯は消しているが、窓から入ってくる街灯の灯りがまるでスポットライトのように梨乃をぼんやりと照らしている。
「他の男にパンチラ見せたりして……」
剛が少し拗ねた口調で囁いた。
「そんなことしてないわよ」
梨乃が白々しい嘘を言った。
「ほんと、女は平気で嘘を吐く。怖い怖い」
ジョージが大きく頷きながら同意した。と、その瞬間、ゴゴゴゴ!と、大きな地響きが這いつくばっている腹に響き渡った。
「おい!」
天井の三人は思わず立上がった。と、次の瞬間、地底から爆風が吹き上げて、天井に乗っていた狩谷たちも一緒に梨乃の部屋ごと天高く吹き上げられてゆく。
「何だ!何だ!」
ジョージの叫び声が大きく木霊する中、白い砂塵が彼らをまつりあげて、白い渦に巻き込みながら天の果てまでも運んでゆくようだった。
「どこへ行くんですかねえ!」
真樹が大声で叫んでいる。
「知らねえよ!」
三人の喚き声も渦の中に閉じ込められてしまった。
「優ちゃん、大丈夫?」
レイナが優の肩を揺さぶりながら声を掛けている。だが優は目覚めない。
「ねえ、大丈夫?」
何度声を掛けても目を開けない。
「おーい。起きろよー」
レイナは大声で叫びながら、優の胸を両手でグニュグニュと揉みしごいてみた。
「なかなか弾力があるわね」
レイナは片手で自分の胸を揉み、弾力具合を比較してみた。二人とも閻魔王好みのショートパンツとシャツを身に着けている。
「私の勝ちね」
レイナがドヤ顔で呟いた時、
「他人の胸で遊ばないでください」
と、優が目を覚ました。
「少し柔らかくなってるわよ。どうせ真樹が揉みまくっているんだろうけど」
レイナの言葉を聞き流しながら、優がゆっくりと上体を起こした。
「気持ち悪い。何ですか?これは……」
優は自分が座っているゼリーのような感触の、白い物体を指差して尋ねた。
「閻魔王の精液でしょう、多分……」
「ゲッ。そんな物の中で眠っていたの?」
優が気持ち悪そうな表情を浮かべる。
「しかも、飛行中なのよ、私たち」
レイナが床に腕を差し込んでゼリーを掬い上げると、底に開いた穴から、田園風景がゆっくりと流れている様が見て取れた。二人はまるで繭にでも包まれて、どこか遠くへ飛ばされているような状況になっている。
「本当に葦原の国へ運んでくれるのかしら」
優が不安げに零した。
「まあ、一応閻魔さんだからね。嘘を吐いて自分の舌を抜くなんて真似はしないでしょう」
レイナがそう言って、今度は天井に穴を開けた。
「臭くて堪らないわ」
上下に穴が開いたことで新鮮な空気が繭の中に流れ込んで来た。
「あらレイナさん、この匂い好きじゃないんですか?」
優が悪戯な笑顔を浮かべる。
「ものには限度ってものがあるでしょう。こんなに大量の精液に包まれたら、さすがにえずくわ。オエッ」
レイナがそう言って胡坐を掻いた。
「少しずつ高度が下がってますね」
優が床の穴を覗いている。
「出来れば温泉に落下したいわね。お風呂に入りたいわ」
「そんなにコントロール良ければ嬉しいですね、閻魔さんの」
優が素顔で言った。
「男の人って、飛ばす距離を調整出来ると思う?」
レイナがニヤリと笑って優を見つめる。
「無理でしょう。そんな話聞いたことないです」
「中学生くらいだと、飛距離の競争とかするそうよ」
レイナが愛らしく笑った。
「ほんと、男ってバカですよね」
「そう?可愛いじゃない」
レイナがそう言って再び微笑んだ時、急に落下速度が速まって、ジェットコースター並みのマイナスGが掛かり始めた。
「キャー気持ち良い!」
レイナが叫ぶ。
「レイナさんが天井に穴を開けたからじゃないですか!」
優もマイナスGを感じながら叫んだ。
「え?これ、落ちてる訳?」
「それ以外に何か考えられますか!」
優の言葉を聞いたレイナが、床に腹ばいになって床の穴を塞いでみた。
「スピード落ちないわよ。天井の穴も塞いでみて!」
レイナの叫びに、優も両手を伸ばして天井の穴を塞いでみた。しかし、落下速度に変化は無い。
「パラシュートとかないの!」
レイナがそう叫んだ時、二人の身体がふわりと浮いて天井にピタリと張り付いてしまった。
「忍者みたい!」
優が嬉しそうに叫ぶ。加速は益々進み、強いGが二人を天井に押し付けて猛スピードで落ちてゆく。
「キャー気持ちよ過ぎ!イッチャウ感じ!」
レイナが歓喜の声で叫んだ時、強い衝撃が繭を激しく揺らしたかと思うと、二人は床に叩きつけられて、精液のゼリーに深く沈み込んでしまった。
白い煙が立去っると、狩谷たち三人は砂漠の中に立っていた。
「いったい何が起こったんだ?」
ジョージが身体の砂を払いながら誰にともなく言った。
「色んなことが変ですね。多分、僕たち檻から出られたみたいですよ」
真樹が周囲を見渡しながら言った。
「わざわざ言われなくても見りゃわかる」
「身体もパワーが蘇ってきたようだ」
狩谷がそう言って、突然、口から火炎放射を発射してみた。力強い炎が真直ぐに突き進んでゆく。
「ギャアー!」
どこからか悲鳴が聞こえたかと思うと、三人の周囲に数十人の人影が現れた。
「てめえら!」
ジョージが怒りを込めて『気』を溜め込んだ。
「あら、皆さん。まだ生きていたの?精を出しきってとっくにミイラになってると思ってたわ」
優の姿をした偽守護氏がそう言ってカラカラと笑った。優の偽者が十体近くいる。ジョージ、真樹、狩谷、レイナの偽者もそれぞれ十体近くに増えていた。
「俺は狩谷さんの偽者をやるぜ」
「僕も狩谷さんのが良いです」
真樹がジョージを真似た。
「何で俺をやっつけたいんだ?」
狩谷が不機嫌な口調で言った。
「優ちゃんはやり難いですよ。例え偽者だとわかっていても」
「レイナも可愛そうだしな」
ジョージがニヤリと笑った。
「俺はやり易いのか?」
「思い切り殺せます」
真樹の言葉にジョージも頷いた。
「意外に愛されているようだな。とりあえず自分と違う顔と戦え。混じるとややこしくて助太刀出来ない」
「助太刀なんぞ、いらないぜ」
ジョージが手に剣を浮かべた。
「最近、運動不足でしたからね」
真樹がそう言って砂面を蹴り、宙高く舞い上がった。
「何だ、お前たち!エネルギーを補給したのか!」
偽優が大声を発して慄いている。
「俺は十分腰振り運動していたぜ」
ジョージも同様に飛び上がってから、偽狩谷の集団に飛び込んでいった。既にこの時点で偽守護氏たちは浮き足立っている。
「だから何で俺ばっか狙うんだよ。仕方ない、気は進まないが女たちは俺が始末する」
狩谷がそう呟いたがもう誰も聞いていない。真樹は、高度を保ちながら指から棘を吐いて砂漠の上を逃げ惑う偽狩谷を次々消去ってゆく。
偽守護氏たちは、天界パワーを十分に補給した本物の守護氏たちの比ではない。真樹の高さまで飛び上がれる者などいなかった。しかし、誰が気づいたのか、結界を張って真樹の棘を防御するものが現れた。すると、皆がそれを真似て完全防御体勢をとった。
「面倒臭いなあ」
真樹はそう呟くや、手に剣を浮かべて防御集団を目指して疾風のように突撃した。半端な強さの結界など瞬く間に突き抜かれ、あっと言う間に偽狩谷の集団は壊滅していった。
と、狩谷が相手をしている女集団が突然渦を巻くように宙を飛び始めた。すると狩谷の放った火炎放射はその渦の中心に吸い込まれて、虚しく宙に消えてしまった。
「何だ?台風の目か?」
その回転渦に他の偽守護氏たちも次々と加わり、渦が大きく膨らんでゆく。
「やばいな。渦に吸い込まれるな!この渦は天界パワーを吸い込んでいるぞ!」
狩谷が全員に向かって叫びながら、台風の目の延長線上に位置しないように宙を飛んだ。同様に真樹とジョージもバラバラの方向に飛び交い、台風の目が彼らに狙いを定められないように素早く動き続けた。
そして宙を飛び交いながら弓矢を放ち、火炎放射を浴びせたが、集団となった渦の力はビクともしなかった。
「埒があかねえ。何か考えろよ!」
ジョージが狩谷に向かって叫んだ。
「久しぶりにやるか?」
「結合攻撃ですね」
真樹がそう言ってから狩谷に向かって全速力で突進を始めた。
「俺たち、あまり良い相性循環の関係じゃないけどな」
ジョージもそう呟いてから狩谷に向かって突進した。三人はクルクルと巴回転を始め、どんどん加速してゆく。そして一個の白い球体となった瞬間、渦の目に向かって猛スピードで突進していった。
白い球体は渦の中心を突破して反対側にすり抜ける。すると、渦の回転速度がぐんと落ちた。狩谷たちの球体は大きく円弧を描いて方向転換し、再び渦の中心を疾風の如く突破した。
と、今度は渦が真っ二つに割れたかと思うと、偽守護氏たちが虫のようにバラバラと砂漠に落ち始めた。
そして次の瞬間には、結合攻撃を解いた三人が再び攻撃を加える。
比較的元気な奴らを真樹が弓で射抜き、ジョージが剣で撫で切りにする。そして狩谷の火炎放射が動きの止まった残党たちを一斉掃射した。
「どこから天界パワーが漏れたんだ!」
偽物の優が、最期に叫びながら狩谷の炎に焼き消されてしまった。
「口ほどにもない奴らだ」
剣を収めたジョージがそう言って屈伸運動をした。
「こんな奴らに苦役を強いられていたかと思うとバカバカしいですね」
真樹も砂面に下りて両腕を回した。狩谷も着地して周囲を慎重に見渡してみる。辺り一面白い砂漠で、偽守護氏の姿はどこにも無かった。
「何だ、あれは?」
狩谷はふと、雲掛かった空を見上げて零した。
「鳥でしょう。たくさんいますね」
真樹も空を見上げている。
「奴らの仕込んだ攻撃か?」
ジョージが再び剣を手にした。真樹も弓を構える。少しの間、緊張した時間が不気味に流れていった。しかし、鳥の群れは彼らの頭上まで来ると、またすぐに引き返してゆく。
「何だ?」
拍子抜けになったジョージが思わず呟いた。と、ゴオー!と言う爆音と地響きがして彼らの足元が崩れ始めた。
「オット。またオットシアナか?」
狩谷がひとりで笑っている。
「オヤジギャグにもなってませんよ」
真樹の冷めた声。
「とりあえず小鳥ちゃんたちの後を追い掛けようぜ。腹も減ったし」
ジョージがそう言って宙に飛び上がった。
「まさか、食べる気ですか?」
真樹も飛び上がる。
「焼鳥にする火力はある」
狩谷もみんなに続いた。
「串にする棘もあるな」
「タレはどうしますか?」
「塩でも良いだろう」
小鳥たちは必死の様相で羽ばたき、猛スピードで逃げてゆくが、三人は余裕で付いて行く。
「俺はカリカリに焼いた皮が大好物だ」
ジョージが叫ぶ。
「お願いですから食べないでください。僕たちは光線銃のお姉さんに脅迫されて、皆さんを迎えに来ただけなんです。決して怪しいものではありません!」
最後尾の小鳥が首だけ振り向いて必死で弁解している。
「光線銃?」
狩谷が真樹の顔を見つめてから、
「そのお姉さんの胸はでかいか?」
と、小鳥に叫んだ。
「はい!」
「エッチか?」
「かなり!」
「頭は悪そうか?」
「はい!」
「由梨だな」
三人は顔を見合わせて納得した。
神々の思惑 二
「良いお湯ね」
「閻魔王さんに感謝ですね」
「ほんとにコントロールしたのかしら」
レイナと優の二人は、ほど良い湯加減の温泉に浸かっている。閻魔王の繭によって葦原の国まで運ばれて来た二人は、繭が突然急降下を始めて墜落してしまったが、繭の弾力がクッションとなって怪我ひとつ無かった。しかも、繭が墜落したのは温泉のど真中で、繭はあっと言う間に湯に溶けてしまった。
周囲を山に囲まれた露天風呂で、岩風呂風の造りになっている。身体の洗い場も整っており、どこかの旅館にある露天風呂施設のようだ。二人は身体を洗うついでに、着ている物の洗濯までしてしまった。
「ようおいでやしたなあ」
ガラガラと建物の扉が開いたかと思うと、年配の女性が現れて愛想よく挨拶をした。
「何で京都言葉?」
レイナが小声で呟いた。
「浴衣とタオルは脱衣所に置いとくさかい使こうておくれやす。お部屋に案内しますんで、上がらはったらうちの者に声掛けておくれやす」
そう言って年配の女性は建物の中へ消えていった。
「ありがとうございます」
優が反射的に答えてから、不思議顔でレイナを見つめている。
「予約した?」
レイナが小首を傾げながら優に尋ねた。
千鶴の呪文で、狩谷、ジョージ、真樹、それに由梨と千鶴の五人が一瞬のうちに葦原の国へとやって来た。
「便利な呪文だ」
狩谷がボソリと呟く。
「でも、葦原の国のどこに出てくるのかわからないのが致命的弱点ね。選りに選って、こんな所へ現れるなんて」
そう言って由梨が周囲を見渡した。周囲には狩衣を着た軽武装の兵士たちが夕飯の準備をしている。大きな釜戸がいくつか点在していて、グループに分かれて調理をしているようだ。
「辺境警備隊のど真中ってとこか」
「防人の詩が聞こえてきそうだ」
ジョージが軽く腕を回しながら真樹に目配せをした。兵士たちも突然現れた珍客に驚いて対処に戸惑っていたようだが、やがて数人の兵士が槍を手にして近寄って来た。
「俺たちは怪しい者じゃない。大国主の命に会いに来た」
狩谷が大声で叫んだ。
「大国主様に何の用だ!」
先頭の兵士が叫ぶ。
「五神の神々から伝言がある」
と言う狩谷の言葉に続いて由梨が、
「このオバ、お姉さんは火の神の使徒なのよ。頭が高いわよ!」
と、威勢よく叫んだ。
「何言ってるんだ?この貧乏娘。布が足らなかったらしい」
兵士たちは由梨のチャイナドレス姿を見ながら大笑いした。由梨は再びチャイナドレスに身を包み、千鶴はセーラー服を着ている。「仕方ないでしょう。これしかないんだから」
「それじゃあ、布代くらい稼がせてやる。しばらく俺たちと遊ぼうぜ」
十人ほどの兵士たちが薄ら笑いを浮かべながら近づいて来た。
「いくらでやらせてくれるんだ?」
先頭の男が大声で叫んでからケラケラと笑っている。
「あまりその娘を怒らせない方が良いと思いますよ」
真樹が遠慮気味に叫んだ。
「うるせえ!農民の男どもは黙っていやがれ!」
そう叫ぶや、十人ほどの兵士たちが槍を構えて走り込んで来た。距離は二十メートル。だが次の瞬間、
「舐めんじゃねえよ!」
と、叫んだ由梨が光線銃を手に浮かべて、一瞬で十人を弾き飛ばしてしまった。一瞬、不気味な沈黙が辺りを覆ったが、すぐさま気を取り直した兵士たちが、手に手に武器を取り狩谷たちを包み込むようにして襲い掛かって来た。
「意外と数が多いな」
狩谷がそう言ってから大きく息を吸い込み、火炎放射の準備をする。
「千鶴さんも撃ちなさいよ、昨夜撃ち方を教えたでしょう!」
由梨が後ろを振り向いて千鶴に叫んだ。千鶴は、昨夜ログハウスで教えてもらった銃の扱いを思い浮かべながら、薄く眼を閉じて機関銃を手にした。
すると、黒いフレームのM249軽機関銃が彼女の手に浮かんだ。バリバリバリ!
「キャアア!」
千鶴が機関銃の激しい振動に振り回されている。
「ワォー!悪霊じゃねえから死なねえけど、当たると結構痛いんだぜ!」
ジョージが弾を避けながら叫んだ。
「もっと腰を落としてしっかり踏ん張れ!」
狩谷に言われたとおり、千鶴は大きく股を開いて腰を落とし、しっかりと踏ん張ってから再度引き金を引く。
バリバリバリ!再び響いた機関銃の発射音と共に兵士たちがバタバタと倒れてゆく。一瞬で周囲数十メートルは空白地帯となった。だが機関銃の音は鳴り止まない。
「もう良いわよ!」
何かに取りつかれたように機関銃を撃ちまくる千鶴を、由梨が叫んで制止した。
「カ・イ・カ・ン」
撃ち終わった千鶴が銃口を上に向けて呟いた。
「”セーラー服と機関銃”か」
狩谷が呟く。
「何、それ?」
由梨がジョージの表情を確認する。
「知らねえのか?あの名作を」
由梨が肩をすくめた時、
「何の騒ぎだ」
と、数騎の騎馬隊が近寄ってきた。階級の高い武将のようで、兵士たちが片膝を着いて道を開けている。
「奴らがいきなり襲い掛かって来たから反撃しただけだ。俺たちは五神の神々から大国主の命に伝言を持って来た」
騎馬隊は、奇怪な目で狩谷たちの容姿を眺めてから、
「付いて来い」
と言って馬頭を操って方向を変え、ゆっくりと進み始めた。
「私たちは歩きなの?」
由梨が大声で文句を言ったが無視された。
「しかし、これだけ多くの悪霊がまだ残っていたとはな」
狩谷が零した。
「能力はほどほどだが数が多い」
「いや、能力も結構高そうですよ」
真樹がジョージに意見した。
「戦ってもいないのに何でわかるのよ?」
由梨も口出しをする。
「だって機関銃で撃ち始めた瞬間に、半分以上の奴らは弾道を避けながら逃げて行きましたから」
真樹が主張した。
「逃げ足が速いだけじゃねえか」
ジョージは認めない。
「千鶴さんの撃ち方がとろいからよ」
由梨もジョージに賛成のようだ。
「でも気持ち良かったわ、もっと撃ちたい!」
千鶴はまだ興奮で声が上ずっている。
「おいおい、また乱射女が増えたのか……」
騎馬隊に先導されて歩いてゆくと、原始的な田園風景が目の前に広がってきた。水田が緑色に広がり、牛が農具を引いている。所々に葦の茂る沼地が点在しているが、それはこの辺りが耕地開発されたためで、遠くに見える山裾には広大な芦原が広がっている。なだらかな丘には樹木が大きく育っていた。
「本当、懐かしい」
由梨の言葉に武者が振り向いて鋭い視線を送って来た。だが由梨はお構いなしに周囲をキョロキョロとしている。農民らしき人々からも悪霊の気配が届いて来た。
田畑の風景の中を更に歩いてゆくと、やがて十階建てを優に超える高さの、壮麗な建物が視界に入って来た。小高い丘に建っているから更に大きく見える。
直径が三メートルもある心柱を三本ずつ束ねた支柱が二本ずつ平行に打ちつけられて、その支柱の上に神殿は立っている。
神殿が一番高い所にあり、五十メートルはありそうだ。神殿の床下部分から長い階段が続く。階段にも同じ支柱が使用されていて、支柱は階段が低くなるのと同時に徐々に短くなっている。
「何度見てもすごい建物だ。大昔にこんな建物を造るなんて」
ジョージが懐かしそうに感心した時、騎馬隊の歩みが止まった。「ついて来い」
騎馬から下りた武者が大仰に叫んだ。
「あれしか言えないのかしら」
由梨が小声で千鶴に言ってクスリと笑った。武者が前に二人、後ろに三人、狩谷たちを挟んで階段を上り始めた。
百メートルはありそうな長い階段を、一行は一段づつ上ってゆく。歩を進めるにつれて高度も上がっていった。階段の両脇には手摺が無い。半ば辺りまで来るとかなりの高さだ。
「大国主さん、まだ手摺を付けてないのね。そのうち誰か落ちるわよ」
腰を引いて恐る恐る歩いている由梨が文句を言った。
「おめえは、とっくに落ちたじゃねえか」
ジョージが由梨をからかう。
「千鶴さんも気を付けてくださいね。私が落ちた時、この男どもは助けに来ないばかりか、大国主さんと毎日酒ばかり飲んでやがったのよ」
由梨がジョージを睨んで吐き捨てるように言い放った。
「まあ、酷い人たち」
「色々大人の事情があったのさ」
ジョージは笑顔で答えたが、狩谷は全く無反応だ。
「聞こえない振りをしてるのかしら」
「オヤジギャグで返そうとして考えているのよ、きっと」
今度は千鶴が囁いて二人でクスクス笑った。
やがて本殿に到着した先頭の武者が大声で何かを叫ぶと、中から女官が現れた。武者は女官とヒソヒソと会話してから、
「ついて来い」
と、叫んだ。
「ほらね、やっぱりあれしか言えないのよ」
一行が本殿に足を踏み入れるや、
「オー!これはこれは狩谷殿にジョージ殿ではないか。懐かしいのう。それに由梨殿も相変わらず美しい」
と、にこやかな笑顔を浮かべて大国主が近づいて来た。
「おや、そちらの美女は初めての方じゃな。さ、どうぞどうぞこちらへ入られよ」
大国主に付いてゆくと、荘厳な祭壇の横を通り抜けて畳の部屋に出た。囲炉裏があって、以前はその囲炉裏の上座が大国主の席だったが、今は囲炉裏の奥に一段高くなった台座があり、そこに中世の王座を思わせるような大きな椅子が設けられていた。
「そちらに腰を下ろされよ」
大国主は狩谷たちにそう言ってから、自分は豪華な椅子に深々と腰を沈めた。
狩谷たちはその前に広がる畳の間に胡座を掻いて座った。由梨と千鶴も短いスカートを器用に扱って静かに腰を下ろした。
「して、ご用の向きは何じゃな?」
大国主が柔和な笑顔を浮かべて口火を切った。
「五神の皆様は、大国主様が回廊に魔天界をお造りになって、天界パワーが地上に注ぐのを妨害していると思われています」
千鶴が落ち着いた口調で大国主に説明した。
「これはまた異なことを。誤解も甚だしい」
大国主は鼻で笑った。
「私もそう思っていたの。大国主さんがそんな大それたことを出来る訳が無い。そんな器じゃないもの」
由梨も口を挟む。
「無論」
大国主はニコリと微笑んた。
「では是非、五神の皆様との話し合いの場にご出席ください」
千鶴は懇願するように大国主を見つめた。
「承知した」
千鶴は大国主の快諾に安堵の表情を浮かべた。
「でもよ、天界パワーが止まっているのは事実だし、この国には天界パワーが充満している。それに悪霊どもがうようよ来てるのはどう言うことだ?」
ジョージが、狩谷たちにも同意を求めてキョロキョロとみんなに視線を合わせてた。
「もう良いだろう。色々事情があるようだ」
狩谷がジョージを制する。
「話し合いの場で明らかにされるお積もりですよね?」
真樹が大国主に確認した。
「無論、その積りじゃ。色々と深い事情があっての。とにかく、今日は再会を祝って酒宴じゃ。すぐに準備をするから待っておれ」
「大国主さん、その前にお風呂に入りたいの。どこか部屋を貸してくださる?」
由梨が甘えた声でお願いした。
「おお、それはお安い御用じゃ。すぐに案内させる。酒宴は二時間ほどで準備が出来るだろうから、それまでゆっくり休まれよ。酒宴の準備が出来た頃に呼びに行かせるぞ」
そう言った大国主は、女官に指示をした。一行は、本殿から数分歩いた所にある、庭付きの平屋建で、荘厳な雰囲気を呈した屋敷に案内された。
「贅沢な部屋じゃねえか。庭も良く手入れされてるぜ」
部屋に入るなり、ジョージが庭に通じる縁側の引き戸を左右に大きく開いて言った。
「畳みも新しいわね。まだいぐさの香りがするわ」
千鶴はそう言って、みんなに座布団を配ってから自分も腰を下ろした。狩谷はいきなり座布団を枕にして大の字に寝転がった。由梨ひとりが入口で突っ立ったまま、じっと何かを考え込んでいた。
レイナと優は宿の仲居さんの案内に付いていくと、三階にある豪勢な部屋に導かれた。
「わあ、とっても贅沢な部屋ね、私にピッタリだわ」
レイナがそう言いながら部屋の中を見渡した。浴衣に着替えた二人の髪はまだしっとりと湿っている。
「この宿で二番目に良いお部屋ですさかい」
仲居がそう言って、卓上にある急須に湯を入れてお茶の準備を始めた。二人は、窓から見える長閑な田園風景を眺めながら大きく伸びをして、
「どうして私たちを歓待してくれるの?」
と、レイナが仲居に問い掛けた。
「そら、閻魔様の繭に乗って来はったさかい……」
と、むしろ仲居の方が質問に驚いている。そして、お茶を入れながら、
「さぞ、辛い目に遭はったんどすやろ?」
と、同情的な声色で尋ね掛けてきた。
「え?まあ」
レイナが口ごもる。
「年に一度はあの閻魔様の繭が飛んで来るんどすわ」
「年に一回……」
二人は顔を見合わせる。
「何でも、閻魔様が酔払って裁きをしはって、本来天界へ送る人を地獄に落としてしまわはるそうどす」
仲居の声はヒソヒソ声に変わっている。
「信じられないオッサンね」
「それで、間違って地獄におとさはった人を天界に送り直さはる時は、決まって繭に包んでこの温泉宿に送って来はります」
仲居がお茶を差し出した。
「なるほど。やっぱりコントロールした訳じゃなくて既定路線だった訳ね」
「閻魔様からもお達しがあって、繭で運ばれた人には、身体が回復するまで宿でゆっくりさせるようにと言われてます」
「だから私たちも歓待されている訳ね」
二人は卓の前に移動して腰を下ろした。
「へえ、そうどす。お望みがあれば何でも言うとくれやす。と、去年までは言えたんどすけどなあ。今年はちょっと事情があって、食事も飲み物も色々制限されてますのや」
仲居は申し訳無さそうな表情を浮かべている。
「何でまた?」
レイナがお茶を手にして尋ねた。
「私らも詳しいことはようわからしまへんけど、何や悪霊みたいな人たちがこの国にはびこって、大国主様までこの片田舎に追いやられてしもうてます。都の方へは一切立ち入り出来まへん。そやさかい、この地方で取れる物しかお出し出来まへんのや」
仲居は完全にお喋りモードに入っている。
「大国主さんは、今どの辺りにいらっしゃるんですか?」
「この宿にいたはります。こう見えても、この宿はこの地方で一番の老舗どすさかい」
「お会い出来るかしら?」
「へえ、大丈夫どす。実はもう大国主様の命で、お二人との宴会の準備が出来てます」
「宴会?」
レイナと優は目を見合わせた。
「恐がらんでもよろしおす。気さくな方やし、都を追われて毎日退屈されてますさかい、若い女子はんが来はって舞い上がってはりますわ」
そう言った仲居が明るい笑い声を立てた後、
「ほな、一緒に来ておくれやすか?」
と、急に素に戻って立ち上がろうとした。お茶はまだ残っている。
「因みに、この宿には何人くらい泊まれますか?」
ふとあることを思い起こした優が質問した。
「そうどすな、二百人様が限界どすなあ」
「近々、二万人ほどのお侍さんが地獄からやって来るかも知れませんよ」
優が真顔で情報提供した。
「二万人!」
仲居は目を丸くして二人を見つめている。
「足利尊氏さんたちよ」
レイナも言葉を足した。
「あらまあ、二万人どすか。それは大変どすわ」
だが、仲居は本気には受け止めずに上品な笑い声を上げながら、さっと立上って二人を導いて部屋を出た。二人は仲居の後に続きながら、
「まあ、信じろという方が無理かもね」
と、小声で囁いた。
「しかしあのスケベオヤジめ、こんな定期便があるんだったら、もったいぶらずにさっさと送ってくれれば良かったのに」
優がブスッとして怒りを漏らした。
「そもそも年に一度って多過ぎない?どんだけ冤罪作ってるのよ」
レイナも呆れ口調で零した。
「それより、大国主様が都を追われているってどう言うことでしょう?モモちゃんの話では、大国主様が悪霊を招いて魔天界を作っていると言うことでしょう。ここにいる大国主様は本物なんでしょうか?」
優がレイナに疑問を投げてみた。
「モモちゃんも、あくまでも噂だと言ってたからね。大国主さんが魔天界を作っているとは限らないでしょう」
二人の会話には全く無頓着な仲居が、ある部屋の前で立ち止まって中へ声を掛けてから、床に両膝を着いて静かに襖を開けた。
二人も仲居に習って床に正座したまま中の様子を窺った。部屋の中では、床の間を背にしたふくよかな顔の男が、料理の乗った膳を前に酒をチビチビと飲んでいるところだった。
「おう、これはこれは地獄からようこそ。さぞ辛い思いをされたことであろう」
と言って、大国主の向かいに並べられた膳に二人を勧めた。
「ほう。浴衣姿が何とも色っぽいのう。それに胸も大きそうじゃ」
二人は大国主の前に座りながら、さりげなく胸元を閉じる。
「酒!酒じゃ酒じゃ!」
大国主が上機嫌で仲居に命じる。
「まずはビールが良いなあ」
レイナが甘え声を出した。
「おお、ビールか。仲居、ビールを頼む」
仲居は軽く頷いてから部屋を出て行った。
「なかなか希少な物がお好きなのだな」
「ビールが稀少なんですか?人間界では余ってますけど」
レイナが素で答えた。
「人間界?ああ、そなたたちが生きておった頃か?いつ頃まで人間界にいたのだ?」
「つい最近まで。てか、私たちまだ死んでませんけど」
レイナの言葉に、一瞬大国主の顔が引きつった。
「お主たちはいったい何者だ?」
大国主は、急に警戒を強めた風に猜疑の視線を二人に向けた。
「私はレイナ。この娘は優ちゃん。二人とも美人でしょう?」
「誰が名前を聞いておる。何者だ?どこから来た?」
「だから人間界から来たと言ってるじゃない。ここへ来るのにわざわざエロ魔王、じゃなくて閻魔王さんの所まで行って、やっとの思いでここへ来たのよ」
「凄くエロいことされました」
優も言葉を付け加えた。と、大国主の表情から警戒心が無くなり、むしろ好奇心が広がってきたようだ。
「エロいこと?」
二人が同時に頷く。
「ほうほう。例えばどんなことじゃ?」
「ほとんどパンティみたいなショートパンツを穿かされて、ノーブラなのにピチピチのTシャツを着せられて……」
優が正直に話していると、大国主の頬が紅潮してきた。
「ほうほう。それから!」
「何かさっきから、エロ話になると言葉使いが変わるわね。まるで念信の爺さんみたい」
レイナが冷たい目で大国主を見つめた。
「でも、どうやら本物の大国主さんみたいね。由梨ちゃんが言っていたとおりのスケベだもん」
と、優が言った時、
「何!由梨殿!由梨殿の知り合いか?」
と、大国主が身を乗り出して来た。
「ええ。狩谷もジョージもみんな仲間よ」
レイナがさらりと言ってのける。
「では、お主たちも守護氏の仲間か?」
「まあ、そんな感じ」
「それは話が早い」
大国主は姿勢を元に戻してから、杯を手にして酒を口にした。
「何のお話ですか?」
優が大国主に近寄って酒を注いだ。
「お主たちに頼みがある」
「その前に私たちから質問させて」
そう言ったレイナが、優に空の杯を差し出した。
「ビール待てないんですか?」
優がそう言いながらレイナに酒を注ぐ。
「何の質問だ?」
大国主が少し不安げに尋ねた。
「魔天界を作ったのはあなた?」
その瞬間、大国主の口がポカリと開くや目が大きく見開いた。
「まさか!」
「私たちの調査では、あなたが人間界から悪霊を呼び集めて天界の回廊を魔天界に変えてしまい、火水木金土の各天界から発する天界パワーを封じ込め、偽物の天界パワーを人間界に放射し、私たち守護氏の力を弱体化させてきた。と言うことになっているけど」
レイナはそう問い詰めてから、杯を一気にあおった。
「美味しい。優ちゃんも頂いたら?」
「いったい、誰がそのような出鱈目を言っておるのだ?」
「噂よ。回廊での噂。でも、実際に回廊には悪霊たちがうようよしていたし、私にそっくりな美人守護氏にも会ったわ」
レイナはそう言って優と自分の杯に酒を注いだ。
「ほんと、美味しい。香りも良いし、よく冷えてますね」
「馬鹿な。そもそも、なぜわしがそのような真似をする必要があると言うのだ?」
大国主が杯をあおったが空だった。
「この葦原の国は、最近天界に加わった。大国主さんも最近になって五神の仲間入りをした。しかし、歴史が違いすぎる。五神にいじめられてたんじゃない?」
「五神の神々がいじめなどする訳が無かろう」
大国主が断言した。
「ほんとに?」
優が疑いの眼で見つめる。
「本当だ」
「まあまあ、言い難いこともあるでしょうけど。ささ、グイッと飲んで。全部話しちゃいなさいよ」
レイナがそう言いながら大国主に酒を注ぐ。
「話せと言われてもなあ。本当に何も感じておらんのだ。わしはいじめられていたのか?」
「もうすぐ大神様の交代時期なのですよね?大神様が次の大神を指名するんでしょう?五神の皆様にすれば、ひとりでも競争相手が少ない方が良い。だから大国主様が自ら五神と同じ格から降りるように仕向けていたと言う噂もあります」
「あなた、鈍感なんでしょう。嫌がらせとかされていたのに気づいていないだけじゃないの?」
レイナが少し小馬鹿にするような口調で言った。
「確かに、わしは昔から兄たちに良くいじめられておったからの、
感覚が鈍っておるのかも知れんな」
「お兄さんたちの荷物持ちとかやらされていたのよね?」
「あら、そうなの?でもどうして優ちゃんがそんなこと知ってるのよ?」
「古事記に書いてあるじゃないですか。因幡の白兎くらいは聞いたことあるでしょ?」
優が目を丸くしながらレイナに尋ねた。
「ああ、鮫を騙した兎が蒲鉾にされる話ね?」
「蒲鉾……?」
「まあ良い。五神がわしのことをどう思っているかは知らんが、わしは五神に恨みなど無いし、大神になりたいとも思っておらぬ」
大国主はそう言ってグイと酒を流し込んだ。
「あら、良い飲みっぷり。それで?どうして都を追われてこんな片田舎で美人とお酒を飲んでいる訳?」
レイナが更に酒を足してゆく。
「話せば長くなるが。半年以上前になるかな、突然、悪霊の大軍勢がこの葦原の国に攻め入って来た。だが、大軍とは言え、力は並以下のレベルだった。普段のわしの力を以ってすれば、赤子の手を捻るが如く退治出来たのだが……」
そう言って大国主は小さく吐息を吐いて酒を口に運んだ。
「酔払っていたんですか?」
優が優しく尋ねる。
「わしは酔っている方が判断力も良く、能力を発揮できる」
「じゃあ、女に埋もれていたとか」
レイナが存外真面目顔で尋ねた。
「曲がりなりにもわしは神であるぞ」
大国主は勢いよく杯をあおってから、
「奴らが攻め込んで来る前に、わしの化身である白狼が捕らえられてしまったのだ。わしは白狼と力を合わせてこそ、能力を最大限に発揮出来る。それを知っている奴らの作戦だった」
と、強い語気で言い放った。
「白狼は、神様の化身のくせに簡単に捕まってしまったものね?意外と弱かったりして」
レイナの言葉を飲み込むように聞き終えた大国主は、
「わしにそっくりな悪霊が、兵隊どもに捕まって白狼に助けを求める演技をしおってな。それを信じた白狼が助けに行ったのだが、予め仕掛けてあった罠にはまって捕まってしまったのだ」
と、悲しげに状況を説明をした。
「そっくりの悪霊……」
レイナと優が目を合わせて、不安な表情を浮かべた。
夕陽が静かに傾いてゆくにつれ、周囲は薄い闇に包まれてゆく。そしてその闇の中には、次々と悪霊兵士たちの姿が浮かび上がってきた。
能力の低い悪霊兵士は陽が沈むまで出現出来ない。能力の高い兵士のみが昼間は活動し、夜になると雑兵どもが加わるのだ。
由梨たちが休息している屋敷を取り囲む兵士の数は約二百。猫一匹逃げ出せないほど完全な包囲網が敷かれている。
日暮れと共に屋敷を襲撃し、守護氏を捕縛又は抹殺せよと言うのが、先ほど由梨たちと面会した大国主、実のところ偽物の大国主の命令だった。
由梨たちが休息している屋敷の中には灯りが灯っており、天界パワーの『気』が庭先まで漂っている。彼らは周囲の様子には全く気付いていないようで、完全に油断して仮眠でも取っているのか屋敷内は全く静かだ。
やがて夕陽が山影の向こう側に沈んで、夕焼けの名残も完全に消え去った。動物の鳴き声すらしない深い闇の始まりだ。
鎧兜を身にまとい、戦場用の簡易な椅子に腰掛けて、腕組みをしたままでじっと時を待っていた隊長が、重い兜のためかゆっくりと立上った。そして数十メートル前方に見える屋敷を見つめながら、
「よし、作戦開始だ」
と、小声で側近に指示を与えた。隊長の指示と共に側近の士官たちが機敏に動き始める。先鋒隊が、密かにそして速やかに玄関前に集合した。そして、大国主の侍女の姿に扮した女忍びの者が正面玄関から声を掛ける。
「失礼します。大国主様の遣いの者で御座います。ご伝言が御座いますので中へ入らせて頂きます」
侍女が透き通った声で中に声を掛けてから、軽い足取りで廊下を進んでゆく。その後を、先鋒隊の二十名が息を殺して連なる。
「失礼します」
侍女が先方隊隊長に目配せをしてからさっと襖を開いた。その瞬間、先方隊の二十名が一気に部屋に雪崩れ込む。別働隊の三十名は別の方面から壁を乗り越えて庭を駆け、由梨たちの部屋の縁側にある障子をぶち破って飛び込んだ。
だか、部屋の中はもぬけの殻だった。
「一体どうやって逃げたのだ?奴らがここに来てからずっと見張っていたはず。見張り役の責任者を呼んで来い!」
後から現場に入ってきた隊長が、血相を変えて周囲に叫んだ。
「隊長!西の方へ逃げてゆく一隊があるそうです!」
「一隊?兵士にでも化けて逃げたのか!」
隊長が周囲の士官に問い掛ける。
「しかし誰も居ないのに、この天界パワーの『気』が充満しているのはどう言う訳でしょうか?」
ひとりの士官がそう言って自分の感度を研ぎ澄ませた。そして、足早に隣の部屋に続く襖をバタンと激しく音を立てて開け放った。
「これは!」
襖を開けると共に凄い勢いで『気』が吹き付けて来た。一瞬、身を屈める兵士たち。部屋には使用済みのティッシュが山のように散乱していた。
「奴らめ、ここに精を放って『気』を溜めていたのか!小癪な奴らめ!全隊員で追え!皆殺しだ!」
怒りに震える隊長の指令が出るや、全員が追われるように宿を飛び出して追跡を始めた。飛び交う指令の声と雑兵どもの足音で、付近一帯は騒然とした空気に包まれていたが、その空気の塊ごと西の方向を目指して走り去っていった。
レイナは頭を整理するかのように、ゆっくりと酒を口に運んでから、
「どうやら、私たちを陥れようとした悪霊どもと同じ奴らのようね」
と言って、大国主の杯に酒を注いだ。
「お主らを?」
「ええ。人間界でも、私たちにそっくりな悪霊が現れて悪事を働いていたの。私、今気が付いたんだけど、私たちの偽者を作ったのは、私たちの技を盗むためだけじゃなくて、他の守護氏たちを騙して不意打ちにするためだったのよ」
「不意打ち?」
優はまだ合点がいかないようだ。
「だって、私って守護氏仲間でも美人で有名でしょう。私を知らない男はいないくらいだから。みんな、偽者の私に気を許して油断してしまう訳。そこが奴らの狙いだったのよ」
レイナはそう言って、自信ありげな仕草で肴に箸を付けた。
「あら、この燻製いけるわね。お酒にぴったり」
レイナの反応を見て優も箸を手にした。
「納得しかねる部分もあるが、確かにあり得る戦術だな」
大国主は胸を張り、大仰な態度でレイナの推察を認めてから、
「わしもこのアワビの燻製は好きだ」
と言って頬を緩めた。
「それで?」
「何がだ?」
箸を伸ばしかけた大国主が、レイナの質問に怪訝な表情を浮かべた。
「白狼が捕らえられて力を発揮出来なかった大国主様は、戦いに敗れてこの田舎に逃げて来られた訳ですね?」
優がわかりやすく質問を変えた。
「田舎ではない。湯村と言う地名だ。しかもここの源泉こそが、葦原の国が発する天界パワーの源なのじゃ。どうじゃ、湯に浸かると全身にパワーがみなぎって、色んなところがムズムズしてきたじゃろ?」
大国主は目尻を下げて二人にニヤリと笑い掛けた。
「エロ話は後で良いですから」
優は事務的な口調で彼を制してから燻製を口にした。
「相手は強かったの?」
「いや、戦う前に逃げて来た」
「はあ?」
二人はすべての動作を忘れて、呆気に取られた表情で大国主を見つめている。
「どうかしたか?」
大国主はニコリと微笑んでから肴に箸を伸ばした。
「早く来い!逃げられてしまうぞ!」
先頭を走るひとりの雑兵が、必死で駆けながら後続部隊に大声を掛けている。先頭の雑兵は足に自信があるのか、暗闇の中でも身軽に岩を超え、沢を飛び越え、雑木林の枝を潜っては、後ろを振り返りながら声を掛けている。
そして時には弓を引いて、先を急いで逃げている一隊の影に攻撃を仕掛けている。
「ちくしょう、外れやがった!」
大声で悔しがっては更に走り続ける。後続部隊の者たちは息が続かず次々に脱落してゆく。
「俺たちに構わず追い掛けろ!絶対に逃がすな!」
後続の士官が大声で喚いた。
「わりました!」
先頭の雑兵は、後続部隊を置き去りにして更に速度を上げて追跡を続けた。後続部隊の者たちからは、あっと言う間に彼の姿は見えなくなってしまった。
「何で逃げて来たのよ?戦いもせずに」
レイナの口調が少し怒りを帯びている。
「わしは戦うのは苦手なのだ」
大国主は平然と答えた。
「じゃあ、白狼と力を合わせるんじゃなくて、白狼の力を借りるだけじゃない」
「まあ、そう言う言い方もある」
「他にどう言うのよ?」
そう言って、レイナは小さく溜息を吐いた。
「じゃあ、その白狼さんを助け出したら悪霊たちを退治出来るんですか?」
今度は優が責め口調になっている。
「無論だ」
「どこにいるの?」
「隣村に捕らえられている」
「さっさと助けに行きなさいよ」
レイナがクイッと杯を空けた。
「わしにはもう近衛兵しか残っておらん。近衛兵の中でさえも裏切り者が出始めているようだ」
大国主もさすがにばつが悪いのか、少し背中を丸めた。
「それで、何もしないで毎日酒に溺れている訳?」
「馬鹿者。酒は久しぶりだ。今宵はお主たちを歓待するために酒宴を開いたのだ。何せ、守護氏と言えば悪霊退治のプロであるからのう」
「何で、守護氏が来るってわかったのよ」
「閻魔王から連絡があったのだ。神の仕事をしているとか言う、手に負えぬ者を送るからと。それで何となく察しが付いたのだ」
大国主は再びドヤ顔を浮かべて二人を見つめた。
「でしたら、最初に会った時にあんなに驚かなくても良かったでしょうに」
優が呆れ顔を浮かべている。
「出会いは感動的な方が良いに決まっておる」
「感動的ねえ。臭い芝居だったわよ」
レイナが冷たく切り捨てた。しかし、大国主は全く気にせずに、あからさまな作り笑顔を浮かべて、
「何しろ、守護氏と言えば悪霊退治のプロであるからのう」
と、意味ありげに同じ言葉を繰り返して、
「ささ、今宵は思い存分飲んで、食べてくれ。地獄ではさぞ欲求不満が溜まったであろう?今夜は何をしても良いぞ。何ならわしも手伝おうか?」
と、二人に酒を注いだ。
「ビールまだ?」
レイナの冷たい声が響く。
「オオ、そうであった。わしが今すぐ取って来てやろう。しばし待たれよ」
大国主は意外と身軽な動きを見せて、二人を残したままで部屋を出て行ってしまった。
「もう、良いですよ」
真樹が天井に向かって声を掛けた。すると、天井板がコトリと音を立てるや、ゆっくりとスライドして開いていった。
「下りて良いのか?」
顔を覗かせた狩谷が、囁き声で確認する。
「はい、大丈夫です。全員出て行きました」
雑兵姿の真樹の言葉を聞いて、狩谷は天井から飛び下りた。次に由梨が顔を覗かせる。
「大丈夫だ」
「見上げないでよ!」
チャイナドレス姿の由梨が狩谷を睨んで言った。
「真樹にも言えよ」
「真樹君なら良いの」
由梨はそう言ってひらりと飛び下りる。千鶴も後に続いた。
「くさ~い!」
畳の上に立つなり、由梨が表情を歪めて叫んだ。千鶴も鼻を摘んでいる。
「仕方ないだろう。俺たちが天井に潜んでいることを誤魔化すためには、こんな小細工をして逃げたと思わせることが肝心だ」
狩谷が弁解気味に説明した。
「実際、強い『気』を放つ物でもありますし」
真樹もフォローする。
「真樹君もしたの?」
由梨が妖しげな瞳で彼を見つめながら、更に、
「私をオカズにしてくれた?」
と、詰め寄ったが、真樹は黙ったままで俯いている。その様子を見た狩谷が何かを言おうとした時、
「オヤジは何も言わなくて良いの。オカズにするなら勝手にして」
と、由梨が冷たく制した。
「バカ言え、お前みたいな弾け女に色気は感じない」
狩谷もムッとして応酬する。
「うそ、私のチャイナドレスに興奮してたでしょう。チラチラとパンチラチェックしてたじゃない」
「それは男の反射神経だ。お前には興味が無い。それに第一、俺はセーラー服派だ」
「え?」
狩谷の言葉に、千鶴が頬を真赤にして思わず俯いた。その恥ずかしがりようが尋常ではないので、
「え?まさか……」
と、由梨と真樹が千鶴を見つめた。
「しかし、上手くいったな」
場の空気を全く読めない狩谷がドヤ顔で話を変えた。
「何を偉そうに言ってるのよ。この作戦を考えたのは私よ。人間界に戻ったら可愛いバッグ買ってよね」
由梨が千鶴を気にしながらも狩谷に言葉を返した。
「そんな約束してないぞ」
そう言った狩谷が何気に千鶴を見た時、
「本当に感心しました。由梨さんが、裏庭で見張っていたふたりの兵士をパンチラで誘惑して、部屋に引き込んだ時には驚きましたよ」
と、真樹が慌てて話題を続けた。まだ赤面が治っていない千鶴の顔を見たら、狩谷が何を言い出すかわからないからだ。
「男なんて、私の魅力に掛かったらチョロイものよ」
由梨が両手を腰に当てて胸を張った。
「倒した兵士の装備を着けて、真樹さんとジョージさんが敵に紛れ込んでくれたんですね」
ようやく平常の顔色に戻った千鶴が会話に加わった。
「私たちが天井裏に上がった後、ここでオナニーしまくってからね」
由梨がそう言って再び真樹を色っぽく見つめる。
「しかし、どうして襲われるとわかったんだ?」
狩谷がやや悔しそうな表情を浮かべて由梨に質問した。
「だって、あの大国主さんは偽物だもの」
「だから何でわかった?」
「私のチャイナドレス姿に興味を示さなかったから」
「は?」
真樹も目を見開いて驚いている。
「あのスケベな大国主さんが、私のこのファッションに興味を示さないなんて不自然だもの。普通なら、胸元や太腿をガン見しながら、オオ、オオ、何ともセクシーな装いじゃ!とか言って目尻を下げるわよ」
由梨がドヤ顔で狩谷を見上げた。
「俺もそう感じていた」
狩谷が彼女の視線を外しながら強がった。
「見苦しいですよ」
真樹が溜息を吐く。
「由梨ちゃん凄いですね。でも、ジョージさんは大丈夫かしら?」
突然、千鶴がジョージの心配を始めた。
「大丈夫だ。頭の回転は遅いが足は速い」
狩谷のジョークには誰も反応しない。
「でも、私たちのためにオトリになってくれたんでしょう?捕まったら大変じゃないですか」
尚も千鶴は不安を拭えない。
「大丈夫よ。絶対捕まらないから。私の作戦なのよ、失敗する訳がないでしょう。バッグ、忘れないでよね!」
由梨は狩谷に念押しをした。
「だから約束してないって」
開け放たれた縁側の扉から、闇を潜り抜けた風が吹き込んで来た。悪霊の『気』をふんだんに含んだ風の香に、狩谷と真樹はキラリと瞳を輝かせ、由梨と千鶴は、ティッシュから新たに漂ってきた臭いに鼻を摘んだ。
神々の思惑 三
湯の村の夜空は数多の星が輝く透き通った夜空だ。それはこの村が天界エネルギーで満たされているためだ。時折山林の中から夜行動物の発する生活の物音が届いてくる。
それ以外に耳にするものは、遠くで流れている川のせせらぎが奏でるさわさわとした心地よい音色くらいだった。
レイナは、その善エネルギーの中心とも言える源泉の湯に浸かっている。大国主との宴も終わり、優は先に部屋で眠ってしまった。レイナはひとりで湯殿にいる。
大国主が言ったとおり、全身にパワーがみなぎっては来るが、悪霊を胸に吸込む必要が無いために、大国主が邪推するような欲情は湧いて来ない。
湯は、ほど良い温かさを保っている上にさらさらとした肌触りが心地よい。レイナは胸の上まで湯に使った状態で、半ば眠るように瞳を閉じていた。
「気持ち良い。こんな温泉が天界にあるなんて知らなかった」
レイナは、今日までの様々な出来事と、これから起きるであろう戦いの状況を頭で描きながらも、心はそんな喧騒から飛び出して、長閑な平和を満喫しながら眠りこけている猫にでもなった積りで心を湯に浮かべている。
と、突然、誰かに鼻と口をタオルで押さえつけられたかと思おうと、両脇を後ろからつかまれて、あっと言う間に湯から引き上げられてしまった。
「誰!」
レイナは叫んでみたものの、タオルで塞がれているために声にならない。軽装備をした兵隊らしき男が四人いる。レイナは岩肌の床に座ったまま、タオルで猿轡をされ、身体の前に揃えた両手首を縄で括られてしまった。
「噂どおりデカイ胸をしてやがる」
「たまんねえな」
兵士たちが口々に欲情の言葉を零している。ようやく冷静を取り戻したレイナは状況を把握した。彼らから悪霊の気は感じない。格好からして大国主の近衛兵だろう。でも、なぜ彼らが自分を襲うのか理由がわからない。もしかして大国主の命令なのか。
「少しくらい遊んでも良いだろう」
兵士たちが目配せをしてからほくそ笑み合った。
「傷をつけるんじゃないぞ。大国主様への献上品だ」
(大国主さま?)
レイナは思わず心で叫んだ。
「それから、こいつのあそこには触れるなよ、電撃でショック死するぞ」
「そうだったな。それにイカせてもだめだ。稲光が起きて感電死するらしい」
「やっかいな女だ」
「でも、良い身体してやがる。顔も可愛いしな」
レイナは、彼らが自分のことを詳しく知っていることから、彼らの言う大国主様は偽者の大国主であることを悟った。本物の大国主はそんなことは知らないはずだし、第一、協力すると言っている自分を拘束する必要など無い。
「おい、石鹸を持って来い」
一番最初にレイナの背後に座り込み、さっきから両手で彼女の胸を揉んでいる兵士が命じた。
「俺たちにも触らせてくださいよ」
彼女の両側に座り込んだ兵士が不満を言っている。
「仕方ないな。ほら」
背後の兵士が胸揉みを止めてから、レイナの括られた手首を頭の上に持ち上げると共に背中を押して胸を前に突き出した。すると兵士たちがいきなり胸にむしゃぶり付く。思わず眉をひそめるレイナ。荒々しいばかりで快感など全くない。せっかく綺麗に洗った身体を汚らわしい男どものよだれで汚されるのが嫌だった。
「おい、もう良いだろう。ひっくり返すぞ」
背後の兵士がそう言うと、レイナは両肘と両膝を床に着かされてヒップを高く持ち上げられた。レイナには男たちの意図がわかっている。
「石鹸を塗れ。ケツの穴にだ」
レイナはヒップを持ち上げられた上にヒップの肉を左右に大きく開かれ、アナルが大きく口を開いている恥ずかしい姿勢にされてしまった。
「もう、やめて!」
レイナの叫びはタオルに吸込まれてしまう。すると、ボディソープの冷たい注口がアナルに刺さり、冷たいソープ液がヌルヌルとアナルに流れ込んで来た。
「イヤン」
ソープ液はダラダラと外にも溢れ出てゆく。
「俺の巨根を今からぶち込んでやるからな」
そう言った男が巨根を取り出してレイナに見せつけた。自分で巨根と言うだけあって、実際にデカイ。
(こんな太いものを入れられたら、当分切痔になっちゃうわよ)
そう感じたレイナは首を振って必死で拒んだ。しかし、そんな様子に余計欲情するのか、男のモノが更に硬度を増したようだ。
巨根男が後ろに回って、その先をゆっくりとアナルにあてがった。
「ほんと、ヤメテってば!」
レイナは必死で腰をくねらせて挿入を避けようとする。
「しっかり押さえておけ!」
巨根男がイラつきながら怒鳴りつける。
「ダ、ダメ!」
男たちに腰の動きを止められたレイナは、アナルの入口に違和感を感じた。と、その時、ザバッー!と大きな音が弾けて、湯の中からリュックを背負った若い男が素っ裸で飛び出して来た。
全員が驚いて若者の姿を見つめる。若者も目の前の光景に驚嘆しているらしく、事態を飲み込めずに呆然と突っ立っている。
「な、何だ、お前は!そんな恰好で!」
ようやく兵士が怒鳴りつける。
「お前たちこそ何だ!何をしている!」
「見てわからんのか!」
そう叫んだ兵士がいきなり刀を抜いたが、若者は軽く飛び跳ねて横に避けてから、リュックのサイドポケットに収納されたピストルを取り出して素早く連射した。
「ギャアアア!」
弾を受けた兵士たちは一瞬で消滅してしまった。何ともあっけない。
「大丈夫ですか?」
若者はレイナの縄とタオルを解いて彼女を解放した。
「ありがとう。でも、早速大きくなってるわよ」
レイナはそう言って、全裸若者の股間を指差した。
「てか、何で裸なの?」
タオルで身体を隠しながら慌てて湯に飛び込んだ若者に向かってレイナは笑顔を送った。
「僕はナオトと言います」
「私はレイナ」
「え?あなたがレイナ姫?」
ナオトは目を丸くしてレイナを改めて見つめ直した。
「姫?私の知る限り。そんな呼び方をする禿はひとりしかいないけど」
若者にまじまじと見つめられたレイナは、やや照れたように膝を折りたたんで座っている。
「僕は、鞍馬温泉でぼんやりと湯に浸かっていたんです。そうしたらいつの間にか眠ってうっかり湯に沈んでしまったんです。するとそのまま排水口みたいな所に吸込まれて、しばらく真暗な管の中を流されたと思ったら、ここへ飛び出て来たんです」
「テルマエ・ロマエ?」
レイナは、小声で呟いてから、
「そんなリュックを背負って温泉に浸かっていたの?」
と、疑問を口にした。
「いえ、これは管の中を流れている時に丸坊主の坊さんが現れて、これをレイナ姫に渡してくれ、そうしたらお主のささやかな欲望を叶えてやると言われたんです」
そう言って若者は、湯に入ったままで腕を伸ばしてリュックをレイナに手渡した。
「やっぱり、念信のエロ爺ね」
レイナはそう呟きながらリュックの中身を確認した。中には、悪霊退治用の拳銃や自動小銃などの武器、戦闘服などが入っていた。
「何でこんな物まで入れてるのよ?」
レイナは、リュックに入っていたバイブを取り出して目の前で確めてみた。
「そんなの使うんですか?」
ナオトが好奇心に満ちた表情を浮かべている。
「ナイショ」
彼女の意味深な言葉と怪しい視線にナオトの表情が紅潮し始める。「あら、また興奮しちゃった?お湯の中で漏らしちゃダメよ!」
レイナが益々艶な視線で若者を妖しく包み込んだ。
ジョージは走って来た道から少し山林に踏み込んだ辺りで大木に登り、太い幹を選んでそこに身を隠した。旺盛に茂った木々の枝葉が夜空の星光までも遮ってしまう暗闇の山道を、普通の者なら歩くのが精一杯のところを、ジョージは霊力を研ぎ澄ませながら俊足を使って駆けて来た。
あたかも、逃亡者たちを追跡しているような振りをしながら、実は何も追わずに、ただ山頂を目指して走って来ただけだった。
「そろそろ追いついてくる頃かな」
ジョージは腰の水筒を取り外して水分を補給した。間もなく、大勢の足音と疲れ切った息遣いが闇に響き始め、
「奴らはどこまで逃げたんだ?」
「もう、追っても無駄ではないか」
と言った迷いの会話がジョージにまで届いて来た。
「何か、俺だけ損な役割だな」
ジョージは、由梨の必死の瞳に乗せられてこの役を引き受けたものの、今、冷静に考えてみると、むしろ真樹の方が適任であるし、どう考えても由梨のあの白々しい演技に自分は騙されたのだとわかってくると、腹の底から怒りが込み上げて来た。
「ジョージさん、お願い!あなただけが頼りなの!」
瞳をキラキラさせて、胸の前で両腕を組んだまま一心に自分を見つめて懇願する由梨を、一瞬でも可愛いと思ってしまった自分が余りにも情けない。
「もう、これ以上追っても無駄だ。引き返そう」
そんな声があちこちから聞こえて来て、やがて追跡隊は山を下って行った。
集中豪雨にさらされた由梨たち四人は、ぬかるむ道に足を取られながらも必死で道なき道を進んでゆく。時折、稲妻の閃光で昼間のように明るく照らされる。しかし、次の瞬間には地響きがするほどの落雷音に全員が肝を冷やす。
「雷、近くに落ちないの?」
由梨が先頭の狩谷に向かって叫んだ。
「もう、何度も落ちている!」
「大きな木の下でじっとしていましょうよ!」
千鶴が稲妻が光る度に耳を押さえて、身を屈めながら訴えた。
「大木の下が一番危ないんです!」
真樹が最後尾から叫んでいる。
「じゃあ、どこが安全なのよ!こんなことになるから、偽大国主の居る本殿にさっさと攻め込めば良かったのよ!」
由梨が、狩谷に向かって不安とストレスをぶつけた。
宿の急襲から難を逃れた四人は、一旦、建物から出て近くの雑木林に身を隠していた。狭い川の流れる辺の岩場だった。そこで今後の方針について話し合っていた。
「さっさと本殿に向かって、偽者の大国主を捕まえましょうよ」
光線銃を手にして、戦闘モードになっている由梨が強い語気で主張していた。
「本殿周囲には、俺たちを囲んでいた数以上の兵隊が守っている。そんな簡単には攻め入れない」
「忍者みたいに忍び込むとか」
千鶴が控えめに提案した。
「由梨のケツが重すぎる」
狩谷が優しく答えた。
「オバサンのお尻の方が重いわよ」
「とにかく、一旦、山奥へ退避しましょう。そのうちジョージさんに導かれて追って行った兵たちも戻ってきますから街道を歩くのは危険です。山道を探りましょう」
真樹が狩谷に提案した。
「どこまで逃げれば良いのよ?道が続くとも限らないし、猛獣とか出て来たらどうするの?私、コワーイ」
由梨が、弱々しい声を出して真樹にすがるような瞳を投げ掛けた。
「お前なら、銃で撃ち殺して食料にするだろう」
狩谷は、真面目顔で言っている。
「それ、ジョークなの?」
「私のマシンガンでも猛獣を倒せますか?」
千鶴が狩谷に不安げな視線を送った。
「千鶴さんはそんな野蛮なことをする必要はない。俺たちが戦う」
狩谷がクールに言ってのけた。
「何よ、それ?」
由梨が狩谷の臭いセリフに溜息を吐いた時、突然、稲光が走って生暖かい強風が吹き寄せて来た。
「ひと雨来そうだな」
と言った狩谷の暢気さを嘲笑うかのように、あっという間に空気が湿ってバケツを返したような大粒の雨が滝のように降り始めた。
「とにかく出発しましょう!川の側は危険です!」
真樹の言葉で全員が出発した。人ひとりが通れるほどの狭い獣道を、木々の枝を振り払いながら進んで行った。夕立ぽい豪雨にも関わらず、一向に止む気配も無く稲光と雷音との間隔がどんどん短くなって来た。
フラッシュを発光された時のような明るさに照らされた瞬間には、必ず落雷音がして、轟音と冷たい恐怖心が腹底から全身に響き渡る。時折、近くの木の幹に落雷して白い煙が雨中に漂った。
「もう、イヤ!こんなの耐えられない!穴でも掘ってよ!」
由梨が堪らず大声で叫んだ。
「もう少しだ、頑張れ!この先の岩場に洞窟のような穴が見える」
先頭をゆく狩谷が後ろを振り返ってみんなを励ました。益々雨の勢いが増してきて、足元を濁流が流れ始めた。全員の衣服もびしょ濡れだ。
更にしばらくの間、全員が無言のまま進み続けると、雑木林の茂みがぱっと開けて、ゴツゴツとした小石の転がる岩盤地帯が目の前に現れた。その先に洞窟が見える。洞窟までざっと百メートル。その岩盤の平地には見渡す限り一本の木も生えていない。
「木が無いと、落雷を受ける危険性が高まります」
「ええ?さっきは木の下が危ないって言ったじゃないですか。いったいどっちがほんとなんですか?」
由梨が愛らしい声で真樹に訴えている。
「何もない所が一番危険です。ここから洞窟まで、人生最速のスピードで走ってください」
真樹が二人の女性に言った。
「そんなの無理です。私、チャイナドレスなのよ。足が開かないわ。真樹さん、オンブして~」
由梨が甘え声で真樹の腕に身を寄せた。
「じゃあ、千鶴さんは俺が……」
狩谷がさっと地面に片膝を着いた。
「いえ、私は大丈夫です」
「そんな訳にはいかない、あなたにもしものことがあったら……」
「狩谷さんこそ、大切なお身体なんですから……」
「女性を守るのは男の仕事です」
「○×○×……」
「○×○○××……」
「勝手にやってなさい!」
由梨が冷たい口調で言い放ってから真樹の背に飛び乗った。
「次の稲光が光ったらダッシュしますよ!」
「ハーイ」
由梨が真樹にしっかりとしがみついた瞬間、ひと際明るい稲光と轟音を発する落雷音が響いて、真樹が猛ダッシュを始めた。走っていると言うよりは、半ば宙を飛んでいるような速さだ。
「キャア、速い速い!イケイケ!ダッシュだ!」
由梨は背中で大はしゃぎしている。狩谷も千鶴を背負って後ろから追いついて来た。
「負けるな、真樹!」
由梨が大声で叫んだ瞬間、ビカッ!と、目も開けていられない閃光が広がり、耳をつんざく落雷音が響いた。由梨は目を閉じて真樹にしがみつく。より長い間、宙を飛んでいるような感覚を覚えた由梨は、恐る恐る目を開いてみた。
「キャア!空飛んでる!」
ナオトは浴衣に身を包んで、並べて敷かれた布団の上に横たわっている。彼はレイナの部屋に招かれているのだが、二つある部屋の縁側に近い部屋には、優と言う女子が眠っているとレイナに聞かされた。
レイナは入口側の部屋に二組の布団を敷き、ナオトはそこに横になるよう指示された。しかも、目隠しをされて。
テレホンエッチをしてみたいと言う彼のささやかな望みを叶えるべく、レイナは電話の無いこの世界でその実現方法を考えてみた。
「じゃあ、始めるからね」
レイナが電灯を消してナオトの横に横たわった。ナオトは、今ひとつレイナの考えを飲み込めていない。
「ここには電話は無いからね。電話をしている積りになるのよ。私も目隠しをしているからあなたの様子は見えない。あなたも絶対に私の様子を見てはダメ。後は、普通にお喋りをすれば良いの。もしエッチな気分になってきたら、こっそりしても良いのよ。わかった?」
「はい。わかりました」
ナオトはレイナと布団を並べているだけで、先ほど風呂場で見てしまった彼女の肢体が脳裏に浮かんできて、鼓動が音を立てて激しく鼓動している。
「ナオト君、彼女のことで悩みがあるんでしょう?念信の手紙にそう書いてあったの」
「ええ」
「彼女の名前は?」
「彩乃です。ひとつ年下で大学二回生です」
「付き合ってどれくらい?」
「一年ちょっとかな」
「そう。じゃあ、もうとっくにやってるのね。彼女、胸は大きいの?」
「レイナさんほどじゃないですけど、ちょうど僕の手の平に納まるくらいです」
「良いなあ。それくらいが一番バランスが良いのよ。肩も凝らないし」
ナオトはレイナの明るい口調にクスッと笑い声を漏らした。
「それで、何を悩んでいるの?最近二人の仲が上手くいっていないとか?」
「いえ。今までどおりの関係で仲良くやっています」
「じゃあ、何が悩み?彼女が浮気をしたとか?」
レイナの言葉にナオトは一瞬口を閉ざした。
「図星?わかりやすいわね」
「先週、彩乃が友人のA子と広島へ遊びにいきました。広島はA子の地元で、彼女の実家は水商売の店舗をいくつか経営しています」
「じゃあ、A子はお嬢様タイプってとこ?」
「はい。しかもひとり娘で我がままです」
「定番ね」
「彩乃は、戻って来てから旅の話を楽しそうにしてくれました。二泊したんですが、二日目の夜はA子の地元の女友だちと居酒屋やバーを回って遊んだ後、A子とふたりでホストクラブへ行ったそうです」
「学生のくせに贅沢ね」
「ああ、A子の実家の店です。しかも閉店後に。三人のホストが残っていて、五人で飲んでいたそうです」
「イケメンだったの?」
「かなり。ホストにはまるオバサンたちの気持ちがわかると言っていました。A子にはホストのリーダーが付いて、彩乃いわく、ふたりはできている感じだった」
「ホストの中から選り取り見取りだなんて……。羨ましい」
本当に羨ましがっているレイナの声色が愛らしい。
「彩乃に付いたふたりのホストは、彼女の服装やらアクセサリーやら、顔立ちや髪型など、色んなものをいちいち褒めて大げさに感動してくれたって……。しかも話をいっぱい聞いてくれて、とても楽しかったって言っていました」
「私も行ってみたいな」
「ホストたちは、自分たちが本気になったら君たちみたいな学生なんてすぐに抱いてみせるって自信満々で言っていた。子どもはお金がないから相手にしないって、大人目線で言われた。そんな話をしていました」
「女子大生にすれば、ホストクラブなんて全く無縁な大人の世界だからね。刺激になったでしょうね。ホストが大人に見えるのも無理はないわ」
「彩乃から聞いた話はその程度でした。僕も大した興味も無くそのまま忘れていたんです」
「A子に何か言われたのね?」
ナオトはレイナの鋭さに驚いて、一瞬言葉を失った。
「何て言われたの?」
「”彩乃からホストクラブの話聞いた?”て。僕はさっき言った内容を話しました。”フウーン。それだけなんだ。私が友だちのホストと控室に移動したことは話さなかった?””知らない””そうなの。彩乃にホストの楽しさをもっと体験してもらおうと思ってね。私はいつも遊びに行ってるから飽きちゃったし、控室で友だちとテレビを見ていたの””へえ。そうなんだ”僕は、A子が何を言いたいのか良くわからなくてポカンとしていました。そしたら別れ際に”彩乃は可愛い声出すわね”そう言って去って行きました」
「嫌な女ね」
「それからは、いったい何が起きたのか色々想像してしまって、彩乃に確認して良いものかどうか悩んでいるんです」
「可愛い悩みね。でも正解はただひとつ。彼女には決して何も聞かないこと」
ナオトはあまりに自信有り気なレイナの言葉をにわかには受け入れられない。
「もしも、彩乃ちゃんがそのホストと続いているような様子が見えたら、その時はきっちりと聞き質しなさい。でも、そうでなければ黙ってなさい」
「本当にそれで良いんですか?」
「だって一度きりの単なる遊びよ。あなただって風俗ぐらい行ったことあるでしょう?」
「……」
素直なナオトの反応にレイナがクスリと笑ってから、
「じゃあ今から私が彼女の記憶に入って事実を確めてあげるわね。その代わり、この件についてはあなたの胸の中に留めるのよ。あなたのオカズにするのは構わないけど、絶対に彼女に話してはダメ。わかったわね」
と、諭すような口調で言った。
「わかりました。約束します。でも本当にそんなことが出来るんですか?」
「だって、あなたはもう普通ではあり得ない世界にいるのよ。私は普通の人間じゃないの」
確かにレイナが特殊な能力を持った人であることをナオトは実感している。そんな逡巡をしていると、レイナの柔らかい手が額に乗ってきて、
「彩乃ちゃんのことを思い浮かべてちょうだい。自宅や学校とか、彼女の生活圏での普段の姿を思い浮かべるの」
と優しい声が目隠しをしたままの彼に届いて来た。ナオトは言われたように、彼女の部屋に遊びに行った時の記憶を呼び起こしてみた。彼女は親と同居しているが、ナオトは何度か遊びに行って母親とも面識はある。
しばらくするとレイナの手が額から離れて、レイナが大きく深呼吸する様子が伝わってきた。
「可愛い子ね。確かに声も可愛かった」
そう言ってレイナは含み笑いを零した。
「事実はわかったんですか?」
「あなたの期待どおりよ」
「え?」
「本当は、彩乃ちゃんが他の男にやられちゃうところを想像して、何度もオナニーしてたんでしょう。あなたの記憶も見えちゃった」
ナオトはレイナの言葉にドキリとした。彼女の言うとおりだからだ。そしてレイナに自分の自慰行為まで悟られてしまったことで、恥ずかしさよりも下半身にゾクリとした衝動が走って、むしろ卑猥な感情に支配されてしまった。
「本当にやられちゃったんですか?」
「ええ。もっとも、わざわざ記憶を辿らなくてもわかる話だけどね」
「どんな風にやられたんですか?」
ナオトは自分の声が興奮を帯びていることに気づいた。
「彩乃ちゃんはタンクトップにミニスカートを穿いていたわよ。向かいに座っていたA子の友人ホストには、パンティ見られていたわよ」
「ホストのリーダーにですか?」
「そう。時々エッチな視線でパンティを眺めていたわ」
自分の彼女が他の男にパンティを凝視されていたことに、ナオトはなぜか下半身が反応してしまって、益々硬度を増していった。
「五人で楽しく盛り上がっていたけど、小一時間でA子とリーダーが控室に移って行った。席を離れる時に二人のホストに目配せしていたわ。意味深な視線でね」
「どんな店でした?」
「そりゃあホストクラブだから豪華な内装よ。ガラステーブルの前にゆったりした四人掛けのソファーがあって、その真中に彩乃ちゃんが座っていて、両脇にホストが足を組んで座っていた。閉店しているから照明は落としてあって、彼女たちのテーブルだけ控えめな灯りが灯っていたわ」
「彩乃は酔っていましたか?」
「ええ。随分ご機嫌だったわ」
ナオトは益々官能的な気分になってきた。彼女が酔った時に、自分からセックスを求めてきたことがあって、その時の大胆な行為を思い出してしまったからだ。
「ホストたちは彩乃ちゃんのことを色々褒めていたわ。両方の耳元で二人のホストがコソコソ話していて、時々、”やだあ”とか言って照れたりしていた。そのうちホストが”彩乃ちゃんの胸、大きいね”て胸の話を始めて、”きれいな形している”とか”柔らかそう”とか言っているうちに、片方の耳元で”少しだけ触らせて”て言ったら”ダメよー”て拒否ってたけど、ホストたちがしつこくおねだりしていた」
「そんな風にしつこく言われても、女の人って腹が立たないの?」
「勿論、相手によるけど。イケメンで遊びだと割り切れる状況だったら……」
「レイナさんなら触らせますか?」
「ウン」
ナオトは、レイナの声が濡れてきていることに気がついた。
「彩乃はどうでした?」
「ホストたちの言い方が、明るくてやらしさが無かったしね。”ちょっとだけよ”と言って右側のホストの瞳を可愛く見つめてたわ」
「それで?」
ナオトは布団の中で浴衣の裾を開いた。
「右側のホストが優しく胸を揉み始めて、”柔らかい!気持ち良いなあ”とか言いながらいつまでも揉み続けるの。彩乃ちゃんは”もう良いでしょう?”て言うんだけどホストは止めない。そのうち、彩乃ちゃんがふっと熱い息を漏らして”もうヤメテ”て言った瞬間、ホストが彩乃ちゃんの唇を塞いじゃった。そのままキスを続けて舌を絡まして、胸を揉みながら指先を乳首に当てて集中的に刺激を続けていた」
レイナはそこまで話すと、
「ン」
と、小さく鼻から息を漏らしてゆっくりと息を吸った。
「彩乃は逃げようとしなかったのですか?」
「最初は押し退けようとしていたけど、諦めたみたい。でも、左側のホストがミニスカートの裾をつかんだ瞬間には、さっと手を伸ばして裾をしっかり押さえていたわ。ディープキスをされて胸を揉まれながらね」
「やっぱり下は別なんですか?」
「まあね。それで左側のホストは彩乃ちゃんの太腿を指で摩り始めたの。彼女はしっかりと内腿を合わせて侵入を防いでいた。そのうち左側のホストが床にしゃがみ込んでから”可愛いパンティ穿いてるね、もう少しだけ見せてよ”て言ったの。そしたらキスをしているホストが、彼女がスカートを押さえている手を優しく握ってから持ち上げたの。そして更にキスを続けた」
ナオトは、レイナの言葉からその状況を想像している。自分の彼女がキスをされて胸を揉まれながら、スカートの中を覗かれている様子に今にも射精しそうになってしまった。
レイナの声も益々濡れてきて、艶美な声色が彼の官能を更に高めてゆく。
「床にいるホストがね、ゆっくりとスカートの裾を捲りあげていくの。少しずつパンティが現れてくる」
「パンティは何色?」
ナオトの声は興奮で震えている。その声にレイナも敏感に反応していった。
「水色よ。ふっくらした部分が丸見えになって、床のホストが彩乃ちゃんの両膝に顔を突っ込んだかと思うと、一気に両膝を肩に乗せて少し持ち上げたの。そうしたら二人のホストが慣れた動きで、そのまま彼女の身体をソファに寝かせちゃった」
ナオトはもう堪らなくて、布団の中でパンツを脱ぎ、指でペニスを触り始めた。もう我慢汁が零れている。
「上側のホストは、彼女のタンクトップを捲り上げてブラも外しちゃったの。下側のホストは、彼女の両膝を肩に抱えたまま舌で内腿を舐めている。上側のホストも再び胸を揉みながら、乳首に舌を這わせ始めたわ」
「彩乃はまだ声を出してないんですか?」
「”イヤン、ダメダメ、そんなことイヤ……”って可愛い声で言っていたけど、乳首を執拗に舐められて、とうとう”アアン!”って喘ぎ声を漏らしちゃったの。そしたらホストたちに火が付いて、ますます舌の動きが激しくなっていく。必死で声を堪えているけど、もう彼女の身体はヒクヒク感じ始めているの」
レイナの声はとてもリアリティがある。もしかしたら、今実際に触っているのかも知れない。ナオトはそう感づいた瞬間、何とか抑えていた官能の反射を制御し切れずに、
「ウッ!」
と唸って手の中に射精してしまった。しかし、まだまだ興奮は止まない。彩乃がどこまでされたのかも気になった。ティッシュを取る音が部屋に響いて、レイナに聞かれているような気がした。
「下のホストがパンティの上から彼女の感じる部分を舐め始めたわ。それだけで彼女は身体を反らせて感じているの。ホストはパンティの横から舌を差し込んで、一番敏感なところを舐め回した。あそこを舐められたら、ほとんどの女の子は声を出しちゃう……」
そう言って、レイナが熱い声を漏らした。
「レイナさんならどんな声出しちゃいますか?」
「アウッ!アン、アアッ!アアッ!て感じ……」
レイナの声と共に、布団の擦れる音がナオトにもはっきりと聞こえてきた。
(してる!レイナさんが実際にオナニーしてる!動画でしか見たことがない女性のオナニーを隣でしている!)
ナオトは、浴場で見たレイナの巨乳の肢体がオナニーしている様子を実際に見てみたかったが、布団の中で行われているはずだし、約束でもあるから、じっと神経を集中してレイナの動きを想像しながら話を聞いた。
「ホストたちは彼女を舐めながら自分たちの下半身を裸にして、ギンギンに反り立ったモノを露にしたの。そして下のホストが彼女のパンティを引き抜くと、そのまま彼女を四つん這いにさせた。後ろのホストが一気にペニスを差し込んだわ。”アアアッ!”て思わず大声で叫んだ彩乃のちゃんの口に、上のホストがペニスを突っ込んで、両方から同時に彼女を責め始めた」
「声も出せない?」
「そうなの。口を塞がれちゃうと声にもならないし、苦しいのよ」
そう言ったレイナは、
「ウググ……、ウグウグ……」
と、こもった音とともに、ピチャピチャと言う何かを舐めるような隠微な音を響かせた。どうやらレイナは指を咥えているようだ。恐らく数本の指を口に押し込んでいるのだろう。鼻から苦しそうな息を吐いている。
「こんな感じかな」
レイナが熱い語気で呟いた。口で奉仕する音まで出してくれたレイナの布団から、なぜか低いモーター音が聞こえてきた。
ナオトは、さっき袋から取り出したバイブをレイナが使い始めたことを悟ると、射精後の休憩時間など必要なくなり、ペニスに再び血流が流れ込み始めた。
「ホストたちも若いから、上のホストがすぐにイッチャって、彼女の口を自由にしたの。そしたら後ろのホストが腰の動きを更に激しくして……」
そこまで話すと、
「ウウ……」
と、レイナが苦しそうな声を漏らした。そして、
「ホストは更に激しく腰を振って、彩乃ちゃんに声を出させようとしたわ」
「我慢出来ないでしょうね、彩乃は……」
ナオトは両方の意味で言ってみた。
「当然よ。”アッ、アッ、アッ、アッ”て、腰の動きに合わせて、とっても可愛い声を出していたわ」
レイナの布団から漏れていたモーター音が更に小さくなって、レイナの足が布団の中で激しく動き始めたことから、バイブは挿入されたことをナオトは想像した。
「彩乃ちゃんもだんだん絶頂に向かい始めて、”もう、もう、もう、イクイク、ダメダメ、変になっちゃう!”て叫んだ後に……、ソファに座ったまま、射精後の余韻を楽しんでいたホストのペニスを……。アアッ!手で何度か擦った後、口に咥え込んだの……ウウ。彩乃ちゃんはヒップを高く突き出して、ホストの腰の動きに合わせて……。ヒップを振りながら口の中でもペニスを夢中でしゃぶっていたわ」
レイナは何度も息を詰まらせて、思わず喘ぎ声を漏らしながらも何とか状況を彼に伝えている。
「彩乃ちゃんは突然口からペニスを放すと、グイと背中を反り上げてから”イ、イ、イクーッ!”て大声を放って身体をビクビク震わせた後、グタリとうつ伏せに倒れちゃったわ」
彩乃が絶頂に達する時のいつもの様子を、彼はレイナの言葉で思い起こしていた。想像の中の彩乃はもう果ててしまったが、現実のレイナは未だのようだ。
荒い息づかいと、布団の中でもどかしそうに下半身をくねらせているために起きる布団の擦れる音が、ナオトの新たな想像力を掻き立てた。
「レ、レイナさん、いつもバイブを使っているんですか?」
「い、いつもじゃない……」
「女の人って、そんなに激しいオナニーするんですか?」
「いつもじゃないけど。時々、盛り上がっちゃうと……。しちゃうの……」
レイナのやや恥ずかしそうな声に余計に欲情してしまう。
「彩乃もしてるのかな?」
「当たり前でしょ。家族のいない夜とかは、ベッドの上で四つん這いになって、アンアン声を出しながらギシギシとベッドを鳴らしているわよ」
女性にそう言われると、彩乃も同じようにしている様子がリアルな光景としてナオトの頭に浮かび、下半身がピクリと震えた。
「レ、レイナさんも、そろそろイッて良いですよ。もうイキたいんでしょう?」
ナオトはもう喉がカラカラに乾いている。
「ええ。とっても。で、でも、私がイッチャウと大変なことが起きるの。だ、だから我慢するわ。アアア……。でも、ダメ、我慢できない。ダメダメ!ほんとにイッチャウかも!ウウウウ!アアッ!ナオト君、私から離れて!アアア!イクイク!」
ナオトはレイナの言葉を聞きながらも、その意味を解することも出来ず、彼女が布団の中で両膝を立ててバイブをピストン運動させている様子を思い浮かべている。
そして、彩乃が同じようなことをしている姿を想像し、レイナの声と彩乃の声を重ね合わせていると、ペニスをまだ擦っていないにも関わらず、煮えたぎった精液が再び噴火の欲求を募らせて、とうとう勝手に激しい射精を始めた。
二度目は、上半身がビクンビクンと跳ね上がるほど強烈に感じながら発射した。
と、その瞬間、目隠ししていてもわかるほどの明るい閃光が光ったかと思うと、全身に激しい衝撃としびれを同時に覚えて、壁際に弾き飛ばされたナオトは強かに背中を打ちつけた。そしてそのまま気を失ってしまった。
「フウ。何とか無事に辿り着きましたね」
洞窟の入口前で、真樹が由梨を地面に下ろしながら安堵の声を出した。狩谷たちも無事に洞窟前へ下りて来た。
まさに間一髪だった。雷は真樹たちを目掛けて落ちて来たが、雷の電力がふたりに到達する直前に真樹が高く飛び上がっていた。多少の電圧は受けたものの、接地していないふたりに電流は流れない。
狩谷たちも同タイミングで飛び上がっていたために、落雷の影響を受けることはなかった。
真樹がポシェットから小型の懐中電灯を取り出して、洞窟を覗いて全体の様子を確認し始めた。
洞窟の中は意外に広く、直径が二十メートルほどある。高さも十メートルはありそうで歪な円錐形になっていた。
真樹を先頭にして全員がゆっくりと足を踏みいれてゆく。由梨も光線銃を構えている。
「猟師でもいたのかな」
洞窟の中央に焚火をするような石の囲いがあり、炭が残っている。そして壁側には、少しだが薪が積まれていた。床面は岩盤だが表面に土が被さっており、炭の周囲には数枚のむしろが敷かれていた。
真樹が壁際から運んできた薪を組んでいる。
「あんたも手伝いなさいよ。何で真樹さんひとりで働いているの?」
由梨が狩谷を冷たく叱った。
「俺にはもっと重要な仕事がある。それに何もしてないのはお前も同じだ」
「女子は身づくろいが先なの」
そう言った由梨が、チャイナドレスの裾を絞って水を落とした。
「パンティも絞りたいくらいね」
由梨が千鶴に微笑み掛けた。
「奥でやってくれ、目障りだ」
今度は狩谷が反撃した。
「ほんとは見たいくせに」
由梨は更に裾を持ち上げて、パンティが半ばくらい見えるようにして絞った。その光景に頬を紅くした真樹が、
「狩谷さん、準備出来ましたよ」
と言って組み上げた薪から離れた。狩谷は少し息を溜めてから一気に炎を吐いて、瞬く間に激しく燃え上がる焚火を完成させた。
「ワアー。狩谷さん、ステキ!」
千鶴が感動し、狩谷は照れ臭そうに頭を掻いている。
「重要な仕事って、それ?」
由梨が呆れている。
「俺は火付け役だ。千鶴……」
と、狩谷が言い掛けた時、
「まさか、千鶴さんのハートに火を点けるなんて臭いセリフ言わないわよね!」
と、由梨が狩谷の言葉を遮った。
「千鶴さんが寒そうだから火で炙ってあげたいけど、鶴だけに焼鳥になってしまうかな」
と言ってひとりで笑い始めた。
「由梨さんのセリフの方がまだましでしたね」
真樹がそう言ってから、入口付近に置いてあった畳くらいの大きさの板を入口に立て掛けた。恐らく入口を塞ぐために置いてある物だろう。二枚の板が置いてあり、一枚では入口の半分しか塞げない。
真樹がもう一枚の板を取ろうとして入口に背を向けた時、
「キャアアア!」
と、千鶴が大声で叫んで狩谷の後ろに身を隠した。由梨はさっと片膝を着いて銃を構える。
稲光で明るく照らされた入口には、ライオンのような姿をした猛獣の影がふたつ、不気味な雰囲気を放ちながら立ち尽くしていた。
神々の思惑 四
中央にある大釜では、血の様な色をした油がグツグツと煮立っている。その釜から立上る熱気と、辺りに点在する血溜まりから発せられる血生臭い臭いが薄暗い洞窟に充満している。
数人の獄卒たちが、この狭い洞窟の中を逃げ惑う女たちを捕まえては殴打し、逃げられないように足を強打しては犯してゆく。
犯されている女は激しい苦痛に顔を歪ませるものの、しばらくの後、錯乱状態となって快楽をむさぼり尽くしてから、最後に狂気的な歓喜の表情を浮かべて、全身から血を噴出して消えてゆく。
そんな、おどろおどろしい状況にいながら、優はこれは夢だと自覚していた。地獄体験ツアーで見た光景の一部が、記憶の中で勝手に発展して夢に現れているのだ。
優は自分にそう言い聞かせながら、何とかこの恐ろしい夢から覚めようとするが、恐怖感が募るばかりで一向に抜け出すことが出来ない。
そうこうしているうちに、再び夢の中へと引きずり込まれてしまい、獄卒の手から逃れようとして必死に逃げ惑うが、夢の中の特徴で、身体が思うように動かない。歯がゆいばかりに動かない足。必死で彼女は逃げる。四つん這いになって地を這い、洞窟の壁際にできている岩陰を目指す。
隣にいた女が捕まり、けたたましい悲鳴を上げた。ほんの一瞬振り返ってみると、獄卒の男根が女の後ろの穴に突き刺さっている。
優は何とか壁際に辿り着き、岩と岩の隙間に身を隠すことが出来た。岩の隙間から洞窟の中の惨状を傍観している。早く目覚めてこの夢から覚めようと努力した。
だが、あちらこちらで女たちが犯されている様子と、すべての苦痛が快楽に結びついてゆく過程を見ていると、優の官能までが静かに疼き始めた。
優は岩陰から狂気の光景を見つめながら、右手を自分の股間に忍ばせた。夢の中だからと言う安心感もあった。あっと言う間に全身に快感の痺れが行き渡り、
「ウウウ……」
と、声を漏らしてしまった。すると、ピタリと背中を付けている岩肌がムクムクと蠢いたかと思うと、数本の手が伸びて来て優を羽交い絞めにし、両脚を固定した。
そして足の裏から耳の穴まで、彼女の身体の全てを摩り、揉み、全ての穴に指を挿入して、それぞれが勝手に動き始めた。
「アアッ!イヤイヤ!もう、もう、変になってる!」
優は全身から汗を吹き、あらゆる穴から様々なものを吐き出している。恐怖感と官能が合致した究極の快感に、優は大声を放って全身を痙攣させた。
「イクウ!」
最後に大声を放った時、ガバッと上体が跳ね起きて目が覚めた。全身が汗に浸り、パンティも少し濡れている。
「フウ。気持ち悪い夢だった」
そう呟きながらも身体に残る官能の余韻を感じている。しかしそれよりも、背筋に感じる不快な感覚が気になって、ゆっくりと布団を出てから庭に通じる障子を開け、雨戸に隙間を作ってみた。
まだ夜明け前で外は良く見えない。しかし確かに多数の『気』の動きを感じる。先ほどの夢はこの不吉な『気』の影響なのかも知れない。
優は立上って雨戸の外に顔を出してみた。すると、旅館の庭を囲む塀の外を多数の足音が移動している様子が伝わって来た。遠くに馬の蹄も響いている。
「まさか……」
優はそっと雨戸を閉めてから大きく深呼吸をした。
激しい雷雨が立ち去った後、重なった大岩の隙間からジョージが這い出てきた。地面は雷雨でぬかるんでいる。
「ひでえ雨だったな」
ジョージは大きく背伸びをしてから空を見上げた。時々、遠方で稲光が閃いている。周囲は真暗でよく見えない。
ジョージはゆっくりと小路を下り始めた。彼が先導してきた兵士たちは完全に撤退してしまっている。
「あれ?」
ジョージは足元にチラリと見えた小さな炎に気がついた。
「猟師でもいるのかな」
さっきは必死で走っていたので気がつかなかったが、彼が走ってきた小路は崖っぷちに沿って延びていて、小路から崖側に向かって木々の茂みを抜けると急な坂になっていた。その坂を数十メートル下ったところにいくつかの炎が灯っている。
ジョージは急峻な山肌を飛ぶように駆け下りて、一旦大岩の陰に身を屈めてから下の様子を窺った。
五メートルほど下に平地が広がり、小屋が三つほど並んでいる。そして、それぞれの小屋の軒先には篝火が吊るされていた。人の姿は見えない。さっきの雷雨を避けて小屋にこもっているのだろう。
と、ひとつの小屋から数人の男が出て来た。みんな腰に刀を差しているが軽装だ。それに、歩き方から判断してさほど武芸に秀でている様子はない。むしろ一般人のようだ。
男たちは小屋から少し離れた所にある、犬小屋のような檻の前で身を屈めた。
「白オオカミ様、お食事でございます。こんな所に閉じ込めてしまって本当に申し訳ございません」
ひとりが松明で小屋を照らしながら、もうひとりの男が鉄鍋に入った食事を鉄格子の間から差し入れた。
「白オオカミ様って、大国主の化身とか言う、あの白オオカミか?」
ジョージは、松明で照らされている小屋を見つめているが、ここからの距離ではオオカミの姿は良く見えない。食事を運んだ男たちはすぐに小屋に戻ってしまった。
ジョージは白オオカミを確認しようとしてそっと立上ったが、その瞬間、背後に気配を感じてさっと振り返った。と、ガサガサと言う茂みを揺らす音と共に獣の激しい咆哮が響いて、大型の猪が突進して来た。
間一髪、ジャンプして体当たりをかわすジョージ。落下中に手に剣を浮かべて、猪の首を狙った。しかし猪は木の幹に頭を着けたまま微動だにしない。
「あれ?寝てるのか?」
着地したジョージは、木の幹に頭を着けたままの猪をゆっくりと窺った。どうやらジョージに突進を空かされて、木の幹に頭から突っ込んだまま失神しているようだ。
「ドジな野郎だ。しかし脂が乗って美味そうだな」
ジョージは久しぶりのご馳走に舌なめずりをした。
「真樹さん!後ろ!」
由梨の叫び声が真樹に届く前に、彼は横方向に身を翻して地面を一回転した後、手に弓矢を浮かべて弦をグイと絞った。
「待って!」
突然、由梨が鋭い声で叫んだ。その声に驚いた真樹が、弓を構えたままで二匹の動物と由梨を交互に見つめている。二匹の動物は、ライオンくらいの大きさで真白な毛をしている。
「あなたたち、白オオカミさんの子供たちね?」
由梨がそう言いながら、ゆっくりと立上って光線銃を手から消した。そして入口に近寄って、
「大きくなったわね」
と、嬉しそうな笑顔を浮かべて白い二匹に抱きついた。
「お知り合いですか?」
千鶴が恐る恐る尋ねる。
「ええ。恋人よ」
由梨が茶目っ気を出して千鶴に答えた。
「もう、やったのか?」
狩谷の言葉に、
「それ、ジョークのつもり?」
と、由梨が冷たくあしらってから二匹のオオカミにチュウをした。
「早くこっちに入って焚火に当たったらどうですか?」
真樹の言葉に、二匹のオオカミが洞窟へ入ってきた。しかし、火には近づかずに、彼らの横に立っている由梨をじっと見つめている。
「あのう。何か仰っていますよ」
千鶴が遠慮気味に由梨に言葉を投げた。
「え?」
由梨は白オオカミと千鶴を交互に見つめる。
「千鶴さん、オオカミと話せるんですか?」
真樹が不思議そうに彼女を見つめる。
「千鶴さんは神様の使徒だからな。白オオカミも神の化身。話せても不思議はない」
狩谷がしたり顔で言った。すると、白オオカミに耳を傾けていた千鶴が、
「そんな解説はいらないから私の話を良く聞いてください。皆さんのお仲間が危険です。場所は私たちが案内します」
と、オオカミの言葉を伝えた。
「頭の部分、自分で付け足していないか?」
狩谷が不満気な口調で零した。
「仲間って、レイナさんたちのこと?」
由梨の言葉にオオカミは静かに頷いた。
「それに、私たちの父も捕らわれています」
千鶴は更にオオカミの言葉を伝えた。
「わかったわ。まず白オオカミ様を救出してから、レイナさんたちを助けに行きましょう」
由梨が同意を求めるように全員の顔を見渡した。
「そうだな、白オオカミが先だ。レイナなら何とか持ちこたえるだろう」
「じゃあ、早く出発しましょうよ」
白オオカミを心配する由梨が焦っている。
「だめだ。今夜はもう遅い。夜は全く見えないし危険も多い。明日の夜明け前に出発だ」
狩谷が逸る由梨を諌めた。
「いろいろこの国の情報も聞いておきたいしね」
真樹も由梨を優しくなだめた。
「わかったわ。じゃあさっさと寝ましょうよ。どうせ食べ物もないんだし。私はこの子たちと寝るわね」
由梨はそう言って、洞窟の奥の壁際で、二匹のオオカミと一緒に丸くなって寝転がった。
「だから情報を聞きたいって……」
真樹は小さく溜息を吐いた。
ナオトがふと目を覚ますと、常夜灯の薄明かりの中でレイナが静かに眠っている姿が目に入ってきた。ナオトはしばらく周囲の様子を見つめながら、今の自分を取り戻しつつある。
確かレイナとテレフォンエッチの真似事をしていて、ふたりが達した瞬間に物凄い光と衝撃が走って、彼は壁に叩きつけられたまま気を失っていたことまで記憶が蘇ってきた。
「あれは何だったんだろう」
ナオトは、布団を被って心地良さそうに眠っているレイナを見つめながら、この不思議な力を持った女が、愛らしくもあり、恐ろしくもあった。
だが、テレフォンエッチをしていた時の、彼女の様子を思い出してしまったナオトは、欲望と好奇心の塊が再び腹の根底で蠢き始めて、自分の行動を制御出来なくなっている。
ナオトは音を立てないようにレイナの布団に近づいた。そして彼女の寝息を確める。ぐっすりと熟睡していて、少々のことでは目を覚ましそうにない。
ナオトは掛け布団を足元の方からゆっくりと捲り上げてゆく。レイナの体温が布団の中から彼の肌に届いた瞬間、スリルと性的刺激が彼の全身を貫いて、彼の下半身が硬直し、腰がブルブルと震え始めた。
彼はひと呼吸置いてから、恐る恐る布団を捲り上げて横の方に巻き取ってゆく。ふくらはぎが現れ太腿が見えてきた。
「エロイなあ」
自分を落ち着かせるように小さく呟いたナオトは、更に布団を捲り上げてゆく。浴衣を着ているレイナの下半身は、裾が開いていてパンティが丸見えになっていた。
しかもパンティは異様に膨らんでいる。ナオトは思い切って上半身に掛かった掛布団を一気に剥がしてしまった。胸元は開いているが乳首までは見えていない。大きな谷間が深い影を刻んでいる。
「こんな格好でしてたんだ」
掛布団を剥ぎ取られたレイナは、左手が浴衣の上から胸をつかむ様な状態で乗っており、右手は、開いた裾から覗いているピンク色のパンティに差し込まれている。
やや股を開き気味にして、右手はパンティの奥深くまで滑り込んでいた。もう動いてはいないものの、彼女がこうやってオナニーをしていると、その動きを想像しただけで、彼はもう破裂しそうになってしまった。
ナオトは、掛布団の下からはみ出て見える異物にふと気がついて、ある考えが頭に巡ってきた。彼は興奮で震える指先で、レイナの浴衣の胸元をつかみ、そっと開いていった。
ブラを付けていない乳房が、きめ細かな白い肌を美しく輝かせてから、ツンと尖った乳首がナオトの視界に現れてきた。
ナオトは自分の下半身を裸にして、掛布団の下にあったバイブを手にした。そしてそれにローションをたっぷりと塗ってからレイナの下半身に覆いかぶさるような姿勢で四つん這いになった。
レイナの全身を眺め、彼女がこの姿勢でオナニーしている姿を想像しながら、バイブを自分のアナルにあてがってみた。彼はまだアナルの体験はない。ネットでは当たり前のようにアナルの話題が載っているが、今まで興味もなく試してみる機会もなかった。
だが、今夜は何となく新たな試みをしてみたくなった。それは、テレフォンエッチと言う初体験を経験したからかも知れない。
ナオトはゆっくりとバイブを押し込んでみた。だが、なかなか入らない。何度か角度を変えながら試しているうちに、グイと壁を押し開いてバイブが侵入して来た。
「アア……」
ナオトは、思わず女子のような声を漏らしてしまった。
「気持ちイイ。アアア……」
バイブはそのままアナルの奥まで侵入して来た。
「女の人って、やられちゃうとこんな感覚なの?ねえ、レイナさん」
ナオトは掠れる様な囁き声で、眠っているレイナに語り掛けた。彼はゆっくりとバイブを出し入れさせながら静かに腰を振ってひとりで悶えている。
気のせいか、レイナの右手が少し動いているようにも見える。実際にそうなのか、自分の幻覚なのか、ナオトにはわからないが、彼を益々刺激していることには違いがない。
ナオトはバイブのスイッチをオンにしてみた。
「ウウン!アアッ!アアア……」
アナルの中でバイブがクネクネと動きながら振動し、前立腺を甘く刺激し続ける。
「ダメダメ、レイナさん、許して、アアアア……」
ナオトのペニスは、はちきれんばかりに膨れ上がって、今にも精魂を吐きだそうとしている。彼は片手を後ろに回してバイブを操作し、片手で四つん這いの身体を支えたまま上半身を仰け反っている。
「ダメ、イッチャウよ……アアッ!」
まさにナオトが射精しようとしているその時、
「レイナさん、大変!」
と、女性の声が響いたかと思うと、隣の部屋との境の襖がサッと開かれた。
「え?」
上半身を仰け反っているナオトが、突然正面に現れた優と目を丸くして見つめ合い、神経も思考も、疑問と言う穴の中をクルクルと回り続けている。
「え?」
襖を開いた優は、オナニー姿のレイナと、その上に四つん這いになってアナルオナニーをしている見知らぬ男の組み合わせに驚いて、目を見開いたままで固まっている。浴衣の裾が開いて、ブルーのパンティが露になっていることにさえ気がついていない。
「え?」
優の声に目覚めたレイナは、自分の下半身に覆いかぶさっているナオトと優が見つめ合っている光景に驚いて、自分の姿態に注意を払う余裕もない。
そして思考の逡巡が解けたナオトは、今、新たに現れた可愛い女性が、パンティを露にして立ち尽くしている姿を見ながら、
「可愛い」
と、思わず感想を口にした。
「ありがとう。優です」
優はなぜか反射的に自己紹介した。
「ナオト君よ」
レイナは枕の上を見上げるようにして優に紹介した。
「イク!」
ナオトが唸った。
「どうぞ」
と、優。
「あら……」
と零したレイナの顔にまで白い液が飛んで来た。そして、彼の恍惚とした表情を二人の女性が見つめたのも束の間、次の瞬間にはナオトの姿は消えてしまった。
「誰?」
優が呟いた。
「テルマエ・ロマエみたいなものよ」
「あれが阿部寛?温泉の見学に来たの?」
「デリバリーよ。私たちの世界から運んで来てくれたの」
「わざわざ……。それを?」
優は、レイナの足元で唸っているバイブを指差して不思議そうな表情でレイナを見つめた。
「……」
二匹の兄弟オオカミと由梨たち一行は、小屋を見下ろせる位置にある大きな岩の背後に隠れて、兵士たちの動きを待っている。オオカミの提案どおり、兵士たちが親オオカミを朝の散歩に連れ出すのを待ち、その散歩の道中を襲って親オオカミを救い出す予定だ。
「本当に散歩なんかに連れ出すのか?親オオカミを捕らえているんだろう?俺が見張り役ならあのまま檻に入れておくがな」
狩谷が小屋と檻を見下ろしながら呟いた。彼らは小屋の背後側にいるために、檻の中の白オオカミの姿は見えない。
「お腹空いたなあ」
由梨は、お座りをしている兄弟オオカミの背中にもたれて空を仰いでいる。
「ここの見張り役たちは、みんな本物の兵士じゃなくて、麓の村人らしいです。偽物の大国主の軍隊に征服されてしまった麓の村人たちが、仕方なく見張り役をやらされているようです」
千鶴が兄弟オオカミの通訳をしている。
「朝御飯はいつ食べられるの?」
由梨が空に向かって愚痴っている。
「村人たちは皆、白オオカミを崇拝している。だから扱いも丁寧にしているし、日に二回の散歩も欠かさない。白オオカミも、その気になれば逃げ出すことは出来るが、逃げ出してしまうと村人たちが咎められるので、わざと大人しくしているらしいです」
「だったら救出出来ないですよ」
真樹が狩谷を見ながら言った。
「本人が逃げないと言ったらどうしようもないな」
狩谷はそう言って千鶴に通訳を求めた。しかし兄弟オオカミは彼らの言葉を理解しているようだ。
「彼らが説得するそうです」
千鶴がオオカミの言葉を伝えた。
「頑固オヤジだったりして」
由梨は兄弟の顔を覗いた。兄弟オオカミは少々困惑した表情を浮かべている。
「やっぱりね」
由梨がそう言った時、小屋から数人の兵士が出て来て、親オオカミが捕らえられている檻の方へ歩いて行った。
「こ、これは!大変だ!白オオカミ様が!」
兵士たちがうろたえながら仲間たちに非常事態を知らせて走り回っている。
「どうしたんだ?」
狩谷が訝しげに呟く。
「もう逃げているとか」
「それはないでしょう、頑固オヤジなのよ」
兵士たちが檻の前に集まってきた。愕然としたまま立ち尽くす者、立つ気力も無くなりその場に伏せてしまう者、誰も声を発することさえ出来ないでいる。そこへ、
「白オオカミ様がお怒りになられたのだ!お怒りの余り、猛獣に姿を変えられたのだ!」
と、ひとりの足軽兵士が叫びながら近寄って来た。その言葉を聞いた瞬間、全員が地面にふれ伏して、額を地に着けて口々に許しを請い始めた。
「白オオカミ様、申し訳ご座いません。どうかお怒りを鎮めて、元のお姿にお戻りください!」
「どうか、猪の姿からお戻りください!」
そんな哀れな光景を尻目に、檻の前の集まりから抜け出したひとりの兵士が一気に山肌を駆け上がり、由梨たちの隠れている岩陰に近づいて来た。
さっと姿勢を低くして身構える兄弟オオカミ。
「大丈夫よ、仲間のジョージだから」
由梨がオオカミの背中を摩りながら安心させた。
「遅かったじゃねえか」
ジョージがいきなり不満を口にした。
「仕方ないでしょう、あんたがどこにいるのかなんて誰もわからないもの」
「白オオカミは助けたのか?」
狩谷が尋ねる。
「ああ、この道の先にある茂みに隠れている」
「猪と入替えたのですか?」
真樹が確認した。
「ああ。お陰で牡丹鍋を食い損ねた」
「今からでも遅くないわよ!」
由梨が身を乗り出して来た。
「彼らは、白オオカミが猪に変わったと、本気で信じているのか?」
狩谷が不思議そうに尋ねる。
「信仰深い良民たちだからな」
「そんな良い人たちを騙したのね」
由梨がジョージを責める。
「その猪を食おうとしているのは誰だよ」
「本気で信じていた方が彼らのためだ。偽大国主も咎めようがない」
と、その時、多数の『気』の塊が地響きを立てて小屋の立並ぶわずかな平地に駆け寄ってくる様子が由梨たちの神経を高ぶらせた。
「何だ?」
由梨たちも岩陰から身を乗り出して下を覗きこんだ。すると、何十頭という数の猪たちが、鼻息荒く平地に密集してきている。兵士たちは我先にと小屋の中へ逃げ込んで行った。
「もしかして、捕らわれている猪を助けに来たのでしょうか?」
「律儀な奴らだ」
「もしかして、捕まっているのは猪界の重鎮だったりして」
真樹がジョージをチクリと脅かした。
「牡丹鍋にしなくて良かったわね」
由梨がジョージにそう言った時、坂の上から親オオカミが小走りに下りて来た。オオカミの頭上には一羽の鷹が羽ばたいている。
「あら、頑固オヤジよ」
そう言った由梨の前を無言で通り過ぎた親オオカミは、猪たちに向かって雄叫びを上げた。その声は神聖で透き通り、人間を含む全ての動物の魂の琴線を鋭敏に震わせてゆく。
猪たちは動揺を収め、地に身体を伏せて白オオカミを仰ぎ見た。更に韻律を含んだ雄叫びを続けると、猪たちは再び獰猛な『気』を駆り立てながら、猛スピードで山を下っていった。
「何て言ったんだ?」
「さあ、今のは言葉じゃないです」
千鶴が答えた。
「もしかして、あなた福岡君?」
由梨が、岩のてっぺんに止まった鷹に話し掛けた。
「ああ、そうだ。お前はあの時の銃乱女か」
「銃乱女?淫乱みたいに言わないでよ。それよりどうしてまた鷹の姿をしてるの?せっかく人間の姿に戻してあげたのに」
「いろいろ事情があってな。今は鷹になって白オオカミ様に仕えている」
「偵察でもしてるのか?」
狩谷が口を挟んできた。
「ま、そんなところだ」
「猪たちはどこへ行ったの?」
「白オオカミ様が、猪族の長老を捕らえた悪霊どもを退治しろと魂に訴え掛けたのだ」
「捕らえたのはこの男よ」
由梨がジョージを指差した。
「仲間を売るんじゃねえ!」
「ホント、牡丹鍋にしなくて良かったですね」
真樹がニヤリと笑った。
「今頃、あんたが鍋にされていたかも」
由梨の言葉の後、
「で、これからどうするんだ?」
と、狩谷が鷹に確認した。
「白オオカミ様の指示に従え」
と言った鷹の言葉に、全員が白オオカミと千鶴の方を見つめた。
「それで、何が大変なの?」
レイナはバイブのスイッチを切りながら、優が大変だと叫んで来た理由を確めた。
「そうだった。何か周囲の気配が変なんです。旅館の周りをたくさんの気配が取り囲んでいて、足音も聞こえました」
「言われてみれば、確かに……凄い数ね」
レイナが神経を集中しながら呟いてから、
「早くこれに着替えて、武器も持つのよ」
と言って、ナオトが運んで来たリュックから戦闘服と武器を取り出した。
「何だ、武器を運んで来てくれたのね」
「これはおまけよ」
そう言ってレイナはバイブをリュックに仕舞いこんだ。そして二人は浴衣を脱ぎ、迷彩柄のショートパンツと白いTシャツ、半袖の迷彩シャツを着込んだ。
「あっ、大国主さんに知らせないと」
優が、ふと思いついたことを口にした。
「その必要は無なそうよ」
「え?」
「レイナ殿!大変だ!」
ドタドタと廊下を響かせながら、息を切らせて部屋に飛び込んできた大国主は、二人の姿に目を見張った。
「何じゃ?その格好は!」
「戦闘服よ」
「戦闘服……。戦うのか?」
大国主の目が更に大きく開く。
「はあ?当たり前でしょう。こんな格好で他に何をするのよ」
「あ、新しいプレーかと……」
「エロ話は良いから、早く準備しなさい!」
「わしも戦うのか?」
「一国の主でしょう。しかもあなたは大国の主なのですよ、戦わずにどうするんですか」
優も大国主を叱咤した。
「わしは戦うのが嫌いじゃ。話し合いで解決したい」
「あなたバカ?話し合って、また国を譲っちゃう訳?相手は大和朝廷じゃなくて悪霊なのよ」
レイナは恐い表情を浮かべて大国主を睨んでいる。
「しかし、戦うと言ってもなあ。わしにはわずかな近衛兵しかいない。近衛兵の中にも裏切り者が出始めているようだ」
大国主は自信なさそうに情けない言葉を吐いた。
「だったら神風でも起こしてください。神様には神様の戦い方があるでょう?」
優がそう言って光線銃とサバイバルナイフをガンベルトに差込み、自動小銃を背中に背負った。
「パンツがピチピチじゃな」
大国主が優のヒップを眺めている。
「とにかく最上階の部屋に行きましょう。もう夜が明けてきたわよ。きっと夜明けと共に攻撃が始まるわ」
レイナも武器を携帯して大国主に告げた。
「近衛兵たちはどうすれば良いのだ?」
「二階に弓矢隊を置いて一階に槍と刀の兵士を配置。二階の戸はすべて開け放って弓を撃ち易くする。一階は雨戸を閉じて、戦闘部隊を入替えながら庭で戦うのよ!」
レイナはそう叫びながら廊下を走り階段を駆け上ってゆく。大国主は、レイナの命令を兵士に伝えながら後に従った。
三階の大広間に移った三人は、室内のすべての戸を開け放ち、一番視界の広い位置にあるベランダに出た。
「凄い数!」
驚いた優が思わず叫んだ。この旅館自体が小さな丘の上に立っているが、その丘のなだらかな坂を埋め尽くすように兵士たちが隊列を組んで戦いの合図を待っている。
そんな圧倒的な戦力差を見せつける光景が、薄っすらと明け始めた明朝の風景として姿を現し、守備兵たちの肝を恐怖で縮み上がらせた。
「みんなビビッてるわね」
レイナが失望の表情で大国主を見つめた。
「戦争などしたことがないからな、うちの近衛兵たちは」
「それ、自慢ですか?」
優も溜息を吐いた。するとレイナが大声を張り上げて、
「みんな!数に驚くことはないわよ!私がこの旅館の敷地全体を結界で覆うから、悪霊の兵士は入って来れないの!人間の兵士だけが入ってくるけど、狭い庭に同時に入って来れる人数は知れている。塀をよじ登ってくるところを弓隊が攻撃。庭に入ってきた敵がいたらそこで叩き切るのよ!人間の兵士はど素人よ、あなたたちの前じゃ子どもも同然。絶対に勝てるわよ!」
と、叫んだ。レイナの言葉が大きく響いた後、にわかに兵士たちの気力と戦闘本能が高ぶってきたのか、あちらこちらで勇気を鼓舞する雄叫びの輪が沸き上がって来た。
「結界があれば安心じゃな」
大国主も安堵の言葉を零した。
「そんなの嘘に決まってるでしょう。私の結界能力なんてせいぜい半径五メートルよ。敷地全体なんてムリムリ」
レイナがあっさりと答えた。優も驚いてレイナの横顔を見つめている。
「男なんて腰抜けだからね、ビビッたら何も出来ないの。逆に自信を持たせたら死ぬほど働くものよ、わかった?」
「なるほど、勉強になります」
優がニコリと笑った。
「本当に結界で包めないのか?」
大国主の表情は絶望感に染まっている。
「わかり易いオッサンね。どの道、悪霊なんてほとんどいないから、結界があっても関係ないわよ。善の霊は止められない」
「確かに。この村は天界エネルギーの源だから、悪霊は近寄れないはずですよね」
「そう。悪霊に魂を売ってコントロールされている奴らが先鋒隊よ。後ろにいっぱい並んでいるものたちは、家族や自分の身を守るために仕方なく従っているだけ」
レイナが状況分析を行った時、すっかり夜が明けて敵が動き始めた。隊の中核にいた十騎ほどの騎馬武者がゆっくりと馬を進めて最前列に現れた。そして、大国主に向かって、
「大国主殿!無用な戦はしたくない。大人しく降伏すれば命は助けてやる。良い暮らしも保証する。貴殿も領民たちを戦いに巻き込みたくはないだろう!」
と、大将らしき武将が大声で叫んだ。
「戦いに巻き込んでいるのはあんたたちでしょう!」
レイナが大声で叫んだ。
「巨乳女は黙っておれ!」
「あら、もう私の噂が広まってるの?可愛いレイナ様とお話出来て嬉しいでしょう!」
「お前と話している暇はない!よく聞け大国主殿!我らの大国主様が本隊を率いてこちらに向かっておられる。本隊が到着すれば降伏など一切認められんぞ!いいか、貴殿の身を案じての申し出だ、素直に降伏しろ!」
大将が更に大きな声で大国主を惑わした。
「私もあんたと話している暇はないわよ!だって、あんたは今すぐ消えるんだから!」
そう叫んだレイナが、騎乗の武将たちを自動小銃で掃射した。バリバリバリという軽快な発射音と共にバタバタと武将が落馬してゆく。
「な、なにをする!折角の話し合いのチャンスを!」
大国主が慌てふためいている。
「何を話し合うのよ!いい加減に覚悟しなさい!」
レイナは更に射撃を続けながら優に目で合図を送る。優はニコリと笑ってから手榴弾を思い切り投げつけた。しかし、手榴弾は塀までも届かずに庭で爆発を起こした。耳をつんざく轟音と土煙が辺りに立ち込めている。
「ゴメンナサーイ!」
優が、上から一階の兵士たちに謝っている。敵も味方もその爆発に驚いて腰を抜かしている。
「もう少し体力をつけた方が良いわよ」
「ハーイ」
そう答えた優も、自動小銃で敵の掃射を始めた。レイナは西側、優は南側の敵を狙った。
敵も、最初は大将を失って動揺していたが、何とか体勢を取り戻して攻撃を仕掛けてきた。
塀を乗り越えようとする敵兵に対して二階から弓矢を放ち、レイナと優が三階から自動小銃で掃射した。レイナと優は、四方向を代わる代わる攻撃して弓矢隊を援護した。
最初のうちは、敵兵も塀をなかなか越えることは出来なかったが、梯子や踏み台を用意してからは、庭へ飛び込んで来る兵の数が少しずつ増えてきた。
それでも、当初は迎え撃つ近衛兵たちが軽々と討ち取っていたが、次第に敵兵が増えるにつれ混戦状態となり、混戦となると銃や弓矢による援護も難しくなって、加速度的に混戦の渦が大きくなっていった。
「だんだん攻め入れられているぞ、大丈夫なのか?」
大国主が不安そうに叫んだ。
「大丈夫な訳ないでしょう!あんたも手伝いなさいよ!」
レイナが銃を連射しながら叫んでいる。
「早く神風を吹かせてください!」
優も必死で応戦している。
「何とも頼もしいおなごたちじゃ」
大国主がそう呟いた時、塀の一角が斧で打ち破られて、敵兵が一気に雪崩れ込んで来た。その、敵兵が入り込んでくる開口部分を狙ってレイナが手榴弾を投げつける。ドガーン!と言う爆発音と共に数十人の敵兵がぶっ飛んだ。
「アチャ!」
レイナは思わず首を竦めて、こっそりと優の様子を窺った。手榴弾で塀が壊れたために入口が一段と大きくなってしまったのだ。
「もう少し頭を鍛えた方が良いんじゃないですか?」
「ハーイ」
レイナは素直に謝って再び銃を連射する。しかし、破壊された塀からどんどん敵兵が走り込んで来て、連射しても倒しきれない。
「マジでやばいかも!」
守備隊はどんどん押されて、庭は敵兵に占拠されてしまった。守備隊は建物に逃げ込んで、建物の中から応戦をしている。雨戸も次々に破壊されていった。
何十本もの梯子が庭に持ち込まれ、次々に二階の屋根に掛けられたかと思うと、二階の部屋へどんどん敵兵が飛び込んで来た。
「私たちも二階へ行きましょう!」
優がそう言ってレイナに視線を送った。しかしレイナは動かない。
「レイナさん!早く!」
「わしはここに残るぞ」
大国主がその場に座り込んだ。
「神風が吹いたわね」
レイナはそう言って、北側の開け放たれた窓を示した。白い土煙がこの旅館への坂道を物凄い速度で駆け上ってくる。そして一羽の鷹が何かを大声で叫びながらこちらに向かって飛んで来た。
「白オオカミ様がお怒りだ!みんな戦いを止めて地に伏せろ!戦いを止めぬ者には猪どもが襲い掛かるぞ!これは白オオカミ様のお言葉だ!頭がタカーイ!」
「水戸黄門か!」
レイナは鷹に向かって叫んだが、鷹には届かず、鷹は旅館の周囲をグルグル回りながら同じ言葉を叫び続けている。
鷹の言葉が兵たちに届いた途端、両軍とも一瞬間戦うことを忘れ、不思議な沈黙が立ち込めた。そしてその沈黙の彼方から、猪たちの怒涛のような足音が伝わって来ると、次々に兵たちが武器を捨て、地に土下座をして恐れ戦いた。
猪の数は数百頭に膨れ上がり、丘の坂を一気に駆け上がって来ると二手に分かれ、一方は旅館の周囲を、一方は旅館の庭へと走り込んで、まだ戦おうとしている、悪霊に魂を売ってしまった兵たちを次々に跳ね飛ばして行った。
庭を駆け抜けた猪たちと周囲を駆けていた一群は再び合流して、偽大国主の本隊を目指して走り去ってゆく。
「もしかして助かったのか?」
大国主が再び立上って、周囲の状況を見渡しながらレイナに様子を伺った。
「白オオカミ様には徳があるのね、誰かと違って」
レイナは銃を背に負いながら、北側の窓に近寄って行った。
「あれ、白オオカミ様じゃない?」
大国主と優も窓際に近寄って来る。
「おお、白オオカミじゃ。無事で何よりだ」
「狩谷さんたちも一緒みたいですね」
優が嬉しそうに真樹を見つめている。白オオカミを先頭に、兄弟オオカミがその後ろを駆けて来る。兄弟オオカミの背中には由梨と千鶴が乗っている。男たちは自力で走っているようだ。
白オオカミが近寄って来ると、兵たちは更に頭を下げ、額を地面に擦りつける様にして平伏した。旅館にいる兵たちは大慌てで辺りを片付け、部屋を清めて白オオカミの到着を待った。
やがて白オオカミ一行が旅館に入り、三階にいるレイナたちのところへ上がって来た。
「おひさ!」
レイナが仲間たちに挨拶する。
「真樹さん!」
「優さん!」
二人は駆け寄って抱き合った。
「お熱いわね」
由梨がオオカミの背中から降りながら冷やかした。
「おお、これは、これは、由梨殿ではないか!相変わらずかわゆい召物を着ておられる。して、きょうのパンティは何色じゃ?さっきチラリと見えたぞ」
ニヤニヤと卑猥な笑みを浮かべた大国主が、由梨に握手を求めてきた。
「間違いなく本物だわ」
由梨は握手に応じる。
「こちらは千鶴さんだ」
狩谷が全員に千鶴を紹介した。
「何であんたが紹介してるの?しかも頬を紅くして」
レイナが不思議そうに言った。
「もしかして、狩谷さんの彼女ですか?」
優のストレートに千鶴も頬を染めている。
「ちょっと、ちょっと。ラブラブしている場合じゃないでしょう。さっさと偽者の大国主退治に行きましょうよ。私、まだ一発も撃ってないのよ」
由梨が不満気にレイナの自動小銃を見つめた。
「早く兵たちに命じてください」
狩谷が大国主を催促した。
「白オオカミが戻ってくればもう心配ない。再び都の生活に戻るのだ!」
急に元気を取り戻した大国主は、そう叫んでからベランダの方へゆっくりと歩いてゆく。
「大国主様が元気になって良かったですね」
優がレイナに囁いた。
「どうせ都の生活でも思い出したんでしょう。女と酒と美味しい料理のこととか」
大国主と白オオカミ親子はベランダに並んで、地に平伏している兵士たちに向かって叫んだ。
「今までのことはすべて許す!その代わり、今から偽者のわしを倒しに行く。必ず討ち取れ!」
大国主の声に兵士たちは立上り、ときの声を上げるや、我先にと街道を駆けて、偽大国主の首を目指して行った。
『魔界京 魔天界編 神々の思惑』 夢追人 作
鳥族に囚われた由梨と千鶴。同じく偽守護氏につかまっている狩谷たち。それぞれがピンチを抜け出し、ようやく大国主の支配する葦原の国へ集まってゆく。一足先に着いたレイナたち。葦原の国でも新たな罠と試練が待ち受けている。
更新日 | |
---|---|
登録日 | 2017-02-13 |
Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。